Fate/defective c.03

第3章

「真昼間に宝具と宝具を撃ち合うなんて、いったい何を考えてるのかしら!?説明を求めるわ、説明!」
ピンクの髪の少女がぎゃあぎゃあと騒ぎながら、僕のライダーとランサーの間に立ち入ってきた。
……邪魔だ。なんだこのうるさい英霊は。僕は気分が悪くなった。基本的に他人を嫌う僕は一発でこの少女と女に不信感を抱く。
「ライダー、下がってろ」
「ええ」
彼女は言われたとおりに僕の横に立った。騒々しい少女は僕らと向こうのランサー陣営の間に仁王立ちする。
「あんた、誰」
僕が問うと、少女はキッとこちらを睨みつけた。
「よくってよ!教えてあげるわ、あたしはキャスター。マスターを導くもの!名前は――むぐ!」
言葉の途中で煙草を咥えた女が慌てて少女、キャスターの口をふさいだ。切れ長の目、白衣。キャスター陣営のマスターと言ったところか。腕時計の下に赤い模様が見える。
「真名言うのはナシって言っただろ!もうちょっと用心してくれ!」
「真理の探究者として逃れられない勢いってものがあるのよ!」
「それにしたってなあ!」
「何よ!文句でもあるのかしら、この干物女!」
「お前!それは否定しないけどさあ!言っていいことと悪いことがあるだろ!」
完全に僕たちを蚊帳の外に放り出して口げんかを始めた。なんなんだ。横のライダーに目を向けると、彼女は珍しく目元を緩めてあいつらを見ている。
何なんだ。
「……コホン。ともかく、昼間の戦闘は原則禁止のはず。神秘の秘匿ってものにもう少し協力してもらわないと、困るわ」
キャスターがふんと胸を張って宣言する。白衣の女はちょっと困ったようにため息をついた。
「そういうわけだからさ、そちらさんたちももう少し気をつけてくれるかい。監督役に目をつけられたら聖杯なんて取れなくなるんだから」
「……ああ、僕らが迂闊だった。気を付ける」
ランサーのマスターが引き下がったので、僕も引かざるを得ない。不服だが、無言で彼らに背を向けて引き返す。
あわよくば、一騎消せたのに。
別にマスターの命まで狙おうだなんて僕も考えちゃいない。結果として、聖杯が勝ち取れればそれでいい。それなのに――
「ライダー。戦いたくだないなんて、どういうつもりだ?」
拠点である自宅までの道すがら、霊体化したライダーに問いかける。ライダーはしばらく沈黙していたが、やがて答えた。
「さっきも言ったとおり。私は殺したくないのです。私は貴方の願いを理解することができません」
「僕の願い?……ああ。世界征服、と言ったっけ」
火傷の痕がひりひりと熱を持つような気がした。そうだ。世界征服。まるで子供のようだと笑われるかもしれないが、僕はとりあえず本気でそう思っている。
「ライダー、王だったお前ならわかるだろう。社会には悪があり、善がある。お前もその悪によって殺されたんだ。なら、この社会から悪は消えるべきだ。そう思わないのか?」
世界の主となって、悪を選別し葬る。このライダーは、どうしてこの目的がわからないのだろう。
「……王など、良いものではありません」
結局、ライダーはそう言った後黙りこくって何も言わなくなった。話しかけても反応がない。いなくなった、というわけではないのは気配でわかるが、僕は不服に腹を立てながら自宅へと戻った。




