【リストカット・アプリコット】
【これは1人のバレリーナのお話】
雨が降っている。
雨音が私の手首に突き刺さる
ジンジンして、
ドクドクと________
先生や母親、周りの人達には見せられない
私の傷は実は甘い。
舐めると凄く甘くて、
それでいて少し酸っぱい。
真っ赤な真っ赤な視界の中で
とくとくと脈打つ私の果実は
甘い、甘い汁を湛えている
『杏梨、早く行きなさい』
袖口の汚れた制服に袖を通して
鞄を持ってそそくさと家を出る。
出たのはいいものの、そこから足が動かない
痩せていて細くて、白い脚
痣が耐えない、その脚は
雨の中を憂鬱そうに進んでいく。
ぴちゃん、ぴちゃん、
汚れたローファーに弾ける雨粒に
憂いを含んだ目を向ける
『あなたは何でそんなに美しく跳べるの?』
傘をたたむと公園のブランコに腰掛ける。
スカートも、
ブラウスも、
濡れちゃった。
私にはなんにもない。
称号、権力、金、力
口を揃えて皆言う。
『貴女は要らない子』
イヤホンを耳に突っ込んで
いつもの曲を流す
そしてブランコから立ち上がって
学校に入ってそのまま屋上まで
ここだけは、私のステージ
ローファーを脱いで
とんっとんっと指で拍をとる
そして助走をつけて
跳ぶ
跳ねる
くるくると回る
綺麗でしょ?
私の傷は汚いと罵られるけれど
トンベ?
パ・ド・ヴーレ?
グリサー?
グランジュテ?
ピルエット??
『汚い』
『なんで?』
『美しくない』
『…どうしてなの?』
私は、なんのために生きてるの?
甘い甘いものが欲しいだけ
綺麗で、美しくありたいだけ
なのにみんなに穢されて
みんなに否定されていく
私が唯一綺麗になれる方法
とん、と跳ぶだけ
一歩前に踏み出すだけ
汚いローファーも靴下も
脱ぎ捨てた
私はもう自由よ
お父さん、さようなら
『あなたが一番私を求めてくれたね』
『どんな方法であろうと』
お母さん、さようなら
『あなたが一番私を汚いと言っていたね』
『否定したよね、全てを』
先生、さようなら
『あなたが一番私をよく見てたよね』
『でも、見て見ぬ振りをしていたの』
みんな、さようなら
『あなた達には私は見えていなかったのね』
『でも、私の物は無くなっていった』
そして
私よ、さようなら
『あなたが一番自分を愛してくれたね』
『でも一番嫌いだった』
ふわりと浮くスカートに飛び込むように
裸足を前に突き出して
ぴょんと、
ひらりと、
跳んだ。
私が一番高く跳べた
最初で最後の
最高のグランジュテ
風を切る音は心地よくて
ふわりと空気に包まれる
こんなに暖かに包んでくれたのは
あなたが初めてだよ
ぐちゃって
潰れる頃には
私はアプリコットみたいな
甘い甘い水溜りに身を沈めて
ゆっくりと
眠りにつくの________
【リストカット・アプリコット】