ユートピロー(作・千代藻乱馬)

お題「学校」で書かれた作品です。

ユートピロー

 人は何の為に生きるのか。誰でも一度は考えたことがあるだろう。自分が満足出来る生活を送るため。幸せな生活を送るため。人生は修行であるという人がいるように、己を高めるためか。はたまた、死ぬ為か。今の世の中は、人が満足出来る生活を送るには少しルールが多過ぎる。黒く、暗い、僕にとって息苦しい場所に新しい世界が創られる。

 月に一度の全校集会が行われていた。普段なら校長の話なんか聴く人はいなく、友達と話したり、携帯をいじったりと、騒がしい。しかし、今日はいつもとは違う騒がしさが体育館中を支配していた。
 「今日から法律は無くなります。」
 おそらく校長のこの発言でほとんど人が耳を傾け始めた。僕も携帯ゲームをやる手を止めて、校長の話を聞くことに集中した。
 「これは日本だけではなく、全世界で決められた共通ルールです。例外はありません。今日からこの世にあるルールはただ一つです。自由に生きること。それだけです。」
 校長はいつものように右手で汗をハンカチで拭きながら、いつも以上に変な話をしだした。校長はまだ変な話を続ける。
 「それに伴い、もちろん校則も一切無くなりました。あなたたちが授業を受けるのも自由です。ただし、教師も授業をするかどうかは自由です。授業を受けに行っても授業が行われない可能性があるので、これからは注意して下さい。--それでは、集会を終わります。解散。」
 今日、僕たちを縛るルールはなくなった。授業を受ける必要がないなら家に帰って、ゲームでもしよう。そんな事を考えて体育館を出ようとした時だった。体育館中に女子生徒の甲高い叫び声が鳴り響き、館内が静まり返った。
 「校長が・・・殺された。」
 さっきまで校長が立っていた所には教頭が立っていた。左手には小型のナイフのようなものを持っていた。教頭は左利き。第一印象はそれだった。遠くてはっきりは見えなかったが刃は赤く染まっていた。しばらくの間状況が理解出来なかったが、これが自由という事なんだろう。教頭が校長を嫌っていたのはみんなが知っていた。法に裁かれない今、教頭が校長を殺すのは難しいことではない。つまり、校長は教頭に殺されたのだ。どうせ今の出来事もこの世界では犯罪ではない。僕にとっては無縁の出来事でまだこの場所に居座る理由もない。
 これでようやく家に帰ってゲームができる。そう思い学校を後にした。学校の校門を抜けた瞬間に今まで見たことのない世界が広がっていた。人が今まで抱えてた恨みや妬み、恐怖や怒り、それらすべてが視覚と聴覚、嗅覚を伝って一気に押し寄せてきた。誰かを追いかける人、誰かから逃げる人、叫び声、血の匂い。免疫のない者はヒロポン--覚醒剤の一種を使っていた。そこまでして、ここぞとばかりに人が殺されていく。人を縛るものがなくなるとそれまでにうちに秘めてたものが一気に爆発する。人はこのために生きているんじゃないかとさえ思えてしまう。
少し前まで僕は自由は良いものばかりだと思っていた。しかし、いざこの場に立ってみると危険と隣り合わせだった。この世界に人類が慣れ始めたら街中死体で溢れかえるだろう。世界中で起きていた戦争は、国や地域といった大きな範囲ではなく人単位で行われる。人を縛るものがなければ人も居なくなる。今私がここにいるのは、法律やルールに生かされているからだ。

 それなら、仕方がない、この息苦しい世界でまだもがき続けよう。理想郷なんて存在しない。少しでも長生きをしたいなんて贅沢は言わない。その代わり、満足いくまで自分を生かしてみよう。そんなつまらないことを考えながら目を開ける。
 「またこんな時間だ。全然寝れんな。」
 時計の針は短い方が三と四の間を指していた。現実逃避はやめて、今度こそ寝よう。そう決めて枕の上で目を閉じた。少しまたつまらない妄想をしたが気づいたときにはもう寝ていた。黒く、暗い世界は徐々に青を帯びてきた。
 部屋の中を時計の針が進む音が支配する。

ユートピロー(作・千代藻乱馬)

ユートピロー(作・千代藻乱馬)

人は何故生きているのか。人を生かしているのは何なのか。

  • 小説
  • 掌編
  • サスペンス
  • 青年向け
更新日
登録日
2017-06-08

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