砂漠の旅 26 27 28

砂漠の旅 26

天気は二転三転し、外は雨が降っているようだった。外に断たれたこの部屋は、風の音も雨音もせず、暖かなランプの光が部屋の隅々まで照らし、時折暖炉の薪が爆ぜた。
彼がご飯を食べ終たところで男が入ってきた。

はかいしゃの言う、「試練」が始まった。
そして「映像化」が始まった。

男は「あー!雨!すごいわ!」とわちゃわちゃと入ってきた。「傘、どこにおけばいい?」くるっと彼の方を向き、でかい声で言った。

彼はどきり、とした。彼の父だった。
(父だ)彼は思った。例のはかいしゃは彼の父を連れてきた。彼に何かをやり直させるために。

彼はここで多くを暴かなければならない。未知数の「試練」だ、と思った。

彼は久しぶりに父に会った。
何も変わらぬ父だった。唯一違うのは、少し、若い、父だった。
つまりは病が表出した父だった。
彼の父は完璧な皮膚を持っていた。内側が見えるのは目だけで、両方のこめかみから小さなツノが見えた。
彼は無言で立ち上がり、すたすた父に近づいた。皮膚をつまんだ。にゅっと少し伸びた。(ああ、完璧な皮膚だ)彼は思った。


気付くと彼は幼児になっていた。変わらず暖かなランプの光が部屋の隅々まで照らし、時折暖炉の薪が爆ぜた。
その子は皮膚を摘みながら、ふと父を見上げた。その子の父はくるっとよく動く動物的な目で幼児を一瞥した。「その辺にしときなさい」押し殺した声で言った。「なんで?」「なんであんまりひっぱっちゃだめなの?」
「やぶけちゃうからだよ」父は穏やかに言った。
「こっちに座りな」父は優しく言った。その子は彼にとっては随分と背の高い椅子にちょこんとすわった。目の前に小さな砂山と紙コップが置いてあった。父の前にも同じように置いてあった。
「こうすると面白いんだ」と父は座り、紙コップで砂を掬い、紙コップを素早く逆さにしてパタリ、とテーブルに置き、そっと紙コップを上にあげた。紙コップの形の小さな砂山ができた。
「面白いでしょ?」
その子にとって父のやっていることはかっこいい事だった。
難しそうな顔で彼は紙コップを手に取り、テーブルに手をのばし、砂山から砂を掬おうとした。しかし砂はちっともコップに入らなかった。その子にとってテーブルは大きく、背が高かった。彼の目線はテーブルの少し上でしかなかった。そこからの視点では砂山と自分の手の距離感が摑めず、その子はコップに砂が入っているのかどうかも分からないまま、不慣れな様子でコップで砂を掬う動作を何回も続けた。毎回苦労してコップをよく見ても、少しの砂しか入っていなかった。(全然できない。)その子は思った。彼はもどかしかった。
彼の父は変わらない手早さで楽しそうに砂山を積み上げていた。その様子をその子は少しでもよく見ようと顎を上げて体を傾けるようにした。砂山が邪魔で良く見えなかった。彼はもどかしかった。彼の父は変わらない手早さで楽しそうに砂山を積み上げていた。
椅子の上に立てばいいのに、その子は素直すぎた。

砂漠の旅 27

少年は父の生き物らしさが怖かった。少年は素直すぎた。

少年の父は清々しさの心地よさを求めた。少年は素直すぎた。
少年の父は隠すものは多いが、嘘は嫌いだった。正直でただ、個人的で生き物らしい心地よさを求めていた。

少年の父は必ず現実的だった。少年は素直すぎた。
少年の父は清々しくあるために現実的だった。
少年の父は一つの主張があれば、二つの否定をして、それから少しの肯定をした。そして現実をなるべくそのまま見ようとした。そしてその清々しさの心地よさに満足した。
そして、彼はそれを浴びて「わからない」ということだ、と思い結局もっとよく分からなくなった。

現実をそのまま見ようとすることはある種の暴力だった。本音的だった。暗闇だった。

少年の父は生き物らしくある道具として清々しさを使った。少年は素直すぎた。

少年の父は好きなように生きればいいと言った。だからこうして俺は生きていると。少年の父は生き物らしく生きた。生き物らしさは楽しく他人を蹂躙したがる。少年は素直すぎた。
少年は素直すぎた。父は「現実をそのまま見ようとする行為」を使い生き物らしく楽しく少年を蹂躙したがった。少年は素直すぎた。少年は父の意見を聞きすぎた。
少年は好きなように、少年なりの心地よさを求めて生きればよかった。しかし少年は素直すぎた。少年は父の、中身はただ楽しんでいるだけのその意見を無駄に聞きすぎた。その否定の部分を素直に聞きすぎた。


