同調率99%の少女(16) - 鎮守府Aの物語
=== 16 川内型の訓練3 ===
川内と神通は続く。雷撃訓練メインのさなか、訓練とは別方向の展開が那珂たち川内型の三人を待ち受けていた!それは、川内型の艦娘のあるべき姿に近づく一歩でもあった。
雷撃訓練
次の日、連絡通り凜花はいつもの待ち合わせの時間には来なかった。そのため那美恵は一人でいつもの朝早い時間に鎮守府のある駅に来た。久しぶりの一人での出勤とあって黙々と歩き、バスに乗り継ぎ鎮守府へとたどり着く。
出勤してきた那美恵はいつもどおりグラウンドで走りこみをしている幸を見かけられるのかと思っていたが、グラウンドでは幸の姿は確認できない。本館裏口の扉付近を見ても幸の荷物は見当たらない。さすがに休みも必要かと思って幸探しをひとまず諦めて着替えに行くことにした。
本館は元々開いており、工事の現場作業員が数人通り過ぎる。那美恵は通る人全員に笑顔で挨拶をして彼らのいる1階を通りすぎて2階の更衣室へ向かった。
着替えて那珂になり、工廠へと明石や技師たちに挨拶をしに行く。当然工廠もすでに空いており、女性技師がたまたま外に出てきたところに出くわす。
「あ、○○さーん。」
「あら、那珂ちゃん。おはよう。」
「おはようございます。」
「そうそう。さっき神通ちゃん来たのよ。」
「え、そうなんですか。プールにいるのかぁ~?」
「違うわ。出撃用水路で空撃ちしてるわ。」
「え?せっかく的の使い方も教えたんだからもっと広いところでやればいいのに……。」
「まぁまぁ。それにしても彼女ほんっと勤勉よねぇ。声かけてあげてね。」
「はい。」
女性技師に挨拶をして別れた那珂は出撃用水路へと向かい、神通に声をかけた。
「おっはよ~神通ちゃん。今日も朝から精が出るねぇ~」
やや大きめに那珂が声をかけると、撃ち方をやめた神通が振り返って返事をした。
「はい。おはようございます。」
挨拶を交わしあった那珂は神通とその回りをキョロキョロして尋ねた。
「今日の自主練は砲撃?」
「……はい。復習したかったので。」
「今日は何時頃からやってたの?」
「つい……20分ほど前からです。」
「そっかそっかぁ~。も~神通ちゃんはいい子でだ~いすき!」
真面目な神通の密かな熱いやる気に那珂は満面の笑みで彼女を褒めた。那珂から褒めてもらった神通は恥ずかしそうに消えるような声ではにかみながら感謝を口に表した。
その後水路から上がった神通は那珂に手伝ってもらい片付けを済ませ、そして二人は本館へと向かった。
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執務室へと足を運んだ二人は軽く雑談をしながら川内の到着を待つことにした。ふと那珂は思い出す。提督が今日から来ること、五十鈴が今日の訓練には参加できないこと等を伝えると、神通は相槌を打って特に声に出さずに了解する。
その後残りのメンバーである流留が来たのは9時半過ぎのことだった。やっと学習した彼女は那珂たちのいる執務室に入る前に更衣室で着替えてしっかりと川内になって那珂たちの前に姿を現す。那珂は遅れてきた川内にもその日の提督のこと、五十鈴のことを伝えて改めてその日の訓練内容を伝えて号令をかけた。
「それじゃあ今日はメインの武器の一つ、魚雷を実際に使ってもらうよ。これは訓練用の魚雷でも結構強力だから準備がいろいろ必要なの。プールじゃ厳しいから海に出てやるよ。覚悟はいいかな?」
「はーい。あたしはむしろ狭いプールより広い海で訓練したいです!」
「私は……どっちでもいいです。」
二者二様の反応だった。
早速工廠に行った那珂たちはやっと出勤してきていた明石に話を取り付けた。
「そうですか。それじゃあ3人の艤装の魚雷発射管に訓練用の魚雷差し込んでおきますから、3人は訓練用の的を運びだしてきてもらえますか?今日はちょっと別件で忙しくなるので自分たちで準備から片付けまでしてもらえると助かりますので。」
「何があるんですか?」
「えぇ。もうまもなく新しい艤装が届くので、届いた艤装の動作確認や艦娘の採用試験の準備です。打ち合わせするので今日は提督も来られますよ。」
那珂が軽く問いかけると、サラリと口にする明石。その説明を聞いて那珂は合点がいった気がした。しかし五十鈴がなぜ提督の出勤を知っていたのかまでは関連付けて理解するには至らしめることができそうにない。あまり気にするほどでもないとして頭のスイッチを切り替えた那珂は川内と神通を連れ、明石に促されたとおりに工廠の一角へと訓練用の的を探しに行った。
的を運んでいると、神通がポソリとつぶやいた。
「あの……。もし訓練用の魚雷が的ではない別の物や場所にあたるとどうなるのでしょうか?」
神通は抱いた疑問をそうっと那珂に伝える。
「うんまあ、それなりにぃ~事故になりますな。」
那珂は神通たちから気まずそうに視線をそらして言った。普段はおちゃらけて不安を一切感じさせない明るさの先輩の雰囲気が変わったことに神通はもちろんのこと、さすがの川内もなんとなく違和感を持った。
「な、何か……あったのですか?」
恐る恐る尋ねる神通。それに那珂は同じような口調になって答えた。
「うん。実はね……あたし演習用プールの壁に当てて壊したことあったの。 」
「「え゛っ!?」」
我が耳を疑った川内と神通は若干裏声気味の声をあげる。
「演習用プールの隣は空母艦娘用の訓練施設で、今はすでに出来上がってて問題ないんだけど、あたしが着任したてのころはまだ工事途中だったの。訓練中に方向誤って撃ちだしちゃって完成間近だった仕切りに当てて……ね。さすがのあたしも焦ったよ~。でも提督は笑って許してくれたけどさ。頬引きつってたのがすげー印象深かったよぉ~。どうもあたしの前は五月雨ちゃんたちもやらかしてたらしくて、そういう事態には慣れてたみたい。」
静かに、淡々と述べる那珂の経験談に神通も川内も苦笑するしかなかった。しかしそれと同時に、先輩でさえやらかすのだから自分らなぞ確実だろうと恐れを抱いた。
「アハハ……。そりゃ提督も災難ですねぇ。那珂さんでもドジしたことあるのが新鮮だ~。」
「せ~んだいちゃ~ん?」
凄む那珂。川内は悪びれた様子もなく片手を那珂に向かってプラプラさせながら軽い謝罪をする。
「アハハハ、ゴメンなさ~い!」
「……でもあたしたちも絶対誤って壊しそうで怖いです。だったら私も……海に出て訓練したいです。」
「プールの壁は一応丈夫には出来てるらしいんだけどね……。それ以来、雷撃訓練は極力海に出てやることって決まったの。」
3人ともバイトをしていない収入なしの高校生の身であるため、ふとしたヘマで鎮守府の施設を壊して弁償、という悲劇になりたくなく、意見は完全に一致した。
訓練用の的を台車で出撃用水路の前まで運び出す。その後明石から訓練用の魚雷の予備も受け取った那珂は二人に預けていた的と魚雷の予備を小型のボートに入れて、先に川内と神通を出撃用水路から発進させた。その後ボートを片手に持ったひもでひっぱりつつ、自身も発進した。
湾を出た3人。着いたのは湾と川を出てすぐの、浜辺よりも手前にある堤防沿いの沿海だった。ボートを適当な消波ブロックに紐で括りつけた那珂は、その場で川内たちの方を向き説明を始めた。
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「それじゃあ二人とも。これから雷撃の訓練を始めるよ。いいかな?」
「「はい。」」
返事を聞いた那珂は自分の腰にある魚雷発射管の本体を手動で回し、自分が撃ちやすい向きにした。それを見て川内と神通も準備をし始める。
「二人とも、魚雷発射管の使い方はおっけぃかな?」
「昨日の今日ですし、さすがのあたしも覚えてます。」
「問題ありません。」
それぞれの返事が返されると、那珂はウンウンと頷いて話を進めることにした。
「うっしうっし。それじゃー早速始めましょ。」
那珂はボートから的を持ち上げ、その場から50mほど沖へ向かって海上を進み、的を浮かべた。そしてすぐ的の背面にあるスイッチを入れる。すると的からはわずかに電子音が鳴った。那珂が的から手を離すと、的は潮の流れに流されることなくその場に固定されたかのように浮かびとどまった。的はわずかだが小刻みに動いている。
那珂は川内と神通に合図を送り、残りの的を自分のいるポイントまで持ってこさせた。残りの的は左右5mほど間隔を開けてさきほどと同じようにスイッチを入れて浮かばせている。その後ボートのある位置まで二人を手招きしながら戻った。
「それじゃあまずはあたしがお手本見せます。よーく見ててね?」
那珂の言葉に川内と神通はゴクリと喉を鳴らした後「はい」と返事をした。
その瞬間、那珂の表情からは普段の調子づいた軽い雰囲気は消えた。今まで見たことのない先輩の真剣味のある表情に川内と神通は息を潜める。単なる真面目とは異なる鬼気迫るものがあった。二人はまだ実感はないが、これが一度でも戦場に立ったことのある艦娘の顔なのかと想像する。
那珂は真ん中の的をずっと見ていた。距離にして約50m。あまり有効射程距離が伸びない訓練用の魚雷とはいえ、 50mというのはあまりにも近すぎる距離だ。事前にインプットした制御を再現し終えたとしても外す可能性は低い。だからこそ外してしまったら後ろにいる後輩に示しが付かない。
艦娘の魚雷は撃ちだすとコントロール下に入る前に軽く12~13m程度進む。実戦用の魚雷あるいは環境によりその距離は変化する。魚雷が着水すると重みや勢いにより海中に沈む。そこから急速に浮上しつつ前に進む。沈み方が深ければ浮上するためにエネルギーを余分に消費する。自然の浮力でもって浮かぶこともあるが、スタートダッシュの時点でエネルギー波を発して素早く沈んでしまうため、大体のケースで自然の浮力では足りない深度になる。
そして制御を再現し始める際に角度により想定距離が大きく変化してしまい、結果として威力が減退した状態で無駄に距離が出てしまう。想定したコースが間延びし、命中率も変化する。また、艦娘の魚雷発射管とその装置の装備位置の影響もある。
浅く沈むように撃つことで、沈んだ後浮かぶために消費するエネルギーを節約でき、角度・距離そして破壊力を保てる。ただし扱い易さは艦娘の艤装により差がある。一番扱い易いのが、那珂たちはまだこの時点では知らなかったが、不知火ら陽炎型の艤装、その次に五月雨以前のナンバリングの白露型向けに設計された太ももに装備する魚雷発射管装置であり、その次が腰につける川内型、向きが固定でその他外装に連なる形で腰とふとももの付根付近に位置する形になる五十鈴と続く。そして現時点で鎮守府Aに配属されている中でもっとも雷撃で調整しづらいのが、背中に背負う形になる五月雨であった。
川内型の艤装をつけている那珂が浅く沈ませるように撃つには、腰を低くして身をかがめて魚雷発射管がなるべく海面に近い位置に来るようにし、真正面に近い斜め下向きに魚雷を発射する必要がある。なおかつ、魚雷のエネルギーの出力開始タイミングを早める必要もある。
経験者といえば聞こえはいいが、光主那美恵自身が変身している那珂は激戦区担当の鎮守府に所属するような屈強な軽巡洋艦艦娘、那珂ではない。艤装の真の力を発揮できたともてはやされてはいるがよくてせいぜい1ヶ月目の自衛隊員に毛が生えた程度の戦闘レベルの艦娘となった女子高生である。
慢心せず、とにかくやるのみと那珂は気持ちを切り替えて意気込んだ。
口を開けて大きく深呼吸をして酸素を取り入れる。潮の香りがかすかに鼻をかすめた。口以外でも酸素を取り入れていたのに気づく。その直後、那珂は右腰の魚雷発射管を前方斜めに向けながらしゃがみこんだ。艤装の足のパーツから制御される浮力を保つために足を開いてバランスを取る。
「そーーれ!!!」
掛け声とともに那珂は魚雷発射管の一番目のスイッチを押した。押す前にスイッチに触れながら、魚雷の軌道をわずかに右にカーブさせて進むようイメージをしていた。
那珂の右腰の魚雷発射管から発射された1本の魚雷は海面との距離が短く、かつ斜め前に向いていたおかげで沈むよりも早く的めがけて前進し始める。魚雷は那珂がイメージしたとおりの軌跡で急速に那珂から離れていった。
そして……
ドオォォーーーーン!!!!
ザパァァーーーーン!!!
突然的のまわりに極大の水柱が立ち上がり、轟音が響いた。那珂の後ろで離れて見ていた川内と神通でも、魚雷が的に当たったのがはっきり理解できた。水しぶきが収まると、的は爆散しその場所には影も形もなかった。左右に離れて設置していた別の的は水しぶきと波によって当初の距離から離れていた。
「とまあ、上手く命中すればこんな感じ。」
「す……すごい! すごいですよ魚雷!!」
「……!(コクコク)」
川内は鼻息荒くその感動を表現しまくる。神通は目の前で展開された出来事のあまりの迫力に言葉で表現できず、ただただ激しく頷いてなんとか感動と驚きを那珂にわかってもらおうとリアクションした。
「でも的砕け散っちゃったから組み立て直さないとねー。悪いんだけど一緒に拾って……くれる?」
「「は、はい。」」
那珂が申し訳無さそうに懇願すると、川内と神通は苦笑しながらも頷いて快く手伝いを始めた。そうして的を復元し終えると二人を引き連れて50m手前位置まで戻り、準備をさせた。
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「二人ともまずはそのままの体勢で撃ってみよっか。押す前に魚雷をどういうコースで進ませたいかを頭に思い浮かべてね。準備OKだったらポチッとな。そしたら魚雷は魚雷発射管から発射されて大体思い描いたとおりに動いて進んでいくよ。自分と当てたい敵の距離、方向や位置関係、それから意外と潮の流れも影響するから、今後出撃した時は、撃つ前にみんなで海の状態を認識合わせておくといいね。いろいろ言いたいけど、とりあえず最初の一発目は余計なこと気にせず頭にコースを思い浮かべたらすぐに押してみよう。」
「うー、実際操作するとなるとホントにできるかなぁ。なんかドキドキするな~。」
「あの……那珂さん。もし的から外れたら魚雷はどこに……行ってしまうんでしょうか?」
その場の心境を述べる川内と異なり、神通は雷撃後の万が一の状況を気にした。那珂はそれにサクッと答える。
「エネルギーが尽きるまでひたすら前進するよ。で、もし途中で何かに当たったら大爆発。その前にエネルギーが尽きたら普通に海の底へ沈みます。そうなったらもう爆発はしません。えぇ、そりゃもう無駄に魚雷を1発失うことになりますなぁ。」
那珂の普段の軽さが入った説明を聞いて神通は落ち着く。自分らが向いているのはその先に障害物がなさそうな方向。鎮守府Aからやや離れたところは工業地帯があり、まれにタンカーや企業の船が通る。今この訓練時は、沖には船は一切通っていない。神通はそこまで確認してひとまず安心することにした。ほっと胸をなでおろす仕草をすると、川内がそれが何かと尋ねてきた。
「ん?どしたの神通?」
「いえ。万が一外したときに危ないことにならないかと思いまして。」
「ふ~ん。まー大丈夫っしょ。沖のほう全然船通ってないし。」
「……そうですね。」
神通が気にかけていたことは川内も多少頭に浮かんでいた懸念事項だった。しかし川内は必要以上に気にすることはないといった様子で視線を前方の的に向ける。続いて神通も気持ちを切り替えて的を見据えた。
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川内は一足早く的に向き直し、見るというよりも凝視していた。頭に思い浮かべるのは自身の腰右側の魚雷発射管からほぼまっすぐのコースで泳ぐ魚雷の姿。先日やった主砲パーツによる砲撃の訓練とは違い、手で狙っているという感覚がなく、頭で思い浮かべるだけのため川内は戸惑う。彼女は、思考する必要がある艦載機や魚雷がもしかしたら苦手と感じる自分がいることに気づいてきた。
「はぁ~。ゲームをプレイするのと同じ感じでやれれば一番いいかと思ったんだけどなぁ。なーんかやっぱ現実は違うなぁ。」
頭をポリポリと掻きながら、念を込めたつもりでもう片方の手で右腰側の魚雷発射管の1番目のスイッチを押した。
「てぃ!! いっけぇ~!」
ボシュッ!!
真正面に向けていた川内の魚雷発射管の1番目のスロットから、魚雷が放たれた。海中に向かってほとんどまっすぐ発射されたため、勢いは落下と潜水に向けられ、理想的なスタートダッシュにはふさわしくない状態で海面に没していった。
シューーーーー……
海面に落ちた川内の魚雷は先端の円形の部品の裏部分から緑色の光を放ちながらほどなくして一気にスピードを上げて前に進んでいった。そのコースは川内が発射前に頭に思い浮かべていたものを再現しようとする。ただ魚雷発射管は彼女の思考を完全に読み込んで変換できなかったのか、川内が思い描いたよりも浅い角度で曲がって進み、そしてギリギリで的に当たらずそのまま的をあっという間に10m、30mと超えて次第に見えなくなっていった。
「あれ?当たらなかった。おっかしぃな~。もうちょっと曲がって当たるようにイメージしたはずなのになぁ。」
「イメージが足りなかったのかもね。魚雷さんが川内ちゃんをまだまだ理解してくれなかったということで。」
「理解って……なんか生き物みたい。」右頬と口端を引きつらせて苦笑いする川内。
そんな愚痴にも満たない感想をいう川内に、後ろから那珂がアドバイスを告げた。
「でもこれでなんとなく感覚はつかめてきたでしょ?」
「うー。せめて魚雷発射管に入ってるあと2本は撃っていいですよね?」
那珂は言葉に出さず、川内に向かってOKサインを出してニコッと笑いかける。川内はそれを見て鼻息をフンと一つついて再び的の方に向き直す。
その後川内は残っていた魚雷2本を同時に撃つことにした。2本目は1本目と同じく右にカーブするコース、3本目は左に曲がり急速に右に旋回して進むイメージを明確にしてからスイッチを連続で押した。
ボシュッ!ボシュッ!
シューーーー……
2本の魚雷は川内の思い浮かべたコースを忠実に再現して進んでいき、そして的の1m後ろで魚雷同士で交差するように衝突した。
ドッパーーン!!!!
