砂漠の旅 30

砂漠の旅 30

くっ、と彼の父の目が少し奥まり、目に水分が淀み、目がきらきら光り、(「あの」簡単に嘘をつく性質を持つ理性で?)と彼の父は黒く思った。そして何より(しゃべりすぎている)と思った。

その黒さを察したように彼は小さい頃から抱いていた思いを、彼の父の言う所の理性でタガが外れた正直さでしゃべった。
「実はずっと抱いてた感情があるんだけど」
しばし呼吸をおいて彼は言った
「僕が弱かった時、(今でも弱いけど)僕は怖かった。父の生物的なところが」
彼は目を見開き、彼の父を凝視した。少しすごむような目になった。

確かに内側の熱い生物的な蠢く赤さを彼は彼の父から感じたことがあった。

彼の父は多くを察したように少しの間、堪えるように下を向いた。相変わらず暖かい雰囲気の部屋だった。伏せた目は獣になっていた。
「しゅぅ…」耐えきれない、というような様子で彼の父はため息の様な声を漏らした。

「君は僕の息子だ」くくっと瞳孔が開く。彼の父は少し引き気味に椅子に座り、斜めを向き、足を組んで視線は彼を見なかった。

(見るな)父は思った。

はかいしゃによる、彼の父の映像が流れていた。それはどうしようもない軋轢から滲め出て「しまって」いるように彼は思った。

彼は(見るべきでない)と思った。

彼は映像を見た。
女性が悲しむ映像だった。

「君は僕の息子だ。君が生きていることは僕の誇りだ。君が死ぬことはとても辛いことだろう」明らかに内側でぞわぞわと獣が蠢いていた。すでにもう、父の中の獣がしゃべっていた。
「僕は少ししゃべりすぎだ」

彼の父は理性的な、本能的でない、嘘の、笑顔や誉め言葉が嫌いだった。生き物の部分が後ろに隠れ、暗くなるのが嫌いだったのかもしれない。

(オレガケモノデアルコトガオレニデキルサイダイゲンダッタンダ)
「僕が正直で、隠さないことが、僕が君にできる最大限だと思った。」

「これ以上は、本当に無しだ。」やりきれないとばかりに、押し殺すように言った。

しかし彼はわかった。
父は生き物らしく生きたかった。それは清々しく、さわやかで楽しい状態でありたかったからだ。
しかし突き抜けてしまうと、

突き抜けて蹂躙してしまうと

突き抜けて生き物らしく生きてしまうと その行き止まりに到達してしまうと

それは清々しく、さわやかで楽しい状態から外れてしまう。
生き物らしく生きるということの本質から外れてしまう。

(蹂躙したいが生きてほしいという矛盾)

彼の父は悲しい獣の目だった。


「僕は強くならなくちゃいけないね。」彼はぽつりと言った。
(獣が、泣きながら僕を食べる選択に迫られないようにするために。)彼は思った。
「さあ、そこまではよくわからないけど」即座に彼の父は答えた。

暖炉の火が随分小さくなっていた。
彼の父は立ち上がり暖炉に薪を入れ、暖炉の前にある椅子に座って火を見た。

しばらくして「もう、遅いよ?」彼の父は火を見ながら極めて明るく言った。
「君は調子に乗って暴きすぎた」彼の父は振り返りニヤリとわらった。

「いつなのかも誰なのかも分かんないけどね」彼の父は冗談交じりに言った。
彼は父の言葉は本当かもなあ、と思った。しかし実感は全くわかなかった。

彼は、はかいしゃに用意された「ちょっとした試練」に、少なくとも立ち向かうことはできた、と思うことにした。
所詮今の彼は暴くことしかできないただの瘦せっぽちだ。立ちむかうにはこれしか彼はできなかった。

(僕は少なくとも続くこの一瞬を生きている。)(生きている限りは頑張って生きなければ)彼は思った。そう思うことにした。

雨は止んでいて外は少し明るくなっているように思えた。何も関係ないように今日も一日がすぎてゆくのだろう。通り過ぎる者たちなど、何も関係ないように。

「なんか飲む?」彼はふわっと立ち上がりながら言った。
「と言ってみたものの淹れ方全然わかんないんだよね」調理場のこまごまとした入れ物を見ながら彼は言った。
「何がある?」と彼の父は調理場に向かった。
彼と彼の父は調理場に並んで何気ない会話をしばし続けた。

試練が終わった。

砂漠の旅 30

砂漠の旅 30

  • 小説
  • 掌編
  • ファンタジー
  • 青春
  • 冒険
  • 青年向け
更新日
登録日
2017-06-25

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