眠れぬ夜は君のせい【スピンオフ②】 ~ あの日の同級生 ~

眠れぬ夜は君のせい【スピンオフ②】 ~ あの日の同級生 ~

■前編 出会い

 
 
 
思い出すのは、斜め前に座る彼女が振り返って『おはよう。』って笑う顔。
 
艶々した黒髪が背中にしっとりと垂れ、水がたゆたうように潤って揺れる。
彼女は僕に、他のクラスメイトと同じように接してくれた只唯一の人だった。
 
 
 
子供の頃、母さんの色んな事情のお陰で僕は何度も何度も転校した。

そのせいで中々友達も出来ず、やっと出来てもすぐサヨナラだし学校なんか
大嫌いだった。
 
 
小学5年の時に転入したある学校で、転校早々に運動会があった。

当然、友達なんて一人もいないし、なんの団体練習にも参加出来ていない最
悪な状況。おまけに運動会当日は、母さんすら来てくれなかった。たった一
人の家族である母さんもいない。という事は必然的に、弁当もない。
 
 
昼時になりグラウンドに大判の敷物を敷き、窮屈そうに肩を寄せ合いながら
家族みんなで豪華な弁当箱を広げるクラスメイト達を、僕は体育館の窓から
ぼんやり眺めていた。
 
 
母さんからその日の朝もらった500円硬貨で買った、コンビニのサンドイ
ッチと紙パックジュースが入ったビニール袋が、つま先立ちになって窓の外
を覗く僕の動きにあわせてカサカサ鳴る。 
 
 
体育館に今響いているのはその音だけ。
 
 
僕は体育館の窓からただひとり、ぼんやりと。別世界の景色とも思えるそれ
を眺めていた。
 
 
 
次第に滲んでゆく視界。

寂しいのもひとりぼっちなのも慣れたはずだったのに、それでもやはり小さ
な胸はどうしようもない痛みに悲鳴をあげる。
あの時本当に大声を上げて泣くことが出来たなら、もう少し状況は変えられ
たのかもしれない。
 
 
でも僕の喉は、大きな声で泣き叫ぶことが出来なかったんだ。
 
 
ただただ体育館の隅でひとり膝を抱えて、コンビニのビニール袋を握り締め
たまま、必死に涙がこぼれそうなのを我慢してうずくまっていた。

膝頭にぴったりくっ付けた額に、その丸い跡がふたつ。なるべく小さく小さ
くまるで自分など消えて無くなれと願うように、その体を縮めていた。
 
 
すると、背中にそっと手を置かれたぬくもりがじんわり広がった。僕の横に
誰かしゃがみ込んだ気配に顔を上げると、あるクラスメイトの母親がおにぎ
りの包みを僕に向け差し出している。

アルミ箔で包まれた三角のおにぎり。そして紙皿には、爪楊枝が刺さった玉
子焼きとから揚げとウインナーがあった。
 
 
 
 『あなたは、とっても勇敢で強い子になるわ。』 
 
 
 
そう言って、お日様みたいに微笑んだ顔。

”友達がお弁当食べてないから ”と頼んでくれたその娘も、同じように強
くて優しくてお日様みたいに笑う子だった。
 
 
 
たった3ヶ月しかいなかった、あの小学校。

結局、学校に馴染めずに休みがちだったけれど、あの子とお母さんの事だけ
はいつまで経っても忘れられずにいた。
あれからも転校を繰り返し2度苗字が変わり、中学生になり、背が伸び声が
低くなっても。
 
 
 
いつまでも僕は、忘れられずにいたんだ。
 
 
 

■中編 再会

 
 
 
 『タケノタケ??』
 
 
 
中学入学、初日。

緊張の面持ちで自席に着き、ほんの小さく目線を移動させて知り合いが一人
もいない新しいクラスメイトの様子を覗き見ていた僕に、前の席の彼女が僕
の方を振り返り無邪気に小首を傾げた。
 
 
目が大きくて、頬はほんのり赤く、当たり前だがつい最近まで小学生だった
雰囲気が拭い切れないその幼さ。
 
 
 
 『ねぇ、タケノ君って ”タケノ タケ ”なの?』
 
 
 
配られた ”1年C組名簿 ”にある僕のフルネームをその大きな目で凝視し
て、若干馴れ馴れしく話し掛けてきた彼女は胸のネーム刺繍に ”タキモト ”
とあった。くせっ毛なのだろうか。髪の毛は色素が薄くて軽くカールがかっ
ている。少しの体の動きに、そのカールした髪の毛もやわらかく揺れる。
 
