実験室

あおい はる

 星のかたまりを砕いてソーダ水のなかに沈めた、ある夏の日のことだけれど、ぼくのともだちに、れんじ、というなまえのともだちがいて、砕いた星のかたまりをソーダ水にぽちゃぽちゃ投げ入れるぼくに、れんじは言ったのだった。
「キタトックリクジラと、ミナミトックリクジラのはなしをしよう」
 よくわからなかったので、いやだと答えた。ぼくたちがいる商店街の実験室にはペンギンの団体もいて、ペンギンの団体はアイスキャンディーを売り歩いている団体であるとのことだったが、どのペンギンもアイスキャンディーを売っているようには見えなかった。おらはよぉ作れや、すんません、すんません、なんて会話が、ペンギンたちの方から聞こえてきて、なんだかなぁと思った。ペンギンたちがわらわら集まって実験台を取り囲んでいるために、一体なにを作っているのかは確認できなかった。アイスキャンディーを売り歩いている団体なのだから、アイスキャンディーであると思われるが、アイスキャンディーではないものを作っているような雰囲気が、ペンギンたちにはあった。一般のひとが自由に実験を行えるようにと設置された商店街の一角の実験室には、老若男女問わず、実験に興味のあるいろんなひとたちが訪れるけれど、ペンギンをみるのは初めてのことだった。にんげん以外では、クマ、なんかをよく見かけるけれど、クマはいつもはちみつに野花を漬けこむ、という実験というより料理と思われるような作業に没頭しており、害はなかった。はちみつがたっぷり入った瓶のなかに、大きな手で小さな花をずいずい押し沈めてゆくクマの姿を眺めながら、女の子みたい、と呟いたれんじの横顔を盗み見て、まつ毛が長い、と思った日のことは一生忘れないような気がする。たぶん、あたまのすみっこにずっと、潜んでいるような気がする。れんじの横顔。羽のような、まつ毛。
 星屑を沈めたソーダ水に、ツユクサで作った青い色水を少量注ぐ。色水を作ったのは実験室にやってくる子どもたちで、子どもたちは色水を作るのが得意だった。いろんな花を摘み取ってきては、赤や、黄や、薄紫や、ピンクなど、さまざまな色水を作り出す。子どもたちは、いつも楽しそうに実験を行っている。けらけら笑いながら解体し、切り刻み、すりつぶす。もみくしゃにし、ぼろぼろにし、必要がなくなるとぽいっと捨てる。こんなん売れるわけないやろぉ、すんません、ほんますんません、なんてやりとりを、ペンギンたちがしている。れんじが、ペンギン社会も大変なんだね、と関心なさそうに呟きながら、星のかたまりを砕いてゆく。金槌でとんとん、とんとん、叩き割ってゆく。キタトックリクジラと、ミナミトックリクジラのはなしを、聞いてあげてもよかったかなと思ったけれど、れんじは、いかんせん話し始めると長いものだから、いつか時間があるときにもで聞いてあげようかと考える。考えながら、薄青色に変化したソーダ水を、ガラス棒でかきまぜる。底に沈殿した星屑が、グラスのなかで舞い踊る。あかんあかん、こんなんあかん、すんません、かんべんしてください、という会話と共に、ぴしぴし、ぺしぺし、というかわいらしい打撃音が聞こえてきて、なんだかちょっと、ペンギンたちが作るアイスキャンディーをたべてみたい、と思った。

実験室

実験室

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
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CC BY-NC-ND
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