ライター泥棒
思い出の積み重ねで人間できている、
思い出せる誰かがいなければ、違う価値観の自分がそこにいて、この言葉は生まれない。
ライター泥棒
初めは決してそんなつもりではなかった。たまたまだ。気にすることでもないだろう・・。
ただ、家にはもう昔のようには君の物はなんにもなかったから・・。それでもなんとなく嬉しかったんだ。
久々に会うようになって、変わらずに同じタバコを吸っていた。おっくうだったし、そうであったから、タバコを貰った。君はかわいいかばんを持っている。私にはパンパンになるだけのポケットしかない。最後にタバコを吸ったのは私だったようだね。家に帰って、一つだけ膨らんだポケットにはタバコが入っていた。その中には君のお気に入りの銀の装飾が施されたライターが入ったままだった。部屋で一人でタバコを吸ったんだ・・・。
それが3度続いた。いつでも最後には私のポケットに入っていた。それが常であり、普通であった。関係性は昔でないにしても、行動は癖づいているということだろう・・。
家の食器棚にはしっかり立ったライターが並んでいる。目が付くはずのその場所だったのに、君に会うときにはいつもそんなことは忘れていた。所詮は、そんなことなんだと思うんだ。
けれども家には少しさびしい気持ちで帰ってくる。そんなときにはそこにライターがあってとても救われるんだ。これがある限りは決して切れてはいないと思えるから・・。自然と愛着が湧いた。ここにこれがあるということを君も知るべきではないかと考えた。
それからは意識してそれを続けたね。タバコが吸いたくなくても、別れ際には貰ったりもした。ライターだけでもとポケットに自然と入れた。出したり入れたりも面倒なことだからね・・。私が持っていることにも抵抗はなかったと思うよ。
それを家に帰ると並べる。それらの距離は段々とちじまっていく。古い順から右へと続いていく・・。
銀のライター、重くて立派なオイル式、黄色の可愛いサルの形・・・
それが今ではどこにでも目に付くありふれたライターとなっている。数は随分と増えた。
そうそう・・そういうことなんだ。それでも君は何も言わない・・。
その晩はとても寂しくて、それはそれは寒い夜だった。不幸は気持ちを生み出し、そして連鎖していく・・。
嫌が追うなしに君を覚えて、食器棚の前に立っていたんだ。温もりを感じることが出来ないことは知っていたから・・せめてもの気休めだった。
目にするものの、それでもまだまだ寒かった。真っ暗で月明かりもない、風の音すら聞こえない。そんな晩だったから・・。ライターを手に取った。みるだけでは足りなかった。火を点してみようと思ったんだ。
一つは選べない。時間軸に順番をつけるのも可哀想。その度には歴史がある。積み重なっての今である。一斉につけることにした。
どうにも両手じゃ足りないから、考えを模索した。
上手いことタコ糸を使って、その先に錘をつけた。それぞれの点火部分に糸を絡ませ、重しを落とせば一斉に火が付く。一本の糸は枝分かれ、12のライターは円になり、様々な高さでしっかりと立っていた。机や椅子や、クローゼットの上・・・。力にも負けないように、しっかりと貼り付けた。
その真ん中には私がいるよ・・・。寝室で、電気も消したんだ。きっと、とっても暖かくてぐっすりと眠れることが出来るんだ。明日になればきっと良い天気。寒かったとことなんて忘れてしまうんだ!!
「準備はいいかい?少しだけもう温かいよ・・。」
私は均等に力がいくよう、錘を手に取り勢いよく引っ張った。
・・・それは見事に火が付いた。一周見渡しても、狂いはない。温かな光が体をぐるりと包み込んでいた・・・。とても幸せだった。みとれてしまった。ゆらゆら揺れる火先に気分すらも同じように漂った・・・。
火は消えることはなかった・・・。やがて、糸に飛び火した。絡みついた糸はすぐに燃え尽きた。それでも火が消えることはなかった手元のこちらへ寄り添おうとする。でも、私は動きたくなかったし、じりじりと近づいてくるそれを最後まで見ていたんだ。
ついには持ってるこの掌へとたどりつき、あっという間に体をも包んでいった。
こんな夜に色づいた。一面が真っ赤になり、他には何も見えない!!なんてあったかいんだ!!
それでも、それでもだ。私は燃えない。温もりはすぐに消えた・・・。
何故だろう・・?
ベッドも、お気に入りのジャケットも、向こうに見える食器棚もこんなにも燃えているんだぜ。私は燃えない。
天井も、床も、バスタブだってきっとそう・・・でも、熱さはもう何も感じられなかった・・・。
―――――こんなに、こんなに・・・真っ赤なのに私だけが駄目だったんだ。
だから、諦めて眠ったんだ。そのまま床で寝てしまったんだ・・。
それは噂話になりました。夜の闇をサイレンが切り裂いたそうです・・。
どのくらいが経ったのだろうかね・・?いつもとは違う喧騒があったんだ。そういう朝なんだと思う。部屋には物物しいたくさんの人がいる。焼け焦げた窓の外にも知らないたくさんの人がいる。
ぼくはうれしかった・・。だって、これだけ人がいるんだ。この中には間違いなく彼女がいる。姿こそ見えないけれど・・。どこかにいる。だって、いまはすごくあったかいんだ。
泣けた朝に、
真っ黒にただれた形もない男を
女はその胸の中に優しく包んであげたのでした・・・。
ライター泥棒
自己満足がいい。
人生とは人に認められることと見つけたり・・・。