昼間、空を覆っていた薄雲は晴れ、空には三日月が昇っている。東京、御茶ノ水の界隈の一棟のビルの上に、1人の少女とそれに付き添うように立つ1騎の青年のサーヴァントがいた。
「……今日、何人死んだ?」
亜麻色の髪の少女がサーヴァントの方を見ずに口を開いた。外国の制服のものと思わしきスカートが風に舞う。気にすることもなく、少女は前だけを見ている。
「それは聖杯戦争の話?それとも、連続殺人事件の話かな」
「決まってるでしょ。調べておいてって言った殺人事件の方よ」
サーヴァントは少女の物言いに腹を立てることもなく、微笑を浮かべた。
「うーん。ざっと、50人くらいかな?日本の警察やメディアは3人って言ってるけど、それは遺体が見つかった人数の話だね」
「昨日より多いじゃない」
「それはもちろん。向こうも必死だろう。魔力の枯渇ははぐれたサーヴァントにとって消滅を意味する。魔力を切らさないためには、普通の人間の魔力でも食うしかないからね。だから人間が無尽蔵にいる東京を離れないんだろう」
少女は、ふうん、と生返事をした。この東京で2日前から起こっている連続殺人事件。おそらくマスターのいないサーヴァント、バーサーカー。この2つが関係しているのではないかという彼女の予想は当たった。だとしたら最悪だ。
バーサーカーはただでさえ魔力を大量に必要とする。普通ならそれはマスターから供給されるが、マスターのいないサーヴァントは一般人を殺害して魔力供給をするしかない。放っておけば、罪のない人々がこれからも犠牲になり続ける。
「それで、マスターはどうするんだい?」
銀の甲冑に身を包んだサーヴァントは少女にそう問いかけた。少女は無表情のまま答える。
「あたしはこの聖杯戦争に勝って、こんな意味のわからない戦争を未来永劫ぶっ潰す。それだけよ」
青年は穏やかに微笑んだ。
「そうか。なら僕も協力しよう。僕の本質は人を愛すること、豊饒をもたらすことに尽きるからね」
「……………フン。何が愛よ」
「おや?でも君の名前の由来は……っと!」
サーヴァントは言い終わらないうちに、少女を抱えて横に身を投げた。その刹那、さっきまで2人がいた場所を激しい矢の雨が襲う。

「……不覚。剣士相手に遅れをとるとは」
「オー、気にすることないワ!セップクにはまだ早いネ!」
「武士だって流石にこの程度で腹は切りませんから!」
狭い道を挟んで向かい側、同じくらいの高さのビルの上に二つの人影が見える。1人は女、1人は少年。少年の方は紫水晶で鍛えられたかのような大きな弓を持ち、白袴に紺の着物。サーヴァントか。
「ま、相性はこちらが有利なはずデス!ドンドン撃ちまくりまショウ!」
「……御意」
その声が届くのと共に、再び激しい矢の雨が到来する。それと同時に、セイバーの手が剣柄に伸び、一閃で矢を払い落とした。
「マスター、どうする?逃げるか引くか?」
「それってどっちも逃亡でしょ!ありえないわ、殲滅して!」
少女はセイバーの背後から様子を伺う。矢は尽きる事なくこちら側を襲い続けていた。あの格好からして相手は日本の英霊だ。知名度補正がかかっている可能性は大いにある。しかもこちらはアーチャーに不利なセイバー。今はセイバーの剣でかろうじて防いでいるが、このままでは押し負ける。
……ならば。
少女は右手を掲げた。
「令呪をもって命ず――」


「まぁ待て、マイマスター。令呪を使うのは早計だ」
言い終わらないうちに、セイバーの青年が遮った。
「僕にも意地がある。元神霊の意地がね」
ガキン、と一層激しい音で、彼は鏑矢を叩き斬る。
「君は僕に魔力を回して、僕の勝利を信じるだけでいい。僕を使役するのは君なのだから!」

信じるだけでいい?
何を信じればいい。
疑う時間もなく、セイバーが半ば侵食に近い形で魔力を食っていく。この魔力量――宝具を撃つ気か!
目をギュッと瞑った。もはや手はこれしかない。何にせよ、彼に任せるしか道はないのだ。
暗闇の中で、頭上から彼の声がした。
「正しき賢者がお前の使い手!ならば砕け――」

