『健やかたる事』より

病は気からとよく言うが、本当にそうであったのか。

(略)「人の精神など元々まともじゃあ、ありゃしませんよ」
それまで私の相談に黙って頷いていた喜井が笑いながら言う。
「健全な精神なんてのは多数派に属す者の別称に過ぎない、というのも皆が真に健全ならば長い事精神が
不健全なままで在れる者などそうそう存在しない事は分かっているんですよ、誰もがそれを広めないよう
努めていますが一部の人間はその事実を証明し始めています。現代に不健全な精神の者が増加の一途を
辿っているという事を自然に考えれば実際に健全な精神の持ち主など今や殆ど居らんということになりましょう」

(略)「僕は職業を尋ねられたとき正直に精神科医だと答える。嘘を言う相手と真を語る相手を分けた
ところで嘘を吐けば簡単に噂になってしまう、つまり嘘を言っても真を言っても僕には同じ事で
両者の間を取る、たとえば嘘でも真でもある返答を見つけなければ両者の板挟みになってしまう。
そのまま答えを見つける事が出来なければ結果のみを見た君たちは私に奇異な目を向ける。
それが精神の健康を損なった者の起源。はじめから偏見もなにもなければそうはならなかったでしょうに」

『健やかたる事』より

『健やかたる事』より

喜井の言う健全な精神とは…?

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2017-06-10

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