親愛なる
tacica『acaci-a』からイメージして書きました。
アカシアの花言葉。
親愛なる
-----------
田丸英樹 様
春風が心地よい季節になりました。
と、本来ならきちんと書くべきなんだけど、貴方しか読まないので、好きなように書こうと思います。
先日は、同期の送別会ありがとう。プレゼントのエアー枕、ありがたく飛行機で使います。
みんなと最後に楽しい時を過ごすことができました。貴方とも、久々にきちんと話すことができたと思います。
今まで、本当にありがとう。貴方との出会いがなければ、今の私はないと言っても過言ではありません。仕事では貴方と切磋琢磨でき、人間関係は幅を広げることができました。たまに遊びに連れ出してくれたことで、人と「遊ぶ」ことの楽しさも知ることができました。
----------
実は最初、貴方のことが苦手でした。礼儀作法がなってない、敬語がめちゃくちゃ、しゃべり方がヘラヘラとしていて。パーソナルスペースにずかずかと入り込む態度も嫌でした。そんな貴方と同じ部署に配属が決まったときは、正直死にたくなりました。
でも今思えば、人当たりが良くてコミュニケーション能力が高い貴方に、嫉妬していたのかもしれません。
そんな貴方と仕事をしていくうちに、すぐに電話に出ること、気配りができること、どんな状況でも迅速に対応しようとする行動力など、貴方の良いところも見えるようになりました。とても私には真似できないと引け目を感じる時も多々ありました。
----------
私が初めてのクレーム対応をしたとき。なるべく弱音は吐くまいと我慢していたところを、「お前の良い声で歌を聞いてみたい」と、仕事終わり貴方はカラオケに誘ってくれました。私が歌ったのは貴方が知らないアニメソングばかりにも関わらず、貴方は一緒にノってくれたり、勝手に合いの手を入れたり、私を楽しませようとしてくれて。あの時は、何も聞かずに一緒に楽しんでくれて、嬉しかった。その時から、私は徐々に貴方に心を開けるようになったと思います。でも、会社の飲み会で私の十八番がプリキュアであることをバラしたことは一生許しません。
帰りで同じ電車に乗り合わせた時にも、色々話せたと思います。貴方が本当は、人見知りであること。だからこそ、気に入られるようにご機嫌取りをしてしまうということ。ベクトルは違えど、同じ人見知りであることに、親近感を覚えたものです。私が話すときは、たどたどしい話にも関わらず、貴方は真剣に聞いてくれました。
----------
情けないことに、取引先とうまくいかず泣いたこともありました。怒りにまかせて貴方に当たり散らしたにも関わらず、貴方は黙って私のされるがままになってケガまでさせてしまった。あの時は申し訳ございませんでした。
同期で休みの日に出かけたり、温泉旅行に行ったのも良い思い出です。そういえば、二人でバスツアーにも行ったことも。あの時はひたすら食べてたくらいしか記憶がないけど、他人と二人きりで出かけてあんなに楽しめたのは初めてだったと思います。大げさかもしれませんが、貴方と出会ったことで、私の価値観が変わったと思います。たまにウザいと感じることもありましたが。
「お前が俺をうらやましいと思うのと同じように、俺だってお前がうらやましい。お前はいつでも真面目で、勉強家で、冷静な判断ができるから」そう言ってくれた時のことは、今でも心の支えになっています。
----------
貴方が結婚すると聞いたときは、驚きました。貴方とそういう話をすることがなかったから当たり前かもしれませんが、どうして彼女がいることを話してくれなかったのか、とショックでした。貴方が幸せになることは嬉しかったけど、一方で辛い気持ちになりました。
結婚式であまり貴方に話しかけることができなかったのは、奥さんに対する人見知り発動だけでなく、そういう気持ちを引きずっていたからです。でももちろん、二人には幸せになってほしいと思っています。
私がいかに、貴方に精神的に甘えていたか。その時になって初めて痛感しました。それから貴方からの飲みやカラオケの誘いを断るようになったのは、嫌いになったからではなく、自分の甘えを断ち切ろうと思ったからです。
留学を決めたのもそのためです。元々、留学する夢はありました。ただ、いつ行くかという具体的な日程は決めていなかった。貴方との関係を見直すいい機会だと思い、お金も貯まったところで、今年の春に行くと決めました。
----------
さて、前置きが長くなりました。私が、貴方に本当に伝えたいことをまだ書いてませんでした。
このことを伝えるべきか、本当に悩み、迷いました。これを書いてる今も、迷っています。でも、たぶん、もしかしたら、貴方とはもう二度と会うことができなくなるかもしれない。伝えられなかった後悔を一生背負うことになるかもしれない。
なので、貴方に嫌われる覚悟で、私の本当の思いを伝えます。
私は、貴方を愛しています。
ただ一人の人間として。
----------
すみません。自分でも、気持ち悪いと思います。この思いが、貴方にとっては迷惑でしかないことも、重々承知しています。
もし少しでも、嫌悪感を抱いたなら、この手紙は捨てるなり燃やすなりして、そして私のことは忘れてください。
最後に、これだけは言わせてください。これからも、貴方の人生が幸せであることを、心から願っています。
そして、こんなつまらない男と、わずかな時間だけでも、一緒に過ごしてくれたこと、心から感謝しております。
ありがとう。本当にありがとう。
そしてさようなら。
榊原 一也
----------
***
僕は空港でひとり、待合の座席でテレビを眺めながらたたずむ。
たぶん、田丸は手紙を読んで、捨てているだろう。
あんな女々しい手紙でよかったのか。いや、よかったのだ、これで。
これからのことを考えると不安も多い。が、また親愛なる誰かと出会い、信頼しあえる関係になり、田丸のことなど忘れてしまえばいい。自分に言い聞かせるように、ひとり頷く。
ふと、携帯の振動音が響き、電源を切り忘れたことに気づく。
「え」
その画面表示を見て僕は、出るべきか、そのまま無視すべきか、迷った。
でも気づいたらボタンを押してしまい、勢いで出る羽目になる。
「もしもーし」
そのヘラヘラした声は、今一番聞きたくなく、そして一番聞きたかった声だった。
<終>
親愛なる