天空の城殺人事件

杉山 実

  1. 故郷の匂い
  2. 再会の宴
  3. 立雲峡に向かう
  4. 待ち人
  5. 転落事故発生
  6. 捜査届け
  7. 美人の刑事妻
  8. 転落死の男
  9. 二人目の死体
  10. 武闘家の男
  11. 美加の絵
  12. 貸金庫
  13. 疑惑
  14. 偽の鍵
  15. イースト貿易
  16. 白い車
  17. 強請
  18. 複雑な推理
  19. 車の炎上
  20. 浮かび上がる犯人
  21. 咲恵は絞殺
  22. 菊さんは?
  23. 乱闘の逮捕
  24. 帰らない二人
  25. 仕組まれた殺人
  26. 行き詰る
  27. 響子の過去
  28. 中国に向けて飛ぶ
  29. 機内の作戦
  30. 広い中国
  31. 潜入麻薬捜査官
  32. 銀座のクラブ
  33. 応援部隊
  34. 鳴り響く銃声
  35. 調査資料
  36. 二つの青い鳥
  37. エリートの過去
  38. 隠された過去
  39. 密航
  40. 美優の推理

故郷の匂い

故郷の匂い

 天 空 の 城 殺 人 事 件

                         作   杉 山  実
               26-01
「蟹のシーズンもう終わりよ、早く来なければ、年末迄無いわよ」と祖母弓子が電話をしてきて美優は一平が署から帰るのを待ちきれない。
「パパに電話するの?」と美優の気持ちを判ったのか尋ねる娘の美加に「電話してみようか?」
「うん」と可愛い顔で頷く美加。
梅が終わって、三寒四温の季節を感じる三月を迎えていた。
去年は事件で実家に蟹を食べに帰る事が出来なかった美優は、今年は帰ろうと正月前から一平に話していた。
一度帰ると最低で二泊三日、時には一平だけが先に帰る時も度々起こった。
事件が発生しなければ、提出した休暇届け通りにゆっくりと温泉に入って蟹を食べて過ごせるが、過去に一度だけしか休暇を満喫した経験が無かった。

「パパ!」
「美加!何?用事か?」と電話に答える一平。
「蟹、食べたい」と急に叫ぶ美加。
「えー、美加が急に食べたく成ったのか?」
「お婆ちゃんが、早く食べに来なければ無くなると言っていたよ」
「そうか、今年も蟹のシーズン終わりだな、休めるか聞いてみる、美加待っていて」と優しく言う一平だ。
正月には、休暇を取って実家に行こうと話をしていたが、すっかり忘れていた。

夜に成って一平が帰ると、美加が待ちかねた様に「パパ!蟹!蟹!」と走って玄関にやって来た。
「美加、行けるぞ!」と抱きあげると「ほんと!うれしい!」と言いながら一平の頬にキスをする。
台所から美優が「一平ちゃん、本当に休めるの?」と嬉しそうな顔で出迎える。
「今、事件が無いから、行って来いと佐山さんも横溝課長も言ってくれたよ」
「そうなの?嬉しいわ」と美優が言うと「私も嬉しいわ」と同じ様に言う美加の頬にキスをする一平。

しばらくして、母加代に電話をする美優。
電話が終わって「一平ちゃん、お兄さん夫婦も私達と日にちを合わせて来るらしいわ」と美優が話すと「珍しいなお兄さん夫婦が同じ時期に来るなんて」
「貿易会社の仕事で海外に行っていたから、休み貰えたらしいわ」
「それなら、息子の伸一君も来るから、賑やかだ」と笑う一平。

結局三月三日から七日までの休暇を貰った一平。
美優は愛犬イチを伊藤に預けて、一路久美浜を目指して新幹線に乗り込むと、既に東京から兄賢一の家族が乗り込んでいて合流すると、車内は子供の声に騒然と成って、再三「静かに!」「静かに!」と美優と由佳里が子供を窘める。
美加が三歳、伸一が六歳でお互い二人目が出来ない悩みを抱えている。
「おしっこ!」と言い出す美加を抱っこして、トイレに向かう一平、扉の処で人相の悪い男にぶつかりそうに成る。
刑事の勘で、暴力団?日本人?外人?と考えながら移動していると「パパ、トイレ過ぎたよ」と言う美加の声に慌てて我に返る一平だ。
トイレを出ると、その男の姿は消えて何処にも見当たらないので、気にもせずに席に戻る。

しばらくして京都に到着、六人揃って歩くと大家族状態、新幹線のホームから一番端のホームまで歩くのは大変で、美加は直ぐに一平の腕の中だ。
後ろ向きの美加が「あの叔父さん、一緒だわ」と口走るので「美加、誰の事だ」と聞き直す一平に「おトイレの処に居た、パパとぶつかった人よ」と美加が言う。
一平は美加の記憶に驚くが、振り返らない様にして、見るタイミングを待っていた。

美優は由佳里と子育ての話しに夢中で、美加の話は全く聞いていない。
賢一は二家族の荷物を、キャリーバッグで転がして伸一と話をしている。
31番ホームには既に(きのさき7号)が待っているので、乗り込む六人「美加、叔父さん付いて来ているのか?」と尋ねる一平に「電車に乗ったよ」と答える美加。
一平は自分達を尾行しているとは考えていないが、人相は悪い男だったので何か問題が有るのかと日頃の仕事の癖で考えてしまうのだ。
京都から豊岡まで行くと、豊岡の駅に姉の河野美希が迎えに来てくれる事に成っていた。
美優が姉に会うのは二年振りで、今回は兄妹が全員集合するから、大変珍しい出来事に成っている。
姉は地元の豊岡で民宿に食材を卸している(コウノ)と云う問屋に嫁いでいて、子供も大きくて中学生と小学生二人の三人に恵まれていた。

特急とは云っても速度が遅く、静岡、東京で生活している四人にはのんびりとした旅で、久しぶりの骨休めに成っていた。
トイレに向かった賢一が戻ってきて、急に「天空の城って知っていますか?」と一平に尋ねた。
「何ですか?漫画の話ですか?」と思わず尋ねる一平に美優が「今話題でしょう?竹田城の事ですよ、数年前映画のロケにも使われた」と教える。
「そうなの?」と全く判らない一平だが、由佳里が「久美浜から近いですね、行きたいわ」と話す。
実は場所も名前も美優も賢一も知ってはいたが、一度も見に行った経験は無かった。
美優が説明を始めた。
竹田城跡は、標高353.7mの古城山山頂に築かれた山城です。古城山の山全体が、虎が伏せているように見えることから、別名「虎臥城(とらふすじょう、こがじょう)」とも呼ばれています。
天守台・本丸を中心に、三方に向けて放射状に曲輪が配置されており、縄張りの規模は東西に約100m、南北に約400m、「完存する石垣遺構」としては全国屈指の規模を誇ります。築城当時は土塁で守られていた城が、最後の城主赤松広秀により、今に残る総石垣造の城に改修されたとされます。
この地域は、しばしば秋の良く晴れた朝に濃い霧が発生することがあります。
この朝霧が竹田城跡を取り囲み、まるで雲海に浮かぶように見える姿から、いつの頃からか竹田城跡は「天空の城」と呼ばれるようになりました。
美優の説明を聞いて由佳里が美優の博学を褒め称えて「今の季節は、雲海の中には入らないのね、残念!でも行きたいわ」と言うと「地元の僕達も行ってないので、土曜日に行きませんか?」と賢一が身を乗り出して言った。

再会の宴

再開の宴

     26-02
「パパ、あの叔父さんも豊岡で降りたよ」抱き抱えられた美加が一平の耳元で囁く。
「美加、ジロジロと見たら駄目だよ」
「はい」とは言ったが一平には多少気懸かりな存在の男に思えていた。
久々に姉と会った美優は、大喜びで再会を喜んで、美加を見て「大きく成ったわね、叔母さんよ」と笑顔で接する。
「会社の車ですみません」と謝るが、小さなマイクロバスなので六人はゆったりと乗り込める。
兄妹が一同に会うのは、美優の結婚式以来だから随分時間が経過している。
各家族は時々会っているが、子供も含めて十一人が揃うのは始めてだった。
民宿を営む新田の家には、十一人は大した人数では無いが、息子に孫となると大いに再会が待ち遠しいのだ。
民宿(新田)の前には祖母の弓子と、河野の家族が到着を出迎えて、一気にムードが盛り上がった。
「ご無沙汰しています」の言葉が数回各所で聞こえて、関東から電車で久美浜まで来た息子、娘家族を暖かく迎える祖母。
民宿に入ると「お帰り」「いらっしゃい」と両親に祖父が出迎える。
「お疲れさんだったね、初めてだろう?伸一君は電車で来るのは?」と祖父の賢治が尋ねる。
「いつも、飛行機だから、電車は遠いだろう?」と今度は父建夫が尋ねて「疲れた!」と言う伸一だ。
「さあ、一服したらお風呂に入って、広間に食事の用意をしていますからね」と今度は母の加代がそれぞれの家族の部屋を伝えて、別れて二階の部屋に行く美優と一平家族。
「今夜はお客さん泊まって無いからね、喧しくても大丈夫だよ」弓子が付け加えて、各自部屋に荷物を持って入って行った。

部屋に入ると一平が「お婆さん、嬉しそうだったね」
「孫の家族が全員揃ったから、感無量なのでしょう」と美優が言う。
「でも実家は気分が楽よね」と大きく背伸びをする美優、その姿を見て同じ様に背伸びの恰好をする美加だった。

全員が集まって食事を始めたのは、一時間後だった。
話の中で美加が「パパ、お城行くのは明日?」と尋ねると「明後日だよ」との会話を聞いて河野浩隆が「城って、美加ちゃん、最近流行の天空の城かな?」と尋ねる。
「そうよ、ラピュタに行くのよ、ねえ!パパそうよね」と一平の顔を見上げて言う。
「美加、それは漫画の中の城だろう?本物の城に行くのだよ」と微笑みながら教える一平。
「小さな子供さんを連れて行くと、結構大変ですよ、険しい山道ですからね」
「お兄さんは何度か行かれましたか?」
「随分昔、映画のロケが行われた時に、見に行きました」
「美加、山道で大変らしいよ、それでも行くのか?」
「行くわ、ラピュタに行きたい」と美加はもう行く事に決めている様だ。
美優は半ば諦め顔で「一平ちゃんが疲れるだけよ」と美加を背負う役目は既に決められていた。

その時は、兄の賢一が何故急に天空の城に行こうと言ったのか、誰一人知らなかった。
先月に営業マンが急病の時に、代理で海外出張に賢一は、三週間中国に行ったのだ。
前田直己と云う先輩が、急にインフルエンザで倒れて代わりに行ったのだが、取引先の人と会食に行った青島のレストランで、前田が持参する予定の預かった手土産を渡すと、必ず本人に渡して欲しいと、前田宛の封筒を預かって帰国した。
だが前田直巳は賢一の出張中、一度も出社しないで心臓発作で急死をしてしまったのだ。
預かり物を渡す相手が居なくなった賢一。
封筒には、手で触ると何処かの鍵が封入されているのが判るが、むやみに開封が出来ない。
帰国した翌日渡す相手の事を思案していると、前田の姉と名乗る女性から電話が有り、封筒を送って欲しいと言って来た。
住所と携帯番号は名乗ったが、賢一はその松木美佐が本当に前田の姉なのかも判らないので、手渡しがしたいと言った。
美佐と名乗る女性の住所が妻由佳里の実家の近くで、朝来市だったからだ。
義理の弟の一平に相談をしようか?と迷ったがもし本当に姉なら、渡せばそれで役目は終わるので、大袈裟にする必要も無いと思っていた。
何かが起こっても、一平が一緒の安心感も有るので、誘った賢一だ。
手渡しを告げると美佐は、父が竹田城の駐車場で働いているので預けて貰えばそれで構いませんと、具体的に写真と名前前田修三の携帯番号も送ってきたのだ。
更に、賢一の懸念を払拭する様に、美佐は自分の母親が病気で入院していて、中国の漢方薬が母の病気に効果が有るのだが、手に入らない品物で輸入もされていない物なので、弟が中国に何度も行くので頼んだと話した。
当初は怪訝に思っていた賢一も、確かに中国の漢方薬で輸入出来ない薬も存在していたので、亡くなった前田の事も有るので、持参する事にした。
漢方薬を買い込んで税関で没収も多々起こった事は、聞いた事が有ったので疑う事も無かった。
元々、賢一は前田直巳の事は殆ど知らない。
会社でも営業と総務で会話も殆ど無いからだ。
今回の出張の交代も泉専務直々の命令で賢一に廻ってきた。
当初は営業の人間で墨田が行く予定だったが、同じ様にインフルエンザに感染して行けなく成って、仕方無く賢一が行った出張だった。
しかし、出張中に前田が亡くなった事は大きな驚きで、賢一も帰って来て初めて知ったのだ。
兎に角、預かった封筒に入った鍵を渡せば賢一の役目は終わる。
多分中国の人が何処かに漢方薬を預けて、その鍵を賢一経由で渡したのだろうと憶測していた。
前田の姉なら、もう四十歳は過ぎている筈だ。
二人の両親なら、七十歳前後の高齢に成るので、シルバー人材の仕事で竹田城の駐車場の管理の仕事をしているのだと、勝手な憶測をしている賢一だ。

賢一の用事で竹田城に遊びに行く事に成った美優の兄妹と子供達、みんな近くに住んで居るのに殆ど見学の経験が無かったので、楽しみにしていた。
結局姉の家族五人、美優の家族三人、兄貴賢一家族三人の十一人が土曜日の早朝から竹田城に行く事に成った。

立雲峡に向かう

立雲峡に向かう

 26-03
前日に大いに盛り上がった宴会で、飲み疲れた面々が起きたのは九時を過ぎていた。
「若しかしたら、天空の城が見る事が出来るかも知れないわよ」と母が遅い朝食に集まった面々に微笑みながら言った。
「何故?判るの?」と母の予想の原因を尋ねる美優。
「地元のケーブルTVが、貴方達が寝ている時間に、流していたわよ」
「何だ?TVか?お母さん凄いと思ったのに」
昨夜泊まったのは二組だけで、河野の家族は夜遅く美希の運転で帰って行った。
最近人気の天空の城なので、テレビ局も雲海予想成る物を提供していた。

雲海は、円山川から発生する霧によって生ずるものです。
昼の間に暖められた空気が夜になると冷やされ、川の水温よりも低くなると、川の水から蒸発霧が発生します。
その霧が山の間の低い部分にたまり、標高の高い部分から見ると雲海として見えます。
この霧の発生具合は、特に昼間と夜間との温度差が激しいほど出やすくなります。
(目安として10℃以上)日中雲のない晴天ですと、夜間は特に冷え込むのでさらに顕著です。
「雲海が出来る条件は大まかに言って四つね
 1.湿度が高く十分な放射冷却があること
  2.よく晴れていること
  3.前日の日中と当日の早朝の気温の差が大きいこと
  4.風が弱いこと
明日はこれに当てはまるの?」と美優が母に尋ねる。
「私は知らないわよ」
「じゃあ、何故判ったの?」
「濃霧予報が雲海予報で出ていたからよ」と母が微笑む。
「じゃあ、朝早く行こう」と一平が言うと美加が「そうよ、ラピュタには早起きで行くのよ」と同じ様に言い全員が爆笑していた。
「美希にも話して置くわ、六時に出発ね」と母が美優達に念を押した。
本当に六時に出発出来るのか?半信半疑の母加代だった。

河野の家も土曜日は、民宿に配達が有るので中々休めないのだが、お得意先に無理を頼んで今日荷物を配達する事にしていた。
三家族が揃って、近場とは言え行楽に行く事はこの先も無いと思われたからだ。

今夜はあっさりした食事で、お酒は程々にしないと早起き出来ないよと、祖父が夕食の時に言って、早めに食事が終わった。
美加も伸一も、明日の朝が早いので、九時には眠ると布団に入ってしまう。
自宅と異なるので、昨夜は興奮で眠れなかったが、今夜は直ぐに熟睡状態に成っていた。
由佳里夫婦も美優達も十一時には眠って、早朝五時の起床に備えていた。

寝静まった居間の掘りごたつで、建夫と加代が「兄妹が揃うと賑やかで良いが、みんなが帰ると寂しくなるのが、嫌だな」とぽつりと言う。
「仕方無いですよ、みんな遠いから」
「賢一は東京に一生居るのか?」
「貿易商社の丸越は中堅の大きな会社ですから、関西にも支店が在ると思いますよ」
「大阪なら、時々は帰れるな」と建夫が言う。
加代も長男が近くに居て欲しいと願っていたからだ。

翌朝、意外と美加が一番早起きで「パパ、起きてラピュタに行くわよ」と起こしに行った。
美加に叩き起こされて「おい、今何時だ、暗いぞ」と廻りを見廻す一平。
「一平ちゃん、もう五時前よ」と枕元の携帯を見て美優が飛び起きる。
一階に降りると母の加代と祖母の弓子が「お弁当作ったから、車で食べなさい」と包みを準備していた。
二人は何時から起きているのだろう?と思う美優「ありがとう、助かるわ」と話していると二階から賢一の家族が降りてきて、美加と一平も準備をして降りてきた。
「賢一が運転するのね?」と加代が言って「荷物はもう積んだよ」と今度は父建夫が言う。
両親と祖父母が総ての準備をしてくれて、美希達の到着を待つ。
「お母さん、カメラは?」と伸一が尋ねると、由佳里が忘れていたのか、慌てて二階に駆け上がった。
しばらくして、美希が家族と一緒にやって来て「付いて来て、立雲峡に行きましょう」と言う。
立雲峡は竹田城の雲海を見る絶好のスポットで、 朝来山中腹に位置する立雲峡は、竹田城跡を円山川の対岸に望む絶好の撮影ポイントです。
 駐車場から徒歩約5分の第三展望台は、標高が竹田城跡より少し低いところにあります。さらに15分(第二展望台)~25分(第一展望台)ほど登ると、竹田城跡を見下ろすことができる。
「おねえー今朝は見えるの?」と美優が尋ねると「濃霧注意報が出ているから見えると思うわよ」と言うと車が動き出した。
二台の車はしばらくして、国道482号線を走って立雲峡を目指す。
暗闇での中に、うっすらと夜明けが近いのが判る景色に変わって来るのが判る。
二台の車をいつの間にかもう一台、乗用車が追跡を始めていたが「同じ目的の人が居たわね」と後ろのヘッドライトを見て美優が言う。
しばらく走って「同じ叔父さんだ」とライトを落とした乗用車を見て言う美加。
「何が?」と気にしていない美優、一平は助手席で賢一と話をしていて、美加の話を聞いていない。
美優も由佳里と子供の事を話し出すと止まらない。
「美加、ラピュタがみられそうだよ」と後ろの座席に向かって一平が言うと「ほんと!嬉しい」と美加が大喜びに成る。
伸一に直ぐに、ラピュタの話を始めて、現実と漫画の世界が一緒に成ってしまう美加だ。

立雲峡は、標高757メートルの朝来山中腹にあり、山陰随一の桜の名所として「但馬吉野」とも呼ばれます。
 立雲峡の最上部には「おおなる池」や「竜神の滝」があるほか、巨石・奇岩が点在する中、春には樹齢300年ともいわれる老桜が自然美の妙をきわめて咲き誇り、渓水もあり、滝あり、老樹あり、巨石ありという環境の美に富んでいます。
立雲峡から見た竹田城跡は、雲海の中に浮かび上がった天空の城に見えるのだった。

待ち人

29-04
六時前に自宅を出発して、一行が立雲峡に到着したのは七時半、駐車場に入る頃には満車に近い状態に成って、人気の高さを示している。
西の古城山の頂(標高354メートル)に天空の城と呼ばれた竹田城跡、眼下には山間を縫うように流れる円山川と城下町竹田を望む、朝来山(標高756メートル)の中腹に位置する。
車から垣間見られる景色を見て「雲海が見えるよ」と一平が言うと「何処?」と美優が窓の外を見る。
「ラピュタは?何処に見えるの?」と窓ガラスにしがみつく美加。
木々の間に微かに見える状態で、車を駐車場に駐車して展望台に向かう一行。
一番高い眺めの良い第一展望台を目指す。
十五分から二十分山道を歩いてようやく到着すると「わあー、凄い」と口々に廻りの人々が言う声と、カメラのシャッターの音が聞こえる。
美加が一平に抱えられて、伸一が賢一に抱き抱えられて「ほら、ラピュタよ」と雲海に漂う神秘的な景色に嬉しそうに言った。
「綺麗ね」朝日が今昇ろうとしているのか?明るく成る度に景色が変わる。
「墨絵の様だね」と一平が言うと「パパ、あそこに行きたい」と美加が口走る。
「今から行けるよ」と一平が言うと「ほんと、早く行こう」と急かす美加「この景色は目に焼き付くね」と河野が横に来て言う。
河野の子供達は大きいので、各人がスマホのカメラで撮影をして、早速友達に送っている。
「ここは、もう一ヶ月で桜の名所に成るのですよ」と河野が一平に説明をする。
「本当ですね、桜の木が一杯在りますね」
「去年会社の花見をここで行いました」とその時の様子を語る。
雲海は秋には度々発生するが、この季節では少ないらしく、今日は特に運が良いですねと微笑んで話した。
花見の時には駐車場は満車に成ると言う。
今日はまだ、他の駐車場は空いている様で、朝日が昇り始めて霧が消えかかってから、何人かの人が展望台にやって来て「綺麗ですね、少し霧が在って」と嬉しそうに語ったが、もう少し早ければもっと幻想的でしたとは、言えなかった。
河野も実際生でこの景色を見たのが始めてで、感動していた。
映像、ポスター、雑誌で見るのと、肉眼で見る迫力は表現出来ない美しさと神秘な景色を各自の目に焼き付けた。

「パパ、行こう」と急かすが、抱き抱えている二人には結構な負担に成っている。
「山道で、荷物を担いでいる心境ですね」と賢一が一平に言うと「伸ちゃん美加より重いでしょう?」と笑う。
車に乗り込むと「コーヒーでも飲みに行きましょうか?」と賢一が言うので「こんなに早く空いていますか?」と一平が尋ねると「道の駅が、この時間には開いていますよ」と微笑んだ。
二台の車は近くの、道の駅「あさご村おこしセンター」に向かって走り出した。
しばらくしてレストランに到着して、、賢一は前田修三に連絡をしたかったのでトイレに向かった。
みんなと少し離れて、聞いていた携帯番号に電話をすると「娘から聞いております、家内の為に面倒をお掛けしましてすみません」と恐縮した様子で話す。
「昼前位に行きます、駐車場でしょうか?」
「私は中腹に在る駐車場に居ますので、到着されたらもう一度お電話を頂けますか?」
「はい、判りました」と段取りを決めてトイレから戻ると、人相の悪い男が自分達のテーブルを覗っているのが見えた。
何者だろう?あの男の目線の先は間違い無く、自分達のテーブルだ。
野平君が暴力団にでも狙われているのだろうか?確実では無いので何も言わずに様子を見る事にして、テーブルに戻る。
十一人はコーヒーを飲んで、子供達はジュースを飲んで飲み終わると早速退屈に成って、走り回り始めたので、レストランを出る事にして、車に乗り込む。

しばらくして武田城の中腹駐車場に駐車すると、賢一はトイレに行くからと走って行った。
「よくトイレに行くわね」と由佳里が笑うと「いつもと違う時間に起きたから、体調が変だな、先に登って後から追い掛けるから」と言う賢一を残して一行は、山道を歩き始めた。
ここに駐車しても、約二十分程歩かなければ、城に到着出来ない。
勿論子供二人は抱っこが必要に成るが、今は二人共元気で「ラピュタに行きましょう」と美加が上機嫌で歩き始めた。

トイレの近くで前田の携帯に連絡する賢一だが、繋がらない。
何度か繰り返すが、全く反応が無いので、近くの駐車場の係りの人を捜して携帯の写真を見せて「前田修三さんと云う方は?」と尋ねると「前田?」と不思議そうな顔をして携帯の画像を覗き込んで「誰だね?この人は?」と反対に質問をされてしまった賢一だ。
一体何がどう成っているのだろう?困ったなとポケットの封筒を左手で押さえる。
子供の松木美佐に電話を急いでかけて「今、竹田城の駐車場に来たのですが、お父さんと連絡が出来ません、どうしましょう?」と言う。
「すみません、私も父と連絡が出来なく成って困っています、何度も連絡をしていますので、もうしばらく持って居て下さい」と困っている様子だ。
「はい」
「すみません、判り次第連絡をします」と言うと松木美佐は電話を切ってしまった。
仕方がないので、急いで山道を駆け足で一行を追い掛ける賢一。
直ぐに追いつくと「パパ、抱っこ」と既に美加が疲れた様子に成っている。
一平が美加を抱っこすると、伸一も賢一を見つけて「僕も」と言うと由佳里が「お兄ちゃんはもう少し歩きなさい」と伸一に頑張って歩く様に言う。
お腹の調子が悪い賢一に負担をさせられないと、気を使ったのだ。
十分歩くと城の石垣が見えてきて「まだ、まだ先だ」とみんなが疲れた様子に成る。
まだ朝の時間だから、降りて来る人は殆ど居ない。
昨今の人気で、大勢の人が観光に来ているが、殆ど自然の状態で観光地化されていないから、結構登城には労力を伴うのだ。
「大変だー!」「人が落ちた!」「人が落ちて死んだらしい」「突き落とされたぞ!」と遠くで大きな声が響き渡る。
「一平ちゃん、事故?」と驚いた様子の美優。
「その様だな、先に行って見て来る」と美加を下に降ろすと、息を切らせながら走って登って行く一平。
二の丸の辺りで観光客が「動いてないから、死んだのよ」と話している。
遠くを見ると、数十人が天守閣の跡地に上がる手前の方に集まって、下を覗き見ている。

転落事故発生

 26-05
竹田城への天守台は登り口、石段や穴蔵がない。
天守脇にある付櫓かもしくは本丸にあった建物と連結して、その内部から階段等によって天守に登ったと思われている。
天守台は少しいびつな形の10.7m×12.7mの規模で、いくつかの礎石跡が確認でき、柱間は6尺5寸の京間で建てられたことを示している。
この天守台は城の中央に位置し、天守は山麓にある城下から正面にあたり、権威の象徴、見せるシンボルであったと考えられている。
また天守台下の高見殿曲輪(本丸)には「本丸御殿」があったと推定されている。

もう一平は話をするのも困難な程、息が上がっていた。
山道を上がるだけでも大変な労力なのに、走ったから誰かに何かを聞きたくても声が出ない。
しばらく休んで「どんな人が落ちたのですか?」とようやく話せた。
「中年の男性らしいですよ」と中年の女性が一平に教えてくれて「突き落とされたのですか?」と尋ねる時も、息が整っていない。
「その様にも聞こえましたが、確かな事は判りませんね」と現場に出会した人が一斉に携帯で警察と救急に電話をしたので、城の係の人にも伝わって数人が天守の方に向かう。
一平はここでは部外者だから、警察だとは言わないで天守跡に向かう。
一平が到着すると、係員が数十人の人々を現場から遠ざけ始めている。
「こんな場所から落ちたら、即死だな」
「誰かと口論していたよな」
「相手の顔は見た?」
「喋っているのを聞いたけれど、日本人では無かったな」
「外人が落ちたのだよ」と遠ざけられた人々が思い思いに喋る。
しばらくして、救急車のサイレンかパトカーのサイレンが山に鳴り響く。
しばらくして今度は、上空にはヘリがやって来て、落下した人の救出をするらしい。
「冗談じゃあないよ、先日二年三ヶ月振りに、本丸と天守に登城出来たのに、いきなり事故か?」と一平の近くで係員が話している。
保全の為に、工事をしていたから、この場所には立ち入りが禁止に成っていた様だ。
「事件なら、朝来警察は大変だな」と独り言を言う一平の側で男が呟いて「俺は事件だと思うな」と言った。
その男に一平が「事件の可能性が大きいのですか?」と尋ねる。
「俺は二人が口論しているのを、二の丸の処で聞いたから、間違い無い!顔もはっきりと覚えていますよ!」一平が「どの様な話しでしたか?」と尋ねると「日本語で無かったから判らなかったよ」
「木曜日から、天守に登れるから、来たのに大変な事件に遭遇したよ」と少し興奮気味に話す。
「どの様な言葉ですか?」
「中国系の言葉だったので、台湾人か中国人だろうな?」
「他には?」
「あんた、警察みたいな聞き方をするね、俺捲き込まれるのは嫌だよ!」
「すみません、どちらから来られました?私は静岡から家族旅行です」と一平が微笑みながら言うと「そうなの、静岡の人?」と嬉しそうに成った。
そして男は「この事件も、静岡県警なら、直ぐに解決するのだけれどね」と嬉しそうに言う。
「何故?静岡県警?」と自分が褒められているのかと思い聞きただすと「自分も掛川の人間なのよ、静岡県警にはね、凄い刑事の奥さんが居てね、数々の難事件を解決しているのだよ」誇らしげに言うので「ほーう、刑事の奥さんがね」と自分の事だと嬉しく成るが、男は「亭主は間抜けらしいけれど、奥さんは美人で頭が良いらしいよ」と笑って言うと「えー!」と恐い顔に成る一平。
しばらくして、話した男も野次馬の一人として、人混みに消えてしまった。
係の人が「帰りに住所と連絡先を書いて下さい」とハンドスピーカーで何度も伝えた。
登山口に警察が到着して、事件性も有るので身元の確認を始める様だ。
ようやく発見して、先程の男性に名前を聞こうと思ったが、聞く前にその男は急いで南二の丸の方に歩いて行ってしまった。
間抜けと言われたショックで、聞き忘れたので「当たりかも知れない、美優には敵わない」と独り言を言いながら、ヘリの救助の様子を大勢の人と一緒に見学している一平だ。

しばらくして、美優達が息を切らせて二の丸跡に登ってきた。
「ラピュタと違うよ」と言いながらも、ヘリを見て興奮する美加。
「事故だったのかな?」と賢一が言うと「叔父さん、事件よ!パパとママが解決するのよ」と嬉しそうに抱き抱えられた腕の中で言う美加。
伸一は賢一が美加を抱き抱えているので、歩き疲れてご立腹状態、子供ながら嫉妬している。
しばらくして、落下した男を救出してヘリは飛び去って、代わりに警察官が数人城跡に入ってきた。
男が落ちた時の様子を見た目撃者を捜している様だ。
一平と合流して美優が「どう?事故?事件?」と尋ねた。
「どうやら、事件の様だな」と小声で言う一平だが、地元警察の手前捲き込まれたく無かった。
広大な山城跡を見学して、結局天守は立ち入り禁止に成って登れなくて、一平達はそのまま下城して行った。
出口の処で警官が住所と名前と連絡先を聞いて、書きとめてようやく駐車場に向かう一行。
暫し、忘れていた賢一が、前田修三の事を思い出して、あれから連絡が無い。
この封筒はどの様にすれば良いのだろう?一平に伝えて対応してもらおうか?と考えているとメールが届いて(近日中に東京の会社の近くに、封筒を貰いに行きます)と送られて来た。
美加と伸一には全く楽しく無いお城だと思っていたが、偶然起こった事件でヘリの救出シーンを見て喜んでいたので、美優も由佳里も子供達が嫌がらずに見学が出来て助かっていた。
一平達は全員住所名前を記入して、竹田城を後にして生野銀山を目指す途中で、レストランで遅めの昼食を食べる。

