どっぺる・げんがー

 世界にはいろんなことがある。

 一人が知らなくても、別の人間は知っているかもしれない。

 人間がわからないことが起こってもそれがないという証明はできない。

 まさに悪魔の証明。

 シュレディンガーの猫箱論。

 ドッペルゲンガーが存在するか否か、

 それを証明する術を人間は持たないのだ。

なりすまし、ドッペルゲンガー

 ドッペルゲンガー

 ドイツ語: doppel(ドッペル)とは、二重、分身という意味である。

 以上の意味から、自分の姿を第三者が違うところで見る、
 または自分で違う自分を見る現象のことである。自ら自分の「ドッペルゲンガー」現象を体験した場合には、
 「その者の寿命が尽きる寸前の証」という民間伝承もあり、未確認ながらそのような例が数例あったということで、過去には恐れられていた現象でもある。

  Wikipediaより

噂話

この街は異常だ。

それに気づいたのはもっと後になってから。

笠原夏希はじりじりと照りつける太陽の下一心不乱に自転車のペダルを踏んでいた。

汗のせいで制服が背中にひっついて気持ちが悪いがそんなの気にしている場合ではない。

「あぶねぇだろおが!!」

「すいませんッ!!」

急に曲がり角から出てきたトラックにひかれそうになったけど自転車を止めている暇はない。

ひたすらにある場所を目指す。

自転車が通るような場所じゃないこともわかっていたが近道である公園を抜ける。

遊んでいた小学生に文句を言われたけど今は構ってられない。奥様達に睨まれようが関係ない。

公園を抜ければ涼やかな潮風が頬を撫でる。

でもやっぱりこんなところで涼んでいるなんてもってのほか。くたくたな足にムチを打って海沿いの国道を降りていく。

緩やかな坂になっていて今までの道に比べれば幾分楽だ。

カーブを曲がるとよく見る風景が目に映った。時計を確認する。あと3分、間に合うだろうか。

夏希は唇を噛み締めてペダルに力を入れる。

「はぁ・・・はぁ・・・あと少し・・・。」

そんな言葉を繰り返しながらひたすらに前へ進む。

セミの鳴き声が遠くに聞こえる。目の前では自分のことを歓迎していると言わんばかりに大きく開かれた門。

門を潜って自転車置き場に自転車を止める。あと30秒。

鍵なんて抜いてる暇もなく建物の中に駆け込む。

「はぁ・・・はぁ・・・はぁ・・・間に合ったぁああ・・・。」

扉を勢い良く開いて倒れこむように部屋の中に入った。中では苦笑いの同級生たちが揃っていた。

ここは夏希の通っている黒海学院高等学校。夏希は今年この高校に入学してきた一年生である。

教室には10人くらいの人たちが夏休みなのにいた。それは全員夏希と一緒で学期末におこなわれたテストで3つ以上赤点をとった者。

つまり、補習というわけだ。

「笠原ギリギリだぞ。ほらあそこ座れ。」

監督の小橋川先生に指定された席は窓際の席。隣には同じクラスの工藤悠斗が気だるそうに座っていた。

夏希は汗を拭いながら席につく。窓からのそよ風がこの上なく気持ちがいい。

ただの風のハズなのにまるでクーラーの風に当たってるように感じてしまう。

「・・・おい。」

「へ?」

突然工藤悠斗が話しかけてきた。

夏希は同じクラスだが工藤とは話したことがなかった。

ていうより顔を見るのも初めてだった。

「早くしろ。お前が終わらせないと俺、帰れないらしいから。」

気づけば周りの補習生たちはいなくなっていた。そんなにも長い間風に心を奪われていただろうか?

時計を見れば確かにもうあれから一時間くらいは時が経っていた。

手元にあるプリントにはまだ名前しか書かれていない。

「あ、ごめん。すぐ解くから。」

そう言ってシャーペンを握る。工藤はため息をつきながら椅子に座って夏希を見ている。

問題ははじめのほうは簡単だったのにだんだん難しくなってほぼすべての教科赤点の夏希には解けようがない問題であった。

そっととなりを見てみるとさっきまでは起きていたはずなのに机に肘をついたまま眠っている工藤がいた。

夏希はシャーペンを無意識に自分の唇に当てながら工藤の笑顔に見とれていた。

入学してから二、三回しか出席していないっていう工藤。

だけどそのルックスから女子たちの中ではかなりの有名人だった。男に無縁であった夏希もそのことは知っていた。

本当にイケメンだ・・・。

「何見てんの?」

「うわ!?」

急に工藤の片目が開いた。見とれていたことに今更夏希は気づいて顔を真っ赤にしながらプリントに目をうつす。

恥ずかしさのあまりに夏希は穴があったら入りたかった。まさか起きているとは思わなかったから。

「終わった?」

「ひゃ!?え・・・あ・・・いやまだ・・・。」

「おっそ。」

「だ、だってわかんないんだもん・・・。」

見せてみろと言わんばかりにプリントを奪い取った。

そしてしばらくして誰かが吹き出した。

夏希は驚いてとなりを見る。そこには仏頂面の工藤の姿はなくゲラゲラと笑っている姿があった。

「え・・・どうしたの?」

「いや・・・はは・・・これマジ?はっはっは・・・はらいてぇ・・・。」

ピラっとプリントを私に見せてくる。

何がおかしかっただろうか?私は訳がわからず頭をかしげる。

「このプリント確か本人に合うように作られてるはずだよな?」

「う、うん。先生そう言ってたね。」

「それで?なんで高校の補習に足し算が出てくるんだよ。それに答え間違ってるし。」

嘘?!夏希は乱暴に相手からプリントを奪い取る。

 問1)次の問題を解きなさい。

 (1)23+27=40

何が間違ってるのか分からずに夏希は頭をかしげる。

一の位と一の位を足したら一の位は0だし、2+2くらい間違えるわけがない。

何が違っているのだろうか。プリントとにらめっこしながら違うところを懸命に考える。・・・が、教室の熱気ですでに頭は熱暴走中。

ぷしゅーっと音を立てながら机に頬をくっつけるように倒れる。

「・・・おい。マジでわかんねぇの?」

しばらくして本気で引いているような声を工藤が出した。その表情からは呆れを通り越して感動を覚えているようにも夏希には感じられた。

あと、と言ってまた私からプリントを引き抜く。まだ何か文句があるのだろうか。

プリントを取り返す気力もなく工藤のほうに顔だけを向ける。

「もしかして、ココ悩んでた?」

工藤が指差す問題は確かにさっき夏希が頭を悩ませて困っていた問題だ。

夏希はこくんと頷く。

「・・・これ、中1の単元だったと思うぜ?・・・一次方程式って・・・。」

学校に来てたときは全く喋らない無口でクールなキャラだった。

「てかマジでこんなんで高校入れたよな。ここ、そんなにバカだっけ?」

工藤の攻撃は止まらない。

夏希の顔がどんどんと赤くなっていく。

「うわ。これ、アルファベットを書く問題もあるのかよ・・・。」

二枚目のプリントを見ながらクスクスと笑う工藤。

夏希の体内温度はすでに外気と同じくらいであった。

「これなんて傑作だな。自分の名前をローマ字」

「もうやめてぇえええ!!・・・恥ずかしいしぃ・・・。」

威勢良くプリントを奪ったと思ったら脱力したように首がうなだれる。

自分が勉強できないことはみんな知っている。

知り合いからバカにされるならまだしも、今日初めて話したような人にバカにされるなんて羞恥心でいっぱいになる。

うなだれてる夏希を見ながら工藤は小さくため息を吐いて夏希の机に自分が座っていた机をくっつけた。

「な、何?!」

「見てやる。ほら、ちゃんと座れ。」

「・・・え?」

手の隙間から落ちそうになったプリントを見事にキャッチして夏希のほうの机におく。

「ほら、これ終わらねぇと帰れねぇだろ?連帯責任とか言ってたから。」

「あ・・・うん。やろっか。」

椅子に座り直してシャーペンを握る。まずは数学から。

さっき間違えた問題をもう一度解かされる。

「筆算書いてみろ。」

「筆算ー?めんどくさいじゃんかー。」

「いいから文句言わずに書け!!」

「は、はい・・・。」

怒鳴られながら仕方なく筆算で解いてみる。・・・ほらやっぱり40になるじゃないか。

答えに40と書こうとした瞬間、頭に衝撃が走る。

「ったぁ!!何すんのよ!」

「アホか。なんで3+7が0なんだよ。」

「え?でも、二桁になると計算できないじゃんか・・・。」

「繰り上げとか習っただろうが。」

「く・・・り?」

工藤はまたため息をついた。本当にコイツどうやって高校に入学したのだろうか。裏ルートか?

本気でそういうのを疑わなきゃ夏希の成績ではとても高校に入れるようなものじゃなかった。

なんとか工藤の熱心かつ丁寧な教え方て夏希は今日覚えたことがかなり増えた。あれからもう三時間は経っているのにまだ一枚も終わっていないのがちょっとあれだが・・・。

「なぁ・・・なんでこんなこと知らないんだよ?」

「何それー。イヤミ?」

「普通ここまでできなかったら友達とか先生とか教えてくれるだろ?」

「あー・・・それがねぇ・・・。」

ちょっとした疑問だったのに夏希は急に切なそうな顔つきをした。

「私さ、元からバカだから小学校の低学年のころからすでに置いていかれてたの。それから先生も友達もさ、夏希には無理だから無駄・・・みたいなさ。まぁ別にもうなれたんだけど・・・ありがとね。根気よく付き合ってくれて。」

あの表情から一転、にかっと笑ってみせた。

工藤は何を思ったのか何も言わずにただただ夏希を見つめていた。

「・・・工藤くん?」

「・・・え?あ、悪い。ぼーっとしてた。」

「ううん。いいけ」

そのとき、ガラッと教室の扉が開いた。

入ってきたのは暑いからという理由で職員室に逃げいていた小橋川先生。夏希たちの担任の先生だったりもする。

「お前らまだ残ってたのか?もう帰ってもいいぞ。」

「え?でも私まだ・・・。」

「笠原に全部解けるなんて期待してないぞ。ほら、もう邪魔だから帰った帰った!」

ハンカチで自らのすっきりとした頭を拭きながら夏希たちを追い出そうとする。

せっかく半分以上解いたのだからすべて解きたかったっていうのが夏希の本音だが先生に言われては仕方がない。プリントや筆記用具をカバンにしまう。

「あ、そうだ工藤。これテスト。・・・まぁいい点取ったからって日数が足りなきゃ意味ないからちゃんと明日も来いよ?」

「ういーっす・・・。」

小橋川は暑い暑いとぼそぼそ言いながら教室から出ていった。

「そっかぁ・・・。明日も補習だっけぇ・・・。」

「・・・めんどくせー。」

「てか、それ何?」

工藤が持っているプリントを夏希が指差す。

工藤はそのプリントを夏希に見せる。そのプリントはいつか見たものと同じだけど大幅に違っていた。

夏希が返された紙切れとは違って気持ちいいくらいにたくさんある丸の数。

「ひゃ・・・百点?!嘘でしょ?!」

歴史を除いたすべてのテストで万点を取っていた。まるで漫画でよく見るような点数の数々だ。

夏希には本当に一生かかってもこんな点数は取れそうにない。とった日には天変地異どころでは収まらないだろう。

「工藤くんって頭いいんだねー。学校に来てないからてっきり超絶バカだと思ってたんだけどなー。」

「教科書一回読めば頭に入るだろ・・・普通。」

夏希は自転車をおしながら、工藤はカバンだけを背負って校門を二人で出た。

夏希の鈍感さなのだろうか。さっきから何回も工藤に女の子が寄って行ってるのに関わらず「友だち?」「妹?」とか言ってる。

セミの合唱も絶好調を迎えた昼頃。何時間も頭を使ったせいで夏希の空腹は限界を迎えていた。

「ねー・・・何か食べて帰らない?」

「はぁ?」

「一人で食べるのもさみしいしさ・・・いいじゃん?」

お願いと言わんばかりに片手でお願いポーズをしてみる。工藤は初めは嫌な顔していたけど夏希のお願い攻撃が聞いたのかため息を吐きながらも了承してくれた。

「よっしゃ!んじゃあ・・・どこでも良い?」

「なんでもいいよもう・・・。」

夏希は懇親の笑顔を工藤に向ける。そして自転車に勢い良くまたがった。その際にスカートがめくれて少し中が見えたのは本人は気づいていない。

後ろに乗れと言わんばかりに親指で自分の後ろを指差した。

「・・・おいおい大丈夫なのかよ・・・。」

「任せて!私、運動神経はいいほうなの!」

「嘘くせー・・・。」

「嘘じゃないもん!高校だってスポーツで推薦入学したんだから!」

あぁ、そういうこと。工藤の疑問が解決された。そうだよな・・・こいつにかぎって裏ルートはねぇか。

工藤は自分の前の考えに苦笑しながら自転車の後ろにまたがった。

「よっしゃ行くよぉお!」

夏希の掛け声と共に自転車がゆっくりと動き出す。初めは大きく揺れていたが慣れてきたことにはスイスイと進んでいった。

高校生男子を後ろに乗せているのに坂まで登りきるとはさすがの工藤も驚きを隠せなかった。

坂を登りきるとそこには教室の窓からも少し見えていたが雄大な海が広がっている。

遊泳客の声もしっかりと聞こえた。

夏希は海にも行きたいなーとか言いながらまったく疲れを見せなかった。

そして二人を乗せた自転車は海沿いの小さな喫茶店へ止まった。

「マスターこんにちわー!」

夏希はスキップをしながら喫茶店の扉を開ける。チリンという可愛い鈴の音がなったと思えばその瞬間、今までの暑さを忘れさせてくれるような冷気が全身を包む。

工藤もそのあとを追い喫茶店へと入る。

「おお夏希じゃねぇか!久しぶりだなー。」

「えへへー。今日は補習帰りなんだー。」

馴れ馴れしく夏希と話し合ってるのはこの喫茶店のマスター。海が似合いこんな洒落て落ち着いた店なんか似合わないそんな活気の溢れるおじさん。

なんでも昔は海の店をやっていたそうだがそれだと冬やることがなくなるとかで喫茶店に変えたんだとか。

マスターは夏希と挨拶を交わしたとき、後ろに違う気配を察知した。そう、工藤だ。

その姿を見た瞬間、ニコニコ笑っていたマスターの顔つきが変わった。

「な、なんだてめぇ!!夏希のすすストーカーか?!」

「「はぁ?!」

二人の声がぴったり揃う。マスターはどっからかモリを取り出してきて盛大にカウンターのものを散らかす。

「ま、マスター!この人は工藤くんっていって私のクラスメイト!」

「何?!クラスメイトだと?!・・・ってことは彼氏か?!夏希はやらんぞ!!!」

モリを振り回しながらマスターは一歩一歩工藤に近寄る。

工藤も危険と察知してゆっくりと後ろに下がる。こんなとこ来るんじゃなかった・・・そう後悔したときマスターとは違うところで爆音が鳴り響いた。

マスターの動きも止まり、全員で音の方へ顔を向ける。

カウンターの奥の、のれんから顔を出したのはいかにも近所のおばさん風の中年女性だった。

その表情は大変ご立腹のようで右手には包丁が握られていた。

「あんたお客さんに何してんねん!!そやなことしたらアカンやろ!謝りなさい!!」

関西人なんだろうか。方言がかなり強い印象を与える。

「は、はい・・・。ごめんなさい。」

マスターは萎縮しながらモリを下ろし夏希らに頭を下げる。

中年女性はそれを見届けたあと、表情が一気に変わって愛想の良い笑顔のものへとなった。

「あらー!兄ちゃんイケメンやないかい!こんな兄ちゃんやったら夏希ちゃんにも合ってるやんかー!」

「女将ぃー!だから違うんだってぇ!」

「大丈夫やで!私はな昔、恋の神様って言われててん。ほら夏希ちゃんも兄ちゃんも座りぃ。・・・あんたほらコーヒーでもいれんかいな!」

ちらかされたカウンターをあっという間に片付けた女将は夏希たちをカウンターに座らせた。

マスターはガタガタとわざとらしく震えながらカウンターへ戻っていく。

「それにしても今日はどうしたんや?最近ゼンゼン来ぃへんから心配してたんやで?」

「補習帰りなの。私いつものやつでお願い。工藤くんは?」

「え?」

「昼ごはんだよ!ほらメニュー。」

さっきの騒動ですっかりご飯を食べに来てるってことをすっかり忘れていた。

正直お腹はすいてなかったが女将に一緒のでえぇやろ?!としつこく言われたのでそれを頼んだ。

しばらく夏希と女将が、主に女将が愚痴を言ってるだけな会話を聞きながら店内を見回していた。

パッと見は普通の喫茶店なのによくみればところどころに包丁でぶっさしたような跡があったり、変なシミのようなものがあったり・・・ちらっと女将をみて工藤は身震いする。

奥からは何かのいい匂いがしてきた。

もちろん調理しているのはマスターである。従業員も客も夏希、工藤、女将、マスター以外いないようだ。

「ほら出来たぞ。」

不機嫌そうな声でマスターが厨房から出てきた。

目の前に出されたのは大きい皿に入った焼きそばだった。

「マスターの焼きそば久しぶりだ!いっただきまーす!!」

焼きそばをかき込む夏希の姿は駆動からは野生化したように見えた。

あんな大きな皿に入ったボリュームたっぷりの焼きそばが本当に食べきれるのだろうか?自分も食べきれるか不安なのに・・・そう工藤は思いながら一口口に入れる。

「・・・うま。」

「ッ?!・・・だろー!?俺の焼きそばは最高だろう?!」

さっきまだ不機嫌そうだったのに急に笑顔になって工藤の頭を撫で回す。

喫茶店なのに・・・なんで焼きそばなんだろうと少し疑問を抱いたりもしたが今まで食べた焼きそばのなかで一番美味しかったからそんな疑問はどっかへ飛んでいった。

「かき氷も食べるか?」

「え?!いいのマスター?!わたし、ブルーハワイね!!工藤くんは?」

「いや・・・俺はもう・・・。」

「もしかして・・・お腹いっぱい?情けな。」

呆れたようにため息をつく夏希。工藤はこんな大盛りペロリと食べれるお前がすごいよと心の中で思っていた。

つーか、知り合いの店なら自分を連れてこなくたっていいじゃないか・・・そう少しふてくされながら最後の一口を口に含む。

「そうや夏希ちゃんと兄ちゃん知ってるか?夏なだけにこわぁい噂がたってんねん。」

お化けのようなポーズをして夏希と工藤に顔を近づける女将。

夏希はかき氷をしゃくしゃくと食べながら首をかしげた。

「なぁにそれ?」

「なんや知らんのんかい。せやったら聞かせたるわー。」

女将はさっきのふざけたポーズをやめてカウンターの向こうの椅子にどすっと座る。

厨房の方ではマスターが片付けをしている音が聞こえた。

「ほんま最近の話や。どこの姉ちゃんかしらんけど夕闇の中家に帰ってたら目の前から自分にそくりな人間が現れたんやって。」

「双子かなにか?」

かき氷の冷たさが頭に来たのか。自分のこめかみを抑えながら夏希がそう訪ねた。

女将は眉をひそめて頭を左右にふった。

「ドッペル・・・ゲンガーですか?」

「そうや兄ちゃん。ドッペルゲンガーがこの街にあらわれよったんや。」

「どっぺ・・・?何それ?」

「自分と瓜二つの存在のこと。分身みたいなやつだ。でも・・・そんなの。」

言葉の意味はよく夏希にはわからなかったがそんなの聞ける雰囲気でもなかったので黙ってかき氷をほおばった。

「姉ちゃんは必死に逃げたらしいんや。そしてその数日後。姉ちゃんはもう一人の姉ちゃんと入れ替わったそうや。」

からんとコップに入っていた氷が音をたてた。そとからはかすかだがセミの鳴き声が聞こえた。

「それ・・・おかしくない?だってそのお姉ちゃんとどっぺなんとかはそっくりだったんでしょ?なんで入れ替わったとかわかるの?」

「・・・それはわからん。せやけどな、この街の住民全員がなりすましになんのも時間の問題やって噂や。あんたらも気ぃつけや?」

「それ本当なの女将さん?!だったら怖いなー・・・。」

かき氷を食べたせいもあるだろうか。夏希の体は少し冷えて肌寒く感じていた。

いずれ自らも偽物になるかもしれないと思ったらちょっと外に出歩くのが怖く感じた。

「まぁ噂なんやけどな!!がっはっはっはっは!!」

さっきの静かな語り口調からうってかわり豪華にゲラゲラと笑い始めた。

その笑い声に単純な夏希は安堵を感じた。

異変

【仮にな、もしなりすましにあったら絶対に捕まったらアカンで?捕まったらアウト。数日したら消えてしまうんや。】



昨日はあれほどまで日が照っていたのに、今日のお天道様はどうやらお休みのようだ。

重苦しい雲に覆われた窓の外を見ながら夏希と工藤は補習に励んでいた。

今日も勿論夏希が最後で工藤が勉強を見てあげているようだった。

「なんでGの次がIなんだよ!Hを忘れんな!」

「わかんなかったら何でも円周率を書けばいいってもんじゃねぇんだよ!それになんで生物に円周率が出てくんだよ!」

「お前は自分の名前以外の漢字はかけないのか?!「機械」っていう字は小学生レベルだぞ!」

工藤の怒鳴り声はやまなかった。夏希が結局合ってた問題は片手て数えられる程度でいずれも記号問題ばかりだった。

つまりは当てずっぽうの問題が奇跡的にあたっていたのだ。それが余計に工藤の頭をカチンとさせる火付け役になっていたのもわかるだろう。

「もうむりだよおおおお!!頭パンクしちゃうもんー!!」

「弱音吐くな。下手すりゃお前、留年すっぞ。」

「ううう・・・。」

「・・・てかお前さ・・・なんの推薦でこの」

「まだやってんのか?」

工藤が何かを言おうとした時教室に小橋川が入ってきた。気が付けばもうお昼時になっていたらしい。

「あ、すいません。もう帰り」

「いいんだいいんだ。どれ、わからないところはわしも教えてやろう。」

「「え?!」」

唖然とする二人をよそに小橋川は夏希の机の前に椅子を引っ張ってきてそこに座った。

そしてプリントを覗き込むなり優しい笑みを浮かべて工藤の筆記用具から赤ペンを取り出す。

「まずはアルファベットを全部覚えようか。歌にのせると―――」

二人はぽかんとした顔で小橋川を見ていた。以前までの小橋川は生徒に意欲的に勉強を教えようとする先生ではなかった。

どっちかっていうと授業さえもめんどくさがり自習によくする先生であった。昨日も監督をめんどくさがり一人職員室へ戻ったのも小橋川らしかった。

しかし、今の小橋川は違う。どことなくおかしい。

朝来た時はそうではなかった。適当にやってーとか言って職員室に帰っていったのを二人は見ていた。

一体職員室で何があったのだろうか?頭でも打ったのだろうか?二人は同じことを考えながら小橋川のことを見る。

でも夏希は目の前で先生がちゃんと教えてくれるのはホント久しぶりで少し感動すら抱いた。・・・小橋川先生案外いい人じゃん!

