キドニーパイ

好きな食べ物はと聞かれたらミートパイと答えると決めている。
何でもそう・・・。
色でもサッカーチームでも。
一つあれば見方が変わるよね。
「好きな金属は強いて言えばアルミニウムです。」
非常に良い自己紹介だね。

  キドニーパイ

 君付けして名前を呼ぶ娘が娘がおりまして、父一人の移民の中華料理屋の娘でありまして、それはそれで悪い気がしません。前髪は刃渡り長い挟みでパツンといったようでして、肩胛骨の下あたりまで伸びるブラウンヘアーでした。屈託のない笑顔もあり、万人に受けると思いますよ。
 男は父方の祖父がルーマニア人であり、それは厳しい時代を過ごしたそうです。背景によりそれは今でも言える言葉ですが、決して皆様は思わないように心がけてください。時代が違えば言い訳も見栄えも違う訳なのですから・・。とにかく彼もそんなロマの血を引いており、時によくハモニカを吹きました。その音色からは彼以外の何も他にはないように感じられました。
 しかしです。現代、この国においてはまれに見る国を思う若者なのだったのです。ただ、そんな話には他人においてみれば全くの信憑性もなく、その外見からも彼がそう言い張っているに過ぎないのです。だから彼は口をつぐんでいました。
 せめても暮らしを変えなければ喋ることすらままならないのです。だって、寂れた立て替え前の団地の一室を不法に占拠していまして、どこからか電気も引いてきているのでした。知らぬ者にとっては不気味ながらもきちんとした住居なのでした。いわゆるスコッターでありますが、自意識を持って他には言葉にもならないのでした。だからこそ身分の自覚は誰よりもあり、情けなさの裏側に誇りを顧みてはそこに頼るべく膨らませていたのです。そんな小さな創意に見せられているなんて誰も気づきもしません。哀れな男を羨望で見る目すらあるこの時なのです。

 そんな背景をも知る娘は、含み含みで恋をしています。過度な愛情表現が美しく、変われない人たちを寄りつけてしまいます。それに目くれぬ娘の美しいこと。それはサナギの姿に言い換えられるくらいなのです。
 何故、そんなにも娘を惹き付ける男なのかというと、単純な事にそのルックスからでした。大半の誰かにとっては忌み嫌われる口角で跳ねた髭。油分が少なくなった髪の毛。それに合う切れ長の一重でした。ただただ単純に中華屋の娘にはグッときたのです。この世の果てまでも・・・。そういのってあるでしょ?だから煙たがる男にも無償の愛の元、日々後を追うのです。
 その温かみに男は憧れながら、そんな自分と彼女を見比べるし、そこに溺れることに畏れては不安が顧よぎり、本質をさらけ出さないでいたのでした。

 ある日のこと、娘はいつものように男の後を付いていきます。入り口で待ち伏せしては笑顔で語りかけます。男は食べたかったのに中華まんすら食べれません。黙ってハモニカを口にします。そんな娘を猫じゃらしにて後ろ手であしらうのです。

