眠れぬ夜は君のせい【スピンオフ③】 ~ 日曜日 ~

眠れぬ夜は君のせい【スピンオフ③】 ~ 日曜日 ~

■第1話 君のこと

 
 
 
 『ねぇ、キタジマ君。

  日曜ってなんか予定ある?』
 
 
 
隣席のミホが左手で器用にシャープをクルクル廻し、この年頃の人間同士が
質疑応答するにはかなり難易度が高いそれを、まるでなんの ”意識 ”もし
ていないような飄々とした涼しい顔で問い掛けてきた金曜の放課後。
 
 
キタジマはやっと終わった本日の授業に、どこか疲れた顔をして腕をぐんと
突き上げ小さく伸びをしていた。

下校する為に机の上に気怠げに学校指定カバンを乗せると、そのかぶせ部分
を開いて引出しに無造作に突っ込んでいた教科書やらノートやらしまってい
た最中のこと。しまう途中の指先に掴んだノートの表紙には、隣席のクラス
メイトに勝手に描かれた青くて丸い謎の生物が威風堂々と鎮座している。
 
 
 
 『・・・べ、別に・・・

  ・・・・・・・・・・・・・・・無い、けど・・・。』
 
 
 
キタジマは明らかにうろたえた。

耳に聴こえたそれは、自分の聞き間違えか、はたまた今考えている ”それ ”
とは全く別の意味合いを含むものなのか。
 
 
休日の予定を女子に訊かれるなんて・・・
 
 
しかも、相手はミホ。
キタジマがひとり自宅の机に向かい照れくさそうに隠れて描く、ノートを埋
め尽くす、その ”横顔 ”の張本人だ。
 
 
 
  (に、日曜・・・

   日曜の予定がなければナンなんだろ・・・?
 
 
   ・・・サワタニも、予定・・・無い、ってことなのか・・・?

   お互い・・・ 予定が無ければ、ナンだってゆうんだ・・・?)
 
 
 
必死に平静を装うも心臓はバクバクと爆音を響かせ、一人脳内会議で絶賛
取り込み中のキタジマの様子など気にも掛けない、その張本人は
 
 
 
 『じゃ、10時に駅前ね。』
 
 
 
それだけ言うと、カバンを掴んで軽く手をあげ一瞬ニコっと笑ってミホは
放課後の教室を出て行った。
 
 
キタジマは暫くその場から動けず、ノートを掴んだままで固まっていた。

黒板にまっすぐ向いた目は、意味も無くせわしなく瞬きを繰り返し、心臓
の早鐘の鼓動に合わせ、耳がジリジリと熱くなっていくのを感じる。
 
 
 
 『・・・な、ナンなんだ・・・?』
 
 
 
日曜の ”時間と場所指定 ”だけ勝手に言い放ち、その ”目的 ”は告げ
られぬまま放課後のそこに一人取り残されたキタジマだった。
 
 
 
 
 
 
 『どこ、行くつもり?』
 
 
日曜10時。待ち合わせ場所の駅前に、几帳面に5分前にはそこにやって
来たキタジマは、意外にも更に上回る几帳面さで既にそこに佇んでいたミ
ホの背中に第一声なんて声を掛けていいものか考えあぐねていた。

後ろから肩を叩こうと手を伸ばしかけ、しかし触れていいのか否か。一向
に叩くことが出来ずに中空を彷徨った指先。意を決して人差し指の先端で
チョンと突き、冒頭のたった一言をまだ振り返る前のセミロングの黒髪に
向けて早口で朴訥に呟いた。
 
 
すると、すぐさま振り返ったミホ。
その目は休日スタイルの私服のキタジマをやけに嬉しそうに見つめる。

そして、普通待合せて第一声に掛け合うであろう例えば『晴れて良かった
ね』だとか『すぐ分かった?』だとかお決まりのセリフなど一切すっ飛ば
すと、『ん~・・・ 散歩。』

そう言ってすぐキタジマから目を逸らし、スキップでもしそうにご機嫌に
歩き出したのだった。
 
 
そんなミホに続いて、キタジマも歩き出す。
ふたりは微妙な距離をとって進んだ。

ミホの数歩後ろを歩くキタジマは、こっそりその斜め後方からの彼女を見
つめる。 ”飾り気がない ”というのは、こういう事を言うのだろうと思
うほど、初めて見たミホの私服はシンプルで無駄が無くて彼女らしくて、
やけにしっくりとくる。