魚雷同士の爆発で激しい水しぶきが立つ。爆発の前方にあった的は激しく発生した波に揺さぶられて川内のほうへと吹き飛ばされる。
「あっれ!?また外した。むっずかしいなぁ?。」
再び愚痴る川内に那珂が再びアドバイスをする。
「最初であれだけ近くで爆発させられたなら初めてとしては上々だよぉ。さ、的に当たるまでどんどんイっちゃおう。」
「はーい。」
那珂から離れた場所から声を張って返事をした川内は一旦魚雷を補充しに那珂の側に停泊させているボートに向かい、装填してから再び位置についた。
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「あれ?当たらなかった。おっかしぃな~……」
一足早く魚雷を撃ち、ミスした川内が愚痴る。そんな姿を横目で見ていた神通は、彼女の思い切りの良さを羨ましく感じていた。砲撃はまだ手に持って扱う銃のように確かな感覚があったので慣れれば満足に扱うことができるだろうが、魚雷という一般人が扱うことはおろか日常で言及すらしない存在、しかもそれが艦娘の艤装の魚雷というさらに限定された特殊兵器を果たして自分が十分に扱うことができるのかと疑念を持った。
先刻デモをした那珂の雷撃を思い出す。訓練用でもあのようなすさまじい威力の兵器を、実際の戦闘でもっと破壊力のある魚雷を扱うことに、張り切って訓練する意気込みよりも扱う兵器の恐ろしさが神通の思考を占めようとしていた。
「……なんか生き物みたい。」
聞こえてきた川内のふとした言葉。神通の脳裏にその言葉が引っかかった。
考え方を変えてみよう。
コアユニットと同じく考えたことを理解して動く艦娘の武器の一つ、魚雷。これはペットだ。しっかり躾けて飼いならせば主人の思いを理解して動いてくれるペット。それが魚雷発射管で、魚雷はそんな愛玩するペットの行動の一つ。なんらビクつくことはない。現実のペットよろしく、この魚雷発射管と魚雷も、これから何度も使い鳴らしていけば自分の考えを理解して思いに答えてくれるに違いない。
先輩である那珂は提督の言葉を借りてプログラミングと言っていたのを思い出した。那珂が提督寄りにプログラミングと捉えるなら、そして川内が特に考えこまず平然と扱うなら、自分はこの自分の艤装を、自分の一部・ペット・相棒として捉えよう。神通の思考はそう定まっていく。
「……いきます。」
おそらく聞こえないであろうぎりぎりの小声で開始を口にした神通は左腰側にある魚雷発射管の1つ目のボタンを押した。川内よりは海面に沿う、つまり向いているため、シュボッっと発射された魚雷は潜水することなく海面に着水し没した。川内のと異なるのは、抵抗が少なかったのと向きが幸いしたのか、海中にそれほど沈まないうちに先端の部位から噴射のエネルギー光が発してスタートダッシュ状態になり、神通の考えたコースを限りなく忠実に再現して直進していった。
しかし艤装に思いをはせすぎて的に当てるコースをきちんと考えてなかった。
神通が気づいた時はすでに遅く、慌てて考えて教えこんだとはいえ魚雷は入力されたコースを早々に再現し終わり、自動で向きを固定させたまま進んでいった。神通の前にあった的の手前にたどり着く頃には、右に3~4m逸れてしまっていた。
シューーーーーー……
目を細めてうつむく神通。無駄に1本失うことになってしまっていた……そう悔しがっていると、直後、彼女の対象としていた的の横で爆発が起きた。川内の的の少し先で爆発が起き波しぶきが発生していた。驚いて横を向く神通。そんな彼女の視界には後頭部を掻いて自身の行為の結果に呆れている同期の姿があった。同期たる川内は、2発動時に魚雷を撃つという先に進んだ行為をしていた。
川内に促した那珂は今度は神通の方を向いて口を開いた。
「神通ちゃんはコースをちゃんと考えてなかったのかな?的から結構離れちゃったよ?」
「す、すみません……。はい。」
「うーん。まぁ初めてであそこまで近くなら良いと思うけどね。あの砲撃の時みたいな集中力と観察力なら、きっと魚雷だって同じ感じで上手く扱えるようになると思うよ。だから残りの2発、同じような勢いでいってみましょー!」
那珂の言葉を聞いて神通はハッとする。てっきり川内の方しか見ていなかったと思えたのに、この先輩はちゃんと自分のことも前の訓練の結果を踏まえて見てくれていた。
「が、がんばります。」
おどおどしながらも決意を見せる返事を聞いた那珂は微笑みながら頷いた。
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その後午前中1時間ほどの間に出撃前に装備していた合計6発の魚雷を使い果たし、予備として持ってきていた魚雷を川内は6本、神通は4本消費していた。そのうち的に命中したのは川内の2発の魚雷だった。神通はいずれの雷撃も的から外れ、惜しいところで1mまで迫る距離であった。その間に二人は那珂のアドバイスにより立ち位置を変えて練習していた。
「うーん。今のところ2発かぁ。でも感覚はわかってきたな。頭の中で○○BOXのコントローラを使ってるイメージも浮かべたらイケそう。」
川内はこの時代で流行りのゲーム機のコントローラを頭の中で操作するイメージもして雷撃することで、早くもコツを掴みかけていた。
「う……私、全然ダメです……。」
「全然問題ないって。神通だって結構惜しいところまで撃てたじゃん。イケるイケるよ!」
思わずうつむいてしまう神通。そんな同期を片手でガッツポーズをして川内が励ます。
二人の後ろで腕を組んで見ていた那珂がこの時点の評価を口にした。
「そーだねぇ。まー、川内ちゃんはさすがゲームオタク?だけあって掴みが早く異常なだけで、神通ちゃんのほうが普通の進み方なんだよ。アレですよ。大器晩成ってやつ?」
「うおぉ~い那珂さん?あたしさり気なく馬鹿にされてません?」
「アハハ。してないしてない。キニスンナー」
「むー……」
眉をひそめてわざとらしくむくれる川内。そんな少女の様を見て那珂と神通は口を抑えたり俯きながらアハハと和やかに笑い合うのだった。
そんな時、那珂たちがいる海の近くの堤防沿いから自分らのものではない声が聞こえてきた。
新たなる出会いと変化
三人でこの1時間弱の雷撃訓練の評価を語り合っていると、消波ブロックのある堤防の向こうから声が聞こえてきた。
「お~い。那珂。川内。神通。」
「「「?」」」
那珂たちがその声の発せられた方向を振り向くと、そこには提督が堤防の向こうから上半身を見せていた。
「あ!提督! おはよー!」
「おは~、提督。」
「……おはようございます。」
それぞれ挨拶を仕返すと、その隣には那珂たちの見知った顔と知らぬ顔が2つあるのに気づく。
「あ!!五十鈴ちゃん……とどなた?」
「おはよう、那珂。」
五十鈴が挨拶をし返す。その直後那珂の質問に提督が答えた。
「紹介するよ。こちら、五十鈴……五十嵐さんの高校の同級生、黒田さんと副島さん。」
提督から名を触れられた二人は自己紹介をした。
「はじめまして!あたし、黒田良といいます!!りんちゃん以外の艦娘の人って初めて見ました!うわぁ!りんちゃん、みゃーちゃん、すごいよ艦娘!海の上浮いてるよ!!」
良と名乗った少女は自己紹介も早々に那珂たちの方や提督、五十鈴の方をくるくる見回してせわしなくリアクションを取っている。
「落ち着きなさい!恥ずかしいでしょ同級生として。」
良の後ろにいた五十鈴が彼女に言葉だけでピシリと突っ込んだ。
「そ、そうだよ……りょーちゃん。あ、あの……私は副島宮子っていいます。○○高校の2年です。あのあの……よろしくお願い……します…ね。」
提督と五十鈴に隠れるように立っていた少女が弱々しいながらも同じく突っ込みつつの自己紹介をする。
そんな3人の掛け合いを見て那珂は以前自分が同高校の仲間を見学させたときのことを瞬時に思い出した。
そうか。以前は見学をさせる立場だった自分が、今度は見てもらう側になったんだ。立場の変化にわずかに寂しさを胸に感じた那珂は、表には出さずに普段の調子で見学者に対して挨拶をし返した。
「はじめまして!あたしは軽巡洋艦那珂担当、○○高校2年の光主那美恵です!」
「はじめまして~!同じく○○高校の1年、内田流留でーす!軽巡川内やってます。」
「は、 はじめまして……軽巡洋艦神通です。同じく○○高校の1年生、神先幸と申します。」
那珂たちも自己紹介し終えると、提督が良と宮子の二人に向かって解説をした。
「さっきすごい爆発音がしたでしょう?彼女たちは今訓練中でね、雷撃といって、魚雷を撃つ訓練をしていたところなんですよ。」
提督が説明をすると言い終わるが早いか、良がぴょんぴょんと跳ねて驚きを口にしだした。
「へぇ~!すごいすごい!あたしも艦娘やってみた~~い!ねぇねぇりんちゃん!りんちゃんもやったことあるんでしょ!?」
「えぇ、あるわよ。けど大したことないわ。艦娘になったらこれが普通よ普通。」
冷静に応対する五十鈴だが、わずかに口の端がつり上がってややドヤ顔になっている。
「へぇ~!りんちゃんもすごいなぁ~。あたしもできるかなぁ?」
「……その前に二人は試験に合格なさいな。」
「……えっ!?やっぱり……私もやらなきゃ……ダメだよね……?」
はしゃぐ良に突っ込みながらも返す勢いで影に隠れていた宮子に催促する五十鈴。
「当たり前じゃないの。二人が協力してくれるっていうからこうして見学させてあげてるのよ。それにね……」
愚痴が止まらなくなった五十鈴は提督や那珂たちが見ているにもかかわらずクドクドと二人に向かって口撃し始めた。そんな様子を見た提督が焦って五十鈴に言った。
「お、おいおい五十鈴。落ち着きなさい。ほら、那珂たちも見てるから……!」
提督が両手で勢いを抑えるような仕草でなだめる。提督と五十鈴の間に立つかたちになっていた良と宮子は親友の態度に唖然としたがすぐに苦笑いに変わっていた。ほどなくして五十鈴は提督の仕草を見てようやく収まったのか、咳をコホンと一つして再び口を開く。
「え……と。その。実はね、私の学校の友人二人にも、艦娘になってもらうために試験を勧めたの。それで今日は試験の前の見学ということで案内してるの。」
「そーだったんだぁ。五十鈴ちゃんの態度がおかしかったのってこのことだったの?」
先刻までの五十鈴の態度にあっけにとられていた那珂だったが、彼女の説明を聞き合点がいったという表情になって言葉を返す。そして五十鈴も那珂の問いかけにコクリと頷いて肯定した。
「えぇ。黙っていてごめんなさい。あなたに触発されたんだけど、真似したとか思われたくなくて……。言い出せなかったの。」
「そっか。五十鈴ちゃんにも事情があるんだもんね。そりゃ仕方ないよ。でもこれからは五十鈴ちゃんの学校から正式に艦娘を出せるってことなんだよね?おめでとー!」
那珂が自身の時のように五十鈴こと凜花の高校と鎮守府が提携したことを祝福するが、五十鈴はもちろんのこと提督も表情を曇らせる。その後提督が重くなった口を開いて説明し始めた。
「実はな、五十嵐さんの高校とは提携できなかったんだよ。」
「えっ!?」
那珂の至極当然の反応に五十鈴はさらに表情を暗くした。良と宮子は事情がすべてが全てわかっているわけではないのか、呆けたままでいる。
「俺は五十嵐さんの、艦娘五十鈴としての勤務状況をまとめた上で何度か彼女の高校に接触したんだけど取り合ってくれなくてね。しまいには生徒の自己責任って言われて。単純なアルバイトとしては認めるが危険のある行為には率先して協力できないって話を聞いてもらえなくなったんだ。」
「そ、そーだったんだ。ご、ごめんね五十鈴ちゃん。無神経にお祝いしちゃって。」
那珂の謝罪に五十鈴は頭を振った。
「いいのよ。うちの学校はバリバリの進学校ですもの。そんな学校で私達が艦娘になるなんて勉強そっちのけと思われても仕方ないし、自己責任と片付けられて当然よ。だから私たちは非公式でもいいから、友人たちを募って密かに艦娘部というか艦娘同好会を作って活動しようって決めたの。」
説明する五十鈴の口調には覇気はなく、聞く者を暗くさせた。返す言葉がなくなってしまった那珂はもちろん、川内と神通も後ろで黙ったままでいる。そんな沈黙を破ったのは、この空気を作った本人だった。
「でももう決めたからいいの。まずはじめにこの二人になんとしてでもなんらかの艦娘に合格してもらう。あと何人か反応良い友人いるけど、今は無理って断られちゃった。だからまずは私達3人で艦娘になる。そして学校ではうまくやりくりして見せるわ。それに普通の艦娘だから、いただいた給料はまるまる私たちの物。深海棲艦を倒してストレス発散できてお金ももらえる、いわばやりがいのあるアルバイトみたいなものよ!」
先刻とは違い明るさはあったが、明らかに空元気で無理しているのは誰の目にも容易に理解できた。五十鈴はどこか物寂しい雰囲気を作ってしまっていた。
提督は五十鈴の側に寄り、彼女の肩に手をそっと置いてささやく。世間一般であれば30代の見知らぬ男性が女子高生に触れようものなら拒絶反応を示されそうなものだが、このときの五十鈴は提督の行為をそのまま受け入れた。
「こうなったのは俺の努力が足りない責任でもあるからそんなに落ち込まないでくれ五十鈴。もし二人が合格できて着任したら、任務は上手くスケジューリングしてあげるからさ。」
提督のフォローを受けて五十鈴はゆっくりと頷いて目を閉じて一つ息を吐いた。再び目を開けた彼女からは、グズッ…と鼻をすする音がかすかに発せられた。
その後提督と五十鈴たちと2~3会話をした那珂たちは訓練を再開した。五十鈴たちは次は工廠を見学しにいくということで堤防の向かいのフェンスに付いている扉を開けて工廠の敷地内に入り、入り口へと向かっていった。五十鈴たちの後ろ姿が小さくなり、声が聞こえなくなったところで那珂たちはそれぞれ思いを口にする。
「なんだか、世の中うまくいってないところもあるってことなんですねぇ……」
「うちの高校はまだ……ましだったのでしょうか……」
そう口にする川内と神通の表情は普段とは違い眉をひそめ、遠い目をしていた。那珂は視線をすでに見えなくなっていた提督や五十鈴たちの方角に向けたまま語った。
「あたしも最初は普通の艦娘として採用されてさ、学校の出席とかは一人で密かにやりくりしてたから五十鈴ちゃんの気持ちが手に取るようにわかるんだよね。普通の艦娘として採用されれば艦娘としては鎮守府や国が守ってくれるけど、普段の生活は自分たちで自主的に管理して守らないといけない。学生の身で普通の艦娘になるかもしれない2人…五十鈴ちゃんを入れて3人はきっとこれからあたしたち以上にやりくり大変だと思う。だからさ、学校に守ってもらえてるあたしたちが早く強くなって、彼女たちみたいなことになる艦娘の仲間をカバーしてあげないといけないんだってあたしは思うんだ。二人はどうかな?」
言葉の最後に凛々しい笑顔を二人に送る那珂。そんな熱い那珂の思いが届いたのか、川内と神通は深く頷いた。
「当然ですよ。あの人たちが艦娘になったなら仲間ですし、友達みたいなもんですよ。あたしは頑張ります。友達のためならなんだってやれるってところをみせてやりますよ。」
「私も……出来る限りサポートしたいです。」
川内と神通の思いも限りなく同じだった。突然の見学者によって二人のやる気は完全回復を超えてみなぎる。
「よっし那珂さん!午前残りの指導お願いします!!あたしはまだまだやれますよ~!」
「わ、私も……お願いします。」
二人の気迫に那珂は驚きつつも喜びで顔に微笑みを浮かべ、二人に雷撃訓練の再開を指示した。
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その後午前が終わるまで雷撃の訓練をするつもりだったが、やる気充填完了にともない魚雷の消費も早まったため、正午に届く30分前にはすでに訓練用の魚雷はボートの上から無くなっていた。
「さーて、次の魚雷魚雷っと。……あれ?ない。ねぇ那珂さぁ~ん。魚雷もうないよ。」
「二人ともやる気あるのは良いけどすっげー使いまくるんだもの。30本程度なんてあっという間だったよぉ。」
手持ちの魚雷を撃ち終わり、的のその後を見る必要のない神通がボートの側に戻ってきてその様子を見て戸惑う。
「ゴ、ゴメンなさい……私も、使いすぎましたか?」
「ううん。別にいいんだよ。やる気出してくれるのはいいことだしね。弾薬や資材使いまくって実際に胃が痛いのは提督や明石さんだろーし、ただの艦娘のあたしたちは気にする必要なーし!」
「使いまくってって……。そんなこと言われると……気にしてしまいます。」
「べっつにいいんじゃない?あたしたちのために用意されてるんだろーし。遠慮したら負けだよ神通。」
妙に不安がってしまう神通に対し、川内は遠慮をする気なぞさらさらない様子を見せた。
「アハハ。川内ちゃんくらい思い切ってくれるとすがすがしくていいよね~。あたしだって遠慮してないし。神通ちゃんもね?」
「……あの……善処します。」
撃つものもなくなったので那珂たちはボートを引っ張って海から鎮守府の敷地内の湾へと戻っていった。訓練を終えるつもりがなかったので水路に入っても同調を解除せずに上陸する。
「二人ともまだ訓練したいよね?」
「「はい。」」
艦娘の出撃用水路のある区画を出て明石のいる事務所のある区画に来た那珂たちは近くで機材をチェックしていた技師に話し、訓練用の魚雷を補充してもらうことにした。その際、神通は気になっていたことをおどおどしながらも尋ねる。
「あの……訓練用の魚雷って、やっぱりその……お高いんでしょうか?」
「えっ?どうしたの?そんなこと気にして。」
神通の質問に技師が聞き返すと、ハッとした表情になった那珂がその聞き返しに乗った。
「あっ、もしかして神通ちゃん、さっきのあたしの言葉気にしてる?」
技師の女性が?を顔に浮かべていたので那珂が説明すると、合点がいったのか技師は納得の表情を見せた。
「なんといいますか、神通ちゃんは気にしぃなのね。大丈夫よそんなこと気にしないでも。訓練用の魚雷はアルミを材料にうちの工廠の3Dプリンタでも製造できるものだから、実質高いコストは中の基盤だけ。」
「そ、そうなのですか……。」
「へ~ここで製造してるんだぁ。こういうの川内ちゃん好きそうなイメージだけど、どう?」
「うーん、3Dプリンタは興味あるけどそれほどでもなぁ。どっちかっていうと三戸くんのほうが喜びそう。あ!でもなんでも作れるんならあたしたちが希望するもの作ってもらえたりしますか!?」
「ウフフ。それはどうかな~。工廠長の奈緒ちゃんやトップの西脇さんが許可してくれればね。」
「へぇ~!好きなの作ってもらえるの、艦娘の特権にしてくれないかなぁ~?」
「川内ちゃ~ん?趣味がらみで何かよからぬこと考えてな~い~?」