その頃、竹田城では小南刑事と丸田刑事が、現場検証に立ち会っていて「口論をしていた相手が居たと聞いたが?」と言うと「その話は定かでは無いですよ」と若い丸田刑事が言った。
「亡くなった男の身元が判らないのか?」
「はい、全く身元の判る物を持って居なかったと聞きました」
「事故か事件か判断が出来ないな」
「普通では落ちないだろう?」
「自殺も考えられますね」と鑑識の結果を待ちながら話合うが、殺人事件が殆ど無い警察署に勤める二人にはとても事件とは思えなかった。
「落ちたと思われる場所に足跡が在りますね」と鑑識が小南達に伝えると「争いの足跡か?」「はい、その様に見えますね」
「それじゃあ、突き落とされた?」
「はい、可能性が髙いですね」と言われて困り顔に成ってしまった。

捜査届け

26-06
翌日、朝来警察から身元照会の依頼が静岡県警に届いて、佐山が名簿に一平を見つけて「何だ?これは?」と驚いた。
三月の五日に竹田城に行った?説明には静岡管内に五人、野平の家族以外は掛川の高木進一、富沢章雄で、早速事件の詳細を調べる佐山は、一平には知らせずに掛川の警察に調査を依頼した。
佐山が折角の休暇を邪魔しては駄目だとの心遣いに成っていた。
掛川の警察に調査に行かせるが、二人共不在で、家族の証言では全国の山城の散策が趣味で、山に入ると携帯も不通に成る事が多いので、気にしていない様子で、昨日には連絡が有ったと聞いていた。
もう一人の高木進一は該当の住所も、電話も出鱈目で判らないの、結果だった。
この様な調査の場合、偽名とか嘘の住所、電話番号を書く人は多数居るので、一概に怪しい人物とは決められないのだ。
しかし、怪しい事には間違いが無いので、名前、電話番号と住所をもう少し詳しく調べる様に指示をする佐山。

朝来の小南と丸田も来城者の住所が多岐に渡って、竹田城の人気の高さに驚いていたが、目撃者捜しが困難だと困惑して、各県の該当者に当日の様子の調査を依頼していた。
佐山は一平がもしも目撃していたら、既に捜査に協力しているので、問い合わせは無いので、敢えて尋ねる事をしていなかった。
事実豊岡に帰った河野の家族には地元警察から問い合わせが有った。
夕方、賢一達は急に仕事で呼び出されて、コウノトリ空港から伊丹空港経由で羽田に帰って行った。
泉専務が指示をして、賢一は呼び戻された恰好に成っていた。
勿論賢一には、その事実を知らされていなかった。
一平はもう一日、美優の実家でゆっくりと過ごしてから、帰宅の予定に成っていた。

翌日、伊藤刑事と白石刑事は掛川署に出向いて、富沢章雄の自宅に向かった。
佐山が朝、富沢の自宅に電話をしたが、主人が帰らないし連絡も無いので、心配していると話したのが、胸騒ぎを誘ったのだ。
富沢の自宅で、妻の清子が伊藤達を出迎えて「日本国中、城を見学に行きますが、必ず朝夕には電話が有るのですが、今回は連絡が無いのです」と心配そうに話した。
「携帯は?」
「山に入ると電波が届かない地域が有りますので、通じない時も有りますが今回は全くかかりません」
「最後の連絡は?」
「土曜日の夜、天空の城を見てきたよ、今回は転落事故も見てしまったから、気分は良くないよ、明日には帰ると電話が有りました」
「何時頃ですか?」
「五時頃だったと思います」
「いつも一人ですか?」
「はい、いつも一人ですね、気ままが一番だと」
「高木進一さんと云う掛川の方はご存じ無いですか?」清子はしばらく考えて「その人は主人のお友達ですね」
「一緒に竹田城に行かれたと思われるのですが?」と言うと清子は「それは無理ですわ、もう五年も前に亡くなられましたよ」と答えた。
「えー、亡くなられた?」
「はい、肺がんだったかな?その時主人はたいそう落ち込んでいました、城の散策に一緒に行って居ましたからね」
伊藤刑事と白石刑事は家を出ると、清子に聞いた話を佐山にすると「そんなに親しい友人なら、何か富沢さんは、彼の物を持って居た?」と言ったので、慌てて戻る二人だ。
しばらくして「佐山さん、富沢さんはいつも高木さんの写真を胸ポケットに入れて旅をしていたそうです」と報告をした。
「まだ、はっきり判らないが、富沢さんの安否が心配だ」そう言った佐山の脳裏に、突き落とした犯人と富沢が接触していたのでは?の疑問が浮上していた。
一平に話すか?それとも帰ってからにするか?と悩む佐山だった。
伊藤達は富沢の写真を二枚程持って、帰路に就いた。
高木進一は独身だったので、掛川のマンションは引き払って、今では跡形も無いので、伊藤達が探す術は無かった。

朝来警察では身元が判明しない、手掛かりもないので遺体を似顔絵にして公開捜査にする事で検討に入った。
流石に死体の顔を撮影して公開は、出来ないと思ったからだった。

賢一は上司から再び中国に行って欲しいとの依頼、先日の商談相手からの指名で大変急なのだが、明日出発を言われて困惑していた。
準備の為直ぐに帰って良いと言われて帰宅中に、封筒の事をすっかり忘れていた賢一に、メールが届いて明日受け取りに行くとの連絡が入った。
明日朝から、青島に出張だと返信すると、空港に行きます自分も場所的に都合が良いと返信が届くと、時間と場所を打ち合わせして、成田空港で十二時待ち合わせを決めたのだ。

一平が、はしだて8号に乗って帰ろうと準備を終わった時、佐山が「一平、休暇中悪いが」と電話をしてきた。
「もう帰りますよ」
「それが、帰らないで捜査を頼みたいのだ」
「えー、久美浜で?」
「違う、土曜日に竹田城に行った静岡の男性の自宅から、捜索願いが今出たのだよ」
「えー、その男性と僕話をしたと思いますよ」
「何!富沢さんと面識が有るのか?」
「名前は知りませんが、まぬ。。。」一平は富沢の言葉を思い出していた。
「どうした?」
「五十代の男性でしょう?」
「そうだ!」
「富沢さんと云うのですね」
「写真は今、お前の携帯にメールで送った」
「いつから行方が判らないのですか?」
「土曜日の五時に自宅に電話が有って、その後が不明だ」メールが届いて、直ぐに確認をする一平。
「佐山さん、今確認しました、間違い無いです、この人です」
「それ以外の事はメールに書いて置いた、私には事件の匂いがするので、お前に頼むのだ」「はい、判りました」と電話を終わると、二階から「一平ちゃん、帰る準備出来たわ」と美優が一平に話しかけるが、一平の表情に、直ぐに事件をかぎ取る美優だ。
「美優、帰れない、土曜日の転落事故の捜査に成るかも知れない」と言うと地元の警察と兵庫県警の仕事でしょう?」と怪訝な顔をする。
「静岡の人が行方不明に成って、捜索願いが出た」
「竹田城に来ていたの?まさか転落した人?」
「違う、僕が土曜日に話をした人だった、富沢って人だ」
「転落と関係が有るの?」
「判らないが、あの時転落の人が誰かと口論しているのを、二の丸跡で見たと教えてくれた」
「それだわ、目撃者だから消された?一平ちゃんに話したのだから、他の人にも話しているわね、犯人に聞かれた?」
「兎に角、今日は帰れない」
「切符キャンセルして、久美さんにも電話するわ、犬のイチを頼まないとね」美優の行動は早い、直ぐに自転車を借りて駅に向かう。
一平は、竹田城に来た人が泊まる宿を、朝来警察に問い合わせを始めた。

美人の刑事妻

26-07
近くなら和田山のビジネスホテル、少し離れたら温泉に泊まるかも知れないので、宿泊地は特定出来ないと朝来警察は一平に答えていた。
美優が駅でキャンセルをして戻って来て「何を探しているの?」と尋ねる。
事情を説明して、佐山のメールを見せる一平に「簡単よ、自宅に尋ねれば見当はつくわ」
「何故?」
「この宮沢さん全国を廻っているのでしょう、今までの泊まった場所を探せば、温泉なのかビジネスか?判るのでは?」そう言われて一平が電話をすると、以前友人と一緒の時は温泉にも泊まっていたが、最近は一人なのでビジネスが多いとの返事を貰って、美優と手分けをしてビジネスホテルに電話を始めた。
和田山駅前のビジネスを直ぐに、美優が発見するので、驚く一平だ。
四日の夜に宿泊して、朝早く竹田城に行くと喜んで向かったと教えてくれたのだ。
それ以外の事はタクシーを早朝、急に呼んで雲海を見る事が出来ると喜んで出掛けたと教えてくれた。
時々呼ぶのだろう?朝来交通の山田さんのタクシーを呼んだと、教えてくれたのだ。
早速朝来タクシーに連絡をしたが、今日は非番で明日なら来ると教えてくれたので、一平は明日情報収集に向かう事にする。
美優達がしばらく滞在するのを喜んだのは、新田の家族だった。
急に寂しくなると思っていたのに、美優の家族が残って今夜も一緒に食事が出来る事が嬉しいのだ。

翌朝、一平は車を借りて朝来タクシーに向かって、聞き込みに出発した。
昼の地元のニュースに、転落した男の似顔絵が公開されて「あっ、あの叔父さんだ!」と美加がテレビを見て叫んだ。
弓子がそれを見ていて、美優を呼んで「美加が、テレビに出た転落した男性を見たと言ったよ」と伝えた。
美優は驚いて「美加、本当なの?何処で見たの?」と問い正すと「新幹線で一回、京都駅、電車の中でしょう、それから車」
「車って?何処の?」
「後ろの車よ」
「後ろの車?」と美優は意味がよく判らない。
「美加以外誰か知っているの?」
「パパも知っているわよ」
「えー」美優は転落した男が自分達を尾行していたの?
美加の話が本当なら、新幹線の何処から尾行されているのか判らないが、間違い無く自分達の誰かを目的に尾行した事に成る。
「美加、車って、雲海を見に行った時の事?場所は何処?」
「あのね、ラピュタを見る前よ、ライトで見えなかったけれど、消えたから見えたのよ」ライトなら、早朝だから自分達を目的に尾行は間違いが無いと思う美優だった。
でも実際は全く別の誰かに突き落とされて、死んでいる。
他の誰かは全く判らない。
突き落とされた男も突き落とした人間も中国人か?台湾人の可能性が高いと一平が行方不明の富沢さんから聞いたと話していた。
美優は直ぐに、一平の携帯に美加の話を伝えると「新幹線の中で俺も見たから、覚えている、美加は三度も見たのか?」
「四回よ」
「朝来警察に情報を伝えるか?」
「美加に尋ねに来るかな?」
「俺には聞くだろうが、美加には聞かないだろう」そう言いながら、電話を切ると朝来警察に連絡をした一平。
その後、山田さんのタクシーが帰るのを待って事情を聞いて、富沢さんが早朝我々と同じ場所から雲海を見ていた事を確認した。
その後、竹田城まで送ると、歩いて登城して行ったと教えてくれた。
一平が帰り際に「中国人の観光客は、多いですか?」と尋ねると「マナーが悪いよ、先日も竹田城の帰りに、トラブルに成った」と思い出したのか?怒り出した。
「どうしたのですか?」
「山道で譲り合わないで、直進してきて困ったのだよ」
「それが中国人だったのですか?」
「そう、訳の判らない言葉で怒鳴るから、困った」とご立腹だった。

朝来タクシーを出ると、朝来警察の丸田刑事が、美加に事情を聞きに行きたいと連絡してきた。
一平の予想は外れて、時間を合わせて自分も民宿「新田」に戻る事に成った。

美優が、一平に美加が捲き込まれたと怒る。
タクシー会社での何か情報は?と尋ねられて「何も無かったよ、我々と同じ場所から雲海を見て、竹田城に行って、タクシーはそのまま帰ったらしい」
「そうなの、何も無かったのね」と考え込む美優。
「宮沢さんから、中国か台湾の人って聞いたのよね」
「そう聞いたよ、今もタクシーの運転手が中国人はマナーが悪いと怒っていたよ」
「ポイ捨てとか?」
「違うよ、運転マナーだよ」と言う一平に「一平ちゃん大きな情報よ、運転が出来る中国人、美加が見た男に限りなく近いわ、人物が特定出来るわ」と急に元気に成った美優に「流石だな、やはり俺は間抜けか」と頭を垂れた一平だ。

だが美優は、自分達がこの中国人に何故?尾行されたのだろう?と考え込んでいた。
「そうだ!」と大きな声をあげる美優に一平が「何か判ったか?」と尋ねると「私達ではないわ、兄貴よ、確か中国に出張に行ったので休みを貰ったと言っていたわ」
「でもお兄さん普段は事務で中国には行かないと」
「そう、誰かが病気で代わりに行ったと聞いたわ」
「そんな仕事でトラブルに巻き込まれるかな?」
「心辺りが無いか聞いてみる」と携帯にかけるが、繋がらない。
美優は由佳里に電話をすると、今日から中国に出張だと言う。
変に心配をさせられないので、それ以上の事は言わないで電話を終わる美優。
「兄貴また、中国に行ったらしいわ」
「えー、帰って少ししか。。。。。」
「何かトラブルに巻き込まれて居ないか、心配だわ」と美優の表情が暗くなった。

賢一は封筒を持って時間に成っても現れない松木美佐に、痺れを切らせて搭乗して行った。
携帯に何度連絡しても繋がらない状況だった。
賢一はこの時、厄介な事を頼まれたと実感して、仕方無く中国に向かっていた。

夕方近くに成って、朝来警察のふたりの刑事、小南と丸田がやって来た。
名刺を差し出す一平に「あの、もしかして有名な美人の。。。。」と口ごもった。
奥から美優が美加を連れて、玄関に現れたからだった。

転落死の男

26-08
ボブの綺麗な髪の美優を見て「光栄です、有名人と会えるなんて、興奮します」と小南が言うと「噂に違わぬ可愛い奥様ですね」と丸田も興奮気味だ。
「私は?」と美加が自分を指さして言うと「お嬢さんも可愛いです」と小南が言って、上機嫌に成る美加だ。
「この子が覚えていたので、判りました」と本題を切り出す美優。
経緯を説明する美優、途中で「間違い無い」と間の手を入れる一平だから、二人の刑事も美優の推理力に感服して聞いている。
唯、話の中で敢えて兄賢一の事は伝えなかった。
確証が無いのに、伝えて兄が捜査を受けては困ると考えた美優の、配慮だった。
結論として、亡くなった人は中国か台湾の人の可能性が高く、国際免許証を調べれば該当者が見つかる可能性が高いと結論付けて、一平が探している富沢章雄さんは、犯人の顔を見ている可能性が高く、犯人に接触して事件に巻き込まれた可能性が高いと美優が推理を話した。
二人の刑事は事件の解明に大きく前進したと喜んでいた。
小南と丸田は「新田」を出ると「美人だったな」
「それに頭も切れる」
「事件は解決?」
「犯人が誰なのか?それは判らない」
「そうか、事故で無いのなら、犯人が居るよな」
「兎に角署に帰って報告だ」
「我々の捜査に署長は驚くだろうな」と嬉しそうに帰って行った。

「一平ちゃん、もし兄が誰かに尾行されていたら、大きな事件に巻き込まれて居るかも知れないわ」
「でも、お兄さん何もそんな感じは無かったよ」
「もしかして、知らない間に捲き込まれているかも知れない」
「中国の出張?」
「そうよ、本当は別の人が行く予定だったって聞いたわ」
「お兄さんが戻るまで、詳しい事は聞けないな」
「私、兄が急に中国にまた出張に行った事が引っかかるのよね」と心配顔に成る美優だ。
その後、一平は事件の詳細を佐山に連絡をして、明日からどの様に動くか検討をして貰う事に成った。
捜査課長の横溝は佐山の話を聞いて「応援が必要だな、富沢さんがいつも所持していた、友人の名前を語った奴が、犯人だな」と言うと、三人を捜査に送る事に決定をした。
一平を含む四人は、あくまでも富沢章雄さんの捜索目的で、墜落事件とは直接関係が無い事を強調した。

「美優、明日から応援が来る様だ」
「課長さんも本腰を入れたのね」
「転落の男の身元が判れば早いと思うのだがな」
「もし兄が絡んでいたら、そうは簡単には終わらないと思うわ」
「お兄さんが絡んでいるのかな?」と半信半疑の一平だ。
「兄が代わりに中国に行ったけれど、本当に行く予定だった人はどうなったのかな?」再び中国に向かった兄賢一が、美優には理解出来なかった。
営業ではないのに、短期間に連続で出張に行く事に疑問を持ったのだ。
「俺が会社に、聞いてみようか?警察として?」
「前の担当が何故?急病で代わりに行ったと聞いたけれど、二回も行くのが気に成るのよね」美優が連絡先を携帯から探すと「これだわ、丸越物産」とメモに書きとめて一平に手渡す。
直ぐに電話で問い正す一平が、長い電話を終わると「盥回しにされたけれど、判ったよ!前任者の前田直巳って人、少し前に亡くなったって」
「えー、事故?」
「違う、インフルエンザから、心臓麻痺で」
「インフルエンザで亡くなったの?」
「事件性は無いの?」
「判らないけれど、お兄さんが出張中の事らしい」
「そうなの?じゃあ関係無いのかな?」
「念の為に、前田直巳さんの連絡先聞いて置いたよ」
「何処?」
「驚くぞ」
「何よ!もったいぶって」
「朝来だよ」
「えー、朝来が実家?」
「前田修三って人だよ」
「明日調べに行くよ」
「電話で聞かないの?」
「もしも、何か有れば逃げられる」
「そうか、流石は刑事ね」と言う美優。

翌日朝から一平は、前田修三の住所に向かったが、自宅は随分以前から空き家、近所の人に尋ねると、前田修三さんは五年程前に亡くなられて、息子さんは東京に行かれていると思いますよと教えてくれた。
直巳も亡くなって、父親も五年程前に死亡、妻はもう何年も前に離婚で消息は知らないと近所の人が教えてくれた。
結局新しい事実は何も無く、一平は豊岡駅に佐山達を出迎えに向かった。
美優が兄賢一の心配をしているのは理解出来たが、直臣の死亡との関係は無い様に思えた。

「雪の無い時に来たのは初めてだな」と豊岡駅を降りると開口一番背伸びをして、佐山は空気を一杯に吸い込んだ。
「蟹はまだ食べられるのか?」
「はい、今夜は特別に用意しています」
「おお、それは楽しみだ」と喜ぶ佐山。
白石と伊藤は、久美浜に来るのは初めてで、電車の中で佐山に散々聞かされて、自然と期待をしていた。
夜は蟹三昧の料理に成って、三人は大満足に成ったのは言うまでもない。

翌日、四人での捜査会議に成ってこれまでの経緯を一平が話す。
掛川の富沢章雄さんの捜索が一番なのだが、富沢さんが持って居た友人の写真の裏に書いて有った名前を使った高木進一が何者なのか?
中国人か台湾人で城から落ちた人の身元が判明すれば、その人との関連?
一平が尾行されていたのが、この人物なら目的は何?
一平は自分には心辺りが無いので、義理の兄新田賢一が尾行を受けていた可能性が有ると話した。
会議の最中、一平の携帯に朝来警察から転落死の人物の身元が判明して、名前は崔金維。
崔金維は日本の貿易商社イーストに勤める男で、三年前に中国から日本に駐在の様に居る男だ。
そして四人が驚いたのが、この貿易商社は静岡の浜松に本社が在る事、崔が住んでいるのも浜松に成っていた。
「これは、事件は朝来だが、静岡が重要な場所に成るな」
「はい、早速課長に貿易商社イーストを調べて貰いましょう」早速佐山が課長に連絡して、静岡県警で調べる事に成った。
四人は引き続き、富沢さんの行方、高木を名乗る男の行方の捜索をする様にと指示が有った。
「佐山さん、変な雲行きに成ってきましたね」
「本当だ、静岡の男が一人は行方不明、一人は転落死、応援に来たのに応援で無くなったな」と四人は気を引き締めた。

美優はその後も兄の賢一に連絡をするのだが、携帯は繋がらない状況が続いて胸騒ぎを覚えていた。

二人目の死体

26-09
レンタカーを借りて、タクシー会社と朝来警察に向かう一平と伊藤。
佐山と白石は、もう一度前田修三と直巳の親子の事を調べて見る事にして向かった。

朝来警察では、崔が誰かと言い争って転落死、今その相手を探している。
竹田城の監視カメラの解析で、崔と争っていた男は大柄で年齢は若くないと、不鮮明で帽子を被った男の映像のコピーを一平にくれたのだ。
崔が静岡の人間だったので、出来たらこの事件は静岡県警で処理をして欲しい、の願望も見え隠れしていた。
朝来タクシーの山田に崔の写真を見せると、マナーの悪い中国人に間違い無いと自信を持って語った。
一平は大柄の男に会う為に、急いで竹田城に来たので、タクシーと口論の様に成ったのだと思った。
この男が日本人かそれとも中国人なのか?今の段階では判らない。

そのころ美優も仮説を立てて推理の真っ最中、美優は今回の事件を兄賢一絡みだと決めて推理を始めていた。
①兄が何か中国で事件に巻き込まれたか?何かを預かっていたか?見た物、聞いた物?
②交代で中国に行ったが、元来行く予定の前田直巳は、インフルエンザから心臓発作で亡くなった?
③実家が朝来だが、父親の修三は数年前に死んで、家は空き家。
④崔は同じ様な貿易商社の人間で、兄を尾行していたが、目的が何か判らない。
⑤尾行していた崔は何者かと竹田城で争って、転落死をした。
⑥竹田城で崔ともう一人の人物を目撃した富沢さんは、行方不明。
⑦富沢さんがいつも持って居た友人高木さんの名前を犯人が使った。
今判っている事はこれだけね。前田直巳さんは本当に病死かな?
問題なのは?
①兄の会社、丸越物産
②崔の会社、バイト先イースト貿易
この二つに何か謎が有る様な気がするな、兄貴に連絡が出来たら相当解決するけれどなと考えて居ると「美優、何か急用か?」と賢一が電話をしてきた。
「お兄ちゃん、待ちかねたわ!また急に中国に行ったのね」
「先日の中国人が僕を指名したのでね、これから合うのだよ」
「お兄ちゃん何か、この前中国で有った?」
「何も無いけれど、どうした?」
「例えば預かり物をしたとか?」
「何故?知っているのだ?」と驚きの声。
「えー、やはりお兄ちゃんなのね」
「何が?」
「尾行されていたのよ、その男が竹田城から転落したのよ」
「えー、ほんとうか?」
「それで何を預かったの?」
「中は見てないが、会社の前田さんに渡す予定の漢方薬」
「漢方薬?そんな物持って無かったじゃない?」
「それを預けた処の鍵だよ、多分」
「その鍵はどうしたの?」
「最初、お父さんが受け取る予定だったが転落事故の影響で受け取れなくて、今度は娘さんが貰いに来ると言ったが来なかったので、今も持って居るよ」
「えー、持っているの?開けて調べて見て、他に何か入っているかも?」
「預かり物開けるの、嫌だな」
「殺人事件かもしれないのよ」
「そうか、じゃあ今見てみるよ」と賢一が胸のポケットから封筒を出して調べると「紙に包んで有る鍵が一つだけだな」
「どんな鍵?」
「写メで送るよ」
「お願いその鍵を必ず持って帰って来て、事件の解決に不可欠な物よ、気を付けてよ、事件に巻き込まれているわよ」
「判った」で電話は終わって、しばらくしてメールが届く。
何処かの銀行の貸金庫の鍵に見えるが、それ以上の事は判らない。
しばらくすると松木美佐と前田修三の電話番号がメールで送られてきた。
美優は賢一に、前田修三は五年程前に亡くなって居て、この世に存在していない人の名前で、娘も居ない様だと送った。
美優はこの兄からの電話で、兄が事件に巻き込まれているのは確実だと思った。
それは中国でか?日本国内なのか?それは判らない。
この鍵が銀行の貸金庫の鍵なら、漢方薬を入れているとは考えられないと思った。

夕方戻った佐山が、子供は一人だけだな、名前も直巳と云うから、間違い無いかも知れない。
写真は手に入らなかったので、丸越物産の前田と同一人物かは判らない。
中学の集合写真を見せて貰ったが、決め手が無かった。
一平も監視カメラの映像を頼りに、タクシー会社とかホテルを探したが、該当の人間には巡り会わなかった。
美優が兄から聞いた話を、四人が集まった食事の時に説明を始めた。
①兄が中国で貸金庫の鍵の様な物を預かった。
②前田修三を名乗る男に渡す予定だったが、転落事故で渡せなかった。
③その後娘を名乗る松木美佐に渡す予定だったが、来なかったので、今も持って居る。
「これが鍵の写真と、二人の携帯番号よ」と見せると佐山が「そうだな、これは何処かの銀行の貸金庫の鍵だな」と言うと「携帯の番号で、持ち主が特定出来ますね」と伊藤が嬉しそうに言う。
事件が進展すると期待をした。

翌朝、横溝課長が貿易商社のイーストは小さな会社で、社長は東山喜一で年齢は六十六歳、崔は契約社員で、中国との貿易の時以外は何をしているのか判らないと言った。
社員は五人で、契約社員は崔の他にもアメリカ人が一人同じ様に雇って居る。
東山も昨日のニュースで、崔の転落事故を知ったので、全く関係が無いと話したと報告した。
美優が「一平ちゃん、鍵の写真、課長にメールすると伝えて」と横から言った。
電話が終わると、もう一日手掛かりを探そうと言った時、朝来警察の小南が「富沢さんらしい男性の死体が、さのう公園の近くの林で発見されました」と連絡をしてきた。
五人共、想定はしていたが、死体が出ると今日で帰るのが困難に成ったと思った。
早速四人が二台の車で、さのう公園に向かった。
現場を見ておく為で、既に遺体は搬送されている可能性が有っても、殺害現場の確かめも必要だったのだ。
しばらくして現場に到着すると、まだ鑑識が現場を調査していて、遺体もそのままの状態に成っていた。
「人手が無いので、手こずっています」と小南が言う。
「死因は?」
「絞殺ですね、相当強い力で締め上げられていますね」
「死亡の日時は?」
「はっきりは判りませんが、五日、六日のどちらかだろうと思われます」小南の説明の後、佐山が遺体を見て「これは、絞め技で殺されているな」と首を見て言った。

武闘家の男

26-010
「犯人は武道を習った人間だ、それも相当な腕前の人間だな、多分一気に締め上げられて、声も出せなかっただろう」と佐山が言う。
「現場は此処でしょうか?」と一平が尋ねる。
「此処は、目立ちすぎる、殺したのは別の場所だな、夜に成って運んで来たな」
「車の移動で思い出しましたが、崔が乗っていた車は何処に行ったのでしょうね?」
「車種も大きさも判らないから、レンタカーを探しましょうか?」
「そうだな、返却されていない可能性が多いな」
四人は手分けして、レンタカーを探す事に成った。
富沢さんの実家に連絡がされて、静岡県警の新人女性刑事赤星晶と毛利刑事が、妻の清子を乗せて和田山に向かった。
富沢さんは、事件に遭遇した災難で殺されたのは明白で、犯人は武闘家の経験を持つ大柄な男、レンタカーの各営業所に写真を持って訪れたが、何処の店も返却されていない車も無い。
写真の男に貸し与えた履歴も無かった。
夕方まで二組に別れて、探し廻ったが元々この地域のレンタカーが少なく豊岡、福知山まで範囲を広げて、調べるが該当の車も人も見つからずに、夜に成った。
富沢さんの遺体は、神戸に運ばれて解剖されたが、佐山の見立ての通り絞殺で、手ではなく腕の力で締め落とされていた。
神戸に一泊して、翌日遺体を乗せて静岡に帰る予定だ。

横溝課長は報告を聞いて、富沢さん殺害の犯人を兵庫県警、朝来警察、静岡県警の合同捜査を提案するべきだと佐山に伝えた。
捜査本部を朝来警察署内に設置する以外に、方法は無いとも伝えると結論付けた。
いつまでも一平の好意に甘えられないので、ビジネスホテルに移動して、佐山と白石が捜査本部に合流する事に成った。
一平と伊藤は一度静岡に帰宅して、今後の捜査の進展に応じて交代若しくは応援と決められた。
美優が一平に貸金庫の鍵の捜査と、兄賢一の帰りを待って預かった経緯を聞きたいのと、亡くなった前田直巳の事を調べるのと、場合によっては「丸越物産」に状況を聞きに行く為の帰宅に成った。
静岡県警の調査で、賢一に聞いた二人の携帯番号は「丸越物産」の名義の物だった。
問い合わせをすると、沢山会社名義の携帯は多数有るので、今誰がその携帯を持って居るか直ぐには判らないと、返答が有ったのだ。
夜に成って美優は一平に推理の続きを話し始めた。
①本当は前田直巳さんが中国に行く予定だった。
②漢方薬を持って帰るとの話は、怪しい。
③兄が持ち帰った鍵を受け取る人が、存在しない姉と父親だった。
④携帯は通話が出来ない。名義は「丸越物産」だった。
⑤富沢さんを絞め殺したのは、武闘の経験が有る大柄の人物。
⑥その犯人は、車で富沢さんを遺棄している。
⑦レンタカーを借りた気配が無い。
⑧崔の乗っていた車も見つからない。
「一平ちゃん、崔さんの乗っていた車を使って逃げたのかな?」
「突き落としているから、車の鍵は遺体から抜き取れないだろう?」
「崔さんは車の鍵は持って居たの?」
「それは聞いて無いな、明日所持品聞いてみるよ」
「どんな車か判れば良いのにね」
「少なくとも、立雲峡の駐車場には止めているから、監視カメラの映像有るかも知れない」「有ると捜査が進むわね」と明日に期待の美優。
美優達は帰宅の準備をして、明日の夕方の電車で帰る事に成っていた。

丸越物産の名義の携帯を持って居るのは?直巳から奪ったから?父でも姉でも無いのなら、直臣が心臓発作で亡くなったのは本当だろうか?
美優は色々考えると中々寝付けないが、一平は大きな鼾で眠っている。
大物なのか?ノー天気なのか?と寝顔を見ると思わず笑ってしまう美優だった。

翌日横溝課長の提案通りに、兵庫県警、静岡県警、朝来警察の合同捜査本部が、朝来警察の中に設置されて、一応一平達も参加して初回の合同捜査会議が行われた。
朝来の署長が、リーダーで小南と丸田刑事、兵庫県警から小田、増本、米田の三人が派遣された。
「竹田城連続殺人事件捜査本部」と命名された。
会議の部屋の外には大勢の報道陣が、待機をして署長の記者会見を待っている。
田舎の警察には珍しい人数の取材陣に、小菅署長も興奮気味で捜査会議を進めていた。
目新しい事は全く無く、昨夜佐山達が検討した事柄に終始していた。
無かった事柄は、美優の兄が鍵を持って中国から帰ってきて、尾行されていた事実は、まだ確証が無いのと、美優への配慮で削除されていた。
明日以降の捜査で、確証が得られれば発表の予定だ。

会議が終わると「崔は、車の鍵も持って居ませんでしたね」
「犯人と一緒の行動なら、持って居ないかも知れないな」と話しながら、一平と伊藤は立雲峡の駐車場に向かって、監視カメラの映像の分析に向かった。
車種でも判れば崔の車を限定出来て、持ち主の特定に繋がると期待していた。
しかし、半日調べてもそれらしき車の特定は出来ない。
崔が映って居る画像が全くなく、辛うじて崔らしき人間が歩いている物が、数秒残っていたのみだった。
伊藤と一平は時間の浪費に終わって、夕方静岡に向かって帰って行った。

朝来の捜査本部は、崔の落下した現場周辺に遺留物が無いかを、地元の警官総動員で捜索をした。
佐山達刑事は、崔の乗っていた車と、大柄の武闘家の目撃情報と富沢さんの目撃情報の聞き込みに努力していた。
夕方に成って、ガソリンスタンドでそれらしき車の目撃情報が有って、刑事数人が向かって、大柄の男がワンボックスに給油したとの緒言から、当時の伝票で車のナンバーの割り出し作業に入った。
「佐山さん、大柄の男の車が見つかれば、犯人に近づけますね」と白石が気合いを入れたが、佐山は殺しをした人間が現場近くで給油した事に疑問を持っていた。