「なんだ笠原?さっきからニヤニヤして。」

「はッ!!い、いえ!!なんでもないです。」

「そうか・・・。ならもう一度歌ってみようか。せーの。」

小橋川と一緒に歌ってる夏希の姿は高校生にはとても工藤には見えなかった。

小橋川と夏希の個人レッスンはそれから一時間に及んだ。工藤のお腹も夏希のお腹も限界を迎えておりもう勉強どころではなかった。

「あ・・・あのー先生?」

「なんだい笹岡?」

「わたし・・・お腹すいたんでそろそろ帰っても良いですか?」

「おお・・・もうこんな時間か・・・。よし、じゃあ続きは明日だな。かえっていいぞ。工藤も付き合わせて悪かったな。」

「い・・・いえ別に・・・。」

小橋川は二人の頭を優しくなでると教室から出ていった。二人は小橋川の奇妙な行動にただただ唖然としていた。

どんより天気だというのにセミは相変わらず元気にないている。

「・・・ねぇ・・・小橋川・・・だよね今の。」

「あ・・・あぁ。多分。」

「変なものでも食べちゃったの・・・かな?」

「・・・さぁ?」

気持ち悪いほど生徒に優しくしてきた小橋川。・・・だけどこの変化に気づいた者はこの二人以外は存在しなかった。



二人は機能と同じように一緒に帰宅をしていた。

また何かを食べて帰ろうかと言っていたときに、前から少し派手目の女の子が二人走ってきた。

「やっぱ夏希だぁー!!もしかして補習ぅー?」

「花乃!?それに美里じゃんかー。」

髪をアップにあげて短すぎるスカートに身を包んだ佐々木花乃(ササキカノ)とふわふわとしたワンピースを着た檜山美里(ヒヤマミサト)は夏希のクラスメートであり、いつも一緒にいるメンバーだ。

もちろん夏希とクラスメイトであるということは工藤のクラスメイトでもあるが滅多に学校に来ない彼が二人を知るはずもなかった。

しかし相手は違うようだ。

「え?!な、なっちゃん・・・もしかしてこの人工藤くん?」

「うん。今から一緒に帰るとむぐ?!」

いきなり花乃が夏希の口をふさいで駆動から少し離れたところで開放した。とっさのことだったので自転車は無残に道に転がった。

「い、いきなり何?!」

「いきなり何はこっちにセリフよバカ!!あ、あんた工藤くんと知り合いだったわけ!?」

興奮したように花乃は花乃の胸ぐらを掴んでブンブンと振る。その横で美里がニコニコと微笑んでいたが助ける様子はない。

「補習が一緒なの。てか、なんでそんなに花乃テンション高いのー?」

「そ、そりゃだってあの工藤くんだよ!?学校一のイケメン工藤君だよ?!なんであんたみたいなバカな子と一緒にいるのよ?!」

「うわーん。それはひどいよぉー花乃。」

「花乃は乱暴すぎるよ?なっちゃん困ってるじゃん。」

小さい子供を慰めるように美里が夏希の頭を優しく撫でる。

後ろでは工藤が倒れた自転車を起こそうとしていた。

「・・・夏希気をつけなー・・・。工藤くんにいいよってくる女なんて星の数ほどいるんだから。」

「え?花乃何が言いたいの?」

頭をかしげる夏希に花乃はため息をはく。しかしその表情は呆れているというよりも少し嬉しそうな表情をしていた。

「私、夏希の恋全力で応援するから!!」

「へ?」

こんなにくそ暑いのに花乃が夏希の両手をぎゅっと握り締める。そして隣で微笑んでいたはずの美里もそれに手を重ねた。

夏希は状況が飲み込めず眉をハの字にする。

「え?ちょ、なんで手握るの??」

「だから、好きなんでしょ?工藤くんのこと。」

おおこれは私にもわかりやすい説明だ。とっても明確でこれなら幼稚園生でもわかるだろう。

そんな冷静なことを考えた次にその言葉の意味をもう一度考えてみる。・・・およよ?私は後ろで自転車を持ってくれている工藤くんのほうをチラッとみた。

「・・・ええええええええええええええええええ?!?!」

木に止まっていたセミは逃げ出し、周りを歩いている歩行者の方の目線が私に向けられる。

叫びにも悲鳴にも似たその声はきっと地球の裏にも届いたのではないのかと思った。

「は?は?私が?!工藤君を?!え?なんで?!」

パニックになって花乃の胸ぐらを掴んでさっきされたようにブンブン揺らす。

「ちょ夏希やめ・・・。」

「あ、ごめん。でもぉ・・・。」

手を離してはみるが花乃のいうことは意味が分からなかった。

夏希には理解できていないがこれは小学生男子がよくやることだ。一緒にいるだけなのに勝手にカップルに仕立て上げるという迷惑なあの行為である。

花乃と美里は面白半分で夏希をからかっているのである。

しかし冗談の通じない夏希は顔を真っ赤にしてあたふたしているのだ。

「まぁ頑張ってね夏希。私は夏希の味方だからぁ!」

そう言って花乃が夏希の背中をドンっと叩いて美里と共に後ろの工藤のほうへ振り返る。

「工藤くーん!!この子ほんっと危なっかしいからまさせたからねー?」

「え?」

「んじゃ夏希ばいばぁい。」

そう言って花乃と美里はそそくさと駅の方へ向かっていった。どこかに行く途中だったのだろう。

頭をかしげている工藤に夏希は何も言えなかった。

それどころか工藤から自転車を奪いまたがった。

「あ、あのまた明日!!」

ペダルに思いっきり体重をかけて漕ぎ始める。

工藤は後ろで何かを行っているようだったが夏希の耳には何も入ってこなかった。

私が工藤を好き?そんなことあるわけがないじゃないか。そりゃちょっと怖いけど勉強熱心に教えてくれるし優しいしいい人だけど好きまでは・・・どうだろ。

自分で自分のことがわからない。

じめとした空気が肌をこすって気持ちが悪い。太陽なんて出ていないのになんでここまで暑いのだろうか。湿気か何かか?

数分も自転車をこいでいるとあの喫茶店が見えた。少しここで頭を冷やそう。そう思って夏希は喫茶店へと入っていく。

冷たい冷気が扉を開けた瞬間夏希を受け入れて今までの暑さを忘れさせてくれる。

「マスター女将さんいますかぁ?」

営業中なのだからそりゃいるに決まっている。しかし夏希が声をかけてもいっこうに人の気配はしない。

いつのまら声をかければすぐにやってきてくれるのに・・・。夏希は少し心配になった。そうおもた瞬間、のれんの向こうからマスターが現れた。

「マスター!!」

「・・・いらっしゃい。」

いつのも陽気さはまったくなくなっていてマスターはまるで汚らわしいものを見るかのように夏希をみた。

その視線に少し夏希はぞっとしたがいつのどおりマスターの前のカウンター席に座る。

「ま、マスターちょっと今日元気ない?」

「ご注文は?」

「マスター?本当に大丈夫?」

「ご注文は?」

何を言ってもマスターはご注文は?と繰り返しだけで夏希とおしゃべりをする気はないようだ。

仕方なく夏希はいつものとマスターに言う。

「いつものとはなんでしょうか?」

「・・・え?いつのもはいつものだよ。マスターぼけたぁ?」

「毎日いろんなお客さんが来るのもので・・・で、なんでしょうか?」

「や・・・焼きそばだよ。」

「かしこまりました。」

伝票のようなものに何かを書き込むとマスターは厨房の中へと入っていった。

夏希はいつもとは違う違和感に不快感を感じていた。

こうなるんだったら工藤くんも連れてくればよかった・・・そんなことを思いながら夏希は携帯を開く。

もうお昼の時間はとっくに過ぎていて2時がきそうであった。

のれんの向こうからは焼きそばが焼けるいい匂いがした。しかしいい匂いなんだけど何か違う。

マスターの焼きそばの匂いとは少し違ったように思えた。

今思えば女将さんはどこなのだろう?

普通、マスターがいるなら女将さんなんて言わない。しかし女将は自分が夫よりの身分が低いのは嫌だと自ら女将と呼べと言ったのである。

女将が店にいないことはめったにない。たまに厨房で皿洗いをしてて表にはいないことはあるが夏希がきたらすぐに飛んできてくれる。

焼きそばが出来上がったのかマスターがのれんを潜って焼きそばと水を夏希の目の前に置いた。

「・・・なんですか・・・これ?」

夏希は焼きそばを見るなり目を見開いた。

マスターは面倒くさそうに焼きそばですと答える。

・・・違う。これ、マスターの焼きそばじゃない。

夏希はそう思っていた。マスターの焼きそばは昔から食べていてここより美味しい焼きそばを食べたことがなかった。

だからマスターの焼きそばを間違えるはずがない。

「ま、マスター?」

「なんでしょうか?」

ギロリと鋭い目線で夏希を睨みつける。ただ睨みつけられただけなのに体中が震えそうなくらい怖かった。

そのときのれんの向こうから微かに目線を感じた。反射的にそれを見ればマスターと同じような目つきの何か。

「ご、ごめんなさい!!」

焼きそばに手をつけずにカバンを持って夏希は喫茶店を飛び出した。

むわっとした空気を感じるが全く暑いとは思わない。急いでここを離れたほうがいい。そう本能が警告している。

自転車に飛び乗ってお店の敷地から出る。足がガクガクしてうまく自転車がこげない。

でも少しでも遠くに逃げたくて坂を一心不乱に上っていった。

汗でシャツや髪の毛が体に張り付く。早く家に帰ってシャワーを浴びたい気持ちに駆られる。

「はぁ・・・はぁ・・・なんだったんだろ・・・。」

坂を登りきってようやく自宅付近まで帰って来れた。

荒い息を整えながら自転車から降りる。

――その瞬間。

ぶわっと気味が悪い感覚に襲われた。セミの声も遠くなって車の音さえもしない。

さっきの喫茶店よりもっと気味が悪い感覚。周りの人の目線が全部自分に向いているような感覚。

冷たい汗が首筋をなぞる。せっかく安定してきた呼吸もさっきより荒くなってくる。

な・・・んなの・・・。いつのも町並み、いつのも昼下がりのはずなのに何かが“おかしい”

「きゃあ?!」

肩に何かの感触がして反射的に後ろを振り向いた。

「はぁ・・・はぁ・・・くど・・・うくん?」

「どうしたんだ?」

眉をひそめて夏希を見る工藤。

夏希は知った顔にあえて安心したのか自転車から手を離して地面に座り込む。

気づけばさっきの変な感じもなくなっていた。

工藤は驚いたように慌てふためいていた。いつもクールに決め込んでいる工藤がここまで乱れているのは珍しい。

「ごめん・・・。大丈夫だから・・・。」

「そうは見えないけど・・・ん。」

自らの左手を夏希に差し出した。

夏希は一言ありがとうと呟いてその手を取って立ち上がる。

「手、冷たいな。」

「え?あぁ、冷え性なの。」

「ばばくさいな。」

「うっさい!!」

握られていた手を離して倒れた自転車をおこす。

手の冷たさは冷え性なのと多分さっきの震えからきてるんだもん・・・そんなことを思いながら夏希はふと不思議に思った。

「なんで工藤くんいるの?」

「だって俺ん家こっちだし。」

「・・・は?え、でも昨日は坂下っていったじゃん。」

「昨日はバイト。」

「あ、バイトか。・・・・えええ?!」

がしゃんとまた自転車が倒れる。夏希がまた手を離したのだ。

慌てて夏希は自転車をおこす様子を工藤はクスクス笑いながら見ていた。

「ば、バイトってうちの学校禁止じゃなかったっけ??」

二人並んで歩きながら夏希はさっきの話に戻す。

「そうだっけ?」

「前に花乃がバイトしてたのバレて謹慎になってたし・・・大丈夫なの?」

「んー・・・まぁ俺の場合特別だし。」

「特別?」

忘れていた空腹も戻ってきて夏希のお腹が鳴いた。

それに対して工藤はまたクスクスと笑っていたが夏希のパンチによって制止される。

「それで?」

「ってぇなぁ・・・。俺、ひとり暮らしだからバイトが許されてんの。学校にめったに行かないのもそのせい。」

「一人暮らし?!高校生なのに?!」

「両親が海外出張中なんだ。兄弟もいねぇし親戚んとこ世話になるくらいなら一人暮らしが楽だからな。」

少し雲の多い空を見ながら淡々とそう話した。こんなことを他人に言ったのは初めてのことだった。

ふと横を見ると夏希は今にも泣きそうな顔をして唇を噛み締めていた。

「な?!なんでお前が泣きそうな顔してんだよ?!」

「だ・・・だってぇ・・・お父さんもお母さんもいないなんてぇ・・・さみしいじゃんかぁー・・・。」

涙を我慢しようとして夏希の顔は上をむいていた。その表情があまりにもぶさいくで工藤は思わず吹き出してしまう。

「へ?な、なんで笑うのぉ?」

「いや・・・だって・・・っはっは・・・はらいてぇくっくっ。」

腹を抱えながら涙を流しながら笑う工藤に少し腹がたったがぐっと我慢して夏希も大声で笑った。

今は怒るよりも笑っていたかったから。

違和感

水平線に太陽が沈もうとしている様子を若いカップルが砂浜で見ていた。

昼間のような活気は砂浜にはなく、このカップル以外は誰もいなかった。

彼らは地元の人間だ。

だからこの時間帯は観光客がいなくなることを知っていた。

ふたりっきりになるにはとっておきの場所。少し車の音が騒がしいこと以外はロマンチックで最高だった。

彼氏が彼女の手を握ろうとした瞬間、彼氏は誰かの気配に気づいた。

反射的に気配の方をみたらそこには驚くべきものがあったのだ。

彼氏は自らの目を疑い目をこする。

彼女はそんな彼氏の様子を見て彼氏が見た方を見る。

「え?嘘・・・。」

口を抑えて唖然とする。

そこには彼氏と全く同じ人物がこっちを見ているのだから。

「だ、誰だ?」

彼氏は彼女を自分の後ろに隠すように前に出た。

そっくりな人間はにやっと笑うだけで何も言おうとしない。

彼氏は不気味だと思いながらもう一度尋ねる。

「お前は誰だ?」

「お前こそ誰だ?」

口調も声も全く同じ。

そのとき彼氏はある噂を思い出した。バカバカしくて笑い話にしかしてなかったあの噂。

―自分とそっくりな人間が合わられる。目があったら最後。三日以内に入れ替わる。―

所詮噂だと思っていた。作り話だと思っていた。よくある都市伝説だと思っていた。

そもそもあまり深く考えていなかった。

気づけばそっくりさんは自分の目の前に来ていた。

どうする?逃げるか?

彼氏の頭の仲はパニック。

「美奈。」

そうそっくりさんが言った。

美奈とは彼女の名前。

ビクッと体を揺らして彼氏の体にしがみつく。

「な、なんなの。」

「そいつはニセモノだ。殺されるぞ?」

「え?」

急に美奈の力が弱まる。

そして彼氏の顔とそっくりさんの顔を見比べる。

しかしあまりにも似すぎていてどっちがどっとかわからないようだ。そりゃもちろん後からきたほうがニセモノなんだろうけどと頭の中ではわかっている。

だけど確証がもてないのだ。

「み、美奈騙されるな。俺がニセモノなわけねぇだろ。」

その言葉に美奈は何も言わなかった。ただ俯いてしたを向いているだけだった。

付き合って一年。ずっと彼女一筋で生きてきた彼氏は裏切られたと感じた。

頭のなかがグラグラしてにわかに信じられなかった。

「ってっめぇええええ!!!」

怒りの矛先は急に現れたニセモノ。

立ち上がってやつの胸ぐらをつかみあげた。

やつはただニヤニヤと笑っているだけで抵抗はしてこない。いくら自分の顔に似ているからといって殴れないわけがなかった。

拳を振り上げてやつの顔面にお見舞いしてやろうとした瞬間、強いチカラで二の腕を引っ張られそのまま後ろへと倒れる。

一瞬何が起きたのかわからず唖然とした。

「み・・・な?」

後ろにいるのは美奈。いつの間にか立ち上がっていて俺を見下ろしている。

今まで見たことがないような冷たくゴミを見るような蔑む目線。

彼氏は彼女とそっくりさんのあいだに倒れていて逃げる術はない。

「う、うわあああああああああああああああああああああああああああああああああ」




補習最終日も工藤は夏希にビシバシ勉強を教えていた。

それで夏希はお礼がしたいとかで晩御飯に工藤を招待したいと言い出した。

ほとんど夏希が無理やり押し切ったような形だが夏希も工藤に気を使ったのだろう。

一人で食べるよりみんなで食べたほうが美味しいと言って工藤に了承させたのだ。

工藤もそのことに気づいていて夏希の気遣いをありがたく受け取ることにしたのだ。

夏希の家を工藤は知らないので近くのコンビニで待ち合わせすることになっていた。

待ち合わせ時間をちょっと過ぎて工藤は到着したが夏希の姿はない。工藤にとって夏希が遅刻してくることは想定内であった。

中で立ち読みでもしながら待とうと自動ドアに向かった瞬間、ぐるりと視界が変わったような感じがした。

自動ドアの手前でドアは開いている。だけど、ここには入ってはいけない・・・そう感じた。

日中よりはだいぶ涼しくなっているがそれでもまだ暑いはず。なのに骨の芯まで凍えるような感覚に襲われる。

まるで違う世界に迷い込んだかのような気分。頭の中でぐるぐると回る思考。簡単に明瞭に言うとしたらとんでもなく居心地が悪い。

コンビニから離れようと後ろに後ずさった瞬間、後ろから自分の名前を呼ぶ声がした。

ビクッと体を震わせて後ろを振り向く。

しかしそこにはTシャツに短パンという非常にラフな格好で現れた夏希。

自転車はいつものように投げすれられた。

「はぁはぁ・・・はぁ・・・。」

息を荒げながら夏希は膝に手をついた。

いつの間にかさっきの感覚は消えていた。きっと疲れているのだろう。工藤はそう自分に言い聞かせて夏希に近寄る。

「おっす。」

「ごめ・・・あのさ・・・はぁ・・・はぁ・・・。」

「落ち着いてから喋ったら?っておい?!」

ひんやりとした手が工藤の手首を掴んだ。そして掴んだまま夏希は走りだしたのだ。

振り払おうとも力が強すぎて振り払えない。

それになにより夏希の走るスピード速ぎる。工藤が遅いわけではない。夏希が異常なまでに速いのだ。

「おいどこ行くんだよ?!自転車は?!」

「いいから!!」

何を聞いても夏希はそうとしか答えてくれない。

夏希はどんどんと上を目指していく。

ここの地域は山のようになっていてしたの方は海もあり駅も街もあって栄えているのだが一方上の方は木が生い茂り神社やらがあり過疎化が進んでいる地域だ。

地域で一番でかい神社の石段を登りきったとき夏希はようやく手を離した。

ひぐらしの鳴き声が妙に近くに聞こえる。それも仕方ないか。ここらへんはずっと木が生い茂っているのだから。

ずっと走っていたタメ二人共息があがっている。

工藤は石段に座り込んでシャツをパタパタさせる。

「てか・・・お前足早すぎ・・・。」

いきも安定した頃に工藤はそう夏希に言った。

夏希も工藤の隣に座ってシャツをパタパタしていた。

「一応それで高校入ったからね。」

「え?・・・あぁ推薦の話か。」

「うん。全国とか行ってたらしいよー。」

「らしいって・・・まるで他人ごとだな。」

木々の隙間ら感じる風に火照った体も冷やされる。

何度も聞こうとしてたことが今あっさり聞けたことに少し安心した。

本当に裏手口使ってなくてよかった・・・。

「で、なんでこんなとこ連れてきたんだ?」

そう聞くと夏希は急に暗い顔をした。

「・・・工藤くんも女将さんから聞いたよね?なりすましの話。」

「あ・・・あぁ。それがどうした?」

「気のせいかもしれないんだけど・・・。この街にはもう本物はほとんどいないように思えるの。」

夏希の怯えたような表情から冗談で言ってるわけではないと感じ取れた。

でもイマイチ状況が把握できなかった。

「どういうこと?」

「ここ最近ずっと嫌な感じがするの・・・。なんていうか・・・気持ち悪いっていうか・・・みんなが敵に見えるっていうか・・・。」

うまく言葉に表せない歯がゆさを夏希は感じた。

しかし工藤には理解することが出来た。なぜなら自分もさっきそれを体験したからだ。

「俺も感じた。」

「え?」

驚いたような表情で工藤を見上げる夏希。

「さっきコンビニに入ろうとした瞬間に感じたんだ。その居心地の悪さを。」

「本当?」

「あぁ。」

「・・・よかった。やっぱり工藤くんはニセモノじゃなかったんだー・・・。」

心底安心したような表情を夏希は見せる。

工藤はそのときハッとした。

「だからお前はこの場所を選んだんだな。」

「・・・うん。もし人がいるとこで話したらなやばいかなって思って。」

この神社は年末年始こそは人で賑わうが普段は人があまり寄り付かない神社だ。

内緒の話をするにはうってつけの場所ってことである。

時計を見ればもう6時がきそうであった。

あたりも暗くなり始めてセミの鳴き声も少なくなった。

「家に帰ったらね・・・お父さんとお母さんも何か変だったの。」

「え?」

「何かが違ったの。それにね、小橋川先生もマスターも女将さんも・・・全員おかしいんだよ。」

小橋川については工藤もわかっていた。

しかしマスターたちもおかしくなっていたとは初耳だ。

「私たちも・・・いずれ・・・。」

それ以上は夏希は言わなかった。いや、言えなかった。

街のほとんどの人がニセモノになっていたとすれば・・・もちろん自分たちだっていずれはニセモノになる可能性がある。

「私・・・怖い・・・。どうすればいいのぉー・・・。」

工藤のシャツを握り締めながら夏希は今にも泣きそうな顔をしていた。

そんな夏希のことを見てられなくなった工藤は夏希を抱きしめようと腕を伸ばしたその瞬間―

「離れなさい!!」

女の人の鋭い声が聞こえて腕を止める。

そしてふたり同時に声のする方へと顔を向けた。

神社の前にはおそらく中学生くらいの少女とちゃらそうな男が立っていた。

「だ、誰ですか?」

夏希は怯えた声でそう言った。

黒髪の少女のほうはちゃらそうな男のぼそぼそっと何かを言ったと思ったら急に男がこっちに向かて走ってきた。

「うわ?!」

「工藤くん?!」

一瞬にして腕を後ろに回されて手錠か何かをかけられ男に担がれる。

あまりに一瞬の出来事で抵抗する隙もなかった。

「ちょ、なにすんだよ!」

「おとなしくしろってー。俺、助けてやってんだから。」

「はぁ?!」

男のいうことは意味が分からなかった。

「く、工藤くんを離して!」

夏希が拳を握りしめて男に立ち向かおうとしている。

さっきまでニヤニヤしていた表情が一気に冷め男は夏希を遠慮なく蹴飛ばした。

「レイ!」

「わかってるわ。早く先に行きなさい。」

レイと呼ばれた少女の片手にはドラマで見るような拳銃が握られていて倒れ込んでいる夏希にその銃口を向けていた。

男は俺を担いだまま石段を降りていく。

「か、笠原ぁああ!!!」

「おいおい暴れんなよー。落ちるぜ?」

「るせぇ!!てめぇ何者なんだよ?!」

「まぁまぁ後から全部話すからまずは大人しくしてろって。」

男がそう言った瞬間横っ腹に鋭い痛みが走って体中に力が入らなくなる。

「ちょっと寝てて。」

追う者

工藤が目が覚めたときには風景はすべてちがった。

パソコンやら何らかの機械やらある部屋。

液晶の中でスパイが確かこんなふうなところで作戦を練っていたことを思い出した。

「ここ・・・は?」

「私たちの基地。」

体を起こそうとしてもいいように動いてくれない。頭もまだぼーっとしている。

基地?何の話だ?

てか、俺なんでこんなとこに・・・。

「笠原?!」

「急に動かないの。ったく・・・リュウがスタンガンなんて使うから・・・。」

あの時夏希に向かって銃を向けていた少女がキーボードを叩きながらため息を吐く。

リュウとは多分さっきのチャラ男のこと。工藤はリュウにスタンガンをくらわされていたのだ。

「ってめぇ・・・笠原をどうした?!」

少女は手を止めて工藤の方へ振り返る。

長い黒髪と綺麗に整った顔。しかしやはりどことなく幼くて中学生くらいだろうと印象付ける。

「笠原夏希はもういないわ。」

「・・・まさか・・・お前が殺したのか?」

「はぁ?私がなんで一般人を殺さなきゃならないのよ。」

殺気だった工藤を見ながら呆れた表情の少女。

そのとき扉が開いてあのチャラ男が入ってきた。

「お、起きたか工藤悠斗くん?」

「なんで・・・俺の名前を・・・。」

金髪が印象的で耳にはピアスがあきまくっていて服装もチャラチャラしていてそこらへんの駅でナンパしてそうなチャラ男。

そんなチャラ男は俺にペットボトルのジュースを渡してきた。

中ではシュワシュワと泡を立てていて工藤に飲みたいと思わせる。

しかし誘拐犯からもらったものを簡単に飲めるわけもなくてペットボトルを俺が寝かされていたソファーに置く。

「飲まないの?」

後ろを振り向いてないのに何故飲んでいないことがわかったのだろうか。

パソコンのキーボードを叩きながら少女が問いかけてくる。

「どういうつもりだ?俺をどうすんだ?」

「何その言い方?私はあなたを助けたのよ?感謝して欲しいんだけど。」

キーボードからマウスに手を動かして何かをポチポチと押している。

工藤の場所からは少女が邪魔してほとんど画面を確認することはできない。

「まぁまぁ。悠斗も混乱してんだ。ちゃんと説明してあげないとかわいそうだろ?」

コイツいきなり呼び捨てかよ・・・そう工藤は思った。

チャラ男の言葉に少女はぴたっと動きをやめて回る椅子だったのかクルッと回転してこっちを向いた。

一瞬見えた画面にはいろんな人の顔写真が映っていたのを工藤は見逃さなかった。

「・・・なんだよその画面。今までさらったやつらの名簿かぁ?」

皮肉っぽくそう言った工藤だが少女は全く平然な顔をしてチラッと画面を見た。

「その逆よ。」

「は?」

少女の言葉は意味がわからなかった。

足を組んで背もたれに少女はもたれた。

「今から全てを説明するわ。本当は言ったらダメなんだけどこうなってしまった以上あなたにも協力してもらわなきゃいけないの。」

「協力?」

少女は自分の髪の毛を指で一回とく。

そして少女はクルッとまた回転して机の上から何か手帳のようなものを取ってこっちにまた体を向けた。

同じくチャラ男も手帳のようなものを取り出していた。

「私は、国際警察特殊課自然保安部西日本支部のレイよ。よろしく悠斗。」

「俺は西日本支部の支部長を務めているリュウです!よろしくな悠斗!!」

聞きなれない単語が飛び交って悠斗の頭は整理がついていない。

国際警察?西日本?こんな子供が警察になんてなれるのだろうか?

