ヨットハーバーを駆け抜けろ
たくさんのマストが一望できる駐車場にブレーキの甲高い音が鳴るのと同時に、ドアの閉まる鈍いドン、ドンという音が響き、二人の男が勢いよく駆け出す。
「芝生、突っ切るぞ」
赤いポケットチーフが洒落たサングラスの男が、海へと通じる連絡路よりも手前からショートカットする。背広の襟からはイヤホンのコードが覗かせている。
「よっしゃ!遅れんなよ!」
軽口を叩いて競うように走る男は、はだけた首もとのシャツに緩めたネクタイの格好が茶髪と似合っている。そんな彼も茶髪をかきあげるように左手をイヤホンに当てながら、
「聞いたか?即救出だってよ!」
サングラスの男へ東屋が建つ石畳の広場のスロープを指差し誘導する。
「ああっ!俺も確認した。転ぶなよ」
スロープに差し掛かると海風が坂を吹き抜けて潮の香りが強まった。
前のめりで進む足音は強まりを増す中、サングラスの男が海岸線に沿って伸びる遊歩道へ下りきる前に、そう指示があったのか、
「あの桟橋だ!」
と、さかんに指差す右手が振れ動く。
その先は遊歩道から幾筋も伸びている桟橋の、外洋に面した一本を示していた。
「結構距離あるぜ!」
ズッズー、と横滑りで突き当たる遊歩道を曲がった茶髪の男が、同じく横滑りで続くサングラスの男に確認というより叫んだ。
波に揺られるヨットの集まりを左手に、遊歩道を駆ける速度は加速する。
「バテたか?」
と茶髪の男が余裕を投げれば、
「お前だって顎上がってる」
とサングラスの男は逆に跳ね返す。すると左手をイヤホンに当て、お前も聞けとばかりにサングラス越しに眉を動かし合図を送った。
「聞いたな?黄色だ!黄色い船体のヨット!」
「よっしゃ、最終コーナー行っちゃう?」
そう言うと茶髪の男は親指を立てた。柵で行き止まりの遊歩道から二人は桟橋に架かる橋へと曲がった。
桟橋の一番奥に目標のヨットを見つけ、あれだ!と一斉に声をあげる。木の板を踏み進む乱雑な響きが桟橋が途切れる方へ移動していく。
「プランAで突入だ」
同意を促すように茶髪の男がまた親指を立てる。サングラスの男は手刀を切るように右手を前方に出して、了解と表現した。その時、再び二人はイヤホンに手を当てると頭が左に傾いていき、
「何!!無事救出?」
と叫びがハモる。
すぐさまサングラスの男が、
「この場所はトラップ?って」
と呆れた顔で、どうする?と茶髪の男に顔を向ける。
「事件は解決!このまま、飛び込むか?」
飛び込むって?と聞き返す間もなく、茶髪の男は黄色のヨットを通り越し、
「イエーイ!!」
と桟橋を踏み切り、ありたっけ手足を伸ばしながら宙へと飛び出した。
「ったく、何がイエーイだよ!!」
そう愚痴りながらもサングラスを桟橋へ投げ出して、これまた豪快に手足を広げ海へと飛び込んだのであった。
ヨットハーバーを駆け抜けろ