美加の絵

26-011
翌日静岡県警では「丸越物産」を捜査するべきだと、一平と伊藤が横溝課長に詰め寄っていた。
一平が、美優の兄の話を詳しく課長に話したので、課長も渋々許可をした。
警視庁に一応許可を願い出て、伊藤と一平が「丸越物産」の賢一の上司の畑課長に電話をした。
畑課長は自分が決めたのではなく、前田直巳がインフルエンザで出張が出来なく成って、代わりに行く予定だった同じ課の墨田も感染したので、新田賢一に白羽の矢が立ったと説明した。
前田がインフルエンザから、心臓麻痺で亡くなったのには驚いたが、私は関与していないと前田の死因を調べて居るのかと思い、否定に力が入っていた。
中国出張は泉専務の要請だからと自分は何も知らないと、面談を拒絶した。
その泉専務は関西に出張中なので、留守で話が判る者は居ないと断った。
賢一がいつ戻るのかを尋ねたが、知らないとの返事に困り顔の一平と伊藤だった。
「どうも、中国出張は泉専務の極秘の仕事の様だな」
「前田直巳って何処で亡くなったのでしょうね?」
「インフルエンザから、心臓麻痺だと聞いたが何処で亡くなったのか聞いていないな」
「自宅でしょうね」
「一応聞いてみようか?」と再び電話をする一平に畑課長は面倒臭そうに「二人で出張中に、感染して帰れなかったのですよ」
「何処に行っていたのですか?」
「関西方面から、名古屋、静岡だったと思いますよ」
「二人で?」
「そうです」
「その墨田さんは今日いらっしゃいますか?」
「墨田ですか?辞めましたよ」
「えー、辞めた?」
「はい、前田が死んでショックが大きかった様です」
「住まいはどちらでしょう?」
「東京に住んで居ましたが、もう引っ越したかも知れませんね」
「実家は判りますか?」
「調べないと」
「後程又電話しますので、よろしくお願いします」で終わった。
一平の中でまた一つ疑問が生まれて、関西、名古屋、静岡?また静岡なのか?何故?その疑問はしばらくして判明した。
墨田の実家が静岡県の島田市の出身だったのだ。
畑課長は出張中体調が悪く成った前田を、実家の島田に連れて行って看病したが、自分も感染してしまって、肝心の前田が心臓発作で亡くなってしまった。
同僚の死と仕事の過酷さで、貿易の営業に嫌気に成り辞めたらしいと畑課長が説明してくれた。
「これが住所だ、行ってみようか?」
「はい」と島田に向かって二人は車を走らせた。

「一平ちゃん、変な人がウロウロしているらしいわ」と美優が一平に電話をかけてきた。
美優が話すには、昼頃から伊藤の妻久美が二度程見かけたらしく、教えてくれたのだ。
この時、美優は何故自宅を覗っているのかが理解出来なかったが、美優の携帯に送られていた兄賢一のメールで理解が出来たのだ。
(預かった鍵は美優の自宅に送った事にしたよ)と書かれていたのだが、発信日は昨日に成っていた。
「一平ちゃん、原因は鍵よ! 」と再び電話をする美優は、メールの話をして、今回の事件は兄の預かった鍵が原因だと確信をした。
「油断するな、鍵を狙っているのは殺人者だ」
「久美さんに、怪しい男を写真写して貰うわ」
「だが、不思議だな、何故俺達の家が直ぐに中国人に判るのだ?」
「日本人が犯人なのよ、兄の事をもう充分調べたって事だと思うわ、私が刑事の妻だから、警戒をしていると思うわ」
「お兄さん、本当に送ったのか?」
「時間的に送るには無理だと思うわ、適当に言ったと思うな」
「いつ戻るのだろう?お兄さん」
「一度連絡してみるわ」と言った美優も兄の安否が心配に成っていた。

電話を終わった美優が美加の塗り絵をしていたのを見て「美加!何を描いているの?天空の城を描いているのでしょう?」と奇妙な絵を見る美優。
「そうよ、これはね天空の城ラピュタで、これは行く時の叔父さんの車が目玉のお化けに乗って付いて来るのよ」
「えー、目玉のお化け?」と言いながら覗き込む美優。
その絵は車のライトが、消えた瞬間を描いている様に見えるから、ライトの形が判る絵に成っている。
「美加、これは叔父さんの車よね」
「空に飛び上がるのよ」と言う美加。
これは、車の車種が特定出来るのでは?ヘッドライトにフォグライトの形に特徴が有る。
最近流行のLEDライトなら、明るいので美加の方から見ると見えない。
だから、ライトが落ちた瞬間を描いているで、運転の男も描いている。
「美加、凄いわ!」と叫ぶ美優はこれで車の車種が特定出来れば、犯人逮捕に一気に進むと微笑みながら美加の絵の完成を見つめていた。

問題は鍵が何処の鍵なのか?それがまだ全く判らない。
静岡県警では鍵が銀行の貸金庫の可能性が大きいと結論付けたが、何処の銀行なのか?余りにも貸金庫は多すぎて特定が困難に成っている。
兄の携帯は再び通話が出来ない状況に成っている。
久美が自宅にやって来て「あれから見かけないわ、人相の悪い年配の男だったわ」
「大柄?」
「そうね、がっしりとした人だったわね」
「それは、多分一連の事件の犯人だわ」
「そうなの?残念だったわ、もう少し真剣に見とけば良かったな」と悔しがった。

夜に成って一平が戻ると「美加、お父さんに見せてあげなさい」
「はーい」と自分の机から昼間描いた絵を数枚持って来る美加。
「一平ちゃん、その中の一枚、崔の乗っていた車だと思うのよ、そのヘッドライトの形が特徴有ると思わない?」一枚の絵を真剣に見る一平が「ライトの形、フォグランプの位置が、間違っていなければ、判るかも知れないな」と言い出した。
「美加、この絵パパに貸してくれないか?」
「良いわよ、それはね、もうすぐ空を飛んでラピュタに行く処よ」
「そうか、パパが探して来るよ」と言うと納得して嬉しそうで「美加お風呂に入ろうか?」「はーい、今夜はパパとお風呂ね」と風呂場に走って行く。
「特徴を上手に掴んでいるな、見つかる可能性が高い」
「でも不思議よね、運転しているのに鍵を持って居ないなんて」
「最近の車は車内に置いていても、エンジンは動くからな」
「そうなの?」
「但し、車内に置いていたら、鍵は掛からない」
「そうなの?それじゃあ、もう一人車に乗っていたのかも?」
「二人?もう一人は犯人?」
「その可能性が高いわね」と二人が話をしていると「パパ!早く-」と大きな声で呼ぶ美加だった。

貸金庫

26-012
翌日早速美加の絵を持って署に向かった一平。
横溝課長に説明をすると、自動車の販売店にコピーを持って、廻ろうと決まった。
墨田の実家の調査に、伊藤と赤星が行く事も同時に決まったが、直接関係が無い可能性も有るので、慎重に調査をする事に成った。

昼に成って車の車種は直ぐに判明して、国産の高級車の昨年モデルチェンジの有った車で、約二百台弱の販売台数だと説明されて、とても車から犯人の特定は困難だと横溝課長は落胆の表情に成った。
墨田の実家の在る島田に行った伊藤と赤星は、住所の記載の在った家に近所での聞き込みをしたが、墨田の家には年老いた母親が一人で住んでいるだけで、墨田が戻ってきた気配が無いと言われて、遠くから墨田清美と云う母親を見てきただけで終わった。
「墨田和夫は、仕事を辞めて何処に行ったのだ?」
「近所の話では、同僚と実家に戻って来て、インフルエンザに成ったのは間違い無い様です、救急車で運ばれています」
「それは、前田を病院に運んだと云う事か?」
「多分、そうだと思います」
「消防署に確認をして、病院を調べた方が良いな」
「はい」捜査の方向が賢一の会社絡みに変化している静岡県警だ。
横溝課長の指示で救急車の出動記録を調べて貰うと、静岡中央病院に前田直巳を運んでいる記録は有った。
付き添いに墨田和夫が同じ救急車に乗り込んで、救急隊員が話を聞いている記録が残っていた。
「我々は少し考えすぎたかも知れないな」と横溝課長が言って、墨田和夫はこの時捜査の対象から外されて、前田直巳も今回の事件と直接関係が無いとされた。
前田直巳の死を利用して、父修三と姉松木美佐が登場して、賢一の鍵の詐取を企んだと静岡県警は結論付けた。

夜自宅に帰ると美優が「美加の絵は役に立った?」と尋ねた。
「車種は判ったが、既に二百台程販売されているので、特定は出来なかったよ」
「立雲峡の駐車場の映像に同じ車が映っているのでは?あの駐車場なら、もっと少ないでしょう?」と美優が言うと「流石、名探偵だ、人間は判らないけれど、車なら発見出来る可能性は高いな」と一平が微笑んだ。
早速佐山に車の画像を、明日調べて貰う事にする一平。
二百台程の車で、あの駐車場に在るなら崔の車に限りなく近いと思う美優だった。

翌日の昼に成って静岡県警に佐山が、同じ車で白色の車が発見出来たので、画像を送ると連絡が有った。
ナンバーの端が微かに見えるが、番号は判読出来ない角度、一平はメールで美優のパソコンに転送をして、何かヒントを見つけて欲しいと思った。

中国から、持ち帰った鍵が銀行の貸金庫だと判明したが、残念ながら全国でこの鍵を使っている銀行の数が多すぎた。
都市銀行の二行、地方銀行が十行で、地元でも静岡第一銀行がこの鍵を使用して、貸金庫の設置をしている支店も数行存在していた。
貸金庫の一般的な種類は、全自動型や半自動型などですが、静岡第一銀行の貸金庫の場合は、自動型・手動型(立会型)・簡易型となっています。
静岡第一銀行というブランド力と、セキュリティの充実さ、施設と警備の内容を考えると、盗難の心配が少ないことから、利用頻度は高いと言われた。
主に何が入っているかの問いに、重要書類から思い出の品まで、各種保管にご利用いただけます。
*ただし、危険物や破損・変質のおそれがあるものは保管できません。
高セキュリティな安全システムで、暗証番号や専用の鍵などを使用して開閉していただきます。
保管品の出し入れには、個室をご利用いただけます。
営業時間内なら、いつでも何度でもご利用いただけます。
*ただし、ご本人以外の方へ鍵やカードを貸与することはできません。
ご本人以外の方が利用する場合は、あらかじめ代理人登録が必要ですと、銀行の係が話したので、鍵を手に入れても開けられないのでは?の疑問が伊藤達の脳裏に浮かんだ。

その日も大きな成果も無く自宅に戻った一平に「この車、静岡ナンバーよ」と美優が教えた。
「何故?判ったの?」
「このナンバープレートの端を拡大したら、該当するのが静岡の青の文字の一部と合うのよ」「凄いな!美優は、全国のナンバーを調べたのか?」
「馬鹿、初めから静岡で調べたのよ」
「何故?」
「静岡関係の人が多いから、犯人は静岡に関係の有る人物と考えて居るからね」と微笑む。
「墨田の実家と前田直巳が亡くなったのと、富田さんの家位だろう?」
「もしもよ、富沢さんが偶然犯人を見ただけでは無かったら?」
「えー、それどう言う事?」
「犯人を見たのでは無くて、知っていたら?」
「犯人と知り合い?」
「そうよ、知り合いなら犯人の車に簡単に乗り込むでしょう?沢山の人が竹田城にはあの時居たから、富沢さんに見られたからと云って、直ぐには連れ去れない、大人だから大声を出すでしょう?」
「そうだな、誰もその様な事を警察に通報してきた人は居ないな」一平は美優に貸金庫の仕組みを話して、鍵が有っても簡単には品物を出す事が出来ないと話した。
しばらく考えて美優が「逆なら?」と呟く。
「逆って?」
「貸金庫の品物を出すのが目的で無かったら?」
「貸金庫から品物を出さないのに、鍵は必要無いだろう?」
「犯人には出さなくても良い場合も有るのでは?」
「意味が判らないけれど?」と首を捻る一平に「脅迫なら?」と話す美優。
「貸金庫に重要な物が入っていて?」
「多分そうだと思うわ」
美優はそれでも事件の全貌を掴んでいる訳では無い、判らない事が一杯有ったのだ。
美優が突然「若しもよ、何かの仕事をしていて、誰かが裏切った?横取り?」と口走った。
「二つのグループで、仲間割れ?」と今度は一平が言う。
「一平ちゃん、前田直巳さんの死に何か秘密は無いの?」
「インフルエンザで静岡中央病院に運ばれて、付き添いで墨田和夫が同行しているよ」
「墨田さんには会ったの?」
「丸越物産を退職して、実家にも帰ってない、東京のマンションも引き払っている」
「病院に運ばれて、亡くなったのは何日目なの?」
「聞いて無い、消防署に確認しただけだ」
「明日、もう少し詳しく調べて、それから、墨田さんはその後自分もインフルエンザに感染して、兄が中国に代わりに行ったのよ、何かしっくりと成っていないわ」と首を傾げる美優。

疑惑

26-013
朝来警察の捜査本部は、捜査の壁に当たって行き詰まりを感じていた。
一平が署長に、中国から持ち帰った鍵の話を、この時ようやく伝えたのだ。
美優がもう隠して置くと捜査に支障が出るから、公開をして今回の犯人像を、富沢さんの殺人と崔の転落事故よりも、拡大捜査をしなければ犯人を逮捕出来ないと横溝課長の許可で発表に成った。
肝心の鍵は賢一が持って、未だに中国から戻って来ない状況。
その兄賢一が「明日帰る」とメールを送ってきたが、余りにも短い文章に不安が募る美優。
賢一と一緒に劉春華と名乗る女性が、日本に向かっていた。
妹に送ったと言われたので、春華は鍵を取り戻す為に送られた女性で、妹が刑事の妻で中々取り戻せないと考えたから、苦肉の策に成っていた。

静岡県警は、静岡中央病院に前田の死因の詳しい状況と、感染したと云う墨田の事を尋ねる為に一平と伊藤が向かった。
その時、急患を受け持った看護師の二名が、運ばれた時は既に死んでいましたと証言したのだ。
同伴の男性は、しばらくして姿が見えなく成ったので、仕方無く病院で処理をしたと答えた。
死因が心臓麻痺は間違い無いが、インフルエンザが原因なのかは、付き添いの男性の証言だけで、それ以上は判らないと答えた。
勤め先が記入されていたので、病院から連絡をして処理を行ったと話した。
「伊藤、これは殺された可能性も有るな?」と一平が囁くと「丸越物産の誰かが?」
「泉専務かな?」
「可能性は高いですね」
「何かを行っていたのか?美優の推理が的中しそうだな」
「墨田は危険を感じて逃走したのかも?」
「中国の出張を仕切っているのは、泉専務だから一度会う必要が有るな」横溝課長の許可を貰って、泉専務に面会を申し込む二人。
丁度今日出張から戻っているので、夕方遅くなら会える事に成って、秋葉原の本社の近くに来て欲しいと言われた。
意外に簡単に会ってくれるので、二人は事件に関係が無いのだろうか?と先程までの疑念が和らいでいた。

夕方六時前に約束の喫茶店に行くと店員が個室に向かって「二階の手前の部屋にどうぞ」と案内をした。
泉は商談でこの場所によく客を招き入れる様で、店員が丸越物産の泉専務が本社にいる時は、此処を貸し切りで商談されますと説明をした。
確かに、ここなら誰にも聞かれる心配が無いから、安心出来ると一平は思った。
しばらくして、年齢は六十歳程度の髪の薄い、神経質そうな男がやって来て「どうも」と名刺を差し出した。
「警察に、自分から伺おうと思っていた矢先でした」といきなり言ったので、一平の方が驚き顔に成った。
「それは?どの様な事で?」と尋ねると名刺を見ながら「警視庁ではないね、静岡県警なら話が早い」
「。。。。。」と呆気にとられていると「前田と墨田君の事だろう?」といきなり話した。
「はい、そうです」と答える一平に「前田君がインフルエンザに成って入院をして、同じ課の墨田も感染したと聞いたので、中国に急遽別の人間に行って貰ったが、最近驚く事が判ったので、警察に行こうと思っていたのだよ、君達もその事で来たのだろう?」矢継ぎ早に話す泉専務。
「私が始め聞いていたのは、インフルエンザで心臓発作を誘発して、前田君が亡くなったと聞いていたのだよ、それがその後墨田君も行方不明に成っているので、驚いて色々調べたら、心臓発作で運び込まれた病院から、墨田君も消えていたのだよ、驚いたよ」
「はい、我々も静岡中央病院の看護師に聞いて来ました、専務はいつ頃この事実を知られたのですか?」
「十日程前かな?墨田君に出張に行って貰おうと、課長に尋ねて辞めた事を聞いて、調査をして初めて判ったのだよ」と一平達の予想とは全く異なる事を話して、我が社を狙っている人間か組織が有るとは考えられないのだが、二人は間違い無く命を狙われたと思う、警察で犯人を捜して欲しいと頼まれてしまった。
一平は捜査を進めますので協力をお願いしますと頼むと、協力は惜しまないと泉は微笑みながら言ったが、一平が「今、中国に行っている新田は私の、義理の兄貴ですから、私も身内が狙われたら困ります」と言うと「。。。。。。….」一瞬絶句に成って「そうか、世間は狭いな、君のお兄さんなのか?新田君は」と念を押す様に話して、よろしく頼むと喫茶店を出て行った。
伊藤が茶店を出て「あの間は?変でしたね」
「そうだな、明らかに知らない様に見えたな、崔の事を知っていたら、既に聞いている筈だ」二人は、丸越物産の噂と近辺の調査をして、夜遅く帰宅した。

一平は戻ると今日の丸越物産の専務に面会した話を、美優に詳しく伝えた。
「兄貴は明日帰る様だわ」
「そうなのか?良かったな」
「先ずは一安心だわ、先程よ!帰るとメールが届いたのは」
「僕は泉専務が犯人だと思っていたが、逆に言われた時は驚いたよ」
美優はこれで新しい事実が一つ増えたと考えて紙に、書き加えて推理を纏めようとしていた。
①前田直巳はインフルエンザが、死因では無い可能性が出て来た。
②同僚の墨田は病院から失踪して、現在も行方が判らない。
③前田を殺した犯人が、父と姉を名乗って鍵を狙った。
④崔を殺した犯人が、富沢さんと知り合いの可能性が有る。
⑤崔の乗っていた車は高級国産車で、犯人は崔と富沢さんとも知り合いだ。
⑥犯人は武闘家の経験が有る。
⑦鍵は銀行の貸金庫の鍵だ。
「今判ったのはこんな感じね」と一平に渡す。
「白の車が一番多いから、中々発見出来ないよな」
「では、場所を絞ればどう?」
「何処に絞るの?」
「勿論静岡に絞って探すのよ」
「また、静岡?」
「間違い無いって、あのナンバーは静岡だって」
「静岡で白の車なら、少ないだろうと思うよ」と半分は期待薄に言う一平。
美優の頭には、或る仮説が次々と湧いてきて、どれが本当の事なのかを決めかねていた。
「あの富沢さんって、仕事はどんな関係?」
「今は何もしてないと聞いたよ、マンションを経営している筈だ」
「優雅な生活だったのね」
「十数軒のマンションだったと思う、奥さんは生活には困らないって、横溝課長が話していたよ」美優はそれを聞いて、また紙に書き加えていた。

偽の鍵

26-014
翌日、美優の兄賢一が帰国して「今、帰ったから安心して」と電話が美優に有って、美優は一安心したが「明日、お客さんを連れて、預けて置いた鍵を受け取りに行くよ」と賢一が言ったので「お土産お願いよ」と合わせて話す美優だ。
誰かが側に居て、話を聞いていると思ったから咄嗟に話を合わせた美優だが、いよいよ何かが起こる予感がしていた。
美優は直ぐに一平に連絡をして、鍵を受け取ると、誰かに渡すか?本人がそのまま銀行に向かうか?尾行の体勢を整える様に伝えた。
賢一は羽田のホテルにそのまま宿泊、劉の監視の元での行動に成っていた。
刑事の弟が居て、その家に鍵を送った事が大きな誤算に成っていた劉とその一味は、表には劉春華が賢一に対応しているが、沢山の手下が二人を監視していた。
賢一は半分囚われの身状態で、中国からの帰国に成っていた。
その為、美優以外の場所への電話も出来ない賢一だった。

泉専務が二月のある日に「畑課長、誰か真面目な男で一人中国に直ぐに行ける社員は居ないか?」と尋ねた。
「急に言われましても、みんな仕事を持っていますし、営業には不向きな男が多いと思います」
「緊急なのだよ、困っている口の堅い男で良いから、一人用意して欲しい」
「判りました」で新田賢一に白羽の矢が立った。
表向きは書類を届ける仕事なのだが、重要な鍵を運ぶ任務を任されていた。
畑課長は、貿易の仕事の場合時には、危ない仕事も時々は有るのだと理解の元、スポーツマンタイプの賢一を推薦したのだ。
畑課長の考えて居た現実よりも遙かに危険な仕事を、泉専務は行っていた。
泉専務の仕事を手伝っていたのが、前田直巳と墨田和夫の二人だったが、二月の始め運悪く二人の出張仲に前田がインフルエンザを発症したのと、何者かが自分達の事を嗅ぎ廻っている気配を感じて、墨田は自分の実家に病気の回復を待つ為に隠れた。
母親はパートで昼間は外出、墨田が買い物から帰って来ると前田の意識が無くなっていたので、救急車を呼んで静岡中央病院に運んだ。
搬送の途中で救急隊員が、もう助からないと言ったが病院には搬送した。
状況から考えて、前田は何者かに殺されたのでは?今度は自分が狙われると感じた墨田は、直ぐに病院から逃走して行方を消したのだ。
その様な事態に直面しているとは知らない泉専務は、インフルエンザの感染で中国に行ける人間が居なくなったので、急遽探して賢一が中国に向かったのだ。

翌朝賢一が「十一時に自宅に二人で行くから、劉さんと云う女性に渡して欲しい」
「判ったわ」と美優は言ったが肝心の鍵を持って居ない。
一平はよく似た静岡第一銀行の貸金庫の鍵を用意する準備をした。
問題は渡した鍵を持って何処に向かうのか?富沢さんと崔を殺害した一味と関係が有るのか?注目の時間が近づいていた。
美優は自宅に届いた封筒の様に偽装して、劉と云う女性に渡す準備を終わった。
大きく深呼吸をして時計を見ると、十一時に成っている。
一平達は、マンションを取り囲む様にしているが、仲間が居る可能性が高いので、住人を装う婦人警官、近所の奥様の姿、学生風、外には工事関係の服装と、多様な姿で待っている。
劉一味は、美優が刑事の妻だと云う事から、成るべく平静を装い賢一と二人でマンションのエレベーターから、出て来た。
チャイムを鳴らす賢一「はい」と玄関に迎えに出る美優、愛犬のイチと娘の美加は久美の自宅で遊んでいる。
賢一が劉を紹介して、美優は会釈をして鍵の入った封筒を手渡す。
劉は直ぐさま封筒を開いて、自分の持って居る携帯の画面と照合して「ありがとう」と流暢な日本語でお礼を言って、賢一を残して美優の自宅を後にした。
「美優、ありがとう」と溜息と一緒に大きく息をする賢一が「中国から絶えず見張られていたから、大変だったよ」と玄関先に座り込んで、自分の革靴の裏を返して「此処に隠していたのだよ」と嬉しそうに、美優にドライバーを要求した。
革靴の踵の処に鍵を隠しているのか、ドライバーでこじ開けて鍵を取り出した。
「お兄ちゃん、上手に隠したわね!」
「昔見た映画に此処に隠すシーンが有ったのだよ」と笑いながら「今度は本当に渡すよ、何処かの貸金庫の鍵の様だ」と言って溜息をついた。
「直ぐに間違いに気が付くから、狙われるのだろうな」と言う賢一に「大丈夫よ、警察が今度は守から、それに今もあの女を尾行していると思うわ」
「マフィァか暴力団だと思うが、危険だ」と言う賢一だ。
「泉専務が関係しているの?」
「仕事とは関係が無い様だったよ、青島に行って数日後にあの女性からコンタクトが有った、この前に鍵を預けたのもあの女性で、渡すべき人が現れなかった様なので返却して欲しいと言って来たけれど、無いと言ったら、何処にと荷物とか持ち物を探していた。妹に送ったと言うと、その後は常に大勢に監視されている様で、携帯を取り上げられていたから、何処にも連絡が出来なかった」泉専務を疑っていない様子の賢一。
「恐い思いをしたわね」
「思うのだけれど、この鍵は重大な物を隠しているのかも知れないよ」
「何だと思うの?」
「取引の手順の様な物だろうか?」
「全く関係の無い人間が、取引をするって事?」
「そうだよ、電話も何もない、片方が逮捕されても繋がらないから、安全って段取りとかね」
「あの女性が連れて行ってくれるわ」と美優は警察の尾行に期待を寄せた。
だがしばらくして、美優の期待は脆くも崩れて、劉春華の行方は警察の尾行を煙に巻いてしまった。
美優はあの鍵が偽物だと判って、もう一度此処に来る?だが警察の監視も有るので近寄らないのか?全く動きはその日から消えてしまった。
勿論、新田賢一の方にも何の動きも働きかけも無くなったのだ。
偽の鍵を使って、静岡第一銀行に誰も現れないので、警察も次の行動がとれない。

佐山の駐在も長引いて、捜査本部でも手掛かりが完全に消えてしまって、崔の転落事故、富沢章雄の殺害の犯人の手掛かりも全く無い。
美優の予想の静岡登録の白の高級車からの手掛かりも、結局該当車が発見出来ない。
あの鍵は何だったのだろう?美優も推理の行き詰まりを感じ始めていた。
事実だけを整理してみると。。。。。
①兄の賢一が前田直巳の代わりに青島に行って、鍵を劉から預かった。
②その鍵を目当てに、前田の父と姉が現れた。
③崔と云う男が、兄を尾行して竹田城で殺された。
④殺した男は多分、富沢さんの知り合いだった。
⑤その為、富沢さんは殺された。
⑥犯人は富沢さんを知っている武闘家の男。
⑦偽の鍵を劉に渡したが反応が無い。
と事実だけを書いて考え込む美優だった。

イースト貿易

26-015
捜査本部も静岡県警も、動きの無くなった犯人に為す術が無く成っていた。
美優は一平に「静岡、富沢さん、車犯人の残した手掛かりよね、車からは該当の白い車が発見されなかったのが、想定外だったわね」
「美優の勘が外れるのは珍しいな」
「何か絡繰り無いのかな?」と考え込む。
「該当の時期の車は五台だけだよ、総て持ち主に面談して、確認をしたから間違い無いよ」「じゃあ、富沢さんの交友関係とか、知り合いに武道の経験者は?」
「今、調べて居るが、発見出来ていない」美優と一平の会話も沈みがちに成っている。
「鍵を取り戻して、何かを取り出すのが目的では無いから、次の行動にならない?偽の鍵なのに?」
「美優が貰った鍵は、銀行の貸金庫で間違い無かったよ、全国に問い合わせをしなければ、中々判らないよ」
「静岡第一銀行も同じ鍵?」
「同じだよ、でも支店の名前も判らないから、本当はカードが有るので、直ぐに支店と鍵で判るのだけれど、鍵だけでは全く判らないらしい、静岡第一銀行は鍵とカードの併用をして、安全性を高めている銀行だと担当者が自慢していたよ、他行はその様にしていないらしいよ」
「一平ちゃん、それかも?」
「何が?」
「何かの取引に使うから、鍵を持って居ても使えないのかも知れないわよ」と美優が閃いた様に言う。
「誰かが、何かを入れて、別々の人に鍵とカードを渡したのか?」
「それなら、直ぐには鍵は必要無いでしょう?」
「カードを持って居る人間が、鍵を手に入れ様として、お兄さんに近づいた?」
「その可能性も有るわね」美優は事件の筋書きが少し見えて来た様に思った。
「静岡第一銀行の様な貸金庫の制度をしている銀行を調べて見て」
「判った」一平は美優の言葉に微かな期待を持って、元気が出て来た。

翌日の朝静岡県警に佐山が久々に戻って来て「一平、交代で帰って来たぞ」と笑顔で挨拶をした。
「佐山さんが戻られて、心強いですよ、美優がね!新しい事を思いついたのです」と昨夜の話を伝えると「手分けして聞こう、システムを設置した会社に尋ねれば早いだろう」と早速静岡第一銀行の担当者に尋ねる佐山だ。
合同捜査本部での手詰まり感が、新たな捜査に佐山を元気づけていた。
しばらくして機材のISSセキュリティの紹介を受けて、問い合わせをすると、全国でこのシステムを行っているのは当社だけで、今現在十行程度の銀行でこのシステムの導入が終わっているとの答えだ。
詳しい事は浜松に支店が在るので、聞いて下さいと言われて、佐山と一平は急いで浜松に向かった。
「何か、先が見えてきましたね」
「本当だ、詳しく聞けばもっと絞り込めそうだ」名コンビ復活と手掛かりで元気が出て来た二人だ。

一方合同捜査本部は富沢さんの過去の職歴、交友関係と殺害と犯人が使った車の捜索に力を注いでいた。
そんな時、有力な目撃情報が朝来警察に入った。
三月四日に中国人が宿泊している民宿に、日本人の男が新車で迎えに来たと云う、大きな白の高級車が印象的だったと、久美浜の民宿への聞き込みで判ったのだ。
美優の実家の近くの民宿(登美)は三月七日から、蟹のシーズンが終わったので海外旅行に出掛けて留守に成っていて、警察の一度目の聞き込みが出来ていなかったのだ。
小南刑事と丸田刑事は、裏付け捜査の為に警察官を伴って、それ以外に何か情報が無いか探し廻った。
(新田)にも聞き込みにやって来て、野平の妻美優の実家だと聞いて、兄を尾行して宿泊していたのは間違いが無いと確信をしていた。
(登美)の経営者は、中国人だったが日本語は多少訛りが有るが、日本の言葉を流暢に話したと覚えていた。
迎えに来た男の顔はチラっと見ただけで、朝早く車に乗り込んで出て行ったと証言した。
迎えに来た男は中国人に運転を交代しろと、後部座席に乗り込んだ時に見たので、後ろ姿だけだったと言った。
体格は大柄の様に見えて、年齢は六十歳前後か?五十代か曖昧な記憶だ。
この情報は佐山にも直ぐに伝わって、佐山は貸金庫の情報を小南達に教えて、お互い連携で事件の解決を目指した。

佐山達がSSIセキュリティを訪れると、本社から連絡が入っていたのか、増本と山根の二人が佐山達に応対して、実物の鍵を見せると「これは、静岡第一銀行さんの貸金庫ですね」と直ぐに答えた。
理由を聞くと十行程全国で既に導入されているが、各銀行で鍵の形、色が異なるので判ると教えてくれたのだ。
「灯台元暗しだったな」と微笑む佐山に「でも地方銀行ですから、この鍵の支店は三十以上在りますよ」との言葉に今度は落胆の表情の一平。
「だが、この鍵が静岡第一銀行だと判っただけでも大きな成果だ」と佐山は言って「この鍵で支店は判らないのでしょうか?」と尋ねた。
「それが判らないから、安全なのですよ、カードを紛失しても、鍵がない、鍵を落としてもカードがと云った感じです」
「もしも、どちらか紛失の時は?」
「もう一度申請して頂いて、調査と交換費用を頂きます、一ヶ月以上時間が必要に成りますが、再設置は出来ます」
「この鍵で何処の銀行の貸金庫か判るのですか?」
「時間が有れば判りますが、基本的にはお調べ致しておりません、企業秘密に成りますので」「犯罪に関係していても?でしょうか?」
「はい、一応」と答える増本。
これ以上事件との関連が判らない二人は引き下がる他は無かった。