「本来なら試験やらなんやらを受けないと国際警察には入れないし、年齢だってある程度必要よ。だけど自然保安部は国際警察の中でも特殊中の特殊。年齢制限なしの代わりにある条件を満たさないとならないの。」

「ちょ・・・待って。国際警察ってあれか?FBIとかなのか?」

「FBI?ハッ!あんなポンコツと一緒にしてもらっては非常に不愉快だわ。」

少女は鼻で笑いながらFBIをけなした。工藤は少しイラッときたがここで口を出しても話は進まないのでグッと我慢した。

「レイはああ言ってるけど、国際警察の表面はFBIと同じようなもんなんだ。ただその中の特殊課というのは世界中の極悪犯罪を取り扱っていてそこにはさっきも言ったように年齢制限とか人種とか全く関係がない。いるのは力なんだ。」

「自然保安部は名前からしてショボそうだけど一番入るのが困難なの。ほかの部は努力次第で入ることは可能かもしれないけれど自然保安部だけはそうはいかない。生まれ持った才能が必要。これが」

「霊感さ。」

レイが言おうとしていたのにかぶせてリュウが爽やかな声でそう言った。レイの表情はすごく歪んでまるで般若のお面をかぶっているように見えた。

この言葉に余計に工藤の頭は混乱した。

え?今・・・なんて?レイカン?そんな非現実なことを・・・。

「霊感って言うけどひゅーどろどろーとかそんなしょぼい奴らの相手なんてしない。俺らはもっと強い奴らの相手をすんの。」

お化けのポーズなのだろうか。リュウは両手を胸の前にもっていき手首からだらんとたれさせた。

レイは呆れたようにため息を突いてリュウの後頭部にパンチをくらわせた。

「そういう非現実的なものを使って極悪なことをしようとするやつがいるの。まぁ法律でも憲法でも幽霊等の悪用は禁止って書いてないから別に違法はしていないんだけどそ.、そんな輩がいたら世界が何個あっても足りないでしょ?だから極秘に調べて極秘に捕まえて極秘に処刑すんの。」

「しょ、処刑?!処刑って・・・。」

「殺しちゃうんだ。ザクっとね。」

親指を立てて首を切るような仕草をリュウはする。表情は相変わらず笑っていた。

「法律に反してないのに死刑なのか?裁判は?刑期とかないのか?」

「そんなのあるわけないじゃない。あのさ、言ったでしょ?極悪なことをしたら捕まるの。多少のことなら許されるわけ。例えば・・・誰かに呪いをかけたとかはセーフ。だけど国全体に呪いをかけたはアウト。相当なことがなければ私たちは動かないし、動けないの。分かる?」

つまりおおごではなければセーフで、おおごとになりそうだったらアウトらしい。

それはすべて自然保安部長が決めることらしく下っ端が勝手に動くことは固く禁止されるらしい。

「自然保安部には霊感があり、ある程度力があるものじゃなければ入れない。逆を言えば力を持っていたら強制的にもここへ入れられる。」

「抵抗したら?」

「そういう強い力をもってる人を野放しにしてたら危ないじゃない。だから処刑。殺されるか、働くか。どっちかしか選べないの。」

「そういえばレイって殺されそうぎゃふん!」

「あんたは黙ってな!」

リュウは床に力なく倒れ込んでいて隣にはいつの間にか立ち上がっていて拳を握りしめているレイがいた。

それにしてもリュウはよく殴られる。この二人の関係がよくわからない。

倒れこんでいるリュウを放置してレイはドスンと座る。

「話を戻すわ。今、あなたの街でドッペルゲンガーが大量発生してるのは知ってるわよね?」

「あ・・・あぁ・・・。え?まさか?!」

工藤の頭の中でバラバラだったピースが合わさり始めた。

レイは満足そうに少し笑った。

「そのまさか。ドッペルゲンガーは本来すごく珍しい生物なの。なのに数週間前からドッペルゲンガーの目撃情報が多発した。誰かがドッペルゲンガーを産み出し操っているとみて私たちは調査をしていたの。だけど、まさかこんなにも早くいろんなところで入れ替わりが起こるなんて私たちも想定してなかった。西日本では今はこの地域だけだけど私たちが到着した時にはもうほとんどの人が入れ替わっていたわ。」

世界中各地域でドッペルゲンガーが多発して対応に追いつかないという。それに被害はどんどん拡大していってとある国はもう全国民が偽物になる直前だという。

「ドッペルゲンガーを見分ける目は俺らは持ってるから平気なんだけど一般人じゃまず見分けられない。まぁ体温が低いくらいが見分ける方法かなー。てか、ドッペルゲンガーは身内から狙うみたいで、悠斗はひとり暮らしの上にあまり人との関わりをもってなかったから助かったんだな。」

いつの間にか復活したリュウがうんうんと頷きながら自分の言ったことに自分で納得していた。

レイは小さく舌打ちをしていたが誰にも気づかれていなかった。

「悠斗はあの地域最後のホンモノ。私たちが来なかったらホント危なかったのよ?わかるかしら意味?」

馬鹿にしたような上から目線でものを言われて悠斗の顔がひきつる。

その瞬間、レイのさっきの言葉に違和感を感じた。

「・・・最後?」

「えぇ。貴方がさっき一緒にいた笠原夏希はすでに――」

レイの言葉が耳に入ってこなかった。もうその続きはわかっていた。

よく考えればさっきリュウが言っていた言葉。―体温が低い―

夏希の手は確かに冷たかった。でも本人は冷え性だと言っていた。あれはウソだったのだ。

悠斗は頭がいいゆえに嘘だと思いたくても頭の中で理解してしまう。

「・・・実はね、私まだリュウにも報告していないことがあるの。笠原夏希について。」

「は?!お前逃げられたんじゃなかったのか!?」

リュウは大げさなまでに驚いていた。

「逃げられたのは確かよ。問題はその前の出来事。」

レイは目を閉じて静かに話しだした。

出来損ない

足元に倒れこんでいる夏希に向かって制服のような格好をしたレイが拳銃をつきつける。

傍から見ればそれは異常な光景で何かのドラマの撮影かと思わせる。

「私は国際警察の者よ。あんたの主人はどこ?」

「げほ・・・はい?」

蹴られたお腹を抑えながら夏希はレイを見上げる。見上げた先に見たことのない物がこっちを向いていて思わず小さく悲鳴をあげてしまった。

「とぼけたって無駄。貴方がドッペルゲンガーってことくらいわかってるのよ。」

得意げに笑った。しかし夏希は頭をかしげていた。

「ど・・・?何ですか・・・それ。」

「はぁ?ふざけてんのあんた。・・・まぁいいわ。私の目は誤魔化せないから。」

銃口を夏希の額に近づける。

夏希は怯えたように後ずさった。

ここでレイは違和感を感じる。ドッペルゲンガーは基本的にはめずらしいものだからあまり問題は起きないがその性格は凶暴で正体がバレるようなことがあれば襲ってくると聞かされていた。

なのにこのドッペルゲンガーは襲ってくるどころか怯えてしまって動けないようだ。

本当に人間・・・?いや、でもこの街には工藤悠斗以外はホンモノはいないはず・・・。

夏希に銃口を向けたままレイは夏希の頬に手を当てる。

「・・・冷たい。」

「わ・・・私冷え性で・・・。」

冷え性だとしてここまで冷たいことはない。やはり夏希はなりすましだ。

レイは腰につけていた小さいバックから注射器を取り出す。サンプルを持って帰ろうとしているのだ。

「私・・・死にたくない・・・。」

「ハッ!よく言えたもッ?!」

注射器が誰かによって奪われた。見ればいつの間にかレイの後ろには老夫婦が立っていた。

その瞳は鋭く今にもレイに襲いかかりそうだった。

「オ前ハ誰ダ?」

レイは夏希から離れて老夫婦から距離をとる。仲間を呼んでいたのか。

老父が注射器を握り潰した瞬間、老婦がレイに向かって走ってくる。その手には釜のようなものが握られていた。

「どこの昔話なのよ!!」

すかさず拳銃を取り出して老婦に向かって発砲する。

普通の拳銃なんかこういう奴らには意味をもたない。レイが持っている拳銃の銃弾は特別なもの。

こういうやつらにも効くような特注品なんだが正直この弾が相手に効くかどうかは定かではないらしい。

種類によっては死ぬものも出るらしいが、最悪の場合輪ゴムで肌をパチンとされた感覚くらいの攻撃にしかならないという。

これはレイの賭けだった。もし効かなかったら渡してきた部長を呪うだけだ。

「あ、あれ?」

「グアアアアアアアア」

「まじ?ふふ・・・これとっても効果抜群じゃないの。」

一発しか撃っていないのにに老婦はうめき声を上げながら砂となり消えてしまった。

死んだのではない。あくまで消えただけ。

「オマエハダレダ?」

老父は相変わらず敵意むき出しでレイを睨んでいる。

「ご主人様に伝えなさい。国際警察が動き出した、あなたはもう逃げられない・・・ってね!!!」

おろしていた銃を老父に構まえて一気に撃った。

しかし相手も撃たれっぱなしではない。銃弾を交わしてこっちに飛びかかってくる。

「きゃあ!?・・・なぁんてね。」

老父の握りこぶしがレイの顔面に当たる瞬間、レイは笑った。

拳とレイの鼻との間わずか10センチもない。だが老父はピクリとも動かない。まるでそこで動画が終わったかのよう。

「化け物とは化け物としか戦えないでしょ?」

「ナニヲ?」

「バカにはわからないみたいね。呪符って知ってるかしら?」

よくみればレイの足元にはミミズのような字やマークが書かれている御札が置かれていた。

「さようなら。」

拳銃を構えて一瞬のためらいもなく老父の額に撃ち込む。撃ち込まれた老父は見にくい悲鳴をあげながら砂となり消えていった。

「・・・あ、やっば。」

足元の呪符を拾った時にレイは落胆する。今の騒動のあいだに夏希に逃げられたのだ。

本当はレイは夏希のサンプルを持ち帰りたかったのだが本人に逃げられてしまえばもうどうしようもない。

レイはため息を吐きながら下で待つリュウのもとへ向かっていった。




「この銃弾効くの?!マジかよー!!」

リュウは興奮気味に自分の拳銃を眺めだした。どこから出したのかイマイチわからないが。

「私思ったの。・・・夏希って出来損ないなんじゃないかしらって。」

「出来損ない?」

リュウが拳銃を構えながらレイの言葉を繰り返す。

「そう。入れ替わったのはいいけどどこかの表紙で使命と正体を忘れるなんて・・・出来損ないに決まってるわ。」

「ただの演技じゃねぇの?」

「ドッペルゲンガーはプライドがすっごく高い化け物なのよ?戦いふっかけられて黙っているような輩じゃないわ。」

「じゃ・・・じゃあホンモノなんじゃねぇの?」

工藤がそう言うがレイはヤレヤレと首を振った。

「あいつは確実になりすまし。それだけは変わらない事実なの。」

「そうだぞ悠斗、レイの言うとおりだ。俺らを信じろってぇー。」

リュウは馴れ馴れしく悠斗と肩を組む。勿論右手にはあの拳銃が握られたまま。

悠斗は反射的にリュウから離れてソファーから立ち上がる。

「し・・・信じられっかよ!ドッペルゲンガーとか国際警察とか・・・いっみわかんねぇし!」

頭に血が上ったように大声で叫んだ。

悠斗の脳ではもう理解できないし、したくもなかった。

「大体そんな非科学的なものいるわけねぇだろ!」

「証拠は?」

「は?」

見たものをすべて氷漬けにしそうな冷たい目線がレイから悠斗に浴びせられる。

以前足は組まれたままで悠斗を見上げる。

「そんな非現実的なものがいないという“証拠”は?」

「いるっていう証拠もねぇじゃねぇかよ。」

悠斗の言葉にレイは呆れたように、馬鹿にしたように笑った。

「私、今までずっとあなたはもっと賢い人間だと思っていたわ。・・・今まで貴方が見てきたことはだったら何なわけ?」

「そ・・・それは・・・ん。」

レイの言葉に悠斗は口を閉じる。悠斗は自分でも自分のことをほかの人間とは違う頭の人間だと思っていた。

わからない問題なんてないし、教科書を一回読めば大体のことは把握できた。

しかし今回ばかりはわらないことだらけすぎる。だから不安で仕方がないのだ。

自分の知らないことが自分の知らないところで起きているってことだけわかっている。それがとてつもなく不安でしかたがないのである。

ドッペルゲンガーと霊感とか呪符とか悠斗にとっては馴染みのない言葉。知らないし、知ろうとも思っていなかった。

それにそんな非現実的なこと漫画や映画の中の出来事だって思っていたし現実に存在するなんて考えたこともなかった。

思えば、あの日からだ。夏希と出会ったあの瞬間から、悠斗は今までに感じたことのない感覚に囚われていた。

勉強とかは教科書に書いてある。しかし、この胸のざわめきは自分の知識のなかにはない。

「あ、本部からだ。」

突如なりだした電話音にリュウが反応してヘッドフォンにマイクがついたものを装着した。

リュウはなれたように英語で対応していてその見た目からは想像もできないほど流暢な英語であった。

悠斗もそれなりに英語はできる方なのでリュウの言っていることは聞き取れたが相手が何を言ってるかはヘッドフォンをしていて何も聞こえなかった。

電話が終わったのかリュウはヘッドフォンを外した。

「要件は?」

「いやさっきレイが笠原夏希が出来損ないではないかって話したとき同時に本部にも報告しといたんだよ。その結果報告?」

いつの間にリュウが本部に連絡をしていたのか悠斗は不思議に思った。そう思えばさっきから携帯をいじっていたがまさかそれなのだろうか?

リュウは立ち上がってガタガタ言い出したプリンターの前に立った。

「ほら、これが笠原夏希の情報。」

一枚のA4の紙には夏希の写真と何やら文字のようなものがびっしりと書かれていた。

レイはその紙を受け取ると食い入るように見ていた。

「・・・なんだよ、それ。」

「俺らも大体のことは検索かければ知れるんだけど詳しい個人情報は出てこないんだ。プライバシーがどうたらこうたらって。それで本部に話をつけて笠原夏希の情報をすべて私てもらったんだ。それがあの紙。」

レイは紙をもう読み終わったのかその紙を裕翔に差し出した。

「読む?」

「いや、いい。」

「レイ、おもしろいことは掴めたか?」

「・・・えぇ。」

リュウの言葉にレイはため息勝ちに答えた。

レイはクルッと椅子を回転させて画面の前に体を向ける。そしてマウスを動かして画面いっぱいに夏希の写真が出される。

「悠斗、聞きなさい。」

顔だけ悠斗のほうへ向ける。

「これはホンモノの笠原夏希。そして・・・。」

キーボードを叩きながら画面が何度か入れ替わる。

一番大きくキーボードがなったとき画面に映し出されたのは笠原夏希の全身の写真。そして、そのとなりにもまったく同じ笠原夏希。

なぜ同じ夏希の写真を並べるのかと一瞬悠斗は頭をかしげたがすぐに答えは浮かんだ。

「さぁて、どっちがホンモノ?」

「え・・・んなもん・・・。」

わかるわけがない。全く同じ人間がふたり並んでいるのだから。

「意地悪な質問だったわね。ドッペルゲンガーってどこの言葉か知ってる?」

「・・・ドイツだっけ?」

「そう。意味は?」

「・・・そこまでは・・・。」

レイは悠斗に体ごと向いて微かに笑った。

「写鏡。」

「うつし・・・かがみ?」

悠斗がその言葉を繰り返すと同時にレイはまたパソコンに体を向けた。

「ほら見なさい。」

手招きされて悠斗は画面に近寄る。

画面には二人の夏希の手がアップに写っている。

「右の笠原夏希は左手にペンだこがあるわ。なのに左の笠原夏希には右手にペンだこがある。」

悠斗は記憶をたどる。自分が知っている夏希はたしか・・・。

「これだけじゃないわ。」

マウスを動かしながら一度夏希の全身の画像に戻る。そしてさっきまで服を着ていたのに一気に下着姿にまでなってしまった。

悠斗は慌てて目線をそらすが一瞬自分の目に映った“モノ”に疑問を抱く。・・・・なんだ・・・あれは?

レイの表情は少し怒っているようにもみえたが悠斗は気にせずにもう一度画面に目を移す。

「・・・な・・・んだ?」

「悠斗・・・ホンモノはどっち?さっきぺんだこのことで分かったんでしょう?さぁどっち?」

悠斗は言葉が出なかった。レイがいうようにさっきのペンだこの時点で左の夏希がホンモノなんだろうってことはわかった。

だけど・・・なんでホンモノの夏希の腹部には複数の傷跡があった。普段は服に隠れているところにいくつもいくつも。

「なんだよ・・・これ・・・。冗談もいたずらも程々にしろよ。」

「ニセモノの夏希には傷跡はないわ。なぜならドッペルゲンガーは見たまんまを映し出す鏡。視えない部分なんて到底写し出せないの。ホンモノの夏希はね」

ここで一旦と止まる。

悠斗は聞きたくないと耳を塞ぎたくなったがそれはもう遅かった。

「虐待されていたの。」

待遇

虐待なんて言葉、悠斗には縁のない言葉であった。

悠斗の両親はかなりの過保護であり、幼いころから必要以上に甘やかされて育てられた。

それほど甘やかされたのに悠斗がグレていないのはそれこそ両親の教育のたわものであろう。

悠斗が中学2年の頃、突如決まった海外転勤。

本来は母がもっと昔に転勤が決まってたらしいのだが父が行かないなら行かないと蹴っていたものだ。

父もそれなりに昇格してふたり揃って海外に転勤となった。

悠斗も連れて行くはずだったのだが、自分一人で生きてみたいと感じており一人日本に残った。

毎月多額の仕送りが送られてくるがそれをすべて貯金して悠斗は自らが働いたお金で生活している。

だから高校にもめったに行けなかった。まぁせっかく入った高校だし留年するのも嫌だし2学期からは真面目に行こうかと考えていたところであった。

「ぎゃ・・・くたい?」

「まぁ親ってそんなもんしょう。」

妙にあっさりとしているレイ。リュウもそうだよなーと呟きながら携帯を開いた。

二人の反応に悠斗は納得がいかなかった。そこは同情するとこではないのだろうか。

「てか、そろそろ信じて私たちの言うこと聞いてくれる気にはなった?」

画像を消しながら悠斗にそう問う。デスクトップは古びた神社に女の子の絵が描かれているとても幻想的な画像でとてもレイには似合っている。

悠斗はソファーにどかっと座り込んで水滴をまとったペットボトルを手にとった。

「信じなきゃことは進まないんだろ?」

ぷしゅっといういい音が耳をこだまして乾いた喉がなる。

レイは満足そうに笑った。

黒い炭酸飲料を一気に喉に流し込む。シュワシュワという心地いい刺激が喉を刺激した。

「そうと決まれば着替えてもらわなきゃね。リュウあんたの服貸してあげなさい。」

「ん?あ、ごめんレイ。本部からもうすぐ連絡入るみたいでそれ取んねぇといけねぇからレイが案内して。なんでも好きなもん着りゃ良いから。」

リュウはレイの前にあるパソコンとは違うパソコンの前に移動して何やら作業をし始めた。そんなリュウを見ながらレイは小さく舌打ちをした。

「わかったわよ。・・・こっち。」

椅子から立ち上がって扉に手をかけるレイ。

「い、いや、なんで着替えるんだ?」

「いいから言うこと聞け!」

手首を捕まれて強制的に引っ張られる。なんていう握力なんだコイツ・・・。

扉からは冷房とはまた違う涼しい風が入って来た。

さっきの部屋はほんとどこかの基地のような部屋であった。窓も一つもないし、あるのはパソコンやら画面やら機械やら。

しかし、一歩外に出ればそこには古き日本の姿がそこにあった。

悠斗は何も言えずにただ中庭を見つめていた。岩や木、盆栽や池。ここまで立派なものを見るのは生まれて初めてだった。

「何してるの?ほら、こっちよ。」

「ここほんとにどこだ?」

「・・・別荘みたいなとこ。」

聞こえるか聞こえないかくらいの小さな声でそう呟いた。

え?と聞き返そうとしたときにはもう遅く耳を捕まれて隣の部屋に押し込まれる。

「好きなものを選んで着替えなさい。私は外にいるわ。」

レイはそう言ってふすまを閉めた。

悠斗が押し込まれた部屋は畳の和室。この部屋には似合わない洋風のクローゼットがいくつか置いてある。

そこまで広くない和室は衣装部屋のようだ。

悠斗は一番近くのクローゼットを開けて服を見た。見た感じあの男の趣味丸出しでチャラチャラした服が多かった。

自分のキャラではないがここで断ったらきっとまたレイに怒られると感じた悠斗は仕方なく一番地味そうな迷彩柄のツナギを出した。

「ここにある服は配布されたものなの。」

着替えようとしたときレイが話しだした。

「動きやすいし丈夫だし、それにいろいろ入るから便利なの。デザインはあっちの人が考えるんだけどなかなかいい趣味でしょ?」

確かにツナギには隠しポッケとのようなものがいくつもある。明らかにここに銃入れるだろというポケットまで存在した。

「あなたたち一般人は知らないだろうけど、私たちは一応危険物なのよ。」

「危険物?」

「そう。第一級の危険物。こっちの世界じゃ国際指名手配犯のようなもの。幼い時から知らない冷たい環境で過ごしてきたの。」

何故レイが今こんな話をするのかわからない。

「どうしたんだ急に?」

「知っておくべきでしょう?私たちは存在自体が罪なの。利用されて・・・殺されるがオチ。」

かける言葉が見当たらず悠斗は黙った。

レイはまだ続ける。

「私たちの存在を知った時点であなたに普通の人生が訪れない。そのことを知っておきながらあなたを助けた。・・・もう本部にも知られて後戻りはできない。」

「・・・わかってる。なんとなくそんな気がしてた。」

「あなたは本当に利口ね。嫉妬しちゃう程に。」

レイは自虐的に笑った。見た目はまだ幼い少女だ。こんないたいげな少女を苦しめるものとはいったいなんなのだろうか。

死への恐怖なのだろうか。それとももっとほかに何かあるのだろうか?

