砂漠の旅 2

大きな車輪を付けた小型のリアカーを斜めに傾けながら荷物を効率よく運ぶのにも随分慣れた。
彼は茶碗を厚い布で包み、腰袋に入れて大切にしていた。彼にとって茶碗は何より優先すべきものであり、大切にして、なくすのを恐れた。

急に天気が崩れた。雲がこんなに沢山流れているのを見るのは久しぶりだった。彼はずっと遠く西の生まれで、ここの気候を熟知していなかった。この地区の人たちは雨を喜ぶだろう。しかしこの新鮮な天気の変化は彼を不安にさせた。


昼前まで歩き、小さな東屋のあるオアシスについた。小さな池と水汲み場があった。水を補給して昼休憩をした。体を洗いさっぱりした。緑が目に染みた。(今日はここにいよう)彼は思った。

天気雨が降った。雨はぱらつく程度だった。いつかの朝に聞いたあの奇妙な鳥の鳴き声は、天気雨にぴったりだと彼は思った。心地よい風が流れた。歩ける暑さではあったが、いつも通り昼寝をした。小さな水汲み場のそばの木陰で。



彼が小さく寝息を立てるようになってしばらくしたころ、旅人がやって来た。女性のようだった。獣のような瞳は暗く、赤いようで美しかった。彼女は小さな爪切りを糸に通し首にかけていた。彼女もまた、何かの病を持っているようだった。
彼女は大げさに「ああ」とため息をつき乱暴に荷物を置き、自分の持っていた水を飲みほし、せかせかした様子で水を汲み、水を湿らした布で体を拭いた。一息ついてから「おお」と少し驚いた様子でようやく彼に気付いた。


彼は寝ている時、少しいびつに体が波打つ。ゆるゆると脂質と肉塊が皮膚の内側で動いている。少し気味が悪い。

「あれまあ」彼女は少し嘲笑を含み笑った。
彼女の肩には真っ黒な2足の爬虫類がいた。
「プルルゥ」爬虫類が鳴いた。

彼女は東屋の椅子に座り、しばらく遠くを見ながらその爬虫類を撫でた。風が心地よかった。何となく、彼が起きるのを待っていたい気分だった。


彼が起きた。何気ない様子で伸びをし、何気ない様子で欠伸をし、疲れがとり切れない様子で木にもたれた。
彼女は(ずっと起きなくてもいいのに)と思った。

彼は首だけ動かし彼女を見た。顔色は変えなかった。そのまま無機質なほほえみで軽く会釈した。彼女は(内心驚いているくせに)とクスクス笑い、同じように会釈した。

人に会うことは珍しいことだった。彼は驚いていた。


彼女はかなり旅慣れていて、荷物も必要最低限を知っていた。大きめのバックパックに腰袋だけだった。
確かに彼はそれに比べて大量の荷物を持っていた。
「やけに沢山荷物があるのね。お店開けそうなくらい。」彼女は皮肉を含んで言った。
「はあ」彼は気の抜けた答えを返した。
「一人でそんなに荷物はいらないでしょう?変なの。」からからと彼女は笑った。
(なんだか馬鹿にされてるみたいだ。)と彼は感じた。
彼はその笑い声を無視して立ち上がり、「あなたも病気なんですか?」と、つっけんどんに聞いた。
彼は旅人の多くが病を抱えていると聞いたことがあったし、病について知りたかった。旅人に会うのは初めてだった。病については何より聞きたいことだった。

彼女は突然の質問に少し驚いた顔をした。
「なに突然。」彼女が言った。病について、は、とても神経質になるべき話だった。本人の弱みにも近いものだった。得体のしれない人間に簡単に話せることではなかった。
「…」彼は一瞬黙った。
「あなたも病気なんですか?僕はこの病気について知りたいのです。」再び彼は聞いた。
彼女は、いらっとした表情で横を向き小さく舌打ちをした。そして
「なんか変な人に会っちゃったねえ」とほほえみながら膝にいる爬虫類のそいつを撫で、呟いた。
「病気について聞けるほど親しい間柄だなの?私たち。会ったことあったっけ?初対面だよね?」
彼は彼女の言っている意味がよく分からなかった。


天気雨はとっくに通り過ぎて、あの、変わらぬ暑さが舞い戻っていた。

砂漠の旅 2

砂漠の旅 2

  • 小説
  • 掌編
  • ファンタジー
  • 青春
  • 冒険
  • 青年向け
更新日
登録日
2017-06-18

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