夜に成って今日の捜査で知り得た情報を美優に提供する一平。
「少なくとも、犯人と崔は知り合い、何処か遠くから運転をして、久美浜にやって来たのは間違い無いわね」
「俺も静岡が怪しく成って来たよ」
「でしょう?」
「泉専務は関係無いと思うか?」
「いいえ、大いに関係が有ると思うわ」
「泉専務は中国との貿易に強い人物だ、崔とも面識が有るかも知れないが、今の処はその事実は掴めて無い」
「崔が時々働いているイースト貿易は調べたの?」
「崔を中国との貿易の時に時々使っているだけで、関係無いと横溝課長が話していたよ」「そうなの?体格とか調べたの?」
「聞いて無いな」
「一度調べて見たら?崔の知り合いには間違い無いから」
「判った」美優も犯人がもうすぐ見えそうな気がしていた。

白い車

 26-016
翌日イースト貿易に行った一平と伊藤は、東山喜一が三月五日に何処に居たのかを尋ねると「崔の事件は手詰まりの様ですね、私のアリバイですか?」と笑った。
「はい、一応崔さんと面識の有る方、全員調べて居ます」
「私は四日迄中国で、五日は東京の羽田の近くのホテルに宿泊していましたよ」と微笑んだ。
小さな貿易会社で、五人程度が在籍している様に思えた。
机の数が社長の机を除いて、四つだけで女性の年配の人が一人、暇そうにしていたのが印象的だった。
羽田のホテルの名前を聞いて、二人はイースト貿易を出た。
歩きながら「暇そうな、会社でしたね」
「貿易も色々だからな」
「年齢は近いが、武闘家タイプではないな」
「四日まで中国に行っていたら、五日の早朝竹田城には来られませんよ」
「関係が無い様だな」と二人は歩いて駐車場に向かう。
伊藤が「先輩この車、例の高級車ですね」と自分達の後ろに駐車されている車を見て言う。
「色まで白ですね」
「我々の探した車の後かな?」とフロントを覗き込んで車検の日にちを見る一平。
「去年の九月だな、古い車だな」
「モデルチェンジ前か、結構似ているな」とぐるりと廻って見ると、二人はそれ以上考えずにその場を立ち去った。
新車の発売は十月だったから、モデルチェンジ前の車だと思ったのだ。
だが、その様子を事務所から眺めていた東山だ。

電話で「美優、あの東山って人は、アリバイ有りで、四日には中国、五日は羽田に宿泊していた」
「そうなの、残念だわ!体格は?」
「普通だったな、唯近くの駐車場にあの白い車が有ったよ」
「怪しいわね」
「でも古い車だった、車検は新車が発売される前の九月に成っていた」
「その車は社長の車?」
「判らないな、パーキングに駐車してあったから、誰の物か判らない」
「ナンバーは?」
「一応控えて来た、持ち主調べておくよ」
崔を知る人物を一人ずつ調べる方法に成ったが、静岡に限定すればそう多くは無かった。

夕方ナンバーから調べた車の持ち主は、桂咲恵と云う女性で年齢は五十歳、呉服町でスナックを経営している。
東山喜一はお酒を飲まない男で、スナックとは無縁だとの調べも同時に報告に付け加えられていた。

自宅で「あの東山って男は関係無い様だよ」と美優に詳細を話した一平。
富沢さんの昔の職業を調べて、接点がある人物は発見出来なかったとの調査結果も美優は聞く事に成って、富沢さんの仕事関係での知り合い説は消えてしまった。
「富沢さんって、マンションを経営していたのよね」
「十軒程の三階建てのマンションだな」
「総て住居なの?」
「そうだよ1店舗は無い」
「崔って人が住んだ形跡は?」
「それも調べたよ、無いな、崔は静岡には住んでいないよ」
「イースト貿易で働いていたのに?」
「中国の取引先との仕事だけで、現地に一緒に行くから、羽田で待ち合わせだったらしいよ」
「崔と泉専務は面識が有るの?中国に行くから?」
「全く無い様だよ、まあ本人の話だから定かではないけれどね」
「仮説を考えたのよ」と美優は書き始めた。
①丸越の泉専務は中国との闇取引に手を染めていた。
②それを手伝っていたのが、営業の前田と墨田の二人。
③出張の途中で偶然インフルエンザに感染した前田を、静岡の実家が近かった墨田が連れて行って看病しようとした。
④その時犯人Aに出会ってしまった。
⑤Aは墨田の留守に、何かを狙って自宅に侵入して前田を殺害してしまった。
⑥恐く成った墨田は身を隠したので、中国に行く人間が必要に成って、泉専務は兄を送った。
⑦犯人は兄が今度は鍵を持って帰った事を知って、略奪に来た?ここが判らないわね、崔と犯人は別だからね。
⑧崔と犯人は知り合いで、同乗で竹田城に来た。
⑨突き落としたのは?同乗者かな?
⑩でもこの高級車に乗っていたAを富沢さんは知っていた。
「兄は何かを届ける役目もしていたのかな?」
「そうなら、交換に鍵を持ち帰ったのかな?」と一平が言うと、直ぐに賢一に確かめる美優。
賢一は包みを手土産として劉春華に渡したと答えた。
「それよ、兄は荷物の運搬に使われたのよ」
「泉専務が何か犯罪をしていたかが判れば、引っ張って聞けるのに残念だ」と二人の話しも核心に近づいている様な気持ちに成っていた。

翌日佐山の妻の英子が、保険で働いていた時の友人を連れて、勧誘の挨拶にやって来た。
保険の仕事も知り合いを訪ねるのが一番手っ取り早いのか、須加典子と英子が美加の喜びそうなお菓子を持って、海老で鯛を釣る手法だと思ったが、ありがとうと受け取ると、上機嫌に成る美加を見て、釣られたかと思う美優だ。
「あら、叔母さんまだもう一つ、おもちゃも持って来たのよ」と須加が「新車買ったから、荷物を積み込む時に、トランクに入れちゃったわ」と言いながら、駐車場に取りに行くと出て行った。
「保険屋さんって儲かるのね」
「そんな事無いわよ」と英子が言うので「だって新車買ったのでしょう?車高いから」
「新車と云っても実際は新車じゃないから、安いのよ」
「えー、新車でも新車ではないって?」
「お客様に試乗車で使った車よ」
「発売の時、既に乗れる車の事?あっ!それだ!」と急に立ち上がって、一平に連絡をする美優。
「ありがとう、謎が解けたかも」と電話が終わって微笑む美優を見て、呆れた顔の英子。
「事件の解決に、英子さんの言葉が役に立ったかも知れないわ」
「そう、そうなの」と怪訝な顔の佐山英子だった。

連絡を受けた一平が車の販売店に電話で問い合わせをすると、販売前に試乗用に全国で数十台は登録されているでしょうとの回答だった。
それじゃ、あの白の乗用車はと思い出して、問い合わせをすると、新車の登録が九月に成っているが、モデルチェンジ後の車だと判明した。
「伊藤、見つかったかも知れない、行こう」と駐車場に向かう二人。
だがそこには先日の車は駐車していないので「自宅に行こう」と移動を始めるが「自宅と距離が有るな?」と不思議に思う一平だが、兎に角持ち主の桂咲恵のマンションに向かった。

強請

26-017
「留守だな」とチャイムを鳴らすが、反応が無い。
最近流行のマンションに入れない構造に成っていて、エントランスにて訪問理由を聞いて、初めてマンション内に入れる完全セキュリティマンションだ。
「店はこのマンションからは近いな」
「でも先程の駐車場からは遠いですよ」呉服町までは徒歩で十分程度だ。
「店がオープンしてから、行くか?」
「そうですね、八時には普通は開くでしょう?」
「金曜日だから、忙しいかも知れないな」と二人は取り敢えず、桂が買ったと思われる販売店に向かった。
試乗車が今もショールームの前に一台置いて在る。
「あの車、試乗車ですよね、何台も交換しているのですか?」と尋ねる伊藤。
係の女性が「高級車なので、何台も試乗車には出来ませんよ」
「去年からモデルチェンジでしょう?二台目じゃないのですか?」と一平が尋ねる。
「そうですか?」と言って女性は奥の事務所に向かって入った。
しばらくして店長の藪内と云う男性が「今朝問い合わせされた刑事さんですか?」
「はい、静岡県警の野平です」
「伊藤です」と挨拶をする。
「試乗で使った車は直ぐに販売されるのですか?」
「展示の車はナンバーも有りませんので、販売店間で移動させて、新車として売る事が多いですね、試乗車は沢山の方が乗られますので新車としての販売は難しいですね」
「ここで、昨年九月にこの車と同じ型の車が、試乗車として使われていたでしょう?」
「はい、以前は白で今はこのシルバーの車に変わっています」
「そんなに、頻繁に試乗車を変えるのですか?」
「いいえ、この様な高級車は我々販売店でも、置いてない処が多いのです、お客様の要望で移動させたりお客様にその販売店に行って貰ったりしますね」
「この系列の販売店は県内に何店舗有るのですか?」
「十五店舗で、この車の試乗車は三台だったと記憶しています」
「試乗車は、普通はどの様に成るのですか?」
「新古車として販売しますね」
「じゃあ問い合わせの車は、早い時期に新古車で売られたのですね」
「詳しい事は判りませんが、殆ど無い事ですよ」
「桂咲恵さんについてお聞きしたいのですが?」
「どなたでしょう?」
「お宅の高級車に乗られているお客様です」と尋ねると店長はしばらく考えて、奥のコンピュターを操作して戻ると「私共のお客様には、桂さんとおっしゃるお客様はいらっしゃいませんが」
「何処の店でしょう?」
「車検証見れば判るでしょう、待って下さい」と再びコンピュターの処に行って、しばらくして「この方は浜松のお店で、買われていますね」
「えー、浜松ですか?遠いですね」と不思議に思う二人に「今、メンテ係の須田が、当店に転勤出来ていますから、呼んで来ましょうか?去年まで浜松に居ましたから」
「お願いします」と云うと、店長は整備の方に向かって行った。
「お待たせしました」と繋ぎの整備服を着た須田がやって来た。
「桂さんですか?覚えていますよ、展示試乗の車を縁石に激突して壊してしまったのですよ、それで買い取られました」
「試乗車で事故を起こすと、買い取るのですか?」
「普通は、その様な事は無いのですがね、営業の萩原が買って貰えたと喜んでいましたね」「それで、新車を桂さんが持って居たのですね」と伊藤が言う。
販売店を出ると一平が「浜松の店で、何故試乗したのだろう?」
「先輩、桂さんの実家が浜松なのでは?」
「そうかも知れない、まだ八時迄時間が有るな、一度帰るか」と署に戻って行った。
「美優さんが言っていた静岡ナンバーの国産の高級車に、当てはまるのはこの桂さんの車だけですね」
「美優の推理なら、この桂さんの車が使われた事に成るな」と車の中で話を進める二人。

夜に成って呉服町のスナック「ルメール」に向かう二人。
「あれ?看板灯って居ませんね」
「何時だ?」
「九時前ですよ」
「普通は金曜日の九時に開けてない店は少ないだろう?」と隣の「スプランドール」と云う店に入る二人。
「警察の方?」
「隣のお店の事を聞きたいのですが?」
「事件なの?咲恵さんの店昨日も休んでいるから、変だと思っていたのよ、事件なの?」と興味有りそうに話す。
「昨日から休んでいるのですか?」
「そうよ、休む話はしていなかったのに、変だと思っていたのよ、でも時々旅行で休みも有るからね」
「連絡先はご存じですか?」
「それがね、ラインで連絡していたので番号も判らないのよ」
「それ教えて貰えませんか?」と伊藤が言うと「昨日ラインしようとして、間違えて消してしまったのよ、指が間違えて当たって」
「そうなのですか?僕も時々間違えて削除しちゃいます」と笑う。
「連絡が有ったら、教えて下さい」と名刺を渡す伊藤。
一平が「彼女の生まれは何処ですか?」と帰りかけて振り返って尋ねた。
「彼女、観音寺よ」と自分も名刺を差し出す、小村絹枝と書いて有る。
店を出ると「浜松が実家でしたね」
「それじゃあ、実家で買ったのだな、スナックって儲かるのか?」と言いながら帰る二人。
「事件に関係が有るのでしょうかね」
「美優の推理なら、関係が有るのだがね」と半分は美優と美加の絵が元に成っている事が気懸かりな一平。
だが翌日も店は休んでいて、二人は多少胸騒ぎを感じ始めていた。
「実家を調べて見るか?」
「そうですね、従業員は居なかったのですかね」今度は先日と異なる店に入って尋ねると、一人で営業をしていたと教えてくれた。
「店的には、小さいから一人でも、営業出来るのだな」と納得して二人は明日から、観音寺の実家を調べる事にした。

美優は「変よ、桂さんが居なくなったのは、一平ちゃんが車を見つけた日からでしょう?」「そうだが、それが関係有るのか?」
「犯人に見られていたなら?」
「あそこなら、イースト貿易の社長?」
「そうよ!」と決め付ける。
「桂さんは?」
「殺されているかも知れないわ」
「えー、何故?」
「車から、足が付くからよ」
「明日、観音寺に行ってくる」と言う一平に美加が「パパ、お土産」と言う。
「美加、旅行に行くのじゃ無いのよ、静岡よ」
「観音さまをお参りに行くって」
「違うわよ、浜松よ」
「ウナギだ!」と言い始める美加だ。
でも美加の絵が正しくて、美優の静岡ナンバーの事が正しければ、桂の車は重要な物証に成る。
美優は既に殺されていると言いだした。
三人目の犠牲者?明日イースト貿易の社長の事をもう少し詳しく調べて貰おう。
その様に考える一平は、しばらくして大きな鼾で眠ってしまった。

複雑な推理

26-018
佐山と一平が観音寺に向かい、伊藤と赤星がイースト貿易の東山社長の行動の調査に向かった。
車検証の住所には、小さな家が在るが誰も住んで居ない。
近所で尋ねると母親が一人、痴呆が進んで介護老人ホームに入居しているとの情報を得た。
「佐山さん、国産の高級車を買える様な、家庭には見えませんね」
「ほんとうだ、老人ホームも低所得者向けの様だな」と老人ホームに向かう。
「月に一度位、母親を見舞いに来られていますが、もう認識が出来ない様です」と係の人が答えて、手掛かりは皆無の状態だ。
二人の意見は誰かパトロンが居るから、高級車をプレゼントされたとの結論で、相手は東山社長と決め付けて、地元警察に監視を依頼して、観音寺を後にした。

伊藤と赤星の調査では東山社長と桂咲恵の接点は全く無くて、東山は酒を全く飲まない。
女性も若い三十代の中国女性、王秋思と生活をしていて、呉服町のスナック店に行った気配も無かったとの報告が有った。

夕方警視庁の組織犯罪対策課から、大規模な覚醒剤の取引組織が日本の暴力団と近日取引をする可能性が有るとの連絡が静岡県警にも入った。
中国経由で、日本の貿易会社がこの取引に荷担している情報が有るので、県内の貿易会社の点検をして欲しいとの要請だった。
署長は、横溝課長にもこの様な要請が来ているから、県内の貿易会社を点検して欲しいと伝えて来た。
佐山が、それを聞いて「イースト貿易も中国との貿易が多い様だったな」と一平達に尋ねた。
「佐山さん、偽の鍵を渡しても反応が無いのは、取引がまだ行われていなかったからで、覚醒剤取引の道具かも知れませんね」と言い出した。
「一度、警視庁に丸越の事を訪ねて見るか?」
「噂に上がっていたら、泉専務の疑惑が大きく成りますね」と言う一平。
横溝課長が、警視庁組織犯罪かの清水課長に電話をすると「何故?静岡県警が知っているのだと驚きの声をあげて、手を出すなよ!泳がせて後ろの組織も一網打尽を考えて居るのだから」と言う。
具体的に泉専務の話はお互いにしなかったが(丸越物産)が絡んでいるのは清水課長が認めたのだ。
電話が終わって横溝課長が「決まりだな、覚醒剤の大規模な取引が後ろに有る様だ」と興奮気味に言う横溝課長。
「不思議な事件の秘密が解けましたね」と佐山が言う。
自宅に帰った一平が、警視庁から依頼の話をすると「取引の為の何かを入れて有るのね」と美優が言ってから「車の桂さんの消息は?」
「見つからない、東山社長との関連は無い様だ」
「泉専務と東山社長の繋がりは有るの?」
「貿易会社だけれど、大きさが異なるから、今までの調べでは関係が無い様だな」
「そうなると、覚醒剤の密輸の仕事を兄は間接的に手伝わされた事に成るのね」と沈痛な面持ちの美優。
「丸越が会社ぐるみの犯罪では無いだろう?今日の話では泉専務が個人的に関わっている様だ、泉専務は警視庁の犯罪組織課が大勢で監視をしているだろう」
「兄に言わないと危ないかな?」
「もう、役目は終わっているから関係が無いと思う」
「でも心配だわ」
「問題はいつ取引をするのか?だな」
「殺人事件の情報は警視庁に流しているの?」
「朝来の捜査本部は、連絡してないと思う、別の事件だと思っているからな」
「静岡県警は?」
「犯罪組織課に連絡はしたと思うが、相手にされなかった様だ」
「何故?」
「中国マフィアと貿易商社の専務対暴力団の取引の構図で、取引現場を押さえるだけに成っているそうだ」
「鍵と殺人は?」
「違う事件だと考えているよ」
「同じなのに、管轄が違うのね」と諦めた様に言うと美優が紙に今判明している事を書き始めた。
①今回の事件は、覚醒剤の取引に起因している。
②丸越物産の泉専務が、前田と墨田の二人を使って、中国マフィアと取引をしていた。
③犯人Aに気づかれて、前田と墨田は危機に陥って、墨田は逃走、前田は死亡。
④泉専務は、二人の代わりに兄に重要な物を運ばせた。
⑤自分は警視庁に目を着けられて動け無いのが原因だった。
⑥犯人Aは帰国した兄から、鍵を奪おうとした?
⑦泉専務の関係者と犯人Aが争いに成って、崔は亡くなった。
⑧崔は泉専務の手先の可能性も有るが、判らない。
⑨犯人Aは、掛川の富沢さんと知り合いだった。
⑩崔を突き落とした事を知られて、富沢さんを殺した。
⑪犯人Aは武闘家で、崔も知っている人間で、二人は車に同乗していた。
⑫車は静岡ナンバーで、持ち主は桂咲恵と云う、スナック経営者。
⑬咲恵さんは木曜日から、行方不明で車も無くなった。
⑭イースト貿易の東社長が怪しいが、酒を飲まないし、当日のアリバイも有る。
⑮桂咲恵さんと宮沢さんとも東社長は接点が無い様だ。
⑯劉春華に偽の鍵を渡したが、何事も起こらない。
⑰咲恵さんは、呉服町で小さなスナックを経営して、観音寺が実家。
⑱母親は痴呆で入院、国産の高級車を買える人には思えない。
⑲パトロンが犯人Aで、実際はその男が車を使う事が多い。
⑳警視庁の犯罪組織課が大きな覚醒剤の取引が近日行われると、目を光らせて居る。
「こんな感じよね」と一平に見せる美優。
「そうだな、桂咲恵さんが殺されて居たら、勿論車も無いな」
「多分処分したと思うわ」
「でも何故急に?」
「それは一平ちゃんが地雷を踏んだ可能性が有るからよ」
「地雷?」
「そうよ、犯人に大きく近づいた証拠よ、思い出してみて何か有るでしょう?」と言う美優に首を傾げる一平。
それを見てトイプードルのイチが同じポーズをする。
美加がビデオの漫画を見終わって、イチを見て指を指して笑う。
「木曜か、水曜日に地雷を踏んだか」
「多分、そうよ」
「木曜日、車をパーキングで見つけたから、中とか車検の札、ナンバーを控えたな」
「それを犯人が見て居たのよ」美優が一平と同時に同じ事を言った。
「そのパーキングって、イースト貿易から、見えるの?」
「見えるよ、筋向かいに在るからね」
「犯人はイースト貿易の関係者で間違い無いわ」と言い切る美優だった。

車の炎上

26-019
翌日から、一平と伊藤は再びイースト貿易に行ってもう少し調べを進めようとしたが、社長は不在で事務員が「中国に行きました」とぶっきらぼうに答えた。
「筋向かいの駐車場を使っていますか?」と不意に尋ねる一平に事務員が「使っていたけれど、来月から使わないから、解約にしてくれと、言われていますよ」と事務員が答えた。
「車を売った?のですか?」
「いいえ、他の場所に置くそうですよ」
「車は白の大きな車ですか?」
「そうだったかな?私車判らないからね」と言う。
「社長いつまで中国に?」
「二人で行かれたから、一週間は帰って来ないわよ」
「何方と行かれたのですか?」
「弟さんよ、義理だけれどね」
「弟さんがいらっしゃったのですか?」
「一緒に仕事をされているのですか?」と伊藤がたずねる。
「一緒の仕事はしていないと思うわよ、でも時々中国に行くから、一緒に仕事しているのかな?」と曖昧に答える女性だ。
「年齢は?」
「六十歳を少しでている位だったかな」
「体格は?」
「大きい人よ」と言われて、例の事件の犯人に似ていると思い出した二人は「格闘をしている人?」
「格闘って?」
「空手とか?柔道とか?」
「知らないわ」と話した時、電話が鳴り響いて、女は長電話に成ってしまう。
「一度、義理の弟を調べて見よう」
「目撃の犯人に近いですね」
「まだ判らない、大柄の六十過ぎだけでは判らない」と二人は東山の実家に向かう。
妻も中国に一緒に行ったのは、県警から入出国管理に問い合わせて確認が出来たが、義理の弟の存在が判らない。
二人は近所の聞き込みを行ったが、東山の妹の事を知る人間は皆無で、再び戸籍を調べて貰う二人。
夕方に二人の元に、東山に姉は一人居たがもう亡くなって居て、妹も弟も居ないとの連絡を受けた二人は「どうする?」
「宛が無くなったな、聞き込みでも目撃者は無い」と諦めて県警に戻る。

夕方に成って、白糸の滝の近くの山道で、火の手が上がって爆発音が聞こえたと通報が入った。
山の中で爆発物?と県警の内部が騒然と成って、しばらくして次の報告で横溝課長が「遅く成るが出動だ」と一平達に言った。
「車の爆発らしい、大きな乗用車で、黒焦げだが乗っていた人間が居る様だ」の話しに一平達は直ぐに、桂咲恵の事を連想していた。
一平は直ぐに美優に、遅く成る事と事件を、簡単に説明をした。
車内で「もし、桂咲恵の車なら、東山と謎の弟は完全にアリバイが有りますね」
「そうだな、まだ中国だから、爆破も殺しも出来ないな」と益々混迷の様相に成ってきた。

現場は山道の空き地で、車が駐車出来るスペースが有って、往来の時に避ける場所の様な処で、車の色も判らない程に焼けていた。
現地の警察が「乗っていたのはどうやら、女性の様です」と教えてくれて「乗っていたのは一人で、解剖に運びました」と別の警官がその後を一平達に報告した。
「ここは、車も殆ど通らないだろう?」
「この車、例の車種では?」と伊藤が言うと、一平が黒焦げの車体を見廻して「この部分」と指をさしたのは美加の絵と同じヘッドライトとフォグランプの位置と形だった。
「益々、女性の遺体は桂咲恵の可能性が高いですね」
「よし、彼女のスナックと自宅でDNAが採取出来る物を探して来い」と横溝課長が言って、二台の車が咲恵のマンションに向かった。

管理を任されている警備会社の立ち会いの元、咲恵の自宅に入る一平達。
「歯ブラシとか櫛、DNA採取出来そうな物を、探せ」
「はい」と五人の刑事が探し廻るが「歯ブラシも、櫛もDNAを直ぐに調べられる様な物は有りませんね」としばらくして全員が声を揃えた様に言う。
「誰かが、持ち去っていますね」と一平が言うと佐山が警備の男性に「本人以外に、ここに入れるのですか?」と尋ねると「同居の人はカードを持って居ますから、一応三枚は発行していますから、三人は入れると思いますよ」と答えた。
「何故?持ち去ったのだろう?直ぐに判ると困るのかな?」と伊藤が疑問を言うと警備の男が「一応一ヶ月分の、カードの使用者の画像は残っていると思いますよ」と言い出した。
「本当ですか?」
「カードを使った時間と一緒に、写していますから」
「それは助かります、直ぐに見せて下さい」
「店の鍵も見当たりませんでしたね」
「店も綺麗に成っているかも知れないな」
刑事達は警備会社に向かう佐山達と店に向かう一平達に別れた。

店はマンションから徒歩で十分程の距離、ネオンが煌々と灯って昼間とは別世界の様相で隣の(スプランドール)も営業をして、今も数人の団体客が入って行った。
「壊しますか」
「仕方がないな」二人は鍵を壊そうと、必死に成っていた時「泥棒!」と急に後ろから声をかけられて振り向くと、若い女性が二人を恐い顔で睨んでいる。
慌てて、警察手帳を差し出して事情を説明する一平に女は「壊さなくても、鍵持って居るわよ」と自分の持って居るバッグから、鍵を取り出して扉を開けた。
「何故?鍵を持って居るのですか?」
「私、怪しい女じゃないわよ、このお店で時々バイトしているのよ、下田陽奈子って云うのよ」
「えー、バイトで入って居たのですか?」と伊藤が言って、一平が「今夜は何故?」とたずねる。
「連絡が出来ないのよ、お給料も振り込まれてないので、見に来たのよ」
「兎に角、中に入りましょう」と三人は店に入って、電気を灯す陽奈子。
二人は、電気の場所も直ぐに知っていたので、この女性の話は本当だと思って「月に何度か入って居るのですか?」
「忙しい時とか、ママが休みの日に入るのよ、ママが時々実家に帰る時とか、旅行に行くからその様な時に入るのよ」
「君は学生さん?」
「専門学校生よ、二十は過ぎているから大丈夫よ」
「いつから、連絡が出来ないのかな?」
「昨日よ、昨日が給料日で振り込みが無かったから、電話したのよ、でも刑事さんがここに居るって事は?ママさん、事件に巻き込まれたの?」
「はい」
「どうしょう、給料貰えないの?」と困り顔に成る陽奈子。
「ママのDNAを採取出来そうな物は無いかな?」
「待って」と探し廻るが「変ね、ブラシ置いて在ったのだけれど無くなっているわ」と他に何か無いのかな?と呟きながら探している陽奈子が「無いわね、刑事さん!これ役に立つ?」と半分表紙の破れたノートを差し出す。
「それ何ですか?」
「常連客のカラオケのリストよ、誰がどの様な歌が好きかって、書いて有るのよ」と一平にノートを手渡す。
陽奈子の連絡先を聞いて、成果も無く帰る一平達、手には汚れた一冊のノートだけだった。
「持って帰るのですか?」と伊藤が不思議そうに尋ねる。
「美優が、最近のカラオケで歌われている歌を練習するのに、使うかなと思ってね」
「そう言えば、時々久美と昼間カラオケに行っていましたね」と微笑んだ。

浮かび上がる犯人

 26-020
一平達が署に戻ってしばらくして、佐山達が戻って来て「桂さん以外の画像は残っていなかった、水曜日が最後だったよ」
「本人が歯ブラシとかを、持ち出した?」
「いや、金曜日に誰かがカードで開けているが、画像が残っていないと云うより、マスクに帽子の完全対策で、男女の区別も出来ない、一応コピーは貰って来た」
「明日実家に行きますか?」
「そうだな、実家なら何か有る、もし無ければ母親の物でも良いからな」そう言うと、全員が疲れた様子で帰って行く、時間は午前二時に成っていた。

「お帰り」
「美優、疲れたよ」と言うと同時に倒れ込む一平。
服のポケットに入っていた丸めたノートが、床に飛び出して落ちた。
「何?この汚いノートは?」
「あっ、それ桂さんのスナックに在った、最近のお客が歌うカラオケの歌だって、美優カラオケ行く時の参考に持って帰って来た」拾い上げて、ページを捲る美優が「これって、お客さんの好きな歌が書いて有るだけよ、新しい歌のリストとか歌われている歌では無いわよ」
「そうか、役に立たなかったか、何も無いのだよ、なあー」と残念そうに言うと大きな欠伸をする一平。
そのまま、ソファで眠り始める一平に美優が大きな声で「一平ちゃん、大手柄よ!」と叫んだ。
驚いて飛び起きる一平が「何だ、夢か」とまた眠ろうとすると「これ、あの富沢さんの事よ!」と言い出した美優の言葉に「えー、富沢さんって殺された?」と尋ねる一平。
「ここに、掛川の富沢さんって書いて有るわ、携帯の番号も書いてある」
「えー」とノートを美優から受け取る一平が、その部分を読んで「本当だ、繋がった!美優これで一連の事件の謎が解けたな」と眠気も無く成って、元気に成った一平。
「明日、陽奈子ちゃんに聞いてみよう、何か判るかも」と自信を深める一平だが、お風呂を出ると、直ぐに眠ってしまった。
美優は再びノートを細かく調べると、富沢さん以外に三人程遠方の人のみ、携帯番号を記入している。
他の人は愛称の様な、ゴンちゃん、役所さん、水道の叔父さんと書いて有って、名前も電話番号も判らない。
でも、バイトの陽奈子に聞けば、大体は判る可能性が有る。
犯人がこの中に居る可能性が大きく成って、美優の気持ちは高ぶって、結局朝まで眠れなかった。

「美優、眠らなかったのか?」とテーブルの上に俯せで眠っていた美優を見て一平が言うと「あっ、寝ていたの?」と言うと起きて「一平ちゃん、このノートの中の誰かが犯人の可能性が大きいわよ」
「今日富沢さんの奥さんに、聞きに行こうと思っている」
「そうね、もしかしたら一度位、スナックの話をしている可能性が大きいわね、何度か行ったから、携帯番号とかが開いてあると思うわ」
「でもこのノート古いから、相当前からの知り合いだな」
「間違い無いわね、女の子の連絡先教えて」と聞くと手帳に書いた番号を美優に伝えて、ノートを持って署に出掛けた。
美優はコピーしたノートを順に調べて、電話番号の書いてある人に尋ねてみるか?警察に任せるか?と悩みながら再びうたた寝をしてしまった。