あまりにじっと見つめている自分に気付いたキタジマが、慌てて視線をは
ずした。やはり、例え斜め後方からだとしても真っ直ぐ直視するのは抵抗
があった。
 
 
日曜の駅前は、人も多く賑やかで親子連れやカップルがそこかしこに見て
とれた。その人混みの中をふたりはなにも話さず、かと言って無理やり会
話を探さなければならない程それは嫌な沈黙ではなかった。
 
 
学校の方角へ歩き出したミホが、初めて振り返ってキタジマに訊く。
 
 
 
 『ねぇ、いつもドコの道とおってるの?』
 
 
 
急にミホからの視線が向いたことに慌てながらも、キタジマはいつもの通学
路へと足を進め促す。

ミホはキョロキョロと辺りの景色を眺めながら、なにやら愉しそうに続けた。
 
 
 
 『ねぇ、兄弟いる?』
 
 
 
『あたしは、弟がいるの。 キタジマ君は?』 小首を傾げてその目は一点
の曇りもなく真っ直ぐ見つめて。
 
 
『・・・一人っ子。』 キタジマは照れくさそうに目線をはずすと、ポツリ
と答えた。
 
 
すると、『・・・だと思った~。』

そう言って、ケラケラ笑うミホ。
 
 
 
 『なんだよ・・・。 どーゆう意味?』
 
 
 
ちょっと小馬鹿にされた気がして、不満気に眉根をひそめ口を尖らすキタジ
マにミホが尚も笑う。
 
 
そして、
 
 
 
 『ん~・・・

  色々ね、考えてたの。
 
 
  キタジマ君、私服はどんな感じかな~?とか。

  どの道とおって学校通ってんのかな~?とか。
 
 
  ・・・一人っ子だろうな~、とか。』
 
 
 
そう言って、また肩をすくめて笑った。
眩しそうに目を細めて、なんだかやけに嬉しそうにミホが笑ってた。
 
 
 
 
   ”色々ね、考えてたの。 ”
 
 
 
 
そのたった一言が、キタジマの胸の奥の奥を一気に熱く高鳴らせる。
 
 
ミホの口からサラリとこぼれたそれは、昨夜、照れくさくて恥ずかしくて
しかし愉しみで仕方なくて、ベッドの上で寝返りばかりを延々繰り返し、
中々眠れなかった自分とシンクロして。
 
 
たった一言で、胸がこんな音を立てるのだと生まれて初めて知った。
 
 
照れくさ過ぎてミホの顔など一切見られず、ひたすらいつもの通学路の脇
に咲く名もない花に目を遣った。

そんなキタジマを、ミホは嬉しそうに見ていた。
 
 
 
そうやって少しずつ少しずつ、ふたりは互いの事を知っていった。

ゆっくり。
ゆっくり。
 
 
 
ふたりのペースは、驚くほどにのんびりしたものだった。
 
 
 

■第2話 手と手

 
 
 
とある日曜日。
いつものように、ふたりはのんびり散歩をしていた。
 
 
日曜のたびに、なんてことない通学路や近所を散歩するようになったキタジ
マとミホ。ふたりの歩幅はゆっくりとしたもので、然程会話をする訳でもな
く手を繋ぐ訳でもない。それでも並んで歩き、互いの靴裏がアスファルトを
擦る音がシンクロする瞬間に、胸はときめき照れくさそうにそっと目を伏せ
る。ふたりの間で揺れる手がたまにぶつかりそうになると、その指先は相手
のそれを掴みたいと触れたいと、歯がゆさを滲ませた。
 
 
散歩の最終目的地としてやって来ることが多い、学校近くの大きな公園。
ふたりは木陰のベンチに腰掛けて、公園中央にある噴水を眺めていた。
 
 
暫しなにも喋らずに、勢いよく噴き出す水が太陽の光に反射してまるでプリ
ズムのように目映く輝くそれに目を細める。木漏れ日をくれる緑の隙間から
差した夏の陽が目元に当たり、キタジマは眩しそうに顔を伏せた。
 
 
すると、黙ったままだったミホが言った。
 
 
 
 『ねぇ、手 みせて。』
 
 
 
ふたり並んでベンチに腰掛けた時から、キタジマは座面に置かれたミホの
白く華奢な手をこっそり盗み見ていた。触れたらどんな温度なのか、握っ
たらミホは嫌がるのか、繋いだらそれを繋ぎ返してくれるのか。