少年はここに座りなさいと言われたので椅子に座っていた。
「立てばいいだろう?」少年の父は言った。「立てば見やすい。立った方が作業しやすい。」少年は椅子の上に立ちあがった。
「それじゃあ靴で椅子が汚れるだろ。靴を脱ぎなさい」少年は靴を脱いでぽい、と放った。
「靴を投げるな。靴はちゃんと下に並べておきなさい」少年は靴を拾うために椅子から飛び降りた。
「それじゃあ靴下が汚れるだろう。椅子に腹ばいになって地面にじゅうぶん手が届いただろう。なぜ飛び降りたんだ」少年は椅子に座り直し靴下の汚れを手で払い、腹ばいになって靴を拾った。

少年の父は生き物らしく生きたがった。清々しさの心地よさを求めて現実を使い楽しく蹂躙したがった。
少年は素直すぎた。



「何を言っても何をやっても否定されてると思った。」「主張も行動もそれ自体の切り取りだ。つまりは方向だ。つまりは必ず否定の余地を生む。僕は何をしても否定されるもどかしさで多分狂いそうだった」「多分それが埋まらなさを生んだ」
「お前は素直すぎた」「俺は多分、それに気づいていた。しかし生き物らしく生きるために清々しさは楽しく他人を蹂躙したがる」

砂漠の旅 28

楽しみの道具でしかない「現実をそのまま見ようとする行為」を少年は素直に聞きすぎた。従う少年を少年の父は楽しく見ていた。そして少し思った。(なぜこの子はこんなに素直に従うのだろう)(はみ出ることを考慮した上での「蹂躙したがる行為」なのに)(まあいいか。俺は生き物らしく生きたがる。心地よさを求めて「現実をそのまま見ようとする行為」を使い楽しく蹂躙したがる)
少年は素直に現実を聞きすぎた。「何をすべきか、正しいか」が、「何をしたいか」を腐らせていった。

少年は(なんでこんなにやりきれない、もどかしいんだろう。)と思った。この埋まらなさなんだ。ずっとわからなかった。しかし簡単なことだった。生き物は何をどうしたって本能が消えることはない。本能はどこかで叫び続ける。「何をしたいか」が腐っていって、出口を失った叫びはやりきれなさやもどかしさになった。少年の獣は醜く育った。

「現実をそのまま見ようとする行為」は(暴くことに結晶が無いように)心にとって暴力だった。あまりに漠々としすぎている。底のない暗闇だ。動けなくなる。少年は自身の心を守る必要があった。

何かがいびつになってゆく少年は獣が育たなかった空白分、崩れ溶けだした。獣が生きなかったら、死んでいるも同然だからだ。


傷心の少年に椅子から立ち上がり、父は優しく言った。「ほら、この砂を食べなさい。随分楽になる」

プラスチックの泥は生き物には、なじまなかった。

しかし
プラスチックの泥は彼にとってとても美味しかった。救いだった。
プラスチックの泥は「暴かれ続ける現実」「本音」を見てしまう癖の付いた少年の心が壊れないように守った。
プラスチックの泥は漠々とした景色の中で一筋の道になった。

プラスチックの泥は言葉で説明するなら何だろうか。「道徳」だろうか。「嘘」だろうか。(はたまた)「何をすべきか」だろうか。

プラスチックの泥は彼の体の中で生成された「何か」と混ざり脂質になり何とか彼の体を巡った。

脂質は脂質だけでは溶け崩れる少年を保持しない。「少年の父が近くにいる事」が、彼の体をつなぎとめた。(あの彼が持っていた茶碗には父の欠片が練りこまれていた。赤い粘土に練りこまれていた。だから茶碗は脂質に呼応して溶け崩れる彼を保持した。)
少年は父に従うことにした。自分の「何をしたいか」に嘘をついて。脂質は彼を優しく巡った。

脂質は獣が育ち切らない部分の彼の空白を埋めた。そうして彼の病は完成された。

彼は病と共に生きるすべを知りたかった。

砂漠の旅 26 27 28

プラスチックの泥の部分少し訂正しました。

砂漠の旅 26 27 28

  • 小説
  • 掌編
  • ファンタジー
  • 青春
  • 冒険
  • 青年向け
更新日
登録日
2017-06-24

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