昼近くに成って、美加が起きて来て目覚める美優は、下田陽奈子の携帯に電話をする。
「警察の人に話したけれど、まだ何か?」
「私が聞きたいのは、身体の大きな人が好きだった歌は知っている?」
「身体の大きな人?」
「そう年配で」
「警察の人に体格の良い、武闘家知らないかと聞かれたけれど判らないと答えたけれど、奥さんは変わった聞き方するのね」と不思議そうに言う陽奈子。
「ねえ、もしかして奥さんって、少し前に新聞に載った、名探偵の人?」
「えー、いゃーそんな」と照れ笑いの美優。
「そうでしょう、昨日の人は旦那さんね、名字同じだもの」
「そうよ」と答えると「流石ね、目の付け所が違うわ、大柄で店に来る人が、好きだった歌って、言われると、そう古い歌好きな人が一人要るわ、歌は思い出すけれどね、名前は思い出せないな」
「歌で良いのよ」
「それなら一番覚えているのは軍歌ね、他は知らない歌手が多かったわ」
「ありがとう、それで良いわ」
「えー、それだけで良いの?」
「はい」
「また、サイン下さい」と言われて照れ笑いの美優だ。
直ぐにノートのコピーを調べる美優。
しばらくして「この曲名って軍歌よね」と口走ると美加が「宇宙戦争だーー」と漫画を連想させて、台所を走り回るとイチが「ワンワン」と吠える。
「菊さん?」ノートには菊さんと書いてあって、軍歌らしい題名が並んでいる。
美優は再び陽奈子に電話をして「菊さんってノートに有るのだけれど、誰?」
「菊さん?ああ!その人は一度も見た事ないわ、名前はね菊雄かな?ママの彼氏だから、私が店に入る時は来ないから一度も見てないわ、ママより少し年上でね、それ以上は判らない」
「そうなの」と切りかけると「あっ、そうだ!ひとつ思い出したわ」
「何!」
「大きな車買って貰ったって喜んでいたわよ」
「ありがとう」美優はこの菊さんが犯人Aに確定だと思った。
菊さんだけでは判らない美優だったが、一平に車を売った経緯と販売店の営業の話を聞けば、もう少し菊さんの本当の姿が見えてくると連絡した。
一平が何故?菊さんって判ったの?と尋ねるので、貴方の持って行ったノートにも書いて有るでしょう?と言うと呆れて何も言わなかった。
「佐山さん、美優がこの菊さんって男が、怪しいと美優が言うのですよ」
「何故?」
「判りません?」と言うとノートを見ながら佐山が「軍歌が多いな?歌手も亡くなった人が多い、年配は間違い無いけれど、この菊さんに決めた根拠は判らないな」
「それでね、浜松の販売店に行って聞いて来てって」
「よし、観音寺の実家、老人ホーム、富沢さんの自宅、車の販売店に手分けして聞き込みだ」三台の車に乗り込み捜査課の十人が一斉に出て行った。
一平と佐山は富沢さんの自宅、掛川に向かう。
妻の清子に静岡のスナックの話を聞くと「夫の友達が、よく行くので月に一度、呉服町まで遊びに行っていましたね、結構歌が好きですから」
「その友人の方は?」
「主人が亡くなる二ヶ月前位に、亡くなられたと主人が寂しがっていましたね」
「お名前は判りますか?」
「いいえ、本名は知りませんが、確かゴンちゃんと呼んでいましたよ、そのスナックでは友達も出来て楽しかった様です」
「奥さんは一度も行かれてないのですか?」
「私は音痴で、主人もお前は歌駄目だなって、連れて行ってくれませんでした」
「菊さんって名前は聞かれた事有りませんか?」と尋ねる一平に考え込んでいた清子が「もしかしたら、万里の長城に行けるかも?とか話した時に聞いたかも」
「ほんとうですか?」
「主人はお城が趣味でしたから、万里の長城に行きたかったのでしょう」と涙を滲ませた。

咲恵は絞殺

26-021
「繋がりましたね、菊さんが犯人に間違い無い様ですね、美優はやはり凄いですね」と富沢の家を出て褒め称える一平。
「浜松の販売店で、確定だな」と高速に向かう二人の車。

伊藤達は老人ホームで、桂咲恵の母親のブラシから毛髪を採取して持ち帰った。
伊藤が「あれでは、子供の死んだ事も判らないだろうな」と痴呆の母親を見て、哀しそうに言った。
赤星達は観音寺の実家に行って、咲恵のDNAの採取可能な物を捜索した。

夕方に成って販売店に行った一平達が「桂咲恵さんを担当した営業マンの方、いらっしゃいますか?」と尋ねるとしばらくして店長が現れて「萩原が担当でしたが、先月退職致しました」
「桂さんは車の購入後、ここには何度か点検等で来られましたか?」
「いいえ、一度も来られていません」
「普通は来られるでしょう?静岡からは遠いですが、実家からは近いから」
「私も転勤で先月参りましたので、詳しい事は存じませんが、トラブルが有ったと聞きましたよ」
「どの様なトラブルですか?試乗車が縁石に激突して壊れたとは聞きましたが」
「私も詳しくは聞きませんでしたが、壊したお客様が車を買い取ったのですが、中古車並の価格だったらしいですよ」
「らしい?とは?」
「販売店の売り上げでは三割引に成っていますが、営業マンの萩原が差額を負担したのでは?との噂が残っていますね」
「何故?その様な事に?」
「詳しい事について、それ以上は判りかねます」と逃げ腰の店長。
「当時の事をご存じの方は?」と一平が尋ねると、佐山が黒焦げの写真を見せて「この車、桂さんが購入の車ですか?」と尋ねた。
写真を真剣に見て「そうですね、白の車ですね」と言うので「こんなに、黒いのに白だと判るのですか?」
「はい、この部分が白ですから」と写真に指を指す店長。
しばらくして「松田と云う者ですが、萩原と親しかったと思いますので、尋ねて下さい」と女性を連れて来た。
佐山が先程聞いた話を松田に話すと「それは本当だと思います、桂さんの連れの方に脅されていた様です」
「名前は判りますか?」と尋ねると携帯を探し出した松田が「これです、菊って男だそうです」と画面を見せる。
(菊の野郎が五月蠅い、困ってしまった)とメールが届いている。
「顔は覚えていますか?」
「大柄の六十歳位の恐そうな人でしたね」と松田は答えた。
「この萩原さんは?」
「辞めてからは連絡していません、携帯も変更した様です」
「自宅は?」
「社員名簿に載っていると思いますが」と話すとそれ以上に覚えている事が無いと、元の職場に行ってしまった。
また、先程の店長がやって来て「これが萩原の住所です」と手渡した。
「浜松市南区青屋町のマンションですね」
「彼は独身ですか?」
「いえ、結婚していたと記録に有りますね」と聞いて二人は販売店を後にした。
「佐山さん、脅して安く買い叩いたのですね」
「多分そうだろう、事故も叩く為に起こしたな」
「この男、暴力団員の様ですね」
「そうだな、手口がそんな感じだな」と二人は車の中で話して青屋町のマンションアールに到着した。
表札を探すが記載された三百三は、本田と表札が有って萩原の名前は何処にも見当たらない。
管理会社の看板が有るので、問い合わせると引っ越したとの返事で、連絡先は判らないと言われて、今日の捜査は打ち切りで帰署する。
「浜松の警察に調べて貰おう」と佐山達も萩原の事を重要には考えていなかった。
結局観音寺の実家も、咲恵の物だと断定出来る品物が無い為に、老人ホームの咲恵の母親の毛髪で、焼死の身元の確定をする事に成った。

翌日、もう一つ大事な事が確定をした。
車の焼死体は、既に亡くなって居た事が解剖で判明、血液型A型、身長158~162、年齢四十~六十歳、女性で殆ど桂咲恵に該当した。
死因は絞殺の可能性が高いが、遺体の破損が激しい為、確定では無いと発表された。
「東山社長と中国に行ったと云う義理の弟が、富沢さん殺しの犯人なら、この焼死体を殺した奴とは別人か?」と横溝課長が捜査会議で刑事達に尋ねる。
①大柄で武闘家の男が、富沢さんと知り合いで絞殺した。
②桂咲恵も絞殺されている。
③富沢さんを乗せたとされる車も崔を乗せた車も、咲恵の車に似ている。
④浜松の販売店で、一部恐喝の様に車を買った形跡が有る。
⑤咲恵の店で富沢さんと菊さんと呼ばれる知り合いだ。
⑥咲恵の彼氏が菊さんで、大柄な男だ。
⑦菊さんと呼ばれる男と東山が義理の弟と呼ぶ男が同一人物?
「この人物をAとして、菊さんとの共通点を探してみよう」と横溝課長が言う。
「もう一度、イースト貿易に行って、旅行の写真とかが残っていないか聞いて来ます、何度か一緒に中国に行ったと事務員が話していましたので」と一平が言う。

だが、イースト貿易はその日休んでいて、近所に聞いても昨日は営業をしていたが、今朝はシャッターが降りた状態だと教えてくれた。
出入国管理に問い合わせても、東山の帰国は確認されていない状況に成っていた。
「変ですね」と伊藤が一平に言うと「逃げられたかな?」
「ここの事務員の住所を調べる方法は無いのかな?」
「職安の履歴?厚生年金の控え?」
「よし、調べに行こう」
職安には会社の登録そのものが無い状況だ。
「イースト貿易って看板だけの会社?」
「益々判らなく成りましたね」
「東山喜一と王秋思は存在しているが、会社は架空?」
「例の覚醒剤の密輸の為の会社?」
「菊さんは暴力団関係の人間でしょうね」
「菊さんと呼ばれる男とイースト貿易の社長と同行している人物が同一人物だとの確証はまだ無いな」暗礁に乗り上げて、一平と伊藤は署に帰って行った。
夕方に成って、焼死体と桂咲恵の母親のDNAは九十パーセント以上親子の関係だと連絡が届いた。
車のトランクに男性の毛髪が、焼けずに発見されて、今度は富沢さんの毛髪の可能性が高いと、掛川の自宅に赤星がDNAを鑑定する為の物を受け取りに行った。
トランクには血痕が微量に採取されていたので、富沢さん以外の可能性も疑っていた。

菊さんは?

26-022
翌日浜松の警察から、萩原は今年の二月に交通事故で亡くなっていますよと連絡が届いた。
驚く佐山達は資料を送って貰う事にして、萩原の妻の実家を教えて貰った。
「神戸ですか?」
「遠いな、電話で尋ねるか?」と実家に連絡すると、元妻萩原響子は実家には戻っていない。
一度帰って来たが、夫の交通事故に納得をしていない様子で、確かめたい事が有ると浜松に戻って行ったと答えた。
その後は実家には戻って居ないと言うので、連絡は有ったのかと尋ねると、新しい仕事が見つかったので、そのまま浜松に住むと、三月の初めに連絡が有ったと答えた。
一平は携帯の番号を教えて貰ったが、使われていない状態に成っていた。
「これも変ですね」
「萩原夫婦は事件に巻き込まれたな」と佐山が言う。
これも菊さんと云う男が絡んでいると考えていた。
一平は響子の実家には事実を話さずに、事件の解決後まで持ち越す事にした。
響子の年齢は二十八歳、子供は居ない、結婚して三年同じ販売店での恋愛結婚で、結婚と同時に販売店は辞めているが、車の販売の事はよく知っていた筈だ。
菊さんと呼ばれる男が桂咲恵と組んで、高級車を揺すり獲ったと考えていた。
「今回の一連の事件とは関係無く、二人が組んで高級車を手に入れたとすると、菊さんは暴力団員の可能性が高いな」
「全国の警察に菊さんと呼ばれて居る暴力団員が居るか調査を依頼してみましょうか?」「する価値は有るかも知れない」で結論が出た。
夕方に全国の警察から数点の問い合わせが有って、北海道の札幌の菊地、東京の喜久田、大阪の菊池、神戸の東菊雄が菊さんと呼ばれて居る暴力団員だと判った。

夜一平が自宅に帰って美優に、一連の車の話をして、萩原の交通事故から妻響子の失踪、全国の菊さんと呼ばれて居る暴力団員の話を教えると「東菊雄が怪しくない?」と言い出す美優に「何故?」と尋ねる一平。
「静岡のイースト貿易よ、イーストは東でしょう?」
「あの社長も東山だよ」
「小さな貿易会社を作ったのでしょう?もしもよ、神戸から来て偶々飲みに行った店が(ルメール)だったら?知り合いがもう一人居て、その男がこの店の常連なら?」
「でも他の客は判らないな」
「その東菊雄が今、何処に居るか調べて見たら?」
「明日、聞いてみる」
「私は、陽奈子さんに菊さんと知り合い誰か居たか聞いてみるわ」
「萩原さんの交通事故で、奥さんが調べに行って、行方不明なのは?」
「神戸の実家に帰ってから、戻ったのでしょう?神戸で何かを見たか、知った可能性が高いわ」
「神戸の東菊雄に拘るね」と一平が笑った。

翌日神戸へ、東菊雄の詳しい調査を依頼する一平。
すると朝来の捜査本部が新たな情報を掴んだ様だと、小南刑事が話していたと教えてくれたのだ。
連絡をすると、確証は無いのだが、松木美佐と云う女性は何度探しても発見出来なかったが、美優の兄にかかった電話の発信は神戸地区から、発信されている事を突き止めたと話した。
前田修三の携帯は賢一との通話以外に使われて居なかったので、調べられない。
携帯の持ち主は全くの関係の無い学生の名義に成っていた。
父親を名乗った前田修三は、その後の、全く姿が見えない、携帯の使用も無い。
子供の松木美佐も神戸からの発信以外、その後の発信が無い。
携帯の購入は女性で、神戸の東原咲子に成っていると小南が言って、架空の人間だと調べて居た。
「東原咲子?」一平は不思議な名前を聞いて、美優に「この名前って、集めた様な名前だね、二月の二十日過ぎに購入している、何か臭うだろう?」
「一度整理してみるわ、仮説で」
美優は電話を終わると考え始める。

犯人を神戸の暴力団員、東菊雄だと決めて仮説を立てると
①友人の東山にイースト貿易を設立させた。
②覚醒剤の密売の為の会社で、丸越物産の泉専務が関わっている。
③東は兄賢一の鍵を狙って、前田の父と姉松木美佐に接触させた。
④崔の妨害で、兄から鍵の受け取りに失敗する。
⑤崔をもみ合って、突き落としてしまう東は富沢さんに会ってしまう。
⑥知り合いだったので、仕方無く富沢さんを殺害。
⑦一連の犯行に使ったのは、桂咲恵に買った車だった。
⑧その車は咲恵と共謀して、浜松の販売店から恐喝で安く買った。
⑨営業の萩原は、自分のお金を出してその場を押さえたが、東に支払を迫った。
⑩交通事故を装って殺された萩原の死に疑問を持った響子が、東に会いに行った。
⑪何かの理由で、響子は東に協力する事に成って、松木美佐に成った。
⑫東は前田修三、響子は松木美佐、捜査の目が咲恵に向かったので殺害、車も処分。
⑬東は若い響子に乗り換えた?
⑭覚醒剤は正規のルートは、泉専務の仲介で行われる予定だった。
⑮何かが変わったのかな?
美優は一連の仮説の中で、今まで何度か取引をしていたが今回何かが変わったので、スムーズに行われなく成ったと、結論づけた。
中国マフィアと泉専務と日本の暴力団の構図が崩れたのが今回の事件かも知れないと思った。
「そうだ!叔父様に尋ねるのが一番だ!」と閃く美優。
叔父様とは関東の暴力団の親分、神明会会長清水大治でこれまで何度も美優は、助けられていた大親分だ。
事務所にいきなり繋がる携帯の電話に「野平美優と言いますが、会長の清水さんいらっしゃいませんか?」
「あんたは誰?」と答える男。
「知り合いですが?会長さんは?」
「今は、海外に出掛けて居る、この携帯は置いて行かれた、何か用か?」
「いつ戻られますか?」
「一ヶ月程先だろう、お嬢様とアメリカで事業の下見だからな」
「えー、ブライダル事業をアメリカでされるのですか?」
「お前、詳しいな!阿倍珠恵さんも知っている奴は、この神明会でも少数だぞ、会長が隠しているからな」
「はい、サンセットブライダルの株価が下がりますからね」
「お前誰だ!会長の隠れた女か?」
「まあ、そんな処かも?」
「えー、そんな話は聞いていませんが、昔会長が好きな女性が一人だけ居るとおっしゃっていたが、まさか?」
「そうなの、連絡は出来ないの?」
「一度確かめて連絡を差し上げます」と男は急に丁寧に成って、電話を終わった。

乱闘の逮捕

26-023
その後何時間待っても連絡は来なかった。
夜に成って「野平美優様の携帯でしょうか?」と低姿勢な男の声、時間は11時を過ぎている。
「どちら様?」
「昼間お電話を頂きました、神明会の事務の責任者の立花と申します、会長がお休みに成られておりまして、今に成ってしまいました、会長は私が協力出来る事なら、協力をする様に申されましたので、ご用件をお聞きしたのですが?」
昼間の態度と急変に笑いそうに成る美優が「東湊連合の東菊雄さんの事を聞きたいのですが?」
「神戸の暴力団ですね、お調べして連絡を致します」と電話が終わると、美優はお腹を押さえて笑い出した。
驚く一平に説明をすると笑い転げる二人に変わった。

だが翌朝、立花が連絡してきたFAXを読み上げる美優「東湊連合が少し以前は、桜欄会と云われる団体に所属していまして、昨年東菊雄が独立して、東湊連合を設立しています、組員は数十人ですが過激な連中が多いと思われます、東は元空手の選手をしていた六十一歳の男です、尚この桜欄会は以前から中国マフィアとの関係を当神明会でも監視していました」と報告をしてきた。
「一平ちゃん、警察よりも凄いでしょう?」
「参ったな、これなら犯人はこの東菊雄に確定だな」
「そうね、状況証拠はね、でも警視庁の組織防犯課が動いているから、慎重にね」
「出入国を調べて見るよ、響子が一緒に中国に行っているかも知れないな」と話すと出かけて行った。

一連の美優の推理と経緯を話して、FAXを見せる一平に佐山が「出入国は既に調べた、この萩原響子は出掛けて居ないが、東は中国に行っている」
「トランクの毛髪は男性でO型、血痕はA型だ、念の為響子の母に問い合わせたが、響子はOだった」
「崔はイースト貿易の仕事以外にも、日本の仕事で中国と日本を頻繁に行き来している。泉専務と面識が有った可能性は高い」
「佐山さん、泉専務ではなくて、前田直巳では?」
「そうか、その可能性も有るな」
「車の毛髪は行方不明の墨田和夫では?」
「血液型を調べて、DNAも採取出来る物を集めるか」捜査本部は急に慌ただしく成った。
朝来の捜査本部も静岡の情報の裏付けに、響子のDNA採取とその後の行動を探し始めた。
一平は美優に、中国に行っているのは東一人で、響子の行方は判らないと教える。
東が中国に行っている時に焼死させたのは、響子の可能性が高く成った。
予め殺した咲恵を、車と一緒に放火で爆発させたのなら、響子でも充分可能だと考えた。

A型の血液の該当者の可能性者がもう一人居たのを思い出す美優。
一平が急いで萩原の交通事故死を調査した浜松警察に連絡をすると「事故現場は菊川ですが疑問点も有る様ですね」
「どう云う事でしょう?」
「事故で犯人は逮捕されていまして、何故この様な場所で歩いていたのかが理解出来ないと、警察でも言っていました」
刑事は「夢遊病者の様に突然飛び出して来て、避けられなかったと証言しています」
「夢遊病者?」
「はい、大型トラックで即死でした」
「薬とか?検出は?」
「アルコールは出た様ですが、薬は調べていないのです、萩原の酔っ払いと、大型トラックの運転手の過失で処理されていますが、運転手があれは避ける事が出来なかったと証言していますね」
「肝心の萩原さんの血液型は?」
「A型ですね」愕然とする一平。
萩原さんは何処かで、リンチの様な暴行を受けて運ばれて、交通量の多い道路に突き飛ばされたのかも知れないと考える一平。
一平は直ぐに、その事を美優に伝える。
美優は響子さんが神戸の実家に帰ってから、何故?不審に思ったのだろう?何かを見つけたから実家を出て行った?
三月の初めには、東菊雄と仲間に成っているから、響子が知ったのは今年の初めか?
インターネットで調べる美優だが、それらしき事件も掲載されていない。
少なくとも、響子には夫が何故?菊川で交通事故なのか?の疑問は有った筈だ。
自宅では再三、咲恵に恐喝の様に車を安く買い叩かれた事を愚痴っていた筈だ。
販売店でも男の名前は出ていないのは?暴力団だから、表には出る事が出来なかった。
新車は十月発売、桂が買ったのは年末、強請始めたのは十一月か?
菊さんが東菊雄だと判明して、萩原はお金を取り戻す為に乗り込んで、事故に見せかけて逆に殺された。
後日、響子は何かで東菊雄を知って、事故の不自然さを訴えたが、仲間に成ってしまった。
「あっ、そうだ、咲恵か」と美優が呟く。
でも何も証拠が無いな、毛利刑事は兵庫県に行っているから、地元の資料を送って貰おう。
地元の新聞に掲載されている小さな記事かも知れない?
乗り込んだ響子に、東は自分ではない桂咲恵が犯人だから、仇を討とうと言ったのかな?
何か響子が、見た物が判れば、統べてが、繋がるのだが。。。。。。美優は考え込む。

イースト貿易はその後も閉鎖の状態、東山喜一も東菊雄も中国から帰国の気配も無い。
その日の夜、警視庁の組織犯罪課が、泉専務を確保、同じく現場で桜欄会の会長、芝木謙介と部下数人を逮捕したとの報道が、マスコミに流れた。
横浜で、芝木達が泉を襲ったのが原因だったが、取引上のトラブルが原因の様な報道だった。
美優はテレビを見て、これってあの鍵が原因では?と思っていた。
偽の鍵を掴まされた桜欄会が、報復に出たのだろうか?
明日以降にもう少し詳しく判るだろうと、思っている美優だ。
殺人事件は、この取引を巡る混乱が原因だと思うが、清水さんが教えてくれた分裂が原因かな?
情報を入手した東が、覚醒剤の横取りを計画したのでは?美優の推理が核心を捕らえだしていた。
暴力団の分裂に端を発した事件に、兄の賢一も富沢さんも、萩原夫婦も捲き込まれたのでは無いのだろうか?
だが、何故イースト貿易の東山も東菊雄も中国から戻らないのだろう?
今日の逮捕劇を知ったら、尚更戻らない可能性が高いと美優は考え出した。
出国していない萩原響子は、今何処に居るのだろう?
泉専務達は逮捕されたが、覚醒剤を何処で、いつ取り引きしたのかの報道はされていない。
美優にはまだ何か事件が起こる予感がしていた。
偽の鍵を持って帰った劉春華も、逮捕された報道はないからだ。

帰らない二人

26-024
翌日、一平が神戸地区の新聞のデータを持って帰って来た。
「泉専務と桜欄会の連中は逮捕されたけれど、覚醒剤の押収も中国人マフィアも逮捕されていないよね」と美優が一平に確認する。
「偽の鍵を掴まされた桜欄会の連中が、張り込み中の泉専務を襲ったので、組織犯罪課は全員を逮捕したのだろう」
「自供したの?」
「何も言わないらしいよ、覚醒剤の取引現場を押さえる予定が、全く意図していない逮捕に成ったと、悔しがっていたらしいよ」
「でも大体今回の事件の全容が見えて来たわね」
「複雑な事件だったね、犯人は中国から帰って来ないので困ったな」
「このデータ見てみるわ」と地元新聞のデータを調べだした美優。
しばらくして一平は大きな鼾で眠ってしまう。
真夜中に成って美優は、暴力団桜欄会の分裂で新しい団体東湊連合の代表東菊雄の名前を発見した。
小さな記事で、今後縄張り争いが起こるので、地元警察は警戒を強めている。
新聞のこの名前で、響子は東菊雄の名前を知っていたので、接触をしたのだろうが、その後の行動が判らない。
萩原さんは東菊雄に、お金を少しでも払って貰おうと交渉に行ったが、交通事故に見せかけて殺されてしまって、響子は実家に戻った。
萩原さんは癖の悪い客で、東菊雄と云う男だと響子に話していたのだろうか?
死因に疑問を持っていた響子は、東の住所に行ったのでは?実家からそう遠く無かったからでは?
響子さんの写真でも有れば、異なる推理も成り立つか?美人?

翌日朝来の合同捜査本部に一平と佐山も一緒に参加して、捜査会議が行われた。
ボードに一平がこれまでの経緯を書き始める。
①三月五日に竹田城で突き落とされた崔は、東京から新田賢一を尾行していた。
②新田は泉専務の仕事で、前田の代理で中国に行って、銀行の貸金庫の鍵を預かっていた。
③鍵を受け取ろうとした人物は憶測だが、前田の姉に成りすました萩原響子?
④新田が手渡しを希望したので、今度は東菊雄が前田父、修三に成りすました。
⑤東は東山が経営するイースト貿易を利用して、覚醒剤の密売をしていた。
⑥当初は神戸の桜欄会に所属していたが、仲間割れを起こした。
⑦桜欄会は丸越の泉専務の仲介で、中国マフィァと覚醒剤を密売していた。
⑧仲間割れが原因で、東は桜欄会の密輸の横取りを画策した。
⑨元々、崔はイースト貿易で、東とは顔見知りなので、一緒に新田を追った。
⑩途中で東が分裂している事に気が付いて、崔を突き落とした。
⑪だが途中で東は、城マニアの富沢さんに出会ってしまって、怪しまれたので殺害。
⑫富沢さんと東は、静岡の呉服町のカラオケスナックルメールの知り合いだ。
⑬ルメールのママ桂咲恵と東は、男女の仲だ。
⑭数ヶ月前、浜松の車の販売店で恐喝の様に高級車を買った。
⑮販売店の営業萩原は、不審な交通事故で亡くなっている。
⑯萩原の元妻が響子で、地元の新聞で東の記事を発見後、実家から行方不明。
⑰泉専務と桜欄会の芝木謙介は、取引上のトラブルで、組織防犯課に逮捕。
⑱桂咲恵は自分の車の中で焼死、絞殺の後、車の引火である。
⑲トランクには男性の毛髪と血痕が残っていて、血痕は萩原さんの可能性が高い。
⑳毛髪は男性で、行方不明の墨田和夫さんで確認が出来ました。
説明をしながら書き終わると「それでは、判らないのは萩原響子が、一連の事件を東と共謀しているのかが疑問ですね」と小南が質問する。
「墨田さんの安否も不明なのですね」と丸田が質問する。
「今、ここに書いた事柄は、仮説も含んでいますので、これから皆さんと一緒に、裏を取っていきたいと考えていますので、宜しくお願いします」と佐山が発言した。
「合同捜査本部では、萩原響子の足取りと、桜欄会と東湊連合の状況を調べます」と小菅署長が言った。
捜査会議では、中国マフィアとの接触状況と、桜欄会の行動にも注視する事で打ち合わせをした。

帰りの車で一平が「何故?東達は帰国しないのでしょう?」
「中国人で判っているのは、二人だけだな」
「はい、王秋思と劉春華で、亡くなった崔ですね」
「劉は鍵を取りに来ただけで、王は東山の嫁だったな、東山と東は中国に何を?」
「覚醒剤?でしょう?」
「横取りを考えた奴らだぞ、中国に行く意味が無いだろう?」と帰りの車で議論を重ねる二人。

その頃美優も、兄の賢一に泉専務が逮捕されたけれど、会社の状況はどの様に成っているの?と尋ねると「あの専務事件の前に、退職していたから、関係無いらしいよ、全く平穏だ」「えー、それって退職届けを出していて、襲われたの?」
「そこは、判らないけれど、暴力団に襲われた被害者だと、社内では成っているよ」
「組織犯罪課が目をつけていたのよ」
「もう、釈放されたから、何も無かったと思うよ」
「変な話しね」と美優は丸越物産を退職している泉専務の事、結局組織犯罪課は覚醒剤では逮捕出来なかった事に一抹の疑問を持ち始めていた。
静岡県警とか、他の警察にも連絡が有った筈だが、結果は何も暴行事件でそれも軽傷らしい、不思議な事件に思い出した。
静岡県警も兵庫県警、朝来警察の合同捜査本部も、大きな間違いをしているのでは?とぼんやりと思い始めた美優だが、それが何なのか判らない。
暴力団の事は清水に尋ねるのが一番なのだが、当分帰らないとの先日の立花に電話をしても中々、的を得た答えは返ってこないのでは?と思う美優。

夜遅く帰った一平に丸越物産の泉専務の話を教えると、警視庁の組織犯罪課から泉専務には手を出すな、との指示が来ていたから、全くノーマーク状態だったと言う。
美優は、静岡県警が覚醒剤の取引に関しては、全く捜査はしていなかったと言った。
その為、桜欄会と泉専務が襲われた事件は、寝耳に水だったと話した。
「一平ちゃん、組織犯罪課は課長が仕切っているの?」
「そうだな、後籐課長だったかな?正確には警視庁組織犯罪対策部、トップは永富本部長、後籐課長は麻薬専門かな?雲の上の人だよ」と天井を見上げる一平。
「ふーん」と再び考え込む美優「その下で力の有る人は?」
「さあ?判らないよ、調べるのか?」と尋ねる一平には、美優が覚醒剤の事を誰に尋ねるのが良いのかを、知りたがっていると思った。

仕組まれた殺人

26-025
翌日意外な情報が神戸の兵庫県警から入手されて、静岡県警でも話題に成った。
兵庫県警にも組織犯罪対策局が置かれていて、佐山が他の話で問い合わせをした時「凄い取引が行われた様だよ」と話すので「何を取引したのですか?」と尋ねると「覚醒剤の取引で、末端価格で二百億を超える取引が行われたらしいのだと、県警の組織犯罪の担当が話していた」と話のついでに教えてくれたのだ。
佐山も何も考えずに刑事課で、同じ様に話すと一同が「凄い、金額だな」と感嘆の声をあげた。
「何故その様な取引が判ったのですかね?」
「神戸のチンピラが逮捕されて、喋ったらしい、五百キロとかの大規模な取引が、先日有ったから刑事さん達も忙しいよね、俺達の様なチンピラ捕まえても無駄だよと、話したらしい」
「五百キロって?」
「一グラム三万から五万だから二百五十億から百五十億!」と話題になる。

浜松の警察から、萩原響子の写真で販売店の同僚が撮影した物だと届いて「美人だな」と伊藤が映像を見て言う。

美優は兄の賢一に電話を再びして、泉専務は自分が刑事の妻だと知っていたの?と尋ねると、多分知らないと思うと答えたが、人事の人か上司の人に泉専務が自分の事を聞いたかを調べて貰う事にする美優だ。
自分の推理が間違っている事を期待していたが、始めから泉専務は知っていて兄に運ばせた?
それなら、今までの事件は仕組まれた事に成ると考え始めていた。
静岡県警の名物探偵刑事の妻を利用した犯罪?泉専務が襲われる事も計画的、偽の鍵でも何でも関係が無い。
覚醒剤の取引に、静岡県警も自分も利用されたと考え始めている美優は恐く成っていた。
もし、自分の推理が的中していた場合、自分達は覗かれている可能性が有って、内部に一味が居る可能性が高く、警察組織を捲き込んだ事件と云う事に成る。
自分がどれ位有名に成っているのか?暴力団の大親分清水大治共親交が有る美人の刑事妻?少なくとも静岡県警では超有名だから、県警の誰かが他の県警で話していたら?と次々と仮説を立てて考えると益々可能性が高く成ってきた美優だった。
もしこの推理が的中していた場合、これからは迂闊に推理を話せない。
犯人はこの静岡県警に神経を尖らして、絶えず見ている可能性が高い、安心出来るのは佐山さん、伊藤君の二人以外は不明だと思い始めていた。
夜に成って、兄賢一が「人事に、尋ねたら数ヶ月前、泉専務が自分の履歴書をコピーして、持ち帰ったらしい、何か問題でも有ったのか?」と尋ねるのを「泉専務は、兄貴の履歴書で色々調べたと思う」と答えて、会社では事件の事は話さない様にと言った。
賢一の話で、今回の事件が仕組まれたと確信をした美優は、今後の行動に注意をしなければ、危ないと一平の帰りを待った。
自分達の故郷が久美浜だと、始めから知っていたから、天空の城での出来事も理解出来る。
唯、崔が転落死した事と富沢さんに、崔を突き落としたとされる東菊雄が見られた事は誤算だった。
車の強請は一連の事件とは関係無く、咲恵が欲しがったので販売店で、萩原を脅して買い叩いた。
何度も催促に来るので、咲恵が困って東に相談、東は事故を装って殺した。
妻の響子も強かな女で、地元新聞で東を知って、自分の身を守りながら揺すった。
東は咲子より若くて数段綺麗な響子に乗り換えて、覚醒剤の取引で大きく儲ける話をして仲間に引き込んだ。
多分これが真相だわ、警察内部の人間も関与した大掛かりな覚醒剤の取引だったのでは?の疑問が美優の脳裏に広がっていた。
二人はもう当分帰らないから、店を閉鎖した事も納得出来る。
殺人の容疑者の可能性が高い東菊雄を、帰国させないのも納得出来ると美優は、総ての繋がりを感じていた。

①一連の殺人犯は東菊雄で確定
②今回のシナリオは、警察内部組織犯罪課の上層部が関与している。
③新田賢一は美優の兄だと最初から知っていて、事件に巻き込んだ。
④泉専務も東も東山も同じ仲間の可能性が高い。
⑤静岡県警か兵庫県警にも仲間が存在するのか?
と用紙に書き出した美優。
一平の帰りを待って、手渡してどの様な反応をするか?