まるで心の中のそれがバレてしまったのかとビクっと一瞬驚き、別になに
も悪いことはしていないのだと冷静になって自分に言い聞かせる。
 
 
そしてミホに言われた通り、キタジマは左隣に座るミホの前に左手を差し
出し広げた。軽く腕を伸ばして、ミホから斜め下方の位置で見えるように。
 
 
その大きなゴツゴツした手を、まじまじと見るミホ。

そっと白い指先でキタジマの手首に触れると、どこか愉しそうに嬉しそう
に手の甲やら手の平やらせわしなくひっくり返して見つめている。
 
 
突然手首に感じたミホの指先の温度に、キタジマは思わず息を止めて固ま
った。想像以上にひんやり冷たいそれに、一気に顔も首筋も熱を持つ。
 
 
 
 『こんなにゴツい手で、

  な~ぁんであんな絵が描けるんだろうね~?』
 
 
 
そう言うとミホは、自分の手をキタジマの目の前に広げた。
キタジマのそれよりひとまわりは小さく、指の細さがやけに際立つ。

しかし、ミホらしさがキレイに短く切り揃えられたナチュラルな爪に表れ
ていて、初めて間近でしっかり見たそれにキタジマは思わず頬が緩んだ。
 
 
 
 『あたしの手の方が、ほら・・・

  ・・・なんてゆーの? 繊細な感じ?で。
 
 
  なんでも上手く描けそうなのにね~ぇ?』
 
 
 
青い空に浮かぶ雲間から真っ直ぐ差し込んだ陽の光に、白く細い手をひらひ
らと花びらのように翳して、ミホはまた愉しそうにクスクス笑う。
 
 
『ドラえもん描けんじゃん。』 キタジマは咄嗟に、自分のノートに勝手に
描かれた青くて丸い珍妙なそれを思い出し、わざとからかってチラリと意地
悪に視線を流し笑う。
 
 
すると、
 
 
 
 『そう! あたしが描ける唯一のだからね。』
 
 
 
ドラえもんに関しては、なぜか本気で自信満々なミホ。

胸を張って言い切る自信溢れたその横顔が可笑しくて仕方なくて、キタジマ
声を出して笑った。やわらかく目を細めて、頬をやさしく緩めて。
 
 
ミホは、そんなキタジマに眩しそうに目を細める。
 
 
そして、キタジマの広げた手の平に、自分のそれをそっと重ねた。
やはり、ひとまわりはサイズが違う、ふたりの手。
 
 
はじめて触れ合った互いの手の感触。
それは、心のやわらかい部分を優しく苦しく締め付ける。
 
 
 
 
  心臓が、音を立てて鳴り響く・・・
 
 
 
 
キタジマは、ゆっくりと、開いていた指を少しだけ閉じて握りミホの細い
手をつかんだ。自分の指と指の間に、相手のそれが組み合わさってゆく。

すると、すぐさまキタジマの大きな手もまた、白く冷たいミホのそれにや
さしく包まれた。
 
 
 
 
  はじめて繋ぐ、手と手。

  ふたり、俯いたまま。
 
 
 
 
  
 『キタジマ君・・・ 手、アツいね。』
 
 
 『ぅ、うるさいなっ・・・。』
 
 
 
ムキになって言い返すも、ミホに指摘された手だけじゃなく頬も首も全身
全部なんだか熱くて、キタジマは照れくさくて仕方なさそうに眉根をひそ
めた。

からかわれて不機嫌そうに口を尖らせ、しかし更に繋ぐ手には力を込めて
赤い頬を隠すようにそっぽを向いた。
 
 
 
青い夏風がふたりの火照った頬をなでていった。
 
 
 

■第3話 名前

 
 
 
『ねぇ、あたしの名前知ってる?』

ミホの問いに、『サワタニ。』とボソっとひと言だけ答えたキタジマ。
 
 
 
 『じゃなくて! 下の名前だってば。』
 
 
 
呆れ気味に小さく笑ったミホ。

木漏れ日をつくる公園樹のケヤキの卵型の葉が幾層も重なり、ミホの涼しげ
な目元や、何故か日焼けしない真っ白な頬や、いつも上機嫌に口角が上がっ
ている口元にやさしい葉影を映し出している。
 
