炭酸水


挿絵からそのまま飛び出して来たような紙質は、触れると柔らかく、力を込めると弾力が感じられた。だからこそ着地の衝撃にも耐えることができ、耐熱性にも優れている。骨組みはない。でも、その形を維持できている。形状記憶かと思えば、状況に応じて形を変える。今は宇宙のどこまでも飛んでいけそうな流線型、二人乗りのコクピットが縦に並ぶ。大気圏を出た後は、もう少し余裕のある膨らみを帯びた、例えば熱気球の、あの気球みたいな膨らみのある形に変わる予定となっている理由は、初めて見る光景なのだから、ゆっくりと浮きながら、逆さまにもなって楽しんで欲しいという、あの子の配慮とサービス精神によって、私に与えられたご褒美の一つ。ご褒美を与えてもらえる程に何かをしたつもりのない私の疑問に対して、空になった瓶を振って、そこに入っているビー玉を鳴らす、その子の顔に浮かんでいた後味の美味しさは、生まれてからこの方、地球に暮らしてきた一人として知っているし、私も好きな、しゅわしゅわとした喉越しを思い出させてくれる。それなら仕方ないか、その感謝の念を存分に味わってやろうと、一人ハッチが開いたままの後部座席に乗ろうとして、機体の本体に手をかけて登ろうとすると、本体の方からそれを拒まれる。どんな風に?と尋ねられたなら、手をかけた部分だけ、空気が抜けたように萎むことで、そうじゃないと説明されたような格好ではっきりと拒まれた。じゃあ、どうすればいいのよ!とむきになってしまう私の理由は、お腹を抱えて傍で大笑いしているその子と無関係でいられない。頬っぺたを膨らます代わりに、真っ正面から向き合ってやって、思いっきり眉をしかめる表情を見せつける。けれど失敗。そういう感情表現が、その子が育ってきた宇宙には存在しなかったため。なら言葉で、その子も理解できる範囲の単語を並べて繋げて、取って変えて、遊んで、遊んで、私たちはまた少し、お互いのことが分かった気になる。じゃあそろそろ、と一歩を踏み出し、本体に向かって足をかける動作を行い、それを察した本体がその一部分を使って、一足先に階段の一段目を作ってくれる。あとは同じ事を三回繰り返して、その子も私も、コクピットの中に入ることができた。本体と同じで、ボヨンボヨンと少し跳ねる。プシューッと急に聞こえる空気音、ハッチが私の上に降りてきて、ぴったりに閉じて、空気がこもった感じの閉そく感。いよいよ出発という実感が広がって、鼓動がトントンと早くなる。前の席に座るその子のハッチもプシューッと閉まって、いよいよという感じが高まっていく。どう?というニュアンスで、私に話しかけてくるあの子の声は、どこにあるのかも見当たらない、多分スピーカーらしいものを通って、クリアに聞こえてくる。私はそれに答える。
ドキドキする、嬉しい。ドキドキする。
それならぼくもうれしい、おそらくは、私に向かってそう答えたはずのその子の声が、嬉しそうに戻っていって、私の気持ちもそれに感化される。私の所にはない、スピードメーターみたいな計器類を正しく操作しているような様子が伝わる。すると、ふわっと浮き上がる本体。ハッチの向こうの景色がみるみるうちに小さくなっていき、晴天の中に飛び込んでいって、雲が過ぎて、もうあっという間。嘘みたいな光景ばかりになる。信じられない経験になる。
その子が教えてくれた最初の音が、意味をもって伝わってくる。続ければ歌になるかもしれないし、もしかするとヒドい悪口に聞こえるかもしれない。どう?大丈夫?私はきちんと伝えられている?
あはは、と揺れるハッチの向こうのその子の背中に、釣られて吹き出す私の安心感は、空気を使って、エネルギーとなる。まずは最初の目的地だ。
私が持ち込んだ蓋が閉まっている瓶の中身に、丸い形が浮かんでいる。そういうイメージから始まった、弾ける笑顔の一枚になる。流線型から変わって、気球になって、コクピットがなくなり、無重力下でハッチが回り、イスになって、座れる位置に。着地できない私の横を泳いでいくようにスイスイと、その子の姿が動いていく。見よう見まねで、私もそうする。近付いていく。こんなに長い距離の旅行。言われてみれば、初めて。
その子に言う。その子も言う。喉が乾くまで、まだまだ話す。
新しい世界と、理解が生まれて。タイトルは、合わせて三文字にしようと決めた。

炭酸水

炭酸水

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2017-05-27

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