夜遅く疲れた様子で帰宅した一平の目に付く場所に、用紙を置いて反応を見る美優。
「ああ-、疲れた」と言いながら腰掛けて、何気なく用紙を見て顔色が変わる一平。
「これは!」と手が小刻みに揺れているのが美優にも判る。
「それが、私の結論よ」
「内部に犯人が?」
「そうよ、警察内部にも、若しかしたら静岡県警にも?」
「始めから、我々を捲き込んだ?」と顔色が悪い一平。
「二百億の覚醒剤の取引をする為にね」
「兵庫県警の話か!」
「誤算は、崔が何者か?」
「覚醒剤の取引の横取りを企んだ中国マフィァだろう?」
「私も最近までその様に思っていたのよ、でも逆なら?」
「何?逆って?」
「中国の麻薬捜査官だったら?潜り込んでいた刑事なら?」
「そうか、それならお兄さんを見張っていた事も納得出来る、東菊雄と行動を共にしていたのも納得出来るね」
「以前からイースト貿易の仕事もしていた事も頷けるでしょう」
「警察の上層部が関与していたから、崔さんの正体が暴露した可能性が有るな」
「始めから、前田直巳さんは殺される予定だったのよ、崔さんに目星を付けられていたのよ」
「それでお兄さんが利用された」
「そうよ、私も利用されたのよ」
「犯人は誰だ?」
「多分相当地位の高い人が関与している筈よ」美優の言葉に、それなら警察に対する市民の信頼が失墜と危惧する一平。
もし署内に一味が紛れ込んでいたら、そう考えると明日から署に行くのが恐く成って来る一平。
直ぐに、佐山に電話で美優の推理を話す一平、今信じられるのは佐山と伊藤以外に誰も信じられない一平だった。

行き詰る

26-026
佐山は、横溝課長の許可がなければ、何も出来ないので一度揺すぶってみるが?と言って夜の電話を終わる。
一平はその足で、伊藤の自宅を訪れて美優と佐山の話をして、明日からの捜査は用心をしながら、行う事で一致して、三人で情報を共有して対処する事に成った。
先ずは美優の推理の根本である崔と云う中国人が、潜入麻薬捜査官だと証明されなければ、この推理は成り立たない。
美優は、東と東山の行方を捜しに中国本土に行って、崔の実体を捜すのは?との提案に一平は「そうだな、今の捜査の行き詰まりの最大の原因だから、許可が出る可能性が有るかも?」と考え始めた。

翌朝、美優が「考えたのだけれど、暴力団桜欄会と東湊連合の分裂騒ぎは、偽装じゃないの?」と一平に話す。
呆け眼の一平が「食品偽装をまたしたのか?何処の会社だ!静岡は食品会社多いからな」と意味不明の答えに呆れる美優。
「こんな時、清水さんが居てくれたら、直ぐに解決するのになあ」とぼやく美優。
しばらくして顔を洗うと、ようやく起きた一平が「そうだな、暴力団の事は清水さんに聞いた方が早いよな」と言い出して、美優に聞いて欲しそうに言った。
「警視庁のお偉いさんが絡んでいたら、お偉いさんの名前を調べて教えてよ」
「雲の上の人の名前なんか判らないよ、調べて連絡するよ」
「末端価格二百五十億の原価って、馬鹿みたいに安いのでしょう?」
「千円とか二千円の世界だろう」
「わあー二十倍以上なのね、原価十億程度が?凄い」と叫ぶと、群がる蟻の様に集まっても不思議では無いか?と思う美優。
事件の筋道が判っても、証明出来なければ事件の解決には成らない。

美優は一平が出掛けると、神明会に電話をして桜欄会と東湊連合会について、調べて貰う事にした。
この前の変な男、立花に結局は電話が廻される。
「要件は桜欄会と東湊連合会は、本当に決別しているのか?を確かめたいのですが?」「以前お話いたしましたが、決別だと思われますが?」「怪しいのでお調べ願いたいのですが?」「再度お調べするのですか?」と気乗りがしない様子で言う。
「会長に、直接電話しましょうか?」と高飛車に言う美優。
「それでは、私の立場が。。。。」
「でしょう?貴方も知っていると思うのですが?最近覚醒剤の大きな取引が行われたと思うのです」
「はい、知っています、関西方面とは知っていますが、桜欄会でも東湊連合でもないと、我々の調査では判っています」
「じゃあ、何処よ」
「それが、よく判らないのです、日本の暴力団では無い様な気がしますが、まだ調査中で詳しい事は判りません」
「会長は何と、おっしゃって?」
「この様な大規模な覚醒剤が、日本に入った事に憂慮されていました。今後は末端に渡るルートを調べて、出来るだけ阻止をしなさいと指示を頂きました」
「流石ね、会長はいつも素敵だわ!」と嬉しく成る美優。
「兎に角、調べて頂戴、私は偽装だと思っているのよ、今回の取引にも関係していると考えているのよ、だから確実に調べて頂戴」
「はい、畏まりました」前回と同様な感じの立花の話し方に、苛々が募る美優だ。

県警で佐山が横溝課長に内密で、東と東山の消息を探す為に中国に行った方が良いのでは?と話したと美優が話していると進言した。
すると横溝課長が「そうか、我が県警の名探偵がその様に話しているのか?」と言ったので、佐山が一平の話を想い出して「課長、警視庁で野平美優さんの話を聞かれたか?話した事は有りませんか?」と尋ねる佐山。
少し考えて「そう言えば、聞かれた事が有ったよ、随分前だったが、自慢話をしたら心強いですねと笑っていたよ、それが何か?」と横溝が言うので「聞いた人は何方でした?」
「誰だったかな?合同会議の時だったかな?確か組織犯罪課の主催の麻薬撲滅の会合の時だよ」
「何方ですか?」
「誰だったのかな?雲の上の人だったからな、それが今回の事件と関係が有るのか?」
「いいえ、美優さんも有名人に成って居たのだと思いまして」と誤魔化した佐山。
「だが、中国に探しに行くなら、中国政府の許可が必要だぞ」
「いえ、内密に行きたいと思います」
「言葉が判らないだろう?」
「誰か捜してみます」
「それじゃあ、署長の許可を貰うので、少し待て」
「お願いします」
許可さえ貰えば、一平と二人で中国に東山達を探しに行くのが表向きだが、崔の正体の確認もしたいのだ。
早速美優に連絡をする一平に「兄貴に訪ねて見るわ、通訳の人」と手回しが良い美優だ。

兄賢一に、貿易で使っていない通訳の人を捜してくれる様に頼む美優。
丸越物産の息のかかっていない日本語の判る人が絶対条件で、捜す賢一。
許可が下りて、佐山と二人で中国に行ける事を前提に頼んでいる美優だった。

夕方丸山が「調査の結果、東湊連合の東菊雄会長は、現在中国に行ったままで帰国していません。部下の連中は殆ど消えてしまって事実上の組織は無い様です」
「えー、東湊連合会は無くなったと云う事ですか?」
「そうですね、元々少人数でしたから解散してしまったか?東が解散させたかでしょう」との答えで美優の考えは、中国に逃げたと思った。
それは、殺人を次々と起こしたから、警察の追求を避ける目的で、逃亡をした。
東の女に成った響子は?何処に行った?東の女なら一緒に行動をする筈だが、出国の形跡が無い。
若しかして?東の女では無い可能性が有るのでは?逆?東の監視?危険な仕事は総て東が行って中国に逃亡させた。
関係の有る咲恵も殺して萩原、前田、墨田、富沢、崔と次々と殺したので、日本を脱出させた。
でも車の営業の萩原の妻が急に、暴力団の手先に成るだろうか?
確かに美人だが、急にこの様な大事件の主犯格に成る筈はない。
でも東の指示で、咲恵の車を爆破させる事は出来ても、その後東を追い掛けるか、連絡をする筈だが?
美優の疑問が今度は荻原響子の居場所、既に殺された?
では誰に?桜欄会?それはないだろう?折角対立を装い分裂したのに警察が東の女と思っている女を殺す事はしないだろう。
美優の推理はここで行き詰まる。。。。。。。。

響子の過去

 26-027
夜一平が帰宅して「横溝課長は、東京で麻薬撲滅の会合で美優の事を聞かれたらしいよ」と言った。
「それよ、誰に聞かれたの?」
「それが、覚えて居ないらしいけれど、雲の上の人らしいよ」
「それが本当なら、横溝課長は味方ね」
「そうでなければ、僕と佐山さん中国で消されるよ」と言って笑う。
夜遅く兄の賢一が、中国の通訳の人を捜してくれて連絡をしてきた。
以前の仕事の時に、知り合った取引先の王平と妹の王鈴玉が、会社とは全く関係が無いので良いのでは?と推薦して、特に鈴玉は新聞社に勤務していて、日本にも四年間大学に通っていたと教えてくれた。
美優がこれは大変助かると、大いに喜んだ。
新聞社なら、崔の情報を掴むのには最適な職業の人だった。
携帯番号を教えて貰ったので、明日にでも詳細を話して、早速崔の身元の確認をして貰う事にした。

「中国に行く前に、萩原響子の事をもっと詳しく知りたいのだけれど、時間有る?」
「それなら、神戸の警察に尋ねるのが一番だよ」
「でも大丈夫かな?スパイ居ないかな?」
「疑えば切りがなさそうだよ」
「そうよね」
「車の営業マンの萩原と浜松に住んでからは、事件までは平和に暮らしているよ」
「東菊雄と夫が仕事で巡り合ってから、変な事に成った?単なる事故が、地元新聞記事で響子が東の存在を知ってからよね」
「多分、殺されたのが暴力団絡みだと判った」
「でも不思議よ、若い女性が暴力団に乗り込まないわよ」
「どの様に接触したのか?色気だよ、美人だから色気で近づいた!それで決まり」と一平が言い切る。
「そうかな?」と首を傾げると、イチが同じ様にする。
「車を値切り倒して、買った。それも強奪の様に、萩原は会社に迫られて自腹を切って差額を支払って、後日取り立てに行って事故に見せかけて殺された。そこまでは正解よね」
「そうだね、その後響子は葬儀の後実家に戻って、日頃から萩原が話していた東菊雄の存在を知った。」
「そこからが、判らないわ、急に一味に成る?東の女に成るかな?」
「多少の美人程度だからな、そう言われたら変な部分だな」
「響子の過去を調べて頂戴」
「複雑で判らないよ」と一平は事件が複雑すぎて理解不能に成っていた。

翌日署に行くと横溝課長が「事件の早期解決の為、来週から中国に行って、東達の行方を捜して来てくれ、尚三人に行って貰う事にした」
「えー、三人ですか?」
「そうだ、名探偵にも行って貰わないと、安心出来ないからな」と笑う横溝課長。
「えー、美優も行くのですか?」
「そうだ、署長も早急な解決の為には、金額の問題では無いと言われている」
佐山と一平は顔を見合わせて、微笑んだ。
「但し、五日以内だぞ、それ以上は駄目だ」
「はい、判りました」と言うと直ぐに電話で伝えると、今度は美優が驚きの声をあげた。
美加の世話とイチを頼むなら、一平の母しかお願いが出来ない。
「もう、頼んだよ!旅行の支度をして待っていろ」
「パスポート期限まだ残っていたかな?」
「結婚の少し前に、海外に行ったって聞いたぞ」
「そうだった、じゃあまだ大丈夫だわ」と嬉しそうだ。

早速賢一に聞いた王平に電話をする美優は、事前に調べて貰う事を告げてから、旅行の準備を始めた。
一平は浜松の警察署に、萩原響子の浜松での詳しい生活を調べて貰うと同時に、神戸の警察に萩原響子の結婚迄の生活の調査を依頼した。

兵庫県警の組織犯罪対策局と警視庁の組織犯罪課から、失態を強く責められていた。
神戸で過去最高の覚醒剤の取引が行われた事自体、大きな汚点だと次回の人事で局長の榊原の更迭は確実と噂がされていた。
神戸の麻薬取り締まりの最高の地位に榊原、課長が安村洋一の布陣で暴力団と覚醒剤、マリファナ等の取り締まりをしていた。
「何故?兵庫県で起こったのだ?」
「全く暴力団の動きも無く、最近では桜欄会の分裂騒ぎ程度でしたから、裏をかかれました」と安村と榊原の話。
「警視庁からも、具体的な情報は無かったからな」
「今後は、取引の実体の解明と犯人逮捕に全力を注いでくれ」
「はい」二人の会話は力ない状態だ。

萩原響子の調査依頼は、刑事課に届いてこの二人の組織犯罪対策局には届かなかった。
刑事課では、新米の長田刑事と瀬名純子刑事に捜査の依頼を任せて、静岡県警の仕事をそれ程重要とは考えていなかった。
二人は萩原響子の実家の坂田家を訪れて、その後の響子の足取りを尋ねて、近所の聞き込みに入った。
地元の小中学から、大阪の大学に通学して、卒業と同時に神戸のコンピュター販売会社に就職。
二年後急に上京して東京で一年暮らすが、その後浜松の自動車販売店に就職。
東京での仕事は不明、アルバイトの様な事をしていたと思われる。
同僚の萩原と結婚、子供は無く三年後、夫が交通事故で他界、一度は実家に戻ったが、浜松に行くと家を出て、その後は行方不明。
実家はサラリーマンの家庭で、兄が同居していて独身。
近所でも特段変わった聞き込みは無いとの、報告を翌日静岡県警に送ってきた。
報告書は美優にも送られて、佐山と一平は何か接点が無いのか?と何度も読み返したが、不審な点も暴力団との関係も無い様で、東菊雄の女に成ったとは考えられない報告書だった。
①東京の何処に行ったのか?住まいは?
②何故浜松の自動車販売店に就職したのか?
③学生時代にバイトでどの様な仕事をしていたか?
④友人を数人調べて欲しい。
⑤恋人は存在していたのか?
美優は一平にメールを送って、調べてくれる様に頼んだ。
直ぐに一平が兵庫県警に連絡をすると、瀬名刑事が電話に出て「こちらで、調べられるのは、学生時代のバイト程度です」と言った。
「彼女の親友を数名調べて下さい、それと恋人が居たか?」とも付け加えた。
美人の部類に入る響子に恋人の話が一行も無いのに、美優は不審感を持っていた。

中国に向けて飛ぶ

26-028
東京での連絡先は何処だったのか?を今度は直接坂田の家に尋ねる一平。
娘の捜索願いは出してはいないが、連絡がとれないので心配の両親は、昔の連絡先を捜して連絡すると言って、一平の携帯番号を控えた。
一平は美優の指摘した事柄の中で、美人の響子に何故?恋人の名前が無いのか?学生時代から、車の販売店で萩原と出会うまで?
その疑問は神戸の二人の翌日の捜査でも疑問に成って現れていた。
数人の友人からの聞き取りでも、その事は友人の仲間でも疑問視されていて、一部では男嫌いとかの話も有った。

兵庫県警の二人は、美優の問い合わせに範囲を広げて大阪の大学時代の響子の行動を調べる事にした。
神戸では全く男性の影が無かったのと、就職先のコンピュター販売会社での聞き込みでも、男性の存在は無く、仕事が終わると遊ぶ事も少なく、社内での友人も少なかった。

一平と伊藤は再び、萩原の勤めていた販売店、住んでいたマンション近辺での聞き込みを行った。
美優は、中国に行く為の用意をしながら絶えず考えている。
一番今回の事件で、整合性が有る事は、崔が潜入捜査官で東達の取引の実体を把握して、組織の一網打尽を考えた。
だがもう一歩で、見破られて殺害された。
殺したのは東菊雄で、本当の主犯格の人間の指示で動いていた。
誤算は、富沢さんに遭遇してしまった事が東には致命的だった。
その為、愛人桂咲恵も主犯格の人物の命令で殺害をした。
咲恵が、富沢さん殺害を知ってしまうのと、その小さな穴から水が溢れるのを恐れた。
と考えるが、どれも憶測で崔が麻薬捜査官だったのか?それが判らない。
美優が響子は東の女では無いと最近では考えている。
行動を見ていると、東よりも上の立場の様な感じがしてきたのだ。
主犯格の人間と関係が有るのでは?との推測がされると、過去に繋がりが有る警察関係者が居るのでは?
警視庁の組織犯罪対策局、兵庫県警の対策局の二つだけれど、誰か響子と繋がっているのだろうか?
東京で桜欄会が泉専務を襲ったのも、猿芝居だったと思われるので、益々美優は上層部を疑っていた。

美優は今回の中国に行って、先ず崔の正体を突き止める事。
その為に崔の遺骨を持参して、家族に届ける為に準備をしていた。
幸い、王平から崔の実家を青島の田舎で突き止めたとの連絡が入ったから、遺骨を持参して真相を聞こうと思っていた。
元々潜入捜査は、家族にも友人にも身分を伏せての捜査に成るので、実家を尋ねて判明するのか?は疑問が有るのだが、望みは持っていた。
東山と東の行方をどの様に捜すか?これも中々難しい事だと思っていた。

だが、静岡県警に問い合わせが来て、警視庁に対して署長が「刑事三人を中国に派遣して、捜索をさせる事に成りました」と報告をしていた事実を、三人は知らない。

翌週四人は、羽田まで行って中国の青島に向けて行く予定だ。
「久々の飛行機だわ」と美優が言うと「俺は初めてだ、この様な鉄の塊が飛ぶ事が不思議だ」と興奮気味の佐山だ。
空港には佐山の妻英子と伊藤の妻久美が見送りにやって来ていた。
柱の向こうには人相の悪い連中が、この一行の様子を伺っていた。
「でも、眠いな」
「朝早い飛行機は、これが困るな」と口々に言いながら搭乗していく。
五人の人相の悪い男も、機内に入って行くのを、トイレから遅れて帰って来た美優が見て、咄嗟に静岡県警の誰かから、中国行きが伝わったと感じていた。
県警の誰が?美優は今の状態から、警察が今回の事件に完全に関与している事を確信した。
「一平ちゃん、人相の悪い連中が、私達を尾行しているわよ」
「知っているよ、佐山さんが先程気づいたよ」
「今回は丸腰だからね、忘れたら駄目よ」と微笑む美優。
「五人だな、分が悪いな」
「中国本土で襲ってくるわね」
「県警にスパイがいる事は確定だな」と微笑む一平の顔は笑って居なかった。
右斜め前の席に佐山と伊藤が見えるが、全員既に緊張状態に成っていた。
三時間半程度で青島の空港に到着するが、王平さんと妹の鈴玉さんが迎えに来ている筈だ。
多分悪党には、二人の存在は知られていないから、空港からいち早く移動すれば、敵の対応が遅れると考える。

青島は山東半島の南海岸の膠州湾の東側に小さく突き出た半島の先端に位置する。北東は煙台市、西は濰坊市、南西は日照市とそれぞれ接する。市街は比較的平坦で、すぐ側に丘が並んでいる。
山東省の中心都市として、重要な都市として近年目覚ましい発展を遂げている。
農産物、食料品の生産が多く、日本、韓国の両国とは親密な関係に有る。
日本と韓国の料理店も数多く、商社マンが毎日の様にこの空港に降り立っている。
機内の空気も、日本人が多いので各所で日本語の会話が聞こえる。
ゴルフに行くツアー客が、美優の廻りには数人居る様で明日以降の日程を話会っている。
美優は届かない事を承知で、機内に入る前に王平にメールを送って、不審な人物に尾行されていると伝えた。
間に合えば、王平が何か対策を考えるだろう。
到着してから、空港を出るまで四時間以上の時間が有るので、尾行の連中から逃げなければ、本当に帰る迄に殺されてしまう可能性が有る。
飛行機が飛び立つ時には、佐山は目を閉じて神妙な顔に成っている。
いかにも初めての飛行機が恐い印象だ。
美優の廻りのゴルフの連中は慣れた様子で、楽しそうに話をしている。

機内の作戦

26-029
飛行機が水平飛行に成ると、ツアーの客は早速飲み物をキャビンアテンダントに注文をして、酒盛りが始まる。
しばらくすると直ぐに、昼食が運ばれるので、彼等はその料理を肴に飲み物が進む。
「どちらに行かれるのですか?青島は観光では見物する場所は少ないですよ」と美優に話しかけて来る。
一平がトイレに立つのを、待っていた様に話しかける中年の叔父さんだ。
「観光では無いので」と横を向いて微笑むと「美人さんだな、ボブの髪が綺麗だ」と嫌らしい目つきに成っている。
横の禿頭の親父も美優を見て「御主人?」と尋ねる。
一平が居ると話難かったのか、遠慮をしていたのか?酒の勢いか?質問が多い。
「我々は、青島はもう十回以上来ているから、何でも知っているよ、教えてあげるよ」
「はい、ありがとうございます」
「ホテルは何処?」
「クラウンプラザです」
「ほんと、偶然だね!一緒だ」と喜ぶ男。
「空港から三十キロも離れているから、到着してから疲れるよ」と男が美優に教える。
もう一人が「誰か迎えに来ているの?」と尋ねたから美優は咄嗟に「到着してから捜す予定です」と答えていた。
「まだなら、一緒に乗せてあげるよ、バスを用意しているけれど、十数人とゴルフの道具だけだからね」
美優はホテルまでは、この人達と一緒に行くのが安全だと考え始めていた。
王兄妹を彼等が見つけると、先に消される可能性が有るから、この人達に紛れるのは安全で、その後合流を考えようと思った。
送ったメールの意味が理解されていない可能性も残るので、危険だった。
「弟とお父さんも一緒なのですが?宜しいですか?」
「大丈夫だよ、四十人は乗れるから」と嬉しそうに赤い顔で話す男達。
一平が戻ると「このゴルフのツアーの方々のバスに乗せて貰う事に成ったのよ」と言う美優に「あっ、そうなの?良かったな」と言う一平は直ぐに理解が出来たのか「ありがとうございます、助かります、妻が頼んだのでしょう?厚かましくてすみません」と笑顔でお辞儀をする一平。
食事が運ばれて、賑やかに飲みながら話す一平に、美優はタレント出来るわ!と呆れて見ている。
「男だけのツアーに、奥さんの様な美人さんが一緒ですと、花が咲いた様に成ります」と嬉しそうな連中に成っていた。
一平が佐山達に事情を伝えて、同乗する事で一致した。
美優は、その事情をメールに打ち込んで、到着すると同時に王平に送る準備をした。

しばらくして、飛行機は着陸態勢に入って、窓から外を見ている佐山は「大陸だ!」と感動の声をあげている。
「もう、恐くないですか?」と伊藤が尋ねると「慣れた」と言いながらシートベルトを確認している。
着陸態勢に入ると、再び無口の佐山は両足に力が入っている。
伊藤はその姿をもう少しで、吹き出しそうに見ていたが、着陸が確認出来ると急に「よし!」と言葉に出して安心顔に成った佐山だ。

美優はいち早くメールを送り届ける。
王平兄妹は、プレートを用意して乗客の出口で待っている予定だったが、急いでプラカードを鞄から出すのを中止して、出迎えの客を見渡す。
数人の人相の悪い連中を見つけると、兄妹は直ぐに場所を移動して、空港からホテルに移動した。
車に乗り込むとメールで、連絡を受け取ったのでホテルの近くで、待っていますと送った。
一平達が、ゴルフのツアー客のバスに乗り込んだので、日本から来た連中は驚いて、現地のマフィアと合流すると、今後の対応を話会う為、車に分乗してバスの後を追ってきた。
「ホテルで会うのだろう?協力者との接触が有る筈だ」
「協力者が判れば、殺せとの命令だ」
「日本の警察が何か掴めば、殺せ!の命令も受けてきた」中国語の判る男が現地の男に説明をして、納得して尾行が始まった。

バスは高速道路に入って、一路市内を目指す。
「ここは、地震が無いので架橋が細いでしょう?」と指を指して美優に説明を始める安藤と呼ばれた男。
「ほんとうですね、東京都は違いますね」
「そうですよ、ですから工期も費用も少ないのですよ」吉田と呼ばれた男が「あなた方、観光ではないですよね、あの人は刑事さんの様だけれど、違うな、夫婦の刑事さんって聞いた事ないからな」と佐山を見て笑いながら言う。
「観光ではありませんよ、人探しですのよ」
「そうですよね、観光の感じでは無いよね」と納得する。
「あの若い人の奥さんを捜して居るのか?」と今度は伊藤を指さして言う。
「二人です、兄妹を捜しに来たのです」と美優が言うと「それは、大変だ!頑張って下さい」と励まされる。

尾行の車では「あの大勢の連中も、警察か?」
「その様な連絡は聞いていない、四人で、一人は有名な探偵妻だと聞いている」
「だが、あの状況は同じグループだが」と不思議そうに思いながら二台の高級車は、バスの後方にぴったりと付いて走る。
美優の携帯に(美優さん、何処で会いますか?)とメールが届く。
(暴力団に尾行されているの、ホテルは危険、私達が貴女達に接触するのを待っているかも?)
(近くに待機していますから、連絡を下さい、崔さんの実家が判りましたので、お連れします)
(実家が判ったの?早く行きたいわ)
(連絡、待っています)でメールが終わった。
メールを一平に見せる美優「おおー、少しは成果が期待できるな」と話すと吉田が「何か手掛かりが?」と言うので美優は「はい、中国の友人がメールを送ってきてくれたのです」
「そうですか?見つかると良いですね」
「それが、中国マフィアに狙われている様で」といきなり言う美優に顔色が変わる一平。
「えー、中国マフィアに、狙われている?それは大変だ、事情が有りそうですね」
「今も尾行されているのです、妹は美人ですから」
「そりゃあ、奥さんを見れば判りますよ」と微笑む吉田は、勝手に解釈をしていた。

広い中国

 26-030
「後ろの連中に見つからずに、抜け出せませんか?」
「奥さんだけなら、抜け出せるかも?」
「私だけでも、良いです」
「ホテルに着いたら、トイレに行く振りをして、直ぐに抜けて下さい、近くに日本のスーパーが有るので、何か有れば日本語が通じると思いますよ」
「判りました」と言うとメールで、スーパーの入り口に行きますと送る美優。
「奥さんがトイレに行くと、大袈裟に尾行の人に判る様にして、荷物を降ろすのを手伝って下さい」一平は一連の話に呆れて聞いている。
美優が適当に話していたと思っていたが、王兄妹に接触の為の嘘話と判って別の意味で驚く一平。
佐山と伊藤に耳うちをして、到着と同時に尾行の連中の気を引く行動をする事にした。

到着と同時に美優は成るべく目立たない様に、全員がゴルフの帽子を被る様に頼み込む。
ボブの頭に、帽子を載せて荷物の陰に隠れて移動を始める。
次々と、バスからゴルフバッグを降ろして、荷物も山の様に成って、ホテルの従業員が荷物を載せる台車を数台持って、バスの処にやって来る。
一平達は、帽子を脱いで分かり易く見せて、先頭に立って荷物を台車に載せていく。
尾行の連中の一台は、車に乗って見張って、もう一台の車からは三人が降りて、バスの近くに来て確認をしている。
「俺もトイレに行きたい!」と叫ぶ一平。
近くに男達が来ているのを見ての、大袈裟な演技の一平に笑いそうに成る佐山。
美優はこの時既にバスから離れて、近くの日本のスーパーに向かっていた。
中国語が判らないので、どの様に捜そうかと思っていた美優だが、大きな看板が目に入ったので、聞く必要も無くスーパーに向かう。
携帯で「今、スーパーに向かっているわ、何処かな?」
「美優さん、正面入った右に大きな柱が在るから、そこに居ます」
「はい」大きなスーパーだわ、正面が遠いわと、急ぐ美優。
しばらくして「あの、女が帰って来ないぞ!」と一人の男が気づく。
「しまった、何処かに行った」
「捜せ」と急に慌て出す怪しい男達。
「おお、気づいたぞ」
「大丈夫かな?」急いで電話をする一平。
「美優、連中は気がついたぞ、会えたか?」
「まだよ」
「こちらも、揺さぶるか」と言うと急に「ありがとうございました」とゴルフの連中にお辞儀をして、走り出す一平達。
ホテルを誤魔化す為に反対方向に走る三人に、現地の男達が車を降りて追い掛けて来る。
タクシーを止めて乗り込む三人、行き先を聞かれても言葉が判らない三人は空港のチケットを見せて指を指す佐山。
運転手は上機嫌で走り出すのと、男達が追いつくのが同時「助かった」
「中国で乱闘は出来ませんからね」と言うが、車は元来た道を高速に入って行った。
「美優、会えたか?」
「まだよ、人が多すぎて、あっ!居たわ」で電話が切れた。
「美優は会えた様です」
「良かった」
「三人とも中国語は出来ませんよ」
「これ、空港に向かっていませんか?」
「その様だな」
「駄目ですよ、ホテルのパンフレット持って居ませんか?」
「有った」と伊藤が言うと佐山が、運転手にそれを見せて「ここに!」と言うと笑う運転手。
「オオ-」と今乗った場所を聞いていると思った運転手は頷くだけで、車は空港に戻って行く。
「駄目だ!諦めましょう」と言うと運転手は鼻歌を歌いながら、窓を開けて呑気に運転をしている。

美優は王平と鈴玉兄妹に会って「早くここから、移動しましょう、危険です」と言って駐車場に向かう。
人と車の数に酔いそうに成る美優にホテルから、荷物は預かっていますと、連絡が届いたのはしばらくしてからだった。
一平達はどうしたのかな?と不安に成ったが兎に角此処を早く脱出する事を考える美優。
車に乗ると「崔さんの実家に行きますか?」と鈴玉が尋ねる。
「お願いします」
「二時間掛かりますよ、良いですか?」
時計を見ると三時、帰ると遅く成るが、早く実体を把握しなければ敵に見つかると思う美優。
「行きましょう」で車は駐車場を出て行った。

一平に電話で状況を伝えると、今空港に向かっていると聞いて「何故?」
「それが、三人とも言葉が判らないので、追い掛けられて空港に。。。。」
「馬鹿じゃないの?荷物はホテルに預かっていると、連絡が有ったわ」
「そうか、美優の携帯を登録していたからだな」
「遅く成るからね、早く戻りなさいよ」と言う美優は呆れていた。
言葉が判らないのは、駄目だな!子供と同じだと微笑む。
「知り合いに連絡して、通訳に行かせましょう」王平がそう言うと、友人だろうか?連絡をして空港に行って貰える事に成った。
沢山の車が走る市内を抜けると、自動車専用道路に入る車。
「尾行は大丈夫?」
「はい、誰も来ていません」とバックミラーで確認する王平。
「家族は、兄夫婦と母親が住んでいる様です」
「電話では?何か?」
「十日程前に尋ねた時は、何も話しませんでしたね、兄の話は禁句の様ですね」
「そうですか?これを見れば考えが変わるかも?」と小さな入れ物をバッグから出して見せる美優。
「それは?何ですか?」
「崔さんの遺骨です」
「おお、遺骨」と驚きの表情の鈴玉。
しばらく走ると郊外に出た車、外は広がる畑と散らばる家、中国は広いと美優は遠くを眺めている。
山が殆ど見えないので、遠くの畑をトラックターが耕す様子まで見える。
「こんな、田舎でも携帯は入るのですね」と美優が驚いて尋ねると「山が無いから、遠く迄飛ぶのです」と答える。
途中から高速を出ると、砂煙が舞い上がって車は走る。
中々車にすれ違う事が無い、牛を引いてのんびりと歩く人、自転車で移動する人、遠くを見ても人家が見えないのに、この人は日暮れまでに目的地に着くのだろうか?と心配になる美優。
今度は野中の一本道を若い娘が、一輪車を押して荷物を運んでいるが、人家は見えないので、何処に運ぶのだろう?日暮れまでに家に着くのだろうか?と心配になる美優。
この先に在る崔の家は、凄く田舎の様な気がしてくる美優だった。
中国の広さに圧倒されている美優だ。

