タヌキチ隊長の誕生日
平和交易が進み、地球人もブンブク星人に違和感を抱かなくなり、個々的にも自由な往来が出来るようになったある日、優子はポンタロウ隊員を探して母艦の中を歩き回っていた。
「あら、こんな所にいたの、随分探したのよ」
発艦デッキで小型宇宙艇の整備をしているポンタロウ隊員の姿を見つけると近寄って行った。
「あ、優子さん、お久しぶりです」
地球人との交易が盛んになった今も、レンケラ女史は地球人の女性のままでいた。
「明日は確か、タヌキチ隊長の誕生日だったわよね」
優子は静かに微笑みながら聞いた。
「そうですけど」
「それじゃあ悪いけど、今からちょっと付き合ってくれない」
「えー、今からですか」
「そうよ」
「今日は、ランちゃんを土星に連れて行く約束をしているんですけど」
困ったような顔をした。
「あら、それってもしかしてデートなの?」
「違います、僕が勇一君になっていた時にしていた約束です」
「そういう事なら、ちょっと先に延ばしてくれない」
「それは出来ません、約束は守らなきゃ。たとえブラックホールに突き落とすって脅されても約束は守ります」
必死に拒んだ。
「そう・・・、あなたって意外と頑固なのね、それで約束の時間は?」
「今から二時間後ですけど」
「二時間あれば充分よ、さ、行きましょう」
そういうと、さっさと小型宇宙艇に乗り込んだ。
「ちょっと待ってください」
隊員も慌てて乗り込んだ。
「しっかり座っているのよ」
声をかけながら、優子はヘッドバンドを装着した。
「どこへ行くつもりですか」
質問が終わるか終らない内に目的地上空に着いた。
「優子さん、飛ばしすぎですよ」
「だって、時間がないんでしょ」
「それはそうですけど」
「さ、降りましょう」
二人は観光地に降り立った。
たくさんの観光客で賑わっている通りを歩いていると、狸の置物がたくさん並んでいるのが見えた。
「うーん、色んな狸があるわね。迷っちゃうわ」
そう言いながら優子は、ひとつひとつ見ていった。
「きゃあ、これ可愛い。なになに『らぶらぶ、たぬ吉&たぬ子』って言うの。たぬ吉って、隊長と同じ名前ね」
男女のタヌキが寄り添って手を繋いで歩いている置物を見つけると、手にとって嬉しそうに声を上げた。
「なんか、素敵な恋人同士って感じね」
隊員はそんな姿をじっと見ていた。
(優子さんは地球の男性には興味を示さないけど、狸の置物には凄く反応するなあ)
楽しそうな姿を見ていると、
(もしかして淋しがり屋なのかな)
とも、思ったりした。
「あ、これがいいわ」
優子が選んだのは、タヌキチ隊長と同じサイズの大きな置物だった。
そして、店の主人と何やら話をしていたと思ったら、
「ポンタロウ君、これ買ったわよ」
大きな狸の置物をヒョイと、右肩に担いでやってきた。
これには、ほかの観光客も驚いた。
優子の腕力を知っている隊員は別に驚くでもなく、
「優子さん、左手に持ってる袋は何ですか」
と聞いた。
「この中には、さっき見ていた『らぶらぶ、たぬ吉&たぬ子』が入っているの。これも買おうと思ったら、店の人がオマケでくれるって言うから貰っちゃった」
嬉しそうだった。
二人は狸の置物を小型宇宙艇に積み込むと母艦へ戻っていった。
発艦デッキに着いてプレゼントの狸を降ろすと、
「時間を取らせてしまったわね。でもまだ、一時間十五分あるから間に合うでしょ」
優しい言葉をかけた。
「ええ、まあ・・・」
どう返事をしていいか迷った。
「それからこれは、あなたに」
そういって、袋の中から『ぽんぽこ衝撃波饅頭』の箱を取り出して渡した。
「それじゃあね」
優子は狸の置物を担いで、発艦デッキを出て行った。
(けっこう、気を使う性格なんだ・・・)
隊員は、饅頭の箱を手にしたまま見送った。
母艦の通路を歩いていると、他の乗組員が不思議そうな顔をして優子を見ていた。
「なんだ? あんな大きな物を持ってどこへ行くつもりなんだ」
「う~ん、わからんなあ」
「誰かの所に殴り込みに行くんじゃないのか。きっとあれで、ドアをぶち破る気だ」
そんな声をよそに、タヌキチ隊長の部屋の前に来ると、コンコンとドアを叩いた。
中から出て来た隊長は、優子の姿を見て、
「母艦に戻っていたとは知らなかった、分かっていたら出迎えに行ったのに」
隊長は癒しの茶釜を普及してくれた優子に恩を感じていた。
「あら、出迎えなんていいのよ。これ、一日早いけど、誕生日のプレゼント」
狸の置物を降ろすとドアの前に置いた。
「明日が私の誕生日だという事が良く分かったね」
「そんな事は、調べればすぐ分かる事よ」
「それもそうだ、だがこれはちょっと大き過ぎるな」
自分と変わらない狸の置物を見て困惑した。
「そうかしら、あなたはタヌンゼントの言葉を知らないの」
「タヌンゼントって、大昔の詩人だろ」
「そう、彼は言ってるわ、愛の大きさは形に現れるって」
「彼の言う大きさは、物質的な物を指しているんじゃない。相手を思う心の大きさだ」
「はん!、そんな事わかっているわ。相手を思う心が具体的な形になってもいいんじゃないの。全く、あなたって鈍感ね。とにかくこれは部屋の中に置いといて頂戴」
女史は強引に狸の置物を部屋の中に入れると、
「ここがいいわ」
勝手に場所を決めて置いた。
「明日からまた、暫く会えないけど元気にしていてね」
そう言うと隊長の部屋を出て、さっさと自分の部屋に戻っていった。
部屋に入ると椅子に座り、机の上に『らぶらぶ、たぬ吉&たぬ子』を置いてながめた。
そして仲良く手を繋いでうれしそうに歩く狸を見て、ため息混じりに呟いた。
「あの鈍感さは、どうやったら直せるのかしら」
終
タヌキチ隊長の誕生日