 これじゃあいつもと変わりない。進展がない。夕べ見たばかりの恋愛映画に感化された娘は男の気を引こうと普段は聞かないような質問までをも投げかけます。どこからか始まる物語なんだと信じて。
「そのポークパイハットはどこ製?」
「おじいさんのフルネームは?」
「今回のナショナルジオグラフィック見た?」
けれども男は反応すらせず、軽快なリズムをおいてスタスタ行くのです。真に臆病者ですね。
めげない娘の質問は続きます。
「テトリスの最高スコアは?」
「ニコラテスラの花言葉は?」
「好きな食べ物は?」
男の足はその質問の後5歩目でピタっと止まりました。ハモニカもポケットにしまいました。口元すら拭うこともせずにです。
 娘はそんな男の肩口を回り込み表情を伺います。口元からはよだれがたれ半開きの目が娘を捉えます。 そのなんとエキセントリックな様!!
「好きなのは・・俺の好きな食べものは・・・・・キドニーパイだ!!」
「キドニーパイ?」
 娘は単純なはてなです。男はそれは今までに見たことがないほどに熱く語るのです。ユナイテッドキングダムを、パイを、腎臓を・・・・。
娘はその様を瞳を輝かせ黙って聞いてました。ハモニカよりもずっとずっと心に響く旋律。フィールソウナイス!!
互いに興奮を隠しきれなかったし、それこそが求めていた形でありエクスタシーすら覚えるのです。
しかし、それを無視するほどによだれの量と比例しては男の様子は加速していくのです。地団駄で井戸が湧くほどでした。
「チキショー、思い出させやがって!ここらじゃ売ってないことを俺は知っているんだ!!」
 男の目はテスラコイルになり、もはや配給がおっつきません。頭からはうっすらキノコ雲の影が見え、発狂寸前でした。娘はひょいと男の背後に回り、首元に手刀を一撃入れました。男はぐったりと倒れ込み。その体を娘は木の根元へ縛り付けました。目隠しをして、猿ぐつわを咥えさせ・・・。
 意識の戻った男の見えぬ目に娘は語りかけます。
「落ち着いて。そう深い深呼吸を・・・。任せて。無いならば私が作るわ。だからきちんと教えて」
 目隠しの中、創造は膨れます。口元から絹をとるとよだれは沼を作り、シダ科の植物が一面を覆いました。
 男の目に見えてるのはホカホカのキドニーパイだけ。その具、触感、味わい、それは十分に娘に伝わります。その一つ一つを漏らさぬよう娘はペンを走らせました。その4巡目の説明が始まると、夢遊状態の男を置き、スーパーへと走ったのです。男は興奮の絶頂を待ち、聖なる拷問に堪えるのです。

 家では鼻歌交じりの娘が換気扇を回します。

 失禁する寸前。その我慢が吹き飛ぶ良い香り。男の目隠しはようやくもってはずされます。それでもそんな視界が捉えるのは匂いの元ただ一点。ホカホカのキドニーパイと、それを手にする何と可愛い娘の笑顔。手も解放されて待ちに待った時間が来ます。いけると分かってがっつかない。信条をお察しします。それは我慢した時間ほどにゆっくりとフィリングを男は握りしめました。指に付いたバターのお陰で肌は最高の状態に仕上がります。目の前の現実に冷静を見いだし、舌を踊らせるのです。
「いただきます」
 高尚な仏教徒のように深く礼をして、パクッといったのです。
 表情はたちまち一変です。
「フザケロ!!こんなのキドニーパイじゃねぇ!!出来損ないのミートパイだ!!臓器はどうした?」
 ホカホカのパイを次から次へと娘へ投げつけます。中身は飛び出てぐっちゃぐちゃ。そんなのはあんまりです。求めていた答えの180度に娘も応戦します。足下へ蔓延るパイを男へ投げつけます。
グチャグチャドロドロのパイ投げ合戦。あーーーーあーーーあ。あんまりだ。良い香りに動物たちは大喜びだもの。
  
 ――――――――一段落付きまして・・・。男は娘に問いかけます。
「お前、本当に俺のこと好きなのか?」
 娘は黙ったまま真摯に見つめコクリと頷きました。覚悟はそれは良い表情をこの世に生み出し、男は芯から娘に惚れたのでした。恥ずかしさも、あざとさも消えていきました。
 そして、次の瞬間に研いだ爪で腹を一撃。大きな穴を開け引き裂いたのです。中から零れる腸を口に運び、間髪入れずにそこらのパイも味わいます。ミックス・ド。
 ムシャムシャグシャグシャ・・・・・。
 欲求は心を乱し、大惨事を生みます。
 まぁ、幸せならばいいですけどね・・・。

キドニーパイ

ほんとにミートパイは中々であえない。
パン屋のとは違うんだね。あれはあれで旨いけど・・・。
キドニーは腎臓だから彼は相当なすきものだね。

キドニーパイ

この真剣さは愛だ!!

  • 小説
  • 掌編
  • ファンタジー
  • 恋愛
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2011-02-08

CC BY-NC
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