或る停学の夜
深く潜るcoelacanth
望遠鏡のレンズを覗いているとカエル先生がモクモクと白い霧を揺らいで空中で逃げる湯気に息を吹きかけた。それで大きな口をカップの縁に当てて美味そうに飲んだ。
「コーヒーって美味いんですか?」
私はチラリと横に居るカエル先生に聞いた。
「美味いよ。特に熱いコーヒーは美味いね」
カエル先生はニコリと笑って答えた。
私は嘘だ。と思った。どうして嘘だ。と思ったのかと言うと、まずコーヒーは苦い。それと黒い。絶対に暗黒味だ。と私は思った。だからミルクや砂糖を入れないカエル先生はさらに嘘つきだと思った。
「君。今宵の夜は実にいいと思わないか?」カエル先生はそう言い、カップにまた口を付けた。そうしてコーヒーを含ませた口の中をクチュクチュと舌を動かして液体を通した。「まったく時間外に働く私の身にもなってくれたまえ、早く捕まえるんだ。でないと君の停学期間が延びるよ」
「うるさいなぁ」私は望遠鏡のレンズを調整しながら言った。
「君の方がうるさいよ」カエル先生はジャケットに手を突っ込んでハンカチを取り出した。ハンカチは洋梨が描かれていた。そのハンカチを額に付けて浮かんだ汗を吸い取っていった。
「私だって好きで停学をくらったんじゃないんです。雨の日にグランドに浮上してくる石灰のアザラシを捕まえて何が悪いんです? 学校の規則なんかクソくらえです。大人になれば好きなだけ捕まればいい……とか言いますが、私は今、この十代のうちに捕まえたかった。それだけです」
「でもバレた」
「はいバレました」
カエル先生はまたコーヒーを飲んだ。
私はカエル先生を軽く睨んだ後、望遠鏡のレンズを覗いた。今日の夜は月が出ていない。雲もない、シーラカンスを捕まえるには絶好のチャンスだ。
「シーラカンスは見つけた?」
「静かに黙ってください」
カエル先生に文句を言い私はレンズの向こうと赤い星と黄色い星と青い星との間に深く深く泳ぐシーラカンスの背中を見た。
或る停学の夜