潜入麻薬捜査官

 26-031
「もうすぐです」と鈴玉が美優に話したが、民家は全く見えない。
それでも、携帯の通話には支障は無い様で、通信のアンテナが携帯のマークに点滅をしていた。
その時一平が「美優、今、響子さんの自宅から電話が有って、東京では高級マンションに住んでいた様だよ」
「ほんと!何故高級と判ったの?」
「お父さんが調べて来た様だ」
「一平ちゃん今は何処に?」
「ホテルに戻る為に、周さんに載せて貰った」
「王さんの知り合いの人ね」
「そうだよ、お礼を言って欲しくて連絡した、言葉は大事だよ」と一平が嬉しそうに話した。
美優は王兄妹に改めてお礼を述べると「到着しました」と薄汚い小さな家の横の空き地に車を止めた。
車が不釣り合いな程、質素な家の庭には鶏が数十羽放し飼いされている。
車で二時間程走ると信じられない程の田舎に成る中国に、美優は改めて驚く。

一平は佐山達と車の中で、響子の東京での暮らしが相当良かったと考えていた。
高級マンションに住んで、決まった仕事に就いていない事は、風俗での仕事?パトロンの存在のいずれかだと佐山が推理する。
風俗の仕事から急に車の販売店での仕事は?急激な変化が有り過ぎる。
それならパトロンが居た!の方が、論理的だとの結論に成ったが、パトロンは誰?
そのパトロンと現在行方不明は関連が有るのか?事件とも関連が有るのか?三人は響子の東京での住まいと、今回の事件の関連を否定すると結論づけた。

美優の目の前の家はいかにも粗末な農家で、息子が潜入捜査官をしているとは思えない。
だが美優は中国の潜入捜査官は自分の身内にも悟られない程警戒をしていると、調べて知っているので、目の前の姿に惑わされずに真実を見ようと、家族を待った。
家の中には招き入れずに、庭先で待たされる美優の前に、三十歳位の女性が子供を抱いて現れた。
「この女性は、この家の嫁さんで、崔さんのお兄さんの奥様静麗ジンリーさんです」と鈴玉が説明した。
「こんにちは」と笑顔で挨拶をする美優。
直ぐに王平に付き添われて、六十位の女性が現れて「崔さんのお母さんの紅花ホンファさんです」と紹介をした。
美優はお辞儀をして単刀直入に尋ねる。
「崔金維さんは息子さんですよね」と尋ねると鈴玉の通訳を聞いて頷く。
「息子さんとは、いつから会われていませんか?」通訳を介して「三年以上顔も見ていません」と答えが返ってきた。
「息子さんのお仕事は?」
「国家の仕事をしていたのではないでしょうか?」と意外な答えが返ってきて驚く美優。
「何故?その様に思われるのですか?」
「一週間程前に、役所から呼び出しが有って、息子のお給料が頂けるのです」と紅花が言う。
美優はこの時、崔が麻薬捜査官で死亡したので、遺族に恩給が支払われたのだと思った。
美優はバッグの遺骨を差し出すべきか迷っていたが、次の言葉で決心がついたのだ。
「息子は戦死したのだと思います」と母親が目頭を押さえて語った。
戦場は何処にも無いのに、この母は子供が戦死したと言い出したので、美優はバッグから小さな遺骨の入れ物を出して「これは、息子さんの遺骨です」と手渡すと「わーーー」と泣き崩れて庭先に座り込んでしまった。
美優にはもうこれ以上尋ねる事が無くなって、手土産代わりに一万円札を包んで兄嫁に「お花代です」と言って手渡した。
王平に「もう、尋ねる事は有りません、帰りましょう」と言って踵を返すと、急に母親が立ち上がって、美優の身体に縋って「ありがとうございます、ありがとうございました」と中国語で何度も何度もお礼を言って、手紙の様な物を美優に手渡した。
流石の美優もその姿に、目頭が熱く成ってしまった。
貰った手紙は、崔が母親に送った手紙で、鈴玉が読んで自分が今、危険な任務に就いているので、いつ死ぬか判らないと書かれて、手紙の最後に芥子の花の絵が描かれていたので、美優達にはもう確信以外の何ものでも無かった。
この母親の為にも、早く犯人を逮捕して仇を討ってあげますと心に誓う美優。
「息子さんの仇は討ちますから、必ず」と言って、自宅を後にした三人。
車が見えなく成るまで、手を振ってくれた二人の姿が目に焼き付いた美優だった。

「一平ちゃん、間違い無いわよ、崔さんは麻薬捜査官だったわ」
「そうか、もうすぐホテルに到着する、気をつけて帰って来いよ」
「一平ちゃんも気をつけて、敵も必死よ」
「判っている」とは返事をしていたが、ホテルには例の中国マフィアと日本の暴力団員と思われる連中が、待ち構えていた。
「ここに、戻るのは間違いない、荷物がこのホテルに保管されているからな」
「だが、協力者を殺害して、接触を断つのは失敗したな」
「あの女の行方が判らない」
「刑事の三人も行方不明だ」
「どちらかが、接触しているだろう」
日が暮れて視界が狭くなったホテルに、一平達が戻って来たのを、連中は見逃さなかった。

ホテルに戻った三人と別れた周が、中国での協力者だと勘違いをした男達は、直ぐに周の後を追って行く。
その夜、周の住んでいるアパートが放火されて、全焼に成って周の家族が全員焼死してしまったのを王兄妹が知ったのは、翌日の午後美優達に連絡をした直後だった。
「大変な事に成ってしまった」と美優達に電話をしてきたが、ジャーナリストの魂に火がついてしまったのは鈴玉の方だった。
「明日、東山さん達の行方を捜しましょう、王秋思の故郷を見つけていますので、そこをあたりましょう」と気合いを見せる。
王平は友人の死に、ショックは隠せず元気が無いが妹の勢いに負けて、事件の解決に力を貸すと断言した。

美優は一平達に響子の事を詳しく聞いて、立花に頼んで当時の響子の事を調べて貰おうと考えた。
風俗で働いていたら、直ぐに神明会なら判るだろうと思ったからだ。

銀座のクラブ

26-032
「久しぶりだな、元気かい」と電話の向こうの声は清水大治その人。
「会長さん!」と美優の弾む声
「お帰りに?」
「昨日帰ってきたよ、娘はまだ向こうに居るがな、大きな取引が行われたので、危険を感じてな!」
「会長もあの取引が?」
「当然だ!日本国中に覚醒剤の中毒患者が増えると思うと堪えられない」
「今、何処にいるのだ!奥さんは?」
「中国の青島です」
「中国まで行っているのか?」と聞かれて子細を話す美優。
「判った、直ぐに応援を送ろう」と詳細を聞いた大治は対応が早い。
「肝心の事忘れていたわ」そう言って美優は響子の東京での仕事と、交友関係の調査を暴力団の大親分清水大治に頼み込んだ。
警察が信頼出来ない今、美優には強い味方が帰って来てくれたと大喜びに成った。
電話が終わると佐山達に、報告をすると「会長が協力してくれたら、安心だ」と県警の刑事が喜んだ。
「しかし、普通は警察が暴力団を取り締まるだろう?何か変だな?」と一平が笑うが、今の緊急事態に清水の助けは有り難い。

翌日、朝から王兄妹はホテルに堂々とやって来た。
友人を失った痛みと怒りが二人を完全に闘わせる体勢にしていた。
ロビーで待つ二人だが、マフィアの連中には王兄妹が協力者だと知らないので、ロビーで接触するまでは安心。
ロビーには人相の悪い連中が、美優達が今度はどの様な行動に出るのかを、監視している。
フロントに尋ねて、ロビーの様子を聞く美優は、人相の悪い連中の存在を知ったので、一計を講じる。
王兄妹を旅行社のガイドに仕立てる事にして、携帯に電話をして段取りを話す。
周さんが協力者で、居なくなって諦めて青島見物で数日過ごして帰国するとの設定にして、誤魔化す策を考えた。
二人は直ぐにホテルを出ると、知り合いの旅行社に電話をして向かう。
新聞記者で、日本語が堪能だから旅行社でも重宝がられているので、簡単に協力をして貰える。
近年日本人とのトラブルも多く、鈴玉は何度も仲裁の会話を手伝った経緯が有るので、好意的だった。
腕章と旗を手に入れて、ホテルに戻るとロビーに四人が既に観光スタイルで待っている。
王平は観光タクシーの運転手の設定、ガイドの鈴玉らしく、腕章と旗を持ってホテルのロビーにやって来た。
小さなマイクロバスまで、借りてきた鈴玉は得意気に「お待たせしました、青龍観光社の王です」と笑顔で接する。
美優も態とらしく「今日と明日市内観光お願いします」と笑顔で話す。
近くで聞いている連中に聞こえる様な声で「用事が無くなったので、最後の日は空港までお願いします」と言う美優の芝居に、笑い出しそうな一平。
「明日時間が有るので、郊外の泰山に案内致します」
「有名な山ね」と言うが、例の王秋思の実家が泰安市に有る事は事前に教えられていた美優。
「明日は七時に出発します」と玉鈴は言う。
「今日は市内観光に行きましょう」と旗を掲げて、出口に向かう一行。
男達は、目で合図をして外に待つ男に連絡を始める。
十人程が、見張っている事が、長年の勘で推測する佐山達だが、難点は言葉と地理が全く判らないので、はぐれると戻る自信が無い佐山達だった。
ホテルを出ると沢山の人と車の混雑状態、少し目を離すと迷子に成ってしまいそうだ。
マイクロバスに乗り込むと「小魚公園に向かいますね」
「パンフレットで見ました」と観光気分に成っている美優。
「二箇所程観光して、騙しましょう」
「尾行の連中が諦めるのを待ちましょう」
「そうだな、あの手の連中は中々諦めないからな」と佐山がさり気なく後方を見ると、黒塗りの高級車が二台尾行をしている。
青島で必見の観光スポットで、小魚山の海抜は僅か六十一メートルだが、青島湾を一望出来る最適の場所だ。
公園は駐車場から、散歩しながら十分程度で到着する。
頂上には覧潮閣と呼ばれる建物が在り、屋根は緑色の瑠璃瓦が使われた八角構造の建物が目を引く。
青島湾の一望と青島の西欧風の町並みも一望出来る風光明媚な場所だ。
四人はすっかり観光客の気分で、カメラに収まり、自分達もスマホのカメラでの撮影を楽しんでいる。

「諦めた様だな」
「情報の提供者を失っては、中国では盲目も同然だ」
「名探偵奥さんも形無しだな」
「ゆっくり観光して帰ってくれ、税金だから嬉しいだろう」と尾行の男達が口々に話して、のんびりと行動を見ていた。

昼過ぎ美優の携帯が鳴って「楽しんでいるか?」と清水の声に「叔父様、今ね!尾行されているので観光しているのよ、青島ビール工場に来ているのよ」
「そうか、例の女萩原響子の調査だが、東京の高級マンションで生活しているが、名義は彼女ではない別人の物だった」
「誰です?」
「青木純子と云う女の名義だ」
「誰です?それ?」
「銀座のクラブのママだ」
「じゃあ響子はクラブで働いていたのですか?」
「違う、働いた形跡は無い」
「クラブで働いてないのに、ママ名義のマンションに住んでいるの?」
「青い鳥って、高級クラブだが、警察のお偉方が常用している店だ」
「えー!」と驚きの声をあげる美優に、一平が飲みかけのビールを置いて「どうした?」と尋ねる。
廻りを気にして、微笑む美優だが「その後は判らない」と清水は電話を終わった。
「凄い、警察より早くて、正確だわ」と驚く美優に「清水さんか?」と尋ねる一平に「いよいよ、本丸が判るわ」と微笑む。
「美味しいよ、一杯飲んでみて」と鈴玉が美優にビールを勧める。
既に佐山と、伊藤は三杯目を飲んでいるので、捜査は出来ない状況だ。
尾行の連中もこの様子を見て「もう、諦めている」
「酔っ払っている」
「俺達も飲みたい気分だ」と完全に気を緩めている。
「あの響子のマンションは、警察関係者と関連が有る、銀座のクラブのママの物だって」
「えー、警察が調べても判らなかったぞ」
「それは、清水さんだから判ったのよ、表向きと実際は違うのよ」とビールを飲みながら一平と話す美優には、警視庁の上層部の人間の関与が明確に成ったと思っていた。

応援部隊

26-033
酔っ払った勢いで、海鮮料理の店に入る六人。
尾行の連中は店内には入って来ないで、料理店の見える場所の食堂に入って自分達も食事を始める。
美優は先程の清水の話を改めて全員に話す。
「日本の警察の幹部と、中国マフィアが手を組んでの犯罪ですね」と王平が言う。
「これは、大規模な犯罪ですね」と鈴玉も言った。
美優にようやく事件の全貌が見え始めて、警視庁組織防犯対策局の誰かが主導して、覚醒剤の取引を目論だ。
それは、静岡県警、兵庫県警にも仲間が存在しての、大規模な組織犯罪が行われていると確信をした。
だが、誰が主犯で仲間が誰なのか?その部分は未だに霧の中に隠れた状態だから、迂闊に喋れないと思う。

東山と東の二人の日本人と、王秋思の行方は全く判らない。
明日、秋思の実家に行けば何か掴めるかも知れないが、尾行の連中をどの様にするか?思案の六人だ。
午後も青島桟橋、天后宮、中国海軍博物館を見学して、夕方中華料理の店に入って行った。
「何も無いな、完全に諦めたと東京に連絡をしておこう」と尾行の男達は、一日観光に付き合わされて疲れていた。
「これで明日は監視が減るわね」
「泰山観光のパンフレットを、見える場所に残して帰りましょう」と食事をしながら作戦を話す六人。
美優の携帯が鳴って、聞いた事の無い男性の声「始めまして、清水の会長に頼まれまして、今ホテルに到着しています」
「えー、会長の?」
「はい、何でも言いつけて下さい、五人来て居ますから」
「会長が送ってくれたの?」
「そうです、お嬢さんの命令を聞く様にと言われています」
「そうなの?今食事をしていますから、ホテルで待っていて下さい」と言って電話を終わる。
「清水の親父さん、部下を送り込んできたのか?」
「はい、その様です」
「覚醒剤の組織を潰すのが目的だな」と佐山が言う。
「成る程、お互いの利益の為だな」一平が笑うが、全面戦争に発展の可能性も残っている。
組織力では圧倒的な力の神明会が、本格的に力を注いで来たのなら、警察の力の及ばない部分でも入り込んで行くだろうと思う四人だった。
「明日は小細工無しに、移動出来るな」と微笑む佐山。

ホテルに戻った美優達を尾行して男達もホテルに戻ったが、早速神明会の連中に出会す。
「おい!お前達何処の組の者だ」といきなり言われて「何もしていません、観光に来ただけです」と逃げ腰の連中。
まさか、美優達の応援に来たとは考えもしていない。
背中に目が有るが如く、微笑む美優「もう、ぶつかったわ」と一平に話すと「警察と繋がっているとは思わないよな」と言うと、自分達の部屋に向かう。
「うろうろ、するな」と神明会に言われて、ぺこぺこしてホテルを出て行く五人の男達。

「何故、こんな場所に神明会が居るのだ」
「あそこは、麻薬は御法度だからな」
「我々の事を嗅ぎつけてやって来たのかな?」
「兎に角ここは退いて、東京に指示を仰ごう」と退散した。

東京からの指令は、中国マフィアの手を借りて始末を、美優達と神明会は繋がっているとの情報が入った。
神明会が手伝って、事件の真相を解き明かす可能性が有るとの連絡が五人に届いた。
だが、神明会が何名の組員を送り込んだか?何処まで知っているのか?

美優に会ったリーダー格の神明会の男は保科で「今の連中は神戸の組員だと思いますね」と告げて「脅かしておきました、明日から近づかないでしょう」と笑った。
「今後は離れて、警護しますので、御安心を」と話すと自分達の部屋に戻って行った。

一平と部屋で「神明会が人を送り込んできたので、戦争に成るかも知れないわ」
「えっ、何故?神明会は大きい組織で統制がとれているだろう?」
「日本なら安心だけれど、ここは中国よ、戦争に成ったら負けるわ、戦っている時に乗じて、明日は泰安市に向かいましょう」
「美優は凄いよ、先の先を読んでいるから」
「一平ちゃんも丸腰を忘れないでよ、明日は狙われるからね」
「何故?」
「神明会と私達の関係が敵に知れたと思うからよ」
「そうか、東京に連絡すれば、警察が関与していたら直ぐに関係は判明するな」
「中国での事を考えると、警察の上層部の関与は決定的よ、崔さんが潜入捜査をしていたのが敵に露見してしまったから、手の込んだ殺しに成ったのだと思うわ」
「それでお兄さんを態々使って、崔さんを尾引寄せたのだね」
「崔さんは、前田と墨田に辿り着いたのだけれど、今回の運び屋はお兄さんに変わってしまった訳だな」
「崔さんを殺害までは、良かったが、富沢さんに出会ってしまった事が誤算だった」
「始めは、覚醒剤の取り合いかと思っていたが、全く違って、総て仲間、前田と墨田が麻薬捜査官に見破られたので、殺害をしたのだ」
「富沢さんから、咲恵が感づいたから、殺したのよ」
「桜欄会の分裂も偽装、イースト貿易も幽霊会社だった」
「裏には警察上層部の大物が居るから、私まで利用されたのよ」
「許せんな」
「響子は、その上層部の人間と親交が有るか、それに近い人間と親交が有ると思うわ」
「銀座のクラブ青い鳥は関係しているのかな?」
「まだ、判らないけれど、少なくとも何か有るわね」と二人の話が次々とエスカレートしていく。
丸越物産の泉専務が密輸の片棒は間違いが無い。
美優の頭の中には、最後はこの専務も切られる可能性が有るのでは?今度はトカゲの尻尾切りに発展するかも知れない。
早く泉専務の身柄を確保したいが、決め手が無いので事情聴取も出来ない現状だ。
東か、東山が見つかれば、事件が大きく進展するのだが、この広い中国の何処に潜伏しているのか?
明日の王秋思の故郷に望みを持っている美優と一平だった。
しばらくして美優がシャワーを浴びて戻ると、一平は既に高鼾で夢の中だった。
この呑気さが、羨ましいと思うと思わず笑みが溢れる美優。

鳴り響く銃声

26-034
早朝からホテルを出る美優達、高速鉄道で泰安市に向かうのだ。
その時「ズダーン」と銃声がホテルの外で鳴り響く「男が撃たれた」と日本語が聞こえる。
逃げ惑う人々、中国語で「逃げろ」「危険」の声が廻りに響き渡る。
直ぐに救急車のサイレンが聞こえて、右往左往のホテルの前を、美優達は腰を屈めてマイクロバスに乗り込む。
「神明会の人が撃たれた様だ」と佐山の声「早く離れましょう」と鈴玉の声に王平が車を出発させる。
撃たれた神明会の男は、倒れて動きが無いが、廻りに仲間が二人抱き起こそうとしているが、その二人も危険な状況だ。
「中国マフィアが動いたな」
「危険ですね、早く列車に乗り込みましょう」車は青島駅に向かう。
美優の携帯が鳴って「神明会の保科です、仲間が一人殺されました、中国マフィアが動き出しています、気をつけて下さい」
「保科さんは今何処に?」
「駅に来ています、仲間は殺された奴の側に居ます」
「私達は予定通り、高速鉄道に乗ります」
「会長が、別の中国マフィアに話をしていますので、戦争に成ります、気をつけて下さい」横で聞いていた一平が「昨夜の話の通りに成ったな」と言うが美優の推理の凄さを改めて感じる一平。
拳銃も逮捕の権限もない一平は、中国では美優より相当劣ると実感させられていた。
「電車の中も油断できないわよ」と言いながら改札を入る六人。
日本の新幹線とよく似ている車内、座席に座ると直ぐに走り始めるが、景色を楽しむ余裕は直ぐに無くなった。
人相の悪い男が車内に現れたから「日本人の様だな」と佐山が言う。
「我々を見張っている連中ですね」
「彼等拳銃は持っていないだろう」と会話をして、神経を尖らせて、一つ目の駅を過ぎた時「突き飛ばされた」と日本語が遠くに聞こえる。
ホームに転がっている人相の悪い男が、悔しそうに走り去る電車を見ている様子が、美優にも見えた。
保科さんが、一人片づけたのだわと咄嗟に理解した美優。
この車内には今、保科さんと四人の暴力団が乗車しているのだと思う美優だ。
だが次の駅で、ホームを見た美優は驚きを隠せない状況に成って「あれ、見て」とホームを指さすと、一平達が「あれは!」「大変だ!」と佐山も伊藤も驚きの声をあげる。
人相の悪い連中が十人程、列車に乗り込もうと待っていた。
列車が到着すると直ぐに乗り込んで来る男達に、身構える四人だが、様相は少し異なって、自分達を見張っていた男達を、車両から引き摺って連れて行った。
監視をしていた四人の男が、総て別の車両に移動すると今度は保科が入って来て、手を振って近づいてきた。
「会長が、話をつけて地元の連中が助けてくれました」と笑顔に成っていた。
「この電車の厄介な連中は処理出来ました、安心して下さい」とお辞儀をして立ち去って行った。
「流石だわ、会長は凄い」と笑顔に成る美優と一平達。
次の駅で、連中は尾行の男達と電車を降りて、数人が美優達にお辞儀をして見送ってくれた。
「尾行は無くなったわね」「一時は、恐く成ったけれど助かったな」と走り出した車内で安堵の顔に成った美優。
「保科さんはまだこの電車に乗っているわね」「そうだな、降りてなかったからな」
一行が向かう泰安市は中華人民共和国山東省西部に位置する地級市である。
封禅の儀式が行われる山で五岳のひとつ・泰山が位置し、道教・仏教の中心としても多くの文化人や参拝客を集めてきた。
人口の98.7%を漢族が占め、他に回族などが居住する。
「私が調べた、秋思さんの故郷は、駅から一時間程走った町ですね」と鈴玉が話す。
駅を降りるとタクシー二台に分乗して、兄妹が別れて乗って通訳をする事にする。
遅れて降りてきた保科を呼び寄せて、一緒に乗る様に言う美優。
保科も言葉が判らないので、行動が制限されると思っての配慮だ。
乗り込むと同時に保科の携帯が鳴り響く「もしもし」と言い出して「判らない」と携帯を鈴玉に手渡して「何を話しているか判らない、聞いて下さい」と伝えた。
携帯を受け取った鈴玉が、中国語で話しているので何を話しているのか判らない。
電話が終わった鈴玉が「中国の麻薬捜査官からの電話でした、今こちらに二人の捜査官が向かっているそうです」
「崔さんの仲間かな?」と一平が言うと「江さんと李さんが来られるそうです、もし崔さん殺害の犯人なら逮捕したいと言われていました」
「そうですか、日本に引き渡して貰いたいですがね」と佐山が言う。
二台のタクシーは泰安の町を抜けて、土煙が巻き起こる地道を走って行く。
しばらく走ると村とも、町とも見える小さな集落が見えて来て「あそこです」と鈴玉が指を指す。
車を目立たない場所に止めると、王平と佐山、伊藤、鈴玉と美優、一平、保科の二組に別れて近所で、日本人が住んでいる?東山と東の特徴が有る人物の聞き込みを始める。
王平と鈴玉の通訳で、近所の商店、食堂に聞き込む二組。
五軒目の店で、週に一度食料を買い込みに来る人物に似ているとの情報を手に入れる。
美優も空手の子供に教えていた日本人が、似ているとの情報を手に入れたが、何処に住んで居るのかは判明しない。
王秋思の実家が現在は引っ越して、逆に青島の町に行ったとの聞き込みが有った。
夕方に再びタクシーで帰らなければ、成らなく成って結局は、二人の消息は掴めなかったが、この町から離れた場所に潜伏して、週に一度買い出しに来ている事は、各所の聞き込みで判明した。
今後は地元の麻薬捜査官の江さんと、李さんに情報を提供して、検挙を待つ事にして、青島に帰る事にした。
今日の情報を鈴玉が、江さんに詳しく伝えて、今後王兄妹が協力して、東と東山の検挙を目指す事に成った。
「どうやら、泰安市の近くに潜んで居る様ですね」伊藤が言う。
「私達には逮捕の権限がないので、中国政府に任せるしかないな」
「崔さんの殺しと、麻薬密売容疑で逮捕するだろう」と佐山が話す。
美優は、中国の捜査が進むと、消す恐れが大きいと危機感が湧いていた。

調査資料

26-035
「中国の協力してくれているマフィアに、この辺りの監視をさせて、もし彼等の存在が確かなら、逆に逮捕されるまで守らせましょう」と保科が美優の不安を払拭した。
六人がホテルに戻ったのはもう真夜中に成っていた。
朝の銃撃戦の傷跡が、警察官の大量配置でホテルの周りを異様な空気に変えていた。
ホテルに入るのに、警官に職務質問されて身元確認の後、入館と成って、部屋に入ると日付が変わっていた。
「疲れた!」と言ってシャワーを浴びると一平は一気に爆睡に。
美優は中々逆に眠れない、中国での捜査には一応の成果が出たが、決めてはまだ先に成りそうだと思う美優。
明日の今日の夕方には帰らなければいけないが、言葉の壁と地理が判らない事は、捜査の進展を妨げると思っていた。
東山達が、自分達の事を知ったら、また異なる場所に逃げるだろう?それだけは阻止したい美優だ。
熟睡が出来ないまま夜が明けると、保科の電話で寝覚める美優。
「今朝から、中国の協力者達が、泰安に入りました、当局との連携を行って、捜索範囲を狭める予定です」
「よろしく、お願いします」と伝えると、疲れから再び眠る美優。
昼頃まで寝てしまった美優は飛び起きて「一平ちゃん、お土産を買わないと駄目だわ」と言って支度を始める。

泰安では、二組の中国マフィアの睨み合いが始まって、日本から来ている暴力団の五人は東京からの指令で、東達の抹殺を指示されていた。
神戸の響子の消息を捜していた二人が、大阪の大学時代に友人の誘いで、北新地で夜バイトをしていたのでは?との情報を聞き込んだ。
高級クラブにバイトで数ヶ月働いたが、直ぐに辞めて異なるバイトをしていたと聞き込んだ。
誰の紹介で高級クラブに勤めたか?二十歳に成っていないので、見つかると困るから辞めたのか?十八歳か十九歳の時に働いていたのは事実の様だ。
友人の一人佐藤悦子が「確か、店の名前は青い鳥とか話していた様な気がします」と答えていた。
二人の調査はレポートに成って、静岡県警に届いていたが、野平一平宛の為に机に置かれた状態で、誰も見て居なかった。
それ程重要に誰も考えていなかったから、調査の資料を見る刑事もいなかった。

美優達は、次の日は朝から帰る準備をして空港に向かう事に成って、王兄妹が空港まで送ってくれて、今後の情報を逐一連絡してくれる事に成っている。
昨日から、二組の中国マフィアが東と東山を捜索している。
東も携帯を切っているので、誰も連絡を出来ない状況に成っているので、全く状況は判らない。
自分が仲間に、消されるとは思ってもいない。
しばらく身を隠して、世間が落ち着けば、ひっそりと日本に帰る段取りに成っている。

美優達が日本に帰ったのは、夜に成っていた。
静岡に戻ったら、夜遅い時間に成って駅には、久美と英子が車で迎えに来ている。
「お帰りなさい」と佐山英子言うと、顔が綻びる佐山。
「早く日本の味噌汁が飲みたい」と微笑む佐山。
県警に佐山が電話をすると、別に急ぎの用事は有りませんとの答えに、明日から行くよ、今夜は疲れたと話した。
翌日、一平が署に向かうと同時に横溝課長から、中国の報告と会議が佐山から捜査員全員にされて、一平が席に戻ったのは午後に成っていた。
机の上の封筒には、兵庫県警と書いて有ったので、電話でお礼を言うと「特別変わった事は有りませんでした、お役に立ちませんですみません」と瀬名刑事が言った。
一平は美優が頼んだ調査の資料だからと思い、封も開けずに夕方ようやく自宅に持ち帰った。
「美優が頼んでいた響子の学生時代の調査資料が届いていたよ」と帰ると机の上に置いた。
「何か興味深い事有った?」
「特別変わった事は無かった様だよ」
「そうなの?何か有ると思ったのだけれどな」と残念そうに封筒を開く美優。
目を通す美優の顔色が見る見る変わっていく。
その様子に「どうしたの?」と尋ねて覗き込む一平に「重大な事が書かれているわ」と声が上擦る。
一平が横から読んで「青い鳥?青い鳥って、東京のマンションの名義人青木純子?」と大きな声に成る。
「これよ、若しかして大阪から銀座に引っ越した?」
「でも短期間のバイトで、響子と青木純子がそんなに親密に成るとは思えないよ」と一平が言うと確かにその通りだ。
学生バイトの小娘に、ママがそれ程の関係に成るとは思えない。
美優は考え込んでしまって「青木純子を刺激しては、逃げられるから、こっそりと調べて見て」
「判った」
「多分大阪には青い鳥は無いと思うけれど、取り敢えず存在するか調べて、一平ちゃんが内緒で調べるのよ、信頼出来るのは佐山の叔父様と伊藤君だけだからね」
「判っている」と一平が答えて風呂に、美加と向かう。
美優は、料理を並べながら、同じ店だと仮定して、何が有れば自分のマンションに住まわせる?と考えていた。
十八歳か十九歳、今から約十年前に何が有った?警視庁の組織犯罪対策局?神戸の組織犯罪局?丸越物産の泉専務?誰と繋がっているのだろう?響子はこの三箇所の誰かと繋がっている筈だ。
でも浜松で結婚をしている?何故?浜松?萩原との結婚迄の成り行きを調べて見る必要が有りそうだわ?
東と響子は今までの経緯から見て、響子が上に立っている様な感じがする。
結婚は偽装?東と東山を見張る為?それなら浜松でも何処でも良かった訳だわ?
静岡に近ければ?あっ、そうだ!前田と墨田も静岡だった!この二人と響子も接点が有るのでは?大規模な覚醒剤の取引の為に長期に渡って作戦を練っていた?
次々と想像が膨らむ美優に「ママ、タオル」の美加の声に急に現実に戻る美優だった。

二つの青い鳥

26-036
美優は一平に、前田と墨田の二人と響子の接点と萩原との結婚迄の経緯の調査を頼んだ。
青い鳥の調査は清水に頼む事にして、これ以上警察内部に知れると、仲間に伝わる恐れが有ると思った。
ベッドで話す美優と一平「麻薬の捜査の事を一番知っているのは、局長よね」と一平に尋ねる。
「警視庁の局長が、全国の情報を知っているだろうな」
「大きいのは何処?」
「昔は船で運ばれる事が多いから、港が多かった。神戸、横浜に対策局は重点を置いていたよ」
「神明会の清水さんの目を掠めて、大きな取引をする事は困難でしょう?」
「そうだろうな」
「それを行って、清水会長も把握出来ないと云う事は、警察幹部がバックに居たからね」
「お偉いさんの経歴調べて頂戴」と美優は上層部の人員数人の身元調査を始める事にした。
「学校卒業後の、昇進と転勤場所でいいわ、それ以上調べると敵に悟られるわ」と警戒も忘れない美優だ。