 
『面白い名前だね~!』 ケラケラ愉しそうに笑い、質問の答えも待たず一
人で勝手に話を進めてゆく。

そして、そのタキモトさんの隣に座る黒髪の人の腕をつかむと、ユラユラと
揺らして同意を求めるようにその横顔に向かって『ねぇ?』と笑った。
 
 
 
 『失礼でしょ~? ・・・ごめんね。』
 
 
 
振り返りタキモトさんの代わりにそう謝った顔に、僕は目を見張り固まった。
 
 
 
 『えー、だってさぁ・・・ リコも面白いと思わな~い?』
 
 
 
タキモトさんが、そう、呼んだ。

”リコ ”と・・・
 
 
 
 
  (リコ・・・ リコ・・・・・・・・。)
 
 
 
 
僕は、慌てて彼女の胸の刺繍名を確認する。
 
 
 
  ”タカナシ ”
 
 
 
さっさと机の引出しに仕舞ってしまった先程配られた名簿を引っ張り出し、
再度確認する。どうして気付かなかったんだろう・・・
 
 
”タカナシ リコ ”、彼女だ。

あの、小学校5年の時の、3か月だけのクライスメイト。
僕に他のクラスメイトと同じように話し掛けてくれた、笑いかけてくれた、
そして、運動会で母親におにぎりを頼んでくれた、彼女。

中学の統廃合があり、あの小学校出身者もこの学区の中学に通うことになっ
た事を、そう言えば誰かが話していたような気もする。
 
 
 
心臓が急速に鳴り響く。

ドクンドクンドクンドクンドクン・・・
 
 
 
リコだ。

またリコに会えた。
また同じクラスになれた。
 
 
彼女は、僕に、気付くのだろうか・・・
 
 
 
 『 ”ヤマモトヤマ ”的なやつじゃないの~? 

  下から読んでもー、のアレ。』
  
 
 
タキモトさんがまだ僕の名前に興味津々に続けている。
僕の机に身を乗り出して頬杖をつき、その赤く幼い頬を向けて。
 
 
『ナチってば、しつこいよっ!』 困り顔でそれを制す、リコ。

まるで姉のようなリコからの注意に、タキモトさんは悪びれる事なくイヒヒ
と笑う。
 
 
 
 『マ、マナブ・・・。 

  漢字で ”岳 ”って書いて、マナブって読むんだ・・・。』
 
 
 
僕はそう言うと、弱々しく視線を流してリコの反応を待った。
 
 
 
  (僕だと気付くだろうか・・・

   ”マナブ ”という名前に。 リコは・・・。)
 
 
 
しかし、リコは僕に気付かなかった。

あの頃とは苗字も違うし、ほんの短い期間しかクラスメイトではいなかった
僕に、当然ながらリコは気付かなかった。
 
 
『タケノ マナブ君か~ ヨロシクね。』 リコはそう言って微笑むといまだ
僕をからかうタキモトさんに『謝んなよ!』と、やさしく目を眇めた。
 
 
 
その日からタキモトさんは僕のことを勝手に ”タケ ”と呼ぶようになった。

タカナシ・タキモト・タケノ、出席番号が近いこともあって何かと僕らは物
理的に近いことが多く、気が付くと3人仲良くなっていた。
”リコ ””ナチ ””タケ ”、僕らは下の名前で呼び合うようになっていた。
 
 
 
とある日、『ねぇ。 タケって、どこ小?』 僕に訊くナチ。

『私は東小でー・・・ リコは、西小なんだよ。』
 
 
僕は ”西小に3か月だけいた ”ことはふたりに話をしていなかった。

話すタイミングを逃したというのもあるが、正直なところ、リコにあの時の
情けない僕を思い出されるのが嫌だった。
 
 
『引っ越しが多くて転々としてたから・・・。』 僕はそう濁した。
 
 
僕という存在に気付いてほしいけれど、情けない姿を思い出されたくもない。
そんな中途半端で曖昧な思いを、いつまでも胸に抱えていた。
 
 
 
 
 