欲望丸出しでしゃべる川内に那珂がツッコミを入れる。された川内は引きつった笑いでごまかし、見ていた神通と技師の女性を苦笑させた。
その後訓練用の魚雷を出力してもらった那珂たちは、訓練を再開するために再び水路に降り立った。川内と神通は様々な体勢を取ってそれぞれの魚雷で雷撃した。結果は川内は1本直接命中して的を大破、神通は魚雷のエネルギー波をわずかにかすめて的を軽く弾き飛ばす程度で終わった。
「はぁ~。雷撃はそんなに疲れないからいいけど、頭で思い浮かべたコースと撃つ時の体勢がなぁ~。むっずかしいなぁ。全弾命中したいなぁ~。くっそう。」
「わ、私も的にきちんと当てたいです。」
「私や五十鈴ちゃんだって全弾命中はできないよぉ。そこまでプロな戦士じゃないんだしぃ。川内ちゃんは午前中だけでも3発当てられたならもう十分すぎるほどの上達だと思うよ。神通ちゃんだって五月雨ちゃんや村雨ちゃんたちくらいには上達できてるから良いと思うな。あの子たちだって雷撃の上達は十分とは言えなそうだけど、お互い得意な分野で支えあってる感じだしね。」
「ねぇ那珂さん。魚雷の自動追尾も使ってみたいなぁ~。」と川内。
「ん~~。別にやってもいいけど、訓練用の的だと確実に当たっちゃうからあんま訓練にはならないと思うよ。まぁそこらに深海棲艦が出てきたらやってもいいよ。楽ちんだから癖になっちゃうから、あたしとしては最初はなるべく手動で制御を学んでほしいなぁ~って思います!」
「はぁ。楽したいなぁ~。」
川内の心からの要望と愚痴に神通もコクコクと頷くのだった。
そして午前中の訓練を締め切り、3人はさきほどと同じ動きで湾まで戻り、出撃用水路から工廠の中へと入っていった。空腹を感じていた三人はすぐに艤装を解除して足早に本館へと戻っていった。
お昼時の鎮守府
昼食を取るために那珂たちが執務室に置いてきたバッグや財布を取りに行くと、中から話し声が聞こえてきた。
「あれ?提督と五月雨ちゃん……以外に誰かいるのかな?」
「……もしかして、先ほどの五十鈴さんの学校の……。」
不思議に思っている那珂に神通がボソリと想像を述べた。
「あ~なるほどね。大事なお話してるとまっずいなぁ~。お財布取れないじゃん……。」
珍しく那珂がまごついていると、そんな先輩の不安なぞ気にしないという様子で呆けて見ていた川内が前に出てきた。
「別にいいんじゃないっすか?あの人たちなら大して何も言われないでしょ?提督だってちゃんと言えば笑って許してくれるんじゃないですか?」
「……こういう時川内ちゃんの度胸は買うなぁ~。ま、マゴマゴしてても仕方ないから入っちゃおう。」
コンコンと那珂がノックをすると、男性の声が部屋の中から聞こえてきた。
「はい。どうぞ。」
「失礼します。」
那珂が丁寧な言い方で言いながら扉を開けると、そこには想像したとおり、提督と五月雨、五十鈴とそしてさきほど会った五十鈴の高校の同級生、黒田良と副島宮子がソファーに座っていた。
「あっ、やっぱりさっきの……」
「あぁ那珂たちか。どうしたんだ?」
「いや~お財布取りに来ました。」
提督はハッとした表情をしたあとすぐに笑い顔になる。
「あ、そうか。俺の机の上にあったバッグはやっぱり君たちのか。それなら……」
「はい、私の机に移しておきましたよ。」
提督の言葉は秘書艦席にいた五月雨が続け、那珂のバッグを指差して示した。那珂は猫なで声を発しながら五月雨に近づいていく。
「あぁ~ありがと~五月雨ちゃん!やっぱり愛しいぜぃ~。良い子好い子~」
「ふわぁ~!ちょ、恥ずかしいですよ~~」
「ウフフ~ヨイデハナイカ~」
普段であればはにかむ程度で恥ずかしながらも那珂の撫で撫でなどのちょっかいを受け入れるが、今回は本気で恥ずかしがる様子を見せる。
「んもう!五十鈴さんのお友達さんが……見てるじゃないですかぁ~~」
五月雨がちらっとソファーの方に視線を送ったので那珂も振り向いて見てみると、そこには苦笑いする提督、眉をひそめてジト目で睨んでくる五十鈴、そして目を点にしている黒田良と副島宮子の姿があった。
「アハハ。し、失礼しました!そ、それではごゆっくり~。」
さすがの那珂も少し恥ずかしさがこみ上げる。普段調子でおどけながら那珂は扉近くに戻り川内と神通の分のポーチと財布を手渡した。
そして執務室を出ようとそそくさと歩を進めると、扉に手をかけた直後五月雨から声をかけられた。
「あ!あの那珂さん!私もうちょっと秘書艦の仕事あるので、昨日の件なんですけどぉ、ゆうちゃんと真純ちゃんに待っててって伝えておいてください。」
「ん。おっけぃ。わかったよ。」
那珂はOKサインを作って合図をし、扉を締めて執務室を後にした。
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執務室を出た那珂たちはその足で同じフロアにある待機室に向かった。そこには五月雨が言及した通りの二人となんと不知火がいた。
「お昼だけどおっはよ~3人とも。お?珍しく不知火ちゃんがいる!!」
那珂が挨拶に加えて続く勢いで話題として触れると、不知火は席からガタンと思い切り立ち上がって挨拶をし始めた。
「……おはようございます!!駆逐艦不知火に任命されております、智田知子と申します。先輩方、本日もよろしくおn
「うんうん。不知火ちゃんとはこの前会ってるよね~?もう仲間なんだし、そこまでちゃんとした挨拶はいいよいいよ~。それに艦娘としてはむしろ不知火ちゃんのほうが先輩だしね。」
「……了解致しました。」
挨拶を途中で那珂に遮られた不知火は、顔には出さないが明らかに気落ちした雰囲気と声になってゆっくりと席に戻っていく。そんな悄気げる不知火の肩に那珂は手を置いて微笑みを投げかけてフォローとした。
そんな那珂と不知火の微妙な空気を察して村雨と夕立が立ち上がって近づいて来た。那珂は村雨と、川内は夕立と、そして神通は不知火と向い合う。
「夕立ちゃん、おっは~!」
「おっはよ~~!!川内さ~ん!訓練どぉーだった?」
「うん!今日は雷撃したんだよ。あれ難しいけど楽しいよね~!」
「うんうん!!川内さんもやっぱ雷撃好きっぽい?あたしもね、好きなんだよ~。」
「そっかそっか。午後もやるからよかったら夕立ちゃんもどうかな?」
川内からの誘いにただの笑顔を超えて満面の笑みになった夕立はヘッドバンドよろしく頭をブンブン振ってはしゃぎながら話に乗ってきた。
--
「あの……こんにちは。不知火さん?」
「はい。こんにちは神通さん。」
恐る恐る話しかける神通に対し、不知火は控えめの声ながらもハキハキと挨拶し返す。その後話す話題が思い浮かばなかったため二人はただなんとなく見つめ合い、ニコッと神通が微笑むと不知火は口だけで微笑み返す。その不自然な笑い方に神通は思わず悲鳴にも似た驚きの声をあげてしまうが、当の不知火はその反応に?を顔に浮かべるのみであった。
その後口火を切ったのは不知火のほうだった。
「あの、当てられましたか?」
「……えっ?」
一瞬呆けてしまう神通だが、2~3秒して目の前の少女が言わんとすることが自身の訓練のことだと気づき、確認を返した。
「あ、あぁ……雷撃の訓練のことですか?」
その返しに不知火はコクコクと首を振って相槌を打つ。それを受けてようやく神通はきちんとした説明を返した。
「そうですね……私は、的に噴射のエネルギーをかすめるのがやっとでした。川内さんは……3発も当てられたのに。私なんかまだまだです。」
神通が自信を卑下して言葉を締めると、数秒して不知火は口をパクパク動かして何かを言おうとしている。そのことに気づいた神通は一瞬怪訝な表情を浮かべた後、不自然な笑顔ではあるが微笑んで尋ねてみた。すると不知火は言葉途切れがちながらも答える。
「あの……苦手です、私も。好きなのは砲撃なので。だから……先輩も、頑張って。」
口下手な不知火こと智田知子の、精一杯の励ましの言葉。
「あり、ありがとう……ね。」
「……!」
年下の子とほとんど接したことがない神通は励まされて照れまくりながらも感謝を述べる。それに対し不知火も顔は無表情だったが、わずかに頬が朱に染まっていた。
--
「那珂さぁ~ん。待ってましたよぉ!」片手を挙げて那珂に挨拶する村雨。
「おまたせ~村雨ちゃん。五月雨ちゃんから話聞いてるよ。二人に任せるって。で、もしかしてそれ?」
「はぁい。家から道具持ってきましたぁ。」
そう言って村雨がポンと蓋を叩いた箱はB5サイズの2段重ねの物だった。
「なんというか……なにこの本格的な匂いのする準備は?」
那珂が茶化すのを忘れるほどあっけにとられていると、隣にいた夕立が口を挟む。
「ますみんのおねえちゃんは美容師ぃ?さんの卵なんだよ。だからあたしたちの間じゃヘアメイクとかファッションの道具や話題には困らないの。も~ますみん姉さまさま~。」
「ゆうはうちのおねえちゃんに対しても遠慮ないんですよ。」
冗談交じりの愚痴をこぼしながら村雨は大げさにため息を付く。
夕立の冗談めいた言動を聞いた那珂は、彼女が村雨とその姉を慕っているんだなと想像し、苦笑いをして受け流す。
「アハハ……なんか目に浮かぶよーだねぇ。」
「まぁ、今に始まったことじゃないからいいですけど。それよりも那珂さん!早くヤリましょうよ?」
「うんうん。でもあたしたちまだお昼食べてないから、食べてからにしよ、ね?」
「それだったら私達も一緒に買いに行きますよ。」
那珂の促しと提案に二人はコクリと頷いて素直に従うことにした。
--
その後待機室にいた6人で鎮守府近くのショッピングセンター内のスーパーに昼食を買いに行き、待機室に戻って雑談に興じながら箸を進める。しばらくすると扉を開けて五月雨が入ってきた。
「みんな~お待たせしました~。……って!もうお昼ごはん食べてる!?」
「ふぁ~い!モガモガモググ!(お昼お先にっぽい~)」
「ちょっとゆう……口に物入れながらしゃべるのやめなさいっての。」
「お~五月雨ちゃん。あたしたち先に食べてるよ。」
食事中は口数が少ない那珂の代わりに川内がパンを持っていない方の手をシュビっと振って相槌の代わりにした。先に返事をした夕立はお馴染みの振る舞いで村雨に注意をされるが一切に気に留めていない。
「ちょ、ちょっと待っててね!私もすぐお昼ごはん買ってくる~!」
そう言って慌てて飛び出していき、10分ほどして戻ってきてようやく6人の昼食の輪に加わった。
「ふぃ~おまたせ。」わざとらしく腹を撫でながらその場にいたメンバーに合図をする那珂。
「エヘヘ。私もおまたせしましたです!」那珂の仕草を真似て照れ笑いする五月雨。
「はぁい。それじゃあ那珂さん、神通さん。お覚悟はよろしいですかぁ?」
「アハハ。はーい。」
「う……お手柔らかに。あまり突飛なのは……。」
那珂と神通からそれぞれ異なる返事を受けた中学生組は、いよいよヘアスタイル大改造作戦を決行し始めた。
イメチェン
「それじゃあおふたりとも、髪触りますよ~。」
「はーい。おねがいしまーす。」
「お、お願いします。」
村雨が音頭を取ると、那珂と神通は素直に返事をした。二人は席に座り、村雨を始めとして五月雨、夕立、不知火、そして川内は二人を囲むように立っている。机により掛かるようにして立っている川内が村雨たちに発破をかけた。
「それじゃあ二人をうんっと可愛くしてあげてよね。」
「は~い。ところで川内さんもy
「あ、あたしはいいのいいの!今の髪型以外は似合わないと思うし!」
ターゲットに川内を追加しようと怪しい視線を向ける村雨に対し川内は頭をブンブンと横に振って全力で拒否する。村雨は含み笑いをしながらしぶしぶ視線を戻した。
那珂と神通に視線を戻した村雨は二人に代わるがわるヘアスタイルの見本のパネルを見せる。
「お二人の今の髪と特徴をおねえちゃんに伝えてアドバイスもらってます。それはそれとして、これとか~、これとか、これもいいと思うんですよねぇ、那珂さんには。神通さんは……こっちかな?」
「うわぁ~あたしもそれなりに流行には強いって思ってたけど、こんなのあるんだぁ~すっごいなぁ~。」
那珂が素で驚きと関心を見せると、隣りに座っている神通も黙ってコクコクと頷く。二人がヘアスタイルのサンプルを眺めている間、五月雨たちは誰が誰を担当するかで揉めていた。
「ねぇねぇますみちゃん。私に那珂さんの髪のセット手伝わせて?」
「うー!ダメだよさみ! 那珂さんはあたしがやるんだから!!」
「……私は。」
普段は様々な反応が薄い不知火が五月雨の隣で口をパクパクさせている。
「? どうしたの、不知火ちゃん?」
「わ、わた、……じんつうさんを……」
五月雨にしか聞こえないほどの声量でもって不知火は自身の望みを耳打ちする。彼女の意を汲んで五月雨が代わりに村雨に伝えると、不知火の顔は朱よりもさらに赤く染まりあがっていた。
「まぁまぁ3人とも待ちなさい。ここは美容師の姉を持つこの私が指揮を取ります。異論はないわねぇ?」
「「「はーい。」」」
姉の影響でヘアメイク全般の知識を同世代の女子よりも人一倍有しているためか、村雨が自然とリーダーシップを取り始めた。他のメンツも文句はないため頷いて素直に従い始める。
((なんか村雨ちゃんの意外な一面見た気がする~。そっかそっかぁ。村雨ちゃんはおしゃれ番長で一番お姉さんなのかもねぇ。))
などと心の中で感心する那珂はニコニコして村雨たちの話し合いを眺めていた。
--
その後村雨は那珂と神通に新しいヘアスタイルに関する希望をアンケート取り始める。希望を聞いた村雨は持てる知識と姉から聞いておいたメモをフル活用して 、二人の今の髪型や髪の量や状態をチェックする。五月雨・夕立・不知火の3人と川内はそれをじっと見つめるという光景がしばらく続く。
「那珂さんの毛質や量とご要望を聞く限りだと、クルッとまとめるシニヨンがピッタシかもですねぇ。」
「お団子かぁ~。前々から気にはなってたんだよね。それでお願いできるかな?」
「はーい。お任せあれ。」
村雨は軽快に返事をして那珂の注文を受注した。
「さみ、それじゃあサンプルのパネルからシニヨンだけをまとめて取り出して。」
「はーい。」
「ゆうはあたしと一緒に那珂さんの髪をまとめる役。それ以外の余計なことはし・な・い・で・よね?」
「は~い。……ん?なーんかいまのますみんの言い方気になるっぽい。」
「不知火さんは神通さんの時に手伝ってもらうから、今はさみとゆうの作業を見ておいてねぇ。」
「了解致しました。」
村雨は夕立の疑問をサクッと無視して、残った不知火への指示を出した。
--
「ん~~。ちっちゃいお団子2つかまるっと大きいお団子一つでまとめるの、どちらがいいですかぁ?」
「それじゃ~ね~。とりあえず両方とも試したいからお願いします。」
「了解ですぅ。それじゃあ……」
那珂の要求を確認し、村雨は那珂の髪を梳かし始める。そして決してスムーズとはいえないながらも普通の髪の扱い方とは違う手つきでもって那珂の髪をまとめていく。村雨は那珂の後ろ右半分の髪を掴んでは離し、掴んでは離しを繰り返す。毎回手に収める髪の量が違っていた。
「ゆう、近く来て私のやること見てて。」
「はーい。」
村雨は夕立を隣に呼び寄せ、自身の手つきをもう片方の手のひらで指し示す。
「これくらい……ね。これをこうして束ねて~、ヘアゴムでここで止めてこうして髪の先をこうやって通して……ここでまた止めるっと。おねえちゃんから教わったスタイルだと、これが一番基本らしいの。わかった?」
村雨の手際に夕立は顔をこわばらせる。普段なら軽口で反応する友人が一切言葉を発さないのを不安に思った村雨が身を少し屈めて夕立の顔を見上げてみると、まさに目が点、という状態になっていた。
村雨は一つため息をつく。
「……ゆうには無理なようねぇ……。」
「ム、ムリジャナイッポイ~。あたしだってヤレバデキルッポイ?」
「いいって。じゃあ私がこれからやるの近くで見ててくれるだけでいいから。」
「う……わかった。」
村雨は夕立に片方の髪をやらせるのを諦め、自分だけで両方することにした。先刻説明した手順を自分で反芻して右側の後ろ髪、左側の後ろ髪をヘアゴムでまとめたのち、それぞれの毛束を持ち上げてクルリと巻きつけていく。
ほどなくして、那珂のストレートヘアは後頭部に小さなお団子が2つくっついた、基本のお団子ヘアとして変身を遂げた。
「はい、できました。さみ、鏡立ててあげてぇ。」
「はーい。」
五月雨は村雨の指示通り手元にあった手鏡を那珂の前に立てて差し出した。その瞬間、那珂は自分のストレートヘアが本当に綺麗なお団子ヘアに変わっていることを認識した。
「うわぁ~!あたしが前に自分でやったときよりも綺麗にまとまってる~~!!村雨ちゃんさすがぁ!」
那珂は顎を引いて後頭部が映るように頭の向きを変え自信の後頭部のお団子を確認する。そしてお団子をそうっと触り、毛のまとまり具合を慎重に手の感覚で覚えようとする。
「どういたしましてぇ~。おねえちゃんから教わったことをそのままやってるだけなんですけどね。」
「うぉわ~。これ崩すのもったいないなぁ。けど崩しちゃおう。次のお団子ヘアお願いできる?」
那珂はキャッキャと笑いながらももったいなさそうにお団子を撫でる。しかしスッパリ気持ちを切り替えて村雨にお願いをする。受けた村雨はニコッと笑いながら言葉なくコクリと頷いた。
--
次に村雨がセットしたヘアスタイルは、後頭部やや右寄りの上部にに大きくお団子を一つ乗せ、横髪はかなり残して耳の前にかかるお団子ヘアだった。
「あ!これあたし好きかも!?気に入ったぁ!」
「え~!那珂さんいきなり決定っぽい!?」と夕立。
「そ、即決ですね……」五月雨も那珂の決断の速さに驚きを隠せない。
「ん~~。この一つお団子のヘアは短時間でサッとできるハーフアップで、後れ毛が色っぽさと大人っぽさを出して小顔効果もあるんですよ。那珂さんのことあらかじめ伝えておいたら、これがピッタリかもっておねえちゃん言って勧めてきました。私もどちらかっていうとこっちのほうが気に入ってくれると思ってましたよぉ。」
村雨が自身も満足そうに語る。
「うわぁうわぁ!那珂さん、なんか可愛いのとちょっと大人っぽい感じ!髪型変えるとこんなに印象変わるんだぁ~!」
机に寄りかかって一部始終を見ていた川内は自身の事のようにはしゃいで先輩の髪型を見つめては喜びを溢れさせる。那珂の隣にいた神通も息を飲むような仕草をし、ウットリしている。
「よっし!あたしこれに決めた!あ、でも一つだけ注文いい?」
「はぁい、なんですか?」
「お団子、もうちょっと右寄りにできる?あたし、アシンメトリーな感じが好きなの。」
「えぇ。わかりましたぁ。」
那珂の注文を快く承諾した村雨は一旦那珂のお団子を解き放ち、同じ手順を左右の髪の比率と位置を変え、縛り上げる中心点を右寄りにして結っていった。
「はい。こんな感じでいかがですかぁ?」
「うんうん!バッチリ!!これを艦娘の時のスタイルにする!!」
