砂漠の旅 5
結局彼が自分の荷物から酒を出したあたりで、イライラする、と言っていた彼女の機嫌はころりとよくなり、夕飯の間、いくらか2人はしゃべった。
「君、つまんないね」
彼女はたき火を囲み一緒に夕飯を食べている時たびたび上機嫌の様子でそう口にした。
その度に彼の中の脂質に包まれた獣がきりきりと鳴いた。
今日、溶けたことが原因なのか脂質は増え、内部から皮膚が圧迫される感覚を全身に覚えた。
「君には大きく3点の欠陥があり、それが病の原因でもある」と彼女は言った。
獣 泡 脳 。
彼は自分の心にいる獣が見える。「あまりにいびつだ。獣とすら呼べない。」彼は言った。
獣は目も口も開けきれないまま彼と同じ年齢に育ち続けている。誰にも見せたくない、と思った。見せれるものでもない、とも思った。
「脂質はきっと獣を外に出さないために自身が作り出している泡だ。不安をおおく含んだ泡だろう。」彼女は言った。
脳はある意味欠陥でしかありえない。もし『それ自体』になってしまったら。彼は永遠に硬直し続けてしまうかもしれないし、眠ってしまうかもしれない。「そういうものだ。誰しも偏りはあり、こういうものなのかもしれない」と彼女は言った。
彼は彼女から旅に関する有益な情報を沢山もらった。
彼は人と話すのが久しぶりで、自分の事を話すことが楽しかった。
(少し、しゃべりすぎかもしれない)彼が自分でも思うほどにしゃべった。
奥に広がる暗がりと、たき火のゆらゆらする灯りの中で、
少し馬鹿にするような目を彼女がした気がした。
少し期待するような目を彼女がした気がした。
(気のせいだろう。)彼はしゃべりながら無感情に思った。
(自分の事しか考えてない)彼女は話を聞きながら無感情に思った。
闇もたいそう深まり、彼は眠くなっていた。
「君の病は私の病と根源的には似ている」と強い眼差しで彼をはっきり見ながら彼女は言った。
えんもたけなわになったころ彼女は決まりごとの様に自分の荷物から不思議なおちゃっぱを取り出し淹れた。
びっくりするくらい美味しかったが彼は黙っていた。ちらりと彼女を見た。
「薪を集めている時、ついでに罠をかけたんだ。明日何か捕まっているといい」と彼女はニコッっと星を見ながら言った。
彼は結局、久しぶりに持っていた一人用の小さなテントを建て、その中でマントに包まり、寝た。
彼女は酒を飲みながら、火を見ていた。
砂漠の旅 5