翌日青い鳥の事を調べて貰おうと清水に電話をすると「中国では大変だったな、ご苦労さん」と言われて「会長さんの部下の方も一人亡くなられた様ですね」と言うと「二人だよ」と清水が言う。
「中国で?」
「そうだよ、マフィア同士の争いに巻き込まれた様だ」
「青い鳥が、大阪の北新地に十年前に在ったそうです」と美優が言うと「今も在るが?それがどうした?」
「銀座の青い鳥と同じでしょう?」
「全く経営者も異なる様だが?どうしたのだ?」
「実は萩原響子旧姓坂田響子がバイトで数ヶ月働いていた様なのです」
「そうなのか?偶然にしては変だな、先日の調査では大阪の店とは関係が無かったが、美優さんが言うのならもう一度調べて見るか」
「お願いします、繋がれば何か謎が解けそうな気がします」
「警視庁のお偉いさんが出入りしているから、調査も大変だよ」と笑って電話が終わった。
警察の誰かが、響子と繋がっていたら、今回の事件の全容が見えてくると美優は確信していた。

一平は署に行くと早速佐山と伊藤に調査書の内容を話した。
「それは、変な話しだな、偶然にしては変だ」
「同じ青い鳥なら、同じ経営者なのでは?」
「それは、美優が清水会長に調べて貰うと、美優が言うには響子が浜松で結婚した事に疑問が無いか?前田、墨田との接点は無いのか調べて欲しいと話していました」
「よし、徹底的に調べるか」と言って立ち上がった時に横溝がやって来て「中国で大規模なマフィア同士の、抗争が有ったらしい、数人亡くなった様だ」と言った。
「それって泰安市ですか?」
「違うな、青島郊外と。。。」
「亡くなった人に日本人は居ますか?」
「先日、日本の暴力団員が二人亡くなったが、今回の事件の死傷者はまだ判らんな」
「そうですか」「今回の抗争はこちらの事件と関連が有るのか?」
「多分有ると思います」
「早く、死傷者を調べて貰おう」と横溝は机に戻って行った。
美優に言われた麻薬関係の警視庁と兵庫県警の、経歴を調べる為に女性の事務員に依頼する一平。
多分事務員の所迄、仲間は出没してないと考えた美優の指示で有った。
「経歴を調べるの?学校?出身地?昇進の速度?転勤場所?変なの?」と言ったが「警察で出世する人の遍歴を知る事も大事だろう?」
「野平さん、まだ出世を考えているの?」と笑うと「嫁がね、子供を出世させる為にはって、言うのよ」と笑うと「女の子じゃ?」「女でも出世も出来るでしょう?男女平等だから」と笑うと「奥さんの血統なら、考えられますね」と笑う事務員庄司だった。
「警視庁の永富局長、兵庫県警の榊原局長、後籐課長、安永課長、戸崎次長の五人ね」とパソコンを操作して見る庄司。
「若いわね、安永課長!エリートね、でも今回の神戸の覚醒剤の取引で失態したから、ここまでかな」と画面を見ながら微笑む庄司。
「幾つなの?」と尋ねると「四十歳よ、野平さんと変わらないわね、違いが大きすぎだわ」と笑う庄司。
「榊原さんと安永さんは、出世レースから脱落だわ」
「榊原さんって幾つ?」
「五十六歳、もうすぐ七だわ、出世は終わっているわね」と笑いながら、書き写していくので、頼んで一平は捜査に出て行った。

美優はその後も考え込んでいた。
前田達を使って、これまでにも取引は行っていた筈よね、いきなり大きな取る引きはしないから、崔さんはその小さな取引の時から、彼等に目を着けていたのよね。
清水会長なら知っているかも?神戸の桜欄会が絶対に怪しいのよね、響子があの新聞記事を見て、実家から移動したのは?合図??
そうだわ、夫の仇だと考えていたけれど違うのよ、合図だったのよ、東が桜欄会を脱退するのが合図なら、辻褄が合うわ、それで警察上層部との指示で次々と実行に移したのだわ。
夫が殺されたのかも知れない?東と云う暴力団の男には関係無いのね。
美優の頭の中で縺れた糸が解けかかっていたが、何かもう一つ決め手が無い。
青い鳥か?と考えた時に携帯が鳴って「奥さん、青い鳥の経営は、今は異なるが、昔は大阪で営業していた様だ、青木純子が譲ったのが八年前だったらしい、今は全く交流がない同じ名前の店だな」
「会長ありがとうございます、銀座の店の警察関係って若しかして、組織犯罪対策局の人が多いのでは?」
「おお、流石だな!純子のパトロンは永富本部局長との噂も有る程だ」
「会長憶測ですが、永富本部局長が今回の主犯なら?」と投げかける美優に「。。。。。」沈黙の清水。
しばらくして「奥さん恐ろしい推理だな、俺も実はそれを考えたのだよ、でも日本の麻薬取り締まりのトップが。。。。。」
「ですよね、それは考えただけでも恐ろしい事ですよね」
「警察全体の失墜に成りますよ」だが、二人の会話はそこで終わった。
お互いが、この一連の事件の裏に、永富が関与しているのでは?の疑念が消えなかったからだ。
そして、それは夜持ち帰った一平の資料で決定的に成った。
永富は以前大阪府警に在籍していた事が有り、丁度青い鳥が大阪で営業していた時期と一致したからだった。
間違い無く北新地の「青い鳥」に永富は通っていたと確信していた。
ママの純子と永富?バイトの響子と永富?美優の疑念は再び響子の存在に向かった。

エリートの過去

 26-037
資料を見る美優が「この安村さんって、若いのに凄い出世ね」と言い出して、紙に書き始める。

①永富本部局長。。。。。五年間大阪府警から五年間警視庁
②榊原局長  。。。。。。二年間神奈川県警から五年間兵庫県警
③戸崎次長  。。。。。。三年間神奈川県警から四年間警視庁
④後籐課長  。。。。。。三年間北海道警から四年間警視庁
⑤安村課長  。。。。。。。二年間警視庁から二年間兵庫県警
一番怪しいのは永富本部局長で、青い鳥の青木純子とも古い付き合いがある。
と考えながら美優は次の時間図を書き始める。
十八歳から十九歳前後。。。。。。。大阪の青い鳥に勤める時大阪近辺に居たのは①
二十四歳から二十五歳。。。。。東京に居たのは①⑤
「安村課長って、警視庁の前は何処に居たの?」と聞く美優。
「書いてないのか?」
「安村課長だけ、四年間の期間しか書かれていないわ」
「お偉いさんの経歴と言ったからかも知れないよ、安村課長出世が早かったから、その前は課長では無かったのだろう」
「四十歳で兵庫県警の課長だから、三十八歳で課長か、警視庁の時が係長ね、一平ちゃん幾つだった?」
「三十八歳、主任です」と元気なく言う。
「一平ちゃんはこの中で誰が犯人だと思う?」
「永富本部局長だろ、時期も合うし青い鳥も関係が有るから」
「私は、本部局長も怪しいけれど、この安村って課長が気に成るな」
「エリートだよ、それに今回の兵庫県警の失態で降格に成るかも知れないのだよ」
「そこよね、判らないのは」と言う美優。
「明日、安村課長の事をもう少し詳しく調べて」
「判ったよ」と返事をすると美加と遊ぶ一平。
出世する人は、あの様に子供と遊ばないのだろうな、そう考えれば幸せなのかも知れないと、一平の姿を目で追う美優だ。
安村課長がもしも大阪で響子と会っていたら、三十歳の時か?十九歳と三十歳?考えられない年齢では無いな。
でも安村課長と響子ではこの犯罪は出来ないなと、慌てて否定をする美優。
「みんな結婚しているのよね!」一平に尋ねる美優に「全員既婚者だよ」と向こうから答える一平。
美優にはこの中の誰かが犯人だが、どの人物か判明しない苛立ちを感じながら終わった。

翌日一平が事務員の庄司に「奥さんがね、安村課長の生き方を参考にしたいので、もう少し詳しく知りたいと言うのだけれど、判る?」
「そう、やはりエリートには興味有りなのね、調べるわ、万年刑事では辛いのかな?」と微笑みながら一平の顔を見る。
その日の聞き込みで伊藤と白石が、響子らしい女性が前田と墨田に会っていたとの情報を得て帰った。
美優の読み通りに、何度か覚醒剤の取引を、この二人と組んで行っていたと一平は今更ながらに美優の推理の怖さを知った。
夕方に成って横溝課長が「中国での死傷者の中に、あの王秋思が居たぞ!」と顔を紅潮させて、佐山達の処に来た。
「東か東山は?」
「その二人の名前は無かった、秋思は日本国籍を取得しているので、連絡が有ったと思う、一応全員の指名の紹介は依頼したが、彼等は日本人だから死んでは居ないだろう?」
「怪我人の中には?」
「その中にも日本人は居ない様だ」
「逃げたのですね」と一平が言うと佐山が「我々が捜していた場所に、潜伏していたのは確かでしたね」と言った。
「中国政府に身柄の確保を頼んでいるが、マフィア同士の抗争が激化して困っている様だ」と横溝が話した。
「重要参考人での萩原響子を指名手配するか?」と佐山が言うが、一平が「警察関係の共犯者が居るので警戒しますよ」と話す。

庄司が一平の処に態々資料を持って来て「野平さん、出世するには昔も今も姻戚に成るのが一番ね、勉強だけでは駄目よね」と笑って資料を渡した。
お礼を言った一平だが、庄司が何を言いたかったのかよく判らなかった。
資料を、この場で見る事は何処に仲間が潜んで居るか判らないので、そのまま机の引き出しにしまい込んだ。

自宅に資料を持ち帰ると「響子に似た女が、前田達と接触が有ったらしい」
「でしょう、私の推理が的中ね」と微笑んで資料を受け取る。
「それから、中国で東山の奥さん王秋思が死んだらしい」
「えー、事故?」
「違う、中国マフィアの抗争に巻き込まれた様だ」
「清水会長系と対立していたからね、流石中国マフィアだわ、東と東山は?」
「判らない、後で判ったのだが、潜伏していた処にマフィアが、突入した様だ、二人は留守で王さんだけが被害に有ったらしい、王平さんが連絡してきた」と説明した。

一平がイチと美加と遊び始めると、美優は資料を読み始める。
安村洋一四十歳、兵庫県神戸市生まれ、大阪大学卒、妻紗江子(旧姓永富)、子供無し、現在は神戸市須磨区のマンション住まい。
卒業と同時に神奈川県警に配属、その後大阪府警、警視庁、兵庫県警で現在に至る。
「一平ちゃん、安村さん丁度十年前大阪に居たわね、それと奥さんの旧姓永富って成っているわ」と言うと「それでか、庄司が変な事を言ったのは?」
「何て?」
「勉強だけでは出世出来ないって、姻戚が大事だとか話してから、その資料をくれたのだよ」
「子供さんが居ないのね」
「結婚が最近かも知れないよ」
「不妊も有るからね、この資料には結婚の年書いてないから判らないわね」
「でも、それで確定だね、永富本部局長と、安村課長の共犯だな」
「。。。。。。。。」美優は一平の言葉に賛同が直ぐに出来なかった。
それは、余りにも恵まれている状況で、多少のお金が入ると思ってもこんなに危ない事を二人はするだろうか?美優は不思議とこの二人が犯人?に疑問が湧いていた。
少なくともどちらかが犯人では無い?
それが、何か判らないエリート街道をまっしぐらの安村課長には、まだ何か秘密が隠されている様な気がしていた。

隠された過去

26-038
一平の高鼾の音を聞きながら、考える美優。
安村と響子が知り合ったとしても、十年も経過して犯行をするか?
美優は大胆な、空想を考え始めた。
①安村は、大阪のクラブ青い鳥で出会った響子に地元が神戸と云う事で意気投合した。
②やがて、二人は恋愛関係に発展した。
③安村の転勤と同時に響子は東京に行く。
④安村は青い鳥が東京に進出したので、ママに頼んで響子を住まわせる。
⑤その後何か事件が起こって、二人は別れた。
⑥安村は課長に成って兵庫に戻った。
ここまで考えて、違うな!事件と結びつかない。
神戸の暴力団と関係が有る可能性は?安村課長と永富本部局長、榊原局長の三人ね。
今回の犯行を整理すると、関係している人は?
①丸越の元専務、泉  ② イースト貿易の東山 ③ 東湊連合の東
④ 萩原響子     ⑤ 桜欄会の芝木   ⑥ 前田と墨田
警察関係の三人と直接誰も関係は無い。
芝木と泉専務暴行事件を逮捕したのは?警視庁組織犯罪対策局管轄の防犯課だったわね。
もう全員釈放されて放免に成っているから、泉専務の消息は?丸越を退社して何処に?
色々考えると眠れない美優だった。

その頃、中国でマフィアの争いで、もう少しで殺される危機に直面した東と東山は青島からのコンテナ船に密航して日本を目指していた。
水先案内人の王秋思を亡くしてしまった二人には、片言の中国語と生活力では隠れて生活は困難に成った為だ。
日本の仲間に連絡する為の手段は、総て王が行っていたから、それは二人の携帯では発信着信で足が付くから、全く使っていなかった。
二人に全く連絡が出来なく成った日本の警察幹部も、困惑の表情に成っていた。
それは日本の仲間達にも直ぐに連絡が行って、緊張に包まれる事に成っていた。
二人が中国で死んで居たら、一件落着に成るが変に生きていた場合、一網打尽に成る恐れをはらんでいた。
片言の中国語で、頼み込んだ船は沢山の冷凍ほうれん草を積み込んで、横浜港に向かっていたが、二人には到着場所より日本に帰りたい!の一心だった。

翌日、安村課長の大阪府警当時の事を調べる為、兵庫県警の二人に再び調査を頼み込む一平。
「エリート課長に何か不審な点でも有ったのですか?」と尋ねる瀬名と長田に「もっと幼少時代に付き合いが有ったと聞いたので、学生時代も調べて欲しいのだよ」と誤魔化す為に口から出任せを話してしまった。
「そうなのですか?響子と安村課長が幼い時に知り合いだった?」と独り言の様に言って電話が切れた。

だが意外な電話が一平にかかって来て驚きの表情に成る一平。
「野平さん、違うじゃないですか?安村課長の弟さんと坂田響子は同じ学校の、学年違いだったじゃないですか?」
「えーー」と驚いた一平だが「そうだったかな、俺が聞き間違いだった」と慌てて話を合わす。
「でも弟さんは、もう亡くなっていましたよ」
「何!いつ頃だ」
「高校生の時事故で亡くなられていました」一平には大きな衝撃だった。
響子と安村課長は繋がったが、全く異なった関係に言葉もなく、電話を終わった。

自宅に帰った美優に話を伝えると、驚きで放心状態に成って言葉が無かった。
しばらく無言で考える美優が「交通事故?」
「判らない、事故と聞いただけだ」
「大阪のクラブで、再会した二人が、何かを行ったのは確かね」
「私達は大きな間違いをしているのかも知れないわよ」
「何を?」
「安村課長と響子は犯人だと思っていたけれど、違うのよ」
「えーー、だって響子は、咲恵の乗った車も爆破させた様な、前田とか墨田とも関係が有ったのだよ」
「私は、二人が犯人だと思っていたけれど、別の何かが有る様な気がしていたのよ、それが今、明かされたのよ」
「何かさっぱり判らない」と首を傾げる一平。
「兎に角、弟さんの事故を調べて頂戴」で美優はパソコンに向き合って調べ始めた。

「安村課長、今回の責任を取って、退任する事にしたよ」と丁度その時間榊原局長は無念の気持ちを滲ませた。
降格は堪えられないが、退任の理由の様だと安村は思った。
「君はまだまだ、若い本部局長のコネも有るから、一度は落ちるが直ぐに這い上がれるだろう、頑張ってくれ、今夜は二人だけの別れの杯だ」と神戸の東門筋のスナックで酒を飲み始める二人。
「局長には申し訳無い事を致しました」とお辞儀を深々とする安村の目から大粒の涙が流れ落ちていた。
「そこまで、私の事を思ってくれていたのか?ありがとう、ありがとう」と手を持って言う榊原局長も泣いていた。
「君が覚醒剤を憎む気持ちは痛い程判るよ、それが今回この様な大きな取引を取り逃がしてしまうなんて、局長として恥ずかしい限りだ」
「いいえ、私の捜査と情報が至りませんでした」と二人の大人が涙に暮れて、スナックのボックス席はそこだけが異なる世界に成って、店の女性も近づきがたい雰囲気に成っていた。
「潜入捜査官の崔さんをもう少し早く知っていたら、今回の事件は防げたのに、残念だ」
「局長、潜入捜査官は自分の身内にも正体は明らかにしません、我々が知る事は不可能に近いと思われます」
「だが、今回は多数の殺人も行われたので、捜査本部暖簾中も必死で捜査をしているので、別のルートから犯人が判明するかも知れないが、それはまた次の局長に任せるとしよう」その後の二人は、思い出話に終始して、女性を呼んで深夜まで飲み明かしていた。
安村課長は、心から榊原局長に申し訳ないと思っていた。
自分の為に犠牲に成ってしまったから、許される事では無いが心が痛むのだった

密航

 26-039
「ああ-、眠い」と早起きの一平が、台所のパソコンの処で眠る美優に「徹夜していたのか?」と言うと「おはよう、一平ちゃん判ったわよ」
「何が?」
「安村課長の弟さんの事故」
「えー、パソコンで判ったの?」
「そうよ、随分昔の事件だけれど、大きな事件だったから残っていたのよ」
「何だった?」
「交通事故だよ、覚醒剤中毒の男が車を運転して、多くの人をひき殺して、重傷を負わせたのよ」
「そうなのか?」
「その事故で五人が亡くなっているのよ」
「じゃあ、その一人が?」
「その通りよ、怪我をしている人の名前は判らないけれど、安村洋二郎って高校生が亡くなっているわ」
「それで、課長は麻薬捜査の方面の仕事をしていたのか?」
「そうみたいね」
「じゃあ、犯人では無いのか?」
「。。。。。。。。。」無言の美優。
「どうした?」
「「逆よ、犯人が確定よ」
「何故?覚醒剤を憎んでいる課長が何故?」
「それは、少し違うのだけれどね。。。。。。。」
「さっぱり判らない」と言う一平。
「確かめて見たい事が有るから、それが判ってから、教えるわ」と美優が言って、ポカンとしている一平。

しばらくして、一平が署に行く準備をしていると美加に綺麗な洋服を着せ始める美優。
「何処かに行くのか?」
「これから、美加と神戸に行って来ます、遅く成るから食べて来てね」と微笑む美優。
「パパ、神戸に行くからね、お土産待っていてね」と微笑む美加。
「何処に行くのだよ」
「決まっているでしょう?安村さんと坂田さんの実家よ」
「知っているの?」
「聞いたから、知っているわ」と微笑む美優に「いつの間に」と驚く。

一平は署に行くと佐山と伊藤に「美優が神戸に行ったのですよ、昨日響子と安村課長の弟さんが同じ高校だと、神戸の調査で判ったと教えたから、娘を連れて行きましたよ」
「響子と課長の弟が同じ高校?」
「そうです、もう弟さんは亡くなられましたがね」
「亡くなった?」
「はい、覚醒剤中毒の男の暴走運転での事故だった様です、美優が徹夜で調べていました」「それで安村さんは、麻薬の取り締まりの部所に居るのですね」と伊藤が言う。
「警察内部の協力者は、安村さんでは無いな」と佐山も確信を持って言った。
「そうですよね、エリートコースで、本部局長の姻戚ですから完璧ですよね!」
「姻戚なのか?」
「そうですよ、課長の奥様の旧姓永富さんですから」
「わお-、完璧ですね、永富本部局長の娘さんと結婚しているのかな?」伊藤が驚く。
「でも、変なのですよ、美優はそれを聞いて、犯人が確定したと言って神戸に確かめに行ったのですよ」
「?」「?」と佐山も伊藤も不思議そうな顔をしていた。

その頃、桜欄会の芝木の元に、東と東山が日本に密航したとの連絡が飛び込んで来た。
「何処に、到着するのか調べて、消せの指令が出た」
「はい、判りました」
全国の港の中で近々中国から入る船が有る港のリストが届いて、配下が各地に別れて急行していった。
その情報は清水の元にも届いていた。
中国から密航で、日本に逃げたらしいと、清水が頼んでいたマフィアから連絡が届いていた。
安村に緊急の電話で「安村君、大変な事態に成った、東と東山が密航で日本に戻っている、至急対処しなければ成らない」
「どうすれば?」
「一応、神戸の管轄の港を警戒してくれ、警察に捕まれば終わりだ」
「はい、判りました」電話を切ると、安村は兵庫県警に匿名の電話をする。
「連続殺人事件の容疑者、東菊雄が中国から密航して、日本に来て居る」
「貴方は?」と聞かれて直ぐに電話を切る安村。
自分の警察に、自分で匿名電話をする安村の元にも「課長、今連続殺人事件の容疑者東菊雄が、密航で中国から戻っている様です、覚醒剤の取引でも重要参考人ですがどうしますか?」と部下に言われて「殺人の方を優先して貰いなさい、逮捕後調べさせて貰える様に頼んで置きなさい」
「はい」安村は窓の外を眺めて「洋二郎、守ってくれ」と呟いていた。

しばらくして、榊原局長がやって来て「聞いたか?重要参考人の東菊雄と東山喜一が密航で帰っているらしいな?」「はい、殺人事件優先ですから、身柄が確保されたら、取り調べを頼んで置きました」「そうか、俺が去るまでに解決だけでもして欲しいな」と天を仰いで、榊原は出て行った。
局長が出て行くと、深々とお辞儀をして「すみません!」と一言呟いた。

美優はようやく神戸に到着すると、安村の実家の在った場所に向かう。
近所の家に入って、十年以上以前の話を聞いて廻る美優。
「歳は少し離れていたけれど、仲の良いご兄弟でしたね、お兄ちゃんは頭が良くて確か大阪大学に浪人されて入られたと思いますよ、元々奥さんは病弱でしたのに、あの事件で洋ちゃんが亡くなられて、気落ちから後を追う様に亡くなられましたね」「お父様は?」「息子さんが就職されて、しばらくして痴呆の様に成られて病院に入られましたね、息子さんが関東の仕事だから、一人住まいに成っていましたからね」「息子さんは、ご結婚は?」「私が知る限りでは、無かったと思いますよ」「事件は当時話題に成りましたが、葬儀とかは多勢の方が来られたのでしょうね」と尋ねると初老の女性は昔を想い出す様に「そうでしたね、マスコミも沢山来て居ましたよ、でもね一番涙を誘ったのは可愛い女の子が松葉杖で参列して、洋ちゃんの棺から離れなくて、葬儀の方が困られていました」「何故?松葉杖?」美優は自分の予想が当たらない事を祈ったが?
「同じ事故で怪我をされたのですよ、中学生の女の子でしたよ、学園祭に誘われて一緒に行った帰りに事故に遭われて、自分は助かって洋ちゃんが亡くなったのでね、可哀想でした」美優も話しに釣られて目頭を押さえた。
「ママ、泣いているの?」と美加が驚いて尋ねる。
しばらくして、坂田の家に向かう美優の頭には、昨夜の推理の裏付けがまたひとつ増えた。
この中学生の女の子が坂田響子なら、美優の推理は完璧に成立してしまうが、それは有ってはならない事に繋がる。
そう思っても、解決しなければいけない凶悪な犯罪だ。
坂田家のチャイムを鳴らす指が、美優は震えているのを、自分でも感じていた。
美優は玄関先に現れた母親の睦美に、自分は静岡県警の刑事と妻だとは言わなかった。
「安村の親戚の物ですが?」と切りだした。
睦美は「安村さん?どちらの?」と想い出そうとしている睦美だが「三丁目の方なら、随分前に引っ越しされていらっしゃらないと、聞きましたが?」と怪訝な顔。

美優の推理

26-040
「安村洋二郎さんの事を尋ねに来ましたの?」美加を覗き込んで「もう随分前に亡くなられた人の名前だけれど、貴女何が言いたいの?」
「お宅の響子さんは、当時安村洋二郎さんとお付き合いをされていましたね」
「そんな昔の付き合いと言っても子供の遊びみたいな物よ、おかげで事故に巻き込まれて、娘も怪我したのよ、今頃安村さんの名前を出して何が聞きたいの?」
「私が知りたかった事はもう充分にお聞きしました、失礼します」と踵を返した美優。
家では、洋二郎との事は認めてはいなかった。
少女と少年の恋の結末は意外な結末を迎えて、数年後その兄と再会した響子。
忘れかけていた事件を、二人が再会をして記憶を蘇らせた。
「繋がったわ」と呟くと「ママ何が繋がったの、新幹線に乗って帰るの?」と美加が言う。
その時携帯が鳴って「東と東山が密航で日本に向かっているとの情報が入った」
「どこから?」
「兵庫県警だ、匿名の電話が有った様だ」
「やはりね」と美優が言うと「何がだ!」と尋ねる。
「明日、私県警に行って事件を説明するわ、話して置いてね」
「えー、事件が解決したのか?響子の行方も判らないのに?」
「行方は聞けば教えてくれる人がいるわ、それより東と東山は絶対に守ってよ、逃げられるわよ、生き証人だからね」と言う美優。

佐山さん「美優が事件の解決に明日ここに来て説明をすると、話していました。それと東山と東の命は必ず守って、生き証人だからと、言いました」
「何!解決した?響子の行方も判らないのに?」
「有る人に聞けば教えてくれると、兵庫県警の匿名の電話の話にも、やはりね!と言いましたよ、亭主の僕が全く判らないのに。。。。。。」とぼやく一平。

翌日、一平と一緒に県警に向かった美優。
「俺にも教えてくれないのか?」
「何度も話すと疲れるから、一緒に聞いて」と言われて、渋々黙ってしまった一平。
会議室に、横溝課長を始めとして、署長まで出席しての発表に成った。
「野平君の奥さん美優さんが今回の事件の全容を解明されたので、ここに発表致します」と横溝課長直々に紹介した。
「差し出がましく、再三登場致しまして申し訳ありません」と言いながらお辞儀をする美優。
「今回の事件は、最初に日本の警察の歴史において最低の結末に成ったと云う事です」と切りだして、室内が大きくざわつく。
「でも、一人の勇敢な警察人のお陰で、その何分の一かは救えたのかも知れません、そもそも、中国マフィアを通じて大量の覚醒剤の密輸を調査していた潜入捜査官崔さんが、敵に見つかってしまった事に端を発します。
崔さんは丸菱物産の泉専務の手先として、以前から覚醒剤の密輸を行っていた前田と墨田をマークしていました。
その事を知った一味は、前田と墨田の代わりに私の名前を使って兄に目が向く様に、紛らわしい偽の貸金庫の鍵を持たせて翻弄して、崔さんを殺しました。
その為兄が持たされた鍵は何でも良かったのです。
囮の為の小道具に過ぎません、この時登場した松木美佐は多分響子が語っていたと思われます。
武田城で、殺害をしたのは東菊雄ですが、この時予定外の事が起こりました。
それは、日頃から飲みに行く(ルメール)と云うカラオケスナックで会う富沢さんに出会ってしまった事だった。
この(ルメール)のママの桂咲恵と東は男女の関係で、富沢さん殺害から綻びが招じる為、陰の親分は咲恵の殺害も指示して、東は殺してしまった。
東が元は桜欄会に所属して、喧嘩別れして東湊連合会を設立していますが、覚醒剤の取引を攪乱する為に別れただけで、全く関係が有りません。
今回の覚醒剤の取引は、この桜欄会が行っていますが、闇の親分の指示で意図も簡単に行えたのです」と話して水を飲む美優に「親分とは?」と署長が尋ねる。
「それは後程お答えします、この取引に手を貸したのは、神戸の組織犯罪対策局の安村課長です」
「あのエリート課長が仲間なら、簡単だ」と誰かが叫ぶ。
「その通りです、安村課長の協力が有れば、易々と取引は行えますが、安村さんは本星では有りません」
「えー」
「寧ろ、安村さんは正義の味方だったのです」
「おおーーー」
「エー-」と騒がしい室内。
「殺人実行部隊は、東湊連合会が受け持って、取引は桜欄会が安村課長の助けで行っています。
安村課長には弟さんがいらっしゃいました。
十年以上前に交通事故で亡くされて、病弱のお母さんも後を追う様に亡くされています、その事故は覚醒剤中毒の男の暴走運転が原因でした。
その為安村課長は覚醒剤犯罪を誰よりも憎んでいます。
この事故で一緒に居て怪我をされた少女がいました。
それが坂田響子さんです。
洋二郎さんの高校の学園祭の帰りの事故で怪我をされました。
葬儀には松葉杖をついて参列されて、最後まで棺に縋り付いて泣いていたそうです。
その響子さんが大学生の時アルバイトで、大阪の北新地のクラブでバイトをした時に、偶然安村課長に出会ってしまったのです。
悪夢が蘇ったが、安村課長はバイトを直ぐに辞めさせて、忘れる様に言ったと思われます。その後東京に転勤した安村課長は、とんでもない事を見つけてしまったのです。
それは警察幹部の覚醒剤取引」
「えええーーー」
「偶然か必然かは判りませんが、安村課長は実体を掴む為に敵の懐に入って捜査を始めたのです。
そして、今回の大きな取引で証拠を掴みこの巨悪を殲滅しようと考えたのです、弟の為にです。それを響子は何らかの事で知ってしまって協力をしたのだと思います。
安村課長は敵を欺く為に結婚までされています。
響子も同じく萩原と、好きでも無いのに結婚したのだと思います」
「そんな事までして、恨みを晴らしたかったのか?」
「響子さんに男性の影が全く無かったのは、今も洋二郎さんを愛しているからです」
「その巨悪の根源は誰なのだ?」と署長が尋ねる。
「それは、永富本部局長です、安村課長の奥様の旧姓も永富です、彼の決意が判ると思います、事件が解決したら二人は自殺をすると思います、一刻も早く身柄を確保して下さい、東と東山が生き証人です、確保する事で巨悪を逮捕出来ると思います」と言うとお辞儀をする美優に、大きな拍手と共に「みんな、巨悪を逮捕、正義の味方を助けよう!」と横溝課長が檄を飛ばした。
その時、美優の携帯が鳴って「奥さん?東達は明日朝、横浜港に入港する、ほうれん草コンテナの中だ」と教えた。
直ぐに美優が一平に伝える。
その後は、静岡県警と神奈川県警が横浜港を閉鎖して、暴力団も付け入る隙が無い状態。
易々と二人は逮捕されて、静岡県警に送られる。
桂咲恵殺害容疑が決めてと成って、他の容疑は後に廻された形だ。
取り調べで、美優の推理を次々言われた東は「そこまで、調べが出来ていたら、弁解の余地はないな」とうっすら笑みを浮かべて「暴力団より悪い奴は居るのだよ」と言い始めて、安村課長の事を喋り始めると一平が美優の昔話を聞かせる。
「日本の警察にも潜入捜査をする奴がいるのか!」と驚いていた。
数日後安村課長が総てを話して、総ての事件は解決に向かった。

一週間後の夜「今回の事件は、本当に複雑だったな」と一平が言うと「復讐と潜入捜査、そして犯罪を取り締まるトップの犯罪だったから、中々解けなかったのよ」
「疲れ果てたね」と背伸びをする一平を見て、美加が同じ様に背伸びをする平和な家族が戻った野平家に成っていた。

                   完

                2016.06.01

天空の城殺人事件

天空の城殺人事件

お馴染みの静岡県警の野平一平と美優夫妻登場の殺人事件。 美優の実家の久美浜の近くの、竹田城跡で起こる転落事故から、事件は意外な方向に展開する。 和田山、静岡、東京、神戸と舞台を変えて事件が次々と発生。 翻弄される刑事達、美優の推理が難事件の真相に迫っていく。

  • 小説
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