サクラが舞う頃に

 ふわりと桜が舞って、小さく振り返る。しかし、そこには誰もいなくて、ほんのちょっとだけ寂しくなった。
 「でも、いるわけないか。」
 自嘲気味に呟いた言葉と桜の花びらで、昔を思い出してしまった。
 あれは、私が、まだ中学生だった頃の話。窓際に座っている彼は、いつも桜の木を見ていた。私の母校には、大きな桜の木があって、彼の席からが一番綺麗に見える場所だった。だからなのか、彼は飽きることなく、毎日毎日、授業中も、ぼーっと、桜ばかり見ていた。となりの席だった私は、そんな彼をいつも観察していた。
 多分、最初は、ただの好奇心だ。何故、そんなに、毎日、桜を見るのか、気になっただけだった。でも、途中から、好奇心が恋心に変わった。それは、彼の瞳が原因だった。強く意志を宿しているのに、どこか切なそうで、苦しそうだったからだ。見ているこちらまでも、胸が痛くなる。そんな表情だった。
 (苦しいなら、やめてしまえばいいのに。)
 そう思って、何度も声をかけようとした。けれど、結局、どんな風に声をかけていいのか迷って口を噤んだ。きっと、どんなに言葉をかけても、彼は振り向いてくれないような気がして、やめた。
 毎日見ていた彼は、学年が上がると、クラスが離れて、見る機会は極端に減った。あの頃が懐かしいと思い出す暇もなく、忙しい日々を送っていたが、ふと、彼を思い出すと、決まって、私は、あの桜の木の下に来ていた。
 「ここまでくると、流石にストーカーみたい・・・。」
 と、思いもしたが、気づけば向かっている足をどうにも止められなかった。
 毎日見る桜は、彼の瞳に、どう映っていたのか知りたくなった。しかし、最終学年に上がっても、同じクラスになることもなかった。私も、受験勉強で忙しくなり、二年生の時よりも彼のことを思い出すことはなくなった。
 三年生の夏に、友達が、彼が転校することを教えてくれた。
 (彼は、見目が良くて、他の女子生徒たちにも人気があったのだ。)
 なんでも、ご両親の都合で、海外に行くことになったらしい。その時の私は、驚いて友達を激しく揺さぶった覚えがある。普段、色恋沙汰に興味のない私に、彼女たちの方が驚いたに違いない。しかし、私は、そんなことはお構いなしに、気づくと、彼の元へと走っていた。ガラっと別のクラスのドアを開け、注目を浴びる中、何にも止めずに、彼に元へ行くと、彼の了承も聞かず、手を引あといて、あの桜の元へと来た。
 少し強引だとは自覚したが、こうでもしないと、一生、桜を見ている理由が聞けないと思った。決心して、彼の方へ体を向け、目を合わせると、私の方が目を瞬かせた。
 彼は、穏やかな瞳をしていた。突然の出来事に驚くこともなく、ましてや、桜を見ている時の切なそうな瞳でもない。ただ、穏やかで真っすぐで、意志の強い瞳だった。
 「好きです。」
 そのせいか、全く言うつもりのない言葉が出てきて、告白された彼より私の方が固まった。数秒後、言った言葉に、自分自身で慌てふためき、余計な言い訳を始める始末だ。その様子に、最初は驚いていた彼も、小さく笑みをこぼして、
 「ありがとう。」
 と、綺麗な声でお礼を述べる。
 お礼を言われたことに困惑した私は、当初の目的だった質問をした。
 「なんで、毎日、桜をみてたの?」
 穏やかだった瞳が切なそうな瞳に変わって、小さな声で—・・・・・・・・・。
 そういえば、あの時、なんていわれただろう。一番大事な所なのに、今一つ思い出せない。本当に彼はどんな言葉をかけてくれたんだっけ。
 首を傾げて、思い出から戻ってきた私は、なんだか、もやもやとしたままだ。どうしてか、最後の言葉だけ思い出すことができない。
 「ま、いっか。」
 大切な思い出だったけれど、あの時、彼に振られたことは間違いないのだ。転校してから、彼とは、一度も会うことがなかった。海外だったし、中学生の頃の友達とは疎遠になってしまった。情報なんて回ってこない。
 一歩、歩き出そうとした時、あの時とは少しだけ違う、でも穏やかで優しい声が聞こえた。
 「思い出してくれないの?」
 思わず振り返ったが、誰もいない。けれど、そのおかげで、思い出してしまった。
 忘れられない言葉を、全て。あの時、あの場所で。
 今度は、私が会いに行かないとダメだねと、小さく呟いて、彼女は雑踏の中へと消えた。

「佐倉さんと同じサクラだから。」

あの時の告白は、まだ有効だろうか。

サクラが舞う頃に

お久しぶりです。
また、久しく公開していなかった僕ですが、この作品についてすこしだけ。(脈絡なくてごめんなさい)
この作品は、これとは全然違う作品でした。同じところと言えば、彼がずっと桜をみていて、そんな彼を彼女が見ている。そんなところでしょうか。
まだ、僕が中学生の頃に原稿用紙に書きなぐっているところでした。多分、探せば、元になった原稿用紙が出てくると思います。
あのころから、文才なんて退化を辿る一方ですが、なんとなく書き方や世界観が変わっていなくて、ほっとするところもあります。
・・・なんて。

サクラが舞う頃に

彼は、いつも桜の木を見ていたから、私はその理由が知りたくなったんだー・・・。

  • 小説
  • 掌編
  • 青春
  • 恋愛
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2017-06-10

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