 
いつもの日曜日の散歩。
いつもの公園の噴水が見えるベンチに、ふたり。
 
 
キタジマは ”苗字ではない方の名前 ”を問われ、一瞬照れくささを必死に
誤魔化す苦い顔を向けると、更に一拍おいて 『・・・ミホ。』

聞き取れるか聞き取れないかぐらいの蚊の鳴くような心許ない声で、小さく
小さく答えた。
 
 
すると、ミホはキタジマの口から聴こえた自分の名前に、嬉しそうに満足そ
うに、やはり上機嫌に上がっている口角を更に三日月のように吊り上げて、
数回『うんうん』と頷くと、腕を伸ばしその華奢な手を出して広げた。
 
 
涼しげな生成色のコットンシフォンシャツの袖口から伸びた細くしなやかな
腕にキタジマは一瞬目を奪われる。しかし、すぐさま慌ててミホの指先へと
意識を集中する。
 
 
すると、
 
 
 
 『サ・ワ・タ・ニ』
 
 
 
ミホは自分の苗字を一文字ずつ区切って数え、その文字数分だけ指を折って
ゆく。

親指・人差し指・中指・薬指と順に折りたたまれ、小指だけが立つその指で
『4文字。』 とキタジマの顔の前にそれを突き付けた。
 
 
そして続けて、『ミ・ホ』と同じように下の名前も数え、指を組み替えると
人差し指と中指でピースサインをつくった。
 
 
それを黙って見ていたキタジマは、ミホが何をしているのか全く分からず小
首を傾げ、確かに2文字であるそれをイマイチ理解出来ていない面持ちで、
『・・・あぁ、うん・・・。』と鈍くもどかしい反応を示した。
 
 
そんな歯がゆい反応も想定内とばかり、ミホは想像どおりのキタジマに可笑
しそうに頬を緩めて、ほんの少しだけ前のめりになり再び手を差し出す。
 
 
 
 『キタジマ君も一緒でしょ?

   ”シュ・ン ”で、2文字。
 
 
  ・・・2文字の方が平和じゃない?』
 
 
 
 
  ( ”平和 ”ってナンだよ・・・?)
 
 
 
キタジマは再びミホが指を折って数えた ”シュン ”という自分の名の2文
字を表す、目の前の白くて細いピースサインをぼんやりと見つめた。
 
 
”平和 ”の意味が正直よく分からなかった。
苗字より ”短い”と言いたいのだろうか。
 
 
すると、やはり言いたい事が伝わっていないキタジマが可笑しくて仕方なそ
うにミホはクスクスと笑い、突然ピョンと飛び上がるようにベンチから立ち
上がった。背中を向けて立つミホのミニ丈の空色ショートパンツから伸びる
脚に、今の今まで座っていたベンチの等間隔の板座面の跡がクッキリ付いて
いてほんの少し赤くなっている。

脚も腕も髪もミホそのものを表すように、真っ直ぐでナチュラルで飾り気が
なくシンプルなそれ。キタジマの目は一気にその後ろ姿に囚われる。
 
 
 
 『・・・だから。 平和な方でいかない?』
 
 
 
ミホがくるりと振り返り、そう言ってまた眩しそうに笑った。
 
 
振り返る動作に併せて揺らいだ黒髪が、ケヤキの樹の隙間から差し込む光に
反射して、まるで清流のように輝きたゆたう。

それはあまりに眩しくて、思わずキタジマはそっと目を伏せた。
 
 
 
 
盛夏の午後は照り付ける日差しが強かったけれど、木陰のベンチは日陰にな
っていて、ぬるいけれどなんだかやたらと心地良い風を送ってくれる。
 
 
 
 『ん・・・

  ・・・わかった。』
 
 
 
下の名前で呼び合う照れくささを隠すように俯いて、どこか不機嫌そうにキ
タジマが前髪を意味も無く指先で少しいじり、ポツリ呟いた。
 
 
やたらと時間が掛かって聴こえたその返事に、ミホは再びくるりと前に向き
尚って真っ直ぐ噴水から吹き出す水飛沫を見つめる。

腰の辺りで後ろ手に組んだ細い指先が、嬉しそうに恥ずかしそうにほんの少
しだけ桜色に染まって絡まる。
 
 
 
必死に噴水を見つめるミホの頬もまた、指先と同じそれに染まっていた。
 
 
 

■最終話 ずっと

 
 
