記憶

思い出せない。

記憶が、ところどころ抜け落ちている。
最初にそれに気付いたときは、愕然とした。

人の顔は辛うじて出てくるのに、名前が分からない。
プリンを食べるとき、あれ。どうやって食べていたのか思い出せない。
私の誕生日はいつだっけ。

焦りが募っていった。
私はこの後どうなっていってしまうのだろう。

しかし、そのうちとてつもない安堵感が、私を包み始めた。

もう、これまでの辛かったことを思い出さなくて済む。
生まれて初めて、幸せだと思った。

家のことも、仕事のことも、フィルターがかかったように、ぼやけている。

今後ずっと、思い出さなくて済みますように。

こんなにぐっすり眠れたのは、いつぶりだろう。
今日も、明日も、ゆっくり眠れる。

記憶

記憶

  • 随筆・エッセイ
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2017-06-12

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