着替え終わった悠斗は自分の服を持ってふすまを開けた。

「きゃあ?!」

ふすまにもたれていたのか開けた瞬間レイが部屋の中へと倒れてきた。それを支える程の反射神経を悠斗はまだ兼ね備えておらずレイは大きな音を立てて倒れた。

「いったぁーい・・・もういきなり開けな・・・どうしたの?」

レイが見上げる先には目線を空して気まずそうな顔をしている悠斗の表情があった。

物音を聞きつけたのか隣でリュウがどうしたんだ?と言っている。

「あ・・・あの、スカート・・・。」

眉間に手を当てながら悠斗がそう言った。レイは訳がわからず自らの下半身を見る。

ちょうどそこにリュウが顔を出した。

「い、いやあああああああああ!!!」

悲鳴とともに男二人の体に衝撃がはしる。頬が尋常じゃないくらい熱い。

レイはいつの間にかどこかに消えてしまっていた。

「な・・・なんで俺叩かれたんだ?」

リュウは頬を抑えながら困ったような表情をしていた。悠斗ももちろん頬を抑えていたが理由は分かっていたのでため息を吐いた。

「・・・女の子の事情ってやつじゃないですか?」

「そう・・・。あ、てか悠斗お前似合ってるなぁーそれ!」

叩かれたことはもういいのか片方の頬だけ赤くしたリュウが悠斗の服を見て笑顔になった。

でもリュウ的に何かが物足りないらしくもう一度部屋に押し込まれる。

そこでアクセサリーを付けられたりしたがほとんど悠斗の意思で外した。

「さて・・・レイ探しに行くかぁー。」

廊下にもう一度出てみるとレイは隣の部屋から出きた。

しかし様子が少しおかしい。

その表情はいつもの無愛想で見下したような表情はしてなく何か困ったような顔をしていた。

「どうしたんだ?」

リュウがおどけたように聴いてみる。

「・・・本部から連絡がきた。被害が拡大したって・・・。」

「・・・は?」

「悠斗がこちら側にいるからだと思うの。・・・うかつだったわ・・・。」

壁に力なく倒れ込んだと思ったらいきなり自分の頬を叩いた。

「こうしちゃいられない!!リュウ、悠斗行くわよ!!」

「了解!」

レイたちが言うには今までの調査で街の人間が全員なりすましに変わらないと付近の地域への被害はなかったらしい。

だから最後のホンモノ、悠斗さえ保護していればとりあえず被害は抑えられると思っていた。

しかし、それは予想外にも被害は拡大していってるらしい。

行動

いきなりの展開に悠斗は戸惑う。一応今の状況は把握できた。

しかしどこに行くのだろうか。どうやってドッペルゲンガーを止めるのだろうか?

とりあえずリュウたちと一緒に車に乗り込む。

「え?!リュウさんが運転するんですか?」

「ん?そうだけど・・・その敬語とさん付けやめろ。」

黒いワゴン車のハンドルを握りながら急にアクセルを踏んだ。

「りゅ、リュウって俺とあんま年齢変わんねぇだろ?」

「年齢ねぇー・・・でも一応免許持ってるしいいじゃん?」

軽くあしらわれたような気がしたが荒々しい運転でしゃべる暇もない。

ちゃっかりシートベルトをしてるレイはもっとスピード出しなさい!とリュウに命令している。

「ちょ、スピード違反で捕まるぞ!」

「いいのよ!この街にはもうニセモノしかいないわ!それに国際警察がそこからの地域警察より弱いなんて思わないでくれるかしら?!」

「しょ・・・職権乱用だぞ・・・。」

「頭がいいって言ってくれる?」

やっとの思いでシートベルトをつけれた悠斗。

レイは椅子のしたのとってを引っ張ってなにやら箱のようなものを取り出した。

「これインカム。マイクはえりにつけて。しゃべりたいときはイヤホンのとこにスイッチあるからそれ押しながら喋って。」

そう言ってレイはインカムセットを渡してきたので悠斗は大人しくつける。そういえばバイトでもつけてるな、これ。

「それとこれ。いざというときに使いなさい。」

レイから渡されたのは拳銃と黒いパイナップル。いわゆる手榴弾と呼ばれるものだ。

「な、なんでこんなもの?!」

「念のためよ。この街はもう違う世界。あなたが知ってるところじゃないわ。すべてニセモノだと思いなさい。友達だろうと恩師だろうと親だろうと危険を感じたらぶっぱなすの。じゃないとやられるのはあんたよ?」

レイは一息おく。

「実はね、犯人の目星ついてるの。」

「え?」

まさか犯人がもうわかっているとは悠斗も驚いた。

「この顔知ってる?」

胸ポケから一枚の写真を取り出して悠斗に見せる。そこにはどこかで見たことがあるようなハゲたおじさんの顔が写っていた。

「レッドキャットの頭領。顔くらいは有名だから知ってるでしょう?」

写真を胸ポケにレイは戻した。

「レッドキャット・・・史上最悪の組織。ヤクザといってもいいかもしれないわね。悪事ばっかり繰り返す日本最大の犯罪組織よ。その頭領が怪しいのよ。」

「マジ・・・か・・・。」

「まさかこいつにそういう能力があるなんて知らなかったわ。本部も見落としていたのでしょうね。」

レイはため息勝ちにそう言った。

悠斗は固唾を飲む。窓の外はいつもと変わらない夜の町並み。

これはすべてニセモノ。そのとき悠斗はハっとした。

「人が・・・いない・・・。」

ここら辺は中間あたりでそこそこ人はいるはずだ。さっきから車を走らせているのに誰一人見当たらない。車さえも通っていない。

「よく見なさいよ。」

レイに言われてもう一度外を見てみる。

すると路地の隙間や家の窓の隙間から鋭い目線がこちらに向かって放たれていた。

「この街に私たちが隠れれる場所なんてないわ。そんなことよりこの街で一番力が強いところへ早く行かなくては・・・。」

「何て言った?」

「ドッペルゲンガーがこの街に入ってくる入口に向かうって行ってんの。うまく隠したつもりなんでしょうけど・・・甘かったわね。」

にやっと笑うレイ。

できる限り敵には回したくないと心から思った。

「おい掴まれ!!」

リュウがいきなり声を荒げた。

見れば後ろからパトカーが何台も追いかけてきてる。

「う、嘘だろ?!」

「飛ばすぜぇええええええ!!!」

アクセルを思いっきり踏んでいるリュウの表情は心なしか楽しんでいるように思えた。

今まで感じたことのない揺れに車酔いをしそうになる。

パトカーはそれでも追いかけてくる。

「リュウ大丈夫なの?」

「平気へい・・・っと、やっべ。」

ハンドルを握る手に力をいれた。

車の進行方向の先には多数の人間がホウキや包丁、武器のようなものを持って待ち構えていた。

路地に抜けようともここは一直線の道であり、このサイズの車が抜けれるような道は何もない。

「ちょ、どうすんだよ?後ろにはパトカーも迫ってるし。」

揺れる車にしがみつきながら悠斗は言う。

リュウは上唇をぺろっと舐めて笑う。

「もちろん進むしかないだろおおおおおおおおおおお!!!」

「うわあああああああああああ!!!」

目の前にいる人間がたとえ全員ニセモノで化け物だったとしても悠斗には殴ることなどできやしなかっただろう。

しかしこの男は引くことさえも躊躇せずやってみせたのである。

車が人を乗り越える感触や悲鳴や嫌な音が車中にこだまする。

「はっはぁ!強行突破成功だぜぇ!!」

「「もっと優しく運転しろ!!」」

レイと悠斗の声が重なる。

さすがのレイも今の衝撃には耐えられなかった様子でシートベルトも意味をなしていなかった。

座り直しながらレイは後ろを確認する。車が通った場所は綺麗に何も残っていなかった。引かれた衝撃で消えてしまったのだろうか。

かろうじて残っている人間はじっとこっちを睨んだまま動こうとしなかった。・・・レイは疑問に感じる。

なぜ、追ってこない?追いつけないと諦めたのか?それとも罠なのだろうか・・・?

「リュウ気をつけて!これはきゃああああ?!」

すでに時遅し。前方からものすごい勢いで現れた乗用車によって車と車がぶつかった。

ボンネットは凹み、フロントガラスも割れた。

「いってぇ・・・。」

「もう!だから気をつけなさいって言ったじゃない!!」

「言うのおせぇんだよ!ほら降りるぞ!」

歪んだ扉を減りあけながらリュウがそう行った。

後ろの二人も扉を開けて外に出る。

前から後ろからはぞろぞろと人間が歩いてきている。

「あれ・・・どうすんだよ・・・。」

「倒すしか・・・ないでしょう。」

レイとリュウは銃を取り出して敵に構える。

「足・・・引っ張らないでよ?」

「それ、こっちのセリフじゃね?俺、一応支部長だぜ?」

二人は背中を合わせてレイは前方リュウは後方に向かって走り出した。

悠斗はさっきの衝撃で腰が抜け地面に座り込む。

あまりにも現実味のないことで悪い夢でも見ているよう。

「なんなんだよ・・・もう・・・。」

さっきレイに渡された拳銃を握り締める。地域の人間を撃つなんてそんなこと自分にできるか不安に思ったが

「サイゴノヒトリ?」

レイと同年齢くらいの男の子が悠斗の目の前に現れた。瞳は少年がするような目をしていない。

「ご、ごめん!!!」

銃を構えて少年に放つ。見事悠斗の放った弾は少年の額にめり込んで少年は地面に倒れて消えてった。

そっからもうすべてが吹っ切れて立ち上がる。

夢でも現実でもどっちでもいい。今は、生き残るのみ!!

「レイさぁあんん!!」

「悠斗?!」

前方に走っていったレイのほうへ悠斗は走った。

まるで打ち合わせをしたかのようにレイと悠斗は背中を合わせて銃を構える。

「ずっと思ってたんだけど、そのレイさんっていうのやめてくんない?一応歳下よ私。」

「じゃあ、その上から目線もやめてくれるか?一応年上だぞ俺。」

お互いに顔は見えないが笑い合う。

「銃の使い方は分かる?」

「昔、練習してたときあったんだ。」

「モデルガン?」

「いや・・・ホンモノ!!」

話に水を差すように襲ってくるニセモノたち。

撃てば消えてしまうが、それでもキリがない。

一般人ながら銃を器用に使いこなす悠斗。

訓練で鍛えた身体能力で銃を使わずともどんどん倒してくレイ。

ほんとどこかの映画のようであった。

再び二人は背中を合わせ合う。

「まったく・・・何匹いんのよ!」

そのときイヤホンから声が聞こえた。

「二人共生きてるか?」

リュウからだ。

「物騒なこと言わないで。そっちは?」

「はっは。キリがねぇ。」

「こっちも。二人がかりでもダメ。」

「二人がかり?なんだ、悠斗もいるのか?」

「まぁな。」

悠斗もイヤホンを片手で抑えながら喋る。

そのあいだにもドッペルゲンガーは襲ってくるのでかなり雑音は混ざる。

「しゃぁねぇ・・・。レイ、一気に片付けるぞ!」

「了解。」

レイはイヤホンから手を離す。

「悠斗。今からリュウが後方の敵をこっちに連れてくるわ。しばらくの間、一人で相手しててね!」

「は?!」

驚いた時にはもう遅かった。レイは闇に消え向こうからはリュウが決死の表情で走ってきた。

「悠斗ぉおおお!!合図したらこっちに来いよおおおおおおおおお!!!」

リュウはそう言いながら悠斗のとなりを走っていった。

意味がわからなかったが、とりあえず全員の目的は悠斗らしく全員の目が悠斗に向けられる。

ここはレイたちを信じるほかないようだ。

銃弾が切れ、一瞬で弾を入れ換える。非常に慣れた手つきだ。

「かかってこいやぁあああああああ!!!」

悠斗がそう叫ぶと同時にドッペルゲンガーたちが一斉に襲ってくる。

銃を握りしめて四方八方デタラメに撃ちまくる。狙っている暇なんてない。とりあえず撃って撃って撃ちまくる。

老人、青年、お姉さん、幼い子供たちまでも悠斗を理不尽に襲ってくる。

そのとき、イヤホンからレイの声が聞こえた。

「準備完了。全力で走って!!」

悠斗は助かったと呟きながら先ほどレイたちが向かった方に拳銃を向けてぶっぱなす。一瞬出来た隙間を走り抜けて一直線に走る。

もちろんドッペルゲンガーたちも追いかけてくる。その足の速さは尋常ですぐにでも捕まりそうになる。

「悠斗!!」

前方に見えたレイとしゃがんだリュウの姿。あんなところで何をしているのだろうか。でも、今はアイツらを信じて走るしかない。

悠斗は力を振り絞って地面をける。

勢い余ってリュウのとなりを通り過ぎる。

一瞬見たリュウの目は鋭く、さっきまでのチャラチャラした感じは一切しなかった。

よく見れば、リュウの周りには円状に御札のようなものがはられていた。

「・・・消えろ。呪法!!!」

リュウがそう叫んだと同時にどこから吹いているのか風が巻き起こる。

ドッペルゲンガーたちのほうを見れば苦しそうな表情をしながらひとりひとり確実に消えていくのが見える。

数秒のあいだにあれほどいたドッペルゲンガーはすべていなくなってしまった。

「・・・まじかよ・・・。」

「私の御札とリュウの呪法は相性がイイの。」

「俺だけだと一匹くらいしか倒せないんだよなー。はっはっは。」

立ち上がってこっちを向くリュウの表情はさっきの表情が気のせいだったのではないかと思わすくらいヘラヘラしていた。

しかし、こんな間近で非科学的なことを見せつけられては一般人は驚くしかない。

いきなり風が起こったり、いきなり消えてしまったり。

「わっけわかんねぇ。」

「世界は広いのよ?わけわかんないことくらいたくさんあるわよ。あなたの価値観で物事を見ちゃダメよ。」

大人っぽい考え方をするなと悠斗は思った。が、それも一理あるな。

「さぁ、早いとこ行きましょ。ここに居てもいずれ襲われる。」

「そうだな。走ろうぜ!」

リュウが先導を切った。悠斗は拳銃をしまってそのあとをついて走る。

走りながらレイはずっと悠斗を見ていた。

その視線に気づいた悠斗は何?と聞く。

「さっきは戦ってたから聞けなかったんだけど、なんで拳銃なんて使えたの?」

「え?あぁ、幼い頃練習したって言わなかったっけ?」

「それは聞いた。ホンモノで練習してた・・・って。」

「ホンモノ?!お前、一般人だろ?」

リュウがスピードを落として悠斗とレイのあいだに入ってくる。

「俺の両親が警察の人なんだ。それで、両親に無理やり練習を・・・。」

「え?それってアリなの?ていうか、あなたの両親って海外に転勤になったんじゃ・・・?」

「だから昔、って行っただろ?両親は今はFBIの人間なんだ。」

「「FBI?!」」

さすがの二人も驚いているようだ。妙に頭が切れて状況把握も早いのは親譲りだったのかと少し納得もした。

そういえばはじめの方も警察がどうたらとか言ってたっけ・・・。

悠斗は幼いころから拳銃とか手錠とか見た事があった。悠斗が一回、触らせてと言ったのがきっかけで両親はそれから悠斗に拳銃の使い方を教えるようになったのだ。

本当はいけないのだが、それは権力でなんとかしてよく練習場に連れて行かれていた。これこそまさに職権乱用。

「・・・おかしいと思わないか?」

しばらく走っているとリュウがそう言った。

「えぇ・・・おかしいわね。」

「確かに。なんで襲って来ないんだ。」

さっきから走っているのにも関わらず一向に敵は現れない。夜のしじまに悠斗たちの呼吸音だけが響く。

夜で外気は涼しいが、走っているとやはり暑苦しい。汗を拭いながら走り続ける。

「どこに?」

「海の祠って知ってる?」

「知ってるけど。」

「あそこがドッペルゲンガーの通り道になってるの。」

海の祠とは海岸沿いの岩に囲まれたところにある小さな祠だ。

知ってはいるけど、詳しくどこにあるかは悠斗自身知らなかった。

「シー・ランドっていう喫茶店の裏に階段があるそうなの。そこが海の祠へつながる唯一の階段。ほかはどうやっても行けれない。」

シー・ランドという喫茶店は聞き覚えが悠斗にはあった。そこは前に夏希と行ったあの喫茶店の名前だ。

まさかあの裏にそんな階段があるなんて・・・思いもよらなかった。

「ほら、もうつくわ。」

坂道を駆け下りて見えるのは懐かしい喫茶店。

しかし、今まで見なかった敵の姿がそこにはあった。

「マスター?それに・・・女将さんまで?」

悠斗たちは足を止める。階段の前にはその二人が待ち構えているのだ。

「悠斗くん、帰るんだ。」

今までのドッペルゲンガーとは違う喋り方。自然な口調。

表情も変わらない。

「気をつけて悠斗。ニセモノよ。」

レイに言われてハッとする。そうだ、この街にはもうニセモノしかいなかったんだ。

しまってある拳銃をいつでも取り出せるように手を添える。

「兄ちゃんは騙されとるんや。敵はそいつらや。」

エセ関西弁の女将がリュウとレイを睨みつける。

「そいつらは悠斗くんを殺そうとしている。今までのことは全部そいつらの演技だ。」

もりを握りしめてリュウのほうへ突きつけるマスター。

リュウはモリを手で払いのけると銃をマスターの額に当てた。

「くだらねぇことかましてんじゃねぇぞ!!!」

ばんという乾いた音と同時にマスターが消えていなくなった。やはり、こいつらはドッペルゲンガーである。

少しでも揺れた悠斗は急に恥ずかしくなった。

「あなたたちは優秀組なのかしら?さようならー。」

レイの声と同時に女将も跡形もなく消えてしまった。

「だまされないで悠斗。今、信じるべきは私とリュウと自分だけ。それ以外は信じないで。」

レイの強い目線に答えるように悠斗は頷く。

「さぁ、進もう。」

リュウの船頭で階段を駆け下りていく。この先には海の祠が―

意味のわからない存在


「か・・・さはら?」

「工藤くん?」

岩に囲まれたこの場所はとても涼しかった。古びた祠も存在して神聖な場所だと感じる。

そんな場所になぜ、今、夏希が存在しているのだろうか。

「笠原夏希・・・なぜここに?」

レイが一歩前に出る。その瞬間、視界からレイが消えた。

「レイ?!」

リュウが慌てて倒れたレイに駆け寄る。レイの脇腹からは赤黒い血がどくどくと溢れ出ている。

夏希のほうを見ればその手には拳銃が握られていた。

「笠原!!何してんだよ!!」

「ご・・・めんね?私・・・私・・・。」

無理に笑う表情が痛々しかった。レイは苦しそうに息を荒げながらリュウに支えられ立ち上がる。

二人共目には怒りが満ち溢れていた。

「やっと・・・使命を・・・はぁはぁ・・思い出したの?」

「・・・ごめんなさい・・・。」

夏希の眼中には悠斗しか見られていなかった。

その瞬間―

「うっ。」

視界がグラッと揺れる。急に眠気が襲ってきたかのように体が重たくなる。

レイとリュウの声が遠くに聞こえる。

バタッと地面に倒れ込んでそこで、悠斗の意識は飛んだ。

幻想?現実?

悠斗は目を覚ました。

目の前には心配そうにこっちを見ている懐かしい姿。

「父さん?母さん?」

「悠斗!!もういきなり倒れるんだから驚いたじゃないの!!」

「な、なんで母さんたちいるんだ?」

「はぁ?一時帰国してきてるんじゃないの。バカァ?」

モデルさんみたいに綺麗な女の人と男の人は悠斗の両親。二人から悠斗のようなイケメンが生まれてくるのは頷けるような美形家族である。

体を起こすと夕日が水平線に沈むのがよく見える浜辺だった。

そのとき悠斗はレイたちのことを思い出す。

「レイたちは?!」

「レイ?悠斗寝ぼけてるのか?」

父が優しい表情で悠斗の隣に座った。母もその逆の悠斗の隣に座る。

「ゆ・・・め?」

夢にしてはいやにリアルであった。

いや、これこそが幻想なのだろうか?

「どんな夢見たの?」

「街の住人が俺以外全員ニセモノになって、国際警察の奴らと解決する夢。」

簡単に説明しようとして口に出したが、なんだかどこかの安い小説みたいな感じで少し笑えた。

母も父も息子の見た夢があまりにも幼稚で声を出して笑っていた。

やはりさっきのことはすべて夢だったのだろうか?

そこからは何ら他愛もない話をずっとした。両親と会うのは久しぶりであって積もる話も多い。

いつの間にか夕日は海に飲まれて辺りは急に暗くなった。

「二人はいつまで日本に?」

「母さん達ね、話し合ったんだ。」

急に母たちが真面目な顔つきになり悠斗は不思議に思う。

「悠斗のそばにずっといたいんだ。だから、もうFBIをやめようって。」

「もうさ、疲れたんだ。警察って仕事得るものは何もないし。ていうか、くだらないじゃん?」

「は?!ちょ、何言ってるんだよ?!」

まさか両親の口からそんな言葉が出るなんて思ってもなかった。

両親は自らの仕事に誇りを持って今まで一度だって仕事の悪口を言ったことはない。

悠斗は驚きのあまりに立ち上がって海に背を向けるように二人のほうに体を向ける。

「おかしいぞ、母さんも父さんも。警察の仕事に誇りを持ってたじゃないか!世界をもっといい世界にするんだって言ってたじゃないか!」

父と母はお互いを見合ったと思ったら急に笑い出した。

「な、何がおかしいんだよ?!」

「悠斗、よく聞きなさい。世界に人間がいる限り悪は絶えないんだ。人間が人間である限り絶対に。」

父は子供に言い聞かせるような瞳でそう言った。

母もうんうんと頷く。

ゆうとは一歩一歩、後ろへ下がる。

違う・・・こんなの父さんでも母さんでもない・・・。あんなこという人じゃなかった・・・。

「警察なんていても無駄。実際に犯罪はこの世に溢れかえっている。なら、もう諦めるしかないじゃない。母さん達はそう気づいたの。」

「無駄なことはやめよう・・・って。」

父も母も立ち上がって悠斗のほうへ歩いてくる。

「・・・がう・・・ちがう・・・そんなの違う・・・。こんなの父さんでも・・・母さんでもないよ!」

二人に合わせるように後ろに下がる。

「何言ってるんだ悠斗?父さんたちは父さんたちだぞ?何を疑ってるんだ。」

その優しい笑でさえ今の悠斗は怖いと感じた。

さらに後ろに下がるがそのとき海の水が足を濡らした。そのとき、ある言葉がふと頭をよぎる、


―――――だまされないで悠斗。今、信じるべきは私とリュウと自分だけ。それ以外は信じないで。―――――



「ゆう・・・と?」

両親は目を見開いて息子を見る。

「あんたらはニセモノだ。」

悠斗のその手には拳銃が握られていた。それを今、両親に向けているのだ。

両親は焦ったように何かを言っているが悠斗は全てに嫌悪感を抱く。

「人の両親の姿で・・・くだらねぇこと言うんじゃねぇぞおおおお!!!!」

ぱかん、ぱかんという乾いた音と共に両親はきりのように消えていった。

足元は塩水によってべちゃべちゃだかそんなのも気にならない。ただ、両親を撃ってしまったとう罪悪感が少し心に残った。

「・・・戻らねぇと。」

そう自分に言い聞かせる。

もし、このまま二人と一緒にいたならば自分はどうなっていたのだろうか・・・考えるだけでゾッとする。

足を一歩前に出した瞬間、妙な浮遊感に襲われて一気に風景が変わる。

「きょう・・・しつ?」

悠斗がいたのは教室。外は明るく少し蒸し暑い。セミの鳴き声もうるさいほど聞こえてくる。

「工藤くん。」

その声に反射的に後ろを振り向く。

そこには制服姿の夏希の姿があった。

「笠原・・・。」

「ごめんね。」

机の上に座っている夏希がそう言った。表情は今にも泣きそうである。

悠斗はもう動転しなかった。

落ち着いて夏希の方に体を向ける。

「いつからニセモノなんだ?」

「・・・夏休みに入る前。」

つまり悠斗と出会ったときはすでにニセモノだったってこと。

「そっか・・・。」

悠斗は近くにあった机に腰をかける。

「おこ・・・ってる?」

「なんで?」

「私がニセモノだったこと。」

悠斗は何も答えなかった。正直自分でも訳がわからないから。

夏希は唇をグッと噛み締めて席を立って悠斗に歩み寄った。

距離感がグッと縮まったところで夏希は足を止める。

「あ、あのね、私ね・・・自分でも忘れてたの。自分が何者かってこと・・・。」

レイが行ってたっけと悠斗は冷静にそう思っていた。

一方夏希は自らの手首をグッと握りしめていた。

「ドッペルゲンガーの本当の姿知ってる?」

「・・・知らない。」

「鏡なんだ。誰でも鏡は持ってるでしょ?それに宿る存在。」

悠斗は何も言わない。

夏希は続けた。

「夏希の姿になって夏希と入れ替わるとき絶対に本人に触れないとダメなの。記憶を受け取らなきゃダメだから。大抵の人間は抵抗するんだけど、夏希は抵抗しなかった。もう諦めたような目をしていた。記憶を継承してみるとね、夏希の過去がわかったの。夏希はね」

