無剣の騎士 第2話 scene9. 約束

今回のお話にもツッコミどころは沢山あると思います。
予想される数々の質問に対し、前もって回答しておきます。
回答:エドワードだからいいんです!
それでは本編をお楽しみください。

 アーシェルとレザリスが収監されてから、何日過ぎたのだろう。彼らの処分内容はなかなか告げられないままだった。
(もう、何でもいいから早く教えてよって感じだわ)
レザリスは独房の寝台の上でごろりと転がって、天井を見つめた。
 彼女にとってこの数日間は、時間が経つのが非常に遅かった。折角アーシェルと一日中二人きりなのに(ただし理想には程遠い環境ではあったが)、まともに会話することもできないからだ。アーシェルが泣いたのは初日のあの時だけだったが、その後も彼は落ち込んだままだった。最初の二、三日はアーシェルを少しでも励まそうとレザリスも頑張ったのだが、騎士職剥奪という最悪の結果に怯えている間はどうにもならないと悟り、しばらくはそっとしておくことにした。
(あたしたちの処分を決めるのって、そんなに時間がかかるものなのかしら。確かに前例のないことだとは思うけれど……)
 レザリスがあれこれ思い巡らしていると、遠くで鉄の扉が開く重々しい音がした。続いて、数人の足音が聞こえてきた。最初は看守が来たのかと思ったが、今は食事の時間ではない。
(ということは――、遂に来たわね)
レザリスは飛び起きて、廊下の方に顔を向けた。向かいの独房に居るアーシェルは足音の意味にまだ気づいていないらしく、寝台に横たわったままだ。
 足音は段々と近付いてきて、とうとうレザリス達のいる独房の前に数人の男達が現れた。看守達と、初めて見る白髪の近衛騎士だった。
「お主が、レザリス・ゲイルハートだな?」
「はい」
レザリスは立ち上がって、数歩近寄った。判決を聞く覚悟は、とうにできている。
「お主は、無罪放免となった」
「えっ」
予想外の言葉に、レザリスは言葉を失った。
「これより、お主を本国まで送り届ける。某の小隊がお主の護衛に付く。さあ、出てきなさい」
騎士は看守の一人を促して、独房の鍵を開けさせた。レザリスはおずおずと扉から出てくると、アーシェルの方に目をやった。彼も状況を飲み込めていないらしく、鳩が豆鉄砲を食ったような顔をしていたが、レザリスと目が合うと、頬を緩めて微かに笑った。
(無罪を喜んでくれている……?)
気がつけば騎士もアーシェルに哀れみの視線を向けていたが、すぐに向きを変えて歩き始めた。看守達もそれに続く。
「あ、あの!」
レザリスは騎士を呼び止めた。
「ヴァーティスさんの方は、どうなるんですか?」
騎士は立ち止まったが、振り返らずにこう答えた。
「……彼の処分についてお主に伝えてはならぬと、命令を受けておるのでな」
「…………!」
そして、騎士は再びゆっくりと歩き出した。
 レザリスはもう一度アーシェルの方を振り向いた。アーシェルは先程と同じ表情のまま、頷いた。レザリスは複雑な気持ちで、しかし何も言えないまま、看守に促されてその場を後にした。
 アーシェルはこの後一体どうなるのか。様々な可能性を考えたが、どれもこれも結局は憶測でしかないし、分かったところでレザリスにはどうしようもない。レザリスはただ祈るよりほかなかった。
(どうか、アーシェにまた逢えますように――!)

        *    *

 レザリスを見送った後、アーシェルは再び寝台に横になった。この数日ですっかり見慣れた天井をぼんやりと見上げて、溜息を付く。レザリスの処分が決まったということは、自分の処分も決まったということだ。それが一体どんな内容なのかは予想もつかないが……。
(それにしても、レザリスがお咎め無しで良かった……)
つい先程までは自分の受ける罰が恐くてひたすら怯えていたのに、今は不思議と落ち着いた気分になっていた。それは、レザリスが無事故国に帰ることができるのが嬉しいからかもしれないし、もしかしたら自分の処罰も思っていたほど重くないのではとの希望が見えてきたからかもしれない。
 そんなことを思い巡らしていると、再び遠くで鉄の扉が開く音がした。
(いよいよかな)
アーシェルは身を起こすと、鉄格子の前に立った。
 先程と違って、近付いてくる足音は一人だけだった。看守一人なのだろうか。それとも――。
「えっ……?」
現れた人物を前にして、アーシェルは思わず目を大きく見開いた。アストリア宮殿の地下牢、その廊下に立っていたのは。
「久方ぶりだな、アーシェ」
アストリア王国次期国王、エドワード・ヴィルヘルム・プロ・アストリアだった。
「殿下!」
我に返ったアーシェルは慌てて跪いた。
(エドが……殿下が、どうしてこんな所に!?)
意外過ぎる展開にアーシェルは混乱するしかなかった。頭を垂れているため表情を見られずに済むのが彼にとっては幸いだったのだが。
「人払いは済ませてある故、この時間だけは騎士の礼儀作法に則らずともよい。昔のように、兄弟の体で構わぬ。面を上げよ」
「は、はぁ……」
密かに、また僅かに安堵できたのは束の間だった。アーシェルは恐る恐る顔を上げた。
「とはいえ、残念ながら余には時間がなくてな。単刀直入に伝えよう」
アーシェルはごくりと唾を飲み込んだ。
「アーシェル・クレア・ヴァーティス。そなたを二年間の禁固刑に処す」

