心ゆらめきて

第一話 崖に彷徨う影、崖に誘われし光。

爽やかだが、どこか重苦しい風。
崖に押し寄せる波は、まるで何かを訴えかけているようだ。
ここは、最近知られるようになった心霊スポット・枷深壁(かせみかべ)。
東尋坊や三段壁のように大きく有名な場所ではないが、それらに匹敵する程の雰囲気を醸し出している崖である。
その崖から、悲しい顔で海を見渡す死装束の少女がいた。


「おい、見ろよこれ!何か映ってる…。」
少しチャラそうな、典型的な男子大学生が、隣にいるこれまた典型的な女子大学生にスマートフォンの画面を見せた
「これってもしかして心霊写真なんじゃないの…?こんとこイヤだ!早く帰ろ!」
そう怒鳴り捨て、足早に車に戻るカップル。
「早く帰れ帰れ。昼間だから幽霊が出ないっていう考えは古すぎるよ。」
幽霊である少女は、逃げる車を睨み付けながら呟いた。
少女は、この崖に住み憑く地縛霊である。彼女は十六歳という若さで自らこの崖で命を絶った。
「うーん、写真に映りすぎかな。最近ちょっと来る人が増えてるんだよね。」
少女の声を掻き消すかの如く、波の音が崖に轟く。
「でも、誰か来ないと暇すぎて退屈なのよね。…カップルが来たら呪ってやるわ。」
悪い顔をしながらそう言った少女の名前は、丸山柚珠奈と云う。
「…私、ずっとここで何してるんだろ。なんで成仏出来なかったんだろ…。」
暗い顔になり、崖に座る柚珠奈。毎日毎日。自ら命を絶った日を思い出してしまう。柚珠奈が自殺をしたのは三年前だった。
「はぁ…。」柚珠奈は大きな溜息を吐いた。
心霊スポットとして来る人間は無性に腹が立つので、三年間悪戯をして過ごしていた。しかし、一般の観光客には一切手出しはしない。
基本、人は夜中に来るので、昼間は暇な時が多い。柚珠奈の時間の潰し方は、昼寝と妄想が主だ。妄想に関しては、し過ぎでそのバリエーションは実に百を超えている。今現在、柚珠奈は暇をしているので、妄想に入り浸っているところだ。
「ふふふ…。」気持ちの悪い笑い方をしながらニヤける柚珠奈。しかし、柚珠奈は可愛い顔をしている。だから、ほとんどの人が気持ち悪い笑みを浮かべる柚珠奈を見ても、そこまでの不快感は無い。
 妄想の世界に入り込んでいる彼女は、誰かがこちらに歩いてくる音が聞こえた。
「むっ、敵の進軍か。」
そう言って振り返ると、そこには自分と同い年、若しくは年上に見える容姿の美少年が居た。
「イケメンの進軍か…。一体こんなところへ何をしに…?」
少年はキョロキョロとしながら崖に近付く。
「……!」
少年と柚珠奈は目が合った。
「ゆ…幽霊のコスプレ…?いや、この雰囲気…まさか本物…?」
少年には柚珠奈の姿が見えるみたいだ。
「え?私が見えるの?」柚珠奈はきょとんとした顔で少年を見つめた。
少年は口を半開きにしたまま頷いた。
「初めてね、そういう人。」
柚珠奈は図太い態度でそう言った。しかし、少年は思考が完全に停止しているようだ。
「えーっと…。私は悪霊とかそういう類の幽霊じゃないから安心して。…多分。」
柚珠奈の言葉を聞き、少年は瞬きを二回した。
「そ、そう…。本物の幽霊か…幽霊…。マジか…。」少年は自問自答をしていた。
その様子を見るに見かねた柚珠奈は小さい溜息を吐いた。
「なんでこんなところに来たの?怖いもの見たさか何か?」
少年の様子を伺いながら、質問をぶつけた。
「なんで…か。ちょっとリフレッシュ?みたいな感じかな。怖いもの見たさじゃないって言ったら嘘になるけど。」
柚珠奈は少年の言葉を聴いた後に、物凄い嫌な予感がした。口調というか、表情、雰囲気というか…。兎に角、少年がここに来た本当の理由に気付いた。
「あのね、もし自殺を考えているなら、やめておいたほうが良いわよ。今死んでも何も残らない。何か変われるわけでもない。…私みたいに死んだ場所に縛られ、ただただこの世界を彷徨い続けるだけかもしれない。死後の世界がどうなっているのか、私にはまだわからないけど、自殺をした後の世界なんて良いわけがない。…とりあえず、自殺はやめておきなさい。あなたならまだ可能性はある。」
柚珠奈の言葉に、少年はドキッとした。初対面の人に、自分の心の中をいとも簡単に見透かされたからである。
「じ、自殺なんてするわけ…」
「嘘吐かないで、何にも荷物を持ってないし、観光でも心霊現象を目的に来たわけでもないでしょ。…それにあなたの目、あの時の私みたい…。」
少年の言葉を制止するように言った。
「…っ。幽霊のくせに……なに俺に説教してんだよ…。」
少年はぼろぼろと涙を零しながら跪いた。
「全くしょうがないわね。話聞いてあげるわ。…誰にも話せないからこんなとこに来たんでしょ?」柚珠奈は少年の前に屈んだ。
「話すっつっても…。見ず知らずの不審者に?」少年は顔を上げた。
「見ず知らずの人だからこそでしょ。それに不審者は余計。…繋がりが強くて深いほど、言いにくくなるものでしょ?こういうのって。…私も経験あるしね。」
柚珠奈は少年の目を見て言った。
「…ありがとう。…わかった。折角だし、話させてもらうよ。君、名前は?」少年は明るい顔になった。
「私は丸山柚珠奈。好きに呼んで。」柚珠奈も少し明るい顔になった。
「なるほど…。かわいい名前だね。柚珠奈って呼ばせてもらうよ。」
「はいはいわっかったから。それよりあなたの名前は?」初めて名前を褒められたので、柚珠奈は少し照れた。
「ああ、ごめん。俺の名前は上原雅也。俺のことも好きに呼んでね。」雅也ははにかみながら言った。
 雅也はあぐらの姿勢になりなった。
「幽霊に話聴いてもらうって、俺とうとうやばいな。」崖の向こうを見つめた。
「うるさいわね、バカ。」
柚珠奈も崖の向こうを見つめた。
雅也は崖の向こうから目を離し、柚珠奈の顔を横目で見た。すると、柚珠奈の顔が、一瞬だけ、未練・憎悪・悲哀…などの感情で歪んでいたのを見逃さなかった。

心ゆらめきて

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心ゆらめきて

崖から地平線を睨むように見つめる死装束の少女。彼女は一体何を思っているのか…。

  • 小説
  • 掌編
  • ファンタジー
  • 恋愛
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2017-05-31

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