「虐待か?」

悠斗が先にそう言った。一瞬驚いたような表情をしたがすぐにうつむいた。

「そう。そりゃ抵抗もしないかー・・・って思った。もういじめられなくて済むんだもん。私は記憶を継承したと同時に、ドッペルゲンガーであるという記憶を失った。夏希になったつもりでいた。帰るのだって憂鬱だったし、いっそのことこいつらを殺してしまおうか・・・って思った。だけど、体が言うこと聞かないの。殺しちゃダメ・・・って誰かが呼びかけてくる。・・・今思えばそれはホンモノの夏希だったのかもしれない。記憶は継承できても感情まで継承できない。だから夏希がこの両親のことをどう思ってるのかわからないけど、多分・・・愛していたと思う。」

声がだんだん震えていくのがわかった。

悠斗ももう口を出さずにただ、ニセモノ夏希の話を聞いていた。

「自分がドッペルゲンガーだって気づいたのはあの海の祠に行ったとき。何故か行かなきゃって感じて行ったら全部思い出したの。・・・実はね、ドッペルゲンガーって感情がないの。感情があるように記憶をたどって演じることはできるけど、ドッペルゲンガー自体が感情を持つことはない。つまりね、本人に好きなものがあればそれは記憶からたどれる。だけど、本人が嫌いだというものはドッペルゲンガーは好きになれない。完璧にそのホンモノを演じることしかできない。・・・だから・・・この感情は・・・持ったらダメなの・・・。本来なら・・・持てない感情なんだよね。」

俯いていた夏希が悠斗のほうを見る。その視線の気づいて悠斗も夏希のほうを見る。

「あ、あのさ、工藤くん。」

夏希は工藤の手を急に握った。相変わらず体温は低く、冷たかった。

いきなりのことで悠斗は驚いて夏希の顔と手を交互に見る。

「ど、どうした?」

「夏希の記憶に・・・工藤くんはただの人気なクラスメイトっていうことしか書かれていないの。・・・だけどね、私は・・・私は・・・」

急にセミの声が遠のいた気がした。世界の時間が止まったような気がした。

夏希の唇の動きに悠斗は全てを奪われる。

「工藤くんに恋をした。」

体中の体温が急に上がったような気がした。この体温がすべて夏希に移ればいいのにとさえ思った。

そして鼓動がどくんどくんと激しく打ち付ける。女子から告られることなんて今まで幾度もあった。

しかしいつもくだらないと思うだけでそれ以上なんとも思わなかったし、身体に何も起こらなかった。

そうか・・・そうだったんだ・・・。

悠斗はようやく夏希といるときに感じていたあのモヤモヤとした感情の名前がわかった。

あぁ・・・俺は・・・

理不尽な感情

「お、俺!」

言いかけた瞬間、変な浮遊感を感じる。

気づけば目の前には血まみれのレイとリュウが倒れていた。

「リュウ?!レイ!?」

慌ててしゃがみこんで二人の名前を呼ぶ。しかし、応答はない。

「大丈夫。死んでない。」

「どういうことだよ?笠原、お前がやったのか?」

夏希は何も言わずただ頷いた。

「なんでこんなことを・・・・。」

「本能。」

夏希は祠に置いてあったナイフを手に持った。刃先に血がついてるからきっとあれで二人を刺したのだろう。

悠斗も反射的に拳銃を握り締めた。

そのとき、夏希は自らに刃先を向けてそのまま振り下ろした。

夏希の腹部からは血が滲み出す。

「な、何してんだよ!!」

拳銃を投げ捨て夏希に駆け寄る。

額には脂汗をかき、息は荒い。

「ごめ・・・はぁはぁ・・・。こうでも・・・しないと理性・・・保てないんん・・・の・・・」

服はあっという間に真っ赤に染まって血が地面に垂れる。

悠斗はそんな夏希を支えながらゆっくりと座る。

「殺すなら・・・俺を殺せばいいだろ・・・なんで・・・なんで・・・。」

「ダメ・・・だよお・・・私・・・さ・・・工藤くんには・・・ぃきてほしいの・・・。きっと私、・・・のままだと殺しちゃう・・・。ごめ・・・ね?・・・こんなやり方」

「もうしゃべるな!」

夏希の瞳からはボロボロと涙が溢れ出る。悠斗も今にも泣き出しそうな顔をして夏希を抱きしめた。

「・・・あったかい。」

「お前が冷たすぎんだよ・・・。」

血が服につこうと関係がない。夏希を失わないようにぎゅっと悠斗は夏希を抱きしめた。そのとき

「人のラブシーン邪魔する趣味ないけど・・・事情が事情なもんで・・・。」

レイが目を覚ましていた。フラフラの足で立ち上がっていてこちらに銃を向けている。

「レイやめろ!!」

悠斗は慌てて夏希を自分の後ろに隠す。

「そいつ・・・おかしいのよ・・・。」

「こいつはもう死にそうなんだ!追い討ちをかけなくてもいいだろ?!」

「それがおかしいのよ!!」

レイは声を荒げた。ハァハァと息をしながら拳銃を握りなおす。

「なぜ、ドッペルゲンガーが血を流すの?なぜ、ドッペルゲンガーが記憶をなくすの?なぜ、ドッペルゲンガーが感情を得るの?なぜ、ドッペルゲンガーが・・・死にそうなのよ!!」

考えてみればレイの言うとおりだ。

悠斗は冷静に判断ができていなくてそんなことに気がつかなかった。今までのドッペルゲンガーは大抵消えていった。致命傷を与えれば跡形もなく消えていった。

なのになぜ夏希は消えない?なぜ夏希はここにまだいるんだ?

「答えなさい・・・笠原夏希・・・。あなたは一体・・・何者?!」

レイの質問に夏希はしばらく黙っていたが逃げられないとわかったのか諦めたような表情で口を開いた。

「私は、最新型のドッペルゲンガー。主人の命令には忠実に、だけども人間としての生活も全うできる・・・そういう改良されたモノ。」

「さい・・・新型?ドッペルゲンガーとはいえ生き物でしょ?そんな・・・植物じゃあるまいし!」

「・・・そのへんは私モよくわかラないケど・・・最新型は私一体だけしか作れなかったみたい。」

レイは爪を噛みながら一人ブツブツ言っていた。

ありえないありえないありえなありえない!!さっきからこのドッペルゲンガーはありえないことばかりする!!!




「ゆ・・・うと?!」

突如、レイとリュウの前から悠斗が消えた。

リュウに支えられながらレイは夏希に銃を向ける。

「悠斗をどこに?!」

「・・・幻想の世界。」

「悠斗をどうする気だ?!」

「工藤くんをドッペルゲンガーに今変えてもあなたたちが阻止するでしょ?だから、あっちの世界で変わってもらおうと思って。」

「ざっけんじゃねぇぞ!!!」

抑えきれない怒りにリュウは地面を蹴飛ばす。ふわりと浮いた体は夏希のほうへ向かいその手にはナイフが握られていた。

そのナイフにはなにやらお経のようなものが書かれており、それに気づいた夏希は慌ててよける。

「西洋の化けもんには相性わりいだろうが。」

「私を殺せば、工藤くんは一生戻ってこないよ。」

「知ったことかぁあああ!!!」

ナイフを再び振り上げて夏希の心臓にめがけてさそうとした瞬間、レイの声に制止さてた。

「待ってリュウ!!・・・どういうことなの?」

「幻想の世界は私が作り出してる。でもね、あまり性能がいいわけではないの。工藤くんが出てこようと思ったら出てこれるわけ。ただし、こちらの世界を夢だと思わなければの話だけど。私が死んだり、消えたりすれば工藤くんはその出口さえも失う。それでも・・・刺す?」

胸にささる直前で止められたナイフ。このままリュウが体重をこめれば確実に仕留めれる。

それに夏希が言ってることに信ぴょう性はかける。ドッペルゲンガーが幻想の別世界を作れるなんて聞いたこともない。

しかし、それが本当ならば・・・リュウは小さく舌打ちをしてナイフを離したその瞬間

「ッ?!」

ぱかんという乾いた音色。音色はリュウの腹にめり込む。

リュウはフラフラとしながら腹部を抑え倒れこんだ。

「リュウ?!」

すでに体中の血が足りないのかレイの声はかすれて小さいものだった。

それでもパートナーの様子を汲み取り夏希に敵意を向ける。

「・・・こうでもしないと、あなたたち私を殺すでしょ?」

「それの・・・何が悪いの!?」

そのとき夏希の表情が変わった。今までにみたドッペルゲンガーと同じ狂気じみたあの瞳になったのだ。

一瞬にして夏希はレイの目の前にきてレイを押し倒す。そしてその上にまたがって首筋にナイフをあてがう。

レイはなんとかバレないように拳銃を取り出そうとしたが体力はすでに限界を迎えてただ睨むことしかできなかった。

「私ネ、工藤クンガ大好キナノ。愛シテイルノ。ダカラアノ人ヲ傷ツケルヨウナ事ハシタクナイ。デモ、本能的ニハ逆ラエナイ。」

「ドッペルゲンガーが人を好きに・・・?勘違いも・・・程々になさい。」

血を流しすぎたせいかレイの呼吸は荒く、皮肉をいうものやっとだった。

「私ダッテ勘違イダッタンダッテ思ッタ!ダケド、コノ気持チに偽リハナイノ。」

「ニセモノが・・・偽りはない・・・ですってぇ??」

こんしんのイヤミを込めて笑ってみせるが夏希はただ憐れむような目でこっちを見た。

そしてレイは自らの頬に冷たいものを感じた。

「ナンデェ・・・ナンデ私ハニセモノナノ?私だっテ・・・普通ニ笑ッて・・・普通に遊ンデ普通に恋もしたかった・・・。でも、そんなの許されない・・・。どんなにね、自分の立場を嘆いても嫌になっても運命は変わんない。抗いようのない結末をただ待っているだけだなんて・・・そんなの嫌だよぉ!!」

大粒の涙をレイの頬にぼたぼたと流しながら悲嘆する姿は本当に人間のようだった。

当てられたナイフの力も抜け、ただただ泣き叫ぶ夏希に攻撃するなら今しかなかった。

しかし、レイのほうもそんな体力はなく白い世界に落ちていった。





クラクラする目眩とぐるぐるとした吐き気を抑えてレイはさっきリュウが持っていたナイフを手に取る。

ここで負けるわけにはいかない。

レイはそう固く決意してナイフをぐっと握り締める。

「悠斗・・・離れて・・・。お願いだから・・・。」

「工藤クン・・・」

レイの言葉と夏希の表情に悠斗は戸惑っていた。レイはこのときすでに気づいていた。あの女にすでに理性は持っていないことを。

いつ悠斗を殺すかもわからない。

なのに悠斗はまだ好きな女に未練があるのかその場を動こうとしない。

「悠斗!!信じるべきは誰?!」

もう残っていない体力を絞り出して声を荒げるレイ。

しかしその言葉は虚しくも悠斗の心には届かなかった。

倒れていく悠斗の姿とレイの姿が重なる。

そのときだった。

レイも心のそこでは諦めかけていたがここで希望の星が来たのである。

「そこまでだ、笠原夏希!!」

階段から駆け下りてきたのはタバコを加えた渋いおじさん。そのあとを負ってゆっくり下りてきたのは白髪の老婆であった。

夏希は目を見開き二人を見る。

「ダレ?」

「国際警察特殊課自然保安部のものだ。動けば撃つ!」

タバコを加え直しておじさんは拳銃を夏希に向ける。実は夏樹自身も血を流しすぎて体力は限界であった。

もう戦う体力もない。

夏希はチラッと倒れている工藤を見て唇を噛み締めた。ゴメンネ?

「・・・逃げられた。」

夏希は霧となり自ら消えていった。おじさんはタバコの煙を吐きながらレイたちに近寄る。

レイたちは全員気を失っており、おじさんたちが何度声をかけても目覚めることはなかった。

「こりゃダメだわ。血ぃ流す過ぎてらぁ。」

ため息を吐きながらタバコを携帯しているカス入れにいれた。


目覚めた瞬間、畳のいい香りが鼻をくすぐった。

「お、レイ目を覚ましたか。」

頬に絆創膏を張ったリュウがレイの視界に入る。

「こ・・・こは?」

「お前の別荘。気分はどうだ?」

私は今まで何をしていたんだっけ?布団から起き上がろうとしたしゅんかん、脇腹に激痛が走る。

リュウはレイを布団の中に押し付け絶対に起き上がるなと言い聞かせて部屋から出ていった。

思い出した。私、あのとき悠斗を説得できずに気をうしなったんだった・・・。

しかし、一度は死さえも覚悟したのに何故自分なこんなところにいるのだろうか?

「レイ。」

しわがれた声で老婆がレイの名を呼んだ。今まで気配に全く気づかなかった。

老婆はなんとレイと同じ部屋にいたのだった。

「お、大婆様?」

「あたしらが来なかったらお前さんは死んでおった。」

小さな体でも大きな存在感を今は感じた。レイは激痛を耐え、起き上がる。

「夏希は?!」

「傷はいいのか?」

「問題ないです!それで夏希は?!」

「逃げおったわい。あたしらが来た時にはあっちのほうが傷まみれじゃったからのう。」

そのときふすまが開いた。中に入ってきたのは先ほど出ていったリュウとタバコのおじさんと、悠斗だった。

「あ!!レイなんで起き上がってんだよ!!」

リュウが大声を上げながらレイを寝かしつけようと肩をぐっと掴んだ。

「もう大丈夫だから。やめて!」

あまりにもしつこいもんだからレイは思いっきりリュウの顔面を殴った。その反動で自分の腹部まで痛みが走る。

たばこのおじさんはゲラゲラ笑っていた。一方悠斗は俯いてレイの隣に座る。

「あ・・・あの。」

レイは何も言わずにただ悠斗を見た。

悠斗は目線をあげてレイの目を見る。

「幻想の世界で・・・レイに言われたこと思い出したんだ。自分たち以外信じるなって・・・だから帰って来れた。だけど・・・俺・・・最終的にはレイたちを信じれなかった・・・。ごめん・・・。」

レイは本当は怒鳴りまくってやろうって思っていた。それで悠斗自身の命が脅かされたのだから。

しかし、レイははじめからなんとなくわかっていた。

悠斗も夏樹もお互いを好いている。

悠斗は好きな人を信じようとした。夏樹は好きな人を守ろうとした。これは、いけないことなのだろうか?

レイの心にわずかな疑問が生まれる。

目の前で好きな人を守りたいと涙を流した理由がレイにはわからなかった。そもそも恋自体がよくわからない。

自分よりもそっちのほうが大事だなんて・・・そんな思い今までした覚えがない。

だからだ・・・目の前でそれが繰り広げられてレイは少し嫉妬すら覚えた。なぜこいつは化け物のくせに私よりも感情豊かなのだろうか・・・。

「もう、いいわ。油断して初めにやられた私たちが悪いもの。」

「そうだぞ悠斗。自分を責めんなって。幻想の世界から来れただけお前は偉いよ。」

リュウが笑いながら悠斗の背中を叩く。悠斗は痛そうに顔を歪めていたが最終的には笑っていた。

「さて、そろそろ本題にいくか?」

タバコを吸おうとヒゲを生やしたおじさんが手にとった瞬間、レイがここは禁煙ですと一言言った。

おじさんは苦笑いしながらおとなしくタバコをしまった。

「あの・・・あなた達誰なんですか?今、思ったんですけど。」

悠斗がおずおずと手をあげて大婆とタバコのおじさんを交互に見た。

まさかまだ紹介がされてなかったとは、レイは驚いた。

「ん?あぁ、俺はこいつらと同じ国際警察特殊課自然保安部西日本支部のザクロ。一応副支部長だ。・・・んで、こっちの婆さんが」

「チェリーじゃ。チェリーちゃんと呼んでもええぞ?」

「大婆様と呼ばれている。そう呼べば良い。」

レイがそう言ったが、乙女っぽい表情をして目をパチクリさせる様子は悠斗に若干の恐怖を感じた。

「え、てかザクロさんが副支部長なんですか?明らかにリュウより年上っぽいじゃないですか。」

あたしは無視かいな!と大婆は声をあげていた。

ザクロはリュウと目を見合って笑った。

「俺のほうが入った時期が遅いからな。俺が来た時にはもうすでにリュウが支部長だった。」

「ザクロは2年前に来たばかりなんだ。俺はちっさいときからいたからなー。」

「自然部は特殊なんだ。初めにも言ったでしょ?」

「てか、もう本題入っていいか?」

ザクロは足を崩しながら悠斗のほうを向いた。悠斗は軽く頷いて口を閉じた。

「昨晩、定期連絡が入ってこなかったから俺らはあの祠へ向かった。そしたら案の定、三人が倒れていてあのドッペルゲンガーが立っていた。最初見たときはかなり戸惑った。人間とは違うオーラを出しておきながらも血を流して今にもブッ倒れそうな感じだったからな。まぁ、ドッペルゲンガーには逃げられてお前らをここに運んだ。それから全員の手当をして今の状況に至る。」

さすが国際警察と言うべきだろうか。あらゆる権力を使って隣町の警察を動かして俺らを運ばせ、医者まで呼びつけここで手術まで行ったらしい。

一番出血の激しかったレイは下手すればしばらく目を覚まさないかもしれないと言われたらしいが、驚くべき回復力でもう目が覚めている。

今は医者たちは全員返して、屋敷にはこの5人しか存在しないという。

「あの祠の入口はまだあるの?」

「あっちのほうからまだ強い力が感じるからあるじゃろう。しかし、いつ塞がるか・・・。」

大婆が東のほうを見ながらそう言う。その目線の先にきっと祠があるのだろう。

「一体・・・赤猫は何がしたいのかしら・・・。」

レイがそう呟いたときザクロが何かを思い出したかのように手をうった。

「そうだ!報告すんのすっかり忘れてた。支部長命令で赤猫の頭領を調べろって言われてたけど・・・ちょっとヤバイ事実がわかったんだよ。」

ポケットからスマートフォンを取り出して何やら操作を始めたザクロ。

何をしているのかと思っていると画面を全員に見せるように向けた。

「・・・誰だ?この少年?」

どうやらリュウたちも見たことがないようで液晶を見ながら頭をかしげている。

液晶上に映るは中学生くらいのさわやか系の少年で、いかにもサッカー部って感じの子だった。

実際にサッカーをしている写真である。

「赤猫の表の頭領はあのじじいだが・・・実際の頭領は少年、阿笠蒼馬だ。」

さわやか系の少年が、日本史上最悪の組織の頭領だなんて悠斗は世界は広いんだなと実感せざる負えなかった。

こいつらと絡んでからはありえないことだらけだと思う。

ザクロは画面を自分のほうへ向けてスライドをしだした。

「阿笠蒼馬。19××年6月7日生まれ14歳の中学2年生だ。両親は阿笠蒼馬が6歳の時に他界、今は親戚の家にお世話になっているようだが滅多に親戚の家には帰らないそうだ。ちなみに・・・阿笠蒼馬と笠原夏樹は元幼馴染だ。」

「元?」

「夏樹は一度引越しをしている。引っ越し前の近所に阿笠蒼馬がいたんだ。まぁ9年も昔の話になるがな。阿笠蒼馬がどうやって赤猫にたどり着いたかは定かではないが、ずっとボスであり創設者でもあるあのじじいが阿笠蒼馬に負けたことは間違いがない。たった14歳の少年にだ。」