        *    *

「……っ。承知しました」
 判決内容を伝えると、アーシェルは一呼吸おいて、それを受け入れた。流石に無罪にする訳にはいかなかったが、国内外の関係者を納得させる落とし所としてこの程度の実刑が必要だった。
「よって、引き続きこの場で過ごしてもらうことになる。不便をかけるな」
「いえっ、そんな……」
「自宅謹慎でもよかったのだが……、当面はそなたの屋敷よりも此処の方が安全であろう」
「えっ、どういうことですか?」
「今は知らずともよい。いずれ明らかになるであろう」
「はぁ……」
アーシェルは首を傾げたが、それ以上は訊いてこなかった。
 鍛冶職人の組合員達が、ヴァーティス家の周りにも押し寄せているとの情報が届いていた。アーシェルが戻れば、彼らは屋敷内にまで討ち入りしかねない。
「あの、ところで、近衛騎士の務めはどうなるんでしょうか?」
 アーシェルはおずおずと尋ねてきた。
「一時的に除隊となる。ただし、永久資格停止処分ではない故、刑期満了後には再度任命するつもりだ」
「そうですか……」
こちらの措置も、痛みを伴うものの致命傷ではないはずだ。実際、アーシェルはとりあえず胸をなでおろしたようだった。
「ところで、そなたのこの剣のことだが」
エドワードはマントをめくると、腰に下げていた脈玉入りの剣を取り出した。
「囚人に武器を持たせる訳にはいかぬのでな。暫く余が預からせてもらおう」
「勿論、構いません」
「それに、久々にこの剣を振るう時が来るやもしれぬ……」
「えっ?」
「いや、何でもない」
エドワードは首を振った。
「それよりも、刑期満了後のことだ。そなたをもう一度、余の近衛騎士に任命するからな」
エドワードは剣を握り締めると、アーシェルに笑いかけた。
「……はい! アーシェル・クレア・ヴァーティス、再び殿下にお仕えできる日を心待ちに致します」
アーシェルは再び跪いて恭しく頭を垂れた。

        *    *

「ではな」
「はい」
 鉄格子越しに二人は少しの間歓談を楽しんだが、すぐにエドワードが立ち去る時間がやってきた。エドワードが背を向けて歩き出した時、
「あ、エド……!」
不意にアーシェルはエドワードを呼び止めた。何故か嫌な予感がしたのだ。もう一度、確認しておかなければならないような気がした。
「どうした、アーシェ?」
「二年後の任命式、約束ですからね……!」
エドワードは微笑んで頷いた。
「ああ、約束だ」
そうして再び踵を返すと、ゆっくりとエドワードは去っていった。
 これまでエドワードがアーシェルに嘘をついたことは一度もない。約束を破ったことなどないし、単に予想したことでさえ彼はことごとく実現させてきた。
 それなのに、今回だけは――再び近衛騎士に任命するという約束だけは――本当にそうなるのだろうか。アーシェルは疑念を抱いた。何か、確たる根拠がある訳ではない。しかし、一度アーシェルの心の底に湧き起こったその疑念は、忘れようとしてもこびりついたようになかなか消えず、彼を不安にさせるのだった。

        *    *

 エドワードが扉から出てくると、地上ではケネスやメルキオが待機していた。
「別れの挨拶は、お済みですかな?」
「うむ。アーシェについては、もう思い残すことはない」
エドワードはマントを翻すと、居並ぶ大臣達の前を横切って真っ直ぐに歩き始めた。大臣達も、その後に続く。
 彼らはそのまま階段を登ると、城の露台へと進み出た。眼下には、大勢の兵士達が既に整列していた。
「アストリアの勇敢なる兵士達よ!」
エドワードの声は元々通りやすいが、ここでは周りを囲む城壁の音響効果も相まって非常によく響く。
「これより作戦を開始する。我がアストリアを何としても死守し、救国の英雄となるのだ!」
エドワードが拳を高く突き上げると、兵士達はどっと時の声を上げた。

 アストリアとリヒテルバウム。最後の戦いの火蓋が、切って落とされた。

無剣の騎士 第2話 scene9. 約束

次回予告:
遂に始まった、アストリアとリヒテルバウムの戦い。
それは前例のない規模の脈玉がぶつかり合う戦争であると同時に
エドワードとコンラートの頭脳戦でもあった──。

⇒ scene 10. 奇襲 につづく

無剣の騎士 第2話 scene9. 約束

進捗報告も兼ねてツイッターを始めたのに全然つぶやいてなくてすみません。

  • 小説
  • 掌編
  • ファンタジー
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2017-06-14

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