 
やっと梅雨が明けかけた、初夏のある日。
 
 
ナチが休みの日に花火をしようと計画立てた。

夜に3人で集まって、リコの家の近所にあるお寺の境内で開催するというそ
の案。まずは、一旦リコの家に集合してから境内へ向かう。
 
 
はじめて、リコの家へ行く。
あの、”お母さん ”がいるリコの家へ。
 
 
僕は嬉しさとほんの少しの緊張で、早目に自宅を出発していた。
貰ったリコ手書きの地図を片手に、住宅街をウロウロと歩き回る。
 
 
見付けたそれは、坂道の途中にある一軒家だった。

玄関先にはたくさんの鉢植えが並び、目に飛び込んで来る色とりどりの花々
に思わず目を細め微笑む。想像していた通りのあたたかく家庭的な、それ。

恥ずかしいけれど、張り切りすぎて浮かれすぎて約束の時間より15分も早
く着いてしまった僕。
玄関ドアの前でもう少し待ってからチャイムを押そうか人差し指を出したり
引いたりしながら迷っていたところへ、急にドアが大きく開いた。
 
 
 
 『あら、いらっしゃい!』
 
 
 
あの時、僕におにぎりの包みをくれたあの笑顔の人がそこにいた。
優しく目を細め、すべてを包み込むお日様のようなあたたかい笑顔で。
 
 
『こんにちは』と言い掛けて、やめ、僕は『はじめまして。』と挨拶した。
リコの母ハルコもニコっと微笑み、『こんにちは。』と穏やかに返した。
 
 
挨拶を交わし合う声に、慌ててバタバタと廊下の奥からリコがやって来る。
 
 
 
 『タケいらっしゃい! 

  ・・・ってゆーか、ナチ少し遅れるってー。』
 
 
 
リコは相変わらずマイペースなナチに、呆れたような困ったような笑い顔を
小さく向ける。そんな小さな笑顔ですら心にじんわりあたたかくて、僕は目
が離せなかった。
 
 
 
20分遅れてやって来たナチと3人で、僕らは丘の上にあるお寺の境内で花
火をした。

夏のはじめの夜の空。

コバルトブルーの紫陽花が咲き誇るその境内に、3人、顔を揃えてしゃがみ
込みロウソクに火を灯すと、3人の嬉しそうにはしゃぐ顔がほんのり浮かび
上がる。
 
 
曇り空で星は殆ど見えなかったけど、僕らにはそんな事どうでも良かった。
 
 
生ぬるくそよぐ夏風に、花火の煙が白く優しく流れる。
火薬のにおいは煙とともに、そこかしこにまとわりついた。

手持ち花火の閃光に、リコのはしゃぐ顔が暗闇に浮かび上がる。
リコもナチも子供のように花火を振り回し、煙の残影でハートの形を作って
はケラケラと愉しそうに笑い合う。
 
 
 
  (こんな気持ち・・・。)
 
 
 
僕はその時、気が付いた。
 
 
 
  そうか。僕は、はじめてなんだ。

  こういう風に、一緒に花火をする友達が出来たのは初めてなんだ。
 
 
  そうか。こんなに楽しいんだ・・・

  誰かと笑い合うのって、こんなに・・・
 
 
 
あんまり花火の煙が目に染みるものだから、僕は顔を上げられなくなってし
まった。腕で目を強く押さえ、少し乱暴にゴシゴシと擦る。
 
 
 
  (痛ってぇ・・・ 目ぇ、痛てぇ・・・、

   ・・・なんだろ、なんだか・・・ 目も、痛いんだけど・・・。)
 
 
 
 
  この時間が永遠に続けばいいのにと思った。
 
 
 
ナチがやたらデカい声で大袈裟にまくし立てて、リコがそれにちょっと呆れ
顔で笑って、そんなふたりを僕が眺めて笑う。
 
 
 
  こんな時間が、永遠に。 ずっと、ずっと、永遠に・・・
 
 
 
その時、僕の背中にそっと手があてられた。
小さな手の平のぬくもりが、薄いTシャツを通して優しく伝わる。

俯いて目をこすっていた腕をおろし、そっと顔を上げるとリコが心配そうに
僕を覗き込んでいる。
 
 
 
 『煙、染みた? ・・・大丈夫??』
 
 
 
その顔は、あのお母さんによく似ていた。

やさしくてあたたかくて、まるでお日様みたいに眩しい。
日陰で小さく小さく背中を丸めて生きてきた僕を、見付けてくれたお日様。
 
 
 
僕の心臓は、息苦しいほど速度を上げる。

ドクンドクンドクンドクンドクン・・・
 
 
 
  (リコと、ずっと、一緒にいられたらなぁ・・・。)
 
 
 
 
 
 
僕ら3人はいつも一緒にいた。
僕ら3人はいつも一緒に笑っていた。
 
 
秋にはお寺の境内で焼き芋を焼こうと軍手をはめて落ち葉を集め、火をつけ
たところで住職に見つかり、3人並んで立たされこっぴどく叱られた。
生焼けのさつまいもを胸に抱えて、3人トボトボと夕暮れの坂道を下った。
 