情報が書かれたページを閉じてザクロはスマートフォンをしまう。

「・・・まさか少年があの組織をねぇ・・・。」

「驚くことはねぇだろ?現にお前だってまだ未成年なのにこうして支部長をやっている。」

「いやー、小さい組織っすよぉ?」

照れているのか頭をかきながらリュウは笑う。

「・・・話はわかったわ。組織のてっぺんとか、夏樹の幼馴染だったとか・・・いろいろ情報は得た。でもそんなの関係ないわ。」

レイは布団から足を出す。

「そうだな。俺らがやるべきことはただ一つ。」

「赤猫を」

「ドッペルゲンガーを」

『捉えるのみ!!』

後悔と嘆き



血をボタボタと垂らしながら夏希はやっとの思いで歩いていた。

白い廊下を赤く濡らし、夏樹のたどった跡が出来る。

フラフラして今にも倒れそうなのにただ前へと進んだ。

そして観音開きの大きな扉の前に立つ。

扉をノックするとまだ幼い声が聞こえる。

「遅かったな・・・ってどうした?」

中はテレビにソファー、それと机だけという質素な部屋であった。

ソファーの上に座っておかしを食べていた少年は夏希の姿を見て目を見開く。

「・・・何でもない・・・デス。」

さわやか系の少年は夏樹のほうに体を向けておかしの箱を突き出すが夏希はそれを断る。

ここの空間は異常であった。夏希が血まみれなのももちろん普通ではないが、問題は少年の周り。

強面のおじさんたちが立っていて、その中にはあの有名な赤猫の頭領の親父まで立っていた。

少年の名前は阿笠蒼馬。中学2年生のサッカー部だ。普通の中学生にしかみえない。

「まぁドッペルゲンガーにしてはよくできてるよ。血が出るなんてさー・・・。」

「あノ・・・ホンモノは・・・?」

ぜーぜーと呼吸をしながら蒼馬に問う。

蒼馬はすぐ隣にいた強面のおじさんに何が言うと強面のおじさんが夏樹のほうへ向かい腕を掴んだ。

「そのおじさんが案内してくれるから。・・・あ、それとね。その傷さ・・・ホンモノにも影響あるから。」

蒼馬の言葉に夏希は目を見開く。蒼馬に何かを言いたくてもおじさんに腕を引かれて強制的に部屋から連れ出された。

もう抵抗する力も出ない。おじさんに腕を引かれるまま床を引きずられていく。

廊下には血の道ができる。途中で医務室のようなところで自分で刺した傷を手当されてるとき麻酔でも打たれたのか急に意識が遠のく。

強面のおじさんは治療を終えた夏希を担ぎ上げると医務室を出て階段へ向かう。

階段を幾段も降りていき、だんだんと暗く狭くなる。階段を下りるのをやめて横道に入る。そしておじさんが止まる。

ガチャガチャという音と共に夏希は目を覚ました。

「こ・・・こハ?」

「しばらく入ってろ。」

金属の嫌な音と同時に夏希の体は宙を浮き、そして一気に落とされる。

腰に衝撃を受けて思わず声をあげる。強面のおじさんは扉をしめてどこかへ消えていった。

暗く冷たい鉄格子の中に夏希は放り込まれたのだ。

「・・・大丈夫?」

「・・・もシカして・・・ホンモノ?」

牢の中にはまったく同じ顔の二人の夏希が存在していた。

ニセモノとホンモノ。二人が見つめ合うようすはまるで鏡でもあるかのようである。

ニセモノはホンモノの肩を掴んだ。

「痛ミは共有するんだって!オ腹痛くナイ?」

「あぁ・・・そうなんだ。ちょっと痛いかも。」

ホンモノはTシャツをめくりお腹をニセモノに見せた。ニセモノが自分で腹を刺した場所とは逆側のお腹にミミズ腫れのようなものができていた。

「・・・ごめんネ・・・。こんなことにナッテ・・・。私モ嫌なんだァ・・・本当ハサ。」

偽物は脱力したように床に壁にもたれかかる。ホンモノはその姿に少し驚いたような表情をした。

「驚いた・・・。てっきり、写鏡には感情とかないのかと思ってた。」

「本来はナイんだケど、私は最新型だかラ。蒼馬から聞かなカッた?」

入れ替わったあの日から実はこの二人はあったことはなかった。

だけど、お互い自分の姿だからなのに心をすぐに許して話し合うことができている。

本来ならドッペルゲンガーと入れ替わってしまえばホンモノは消滅、つまり死んでしまう。

しかし、夏希は生きているのだ。それには理由があった。

「聞いた・・・。まさか蒼馬が私のことをずっと探していたなんて・・・思いもよらなかった。それに両親を亡くしているなんても知らなかった。」

「蒼馬は夏希ノコとが好き。貴方はドウなノ?」

「・・・それに気づいていれば・・・こんなことにはならなかったのかなー・・・。」

ホンモノの夏希は遠い目をしながら虚空を見つめた。

蒼馬と夏希は幼馴染だった。同じアパートの隣同士に住んでいて、お互い保育園にも行ってなくていつも一緒に遊んでいた。

ある日、夏希は両親の仕事の都合で遠くに引越しをしてしまった。その半年後、蒼馬の両親が不慮の事故で亡くなった。

幼い子供には急に周りの人がいなくなって心に大きな傷を残す。

夏希も引っ越してすぐに、両親の会社が潰れて虐待が始まった。蒼馬も夏希も心に傷をつけたままただ静かに時を刻み続けた。

「ねぇ、貴方の話を聞かせて。私、ここに入れられて何も知らないの。」

ニセモノのことを見ながらホンモノは微笑んだ。

ニセモノはそれに応えるように微笑んでホンモノのおでこに手を当てる。

ひんやりとした感触がホンモノのおでこに伝わる。

「話すヨり、見てモラったホうが早いかナ。」

その瞬間、ホンモノの頭の中にはニセモノの今までの記憶、感情すべてが駆け巡った。

たった一瞬の出来事だったのにホンモノには長い物語を読んでいるような気分であった。

ニセモノがニセモノと気づいたあの瞬間、そのあとの苦悩がホンモノのなかを木霊する。

体中から熱いものが駆け巡り、それが瞳から溢れ出る。

「あ・・・あああ・・・」

言葉にならずにただボロボロ、ボロボロと涙を流す。

なんで泣いているのか自分にもわからずホンモノは涙を拭うがそれでも溢れ出てくる。

ニセモノがあまりにも、健気で、哀れで、羨ましくて・・・。

「・・・そレガ私の短い人生。アなタノ仮面をかぶッテイタたけど、ソれが私ノ人生。たった数週間ノ人生・・・。」

ニセモノの声が震える。涙をぐっと我慢しているのがホンモノにはわかった。

自分の写鏡だけど、自分と瓜二つの存在。自分の分身のような存在。

その存在が、ニセモノなのに自分より遥かに人間らしくて。ホンモノは思わずニセモノをぎゅっと抱きしめた。

「い・・・いなぁ・・・。貴方には人を愛すことができて・・・。私は、もう忘れちゃったよぉ・・・。人間の愛し方なんてぇ・・・。」

自分の涙が見えないようにニセモノの肩に顔を埋める。ニセモノは抱きしめられたことに驚いていて初めは動かなかったが、しばらくしてぎゅっと抱きしめ返した。

「私だって・・・羨まシイヨ。あナたは存在スルことを許サレてる。自由ニ生きることを許サれテイル。・・・私も、生きタイなァ・・・。」

同じ存在なのに、全く違う。見た目はいくらにせれても感情まで同じにすることは出来なかった。

感情は実に気まぐれで、繊細で、高潔で・・・。

ニセモノは感情なんて何故与えたのかと初めは恨んでいた。しかし、今ではそんな感情があったからこのぬくもりの儚さを理解することができる。

自分は自由に生きることを許されない。彼女は愛すことが怖くできない。

いっそのこと一緒になってしまえればいいのに・・・そんなことをお互い思っていた。

憎き恋敵


僕は恋をしています。

初恋ってやつです。

初恋の相手は突然僕の前から姿を消しました。

でも当時の僕にそれを止めることはできませんでした。

いつか、いつかまた会えるんだってそう信じながら生きていました。

そう決意したとき、突然両親がいなくなりました。

僕は一人っ子です。

家族は両親しかいませんでした。

僕の大切な人は全員消えてしまいました。

僕は世界を恨みました。神様を恨みました。

なぜ、こんなことをするんですか?何度も何度も手紙を送りました。

だけれども返事なんて返ってきません。

僕は何のために生きれば良いのかわからなくなりました。

神様を恨んでも、世界を恨んでも、何をしても生きる気力は湧きませんでした。

しかし時というのは無情。

その悲しみは次第に薄れていきました。

僕は恐れました。

記憶を失うことを恐れました。

大切な思い出が薄れいていくことがとてつもなく恐ろしかったのです。

そんなある日、僕は力を得ることができました。忌々しく恐ろしく禍々しい、それでも必要な力。

これは神様が僕に与えた試練なのでしょうか。それともただの嫌がらせなのでしょうか。

僕はその力を使い、ひとつの組織を支配しました。

組織を使えばなんだってすることができました。

そのとき僕は世界に気づくことができたのです。

僕が今まで思い悩んでいたことは全て虫の戯言でしかない。

力さえあればなんだって出来るのです。

大切な人だって強くあれば守ることも出来るのです。

僕はこの組織にいることで再び笑顔を取り戻すことができました。

そして、演じるということも覚えました。

表ではさわやか系の人間を演じ、裏では極悪非道の人間になります。

その裏表があることに対して僕は興奮と快楽を覚えました。

そんなとき僕の力が一気に強くなりました。

神様は一体何を僕にしろというのかわかりません。

しかしこの力を有効に僕は使います。

とあるサイトで“ドッペルゲンガー”について知りました。

自分と瓜二つの人間が存在するなんて僕の中の好奇心が疼きまくりました。

その日から僕はドッペルゲンガーについて調べ始めました。

ドッペルゲンガーは案外簡単に捕まりました。

僕はその長となり、ドッペルゲンガーの大量生産に成功しました。

そのとき一番驚いたことがドッペルゲンガーの正体は捨てられた鏡ということでした。

捨てられた鏡の念がドッペルゲンガーを生み出すのでした。

僕は世界をより良いものにしようとドッペルゲンガーをまずは海外で実践しました。

実践は大成功を収め、次々とニセモノへとなりかわっていきました。

ドッペルゲンガーは長の僕に従順です。

世界が自分の手に堕ちる音が確かにあの時聞こえたのです。

僕の行動はエスカレートしていきます。

ドッペルゲンガーの開発と共に世界にドッペルゲンガーを排出していきました。

そして僕は国内にもドッペルゲンガーを出現させました。

このときにはもう気づいていました。

国際警察という組織が動き出していることも、僕の組織が狙われていることも。

しかし、国際警察なんかに僕が捕まるわけがありません。

僕の方が優秀なのだから。

きっとこの力は神様からの罪滅ぼしの証。

僕から大切な人を奪ったお詫びに、世界をくれると神様は『言った』のです。

それと同時でしょうか。

僕はもう何年も忘れていた存在に気づきました。

それは僕の初恋の人、笠原夏希の存在です。

僕は興奮と感動が抑えられませんでした。

僕に守るべき相手が現れました。

僕はすぐに夏希のところにドッペルゲンガーを向かわせました。

もちろん、あんな汚く理性なんてない化け物なんて向かわせません。

最近完成した最新型のドッペルゲンガーを向かわせます。

最新型は感情を得て、理性もそう簡単には失いません。

それなのに主人の命令には従順です。

僕は始めて飼うペットが来るのを待つような期待感で最新型の帰りを待ちました。

しかし、最新型は帰ってきません。

おかしく思った僕は最新型のGPSを追い、ほかのドッペルゲンガーに確認してくるように言いました。

比較的頭のいいドッペルゲンガーを行かせたので報告書付きでした。

その内容は驚きと落胆の文章でした。

最新型はなんと任務を忘れ、人間として暮らしているそうなのです。

僕はショックが隠しきれませんでした。

しかし、それと同時にホンモノの夏希が生きているという情報も分かりました。

衰弱したホンモノの夏希は押し入れの奥から見つかりました。

体中にある傷跡は僕をより興奮させました。

その傷は両親に傷つけられたというのです。

あんなに仲良しの家族だったのにと僕は思いました。

僕の夏希を傷つけた両親には制裁が必要です。

制裁内容は僕と両親だけの秘密です。まぁ、その両親はもうこの世のものではありませんが(笑)

僕はさっさと最新型に命令してここに戻ってくるように命令しようと思いました。

しかし、それは何故かできませんでした。

きっとそれは感情を渡したせいだと思います。

なんと最新型はあろうことか同級生の工藤悠斗に恋心を抱いていたのです。

忠誠心より恋心が勝ってしまったのです。

僕は怒りと嫉妬に燃え上がりました。

なんとしても最新型をこの手に戻さないといけません。

僕はすぐさま工藤悠斗を襲わせに向かいました。

しかし、何故かうまくいきませんでした。

それどころか国際警察に工藤悠斗を奪われてしまいました。

何故ここまで神の計画を邪魔するのか。僕は抑えられない感情を地下室にいるホンモノの夏希に放ちました。

怒り、嫉妬、欲望、すべての夏希の中に放ちました。

一つになれた喜びを味わっても、夏希は僕を見てはくれません。

やはり見てくれるのはドッペルゲンガーだけです。

中身はニセモノでも関係ありません。

僕を見て、僕に忠誠し、僕だけのものになればそれでいいのです。

僕はなんとか夏希を入口に呼び出すことに成功しました。

そしてそこで僕のありあまる力すべてを使い最新型を目覚めさせました。

最新型は僕の命令を聞き、国際警察を撃ちました。

しかし工藤悠斗にだけは幻想の世界なんて周りくどいことをしていました。

忠誠心を思い出させても工藤悠斗への思いは消えないようです。

自分で自分の腹部を刺してまで最新型は工藤悠斗を好きなようです。

ありえません。

僕は裏切られた感でいっぱいになりました。

工藤悠斗が憎い。

工藤悠斗が憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎いにくいにくいにくいにくいにくいにくいニクイニクイニクイニクイニクイニクイ!!!

憎い!!!!!

何の苦労もしていない人間が、何の力も得ない人間が僕から大切なものを奪う。

神から授かりしこの力。

工藤悠斗を討ち、僕は世界を支配してやる。

そのためならば僕はなんだってやってやる。

突入

5人はあの海の祠に聞いてた。

日中だというのに人は少ない。多分外を歩いているのは外からきた観光客だろう。

「大婆はここで待機なー。」

「わーっとるわい。年寄りは邪魔なんじゃろおが。」

「ち、ちげぇよ!大婆しか出入り口の管理できねぇだろ?」

頬を膨らましてすねる大婆に必死にフォローをいれるリュウ。

大婆の特徴は除霊と時空間支配。悪い霊を除霊したり、タチの悪い化け物を時空間に閉じ込めたりすることができる。

その力は現役で一向に劣りをとらないという。

ザクロの特徴は呪具。しかし呪具でもたくさんの種類があり一気に持ち運ぶ事は不可能なので大婆の時空間のポケットに保護してもらっていて、自分の出したい時に出せるような便利な仕組みになっている。

まるで某アニメの青狸みたいだと言おうと悠斗はしたがザクロに殺されそうな気がしたので喉でぐっと我慢する。

「んじゃ行くぞ。」

「悠斗、お前絶対に私たちから離れないでよ?」

レイにそう凄まれて悠斗は頭を激しく上下させる。

リュウが祠をあけるとそこには丸い鏡が置いてあった。それにリュウは手を置いて親指を立ててグーサインを作ってみせた。

そしたらザクロとレイはリュウの背中に手を置く。

慌てて悠斗も同じように手を当てた。

その瞬間、浮遊感のような威圧感のような気持ち悪さが胸にこみ上げる。

これが時空を越えるということなのだろうかと冷静に判断できたのはこのあとであった。

リュウたちは訓練とやらで慣れているらしく息一つ乱れていないが、時空間ループ初の悠斗は床に手を付きもう限界という顔をしていた。

「・・・ようこそ。僕の王室へ。」

声に驚き悠斗は顔をあげる。

バカみたいに広いそこには長いソファーに座り込んだ少年と、二人の夏希が立っていた。

「阿笠蒼馬、お前を国際警察の名のもとに逮捕する。」

リュウの声が広い部屋に響く。

しかし少年、蒼馬はニコニコと爽やかに笑ったまま何も言わなかった。

その笑顔は本当に年相応で、今にも部活の時間だ!とでも言ってもおかしくはなかった。

しかしそんな笑顔も続かなかった。

一回俯いたと思ったら、心臓を直接つかまれたかのようにビクッとする目線が向けられた。

違和感、違和感、違和感。部屋の温度が急激に下がったように感じられた。

いるはずもないものに恐怖を感じるあの感じ。もしかしたらあの辺になにかいるかもしれないという漠然とした不安が心にこびりつく。

これでは蛇に睨まれたかえる・・・いや、恐竜に睨まれたカエルでも物足りないくらいだ。

全員その場から動けなくなり、呼吸すらままならない。

「僕の邪魔しないでくれるかなぁー?」

その言葉は脳にドカンと響いてそれを聞かなくてはならないという感情に駆られる。

この少年は一体何者なのだろうか・・・悠斗がそう思った瞬間、レイが震える声を出した。

「呪怨・・・ですって?」

「は?何言ってんの?」

「何故、ここまで大きい呪怨が存在してるのに国際警察は指名手配しねぇんだよ・・・。こうなるんだったらババァ連れてくるんだったな。」

大人の声までも震わせる蒼馬の圧倒的な存在感。

「だから何言ってんのって言って」

「お前は死ぬって言ってんだよ。」

リュウがこれまでにないどすの聞いた声を出した。

蒼馬は一瞬目を見開き驚いた様子をしていたがすぐに馬鹿にしたように鼻で笑った。

「はぁ?僕が死ぬぅ?自分らの間違いじゃねぇのぉ?」

全く最近の中学生は全員口が悪いのだろうか。そう思う余裕は今の悠斗にはなかった。

呪怨。

それは人の怨念の塊。ある程度の大きさになったら人に取り付き人の欲餌にして殺してしまう史上最悪の霊魂。

大抵の呪怨は多くなる前に駆除されるのだが、どうやり過ごしたのか今こうして蒼馬の背中には呪怨の姿を伺うことが出来た。

もちろんそういう類の力が皆無な悠斗に見ることはできないが気配だけは痛いほど感じることが出来た。

「本当はね、ここにも強面のお兄さん達がたくさんいたんだけど、邪魔だから出て行ってもらってるんだ。あの人たちはどうも頭が固くてこういうの信じてくれないからさー。」

蒼馬は立ち上がりながら左右にいる夏希の肩を掴んだ。夏希の表情は俯いていて伺うことはできない。

「なんで二人いるわけ?本来ならドッペルゲンガーにあった人間は三日以内に消滅するはずよ。」

「そんなルールイマドキ古いって。最新型だよ?だからそんなルールいらないでしょ?」

「はっ!いい趣味ね。」

中学生組がお互い火花を散らし合っている。

蒼馬はにやっと笑ったままソファーに座り込んで足で一人の夏希を蹴飛ばした。

「工藤悠斗以外殺せ。工藤悠斗は後から僕がたぁっぷり遊ぶからさぁ。」

上唇をぺろっと舐めながら蒼馬は悠斗を見る。非常に不愉快な笑みである。

蹴飛ばされたほうの夏希はおどおどした表情をしていたが蒼馬に早くしろと言われて俯いてしまった。

「だいじょ」

「お前は黙っていろ。」

蒼馬に睨まれてソファーのそばにいる夏希は黙り込む。

「こっちがニセモノね・・・。」

「ああ・・・。」

3人が戦闘体制に入る。悠斗も頭を何度か振るい銃を構えた。

「私・・・」

やっと口を開いて顔をあげた。

その表情は何か強い決心をしたような強い表情をしていた。

「短い間ダったケド人間トして暮ラセてよカッタ。抗エナイ結末が貴方を殺すことなラば、私ハ可能な限り・・・」

ニセモノは銃を構えた。レイたちも銃を向ける。

そしてあっちが先に動き出したと思えば、偽物はくるっと方向転換して蒼馬に銃を向ける。

「運命に抗っテやロウジゃないノ!!」

蒼馬は失望したかのような目線でニセモノのことを見ていた。

しかし、決して避けようとも抵抗しようともしなかった。ただ、ソファーで足を組んで堂々としている。

拳銃から飛びでた乾いた音と小さな弾。それは確かに蒼馬の胸を狙っていた。

その場にいた全員、いや蒼馬以外は驚いた。

撃たれたはずの蒼馬は相変わらず偉そうにソファーでくつろいでいて、逆に撃ったはずのニセモノのほうが音を立てて倒れた。それと同時にホンモノだろう夏希も床にうずくまる。

「お前に僕は撃てないよ。」

こいつはどれだけ人を馬鹿にすれば気が済むのだろうか。

蔑むような目線で床を這うニセモノを見つめる。

・・・レイたち3人はしっかり見えていた。

偽物が撃った弾は確かに蒼馬の胸へと向かった。しかし、呪怨のせいでそれが跳ね返されてニセモノの胸を貫いたのだ。

「て、てめぇ!!」

倒れたニセモノを見たあと悠斗は蒼馬を睨みつけ前に出た。

蒼馬は頭をかしげながら笑っていた。

「く・・・どうクン・・・。」

そのとき床に倒れる夏希が工藤の足を掴んだのだ。

「だ、大丈夫か?」

レイに止められたがレイの腕を払って床にしゃがみこむ。

愛からわず冷たい手だが血が出ていて苦しそうということは生きているという証だ。

「私・・・やっぱダメだっタァ・・・。工藤くンヲ守レナカったよ・・・。」

「自分の命を張ってまで俺が大事かよ!」

「大事ダヨ・・・世界で、こノ世で一番大事だ・・・よ・・・。愛シテるんだァ・・・私・・・工藤くんのコ・・・とサ・・・。アンナに短・・・・ぃ期間なのに・・・ねぇ・・・。」

とぎれとぎれ喋る姿は見るのも耐え難い。

悠斗はボロボロと涙を流しながらニセモノの手を握り締める。

ニセモノはにこっと笑ってその場から起き上がり悠斗の前に座る。血が毒っと溢れ出して悠斗の服までも汚す。

「人ヲ愛すッテ素晴らしいことダヨネ。」

ニセモノの夏希は感情なんて何故得たのかと感情を恨んだ。しかし、今ではその感情があることに感謝している。

感情があるから悠斗のぬくもりに涙することができる、人を愛す素晴らしさに気づくことが出来た。

グラグラと意識が遠のく。ニセモノの体は徐々に透け始めあまり時間がないことを意味した。

「ね・・・ェ・・・オ願い・・・アル・・・の・・・。」

悠斗は涙を拭って今にも消えそうな彼女の目を見つめる。

「なんだよ?」

「嘘デモ・・・ぃイカら・・・好き・・・って・・・言っテ?」

それがニセモノとして現れ、人間の感情を得てしまった哀れな傀儡の最後の願い。

溢れそうになる涙をぐっと堪えて最後まで彼の存在を脳裏に焼き付ける。

最後に一度だけ・・・一度だけ・・・彼の口から聞きたい。

「・・・これは嘘じゃねぇから。・・・俺はお前を好―――――――

非道


『聞かせるかばぁあああああああああかぁぁぁぁぁぁぁあああ!!!』


その言葉に悠斗の声はかき消され、ニセモノの夏希は虚空に消えてしまった。

蒼馬の手には銃が握られており、それが夏希の消失を早めたのだ。

愛しい人が聞きたがっていた言葉。それを言いたかった悠斗。

しかも最後のチャンスすら邪魔され悠斗の目からは大粒の涙が溢れ出る。

この少年はどれだけ非道なのだろうか。最後の愛の言葉さえも聞かせてやらない、言わせてやらない。

悠斗の中で怒りが爆発した。震える腕で拳銃を蒼馬に構えた。

「・・・るさねぇ・・・てめぇだけは許さねぇ!!!」

普段温厚な悠斗が見せることのない怒りの表情。顔をぐちゃぐちゃにしながら蒼馬を睨みつける。

一方蒼馬は余裕そうな顔をして足を組み直す。まるで撃てるもんなら撃ってみろと挑発するかのように。

「っざっけんじゃねぇぞおおおおおおお!!!!」

「悠斗落ち着け!!!」

引き金をひこうとした瞬間、リュウによって拳銃を奪われる。

「なにすんだよ!!離せよ!!」

「撃っても自分に返ってくるだけだ!」

「かんけぇねぇ!!俺はあいつを殺さねぇと気がすまねぇんだよ!!」

頭に血が登りきった悠斗の耳に誰の声も届かなかった。

そんな様子をみて偉そうにまるで猫の喧嘩を見るかのような目で蒼馬は見ていた。

生き残ったホンモノの夏希が握り締めた手には爪の跡がくっきりとのこり、血さえ滲み出した。

「・・・・ふざけんな!!」

甲高い声が部屋に響いた。

夏希はソファーに座る蒼馬の胸ぐらを掴んでソファーに押し付けている。

「な、なんだよ。」

珍しく動揺を見せる蒼馬。

夏希は真っ赤な瞳で蒼馬を見る。

「あんたいつまでこんな子供っぽいこと続ける気?・・・私が憎いなら私だけをいじめればいいじゃない!なんで他人を巻き込むの?!いつからそんな人間になったの?!私が知ってる蒼馬はもっと優しい人だったよ!」

「いつの話してんだよ・・・。お・・・俺は、俺はお前のためにやってんだよ!!」

蒼馬が起き上がって夏希を今度は押し倒す。

その苦しそうな表情にくすみはなかった。

「わっかんねぇんだよ・・・。気づいたらここまできてたんだよ・・・。夏希にまた会えたことが嬉しくて・・・もう誰も失いたくなくて・・・。どうすりゃいいんだよぉ!!」

「・・・そっ。」

「・・・はぁ?」

夏希の表情はいつの間にか穏やかなものに戻っていた。

夏希は空いた手で蒼馬の頬に手を当てる。

「肌はあったかい。けど、蒼馬の心は悲しいくらい冷たい。ずっと・・・さみしかったんだね。」

そのとき、蒼馬の瞳から涙が流れた。

蒼馬が一番恐れた感情が襲ってきたのだ。最後に泣いたのいつだったか忘れるくらいにためていた涙が一気に溢れだす。

それを見ていたレイはすかさず捕らえようとするがザクロが制した。

「・・・今は見守ろう。」

「で、でも!」

「俺もザクロに賛成。あいつは似てるよ、オレらに。」

リュウの言葉にレイは俯いた。

自分の胸に手を当てながら昔のことを思い出す。

そう考えれば・・・蒼馬の気持ちもわからなくもないかもしれない。

夏希は起き上がり優しく蒼馬を抱きしめた。

「いつか分かってくれる人に絶対会えるから。世界を素直に受け入れよう。それは難しくて怖いことかもしれない。だけどね、まずは信じてあげないと何も変わらないんだよ。怯えなくたって、逃げなくったって、飾らなくったって、焦らなくったっていいんだよ。」

「で、でもおれ・・・。」

「償えない罪なんてないよ。過去の過ちが償えなかったら人は生きていられない。傷つくのを、失うのを、愛を、恐れちゃダメ。バカな私でもこのくらいは分かるよ。数学ができなくったって、英語ができなくったって、漢字が書けなくったって・・・世界で一番大切なのは愛ってことくらいはわかるよ。」

ゆっくりと紡ぐ夏希の言葉はかじかんだ指を温めるようにそっと心に沁みた。

何が夏希をここまで強くしたのだろうか。

虐待されているはずの娘は何故ここまで強い考えを持っているのだろうか。

「神様はいつだって見ているよ。」

「夏希・・・俺もう・・・・。」

「蒼馬?」

蒼馬は何かを言いかけてそのまま俯く。

そして次第に肩がフルフルと震えているのがわかった。

泣いているのだろうか・・・?

いくらドッペルゲンガーを従えても、いくら呪怨の力を得ていても、いくら組織の長になっていても――所詮は子供。

やっとぬくもりを感じれて安心したんだろう。

悠斗と夏希はそう思った。悠斗は蒼馬のほうへ近寄り、夏希は蒼馬の頭を撫でようと手を伸ばした――

脅威

「・・・うう・・・くは・・・あっはっはっはっはっはっはっはっハハハハハハハハハハハハ!!!!」

俯いていた顔を真上にあげて狂ったように蒼馬は笑い出す。

その凶変ぶりに夏希も悠斗も目を見開いた。

歩んでいた足を止め、撫でようとした手を引っ込める。

「そ・・・うま?」

夏希の声に蒼馬は笑い声をやめて夏希の顔を見る。

その表情はとても中学生ができるような表情ではない。狂ってやがる・・・!

