何かをするということ
「いじめ」をテーマにした小説です。これはいじめられている子を見ている傍観者視点で話が進められています。
今、目の前でひとりの女の子がいじめられている。気づいた瞬間に目を伏せたくなるようなあの嫌な雰囲気に呑み込まれないように、必死に耐える。よくではないけれど、一度は目にしたことのある風景。ちょっと何かをしたぐらいじゃ何も変わらないことは中学一年生の時に学んだ。だからみんな何もしない。自己防衛だ。
帰り道によくみる思いやりの標語には、実際にはできないことがたくさん書いてある。手を差し伸べてあげること。それは言葉にしてみれば良い言葉だ。でも実際に行動してみると、「次は私をいじめてください。」という風に捉えられて、私がいじめられるかもしれない恐ろしい言葉なのだ。そんなことを考えているからいつまでたっても私は何もできないんだ。
「知ってたよ。」
友達の由紀に話すと、平然な顔で言われたことに驚いた。今の時代いじめがあってもおかしくない、そんな目で。
「知らなかったの琴美ぐらいだよ。もうかれこれ半年は続いてるからね。」
当たり前のように、少し嬉しそうに話す由紀に少し寒気を感じた。
普段私はボーっとしていてクラスの小さな変化に気づいておらず、大きな変化でやっと気がついたのだ。
中学三年生にもなれば新しく友達をつくることが少ない。中一・中二の時の友達がいればそれでグループを作る。五月には修学旅行があるから困らないようにとにかく誰かと一緒になる。焦りすぎて全然違うタイプのグループに入って失敗する子も見られる。それくらい四月・五月は重要な月である。私は由紀とあと数人で形成されたグループに属していた。みんな独りになりたくなかったからすぐに打ち解けた。
修学旅行のグループ決めの時、約束していた人達とすぐに組んでみんなが組み終わるのを待った。その時にポツンと立っていた女の子がいた。穏やかな子で清楚、そんなイメージを抱いていた。その子もすぐにどこかのグループに入って事が終わったように見えた。けれど由紀が言うには、この時期ぐらいから始まっていた、ということじゃないか。
「え?逆に気続いてたならなんで何もしないの?」
「は?今時そんなことしようとする人なんていないよ。」
ムカつく言い方に対抗しようと2,3秒たってから言った。
「由紀、一人じゃ何もできないバカ連中が怖いの?」
「琴美こそ、正義のヒーロー演じたいの?」 明らかに由紀の顔は不機嫌になっている。
「は?」
嫌な予感は十分にしてた。でも今更謝るのも引き下がるのも嫌な性分だ。
多分由紀もそうなのだろう。何かと私たちは似ている所がある。
「琴美だって何もできないくせに。」
本心を突かれたような言葉だった。私が何も言えないでいると、勝ち誇ったような顔をしながらいつものメンバーの所へ行った。もう私はあそこのグループへは行けない。グループ間で喧嘩が起きると、喧嘩をしたどちらかがハブられる。これからの事を考えると重いため息が出た。と同時に元から独りな中条さんが羨ましく思えた。
3
次の日の朝、私は由紀とは挨拶を交わさずに自分の席に着いた。由紀は楽しそうに談笑している。こちらを見る素振りも見せずにいつもと変わらない由紀がそこにはいた。昨日の自分を少し後悔しながら、いや私が正しい、と自分を正当化する。
ふと前を見ると中条さんを囲む5,6人の女子が目に入った。中条さんが机の中に頭をいれるようにして何かを探している。嫌な気分になる笑い声とともに、今度は随分遠いとこまで飛ばされた。シャーペンの甲高い音が響いた。が、その音はクラスの話し声に潰される。中条さんは無表情で取りに行く。それを見ながら大笑いする女子達。 クラスを見渡すとそれを見ている人などいなかった。またか、と言わんばかりの空気がそこには流れていた。感情移入してしまう私は泣きそうになった。もし自分が同じ立場にいたら、その場で泣いてしまうだろう。とにかくトイレで落ち着いてこよう、そう思って立ち上がった。この顔を誰にも見られたくなかった。
歩きだした二歩目で何かを踏んで立ち止まった。足をどけると、黒板をみるたびに目に入っていたあのシャーペン。悲しい感情がいっぺんに冷め、とんでもないようなことをしたあのドキッとした感情が込み上げてきた。
「あっ…ごめん!!割れてない!?」
すぐさましゃがみながら中条さんに話しかけた。
「大丈夫。」
初めて聞いた声だった。その声はちょっとくらい叩かれても折れないシャーペンの芯のような声であった。
「そっか。よかった。へぇこういうの好きなんだ。意外!」
「…そうかな?こういうの他にも持ってるよ。」
「へえ~…」
会話が止まった。何も話題が浮かんでこない。中条さんは真っすぐな目をこちらに向けている。
クラスメートは大分来たようだ。
「トイレ行くね…」
逃げるように教室を出ていった。廊下に出るとすごくドキドキした。