「おぉ!那珂さんいいなぁ~。でも本当にお団子右っかわに一つだけでいいんですか?なんかバランス悪いとかなんとか気になんないんですか?」
川内が素朴な疑問としてぶつけると、那珂は心境も交えて答えた。
「ホントは2つお団子にしてもいいんだけどね。単純にアシンメトリーが好きってのもあるんだけど……なんていうのかな。夢が全部叶うまでは、お団子一つにしておこうかなって。いわゆるダルマの目みたいな? だ~から!那珂ちゃんヘアはこれってことにするの。」
席に座りながら最後に両手でガッツポーズをして宣言する那珂。その言葉にまわりの一同は納得と賞賛の意味を込めてクスクス・アハハと笑いあう。
「那珂さんがそれでいいならいいと思います。夢が叶うまでって、やっぱ那珂さんロマンチストだなぁ~。」
「おぅ!?川内ちゃ~ん? ……まぁいいや。村雨ちゃん、あとでちゃんとしたやり方教えてね?」
「はぁい。」
「いや~すんばらしぃ~!村雨ちゃんのちょっとどころかすっごく良いところ見たよぉ~。将来おねえさんと同じく美容師目指したら?それかうちの鎮守府のヘアメイク担当とか?」
「ウフフ。今はおねえちゃんの真似してるだけですけど、実は美容師って興味あるので。とにかく喜んでもらえて何よりですぅ。」
那珂から褒めちぎられて村雨は普段の落ち着いた雰囲気がなく、照れくさそうにまゆをさげ目を垂らしてはにかんでいた。
こうしてこの瞬間、鎮守府Aの那珂は一つお団子ヘアの髪型を持つ艦娘として確立した。
--
那珂は席を立ち、その場にいた全員にチラチラ後頭部を見せながら川内の隣に落ち着いた。
「ふぅ。満足満足。」
「アハハ。那珂さんやりましたね。」
「うん!あとで五十鈴ちゃんと提督と明石さんたちに見てもらお~っと。」
「それじゃ那珂さんの次は……」
那珂と言葉を交わあった川内は視線を前方に戻しながら次の主役に言及した。それに素早く気づいた当の本人はビクッとし、ゴクリとつばを飲む。
川内の視線の意味を引き継いで村雨が再び音頭を取り始める。
「そうですねぇ。次は神通さんです。」
「……お、お手柔らかに……お願いします。」
村雨が別のヘアゴムとブラシを手に取って準備をし始めるやいなや、ソソっと不知火が回りこんで神通の左後ろ、自身の左隣りに来ているのに気がついた。
「わっ!不知火さん。」
「はい。」
「ちょうど今こっち来てもらおうと思ってた……のよ。あなたの意見も聞かせてねぇ。」
「(コクリ)」
「ちなみにおねえちゃんからのアドバイスではね、神通さんみたいに今まで地味めでオシャレしてなくて、奥手な性格の子には、こういう大胆に可愛さを付け加えたアレンジがいいらしいの。でもせっかく私達が神通さんのヘアスタイルを変えるんだから、私たちの考えも少しは混ぜてオリジナリティを出したいわけ。」
村雨の妙に熱い語りに不知火は普段通り黙ってコクコクと頷く。村雨は手元に集めていたサンプルのヘアスタイルのパネルを数枚めくり、コレと決めた1枚を不知火に見せる。
「基本はこれでいってぇ、ここはこうやって跳ねさせたり。そうすると神通さんは簡単に劇的に変われると思うの。不知火さんどう思う?」
聞かれた不知火はパネルと神通の後ろ頭を交互に眺めて、やがて口を開いた。
「大きいリボン」
「え?」
「似合いそうです。留めるのに。」
突然確とした意見を言ってきた不知火に驚いた村雨はピンときた表情に変わる。
「……そうねぇ!後ろ髪は今の無造作な結びからストレートにして、横髪と後髪を少し束ねてハーフアップにしてリボンでまとめる……と。……え?」
村雨が間抜けな声で一言反応したその視線の先には、不知火がリボンのひもを手に平に載せていた。
「え……と、これ使っていいの?」
村雨がそうっと尋ねると不知火はコクコクと頷く。そして村雨の目の前に、やや鈍みがかった落ち着いた緑色のリボン用のひもが差し出された。
「あ、ありがとぉ~。使わせてもらうわぁ。そうすると、あと長い前髪はどうしようかしらねぇ~?」
不知火の妙なサポートを受け一瞬呆気にとられたが、すぐに気を取り直した村雨はスラスラとセットする方針を固めていく。が、今までの神通の良きにせよ悪きにせよ特徴でもあった一切のオシャレ要素のない、だらしなく垂らした長い前髪の扱いに悩んでいた。そんな村雨の向かいでその他のパネルを見ていた五月雨と那珂がそれぞれ気になったパネルを村雨に示し案を口にする。
「ねぇ村雨ちゃん。神通ちゃんの前髪、このセットのを混ぜたら?前髪は両サイドと一緒に後ろで束ねておもいっきりおでこ出しちゃうの。」
「それよりも、こういうカーラーとか使ってくるくるって巻き上げちゃうのがいいと思うなぁ。大人っぽくて素敵!ますみちゃん、どう?」
那珂に続いて五月雨も自身が選んだヘアセットのポイントとなりそうな点を紹介する。そんな二人の意見を聞いた村雨は考えこむ仕草をし、次に隣にいた不知火に顔ごと視線を向けた。
「ねぇ不知火さんはどう思う?」
「……?……」
尋ねられた不知火は眉間にしわを寄せ、那珂と五月雨が指し示したパネルを交互に視線を送り見る。無表情な顔にわずかに戸惑いの色が見えていた。元々からして自身もオシャレには無頓着で自然・周りに言われるがままにしていた不知火の持てる知識とセンスではこれ以上は限界だったのだ。
その様子にすべてではないが何か不安な印象を感じた村雨は
「あ……うん。それじゃあ不知火さんの意見はさっきのリボンを採用ね。ありがとう、いいアイデアだったわよぉ。」
とだけ言って後は側で見ているように指示した。不知火は無表情のまま村雨に従って一歩下がった。
--
前髪の扱いにまだ悩む村雨は直接本人に意見を求めることにした。
「ねぇ神通さん。前髪は何か希望ありますかぁ?」
「えっ? ……そ、そのまm
「そのままっていうのはなしでお願いしますねぇ?せっかく変身するんですから、思い切ってみましょうよぉ?」
神通の保守的な希望は一瞬で村雨に切り捨てられた。退路を絶たれた神通は手元に無造作に置かれていたパネルを指差しながら弱々しい声で言っう。
「それでは……これで。おでこは……あまり出したくないので、控えめで。」
そう言って神通が指差したのは、那珂が置いたヘアスタイルのパネルだった。前髪が長い女性向けの、両サイドと一緒に束ねてしまう形であった。そこに、神通が唯一出した自分の意見。それを踏まえて村雨はアイデアが固まったのか、神通に自信に満ちた口調で告げる。
「了解でぇす。」
--
村雨は那珂の髪のセットで慣れたのか、手際がやや良くなりテキパキと神通の髪をセットしていく。両サイドの髪を人差し指と親指で作った輪っかに収まる分だけ残して残りは後頭部に向けて流し、一旦片手で両サイドから持ってきた髪を掴んでヘアゴムでまとめる。次に神通の前髪を片側だけ掴み、後頭部に引っ張られて斜め線ができている両サイドの髪にあてがう。それを何度か位置を変えて神通の右斜め前から俯瞰するように確認する。
「うーん。長さが微妙ねぇ……。横髪と一緒に編みこんでみようと思ったんだけど……。やっぱり少しハネさせるべきかしらね。……そうだ!さみ、あなたの意見一部採用よ。」
「へ?アハハ。なんだかよくわからないけどありがとー。」
五月雨が先ほど見せた意見を思い出した村雨はそれを宣言する。友人の手際を呆けて見ていた五月雨はとりあえずの相槌を打って反応した。
「神通さん。ホントなら軽くドライヤーもかけて少しウェーブかけてからやったほうがやりやすいんですけど、今回は試しということでそのままカーラー巻きつけてちょっと強めに巻きつけただけにしますので。あとでやり方と注意ポイントまとめておきますから見てみてくださいねぇ。」
「……(コクコク)」
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そうしてできあがった神通のヘアスタイルは、前髪は波をうつようにふんわりと両サイドに流れ、耳の上で横髪の一部と先端数cm編み込まれてピンで留められていた。編みこみ部分は後頭部に向かった残りの両サイドの髪の下に挟まれ、型くずれしにくいように補強されている。そして後頭部は長いリボン用のひもで大きいリボンが作られ、両サイドから持ってきた横髪を束ねていた。
「はい。できましたよぉ。神通さん、今のご自分見てみてくださ~い。」
そう言って村雨は鏡を立てて神通の前に置いた。その瞬間神通が目の当たりにしたのは、今まで見たことがない自分自身だった。
今まで神通こと神先幸を特徴づけていた、だらしなくだらっと垂らしていた前髪は目にかからず、まぶたと耳の上を通って横に流されて今まで隠れていた顔の輪郭がはっきりと見えるようになっていた。前髪の一部はワンポイントかのように耳のあたりでピンッと毛先が上へと跳ねている。そして左右どちらかを向くように頭を軽く動かせばすぐに見える後頭部の緑色の大きなリボン。さきほど不知火が提案し、神通のために差し出したひもで結われたややにぶみがかった緑色のリボンが控えめな神通の性格から自然な可憐さを演出していた。
「これが……私?」
「そうですよぉ。あと個人的にはメガネじゃなくてコンタクトとかにすればもっと自然に馴染むと思います。」
「すごい……けど、私こんなの一人では……きっとできない。」
「それはほらぁ~。艦娘の訓練と一緒にこの夏休み中にマスターすればいいんですよぉ。普段学校に行かれる時でもその髪型なら、絶対男子が放っておかないですよぉ~?」
髪のセットをしてくれたとはいえ年下に茶化されて神通は戸惑いの表情を浮かべる。普段那珂からされる茶化しとはまた種類が異なる印象を受けた。そう思っていると件の先輩が村雨の言葉の流れに乗ってきた。
「うんうん!やっぱ神通ちゃんはそうやって顔出したほうがいいよ!普通に可愛いいんだから、もっと自信持ってオシャレしたほうがいいと思うなぁ。村雨ちゃんの言うとおり、2学期は普段もその髪型でイッてみない?」
「ええと……あのぅ……」
言葉に詰まり、神通は助けを求めて川内をチラリと見る。その視線に気づいた川内が口を開くが、その言葉は神通が期待したものとは異なるものだった。
「ん?あぁ、神通絶対それが可愛いよ。あたしも那珂さんや村雨ちゃんの意見にさんせーい。あたしは親友の二学期デビューを応援するよ~。」
川内に続いて五月雨や夕立も表現が異なるながらも同じ流れで言葉をかけてくる。そして残った不知火も神通に向かってゆっくりと声をかけた。
「ん。オシャレ、一緒に。」
「……えっ?」
またしても言葉足らずな彼女のセリフに神通は必死に想像を張り巡らし、それが
「オシャレを一緒に学んでしていきましょう」
だと推測して言葉を返すことにした。
「あ、あの……そうですね。一緒にお勉強して、いきたい……ですね。」
正解だったよかった。不知火がコクコクと頭を素早く振る様を見て神通はそう思って胸を撫で下ろした。
こうして鎮守府Aの神通は、ボサボサの前髪・単に2つ結んだ後ろ髪・メガネから、一気にオシャレ度アップ、神通こと神先幸の素の美少女度が引き出されるストレートヘア・ハーフアップの髪型を持つ艦娘へと大変身を遂げた。
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神通はゆっくりと席から立ち、風通しの良くなりすぎた頬の感触に違和感を覚えながら那珂と川内の側に歩いていく。
「アハハ。神通ちゃん、うれしそー。」
「ホントだぁ。そんな笑顔初めて見たよ。」
那珂と川内がかけてきた言葉によって、神通は自分の顔から自然と笑みが溢れていたことに気づいた。途端に恥ずかしさが膨れ上がって俯いてしまう。
「ホラホラ!顔上げてよ。写真撮ろ?写真。」
「うぅ……」
先輩と同期の二人から茶々を入れられてすっかり笑顔は消え、恥ずかしさで泣きそうな顔になる神通。それでも二人からのアタックは止まらない。
そんな3人を見ていた村雨たちはコホンとわざとらしく咳をして注目を集める。
「さて、これでお二人はできました。あ・と・はぁ~~」
言葉の最後で五月雨と夕立に目配せをして最後のターゲットに回りこませ、笑顔で見つめる村雨。笑顔というよりも含みを持たせたにやけ顔である。
「え?え?なに?ちょ!夕立ちゃん?五月雨ちゃん?」
駆逐艦二人に囲まれた川内は一気に戸惑いの表情に切り替わって焦る。向かいに立つ形になっていた村雨は手招きをした。
「せ~んだ~いさぁ~ん?ささ、お早くこちらへ~。」
「い、いやいや!あたしはいいっての!ほら?あたしそれなりに気をつけてるし。」
耳にかかっている左の横髪を掴んで指でまとめてみせるが内心焦りまくる川内に、茶化しの魂が疼いた那珂は村雨の勢いに加勢した。
「そーだよぉ~。ある意味あたしや神通ちゃんよりもオシャレさせなきゃいけない人がここにいましたねぇ~。ね、神通ちゃん?」
那珂が川内の肩に手を当てながら神通に目で合図を送ると、神通もそれにノって相槌を打った。
「ちょ、神通!?あんた……!」
自分を絶対からかいそうにない人物から攻勢。間接的ではあるがおちょくられて川内はキッと睨みを利かせる。が、神通が恐れを抱く前に那珂が盾になった。
「はいはい凄まない凄まない。それじゃあ二人とも、川内ちゃんをとっ捕まえて~!」
「「はーい!」」
那珂の合図を得て五月雨と夕立は川内を生け捕りにした宇宙人の写真の構図のように両脇からガシッと掴み、引っ張って村雨の目の前につきだした。川内の力と体格ならば五月雨たちなぞ振り解けそうなものだが、それは起こらなかった。
村雨が水を得た魚のように生き生きとし、目を爛々と輝かせて川内を見つめる。
「それじゃあある意味本命の川内さぁん、どんなヘアスタイルが良いですかぁ?」
「うぅ、あたしショートだから似合うのないと思うよ。」
「そこはホラ、ちゃーんとショートの人向けのサンプルのパネルも持って来てますよ。実はお姉ちゃんから川内さんみたいな人向けのアドバイスももらってるんで、バッチリですぅ。」
「うわぁ~、村雨ちゃんぬかりないなぁ。てか村雨ちゃんなんか今までとけっこー印象違って見えるわ。」
と那珂が率直な感想を口にするとそれに五月雨たちが答えた。
「ますみちゃん、おしゃれのことになるとちょっと人が変わりますから、三人とも今後気をつけた方がいいですよー。」
「そーそー。あたしとさみなんか、長い髪だからちょっとヘアスタイル変えたいね・切りたいねっていったら、めちゃ怒られるんだよ。だからさせてもらえないっぽい。なんでよますみん?」
夕立が自分達のことに触れて愚痴ると、川内の髪を梳かしながら村雨がサラリと答えた。
「二人はそのストレートが抜群に似合ってるんだから変えるなんてダメよぉ。あと切るのはもってのほか。」
「私だってたまには変えたいよぉ……。」
「あたしもあたしも!!」
「はいはい。そのうちもっと似合いそうなセットをおねえちゃんに相談しといてあげるから大人しくしてなさいねぇ。」
五月雨と夕立を適当にあしらった村雨は本格的に川内の髪を触り始める。
「何か気に入ったヘアスタイルありましたかぁ?」
「うーん、どれもあたしにピンと来ないなぁ。」
「全部一気に変える必要はないんですよ。川内さん、髪がちょっと硬めなんで、少しのセットがよいと思います。何かワンポイント入れるだけでも気分が変わるからいかがですか?」
村雨から簡単なアドバイスを受けて、パネルを真剣に食い入るように眺め始める川内。ショート~ミドルヘア用のパネルはそれなりに数があり目移りしはじめる。
自分では気をつけていると言ってはみたが、実のところコレといってヘアスタイルはわからず、髪のセットを細かくできるほど女子力は高くない。ブツブツ文句を言いながらも今回ばかりは村雨に身を委ねることにした。
「あ~あ~。じゃあもう村雨ちゃんに任せるよ。あたしぶっちゃけ髪型知らないし。」
「そう言われてもですねぇ。希望言ってもらったほうが助かるんですけど。」
「村雨ちゃんあんだけ髪いじるの上手いならなんでもやれるでしょ?」
「いえいえ。さっきも言いましたけどおねえちゃんの真似事してるだけなんで。川内さんに似合いそうな髪型、おねえちゃんから聞いてきましたからどれがいいかくらいは……。」
村雨が食い下がるので仕方なしに川内は村雨の姉のメモの中から選ぶことにした。目をつぶり、指をそれらの候補の上を行ったり来たりさせる。
「ちょっと川内さぁん。その選び方はダメですよぉ。」
「アハハ……やっぱダメ?」
首だけで振り向いて村雨を上目遣いでチラリと見、笑っておどける川内。村雨は言葉なくメモとサンプルのパネルを指で机の上で滑らせて差し出す。それを目を細めてしばらく眺めていた川内は小声で唸った後、要望を伝えた。
「それじゃ、これ。これでお願い。」
「りょーかいですぅ。」
川内が選んだのは、サイドの一部を編み込むだけのシンプルなアレンジだった。村雨は川内のことをあっけらかんとした雰囲気を持っている人としか印象を正直掴んでいなかったが、それでも川内が選んだセットはサバサバとした彼女らしいと感じるくらいには把握できているつもりだった。
村雨は川内の横髪を人差し指と親指で作ったわっかにおさまり少し隙間ができる程度の分量を掴み、巻いて束を両サイドに作る。その2つの束の根本をヘアゴムで固定して毛先までをくるくると編み込んでいく。しかしそれをそのまま仕上げとするのではなく、毛先までを編み終わったあとに強めにキュッとひっぱったり毛束を押して髪に形を覚えさせた。その後、元の毛束2つの編み始め部分に指を入れてそうっと解いていく。
「川内さんの場合もホントでしたら細いカーラー使ったほうが仕上げが良くなるんですけど、今回は道具がなくてもできる方法を使いました。さて、完成ですよぉ。」
村雨はアドバイスをしたのち完成を宣言した。目の前に鏡が出されて川内はおそるおそる自分の新しい髪型を見てみた。
「うわぁ……ってあれ?どこらへんが変わったの?」
「ウフフ。自分でやらないとなかなか気づきませんよね?軽く横向いてください。ホラ。」
川内は村雨から促されて視線は右に向けたまま軽く左を向き鏡を見た。すると、自身の右耳の後ろぎりぎりにかかる形で普通に流れている横髪とは違う毛束がかかっているのに気づいた。
「あ、これ……!?」
「はぁい。正解です。いかがです?」
「なんかワンポイントって感じであたしこれ好きだわ。うん。このくらい控えめな感じならいいね。」
「川内さんはあまり突飛なかわいい系のヘアセットやオシャレは慣れてないっぽいので、控えめな可愛さアピールするセットが最適かなぁって思います。」
「アハハ……村雨ちゃんすげーわ。よくあたしのことわかるね~。」
「いえいえ。これもおねえちゃんにアドバイスもらってるだけですよ。」
この瞬間、サイドの髪が軽く編み上げられた、男勝りな本人に合うようひかえめな演出がされた髪型を持つ、鎮守府Aの軽巡洋艦艦娘川内が確立した。