 
冬には、リコの家で家族まじえてクリスマスパーティーをした。

一羽丸ごとのチキンを初めて目の前で見て、僕は目を丸くした。ホールの丸
い大きいケーキも、生まれて初めてだった。
 
 
母さんと二人だから食べきれないという理由で、カットケーキしか買っても
らった事も食べた事もなかったから。

ナチがケーキをカットする役を張り切ってかって出たが、皆のあらかたの予
想通りケーキはぐちゃぐちゃに切り分けられ、みんなで腹を抱えて笑った。
 
 
もう笑いすぎて苦しくて、胸が痛くて、涙がでた。
 
 
優しい気持ちが、体中を満たしてゆく。
それはゆっくり、静かに、満月の夜に潮が満ちるように。
 
 
 
僕は、涙が止まらなかった・・・
 
 
 

■後編 別れ

 
 
 
そして、それは中学3年の夏のこと。

3人で夏祭りに行く約束をした、とある夕暮れ。
  
  
 
僕はいつもの待合せ場所、リコの家へ向かっていた。

本来なら嬉しいはずのその道のりも、その足取りは踵を引き摺り重く鈍い。
涙の雫がいまにもこぼれ落ちそうなのを、必死に堪えて坂道を上った。
 
 
いつものリコの自宅玄関前で暫し立ち尽くした僕。

今まで何度となく押してきたドアチャイムをじっと見つめる。そしてその
感触を刻み込むようにゆっくり指先でチャイムを鳴らすと、リコの母ハル
コがドアの向こうに姿を現し、家の中に上がるよう促された。

僕は思わず、ハルコの顔を真っ直ぐ見つめた。それは幼い子供のように、
じっと。すると、その視線にハルコがやわらかくニコリと微笑み返した。
 
 
玄関を上がってリビングに通された僕は、今、浴衣に着替えているリコを
少し待っていてくれるよう言われ、ソファーに腰掛ける。座り慣れたそれ
もどこか懐かしむように目を伏せると、ハルコは急になにかを思いついた
ように胸の前でパチンと手を打ち表情をパッと明るくした。
 
 
 
 『タケ君も、せっかくだから浴衣着ない? 

  ウチのお父さんのお古だけど・・・。』
 
 
 
そう言うと、ハルコはパタパタと和室へ駆けて行き押入れからゴソゴソと
それを引っ張り出し、僕に見えるように濃紺のそれを掲げた。

そして、ひとり『うんうん』と頷き、満足気に微笑んだ。
 
 
 
畳の青いにおいが漂う静かな和室で、ハルコに浴衣を着せてもらう。

浴衣なんて持ってないし着る機会もないし、生まれて一度も着たことは無
かった。
 
 
こんなタイミングで、こんな・・・
 
 
 
 『僕・・・ 引っ越すことになったんだ・・・。』
 
 
 
言おうか言うまいか悩みあぐねた僕の喉の奥から、消え入るようなかすれた
声がこぼれ落ちた。
 
 
 
 『母さんが、また・・・ 

  ・・・母さんの都合で、引っ越すことになったんだ・・・。』
 
 
 
僕の足元でしゃがんでいたハルコの帯をしめる手が止まり、驚き哀しく目を
眇めて言葉もなくじっと僕を見上げ、見つめている。
 
 
『また・・・ 母さんの、勝手な都合で、また・・・。』 みるみる頬が引
き攣り歪んでゆくのを感じる。
 
 
 
 『早く・・・ 大人になりたいよ、僕・・・。』
 
 
 
その声は、悲哀が溢れ最後に嘲るように少しだけ寂しく笑いを含んだ。

すると、そんな僕を涙で潤んだ目でやさしくやわらかく見つめるハルコが
そっと目を伏せて暫しなにか考え込み、しかし心を決めたように呟く。
 
 
 
 『急いで大人になることなんかないわ・・・。』
 
 
 
ハルコが続ける。
 
 
 
 『嫌でも大人にならなきゃいけないんだから、急ぐことはないわ。

  ・・・今は・・・ お母さんの傍にいなさい・・・。』
 
 
 