廊下では数人の笑い声が反響している。何事もなかったフリをしながらトイレに向かった。中条さんと仲良くなりたい、もっと知りたいという感情が前に出たようだ。今自分と同じ状況に立たされている人ということで共感を得たかったのかもしれない。でも彼女は私と違って現実をしっかり受け止めているというか、立ち向かっているような強い人だと思った。あの真っすぐな目からそう感じられたのだ。ああこの子は私以上に辛い思いをしているのに、それでも逃げずに戦っているんだ。事を肥大化して考えてしまうのが私の悪い癖だ。
この感情は4月の頃のみんなと知り合って間もない時の感情と似ていた。全てが新しく感じられる新鮮な空気を嗅ぎながら見るきらめいた情景の時と同じ。たった半年でここまで見慣れてしまう。
4
教室に戻るとまだ彼女への嫌がらせは続いていた。それには触れずに話しかけるのも人間としてどうかと思うし、なにより私が耐えられない。やっぱり勇気を振り絞って女子達に何か言った方がいいんじゃないか。そう考えながらとりあえず席に座った。どうしよう…と思い悩んでいると中条さんが体ごと振り返った。
「名前。」 正面から見る彼女は可愛かった。ショートカットがよく似合っている。
「え。」
「名前…なんだっけ?」
「えっと琴美!!前原琴美!!」
「私は」
中条さんが言うのを遮って私は興奮したように言った。
「中条まあさでしょ!知ってるよ、クラスメートだもん!」
「知ってたん「おい。」
5,6人の女子が乱入してきた。私は制服のスカートをギュッと強く握った。
「うちら無視して後ろの奴と話すとかいい度胸してんな?」
なんだかよく分からない言い分だったけど、とにかく中条さんに仲間ができるのがムカつくんだろうな、と冷静に考えてみた。ちらっと中条さんの方を見ると、彼女は5,6人の女子にもろともせずしっかり前を向いて見つめていた。すかさず女子のリーダーは言う。
「おいなんか言えよ。」
「怖くて言えないんじゃないの?」
「そうだよ。だってこいつら固まっているし。」
中条さんが一言。
「固まってなんかいない。バカがなんか言ってるって思っただけ。」
冷淡に言う中条さんに思わずバカ、と言いそうになった。でも中条さんは満足したような顔をしていた。
5
「なんであんなこと言ったの?もっとひどくなるよ。」
「黙ってれば全てが終わる、そんなことってないよ。自分から何かをしなきゃ何も変われない。」
「それが裏目に出たら?」私はネガティブ思考である。
「それでも、何かをすることによって人は成長する。」
「そう?なんかピンとこないや…」
向かい合って食べるお弁当。自然に一緒に食べることになった。この一件から私達は少しずつ色々言い合える仲になったような気がした。凄まじい心の接近だ。
結局あの後、あの発言に対してぶつぶつ暴言を吐いていたようだが、特に何もなかった。私はもっとひどいことになると思っていたのに。
「もし何か手を出してきたら、バカはすぐ手が出るんだからって見下した目をして言えばいいんだよ。そう言われてまた殴るような奴は稀だし、ああホントのバカだったって思うだけ。」
性格悪、って思ったけど確かに納得した。
お茶を飲んで口の中を潤した。少しせきばらいをして声を整えてから。
「気づかなくてごめん。」
「ありがとう。」
会話が成立してないよ、と言って笑ったら、中条さんも笑った。
「すごく心の支えになったよ。」
「まさか。私は何もしてないよ。」
ふと由紀の言葉がリピートされる。―琴美だって何もできないくせに。
「人がそばにいるだけで救われるものだよ。何かできなかったら次からすればいい。雑念とか色々あったり、後悔することだってきっとあるよ。でも、これはあの名言と同じ。ただそこにいじめがあったから。たったそれだけを理由に言動していけばいいと思うんだ。」
「うん、そうだね。」口を潤したはずなのに目が潤っている。私の変化に中条さんは気づいたようだったけど特に何も言わなかった。
「さあ、ご飯食べ終わったら図書室にでもいかない?」
「うん、行こう!」
思い切り椅子から立ち上がった。後ろの子の机に思い切り当たって、あ…ごめん、と言ったけど舌打ちされた。あーあ、と笑いながら中条さんの方を見た。ペロッと舌を出す中条さんを見て何かもが何でもいいんだ、どうでもいいんだと思えるようになった。
走りながら自分でも驚くようなことを思いついた。
「ねえ今度あの人達に仕返ししようよ!」
一瞬驚いたようにも見えたが、中条さんの黒い笑みが見えたので安心した。
いじめは消えることはない。繰り返される。自分がその番になったとき、隣に誰かが居れば救われる。と私は中条さんの言葉を信じる。人が独りで生きていくこと。それは不可能に近い。誰かに煽られたり、助けられたり、それは人間の宿命だから。みんなが経験していくことだから。辛くなった時、何か行動を起こせば変わるかもしれない。いや、もっとひどくなるかもしれない。でもきっと自分が強くなるから。そう信じてれば大丈夫だよね、中条さん。(終わり)
何かをするということ
どうでしたか?みなさんもこのようなことを目にしたことはありませんか?
いじめはかなり大きな問題です。それをどう対応していくか。中学生である彼女ら自身で解決していくことは難しいと思います。それでも中条の言う、「行動を起こす」ことは状況が変わる第一歩だと思います。みなさんにこの小説を読んでいただいていじめについて考えてもらえば幸いです。