「バカみたいだな!本当にバカみたいだ!!それでいて実に滑稽!滑稽・・・ホント滑稽だよ!!ねぇ滑稽って言葉の意味わかるぅ?喜劇的で悲劇的でくだらない言葉が紡ぎだすバカバカしい物語って意味だよ!お笑いだよ!まさにこの瞬間のことを表す言葉のようだね!愛されてるとでも思っていたの?信じて待てばいずれは愛してくれる人に出会えるって本当に思っているの?本当にそう思っていたのならそれはもう狂信だね!酔狂っていうのかもしれないね!どちらにせよ気持ち悪いんだよ!!虫唾が走る!そんなものを内包して生きていられるなんて、そんな図太い精神したことに尊敬すらわいてくるって話だよ!」

絶句。

まさにこの言葉がこの場面にはあった。

蒼馬の口から溢れだす言葉は次々と夏希の心に突き刺さる。

「ほんとバッカじゃねぇの?!初めっから運命は決まってんだよ!いつか愛してくれる人が見つかるだなんて、いるわけねぇじゃん!神様は見てるぅうう?そうかもな!だって俺らは神様から見すれられたんだから!そんなこと夢見てせっせと頑張って虐待にも耐え抜いて生きてきただなんて哀れ過ぎて哀れ過ぎて目も当てられないよ!普通の人とはちげぇんだよ!住むべき世界がちげぇんだよ!そもそも、愛って言葉は愛されてない人が使うんだよ!愛されている人は愛なんて言葉で生きてるんじゃねぇんだよ!愛を待つって言っている時点でお前なんかが愛される価値はねぇんだよ!」

唖然。

夏希は何かを言おうと口を開が開くだけ。

言葉が浮かんでこないのだ。

蒼馬は夏希のことを突き倒してソファーから落とす。そして倒れた夏希の肩に足を乗せゴミを見るかのように見下ろす。

「希望とか夢とか祈りとか理想とか信頼とか努力とか恋慕とかそんなもの!!達成困難なフィクションであって難儀難題であり否応がなく破滅的な甘っちょろい空想なんだよ!そんなもの存在しないんだぜ?そんなもんにすがって何か歩み寄って依存して、そうすれば本当に愛されると思っていたとか滑稽以外の言葉の何で表せるんだ!?」

蒼馬が足に加える力を強め、夏希がそれに合わせてうめき声をあげる。

悠斗は助けに行きたいのは山々なんだが蒼馬が放つ禍々しい雰囲気に完全に腰が抜けてしまっている。

こんなのじゃ助けるどころか・・・自分の命さえ危うい。そう悠斗は思った。

「冗談きついんだよ!気持ち悪いんだよ!何もかも全部小説じゃねぇんだから!俺らにとっては圧倒的に絶望的に切望的に客観的に主観的に切実に現実に事実の上に愛は関係ねぇんだよ!!それだけだ!それだけなんだよ!少しでも信じてるって思った時点で・・・死んでるんだよ。」

蒼馬は夏希から足を離したと思えば思いっきり悠斗のほうへ蹴飛ばした。

その脚力は常人とは思えず夏希の体は宙を舞い悠斗へとぶつかり二人床にもつれ合う。

「だ、大丈夫?」

「う・・・・ん・・・。」

よく二人共意識を保っていたと思う。普通なら意識が飛んでても問題はなかったはずなくらい吹き飛ばされたのだ。

その間、レイたち3人はただ黙ったまま持たずその状況を見ていた。

蒼馬の凶変、夏希へと放った刃の数々、悠斗が床に倒れていることを全て。

しかし、それも蒼馬の言葉によって3人の意識が戻る。

「ねぇそろそろ飽きてきたし、全員死んでもらおっか。」

別に蒼馬が何をしていたというわけではない。

3人が各々に感情を持って見ていた。

「・・・リュウの言うとおりね・・・。」

レイが一番に話しだした。

「だろ?」

リュウが得意げに笑った。

「やっぱりキミ・・・似てるわ俺らに。」

ザクロも笑った。

「ハ!お前らも神に見放された存在?」

「じゃなきゃ・・・」

レイが一息置く。

「こんな力得ないわよ!」

どういう原理かはわからない。ただレイが右から左に目の前で手を動かすと御札が出てきて浮いたのだ。

そしてその御札とレイの間にリュウが割り込んで左手をあげる。

「呪法!!」

――力がある人の近くにいるとその人にも力が移るといわれている。

悠斗と夏希にそういう類ものもは見えないし、そもそもこの間まで信じてさえいなかった。

しかし、今この瞬間、確かに見えた。

リュウの手のひらから現れた禍々しい紫の色彩を放つ長く伸びる鬼の姿が。

下半身はリュウの手の中にあるのか定かではないか鬼は雄叫びをあげながら蒼馬を両手でつかもうとしていた。

・・・リュウの鬼もかなりの迫力であった。いつちびってもおかしくはないほど恐ろしい。

しかし、蒼馬の背後にいるのはもっともっと・・・もっとという言葉すら意味をなさないほどもっと、恐ろしい。

鬼の恐ろしさは単純に恐怖。

しかし蒼馬の背後に存在する禍々しいみどり色のやつは脅威。

まるで見てはいけないものを見たような気分。みるだけで吐き気がしそうなほど醜い存在。

こんなやつのことをさっきまで見えていなかったなんてと思うとより心臓が縮まる。

「無駄だよ。」

蒼馬はそう笑う。鬼の手はすぐそこまで近づいているのに。

刹那、みどりのやつが自身の一部の伸ばして鬼の体にまとわりつく。

モヤモヤとした煙のようなものが鬼の動きを制したのだ。

「な?!」

リュウは驚きを隠せれないという顔で鬼の背中を見ていた。

今まで鬼の動きを制したものは誰一人いない。しかも、今はレイの札の力まで借りている。もはや最強の存在のようなものだった。

実をいうと街でドッペルゲンガーたちを一気に始末したのもこの鬼だ。

あのときはまだ悠斗には見えていなかった。

「はっは!弱かっ・・・?!」

高らかに笑ったと思ったら動きを止められた鬼と蒼馬の間に剣を構えたザクロが現れた。あの謎のポケットから呪具と呼ばれる道具を出し、蒼馬が油断したすきに入り込んだのだ。

「終わりだぁああああああ!!!!」

文字のようなものがびっしりと書かれた剣を振り上げて蒼馬を狙う。

一瞬驚いたような表情を見せたが特に逃げようともしなかった。

「ザクロ?!」

弾き飛ばされたザクロはリュウたちのもとに押し戻された。

「くっだらない。もっとマシなのいないの?」

あくびをしながら蒼馬はそう言う。

ザクロは腹部を抑えながら立ち上がる。

「どうも東洋のやつだったから西洋の武器が効くと思ったんだが・・・。」

「相性ってやつ?そんなんに頼っても指一本触れられないとかほんっと笑える。」

「お前も呪怨に頼っているじゃないの!」

レイの言葉に蒼馬は目を丸くさせた。そして口角をあげにやぁっと笑う。

「そう言われると・・・お前らだってそうじゃんか。」

ソファーに座り込んでもたれかかる。無防備にも程がある。

「札に魔物、それに武器・・・お前らだって物に頼ってるじゃんか。道具なんてな、所詮は持ち主の使いようなんだよ。ねぇねぇ・・・矛盾って言葉知ってる?」

蒼馬の問いかけに不審そうにレイが知ってるわと応える。

「昔々、この矛はどんなかたい盾をも突き通すことができ、この盾はどんな矛でも突き通すことができないという矛と盾がありましたー・・・さて、この二つを戦わせたらどうなるのでしょうか?僕はこう思うんだ。」

一息置いて蒼馬は言う。

「そんなの持ち主次第でしょ?」

「ハ!屁理屈にも程があるわ!」

蒼馬の答えにレイがそう鼻で笑う。

それが気に入らなかったのか蒼馬は眉をヒクつかせる。

「違うっていうのか?」

「そんなこと言ってないわ。気持ち悪いくらいにその答えに同感しただけ。」

「そ・・・。つまりは僕と君がサシで戦っても僕は負けないぞ?ってことだよ。」

「なら・・・やってみる?」

レイの挑発に蒼馬は絶望したような目で見た。

「嫌だよ。面倒だし。」

ぴしゃりとそう言い放つ。嫌なガキだとレイは心底思った。

「さーて・・・そろそろこの茶番も終わらせようかぁ?僕はこれから世界の王になる男なんだ。君らみたいなのを相手している暇はない。」

そう蒼馬がいうと後ろの呪怨の一部がまた離れる。

依然鬼は捉えられたままで動かすことはできない。もちろん操っているリュウも動くことができない。

戻そうにも戻せれないのだ。

離れた一部は2つに別れて人間のような形になった。緑色の人間なんて気持ち悪い。

「さぁ、呪怨を倒してごらん?僕は優しいから今手出しができない鬼使いだけは最後に殺してあげるよ。」

きっと蒼馬はザクロとレイにそいつが倒せなかったらリュウはそいつらに倒させるぞ?って言いたいのだろう。

レイはリュウの後ろから出て、ザクロも剣から大釜に武器を持ち替えて二つの人間の前に立つ。

「特徴なさすぎるわね。」

「あぁ最もな発言だ。」

二つの緑色の人間を見ながら二人は笑い合う。

「勝負中は誰にも手を出さないから安心して。」

「黙れクソガキ。」

ザクロがぴしゃりと言い放つ。蒼馬の表情が一気に歪んだ。

「レイ、お前は下がっててもイイぜ?」

「ハ!ジジイがふざけたこと言わないでくれるかしら?」

皮肉を言い合って二人は構える。


先に動き出したのはレイだった。

ザクロやリュウには武器がある。だからどっちかっていると戦闘の先頭派。

しかしレイには武器という武器はない。どっちかっていうと基本補助の立場だ。

でもだからといって弱いわけではない。どちらかというと強いほうの分類に入る。

なぜならレイにとって御札はそれ自体が武器なのだから。

「さっさと成仏しなさいよ!!」

レイは空に舞いながら札を指に挟む。

そしてそのまま札を緑人間にくっつけようとしたが緑人間は霧となり原型を失う。

「ち!」

舌打ちをして態勢を戻したときには緑人間は形を取り戻していた。

再びそいつに向かって札を貼ろうと走り出すが、緑人間は直前で霧となる。

振り返ろうとした次の瞬間、レイの顔面が激しく歪む。

脳が揺れて無残にも床に叩きつけられる。その際に口を切ったのか口から血が垂れた。

「実態になったり・・・霧になったり・・・。」

血を腕で拭って立ち上がる。頭が少しクラクラする。

「負けられ・・・ないのよ!!」

拳銃を取り出してやつにぶっぱなす。しかし、拳銃なんて弾が通る直前に緑人間の体に穴ができ弾を避ける。

すぐさま札を手に取り走りだすが予想外、緑人間もレイに向かって走り出す。

「な?!」

気づいたときには遅かった。レイの腹部に緑人間の拳が突き刺さる。札の持っている腕も緑人間の手により封じられ貼ることすらできない。

腕が離れたと同時にレイの口から血が溢れ出る。

普通のレイならこれごときなんともなかった。しかし、殴られたところには丁度ニセモノ夏希に刺された怪我があったのだ。

その傷が今の衝撃で開いてしまい血がボタボタと溢れだす。

「レイ!!」

どこかでレイを呼ぶ声が聞こえる。ふらふらの意識のなかではもう誰が呼んでいるかわからない。

・・・ようやく・・・ようやく・・・やつの弱点をつかめたのに・・・。

ぜーぜーと息を荒げながらも何とか立ってはいる。正直立つのすらしんどい。

やつは霧から戻った瞬間、必ず実体化する・・・。それに気づいたのに・・・。

レイは唇を噛み締める。もう一度やつに襲いかかる気力も体力もない・・・ここで・・・終わりなのか・・・。

血がどんどん出ていき目眩で倒れる。

「ちく・・・しょう・・・。」


「この大鎌は俺の一番好きな武器だ。」

ザクロの身長よりでかい2mくらいある鎌を得意げに緑人間に自慢し始めたザクロ。

ここの天井はあまり高くはない。鎌をまっすぐ持ってつくかつかないかくらいのそんな高さ。

しかし広さだけなら申し分ない。

人気のないところに移動すれば充分鎌を振り回せるとザクロは思った。

「んじゃ、さっさと成仏なさってくだせぇ!!」

ザクロは大鎌を振り上げて緑人間に振り落とす。しかし、鎌は虚空を切り肝心の緑人間は霧となり漂っている。

「げ。マジかよ・・・。だろうなぁとは思っていたけどよぉ。」

面倒くさそうに空いた手で頭をガシガシとかくザクロ。

緑人間は元の姿に戻ってこの世のものとは思えないほど聞き苦しい悲鳴をあげながらザクロに向かってくる。

「うっせぇんだよ!!」

鎌を横に大きく振る。しかし、それは緑人間を通り抜けるだけ。元の姿に戻ってまた走りかかってくる。

もう鎌の中にいるし、スピード的にも間に合わない。この勝負あったと思った刹那

「ざぁんねんだぁ。」

空いた手に握られていたのはナイフ。

ざくろはすべてを分かっていたのかのようににやぁっと笑う。そして緑人間の脳天にぶっ刺した。

「へ!俺に勝とうなんて百年――」

確かにザクロの目の前にいた緑人間はザクロの呪具によって消え去ってしまった。

なのになんだこの鋭い痛みは?

ザクロは固まる首を回して自らの後ろを見る。

「な・・・ぜ?」

そこには緑人間がいた。何故緑人間が・・・?と疑問に思った。

もう一匹はまだレイが相手をしているのに・・・なぜ?

そんなとき蒼馬がシニカルに笑う。

「僕は呪怨を倒してみなって・・・言ったよね?」

こいつはどれだけ性格歪んでいるんだと薄れゆく意識の中ザクロは思った。

刺さったナイフはザクロの背中を貫通しておまけにぐりっと回転まで加えられた。

大鎌を持つでが離れて音を立てて床に落ちる。そしてザクロも床に倒れた。

幸せor不幸せ

「さぁて・・・次は君の番だね。」

倒れたザクロとレイを見ながらリュウは小さく舌打ちをする。

蒼馬はケラケラと笑いながらソファーの上に立った。

「世界の王様になる僕に楯突いた当然の報いだよね?」

リュウは丸腰もいいところだ。腕は鬼と連動するように固まっていて動かせれない。

二つの緑人間の手にはナイフが握られておりリュウに向かってくる。

誰もがリュウの最後だと思ったその瞬間、全てはひっくり返る。

「あっぶないのぉ!ナイフなど危なくて危なくてかなわんわい!」

「大婆・・・おせぇよ・・・。」

リュウは心底ほっとしたような表情をしていた。

蒼馬と悠斗と夏希にはいまいち状況が飲み込めなかった。

リュウの隣で顔の前に両手をクロスさせ構えているいきなり現れた大婆。

その掌には黒い穴があいておりそれに吸い込まれるように緑人間は消えていった。

穴は今はもう塞がっている。

「誰?」

「あたしゃリンゴちゃんじゃ。」

悠斗はこの間はチェリーだと言っていたようなと頭に遮った。

いきなりのイレギュラーの出現に蒼馬は焦っているようにも見えた。

「ババァは下がってろよ。」

「あぁ?!まだピチピチの69歳じゃ小童!」

ひっひっひっひと軽快に大婆は笑った。

「それにしても・・・ザクロに言われて来てみりゃあホンマに小童に呪怨が取り付いてるとはのう。」

笑うのをやめて大婆は蒼馬の後ろにいるやつを睨む。

そしてその目線を流すように鬼に移した。

「捕まって動けなくなったとみるが反論は?」

「・・・ねぇよ。」

「ひっひっひ!支部長ともあろう人が呪怨に捕まって動けぬとはまだまだ修行が足りん証拠じゃのう!」

笑い事じゃねぇよとでも言いたそうな顔で大婆をみるリュウ。

「今から引き剥がすからちゃんと鬼捕まえておけよ?」

「わーってるよ。」

大婆は少し距離を取りながら鬼に両手を向ける。

そして手のひらから黒い円が現れる。

「あたしのこれはブラックホールじゃ!人ならざるもんをすべて吸い込む永久の闇!飲まれたなら未来永劫ここから逃れることは叶わん!天国も地獄もないところに行きたくなければ今すぐ離れんかい!」

大婆の言葉にまとわりついているものが少し反応する。しかし離れようとはしなかった。

大婆は仕方がないという表情で手に力をいれる。そうしたら一面に風が巻き起こる。

鬼もそれにまとわりついている緑のやつも穴に吸い込まれそうになる。

リュウがうめき声をあげながら鬼をなんとか吸い込ませないようにしていた。

そして緑の物体が吸い込まれた途端、風は止み鬼はリュウの中へと戻っていった。

「ひっひ!吸い込まれなくよかったのう。」

「全くだぜ・・・。」

苦笑いしながら衝撃で倒れたのか、お尻をさすりながら立ち上がるリュウ。

そして蒼馬のほうを見る。

「んじゃ、さっさと終わらすかのう。重傷者がおるもんで・・・。」

大婆は倒れているザクロとレイを見ながらそう言った。

ここで初めて蒼馬の焦っている表情が伺えた。

拳を握りしめてプルプルと震わせている。

大婆は両手を構えてブラックホールを広げる。

呪怨は危機を感じたのか蒼馬から離れようとしている。

「逃がさん!」

風が巻き起こり呆気なく呪怨がブラックホールに引き込まれる。

そして最後に、核が姿を現した。

今まで見ていたのものは呪怨の外側でしかなかった。

核は・・・恐ろしく気持ちが悪かった。

その姿を見てしまった悠斗、夏希、それにリュウまでもが床に嘔吐する。

あれはこの世に存在しちゃいけないと、素人ながらにも思えるそんな存在。

嫌悪感じゃ足りない。あれが人間の欲のなれ果なのだろうか?

「お主にも思うことはあるじゃろう・・・。けどだからと言ってそれを他人に押し付けちゃあいけんわい。償うことはできぬ。永遠にさ迷い続け。・・・お主は救われぬ。」

大婆がそういうとブラックホールが拡大した。

もちろん吸い込む引力も。

耐えていた呪怨は聞き苦しい悲鳴のような雄叫びをあげながら大婆の手の中に入っていった。

なんとも呆気ない最後。

呆気なさすぎる最後であった。

「・・・小童。お主にどんな過去があるかあたしはしらん。じゃがしかし、もう二度と別のものに心を奪われちゃあいけん。」

そう言い放ち大婆はザクロに駆け寄る。リュウもレイに駆け寄った。

「・・・蒼馬・・・。」

力なくソファーに座り込んだ蒼馬を見て夏希が立ち上がって蒼馬のほうへ向かう。

悠斗もそのあとを追う。

「そ・・・うま・・・。」

ソファーにもたれて顔を上にあげ目の上に片手をのっけている。

夏希は蒼馬の足下にしゃがみこんで名前を呼ぶ。

「蒼馬。」

だがしかし返事はしない。

悠斗は夏希の後ろでそんな様子を傍観者のように見ていた。

「蒼馬だいじょ」

「工藤悠斗、質問だ。」

夏希の言葉を遮りそう言った。

傍観者気取りだったのにいきなり話しかけられ悠斗は一瞬ビクッとする。

「な、なんだよ。」

「お前、幸せか?」

「は?」

唐突のない言葉に間抜けな声をあげてしまう。

だから幸せかと聞いてるんだと何故か怒られてしまった。

「んー・・・幸せ・・・なんじゃね?」

「本当に?」

「え?ん、まぁ・・・。」

「なんでそう思うわけ?」

蒼馬がそこまで食いかかってくるなんてと悠斗は若干引き気味だった。

難しいような質問に悠斗は軽く頭を悩ます。

「いや・・・不幸ではないから・・・さ。」

「ハ・・・なのその消去法幸福論。」

年下に鼻で笑われていい気はしなかった。

「夏希は?」

「ん?」

「幸せ?」

同じ質問を今度は夏希にもする。

「・・・幸せだよ。」

「本当に?」

「うん。」

「なんでそう言い切れる?」

悠斗と同じように何度もしつこく聞く。

夏希も悩むような素振りを見せて答えた。

「朝おきて、学校に行って、友達に会って・・・帰ったらお父さんとお母さんがいて・・・私はとっても幸せだよ。」

まさか夏希の口からそんな言葉が出てくるとは悠斗は思ってもなかった。

虐待を受けているはずなら親を憎んだりしてもいいはず。なのに、そのことが幸せだと言ったのだ。

悠斗はそのことに少し感動していた。しかし蒼馬は違った。

バッと体を起こして夏希に顔を向ける。

「違うね。」

そう、断言した。

まるで汚らしいものを見るようなそんな瞳で夏希を睨む。

「幸せってことは、お前より不幸な人間を知っているから自分のことを幸せって言えるんだ。」

蒼馬は夏希を責めるようにそう言った。

「ちが・・・」

「違わないね。極端に言っちゃえば狭い空間に生まれた時から死ぬ時までいる人間がいるする。そいつは外の世界のことを知らないから自分が不幸だなんて微塵も思わない。だけどな、そんな箱の中に両手足縛った人間をいれると箱のなかにいた人間は思うわけ。・・・あぁ、俺今こいつより自由だ、幸せだ。ってね。つまりはそういうこと。自分より不幸な人間を見て初めて、幸せだって感じることができるんだ。」

彼は続ける。

「じゃあ誰より夏希は幸せなんだ?誰を不幸だって哀れんでんだ?誰を貶めて自分様は幸せだって思ってんだ?」

蒼馬は悠斗と夏希を交互に見ながら皮肉っぽく笑う。

悠斗はくだらないと思っていたが夏希は違った。

心臓を鷲掴みにされたような痛みと嫌悪感が全身を支配していた。

「そんなことない・・・みんな幸せ・・・。」

「じゃあ夏希が不幸だな。」

「ちが・・・私もしあ」

「くだらない。何を言ってるんだお前は?そんなの夢物語。妄想、妄言、空想なんだよ。誰なんだ?お前が不幸だと哀れんでいるやつ?友達?親?それとも悠斗?あ、まさかニセモノのことか?認めろよ。人間そういう生き物なんだ。汚いんだ。」

違う。

そう反論したくてもその反論の根拠が見当たらない。どれもすぐ論破されそうだ。

「幸せを求めるってことは自分より不幸は人間を探すってこと。だから戦争もいじめも差別もなくならない。そういうやつらが必要だからだ。人は幸せを求める、貪欲であるんだ。」

ハハハと軽快に笑った。

「・・・私は幸せ。みんなも幸せだ。」

夏希の言葉に蒼馬は呆れた様子だった。

「みんなが幸せかー。反吐が出る。気持ちが悪い。幸せにじゃない。その論理にだよ。」

彼がいうことは少し難しいような気がした。本当に中学生なのかこいつ?と悠斗はふと思う。

「夏希、お前にはわかるだろ?日常がどれだけ脆いかってことを。その身で体験しただろ?世の中にはこういうことが往々しているんだ。」

また汚らわしいものを見るような目で夏希を見た。絶対に中学生なんかじゃない。

「そ、そんなことな」

「わかったわかったわかってる。俺が言いたいのは違うんだ。要するにお前が醜いんだよ。その現実を見て見ぬふりをしているその目が醜いんだよ。本当はわかっているくせに現実から目を逸しているんだよ。」

蒼馬が追い討ちをかけるようにそう言う。

夏希はその場にペタリと座り込んでしまった。

「お前は俺と同類なんだよ。世界から見捨てられた存在。幸せなんかに届かない。」

「おい」

やめろと言おうとしたが急な変化に声が出なかった。

「違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違うちがうちがうちがうちがうちがうちがうちがうちがうちがうちがうちがうちがうちがうちがうちがうちがうちがうちがうちがうちがうチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウ」

壊れたラジカセのように同じ単語を繰り返す夏希。

かと思いきや頭を思いっきりかきむしり始めた。

「お、おいどうしたんだよ?」

悠斗が夏希の腕を掴んだ瞬間、それが振り払われた。

「私は幸せ幸せ幸せだ!朝おきたらお父さんとお母さんがおはようって言ってくれて学校に行ったら友達も先生も丁寧に教えてくれる!部活に行っても記録が伸びて、帰ったらお母さんがご飯の用意をしているの!お父さんが帰ってたらご飯を食べてお風呂に入って他愛もない話をしたりして一日を終えるの!蹴られたり殴られたり閉じ込められたり熱湯かけられたりタバコ当てられたりそういう世界が嘘なんだ!妄想、幻、幻想、嘘嘘嘘よッ!」

このとき初めて悠斗は気づく。

ここまで精神がまともではなくなるほどの生活を虐げられていたんだ、と。

そんな夏希に蒼馬は追い討ちをかけた。

「嘘じゃない。現実だ。」

蒼馬の言葉によって夏希は動きを不自然にピタリと止める。かきむしってボサボサの頭を直そうともせずにだらんと腕を垂らす。

隙間から見えた夏希の目は光が宿ってなかった。

何もかもに絶望したそんな瞳。

だけど悠斗はそんな瞳を知っていた。

蒼馬はそうだけど、レイとリュウもこんな目をしているときがあった。

それは夏希が虐待をうけていると知った時だ。

光の宿らない瞳をしていた。

「・・・わっかんねぇ・・・。」

「だろうな。お前みたいな世界にいるやつにはわからねぇだろう。神様に見捨てられた人間が。」

「・・・んでだよ・・・。」

拳に力を入れる。

「お前も笠原もレイもリュウもみんな!!なんで諦めたような顔してだよ!幸せになりてぇんならそうすればいいじゃねぇか!そりゃ俺はさ、両親も過保護なくらい優しくて、友達もそこそこいて、バイト仲間もいいやつだ・・・だから孤独とかよくわかんねぇ!だけど、一番わかんねぇのはなんで諦めてんだよ!」