那珂は川内を見つめながらさして問題でもなさそうな疑問をふと投げかける。
「でもこの髪、今さっきの川内ちゃん自身じゃないけど、他の人からはよっぽど凝視されないと気づいてもらえなさそう。」
それに対し村雨は反論する。
「もともとそういう主張のセットなんで。でもこういうのに気づく人は川内さんのことよく見てくれてるって取れると思います。その人が異性だったら、意識しあっちゃうかも?」
村雨の言葉には川内のヘアセットの評価に対し微妙に熱っぽさがこもっていた。しかし川内はその意味がわからず振り向いて村雨を見上げて普通に返す。
「え?村雨ちゃんなに?」
「ウフフ。川内さんもぉ、気になる異性とかいらっしゃるんでしょうかぁ?川内さん、絶対モテそうですよね~?」
村雨ら他校の人間は川内こと内田流留のこれまでの事情を知らないが故の率直な感想だった。向かいで見ていた那珂は一瞬ハッとするが、もう過去のこと。努めてこれからの内田流留を見ていくことにしたので、目の前のやりとりを茶化さずじっと見るだけにする。
「うぅん。あたしなんて、男子とは馬鹿話して遊び呆けてただけだし、恋愛なんて……関係ないよ。まぁなんとなく気になる人はいるけどさ。」
「それだったら!新しい髪型をその人に見てもらいましょうよ。それでその人が気付いたらぁ……脈アリですよぉ!もっとオシャレして女子力高めてアピールしまくりましょうよぉ~。」
「い、いや。その人とは別にそういうことじゃないから!ただの知り合いのお兄ちゃん的なぁ。」
川内の口振りを村雨は逃さない。
「そーですかぁ? でもお兄ちゃん的な存在だと思ってた人がふと気がつくと……きゃーもうたまらないシチュですよねぇ!?」
「む、村雨ちゃん!?」
空想に興じてキャッキャと身振り手振りを交えて暴走しだす村雨にあっけに取られる川内。そんな村雨について夕立が補足的に評価を口にした。
「あ、言い忘れてたけど、ますみんは恋愛物の小説とかドラマとか漫画が大好きなんだよ。川内さんは~ネタにされちゃうっぽい?」
「アハハ……すでに遅いみたい。」
夕立が友人の別の一面を明かし、五月雨が呆れるように村雨の今の状態を口にした。言及された当の本人は満足げに川内を見てうっとりと空想に浸っていた。
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川内型3人のヘアスタイル変更が一段落した。7人はそれぞれのヘアスタイルを再び評価しあったり、サンプルのパネルを眺め見たりして思い思いに時間を過ごす。
「いやーまさか村雨ちゃんにこんな特技があるなんてねぇ。そういや村雨ちゃん自身の髪型もなんか普通のツーサイドアップじゃないように見えてきたよ。」
「ウフフ、これおねえちゃんがしてくれたんですよ。初めての実験台として。でも気に入ったので最近ずっとこれにしてるんですぅ。」
「ますみちゃん、1年生の終わりくらいからだったよね、それ。とっても似合ってるよ!」
「ありがとね~さみ。」
「それでね、私もヘアスタイル変えたいn
「ウフフ、ダーメ。」
「……。」
村雨を褒めて自身の要望を聞いてもらおうとした五月雨だったが、その願いはバッサリと切り払われた。
一方で神通と川内、そして不知火は隣あって座っておしゃべりに興じていた。実際は無口な二人に対してよくしゃべる川内のほぼワンマンショー状態である。
「ねぇ不知火ちゃん。君のその頭のそれは自分でつけたの?」
川内は不知火の後頭部の結びに言及する。
「いえ。髪は苦手なので、友達がくれて。」
「ん?どーいうこと?」
「あ、もしかして今日のあたしたちみたいに友達になんかしてもらったんでしょ?」
「(コクコク)」
川内の聞き返しに那珂が察してすかさず聞き返す。それに対してゆっくりコクっと頷く不知火。
「お互いそういうの苦手だと周りから言われて大変だよねぇ~って、あたしは同性の友達いなかったから今この時がそうなんだけど、すっごく充実してる感じ。」
不知火の返事を受けて川内が自身の過去に無意識に触れて織り交ぜつつ自身の境遇をうち明かすのだった。
--
歓談に興じること数刻、那珂がふと気がついて時計を見ると、お昼が終わって2時間近く経過していた。もうすぐ15時にさしかかるころであった。
「あ、もうこんな時間かぁ。ぎょーむ連絡~。川内ちゃん、神通ちゃん、あと1時間くらいしたら訓練再開だよ。」
「あ、はーい。」
「はい。」
二人ともこの2時間ほどの空気でまったりしすぎたため内心今日の訓練はもうやる気がつきかけていた。が、そんなことをバカ正直に口にしてしまえば、真面目な時にふざけると静かに激怒する先輩がまた不機嫌になりかねないと簡単に想像ついた。そのため素直に返事をするのみだった。
そんな時、待機室のドアが開いた。
午後の鎮守府
待機室の扉を開けて入ってきたのは五十鈴だった。
「あら、みんないたのね。」
「あ!五十鈴ちゃーん!待ってたよぉ~。」
五十鈴を視認するやいなや席から立ち上がり駆け寄って行く那珂。五十鈴一瞬身構えたがすぐに態度を柔らかくして目の前の少女の変化に触れた。
「あ。あんたそれ……!」
「ムフフフ~気づいちゃった?気づいちゃったよねついに!?」
ニンマリとして妙な中腰で五十鈴に擦り寄る那珂。五十鈴は警戒体勢を解除するんじゃなかったと悔みつつも努めて平然を意識する。
「えぇ。それだけ変わったならわかるわよ。お団子ヘアよね?結構いいじゃないの。」
「エヘヘ~五十鈴ちゃんから褒められちゃったぁ。これね、村雨ちゃんがやってくれたんだよ。あたしだけじゃなくてあの二人にも。」
クルリと回りながらそう言った那珂が指差したその先、五十鈴は誘導されて件の二人を見た瞬間、那珂の時よりも激しく仰天した。
「え!?あの娘誰よ!?川内の隣にいる!!」
「エヘヘ~誰だと思う?なんとねぇ~……神通ちゃん!!」
「し、正直失礼だと思うけれど、ものすごく驚いたわ……。すっごいじゃないの!見違えたわよ。」
五十鈴に素で仰天されて神通は顔を真っ赤にして俯く。そんな同期の隣で少しだけ頬を膨らませてむくれていた川内が五十鈴に一言物申した。
「あのー五十鈴さん。あたしもどこか変わったと気づいてくれないんすか?」
「……え?変わったところあるの、あんた。」
川内から言われて五十鈴は改めて川内を見るが、正直乗り気ではないという動きと口調である。五十鈴の反応は川内の心を小破させるのに十分だった。
「うぇ~!?ひっどい!あたしだってホラ!こっち来てよく見てくださいよ!」
珍しく立腹してみせる川内に五十鈴はおとなしく近寄って彼女の横髪を2秒ほど凝視し、ほどなくして眉を上げてハッとした表情になる。
「あ、そういうことなのね、ごめんなさい。もっと大胆に変わってたならまだしも、 離れてると気づかないわよそれ。 」
「やっぱりそうですよね……。」
「それでしたら!今からでもまた変えませんか!?」
凹む川内に村雨が目の色を変えて身を乗り出して近寄ってきた。
「い、いい!いいって。今日はこのままでいいから。」
川内の焦りを含んだ拒絶に、唇を尖らせて子供っぽく拗ねてみせる村雨はやや残念そうに下がった。
--
五十鈴を交えて8人になった艦娘たちはまたおしゃべりに興じる。内容は五十鈴界隈のネタを皮切りに真面目がかった内容で占められていた。
「そーいや今日来たお友達二人はいいの?」那珂が尋ねる。
「えぇ。今日のところは見学だけ。でも試験を受ける意思を示してくれたから、試験の申し込みをさせて駅まで送ってきたところだったのよ。」
「そっかぁ。もし同調できればまた艦娘が二人も増えるってことだよね。楽しみぃ~!」
「まだ同調できるって決まったわけじゃないわ。けど、どうか受かってほしい。」
そう言って五十鈴が願いと思いを込めて視線を向けたのは、那珂を中心とした高校生ら、そして五月雨を中心とした中学生らである。その視線を追って那珂はほどなくして五十鈴が言わんとしたことを察した。
「そっか。うん、まぁなんとか合格できたらいいよね。あとはぁ~……。」
唯一視線を向けられていなかった不知火に那珂は視線を向けて言う。視線を受けた不知火本人はポケっとしたままだ。
「不知火ちゃんのところからも来れば、あたしたち鎮守府Aの艦娘は素敵なチームが出来上がるかも。そー思わない?」
那珂はそう言いながらその場にいた全員に視線を向けて同意を求める。それでようやくその場にいた全員が思いの意味するところを理解した。その視線を受けてまっさきに頷いたのは川内だ。続いて神通、五月雨、村雨、そして夕立がコクリと続けて頷いていく。
「これから入るかもしれないあの二人や不知火ちゃんの学校の子たちに恥ずかしくない見本を示せるように、訓練がんばろーね?」
「はい!実は言うとさっきまであたし、やる気ゼロでだらけそうになってました。」ペロッと舌を出しておどける川内。
「恥ずかしくないように……はい。私も頑張ります。」
川内と神通の告白と決意に続いて五十鈴も宣言する。
「えぇ。私もなんだかやる気湧いてきたわ。ねぇ那珂。今日は雷撃の訓練の続きこのあとするんでしょ?だったらわたしも監督役としてだけじゃなくて、参加させてもらえないかしら?」
「あ!だったらあたしもやりたいっぽい!川内さんと一緒にやりたいー!」
五十鈴と夕立に続いて不知火もスッと手を挙げて宣言するかのように声を出して言った。
「私も、神通さんの。一緒に。」
言葉足らずなのは相変わらずだったが不知火の意思も那珂は丁寧に受け入れた。ここまで各々の意思を確認して、那珂は残る二人を見つめる。
「五月雨ちゃんと村雨ちゃんはどーする?」
「私もみんなと一緒に訓練してみたいのはやまやまなんですけど、まだ秘書艦のお仕事残ってますのでそろそろ。」
「村雨ちゃんはどーするの?」と那珂。その目はレッツ一緒に訓練!と誘わんばかりにキラキラしている。
「私は帰りますぅ。」
「「え!?」」
「このあと貴子の用事に付き合う予定なので。」
これまでの空気を砕くような村雨の発言に那珂たちはコントのようにずっこけた。村雨はそんな那珂の軽いフリは気にせずサラリと説明を加えた。村雨は自身の中学の艦娘部の部長、白浜貴子との約束を思い出したため予定を明らかにした。
「白浜さんとなんで会うの?遊ぶだけっぽい?」
「えぇ。まぁね。でもそれだけじゃないんだけどね。」
「貴子ちゃんも一応艦娘部なんだから鎮守府来てもいいのになぁ~。」
五月雨が残念そうに言うと村雨は苦笑しながら今ここにいない人物の心境を代弁した。
「貴子はねぇ、自分だけ仲間はずれっていうのが嫌なのよ。」
「別に私達仲間はずれにしてるつもりないのにね?」
「そーそー。白浜さん勝手にそー思ってるっぽい。」
五月雨が素直な気持ちを口にすると、夕立もコクコクと頷いて同意を示す。五月雨と夕立がそれぞれの思いを口にしたのを最後まで聞いた村雨はハァと一つため息をついて補足した。
「いや……その気はなくても"私たち"の場合、仕方ないでしょ~?だからぁ、私結構裏であの子に根回ししてるんだから。」
目配せをした村雨の言葉の意図を理解した二人は、あ~っと曖昧な相槌を打った。
「その白浜さんって確か艦娘部の部長さんだっけ?」
村雨たちのやり取りを見ていた那珂が尋ねる。
「はい。」
五月雨が代表して返事して簡単に紹介すると、那珂はその少女の状況を踏まえて一つ案を出す。
「そっか。それじゃあ本当にベストなのは、その子も艦娘になれるのも含めてかなぁ。ねぇ五月雨ちゃん。新しく配備された艤装の試験、その白浜さんって子にも受けさせたらどーかな?」
「えっ?あぁ~そうですね。」
提案を聞いてすぐに考えを巡らせられずにいる五月雨はとりあえずの曖昧な相槌を打つ。
「今日配備されたのはなんなの?」と川内。
「今日届いたのは……確か軽巡洋艦長良と名取、それから駆逐艦黒潮と重巡洋艦高雄です。」
と五月雨は顎に人差し指を軽く当てて虚空を見るような上目遣いで思い出しながら語る。
「そのうちどれかには合うっぽい?」
「そうだよ。受けさせりゃいいじゃん。まとめてさ。」
軽い雰囲気で発言する夕立と川内。そんな二人に那珂が突っ込む。
「そうは言ってもだよ? これで同調できなかったらそれぞれお友達の立場からするとけっこー辛いと思うよ? あたしたちは学校でまったくの初対面同士、たまたま同調に合格できたからいいけど。」
「……そうね。でも、その気まずさを乗り越えてなんとしてでもあの二人には艦娘になってほしいと私は思ってるから、夕立と川内の考えには半分は賛成。」
那珂の言葉に乗る五十鈴はこれまでの皆の会話と考えを受けて自身の考えを述べた。続いて五月雨と夕立も展望を述べるが白浜貴子の性格を知っているために、良い表現をできないでいる。
「私達としても貴子ちゃんが早く艦娘になれるのを期待しているんですけど、本人をまず説得して鎮守府に来てもらわないといけませんよね……。」
「白浜さん、あたしたちが誘うとへそ曲げるから絶対来ないっぽい。」
「ま、そのあたりは私がそれとなく言葉かけて地道に説得するわ。そのための根回しなんだから。今回の試験、貴子は誘わないでおきましょ。」
結局五月雨・夕立・村雨は話し合った結果、白浜貴子を今度の艦娘の試験に誘うのは止めることにした。あまりにも急すぎるのと、自分たちの声掛けでは当の本人の気分を乗らせるのが大変だとわかっているからだ。
「それじゃあ不知火ちゃんの学校から誰か誘うのは?」
那珂が再び提案する。全員の視線が那珂のあとに不知火に集まる。が、視線が集中しても不知火は一切動揺を見せることなくポケッと無表情でそこにいる。全員が不知火が口を開くのを待った。
「……?」
「不知火……さん。どなたか誘える人……とかいませんか?」
神通が見かねて助け舟を出して促す。すると不知火はようやく口を開いた。
「……話してみます。」
突然提案されて実際は頭が真っ白になっていた不知火だったが、その他全員には当然そんな真実がわかるはずもなく、ただ不知火がぶっきらぼうにぼそっと答えたように見えていた。
--
「それじゃあ私は一足早く失礼しま~す。」
最初に離脱を宣言したのは村雨だった。
「今日はありがとーね。あたしたち3人のヘアスタイルをセットしてくれて。すっごく感謝感謝。」
「ウフフ。どうしたしましてぇ~。私も楽しかったです。」
那珂の感謝の言葉に対してお辞儀をして口に軽く手を添えて控えめに笑う村雨。
「じゃあね、ますみちゃん。またね。」
「まったね~ますみん。」
「えぇ。」
五月雨と夕立らと地元で遊ぶ約束を取り付け、村雨はヘアメイク道具を片付けた後待機室から出て行った。
「それじゃあ私もそろそろ執務室に戻ろっかな。」
「そんなに秘書艦の仕事忙しいの?その割にはこの2時間ほどここにいて大丈夫?」
素の心配をかけて那珂が尋ねる。すると五月雨は申し訳無さそうに遠慮がちに言う。
「いえ。そんな大した量でもないんですけど、今度の艦娘の試験の準備や広告出し手伝わないといけないので。」
「そっか。あたしたちにも手伝えることがあったら言ってね?」
「はい!ありがとうございます!」
「……そーだ!ついでにあたしたちも行こう。」
「へ? 今日いきなり手伝っていただかなくても。」
両手を前に出して遠慮の仕草をする五月雨。那珂はそれを気にせず目的を告げた。
「いやさ、全然関係なくてゴメンだけど。あたしたち川内型3人の新しい姿をね、見せて提督をのーさつしてやろうかとねぇ~。」
那珂はいつもどおりの軽い口調になって身体を身悶えさせておどける。それを傍から見ていた川内と五十鈴は視線をそらしたり額に指を当てて頭が痛いという仕草をし始める。
「まーたはじまった……。あんたは見せたいんですって普通に言えないの?」
ジト目の五十鈴がツッコミを入れる。それを受けて那珂は胸を張り、人差し指を指し棒に見立てて講釈するように言った。
「それじゃ普通の人じゃん~。物の言い方でも演出しないといけないのが、アイドr
「だからあんたのそれは芸人だっての。」
「……あっ、それ言ったら……。」
五十鈴が放った一言に神通の密かな気付きと心配するが時すでに遅く的中し、目の前にいた先輩が泣き顔で発狂する様を目にして神通も狼狽えることとなった。
人が変わったようにぐずる高校生の那珂に五月雨たちはわけが分からず呆気にとられるが、神通がそうっと耳打ちして事実を伝えたことにより駆逐艦の3人は苦笑しあう。
那珂が気持ちを落ちつかせるまで皆で宥めるという妙な構図が数分続いたのだった。
「うぅ……わかったよぉ。それじゃあ普通に提督に新しい髪型見せにいきたいだけなんです。……これでいい?」
「はいはい。……まぁ、私もまた言っちゃって悪かったと思ってるわ。」と五十鈴。
「那珂さんもソレがなけりゃなぁ~いいのに。」
川内が誰もが思っていたことをスパっと口にし那珂をむくれさせ、那珂以外を再び苦笑いさせた。
--
待機室を出て五月雨を先頭にして執務室へ向かう7人。五月雨はノックをして提督の返事を聞いてから開けた。
「失礼します。」
「あぁ。五月雨。お昼休みえらい長かったな。もう15j……」
提督は机の上のPCの画面を見たまましゃべり続けようとする。視線を五月雨のいる扉の方を向けたその瞬間、提督は五月雨の後ろにいた同じ服着た3人の変わりように言葉を失った。
「……提督?」
五月雨が秘書艦席に近づきながら提督に声をかけるが提督は固まったままである。他のメンツも執務室の中に入ってきて提督の反応をニヤニヤしながら見つめる。驚きの原因たる中心人物の那珂は手を背後で交差して前かがみにして身体をくねらせながら提督に近寄っていき、茶化し満点の口調で声をかけた。
「おやおや提督?どーしたのかなぁ?」
「……那珂ということは、それじゃあそっちは神通か!?めちゃくちゃ変わったな! それに川内は……ん?」
提督は那珂と神通の変貌に気づいて再び驚いたあと、残りの一人の様子にも気づく。しかし執務席のところからははっきり認識できないため席を立って川内に近づいていく。100cmの近さで川内の前方180度ほどウロウロと見つめ始める。
「えっ!?ちょ……提督?」
ひとしきり川内を観察する提督。提督の急な反応に川内は提督とは逆方向を向いて頬を赤らめて俯き続ける。ひとしきり観察し終わった提督はハッと我に返り焦って取り繕って弁解する。
「あぁ!ゴメンゴメン。こんなおっさんに近寄られてびっくりしたよな。……川内もちょっと変えたんだな?」
提督は後頭部をポリポリ掻いて謝りながらすぐに川内から2~3歩離れながら聞きただす。
その瞬間、川内は呆けた目で提督を見上げた。結った横髪がフワッと揺れる。
「!!」
側にいた那珂は提督や川内を超える驚嘆の表情になっていた。神通はうつむきがちであったが同じように驚く。しかしその表情は驚きというも、川内のことを喜ぶために口を緩ませた笑顔を含んでいる。
((このおっさん、あっさり気づきやがった。もしかして女の扱い慣れてる?))
