砂漠の旅 22
何よりもまず、ヒビ、ではなく貫入であったことが彼を安心させた。
(変化が起きてくれたんだ。)
(僕自身がいつも変わろうとしていたのは不安だったからだ。外側が、閉じられた茶碗という外側が、変わってくれたんだ。これは希望だ。「閉じられている」外側の変化だからこそ希望だ。)
その後も楽し気に茶碗はピン ピンと細かな貫入が入り続けた。あれほど頼っている茶碗、の変化をなぜか彼はちっとも不安に思わなかった。
その夜にあるのは、ぱちぱち爆ぜるたき火と、微風に時折さらさらと揺れる木の葉とそれから茶碗の鳴る音だけだった。心地よかった。
彼はたき火のそばでマントに包まり横になり本を読んだ。
鮮やかな緑の柔らかい野菜を清流は洗うように流れ、そして野菜はやわらかに溶けてゆくように、本の内容は可憐に彼の頭を洗った。
読んでいるページを指で挟んで閉じた。たき火に照らされ、地面にそっと立っている茶碗を見た。
茶碗は火の移ろいを取り込み、チロチロと綺麗に藤色を光らせていた。
思えばこれほど茶碗を外にそのままで置いているのは初めてだった。これほど茶碗に触れ続けた一日も初めてだった。
(茶碗を大切にしすぎていたのかもしれない)彼は思った。
横になったまま、本に挟んでいない方の手で茶碗を手に取り見つめた。
彼の中でこれから徐々に変化が進む。脂質の変化だ。この変化がこの物語を収束に向かわせてゆく。
砂漠の旅 22