 
木漏れ日が降り注ぐベンチ。

飽きもせずにふたり、ゆったりした時間に身を任せていた。
 
 
 
並んで座るふたりの距離は以前に比べて近く、わずかにふれる肩のぬくもり
に心が凪いでゆく。

なにもしゃべらず、ただ真っ直ぐ、ふたり。公園中央にある噴水の噴き出す
水のアーチを見ていた。シャボン玉のように舞う水飛沫が、陽に照らされて
キラキラと光り輝いている。なにも音楽など流れてはいないのに、まるでピ
アノが弾けるような旋律が耳に聴こえてきそうな気がした。
 
 
すると。一瞬、強い風が吹いて、ベンチ後方の大きなケヤキがざわめいた。
 
大振りの枝が右に左にゆらゆらと揺れ、卵型の葉が幾重にも擦れあう音がす
る。そして、青々とした煌めく葉が風に乗って舞って、優しく降って来た。
 
 
くすぐったそうに目を細め、小さく首を左右に振って見渡したキタジマ。
自分の頭に、肩に。青く若いツヤツヤの葉が、ひらり。舞い落ちていた。
 
 
それを、そっと指先で摘み目の高さに上げて見つめる。

やさしく視線を流しミホにもそれを見せると、玩具を見付けた子供のように
それをキタジマの指から奪って嬉しそうに眺めている。たかが葉っぱの1枚
でなにがそんなに嬉しいのか、その白い横顔を盗み見てキタジマは頬を緩め
た。『自然ってキレイ・・・。』 ミホは葉を裏にしたり表にしたり弄び、
小さく触れ合わせていた肩を更にキタジマへ寄せて、そっと頭を傾けた。
 
 
ふと見ると、ミホの前髪にも小さな小さな生まれたての青葉が。

ミホはそれに気付いていないようだ。
いまだにキタジマの下へ降って来た葉っぱを見つめて、ひとりニコニコ微笑
んでいる。
 
 
キタジマはそっと手を伸ばし、ミホのふんわりとした斜め前髪に留まるそれ
を払った。

その瞬間、キタジマの指先がミホのおでこに小さく触れた。それは思った通
りひんやり冷たくて、すべすべで透き通るような肌の質感を与える。
 
 
ミホが、くすぐったそうに肩をすくめて目を細めた。
眩しそうに、嬉しそうに、恥ずかしそうに・・・
 
 
胸の中の一番やわらかい部分を掴まれたような気分だった。
 
 
 
  ミホが隣にいる

  ミホが笑ってる

  ミホが寄り添っている
 
 
 
この笑う顔を、ずっと、隣で見ていたい。
そう思った。
 
 
 
10年後も、20年後も、50年後も・・・
 
 
 
きっと、ずっと、一緒にいられる。
漠然としているが、でも確かにそんな気がした。
 
 
 
 『ミホ・・・。』
 
 
 
小さく名前を呼ぶと、小首を傾げ更に眩しそうに微笑んだその顔。

キタジマはベンチの背にあずけていた上半身を起こすと、少し震える手をそ
っとミホの白い頬に当てた。
 
 
そして、
 
 
 
 
     そっと、小さく唇をよせた。。。
 
 
 
 
きっと、ずっと、一緒にいられる。
ふたりで、ずっと、永遠に・・・
 
 
 
木漏れ日が降り注ぐ、暑い夏の日の蝉時雨。
いつものベンチにふたり、そっと手を繋いで噴水を見ていた。
 
 
 
                      【おわり】
 
 
 

眠れぬ夜は君のせい【スピンオフ③】 ~ 日曜日 ~

引き続き、【眠れぬ夜は君のせい】スピンオフ(アカリ編、キタジマ編part2)・番外編(コースケ&リコ)をUPしていきます。暇つぶしにでもどうぞ。併せて【本編 眠れぬ夜は君のせい】も宜しくお願いします。

眠れぬ夜は君のせい【スピンオフ③】 ~ 日曜日 ~

キタジマの高校生時代のエピソード。25才で事故死した妻ミホとの、淡い初恋ものがたり。【眠れぬ夜は君のせい】のスピンオフ第三弾 ≪全4話≫

  • 小説
  • 短編
  • 青春
  • 恋愛
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2017-06-12

Copyrighted
著作権法内での利用のみを許可します。

Copyrighted
  1. ■第1話 君のこと
  2. ■第2話 手と手
  3. ■第3話 名前
  4. ■最終話 ずっと