当事者の二人から一歩置いて見ていた那珂の心境は穏やかではない。
頬以上に顔全体を真っ赤にさせて提督を見上げる川内。
「え!?気づいて……くれたんだ。」
「いや~。那珂と神通はもう見るからに変わってたからわかりやすかったけど、君にもなんとなく違和感があったからさ。」
その言葉に川内はタハハと照れ笑いをしておどけてみせるが顔は赤らんだままだ。その姿は誰がどう見ても乙女のそれであるとは那珂も五十鈴も気づいたが、あえて触れない。
そして、提督を斜め後ろから見る立ち位置になっていた那珂が提督の脇腹後方を肘打ちして軽い口調で言った。
「提督ぅ~~!さっすが艦娘の保護者や~!わたしたちはおろか、まさか川内ちゃんのびみょーなヘアスタイルのアレンジに気づくなんてさ! んでどうなんだよぉ~あたしたちの新しいヘアスタイル。見違えたでしょ?」
那珂の言葉に提督は振り向き、那珂と神通の二人をも見回して言った。
「あぁ。3人ともすっごく似合ってる!普段の姿から変身したなぁ~。那珂は前に話していたとおりの髪型にしてくれたんだな。なんというか、俺がなんとなく思ってるアイドルやタレントっぽくなってきていいと思う。垢抜けたっていうかな?」
「垢抜けたって……まぁいいや。提督、もしかして前に話した時のこと…?」
「あぁ、君の夢とか含めてもちろん覚えてるよ。テレビのインタビューに出しても恥ずかしくないってこった!」
那珂は提督が覚えていたという事実に心躍る鼓動の早まりを覚える。わずかにうつむいたその顔では口元をもごもごさせてにやけを抑えるのに必死だ。しかし提督の冷やかしに対する反撃の茶化しは忘れない。
「アハハ。うれしーこと言ってくれるじゃないのさ。マジプロデュースしてよねぇ?コネとかアレとかさ~。これからのニュー那珂ちゃんをしっかり見せてあげるよぉ~~!」
「ハハッ任せてくれよ。期待してるぜ?」
那珂に言葉をかけたあと提督の視線と顔の向きは川内と神通に向ける。
「川内はちょこっとしたオシャレがすごく似合ってるし、それから神通は大変身だと思う。君はそうやって顔を出していたほうが絶対魅力的だよ。自信持っていいと思うぞ。その……さ、可愛いよ。」
“可愛い”その今までもらったことのない言葉をかけてもらって神通も初めてこの段階で頬を赤らめてハッキリとした照れの様を見せる。神通のそれは単なる恥ずかしさである。それは傍から見ていた那珂も気づくが、必要以上に気に留めない。そして那珂は神通のほうへ駆けて行き、その勢いで川内にも絡んでいって2人の肩から抱き寄せて喜びを表した。
「やったね二人とも!!こんだけ驚いてもらえればイメチェン大成功だよぉ!!」満面の笑みの那珂。
「……はい。やりました。」
「……うぇ!?あぁ、はい。……はい。」
顔を赤らめながらもすぐに返事をした神通とうろたえる川内。二人の様子を逃さない那珂は、意外と異性との触れ合いに強いように見える神通と弱いように見える川内を微笑ましく見守る。
3人の様子を離れて見ていた五十鈴は自身の髪をクルクル弄り、もう片方の毛束を持ち上げてちらっと眺めた。そして再び那珂や提督を見て一つため息を付く。その仕草を側で見ていたのは無表情で呆けていた不知火だけだった。
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ひとしきり那珂たちの変身を褒めて存分に照れさせた提督は、その場にいた艦娘たちに伝えるべきことを改めて伝えることにした。
「みんな……じゃないけれど、みんなに大事な連絡だ。いいかな?」
「はーい。業務連絡ってやつだよね?」と那珂。
「あぁ。まずひとつ目。もう皆知っていると思うけど、今週から本館1階の女性用トイレの隣の部屋の工事が始まりました。そのため、そのトイレはしばらく使えません。引き続き注意しておいてくれ。」
提督がそう言うと、那珂たちはざわめきあった。
「シャワー室やっとできるんだよね?」
「え、うん。あぁ。シャワー、室だね。まぁ適当に期待しておいてくれ。」
提督は一瞬言葉に詰まるも思わせぶりな言葉で締める。提督からの言葉を受けて那珂は川内と神通のほうをクルリと向く。
「うおおぉ!改めて聞くとワクワクさ倍増ですなぁ~。ねね、川内ちゃん、神通ちゃん!」
「はい!これで汗かいたまま帰らずに済みそうですね。」川内はケラケラと笑いながら言う。
「……(コクリ)」
「あんたら……一応確認するけど、駅の向こうにスーパー銭湯あるの知ってるわよね……?」
那珂たち3人の向かいのソファーに座っていた五十鈴は川内の言い方がひっかかりツッコミを入れる。五十鈴の質問に川内と神通は頷いて回答した。
「知ってますけど~。あそこまで行くならあたしは普通にさっさと帰りたいっていうか。外でお風呂入るのめんどーっていうか。」
「川内あんたね……女子ならせめてそういうケアはしてから帰りなさいよ。」
「そーそー。川内ちゃんはもーちょっと女子的なケアをお勉強したほうがいいとはあたしも思ってたよ。今回は五十鈴ちゃんの味方~。」
五十鈴の指摘と先輩の裏切りに川内は片頬を膨らませて反論する。
「しっつれいな~。あたしだって汗くらいはちゃんと拭いて帰ってますって。それに絶対銭湯寄らないわけじゃないし。ね、神通?」
同意を求められた神通はビクッとした後うつむいてわずかにコクリと頭を揺らして頷いた。
「まぁまぁ。これからはそんな心配なくなるだろ? ちなみに工事は今週いっぱいだ。二人の訓練終了までに間に合うかわからんけど。それまでは今まで通りもうちょっと我慢してくれよな。」
「えぇ、わかってます。けれど……。」
「汗やホコリまみれの二人を下の学年の子たちや建設会社の人たちに見せるなんて恥ずかしいことできないでしょ~?」
五十鈴、そして那珂が言葉を濁す。
「ハハッ。1階通るときや資材を置いてある近くを通るときは作業員に配慮してほしいのは何も二人だけじゃないからな。那珂や五十鈴、それから五月雨たちもだ。」
「「はい。」」
提督の言葉に快く返事をする那珂と五十鈴。続いて他のメンツも戸惑いながらも返事をし合った。
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「それじゃあ二つ目。もう大体知ってるとは思うけれど、新しい艤装が配備された。それで来週末、艤装装着者試験を開催します。」
「うん。さっき五月雨ちゃんからも聞いたよ。」と那珂。
「今回配備されたのは軽巡洋艦長良と名取、それから駆逐艦黒潮と重巡洋艦高雄だ。黒潮の分はちょっと思うところあって今回試験には出さないから、残りの3つの募集だ。川内なら元になった軍艦詳しいだろうからわかってるよな?」
気を取り直した川内は提督の言葉に頷いて簡単に紹介した。
「うん。長良型ネームシップと3番艦、それから陽炎型3番艦、そして高雄型ネームシップだよね?軽巡洋艦五十鈴の姉妹艦と、駆逐艦不知火の姉妹艦。それに重巡洋艦。ちなみに妙高さん……黒崎さんがなってる重巡洋艦妙高とは違うグループだよ。」
「私の姉妹艦?」
「…しまい……?」
川内の紹介に五十鈴と不知火が反応する。しかし二人とも全てが全て理解できてはいないという様子で姉妹艦という言葉だけを反芻したので川内が補足した。
「あの~、150年前の本物の軍艦の種別の話っすよ?まぁ艦娘の方もどうやら同じみたいだからそう思ってもいいかも。」
「そーすると、凜花ちゃんの友達がその長良と名取になれるのなら、なんかきっと運命って感じだよねぇ~。」
那珂は五十鈴をあえて本名で呼んで希望を込めて発言する。
「私がなってる五十鈴の姉妹艦……か。そっか。」
ポツリと五十鈴がこぼした言葉に那珂が反応するが、五十鈴はなんでもないとだけ言ってそれ以上言葉を続ける気がない様子を見せると、提督が話題を振った注目を引き継いだ。
「さらに言っておくと、ここにいる五十鈴こと五十嵐さんのご学友の二人がね、今回の試験を受けに来るそうだ。俺としてもどうかあの二人が受かってくれるといいなと思ってるよ。いろいろと……ね。」
そう言いながら提督は五十鈴に視線を送り、自然と見つめ合う。五十鈴は言葉なくコクリと頷いて提督に合図をした。そして提督は続ける。
「とはいえ受験者募集の案内を出すのは一応制度上の決まりでね、通常の艦娘としての募集だからいつものように告知を出して受付となる。だから今日の二人以外にも受けに来る人は少なからずいると思われる。」
「ねぇ。もし一つの艤装に複数の人が合格できたらどうなるの?」
率直な疑問を那珂が投げつけた。提督はコクン頷いて答え始める。
「合格できる人は本当に稀だからそんな心配はしなくていいとは思うが、本人の意思確認のため面接を行う。1回で決まらない場合は何度かすることになる。」
「ふぅん。艦娘になれるのって本当に狭い門なんだねぇ……。あたしらが合格できたのってラッキーなんだよね? それに那珂さんが3つの艤装に合格できたのも?」
「そーだね。なんかあたし一人だけ申し訳なーい感じ。てへ?」
川内が自身の境遇に触れて感想を述べ、那珂がおどけてそれに続く。
「あんた本当に何者なのよ……。」
と呆れ気味の五十鈴。五月雨は素直に感心を見せる。
「那珂さんすごいですよね~。」
「うんうん。あたしも夕立以外の艦娘やってみたいっぽい。」
中学生組の駆逐艦らからも褒められ尊敬され、照れ隠しにさらにおどけてみせる那珂であった。
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試験の話題が収束したので、那珂はこの後の予定を提督に報告することにした。
「そーだ提督。今日のこのあとの訓練には、五十鈴ちゃんと夕立ちゃん・不知火ちゃんも飛び入り参加してもらうことになったから。」
「おぉ。協力して励んでくれるのはいいことだ。3人とも、先輩艦娘としてしっかり手本になってくれよ?」
「えぇ、任せて。」
「はーい。あたしは楽しくやれればそれでいいっぽい~。」
「了解致しました。この不知火、この身に代えてもy
「いやいや、そこまでかけんでいい。もっと肩の力抜いてくれていいからな、不知火は。」
固い言い方で決意しかけた不知火のセリフを提督は優しく宥めた。
その後提督+数人の艦娘たちは執務室で適当な話題で場を楽しんだ。その後、那珂たちは五月雨と提督を残して執務室から退室して本館を後にした。
雷撃訓練続き
工廠に入り、自身の艤装を出してもらった那珂たちはさっそく屋内の出撃用水路から発進していった。午前中と同様に那珂は的と訓練用の魚雷を詰め込んだボートを手にしての発進である。
午前中最後にある程度の魚雷を生成してもらっていたが、3人加わったのでそれでは足りないため、那珂は全員が装填できる分を新たに生成してもらっていた。
午前中と同じ海上のポイントに集まった3人+3人は那珂の音頭の下、魚雷を充填したり的を適当な距離に置いて準備を始めた。
「それじゃあみんなちゅうもーく。人数的にちょうど良いので、二人一組で一つの的を扱ってもらいます。」
那珂が全員に指示を出すと、川内たちはすぐに組みたい相手と話し始める。
「よっし、じゃあ夕立ちゃん、あたしと一緒に組もう?」
「うん、川内さんとやりたいっぽい!」
昼間から決めていたためか、川内と夕立はお互いノリ良くハイタッチし合ってすぐに組みを決定した。
一方の神通はいつの間にか自身の後ろに来ていた不知火から服の袖を引っ張られて振り向いた。
「……(クイッ)」
「……え?」
すると不知火は目で訴えてきていた。神通自身もまんざらではなかったため、はにかみながら組むのを願い入れる。
「あ……はい。それでは不知火さん、私と……一緒に組んでください。」
「了解致しました。」
不知火はそれに対して落ち着いた口調で静かに素早く返事を返した。
那珂は五十鈴の側にスゥっと移動して側で声をかけた。
「それじゃあ五十鈴ちゃん、やろ?」
「えぇいいわよ。」
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那珂の指示で、まずは片方が少し離れたところから的の動きを見、魚雷の進路の指示を出してサポートし、もう片方が雷撃するという流れですることになった。役割を交代してもう一回行い、それが魚雷がなくなるまで行う。的は午前中のような位置固定モードではなく、浮かべたポイントからランダムに数m半径範囲内で動き回る動作モードに設定された。さらに的には自身の周囲1~2mに衝撃や光が発生すると、それを感知して逆方向に動く特性がオプションで設定されることとなった。そのため3組の的と雷撃する範囲は、午前中の訓練よりも距離を開けて行うことになった。
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那珂が開始を宣言すると、すぐに飛び出して行動し始めたのは川内・夕立ペアだった。
「よっし!まずはあたしが撃つよ!夕立ちゃん、的の誘導お願いね。」
「はーい。ガンガン行こー!」
その言葉のあと、川内はその場で雷撃の準備をし始めた。右腰にある魚雷発射管を前方に回転させ、スイッチに手を乗せて雷撃の軌道を頭の中でシミュレートし始める。一方で夕立は60mほど離れた場所でちょこまか動き回る的に向かって単装砲で砲撃した。もちろん当てるつもりはなく、誘導目的の射撃である。
「てーい!!」
ボフン!!
的の右側を単装砲の砲弾が通り過ぎるが、的は逆方向へ避けようとしない。的が避けると判断すべき距離と衝撃の強さに達していなかったためであるが砲撃した本人にはそれがわかっていない。
「あれ?避けないっぽい。なんで!?」
「夕立ちゃん。もう一発お願い。」
「りょーかい。……そりゃーー!」
ボフン!
再びの夕立の砲撃は的の頭にあたる部分上方をかすめた。すると的はその場でググッと海中に沈もうとし始める。しかし的は必要以上に沈まないよう浮力が調整されているため、沈む勢いがすぐに鈍り始め、的は反動でプルプルと震えて今にも弾き飛びそうな雰囲気だった。
そこで川内はタイミングを掴んだのか、魚雷発射管の1番目のスイッチを勢い良く押した。
「行っけぇー!」
ドシュ……サブン!
シューーーーーー……
ズバアァン!!!!
的の後方で爆発し、的は前方つまり川内たちのほうへと吹き飛んできて着水した。その後的はだるまのように海面でクルクルとのたうち回る。ほどなくして動作の中心点が定まったのか、その場で再び半径数mを動き始めた。
「うわぁ~かすっただけかぁ。ダメだ。もう一回。」
川内はこめかみあたりをポリポリ掻きながら悔しがる。もう一回やろうと意気込むが、それに夕立が口を挟んだ。
「ねぇねぇ!次はあたしにやらせてよぉ~あたしも魚雷撃ちたいっぽい!」
「うん、いいよ。それじゃあ次はあたしがサポートするよ。」
「よぉ~~~~っし。あたしも行っくぞ~~~!」
今度はサポートする側に回った川内。夕立の行動や性格をまだ把握していないため彼女がどういう癖のある撃ち方をするかわからない。そのためとりあえず的が左右に動きまわらないよう、まずは的の左手方向に砲撃する。
ボフン!
川内の砲撃はまだ精度が高いとは決していえないものだが、的は川内の威嚇射撃を認識し逆方向へと跳ねた。その直後川内は今度は的が跳ねて着水しようとするあたりへ向かって砲撃を繰り返す。すると的は空中で反応し、逆方向へ跳ねようとするがそれは空中では意図したとおりには動作せず、最初に跳ねた勢いを完全に殺すこととなり真下に落下した。
「あそこだよ、夕立ちゃん!」
「わかった!うーーーーりゃーーー!!」
川内が指差すと、夕立は右足を前に突き出し、後方に置いた左足に体重をかけてしゃがみ込み、右足ふとももにつけた魚雷発射管の1つ目のスイッチを押した。
ドシュ……サブン!
シューーーーー……
バーーン!!!