「『勝利の剣(レーヴァテイン)』!」

眩い閃光が放たれた。一瞬間の後、物凄い轟音が響き渡る。
そろそろと瞼を開けると、まず目に入ったのは銀色に輝くセイバーの剣だった。
目をあげると、セイバーは静かに敵の方を見つめている。その目線の先には、結界で護られたアーチャー達の姿があった。
「な……効いてないの!?」
「イイエ、効きましたワ。……少し、ね。ワタシの結界に傷を付けるとは、オソロシイ魔力です!」
「そんなこと言って、敵のお膳立てをしても良いことなんかありませんよ、カガリ」
「ソレにしても、かわいいセイバーのマスターちゃん。ワタシ、興味があるわ。あなたに興味が出てきたの。一つ質問してもいいかしら?」
セイバーが剣を鞘にしまった。あたしは警戒しながらもセイバーの背後から出る。
「……何?」
「アナタ、日本人じゃないデショ?どうしてはるばる聖杯戦争にやって来たのかしら?」
「そんなこと……」
答える義理なんてない、と言おうとして、口をつぐむ。ふと脳裏によぎったのは、はぐれサーヴァント、バーサーカーのことだ。
あたしはまず一番にバーサーカーを倒したいと思っていた。もしここでアーチャーと意思の疎通ができたら、まずはこの戦いを休戦状態にできるかもしれない。こちらの不利になる弓兵を懐柔できれば、バーサーカーを相手取る時間を作れるかもしれない。
あたしは口を開いた。
「あたしは両親を聖杯戦争で失った。……だから聖杯を勝ち取って、この戦争を未来永劫ぶっ壊すのよ」



カガリ、という名の金髪の女は通りの向こうでしばらく沈黙していた。単に絶句しているようにも、深く考え込んでいるようにも見えたが、その沈黙は一つの吐息で破られた。
「……ふ。ふふ、ふふふ、あっはっはははは!!」
盛大な高笑いが響く。
「なんという、なんというコト!どうして!ああ、こんなコトがあるかしら!」
「カガリ、笑いすぎです」
アーチャーが声色ひとつ変えずに言う。カガリは笑いすぎておなかが痛いという風に腹を抱えて爆笑していた。
「残念、ザンネンだわ、かわいいマスター!かわいいセイバー!聖杯戦争を無くす……そんな願いはワタシが受け入れられない。ワタシが叶えさせないのだもの。どうしてそんな風に思ってしまうのカシラ?聖杯戦争こそ素晴らしいものは無いというのに!多くの神秘があり、多くの魔術があり、多くの英霊がいる……聖杯戦争はソレに触れさせてくれる。ワタシの好奇心を、知恵欲を、あるがままに満たしてくれる!」
「……なんですって?」
「ああ、ワタシたちは相反する願いを持ってしまいました。アナタは聖杯戦争の撲滅、ワタシは聖杯戦争の継続。これは、ダメです。分かりました」
あたしは怒りで体が強張るのを感じた。聖杯戦争を継続させる、ですって?あたしから何もかもを――親も、愛も、誰かを信じる心もすべて奪ったこの戦争を!
さっきまで頭の中でこねくりまわしていた戦略をかなぐり捨て、腹を括った。アイツは、このあたしが、バーサーカーもろとも消飛ばしてやる。
「わかったわ。あたし達は絶対に相容れない、その事がね!」
「エエ、これで心置きなく――――倒せます」
「セイバー!宝具装填!最大級のやつ、あのバカ女にぶちかませ!」
あたしが叫んだ瞬間、黒い影が目の前をよぎった。
――え?
「マスター!危ない!」
セイバーの声がする。シュラ、と剣を素早く抜く美しい音も。気が付いた時には、あたしは地面に思いきり倒されていた。

「……あら」
カガリの目の前で、殺気立ったセイバーのマスターが向かい側で黒い影に覆われた。
あれは―――
その瞬間、アーチャーが弓矢をつがえる。指示を待つ間もなく、黒い影を光の矢が射抜く……はずだったが、刹那の差で避けられた。


「今晩は、アーチャーにセイバー。早速だが死んでもらうからね」
温度も感情もない声がした。目を上げると、鉄色の不気味な仮面に顔を覆った、サーヴァントの姿があった。

Fate/defective c.03

to be continued.

Fate/defective c.03

第3章

  • 小説
  • 短編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2017-06-04

Derivative work
二次創作物であり、原作に関わる一切の権利は原作権利者が所有します。

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