裁定者は雨を待つ
プロローグ【口伝伝承 “幽冥郷” 】
むかし、むかし。
未だ【ヒト】が存在せず、神と妖と鬼が共存していた頃の話だ。
妖と鬼はいくつかの部族を、神はそれぞれが唯一神として存在し、争いもなく平穏な暮らしをおくっていた。
三者はそれぞれ特有の強力な能力を保持しており、それを応用して各々が固有の能力を持っていた。
神は『創造』、妖は『破壊』、そして鬼は『守護』の能力である。
神も妖も鬼も対等でいられるように、互いに能力を制御し合っていた。
ところがある日突然、神の一柱が言った。
「正直この三竦みの関係は飽きてきたんだよなぁ」。
そこで別の神が言った。
「では新たに1つ、神でも妖でも鬼でもない種族を創りましょう」。
神々は次々に賛成の声をあげた。
しかし鬼と妖は、この三竦みの均衡が崩れてしまうのではないかと、新たに種族を創造することに反対した。
それもそうだと一部の神が納得し、話はふりだしに戻ったその時、
「それでは、私たちの世と新たに生み出した種族の世で分けてしまったら良いのでは?」
何者かが声を上げた。
そう言ったのは、鬼の中でも特に《結界》の力に優れた『八瀬一族』だった。
「互いの世界に干渉出来ぬように、強力な結界を張ってみせよう。__朱点一族の力を借りたい」
「良い。我らの力が役立つのなら、存分に使ってくれ」
「嗚呼。協力、感謝する」
こうして鬼も『新たな種族の創造』に賛成したので、妖も、しぶしぶ受け入れた。
全ての部族の承認を得て、神は『ニンゲン』を創り始めた。
最初に生まれたのは『神武』。
面倒くさがりで名の知れた女神・不逢が最初に生み出したため、神々はたいそう驚いた。
神々はそんな彼女に敬意を払い、『神武』を『ニンゲン』の統率役に決めた。
その頃。
鬼の種族の『八瀬一族』と『朱点一族』は、着々と増えてゆくニンゲンたちを他所に、
『神・妖・鬼』と『ニンゲン』が『互いに一切干渉できない結界』を作っていた。
試行錯誤の末、2族は互いの力を一振りの太刀を依代にして、見事に結界を作り上げた。
その太刀の銘は『魔利支天』。
陽炎のように誰にも触れられず、それでいて強い力を内に秘めた美しい刀だった。
八瀬の当主が力を込めた後、朱点の当主が呪文のようなものを呟くと、陽炎のように『魔利支天』は消えていった。
「誰かが結界を破って我らの均衡が崩れてしまわないように」
朱点の当主がそう小さく呟いたのを、妖の一人・八岐大蛇だけがはっきりと聞いていた。
ニンゲンたちはいつしか、神や妖や鬼が棲む世界を「隔てられし冥土の地」という意味の『幽冥郷』と名付け、呼ぶようになった。
神々と妖・鬼は、「生き神」とも称される『神武』の一族『帝家』から”伝承”として、その存在をニンゲンたちに認識されることとなった。
今は、まだ。
裁定者は雨を待つ