夕立の放った魚雷は浅く沈んだため浮上にエネルギーを割くことなく素早く的めがけて進んでいった。軌道がほぼ直線だったのは、夕立は軌道をイメージするのが苦手だったため、常にとにかくまっすぐという心情なためである。だが今回は夕立と的の位置関係と跳ねていた的が着水するまでの時間を踏まえると、ちょうどよいタイミングと向きであった。
的は着水した部分つまり尻に相当する付近から綺麗に爆散した。
「やったぁ~~~!!あたしの魚雷のほうがきれーにめいちゅーっぽい!!」
その場でジャンプして水しぶきを周りに散らしながら喜ぶ夕立。支援の位置から夕立の側に戻ってきた川内はその歓喜される様子に苛立ちと悔しさをにじむどころがモロにむき出している。
「くっそ~~夕立ちゃんに先越されたぁ。さすが先輩艦娘なだけあるわぁ。」
「よろしかったら教えてあげないこともなくてよ、川内ちゃんさん?」
誰の真似なのか不自然な丁寧さで川内に向かって言い放つ夕立。調子に乗ってるのが誰に目にもわかった。
「く~~。中坊に負けてたまるかぁ!よっし夕立ちゃん、今度はあたしが撃つからね!」
「アハハハ~。それじゃあ先輩のあたしがサポートしてあげるっぽい~~」
その後川内と夕立は再び役割交代して雷撃訓練を進めた。なお二人は探し方が下手のため、爆散した的のパーツをかき集めるのに時間がかかった。
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那珂の開始の合図を受けて、神通と不知火は静かに自分らの的の側に行き設定をどうするか相談し始めた。那珂の指示ではちょこまか動くモードなのだが、不知火にコソッと神通が打ち明けた不安により、無理せずモードを変えようということになっていた。
「私……まだ動く的に当てるなんてこと、絶対無理です。……不知火さんは……大丈夫?」
「神通さんの……優先すべきかと。」
「私の自由に、していいんですね?」
不知火は神通自身の気持ちと技量を優先すべきだと暗に示してきた。頭の中で補完し念のため確認すると、不知火はコクリと頷く。そのため神通はホッと安堵の息をついて的のモード設定を変えることにした。
神通と不知火の扱う的は移動量が最低限に設定された、ランダム移動の動作モードに落ち着いた。位置固定モードにしなかったのは、せめてものわずかな向上心による判断であった。
二人はどちらが先に撃つかを決めることになり、話し合いという名の見つめ合いが続いた。このままでは埒が明かないと感じ、艦娘としては後輩だが高校生という上の学年である自分が先陣を切らないとという使命感が神通に湧き上がった。
しかし勇気を出して年上っぽい発言をしようとして実際に出てきた言葉が次のものだった。
「あ、あの……不知火さんのお手本が……見たいです。」
神通は目の前の少女が年下にもかかわらずうつむきがちに頼みこむ発言をした。自信の無さが滲み溢れている。ここで相手が那珂・川内や夕立であれば何かしら一言茶化しかいらぬ鼓舞が飛んでくることが予想されたが、不知火はそれらを一切しない。神通にとっては非常にありがたい反応をした。
「了解致しました。」
落ち着いた小声でビシっと答える不知火。返事をした後不知火は的から離れるため海上を移動し始めた。神通もその後に続く。的から45mほど離れたポイントで不知火は立ち止まった。後を追っていた神通は雷撃の邪魔にならないよう、その3~4mほど不知火の左手前方で止まって不知火のこれからの動きを観察し始めた。
駆逐艦不知火の艤装は夕立など白露型と似て背面に背負う形状である。しかし似ているのはそこまでで、一回り小型化しており、3本の全方向稼働可能なアームがついている。3本のアームの先には自由に主砲や副砲・魚雷発射管を装着することができる。それぞれ取り付けた後は、手袋に直接縫い付けられているコントローラたるボタンでアームを好きな角度に動かして砲撃・雷撃することができる。設計思想としては川内型のグローブ、五月雨・涼風の艤装のグローブと同様のものである。また、各パーツを手で動かしたり、備わっている本来のトリガー・スイッチで撃つことも可能である。
艤装の形状が示すとおり、白露型のそれよりも装着者自身にアナログ的な技量必要とせずコントローラで扱うだけ済む。とはいえ不知火つまり陽炎型の艤装を取り扱う者はコントローラに頼り過ぎないよう他の艦種と同程度のアナログ操作の訓練が求められる。不知火こと智田知子も例外ではなく、コントローラによる遠隔操作・手動操作の両方学んだ艦娘である。
「不知火さんの、面白い形の艤装ですね。それ……どうやって使うんですか?」
神通が尋ねると、不知火は右手の手の平を神通に向かって突き出し、手袋につけたコントローラを示した。神通はその動作が一瞬理解できず呆けたが、不知火の手にスイッチの集合体たる装置がついているのに気づいて、神通は口を僅かに開けて納得したという表情になった。自分の艤装のグローブとスイッチに似ていることがわかったからだ。
「撃ちます。」
そう一言言って不知火は右手を下ろし、肘から曲げてくびれ付近に手の平が来る、いわゆる構えの体勢になった。視線もすでに的の方へと向いている。そして右手を握りこぶしにし、しきりに動かすのを神通は見逃さない。不知火が右手拳を動かすと同時に彼女の背面の艤装から伸びた一本のアームがウィーンという音を鳴らして動き、不知火の左脇腹に沿うように魚雷発射管が姿を現した。神通の位置からは、後頭部にわずかに見えていた魚雷発射管の影が消えたと思ったら脇腹からひょこっと出てきたように見えた。
不知火は目を閉じて深く深呼吸をした。彼女がまぶたを開けた時、的は彼女が深呼吸をする前の位置から50cm程度しか動いていない。その後も半径50cmの範囲をゆっくりと移動している。離れて立っている神通は両手をへそのあたりで組んで見守っている。
的が自身と直前上で結ばれたタイミングでコントローラのスイッチを押し、不知火は1番目の魚雷を発射した。腰の高さに浮いていた魚雷発射管から1本の魚雷が放出され、海面と平行になって宙を進み、程なくして弧を描いて海面に着水、海中へと没した。海中に潜った魚雷は化学反応を起こしエネルギー波を噴射させ、海中を進んでいく。
そして……
的はどれだけ待っても爆発はおろか衝撃等で揺れることすらなく平然と不知火と神通の視線の先にあった。雷撃を外したのだと二人のどちらも気づいたが、神通は気まずさのため黙りこみ、不知火本人は恥ずかしさのため普段の無口とポーカーフェイスを保つのを貫き通している。
数秒後離れたところでザパーン!と音が響き渡ったのをきっかけとしてお互いようやく目を合わせて会話をする気になった。
「あ、あの……不知火さん?その……まだありますし、次行きましょう。」
神通がそうっと近寄って不知火に声をかけると、不知火は普段よりもぎこちない動きでゆっくりとコクリと頷く。その表情の示す意味を完全に察することは神通にはできなかったが、多分悔しいのかもと想像するに留めてそれ以上声をかけるのをやめた。
神通は海面を小走りして先ほどいた位置に戻り、再び不知火の方を向いて声をかけた。
「ほら!もう一回やってみましょう。ね?」
神通の珍しく声量を張った言葉は不知火の内に届いたのか、数秒して不知火は深呼吸をし、一発目と同じ体勢になって身構えた。的は先ほどと同じ動きをしている。
不知火は思案し始めた。
さっきは自分と一直線になったときに撃ちだした。あれでは駄目、遅すぎた。予想して撃たなければ。かっこいいお手本を見せることはできない。
無口で口下手、感情表現が苦手で糞真面目な不知火は心の中でも基本は真面目だったが、気になる人にはかっこいいところを見せて尊敬されたいというわずかな見栄や欲は人並みに持ち合わせていた。それと同時に集中し始めれば一切他人に影響されない、中学生にしては強靭な精神力も持ち合わせていた。
的が中心から何度か離れるのを見て、不知火は的の移動速度と魚雷の速度をシミュレーションし始めた。とはいえ深く考えてイメージできるほど頭の中にデータがあるわけではない。それでも五月雨の次に長い先輩艦娘としての意地のため、数少ない経験を思い出して撃ち方のイメージを集中して固めていく。
不知火は着任当時、訓練を提督に指導してもらいながら進めた。魚雷を撃つときは魚雷の進行方向や速度を教えこむようにイメージして撃てと提督が言っていたのを思い出す。艦娘の艤装は単なる機械の武装ではない。人の考えを理解して動いてくれるものだと。
那珂が教わったことと大体似たような艤装の仕様のポイントを不知火も教わっていたのだ。それは一般的な艦娘の艤装の仕様ではあるが、当時の提督が特に強調して教授してきたのは、鎮守府Aに配備される艤装には特殊な仕様があるという内容だった。ただ細かいことについて不知火はわからなかったし当時さほど興味がなかったため、今までそれをなんとなく記憶の隅に追いやっていた。数少ない実際の戦闘経験ではそれを実践できていなかったことをも不知火は思い出す。
自身の訓練当時のことを思い出しわずかな感傷に浸った後、不知火は手の平の内のコントローラーで魚雷発射管のスイッチを押し2本目の魚雷を発射させた。
ドシュ……サブン!
シューーーーーー……
不知火はわざと魚雷が大きく迂回するようなコースを思い描いていた。そのため海中に没した魚雷はわずかな浮上とともに神通とは逆方向に向かって進み出した。彼女が思い描いたよりも浅い角度で弧を描き、的の正面ほぼ右前方斜めの角度から的へと迫っていく。
そして……
ズガアァーーン!!
ザッパーン!!
右斜め前から魚雷に襲われた的はその角度の部位から激しく爆散した。不知火は、初めて意識的に魚雷を軌道調整し、撃てたことを内心ガッツポーズをして密やかに喜ぶ。側に神通が立って見ていたことが彼女にとって良い刺激と効果になった。
不知火によって爆散した的を離れたところで見ていた神通はその光景に息を飲んで見入り、そしてパチパチと軽い拍手を送る。
「すごいです……!不知火さん。2回目で……当てるなんて。」
神通からの賞賛の拍手に不知火はやはりポーカーフェイスを保っているがわずかに頬が赤らみ、自慢気な表情を顔に浮かべていた。
「……いえ。神通さんも。」
不知火は一言ぼそっと口にした後、神通に視線を向ける。高校1年の神通と中学2年の不知火この二人は体格的にそれほど差はないため、不知火の目線は極端な上目遣いなどにはならずほぼ垂直に神通の顔に向かう。
無表情に戻っていた不知火のやや鋭い目線が物々しく感じられるが、言葉には柔らかさがある。そのため神通は不知火を見た目ではなく、彼女が発する少ない言葉から感じられる感情の色を見て判断しようという思いを抱いた。不知火の言葉を受けてゆっくりと噛み砕いた後決意を現した。
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二人は爆散した的の場所に行って部位をかき集めて元に戻し、再び雷撃する位置に戻った。今度は神通が撃ち不知火が見守る役目となる。
神通は左腰の魚雷発射管を回し前方斜め下の水平にやや近い角度になるように手で回転させた。自身の艤装の魚雷発射管と不知火の艤装のそれを思い出して比べて思いに浸り始める。
ロボットのアームのようなものに取り付けられていた魚雷発射管は装着者たる不知火がどんな体勢でも雷撃できるよう設計されたものだろう。自分らのグローブの主砲パーツ等と設計思想的には似ているのだろうか。ただ魚雷発射管だけを見ると位置が腰回りで固定されている自分たちのほうが撃ち方に技術と練習を要するのは想像に難くない。自分では相当練習しないとまともに当てるなんて無理だ。那珂さんと川内さんはやはりすごい。運動神経やゲーム等の経験と知識は伊達じゃないということなのだろうか。
思いが広がり始めた神通は頭をブンブンと振り思考をリセットする。チラリと不知火に視線を向けた。不知火はじっと神通を見ていたため視線と視線が絡みあったのにお互い気づいた。神通がすぐに下を向いて視線を逸らしたのに対し不知火は目や頭を動かすことなくジッと見続けている。神通にとってはその糞真面目なまでの彼女の姿勢がプレッシャーになって仕方がなかった。が、それを指摘できるほどの度胸はまだない。そのため神通は仕方なく顔を上げ、離れたところでウロウロしている的をジッと見ることにした。
神通はスイッチに指を当てながら、午前中の雷撃訓練と同じようにコースを思い描く。午前中と違うのは、的が半径50cm以内をゆっくりとしたスピードで動き回っていることだ。止まっていても当てられないのに果たして自分が無事当てられるのだろうか。再び思いを巡らせそうになる。
こうなってしまったからには覚悟を決めなければ。どのみち当たらずに恥ずかしい思いをするなら早いほうがいい。前方斜めにいるあの少女ならきっと茶化したり笑ったりはしない。
神通はそう巡らせて本当に負の方向に妄想することをストップし、残りの思考をコースの想像に割り当てた。
魚雷が着水して海中に没っした後の進むコースを決めた神通は腰を下げ体勢を低くし魚雷発射管のスイッチを押した。
ドシュ……サブン!
シューーーーーー……
最初は神通の真っ正面を進んでいた魚雷はわずかに右に逸れ、それから浅い角度で弧を描いてゆるやかに方向を左に戻し的に迫っていく。しかし魚雷はそのまま的の右斜め前方を素通りしてそのまま海の彼方へと消えていった。
今度は自身が恥ずかしさで気まずくなる。神通が顔をあげることができないでいると、右前方から声が聞こえてきた。
「もう、一度。前の角度を……もうちょっとだけ後でずらすイメージ。」
言葉足らずな相変わらずの不知火のセリフだったが、神通はその言葉のポイントの的確さを理解した。自身は前の動きをまったく参考にしていなかった。とにかく魚雷を放って当てることだけ考えていた。
神通は今さっきの雷撃のコースと角度を全体的に少しだけ右寄りにして撃つことを決めた。
「……はい。アドバイス、ありがとう……ね。」
一瞬不知火に向けた視線をすぐまっすぐ向かいに離れたところにいる的に向けた神通は、再び雷撃の姿勢を取り始めた。
--
合図をしたあと、那珂は五十鈴とどちらが先に撃つか相談していた。
「さ~て、どちらから撃ちましょ~かね~、五十鈴ちゃんや。」
「そうねぇ。私からやらせて。」
「おぉ!?五十鈴ちゃんやる気みなぎってる!」
那珂が姿勢を低くして五十鈴の顔を下から覗き込むように見る。自身がやると宣言した五十鈴は那珂の顔を気にせず奮起した勢いで那珂を見下ろしながら提案する。
「ねぇ、どうせなら的の動作モードをもっとレベルあげましょうよ。」
「ん?最高レベルっていうと?」
姿勢を戻した那珂が確認すると、五十鈴は言葉を発する前に川内や神通たちのほうをチラリと視線を向け、すぐに戻して口を開いた。
「私たちは仮にも高可用性の軽巡洋艦なんだし、合同任務も経験してるんだし普通に動くだけの的では不足だと思うの。どうせだから応戦モードにしましょう。」
そういって的に近づいていく五十鈴と後からついていく那珂。五十鈴が提案したのは、的の動作モードの一つである応戦モードであった。位置固定モード、ランダム移動モードとあり、その最高レベルである。そのモードに設定された的は事前撮影した相手を敵と認識し、海水を利用して水鉄砲の原理でその相手を狙ってくる。なおかつ一定の距離を保って相手をつかず離れずで追い回す。
「へぇ~この的そんなモードあったんだぁ。あたしはランダムな移動するモードのエリアを拡大することまでしか知らなかったよ。」
「私もついこの前知ったんだけどね。どうやら明石さんたちが改良したらしいわよ。」
「へぇ~~、そんなことできるならもっと早く改良してほしかったなぁ~。」
不満で頬を軽くふくらませておどける那珂をよそ目に五十鈴は的の設定を切り替えた。そのさなか、那珂が提案した。
「ねぇ!的の認識する敵さ、あたしも撮影させてよ。」
「え?……でもそれだとあたしの番は……。」
「雷撃するのは五十鈴ちゃん。あたしは逃げるだけ。だ~から、五十鈴ちゃん、あたしを守って~お・ね・が・い!」
ウィンクしながらクネクネと身体をよじらせてポーズを取り、ふざけきった動きで頼みごとをする那珂。五十鈴は目の前のうっとおしい動きをする少女を見てハァ……と溜息一つついたあと、仕方ないといった表情でその案を承諾した。
「わかったわ。けどそれだと的と私達にはもうちょっと広いスペースが必要よね。川内たちからもう少し離れましょうか。」
そう言って五十鈴は的の設定を一度中断し、的をガシっと掴んで沖に向かって移動し始めた。那珂もそれに続く。
「ねぇ五十鈴ちゃん。あまり沖に出るとあっちの企業の工場とかの船の航路に入っちゃわない?この辺でやめとこー。」
「そうね。このあたりにしましょうか。」
那珂の心配を受けて五十鈴は移動をやめ、ここと決めた場所に的を放り投げて浮かべた。そして的の設定を再開し起動した。すると的はヴゥンという鈍い音をさせた後、慣らし運転のためゆっくりとその場を回りだし、次第にその範囲を拡大していった。
「那珂。準備して。そろそろ動き出すわよ。」
「りょーかい。」
的が完全に起動し終わるのを待つ前に五十鈴と那珂が一定距離あけるために的から急いで遠ざかった。
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五十鈴と那珂は横に並んで立っていた。的からは50mほど離れたポイントである。的は完全に起動が終わったのか、ゆっくりと前に進み二人に近づいてきた。ほどなくして的は急激にスピードを上げて二人に迫ってきた。
「くるわよ!那珂は右に避けて!」
五十鈴は自身の身を左に傾け旋回していく。的と五十鈴は3~4m間隔を開けてすれ違った。五十鈴はその後さらに左、10~11時の方向に進み丸を描くように大きく右手に旋回していき的の後ろに回りこむ。的は小刻みに減速を繰り返し方向を調整して那珂に迫ってくる。
その那珂は的に迫られていたが至って平然としている。スケートを滑るように海上を右手に進み、大きく緩やかに左手に弧を描いて的の後ろに回りこんだ。ほどなくして五十鈴とすれ違い彼女の背後にいる位置となった。的は標的たる二人を前方の視界から失い、一旦停止した後その場で回転し始めた。艦娘たちの足の艤装パーツと違い、的の底面はその場で回転して方向転換できるようになっている。そのため五十鈴と那珂は先ほど的が通った進路を再び通る的を見ることになった。
五十鈴の魚雷発射管は、自身の腰回りの大型の艤装パーツから鉄管をつたって足の付根~ふともものあたりにあり真横を向いている。移動しつつ彼女は魚雷発射管の表面をそっと撫でた。まだ撃つつもりはない。
五十鈴の艤装だと横を向かないとまともに雷撃できない。正面を向いていても撃つこと自体は可能ではあるが、放った魚雷を前方にいる敵に当てるためには、コースをより明確にイメージして魚雷発射管の脳波制御装置を伝って魚雷にインプットしなければならない。甘いイメージだと魚雷は角度浅く進み、狙った方向に行く頃には魚雷のエネルギーをその急旋回や狙ったコースの実現に大きく使ってしまい、結果として威力と飛距離が落ちてしまう。
そのため五十鈴は落ち着いて真横を向いて撃てる状況か、動きまわる自身と的との移動の流れとタイミングを見計らって発射するしかない。
直進してくる的。旋回し終わって減速していた五十鈴は再び速度をあげ、少しの距離直進した後、再び10~11時の方角に向かうため体重のかける方向を変える。今度は7~8m開けて的とすれ違った。一方の那珂は五十鈴とすれ違って彼女の背後にいる位置になった後そのまま右手へ進み、向かってくる的の左手側にいる位置になっていた。進む際、わざとジャンプをして空中でくるっと横に一回転して着水し、的の背後に回る。
再び的が旋回するために止まるタイミングを、五十鈴は見逃さない。右腰~ふとももに位置する魚雷発射管は彼女の移動の向きのため、すでに的の方を向いている。五十鈴は急激に減速し、身をかがめて中腰になり、そして魚雷発射管の4つのスイッチのうち、2つに指を当ててイメージしたコースをインプットし、カチリとスイッチを押した。
ドシュドシュ……サブン!
シューーーーーー……
放たれて海中に没した魚雷2本は1本は右手に浅く弧を描くように進み、もう一本は左手に弧を描くように進んだ。魚雷2本が迫り来る状況を的が検知して反応する前に、魚雷は後半急激にスピードを上げて的から向って2時と10時の方向から襲いかかった。そして……
ズガッズガアァァーーン!!!
ザッパーーーーーン!!!