その声は決して突き放す訳でも他人事と思っている訳でもなく、まるで自分
の息子へと語り掛けるように諭すように、穏やかに波打って響いた。
 
 
僕は顔が上げられなかった。

しゃがみ込み膝を抱えて小さく丸まり、まるで幼い子供のように顔をクシャ
クシャにして泣いた。
 
 
なんとか声が漏れないよう、リコにだけは聞こえないよう、口許に手をあて
て必死に堪える。

そんな僕の震える背中を、ハルコが優しくなでる。
『大丈夫、大丈夫』と繰り返し僕の背中を、そのやわらかく温かい手で。
 
 
夕立のような涙の雫が、浴衣にいくつもの濃紺の跡をつけた。
 
 
 
 
 
その夜のことは、きっと一生忘れないだろう。
 
 
あさがお柄の浴衣を着たリコが、僕の隣で笑っていた。
ナチが急用で来られなくなり、ふたりで行くことになった夏祭り。
 
 
はじめての、ふたりきりの夏祭り。
 
 
履きなれない桐下駄に、橙色の提灯のあかりで眩しい賑やかな出店にはしゃ
ぎ余所見したリコが躓いた。

そっと手を握って引っ張り上げ、僕はリコに言う。
 
 
 
 『意外に、リコは一人じゃ危なっかしいからな~・・・』
 
 
 
そう笑って何気なく言ったつもりだったけれど、はじめて握ったリコのひん
やり冷たい手に、僕のそれは格好悪いけれど少し震えていたかもしれない。
 
 
 
リコがちょっと不貞腐れたように、笑う。

リコがりんご飴の出店を見付けて、再び駆け出す。

リコが振り返り手を振って、僕を急かす。
 
 
リコが・・・

リコが・・・・・・
 
 
 
 
  離れたくないなぁ・・・

  リコと、ナチと、離れたくない・・・

  ずっと、一緒に、笑ってたいなぁ・・・
 
 
 
  ・・・いつか、僕が、リコをしあわせに出来たらなぁ・・・。
 
 
 
 
 
 
そして僕は、リコとナチのいる街を離れた。

引っ越す日の朝、ふたりは涙で真っ赤にした目を僕に向けて何度も何度も繰
り返す。 『連絡してね! 絶対、連絡してね!!』
 
 
僕は、泣かなかった。

一度泣いてしまったら、もう、止まらなくなる。
ふたりと離れたくないという本音を口に出してしまう。
 
 
最後のあの一言は、きっと、僕の強がりだったように思う。
 
 
 
 『母さんを一人には出来ないから。』
 
 
 
そして、ふたりは僕に抱き付いて声を上げて泣いた。

右側のナチと、左側のリコ。
ふたりの背中に片方ずつ手をまわして。

僕もふたりに気付かれぬよう、ほんの少しだけ目尻から雫をこぼした。
 
 
さようなら、大好きなこの街。

さようなら、大好きな友達。

さようなら、大好きなリコ・・・
 
 
さようなら・・・

さようなら・・・・・・。
 
 
 
結局僕は、リコに気持ちを打ち明けることが出来ないままだった。

最後の日、渡すつもりでポケットに忍ばせていた2通の手紙はそのままに。
1通は、あの小学5年の時に書いた手紙。
あの学校を転校する朝に、リコに渡そうとポケットに入れていたもの。
 
 
そして、もう1通。
 
 
 
 
      ”リコが、好きだ。 大好きだ。”
 
 
 
 
そんなたった1行の気持ちですら、結局、臆病な僕は伝えられずに・・・
 
 
そして僕は、新しい街へ旅立った。
 
 
 
 
                            【おわり】
 
 
 

眠れぬ夜は君のせい【スピンオフ②】 ~ あの日の同級生 ~

引き続き、【眠れぬ夜は君のせい】スピンオフ(キタジマ編、アカリ編)・番外編(コースケ&リコ)をUPしていきます。暇つぶしにでもどうぞ。併せて【本編 眠れぬ夜は君のせい】も宜しくお願いします。

眠れぬ夜は君のせい【スピンオフ②】 ~ あの日の同級生 ~

ほのかな初恋を忘れられないまま入学した中学校で、タケはリコと再会した。当時と苗字も違えば身長も伸び、声も低くなったタケにリコは全く気付かない。あの日の同級生だと気付いてほしいけれど、気付かれたくない曖昧な想い。伝えたいけれど、伝えられない切ない気持ち。タケの片想い物語。【眠れぬ夜は君のせい】のスピンオフ第二弾 ≪全3話≫

  • 小説
  • 短編
  • 青春
  • 恋愛
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2017-06-09

Copyrighted
著作権法内での利用のみを許可します。

Copyrighted
  1. ■前編 出会い
  2. ■中編 再会
  3. ■後編 別れ