名前を呼ばれてレイを止血していたリュウが悠斗のほうへ目を向ける。

しかしそんなこと背中を向けている悠斗にはわからない。

「生きとし生けるもの全てに幸せになる権利があるんだ!なのになんでお前らは幸せを望まない?!希望を抱かない?!そこまで完膚なきまでにやられたのか、おい!違うだろ!!・・・・お前らは現実を見てるんじゃねぇ・・・。――目を背けてるんだ。」

蒼馬が歯をくいしばるのが見えた。

悠斗がまた何かを言おうと口を開けたがそれは強制的にしめられる。

「悠斗!はようせなぁコイツら危ないんじゃ。コイツ運んでくれんかのう?」

大婆が血まみれのざくろを指差している。その腹部には丁寧に包帯が巻かれてあった。

リュウはレイ、悠斗はザクロ、そして大婆は放心状態の夏希と手錠をつけた蒼馬を連れてあの出口を出た。

そして祠付近に止めてあった車に乗せてあの屋敷へ向かった。

なれ果て

まずは状況を整理しよう。

あのあと全員は一旦屋敷の方へ戻った。

国際警察という権力を乱用して医者を呼びつけレイとザクロの手当をさせた。

ザクロは出血ものは激しかったがさほど人体に影響はなかったという。

しかし、レイのほうは一刻も争う状況だった。

手術が終わりしばらくは目覚めないだろうと言われていたのに次の日には目を覚まし悪態をつきはじめた。

二人の驚異的な生命力には恐れ入いった。

大婆はレイが目覚めるのを見終えると有給をとってどこかに消えてしまった。

任務を終えたらいつもあることらしく別に誰も気にしてはなかった。

蒼馬は本部に送還しなくてはならないのだが、本部のほうが今手詰まりらしくまだ屋敷のなかに軟禁されている。

そうそう、蒼馬の件なんだが、呪怨が離れた途端蒼馬の得ていた力も消滅してそれによって支配されていたレッドキャットも解放された。

中学生に支配されていたことは何故か記憶にないらしくのんきにまた悪事を働こうとしているらしい。

ドッペルゲンガーについては、全滅してしまった。

しかし、ドッペルゲンガーが消滅したからといって本人が戻ってくるわけではない。

世界各地で集団失踪という見出しのニュースが世間を騒がしている。

まぁこの件には国際警察自然保安部は一切関与するつもりはないらしく、不可思議事件として迷宮入りするだろうとリュウが軽快に言っていた。

・・・夏希と悠斗はその生き残りとしてマスコミや警察が押し寄せてきていたが国際警察という権力を乱用して圧力をかけたらしい。それもリュウが軽快に笑いながら言っていた。

夏希はあのあと発狂して今では人に会えない状況らしい。

カウンセラーをつけているのだが頭を横に振るだけで夏希の精神状態は非常に危険だという。

悠斗は本当なら自宅へ戻ってもいいのだが誰もいない街に戻っても何もないし、そもそも電力も水道も止まってしまっていて家にいれないのでこの屋敷にしばらく居候させてもらうことになっている。

ことが済んだら両親のいる海外に引っ越すつもりらしい。

「あ、ちょっと蒼馬あんた囚われの身のくせに私のロールケーキ食べたでしょ!?」

「寝過ごしたレイちゃんが悪くね?」

「てっめぇ・・・・ぶっ殺す!!」

レイと蒼馬は相性が悪いらしく顔を合わすたびに喧嘩をしている。

会話内容はとてもとても世間様にお見せみせれないようなものになっている。悠斗曰く、とても中学生がする会話とは思えないらしい。

「はいはいみんな報告だぜぇー!」

ふすまを勢い良くあけながら飛び込んできたのは金髪のリュウ。あいからわずちゃらい。

「あ!レイお前病み上がりだろー!大人しくしてなきゃダメじゃねぇかー!」

「うるさいわよ!吊るし上げられたいの!?」

「うえーん!レイが目を覚ましてからより一層口が悪くなった気がするよー!」

わざとらしく声をあげてハンカチを噛み締めるリュウ。レイはふん!といった態度で座布団に座った。

ここは居間であり、テレビに机それに座布団がおいてあるところ。昔懐かし田舎の風景だ。

そこにいるのは今入って来たリュウと、喧嘩中のレイと蒼馬とそれを苦笑いで見ていた悠斗とザクロ。

ザクロはレイが目を覚ました瞬間から禁煙を言い渡されているため少し禁断症状を起こしている状態だ。

「それよりリュウ、報告ってなんだぁ?」

「ん?・・・・あぁ、報告な。」

潤んだ瞳でくるりと振り向くが慰めてくれるわけではないとリュウは悟りいつのもリュウに戻った。

「今夜ここ出るから。」

「へ?」

悠斗の間抜けな声が今に小さく響いた。

「いや、別に驚くことじゃねぇだろ?レイも目覚ましたし蒼馬のこともあるし、本部もそろそろ片付いたことだろうから大丈夫だろう。」

「この街にいるのもそろそろ限界だしね。国が何やら調査するらしいから。」

レイもザクロも落ち着いたように聞いてた。蒼馬も同じくそうだ。

悠斗だけ動揺していた。

「え・・・っと俺はどうしよう?」

「お前、海外行くんじゃなかったのか?」

「まぁ・・・でもこんなに早いとは思ってなかったんだよな。」

悠斗にもいろいろ準備というものが必要である。

そりゃあっちについていまえば問題はないのだが、荷物をまとめたりパスポート取りに行ったり飛行機の予約したり・・・。

確かに国がここを立ち入り禁止区域にすることは知っていた。しかし、それも一ヶ月くらい先のことであって・・・。

「どうしようか・・・。」

お手洗いで一人で悩んでいた悠斗。

タイムリミットまでもう12時間もない。いまからパスポートとか取りに行くか?

お手洗いの扉を開くと一人の女の人がリュウと歩いているのがみえた。あの人は確か夏希のカウンセラーの人だ。

夏希を病院にいれるわけもいかないのでここの地下で監禁しているらし。何故地下があるかどうかは悠斗は知らない。

「あ。」

あちらも悠斗の存在に気づいたようでリュウが声を出す。悠斗は軽く会釈してその場を後にしようとした。

「ねぇ。」

女の人の声で呼び止められる。

「は、はい?」

まさか声をかけられるとは思ってなかったので思わず体がこわばる。

「話は聞いてるわ。ちょっとお話願えない?」

「え?」

気づけば悠斗は地下に連れてこられていた。

壁も床も天井も全てコンクリートでできているようで少し肌寒い。

机をはさんで向かい合う形で悠斗とあの女の人が座る。

「私は自然保安部の心理学者よ。特殊現象を見たときの人間の変化とか・・・まぁいろいろ研究してるの。ミラって呼んで。」

丁寧にお茶まで出された。

ミラは大人のお姉さんという雰囲気を醸し出していて下手すれば保健室のエロ先生でもしていそうだ。

悠斗はどうもと言いながらお茶を口に含む。

「ねぇ悠斗くん。今からする質問にイエスかノーで答えてくれない?」

「え?あ、はぁ・・・。」

不信な目線で悠斗はミラを見る。ミラはそんなこと気にしていないようにニコッと笑った。

「一、君はホンモノの笠原夏希と関わりはなかった。」

そういう類の質問か・・・。ティーカップをおきながら応える。

「はい。」

「あー、ダメダメ!イエスかノーって言ったでしょ!」

「え、あ、すいません。い、イエス?」

満足そうにミラは笑う。

「二、君はニセモノの夏希のことが好きだった。」

う・・・なんて直球の質問なんだとうかと悠斗は思う。

「い・・・イエス・・・。」

気まずそうに頭をかきながら今にも消えそうな声で答える。

そういえばあのときはバタバタしていたから気づかなかったけど大勢の前で告白しようとしたんだよなー・・・と思うと顔が熱くなる。

「フフ。イケメンのくせに純情なのね。あ、まさかどうt」

「黙りましょうか?」

下手したらではない。この人は確実に保健室のエロ先生キャラだ。

「もうジョークが苦手なのね。・・・三、君はホンモノの笠原夏希が好きだ。」

「・・・え?」

「フフ。答えれる?」

なぜこんな意地悪な質問をしてくるのだろうか。

悠斗は頭を悩ます。そんなこと考えたこともなかった。

確かに夏希はニセモノとは瓜二つで分身だ。いや、でも自分が好きになったのはニセモノで・・・あれ?でもでもニセモノはホンモノで・・・。

頭のなかが混乱してくる。

今でもニセモノが消滅したことを心が痛むし、やりきれない気持ちでいっぱいになる。

だけど地下にいる夏希のことを思えばその気持ちも少しは収まる。

「・・・あれ・・・?俺・・・もしかして・・・・ホンモノに面影を・・・。」

頭を抱え込む。

もし本当にそうだとしればそれはどれだけニセモノに失礼なことだろうか。

人は一個人として尊重されるべきであり・・・あ、でも偽物は人じゃなくて・・・いや感情は得ていたし・・・。

グルグルとわけもわからない考えがまわりだす。

「悩んでいるみたいね坊や。」

いつの間にかとなりにはミラがいた。

刹那、顎をガッと掴まれて無理やり顔を上に向けさせられる。

ミラが顔を近づけてくる。その差10センチ程。

「悩むより・・・感じなさい。」

「へ・・・?」

息が悠斗の顔にかかったと同時に胸ぐらを掴まれて強制的に立たされる。

間抜けな声が出る。ミラは抵抗する悠斗をものともせずに胸ぐらを掴んだまま歩き出す。

「この部屋はまだ中間地点。この部屋の奥に・・・ほら!」

奥の扉をミラが開きそこに悠斗は投げ込まれる。

「いってぇ・・・。」

思いっきり頭をうって意識がグラグラする。

「頑張ってね若いものどうし・・・ね♥」

ミラは最後に悠斗にウィンクを飛ばして扉を閉めた。最後の言葉どういうことだよ!

慌てて扉に駆け寄るが鍵を占められたのかビクともしない。それどころか外の音さえも聞こえてこない。

「お、おーいミラさーん?」

掛け声虚しくコンクリートに吸収される。

あの人苦手だと悠斗は心底思った。

ため息を吐きながら扉に持たれる悠斗。ここはどうやら誰かの部屋のようだ。

窓など存在しないしとにかく肌寒かった。

「・・・誰かいる・・・?」

奥のベッドに人影があるのが見えた。ミラさんは一体何人監禁しているのだろうか?

「あ、あのー。」

悠斗が声をかけると物陰はビクッと震えた。このとき悠斗に一人の人物の名前がよぎる。

「・・・笠原?」

夏希は別途の上でシーツにくるまって座っていた。本人だ。

まさかこんなところで再会すると思ってもいなく動揺が隠せない。

それは夏希がそこにいたことのほかに、ミラからの入知恵のせいでもあった。

「ひ、久しぶり・・・。いや、俺らは、はじめましてのほうがいいのか・・・な?」

悠斗との言葉に夏希は何も言わなかった。

ただどこを見ているかわからない虚ろな瞳をしていた。

「大丈夫・・・ではないよな。」

ミラさんが自分をここに入れた理由は正直わからなくもなかった。

きっと自分の想いを確かめろってことであろう。

悠斗は一歩一歩踏みしめながら夏希のほうへ近づく。

「笠原・・・。」

まるで今悠斗が目の前にきたのに気づいたのか悠斗の声にビクッと体を震わせる。

「だ・・・れ?」

一番はじめの言葉はどうやら夏希には聞こえてなかったらしい。

「工藤悠斗。クラスメイトだ。」

「く・・・どう・・・くん?」

「・・・そうだ。」

まるでアイツに呼ばれているような錯覚に陥る。

悠斗はベッドに腰をかける。何を言えばいいのか、何をすればいいのかわからないが扉が開かないとどうにもならないし、夏希とここで駄弁ることにした。

「なんかここ寒くないか?それに窓もねぇし暗いしやることもないし」

「工藤くん。」

はっきりとした声で夏希が悠斗の名前を呼ぶ。

悠斗は夏希のほうを見ながら何?と頭をかしげる。あいからわず目はどこを見ているかわからない。

「あの子の記憶を私が継承してるの。」

「え?」

「あの子が見たもの、聞いたもの、感じたもの、全部が私の記憶になっている。」

あの子というのはおそらくニセモノのことだろう。

「だからあの子がどれだけ工藤くんのことが好きだったかよく分かる。・・・分かるから・・・辛い。」

虚ろな瞳から静かに涙が溢れ出た。表情はかえないものの涙がとめどなく流れている。

その姿に悠斗は驚いてあたふたする。

「え・・・っと・・・。」

「ありがとう。私が言うのはおかしいかもしれないけど、嬉しかった。今まで誰かに優しくされても何か裏があると思っていた。だけどね、あの子は工藤くんのすべてを信じた。だから恋をしたの。・・・幸せ、だったよ。」

微笑んだ気がした。

「蒼馬が言うとおり私は誰かを貶めて哀れんで自分のことを幸せだって思っていたのかもしれない。でもそれは今までの自分のことなの。かわいそうな過去の自分を哀れんでいた。・・・最低な人間かもしれないけど、それでも自分が幸せって感じたかった。感じてたかったんだよ・・・。」

「笠原・・・。」

夏希は虚ろな瞳のまま続ける。

「でも、それも所詮夢。夢はいつか覚めるものでしょ?だからね、私は現実を受け止めるよ。どれだけ辛くてもそれが私のたった一つの人生、運命なんだもん。私からすれば幸せも自由も・・・所詮届かないものなんだよ。」

「・・・なんで諦めてんだよ。」

夏希は表情を変えずに悠斗を見続けた。

「あんときも言ったけどなんで幸せになること諦めてんだよ!言ったろ?誰にだって幸せになる権利ってあるんだ!」

「・・・じゃあ聞くよ?幸せって何?何がどうしてどうすれば幸せだと言える?」

急に夏希の目が鋭くなったように感じた。

「そ・・・れは・・・。心が満たされたら・・・?」

「じゃあ無理よ。私の心は生涯満たされない。」

悠斗の頭の中でプチンとなにかが切れる音を確かに確認した。

確信的に自覚した。

「お前に・・・お前に何がわかるんだよ!」

悠斗は気が付けば夏希を上から押しつけるように馬乗りになっていた。顔との距離は5センチほどだった。

完璧に衝動的な理性のない行動だった。

「お前は・・・お前は!」

「やめてよ・・・痛い。」

押さえつけた手首を暴れさせながら夏希は言う。

「痛いじゃねぇよ!なんでそんな冷めたこと言うんだよ!」

冷静なんて忘却の彼方だった。

歯を食いしばり悠斗は夏希を見続ける。

「なんでかって?そんなの決まってるじゃないの!無理だからよ!そんな夢見たって傷つくのは自分だってわかってるからよ!」

「だからなんでそんなことを言うんだ!」

手首を押さえつけながら悠斗は叫ぶ。

夏希は一瞬、痛そうに顔を歪めた。

「大体・・・。」

一回、言い淀んで夏希は言う。

「あんたみたいな人に私の気持ちなんてわかるわけないでしょ!」

「ふざけるなよ。」

低く腹のそこから出したようなドスの聞いた悠斗の声にビクッと体を震わせる。

「俺だって守ってやりたかったよ!初めは別人だ別人だって自分に言い聞かせた。だけど、やっぱ同じなんだよ!」

悠斗は下唇を噛み締める。

「・・・好きなんだよ・・・。どうしようもねぇくらい好きなんだよ!笠原夏希・・・お前のことが大好きなんだよ!」

固まる夏希。

まさかこんな付近で、こんなに場違いな場所で告白されるとは思っていなかった。

「好きな人が目の前で幸せになれないって諦めてたら苦しいだろうが。守ってやりたいって思うだろうが!だって・・・だって・・・。」

たとえニセモノだろうが、ホンモノだろうが同じ人物であることは変わりはないんだ。この気持ちに嘘はねぇんだ。

ニセモノを守ることはできなかった。だけど、自分にはまだ残っているんだ。

守りたい人がまだ目の前にいるんだ。

罪を償うって言い方は悪いかもしれない。だけど、悠斗には夏希を幸せにすることでしかニセモノに顔を合わせれないと思ったのだ。

たとえ偽善者になろうとも貫かなければならないことがある。

そのためなら俺は何にだってなる。夏希に恨まれても嫌われても構わない。

「私は・・・それでも私は・・・。」

「生きろよ。」

一片の迷いもなく言い放つ。

「俺が絶対にお前を幸せにする。だから・・・生きろ。」

夏希の目が見開く。まるでプロポーズではないか。そう第三者は思うかもしれない。

実は夏希は死のうとしていた。生きていても何の意味も価値もない。世界から消えてしまおうと思っていた。

そんなとき、悠斗は自分に対して生きろと言った。

悠斗は夏希が死のうとしていたことがわかってたのか定かではないが夏希の心に初めて悠斗の言葉が届く。

「工藤・・・くん?」

「不幸になんてぜってぇにさせねぇ。そんなこと俺が許さねぇ。」

夏希の瞳からくすみが消えていく。光が戻っていくのが悠斗にはわかった。

溢れ出しそうな涙を我慢しているのか下唇を噛み締めていた。

「俺がこの先どんなことがあってもお前を不幸になんてさせねぇ。思わせない。だからお前もあきらめないでくれ。幸せになることを。」

腕の力を緩める。

悠斗が押さえつけていた手首は赤くなっていた。

「・・・私・・・お荷物になっちゃうかもよ?」

震える声で、消えそうな声でそう言う。

「お荷物だなんて思わねぇよ。」

「私・・・汚くなったったよ?あなたに釣り合うような・・・そんな人間じゃないんだよ?」

「お前は綺麗だ。」

夏希はカーっと顔を赤に染める。

「俺と一緒に・・・いてくれるか?」

一回。

夏希は一回だけ頷いた。

「いいよ。」

刹那、バンっと言う物音に二人は顔を向ける。

そしてゲッと思った。

「うわー大人がいけないことしてるよぉー!」

それは今屋敷にいる人間全員だった。全員顔がニヤニヤしていて気持ちが悪かった。

悠斗は慌てて夏希の上からおりるがすでに時遅し。

「いやー悠斗もこれで大人の仲間入かぁー!」

「まぁ高校生でまだだったというほうが驚きだったけどなー。」

リュウとザクロが笑いながら何かいけないことを話している。

「あ、てかレイちゃんってどうなの?しょ」

「去勢するぞコラ。」

中学生組も何やらいけない会話を喧嘩をしながら言っている。

残ったミラさんも何かニヤニヤとした視線で悠斗を見ている。トラウマになりそうな目だ。

「な、なんなんだよお前らぁー!!」

「ウフフ。言ってなかったかしら?ここ、監視カメラ付き。もちろん・・・音声もバッチリ。」

全員が親指を立ててグーサインをしてくる。

カメラつき・・・音声ももれている・・・悠斗の頭がすべてを理解するまで0.05秒。

全身に冷たいものが駆け巡る。

つまり、告白シーンから全てこいつらには見られているということ。

「い、いやああああああああああああああああああああああ!!!」

悠斗はこのとき人生で一番大声を出したという。

終焉

20時過ぎ。

悠斗と夏希はしばらくあの屋敷に残るという。

国際警察組は行かなければならないので今は国際警察が所有する飛行機の中だ。

「ねー・・・なんで俺手錠かけられてんの?」

「お前一応罪人だからよ。」

自らの手にはめられたものをガチャガチャ言わす蒼馬にレイが言う。

「ほかの人たちは?」

「リュウとザクロは操縦席。ミラも補助か何かでそっちにいる。」

ふーんと興味なさそうに蒼馬は言う。もとから興味はないみたいだが。

レイはノートパソコンのキーボードを叩きながら何かをしていた。

「ねぇ、何してるの?」

「お前の戸籍消去。」

「は?!」

レイの言うことに蒼馬は驚愕する。

「冗談よ。貴方の代わりの死体を用意させてるとこ。偽装死体ってとこかしら?」

レイはクスクスと笑いながらキーボードを叩き続ける。さらっと恐ろしいことを言う。

「自然保安部は機密中の秘密組織。その存在が明らかになるようなものは徹底的に排除しなくてはならないの。今回の騒動は呪怨が絡んでいたとはいえあなたの罪になるわ。」

「ハ!俺、殺されんの?」

皮肉っぽくそう笑う。大勢の人を消したのだ。それなりのことは蒼馬も覚悟しているつもりだった。

しかしレイの口から出てきた言葉は蒼馬のその覚悟を全て壊した。

「残念ながらあなたは死刑にはならない。」

「え?」

間抜けな声を出す。

「リュウが同情したのか知らないけどうまいことしたのよ。蒼馬はこれから自然保安部に配属されることになった。」

「え?え?」

レイの言っていることがイマイチ飲み込めない、そういう顔をしている。

ため息がちにレイが蒼馬のほうを振り返る。

「阿笠蒼馬を自然保安部西日本支部に配属。これが貴方の刑務よ。」

「そんなことで・・・いいのか?」

「そんなこと・・・ですって?」

レイは一息置く。

「それこそ最悪の刑だわ。生涯国際警察の犬となり働かなくてはならない。自分の素性も晒せないし、家族に会うことも知り合いに会うことも禁じられる。あの屋敷だって別荘なんて大層なことを言ったけど本当は借り物。・・・逆らえば殺されてしまう。それにあなたは耐えられる?」

レイの冷たい言葉に蒼馬はゾッとする。

こいつにどんな過去があったかしれない。しかし、おそらく自分よりもっともっと底辺の人生を送ってきたに違いないと感じさせる瞳。

「私たちに関わったのなら自由はもうない。一生縛られ続ける。名前も奪われてしまうわ。・・・そういう世界なの。」

「待て!じゃ、じゃあ悠斗くんたちも?」

「・・・そうよ。多分そのうち呼び出されるでしょうね。」

小さな窓の外を見ながらレイは思う。

本来なら家族とも友達とも一緒に入れて生涯幸せに暮らしていけたはずなのに、その幸せを自分たちが奪ってしまった。

悠斗の家は家族全員仲がいいはずなのにそれと決別しなければならない。

本当に申し訳ないことをした。

「世界の闇を知ってしまった以上・・・もう普通には戻れないのよ・・・。」

レイの言葉は決して誰にも届くことはなかった。

ただ、世界に飲まれていくことしか出来ない。

どっぺる・げんがー

 世界には人間にわからないことがたくさんある。

 知らない組織があるからといってそれがないとは限らない。

 見えないから信じない。

 そんな暴論通じるわけがない。

 では聞くが、貴方の心臓はどこにあるのだ?

 貴方は自分に心臓があるいうが・・・見たことがあるのか?

 人類の中で自身の心臓を見たことある人はあまりにも少ない。いないかもしれない。

 それなのにあると言う。

 ロジックがおかしすぎる。

 ・・・見えないものだろうと夢であろうとそれが存在しないとは言えない。

 できないことなど本来存在してはいけないのだ。

 つまり、だ。

 人が幸せと感じれないことはどあってはならない。

 幸せは空気と一緒で世界を満たしているが、気づくことができなければないと同じ。

 人はそれが見えないがために求め続ける。他人と比べたがる。

 結局、人が全員幸せだと思うには全員が人を蔑む必要があると認めざるおえない。

 この物語はひどく中途半端。

 しかし、物語など断片しか知ることが出来ない。

 その裏で何が、その前には何が、そのあとには・・・。

 すべてを語るには一生という期間は短すぎる。

 くだらない、退屈だと思うかもしれない。

 そう思うのは無理はない。

 基本、人間なんて自分の物語以外興味がないのだから。

どっぺる・げんがー

  • 小説
  • 長編
  • ファンタジー
  • ミステリー
  • ホラー
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2012-08-10

Copyrighted
著作権法内での利用のみを許可します。

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  1. なりすまし、ドッペルゲンガー
  2. 噂話
  3. 異変
  4. 違和感
  5. 追う者
  6. 出来損ない
  7. 待遇
  8. 行動
  9. 意味のわからない存在
  10. 幻想?現実?
  11. 理不尽な感情
  12. 後悔と嘆き
  13. 憎き恋敵
  14. 突入
  15. 非道
  16. 脅威
  17. 幸せor不幸せ
  18. なれ果て
  19. 終焉