2発の魚雷を食らって的は激しく爆散することとなった。
爆発を左手に見ていた那珂は僅かに減速と蛇行して進行方向を調整し五十鈴の正面で停まった。
「やったね~五十鈴ちゃん!だいしょうり~!」
那珂はハイタッチをしようとすると、五十鈴はやや恥ずかしげに何も持っていない左手だけを目の高さにまであげて応対した。
「はいはい。次はあんたの番よ。さっさと的戻しに行くわよ。」
「むー、五十鈴ちゃんクールだなぁ~。」
表面上は喜びもせず至って冷静を装う五十鈴に那珂はわざとらしく不満をぶつけつつ、彼女の後を追って的が爆散したポイントまで行った。二人は的のパーツをかき集めて戻し、選手交代とした。
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「それじゃあ次はあたしの番ね。あたしが雷撃で、五十鈴ちゃんが逃げまわる番。おっけぃ?」
「えぇ。」
「それでね、あたしちょっと前々から考えてた攻撃の仕方あるんだけど、それ試したいんだ。」
「へぇ~。どういうの?」
興味ありげに五十鈴は尋ねる。
「うん。あたし前に魚雷手に持って投げたじゃん。それをもっと自分のものにしてみたいんだ。」
「魚雷の投擲ってことね。もはや普通の対艦ミサイル状態だけど……まぁあんたらしくていいとは思う。具体的には?」
五十鈴が再び尋ねると、那珂は手に魚雷を持ったフリをしてアクションを交えて説明し始めた。その説明に五十鈴はあっけにとられてマヌケな一言で聞き返す。
「……は?」
「だからぁ~。ジャンプして的を上空から狙うの。」
那珂の説明を聞いた五十鈴は呆然としていた。なんだこの少女の思考はと、呆れてものが言えないという状態だった。
「いえ……別にいいけど、それもう海行く艦の娘じゃなくて空飛ぶ娘じゃないの!空娘(そらむす)とか造語できちゃうわよ。」
「おぅ?五十鈴ちゃん例え上手いなぁ~座布団あげちゃう!」
「なんの脈絡もなく座布団なんていらないわよ……。」
五十鈴が例えた言葉を那珂は拍手をしながら冗談交じりに褒める。しかしながら那珂の褒め方がこの時代にそぐわない古い言い方のため、理解が追いつかない五十鈴はそれを真面目に捉えて普通に拒否して流した。
改めて那珂は五十鈴に自身がしようとしている雷撃方法を説明する。
「まぁでも、そういう突飛なアイデアはあんたらしいわ。以前の合同任務の時戦った深海棲艦にやったことをやるのよね?」
「うん。」
「あの時は夜だったし私達もちゃんと見られなかったから、ぜひ見たいわね。」
「よっし。それじゃあ那珂ちゃんはりきっちゃおーっと。」
五十鈴の期待を込めた言葉を受けて那珂はガッツポーズをして気合を入れて雷撃の準備をし始めた。
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那珂の指示で、五十鈴は的に設定をしに行った。那珂はここと決めたポイントで構えている。的からは30mほど離れた位置だった。
「これから起動するわよー!」五十鈴が声を張りながら手を振って合図をする。
「はーーい!」那珂は一言返した。
電源を入れた五十鈴はすぐさま的から離れて那珂のいる付近まで戻ってきた。
「いくよ~。先手必勝っていう四文字熟語があるよーにあたしは速攻で行くから、五十鈴ちゃんは後方で待機ね。」
「はいはい。邪魔にならないようにしておくわ。」
と五十鈴が言うがはやいか那珂は返事をすることなく姿勢を低くしながらのダッシュで一気に前方へと進み始めた。猛スピードで進みながら那珂は右腰の魚雷発射管から1本魚雷を手動で抜き出し手に握る。まだ海水に浸けていないのでただのアルミで出来た魚の骨状態である。もう片方の手では手の平を海水に浸け、一掴み海水をすくい上げる。当然海水は手から大量にこぼれ落ちるが、撃ち方には海水のしずく一滴でもあれば十分だ。
両手に必要な物を手にした那珂は両足の間隔を縦に開ける。右足は思い切り前にして膝を曲げ、左足はピンと後方に伸ばして上がったかかとのためにつま先の艤装のパーツをかろうじて海面に浸けて艤装の自動調整の浮力を保っている状態である。
針路はまっすぐ、ほどなくして的もまっすぐ迫っているのに気づいた。このままぶつかる気はさらさらなく、那珂は右足に最大限に力を入れた。
次の瞬間、那珂が元いた場所付近で見ていた五十鈴は、那珂の身体が5~6mはあろうかという宙にあるのを目の当たりにした。
当の那珂は下を見下ろすと、タイミングをしくじったことに気づいた。的がすでに自身を通りすぎようとしている。否、自身の前に進むスピードと勢いがありすぎてが自身が的を通りすぎようとしていたのだ。このまま目的通りに投げても失敗すると悟った那珂は魚雷投擲を諦めて空中で足を前方に出し、着水の準備をした。
((ヤッバ!駄目だ駄目だ!やり直し~))
心の中ではほのかに焦りを感じたがすぐに冷静さで薄めて消した。なお、スカートが思い切りめくれ上がっていたが、この場には女しかいないので気にしないでそのままにしていた。
海面が迫ってくる。前方斜めにつきだした両足で着水した那珂は落下の勢いによる水没を避けるために着水してすぐに両足を軸にして体重を前方にかけて前傾姿勢になる。そして浮かした右足を前に出して、再び水上を滑るように移動しはじめた。
五十鈴からは何もせずに宙を舞って的を飛び越えたように見えた。勢いは一旦死んだように見えたが、那珂は着水したあとすぐには旋回せずに速度を落とさず直進し、ほどなくして反時計回りに大きく円を描くように旋回して向きを的へと順調に戻していく。
的はある程度過ぎた後で停止しその場で方向転換して来た針路を同じコースで戻り始めた。それと同時に那珂もほぼ直進コースを進み始める。再び直線上で結ばれた形になった。
那珂は再び姿勢を限界まで低くし、前に出して膝を曲げている右足に思い切り力を入れる。艤装の浮力調整のせいもあって水面に沈まず反発し、進んでいるにもかかわらずプルプルと足が小刻みに震えだす。うっかり気を抜いて足を左右にわずかでも動かしてしまえば溜まった反発力で身体が横にふっとばされてしまいそうだが、那珂はその足に意識を集中させてなんとか耐えた。
そして再び宙を舞うべくその足で思い切り海面を蹴り、合わせて身体を上やや斜めへとつきだした。
那珂の身体は先程よりも高く上がり、10mはあろうかという高さにまで到達した。そして引力に従って身体はゆっくり、次第に速度を高めて落ちていく。那珂の落ちると思われるポイントには、的が直前まで迫っていた。
タイミングが合った。
「そりゃ!! うぅ~~~~~~~りゃ!」
那珂は振りかぶらずに右手に持った魚雷を手首のスナップだけで放って落とし、その後左腕は思い切り振りかぶって手に僅かに残っていた海水を投げた。それらはほんの僅かな時間差で右手→左手の順に行われたため、那珂の目の前で落ちる途中の魚雷に海水がかかり、魚雷の先端の突起部分の裏から噴射のエネルギー波が出力し始めた。那珂はすかさず左腕で顔を隠し、エネルギー波による自爆を防ぐ。
シュバッ!
鋭い音を立てて加速して落ちていく魚雷、魚雷の脳波制御装置は手に持った状態のためすでに働かず、ただ投擲の方向に沿って落ちていったため那珂の考えは混じっていない。それでも魚雷は那珂がタイミングを合わせて狙ったとおりのコースで落ち、目的のポイントにたどり着かんとする的めがけて勢い良く迫る。
そして魚雷は的の頭上部分に炸裂した。
ズガアアアァァン!!!
爆風が的の横だけでなく上空にも広がる。那珂は爆風に煽られてバランスを崩して残りの高さを降りてきたが、海面ギリギリでバランスを取り戻してどうにか着水することに成功する。ただし着水の衝撃で一旦は膝まで沈み足の艤装はもちろんのこと靴下までを完全に濡らしてしまった。
濡らした感触に一瞬嫌な感覚を覚えたがそれ以上は気にせず、足の艤装の浮力調整を最大まで高めて一気に海上へと飛び上がる。
「うっひぃ~真夏とはいえつっめた~~!でもバッチリめいちゅ~!撃破撃破~!」
ガッツポーズをしながら海上を蛇行して五十鈴のところに戻る那珂。そんな那珂をその場所から見ていた五十鈴は本当に那珂がした行動に唖然としていた。以前合同任務の際に那珂がした同一の行動は那珂が手に持っていた探照灯が一部を照らしていただけで誰の目にも直接的にはほとんど見えなかった。後に記録用に持っていたカメラでどうにか確認できたのみである。
当時五十鈴は空でクルクル回転する探照灯と、落ちていくエネルギー波、そして双頭の重巡級の深海棲艦が大爆発を起こすそれぞれ断続的な光景しか目の当たりにしていない。本人が説明したとはいえ本当にそんなことがという思いを少なからず抱いていたが、その疑念はこの瞬間完全に消滅した。目の前に近づいてくるあの少女は本当に近い将来とんでもない艦娘になれるのでは?と希望と羨望、そして一種の不安がないまぜになった思いを五十鈴は持った。
「どぉどぉ五十鈴ちゃん?あのときはたまたまふっ飛ばされてやったけど、タイミングさえきちんと合わせればあたしこの攻撃方法イケると思うの。那珂ちゃんミラクル空中雷撃とか、そんなとこ?」
「……。」
突飛な発想力とそれを実現させるバランス感覚と身体能力はすごいが、ネーミングセンスにはやや欠けるなと五十鈴は那珂の評価にオチをつけた。
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「なに……あれ?なにあれ今の!?」
自身の雷撃訓練と的もそっちのけで離れたところで起きた光景に唖然とする川内。彼女の問いかけに答えようとした夕立も珍しく呆気にとられていた。
「う……す、すごいっぽい。那珂さんホントにあんなことできたんだぁ……。」
川内は夕立の方を向いて再確認する。
「ねぇねぇ夕立ちゃん。那珂さんがあんなことできるって知ってた!?」
「う、うん。前の合同任務の時に聞いたけど、あたし護衛艦で待機してたからあんなすごかったなんて初めて。なんかもうだつぼーっぽい……。」
ただただ驚くことしかできないでいる二人。ただ川内の心の中では、単なる驚き以上に尊敬の念、ゲームや運動に自信があるがゆえに自身も真似してみたいという欲が湧き上がり始めていた。
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さらに離れたところにいた神通と不知火も那珂たちが訓練していた場所で起きた突然の激しいアクションを呆然と見ていた。神通が見たことがないのはもちろん、不知火も話にすら聞いたことがない那珂の突飛な行動に無表情ながらも口をパクパクさせて驚きを表していた。
「す、すごい……。那珂さんのあれ……。」
「……(コクコク)」
「不知火さんは……見たことは?」
「……(ブンブン)」
「あんな戦い方するなんて、私じゃとても追いつけません……。」
「私も。無理。」
ようやく不知火がひねり出したその一言。神通は激しく同意の意味を込めて連続で頷くのみだった。
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自身の編み出した雷撃方法を再び試そうとする那珂は、それを五十鈴に止められた。
「ちょっと待って。もうそれやらないほうがいいわ。」
「えっ?なになになんで?」
「あれ見てみなさいな。」
五十鈴が指し示した方向に視線を向けると、その方向では川内たち、神通たちが遠くはなれた場所からジーっと見ている。
「正直、あの子たちには刺激や影響力が高すぎるやり方よ。あんなすごいの見せつけられたらやる気に影響出しかねないわ。」
「うー、そっかなぁ? あたしは自分のベストを見せていろいろ感じ取ってもらいたいんだけどなぁ。」
「……あんたそれ今考えたでしょ?」
「エヘヘ。バレた?アドリブでぇ、口にしちゃいました!」
五十鈴は那珂のそれらしい発言を見破った。当の那珂はごまかすことすらせずケラケラ笑っている。
「ハァ……。少なくとも今日はそれもうやめなさいよ。ああして集中力の欠如を招いてるのは確かだから。」
「まぁそれもそうだね。おーーーーい!みんなぁーーー!」
那珂は五十鈴のアドバイスを受け入れ、自分らのほうを眺めていた川内たちに向って大声で語りかけた。
「あたしたちのぉーーーことはぁーーーー!気にしないでーーー。自分たちのぉーーー訓練に集中しなさーーい!」
そんなこと言われても無理だっつうの……川内と神通は那珂からの指示を受けてすぐさまそう思ったが、あえて言うことでもないので離れた場所からなので両手で○を作ったりして同意を示した。
指示し終わった那珂は五十鈴の方へと向き直して指をパチンと弾いて合図をする。
「そんじゃまぁ、あと2本くらいは普通に撃って終わりますかね。五十鈴ちゃんや。」
「あんたの側にいると疲れるわ……。次は私にやらせてよね。」
「はーいはい。」
五十鈴のため息はこの後数回は続く羽目になった。
雷撃訓練(総括)
その後3組は思い思いの雷撃訓練を続けた。那珂が行った突飛な雷撃は各チームに影響を与える。それを羨ましく感じた川内と夕立は那珂たちに近づき、的の設定や先程展開されたとんでもない雷撃の説明を聞いた。那珂は簡単だと言ったが到底それを真似できる練度に達していないと察した川内は羨ましかったが真似するのを諦め、普通に訓練を再開することにした。夕立も川内に準じる。
ただひとつ、二人が那珂たちに負けじと試したのが的の応戦モードである。的は川内と夕立に向って突進してくるようになり、二人は的の水球攻撃をかろうじてかわしながら雷撃のタイミングを掴み交互に雷撃で的を撃破を目指す。しかし川内は動き、なおかつ攻撃してくる的に悪戦苦闘して結局0発、夕立はそれなりに実戦経験があるため、装填した合計8発のうち残っていた片足2発ずつの魚雷のうち1発ずつを見事当てることに成功していた。夕立が的を撃破する光景を目の当たりにするたびに川内はグヌヌと唸り声をあげて羨ましがり、夕立をドヤ顔にさせていた。
実際の二人の身体能力として、川内は常日頃から運動神経抜群。ゲームの知識・サブカルの知識も人一倍あって順応性も高い。だが夕立も決して低くなく、むしろ中学生組、駆逐艦勢ではトップクラスの身体能力だ。しかしそれを如何なく発揮するための精神の成長ができていないのが難点だった。年齢的な差もあり全体的な能力は川内のほうが上である。
そんな二人の決定的な差が実戦経験だった。とはいえ二人とも策の思案が苦手なため、複雑な撃ち方や行動はできない。訓練の最中ではとにかく敵(的)のいる方向に素早く撃てば当たるだろうという考えで共通して動いているのだった。
神通と不知火は那珂のウルトラC級の雷撃を見て思うところはあったが、的のモードは一切変えずにその後も雷撃訓練をし続けた。二人とも思い切るという決断力に欠ける性格があるために成長度は緩やかなものだが、訓練の終わる頃には、神通は冷静さと正確さでもって最後の1発でようやく(最小限の範囲で動き回る最低レベルのモードのおかげで)的の右側面へと綺麗に命中させられるようになっていた。一方の不知火も周りに一切影響されない精神の強さと集中力でもって残り3発のうち2発を命中させていた。
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時間は17時を15分過ぎた頃。装填しておいた魚雷が尽きた川内が大声で那珂に訴えかける。
「ねぇー!那珂さーん!あたし魚雷なくなっちゃったんだけどぉー!どうすればいいですかー!?」
その頃自身も撃ち終わった直後でちょうど魚雷が尽きた那珂は声の発せられた方向をチラリと向いた。同じく五十鈴も振り向いてほか2組の様子を気にし始める。
「おー!あたしもちょうど終わったところだよぉー!」
「ねぇ那珂。そろそろみんな終わった頃だと思うわ。一旦集まりましょう?」
「うん、そーだね。」
五十鈴の提案を承諾した那珂は大声で他2組に指示を出した。川内は夕立とともに的の頭を掴んで引っ張り那珂たちの方へと移動し始めた。神通と不知火は的の破片をようやく集め終えて固めたところだったため、川内たちから遅れること数分して的を連れて那珂たちの下へと赴いた。
「みんな、訓練の結果はどうだったかな?」
「うー。あたしはあれから一発も当てられなかったぁ。夕立ちゃんに追いぬかれた~悔しいですっ!!」
「エヘヘ~~。川内ちゃんさんはまだまだっぽい~。もっと精進あるのみですぞー?」
悔しがる川内に当てつけるように時代劇風のわざとらしい言葉遣いで説く夕立。フィーリングの合う川内に存分に勝てたことでこの日最高の充実感を得ていた。
「わたしは……1発やっと綺麗に当てることができました。……うれしいです。」
「……(コクコク)」
「不知火さんは2発当ててたので、私は参考にさせていただきました。」
口を開かない不知火の代わりに神通が彼女の結果を皆に語る。
4人の報告を聞いた那珂はニコリと笑顔になって言葉を続けた。
「うんうん。みんな違いのある成果になったようでなによりだねぇ。川内ちゃんと神通ちゃんは明日も引き続きだよ。五十鈴ちゃん、夕立ちゃん、不知火ちゃんは今日は協力ありがとーね。二人のいい刺激になったと思う。これからも暇があったら一緒に訓練してくれると助かるなぁ。」
言葉の途中で那珂は五十鈴たちそれぞれに視線を送って頭だけ上下に動かしてお辞儀として感謝を伝えた。それに3人は思い思いの返事を返す。
「私はまた明日からあんたたちに協力してもいいわよ。」
「あたし今日はとーーーっても楽しかったっぽい!!」
「私も、大変勉強になりました。」
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6人が沖合から堤防付近まで戻り始めると、堤防のところに男女二人の影があった。提督と五月雨である。
「よぉー!みんなお疲れさん。」
「みんなー!お疲れ様でしたぁー!」
提督は口にメガホンのように手を当てて声をかける。五月雨も同じようにし、那珂たちにねぎらいの言葉をかけた。
那珂たちは午前の時のように堤防と消波ブロック越しに提督と五月雨に話しかける。
「午前と同じシチュでありがとー提督ぅ!どーしたの?」
「ハハッ。工夫がなくてすまないね。今日の分の仕事片付いたからさ。様子見に来たんだ。」
「そっか。こっちも今終わったところだよ。」
那珂と提督が言葉を交わし合っている一方で、五月雨と夕立・川内が言葉を掛けあっていた。
「さみ~疲れたよぉ~~。なんか食べるものなぁい?」
「はいはい。ちゃーんとお菓子買ってあるよ。あとで食べよ?」
「お~~。五月雨ちゃん、あたしたちの分もあるかな?あたしも疲れたから甘いもの食べたいんだぁ。」
夕立に続いて川内も欲望の赴くまま今の気分と要望を述べる。すると五月雨は苦笑しながらも川内の要望に返事をした。
「アハハ……川内さんたちみんなの分もありますよ。だから大丈b
「さみのことだから誰か一人分くらいは忘れてそーっぽい~。」
夕立は五月雨が言い終わる前に予想してオチをつけたのだった。
「それじゃああたしたち工廠に戻るね。提督と五月雨ちゃんは本館で待ってて。」
那珂が合図すると提督は敬礼のように手をシュビっと額の前で軽く振った後五月雨を連れて一足先に本館へと戻っていった。その後那珂も川内たち5人を連れて出撃用水路を登って戻った。
自身の艤装を仕舞い本館へ戻った6人は更衣室で私服に着替えて執務室に行き、五月雨と合流した。その後那珂たちは用意されていた飲み物とお菓子類を活力の元にして執務室のソファー周りで数十分おしゃべりに興じてあう。夕立が冗談で懸念したお菓子の数不足は、○個入りの小分けのスナック菓子・チョコのセットが大半であったのと飲み物は1.5リットルペットボトルだったため、かろうじて五月雨のドジは発揮されなかった。
しかしそれになぜか不満を持った夕立は五月雨をビシっと指差しながら軽口を叩いてからかう。
「な~んか、ヘマしないさみなんてさみじゃなーいっぽい!あんた誰よぅ!?」
「うえぇ!?ゆうちゃんなにそれぇ~!!」
五月雨は五月雨で親友の言い振りを真に受けてオーバーリアクションで仰天してみせて夕立を満足させるのだった。
そんな中学生組を見てクスクスアハハと笑い合う那珂たち。那珂は提督を肘でつついて五月雨を慰めるよう促して目の前の輪の中にあえて三十路のおっさんをツッコませて、なおおしゃべりの調味料に仕立てあげた。
その後少女たちのおしゃべりの輪に話に混ざれなくなりその空気に耐えかねた提督は、本館の施錠を五月雨と那珂に任せてサッサと帰宅してしまった。
そんな提督の去り際、頭の片隅で一応気にかけていた那珂は
「今度は最初から最後までちゃーんと輪に混ぜてあげるからスネんなよぉ~、お・に・い・ちゃん!」
「やめてくれって恥ずかしい!」
お馴染みのノリの茶化しをし、顔を真赤にした提督から期待通りの返しを受けた那珂は口を波打つような形で満面の笑みを浮かべる。川内たちもまた、いっぱしの大人が少女たちにからかわれるその様を愉快に眺めていた。
同調率99%の少女(16) - 鎮守府Aの物語
なお、本作にはオリジナルの挿絵がついています。
小説ということで普段の私の絵とは描き方を変えているため、見づらいかもしれませんがご了承ください。
ここまでの世界観・人物紹介、一括して読みたい方はぜひ 下記のサイトもご参照いただけると幸いです。
世界観・要素の設定は下記にて整理中です。
https://docs.google.com/document/d/1t1XwCFn2ZtX866QEkNf8pnGUv3mikq3lZUEuursWya8/edit?usp=sharing
人物・関係設定はこちらです。
https://docs.google.com/document/d/1xKAM1XekY5DYSROdNw8yD9n45aUuvTgFZ2x-hV_n4bo/edit?usp=sharing
挿絵原画。
https://www.pixiv.net/member_illust.php?mode=medium&illust_id=63064844
鎮守府Aの舞台設定図はこちら。
http://www.pixiv.net/member_illust.php?mode=medium&illust_id=53702745
Googleドキュメント版はこちら。
https://docs.google.com/document/d/11X2i-peFiXSH2jH5r8gG65typH2K8tEUpNqU1pZDvGM/edit?usp=sharing
好きな形式でダウンロードしていただけます。(すべての挿絵付きです。)