未来の美術部

未来の美術部

5年後の約束

「那珂ちゃーん!ハッピーウエディング!」
控え室の扉を遠慮なく開けて入って来たのは咲乃、鞠奈、絆。
「咲!戻って来てたんだ」
「那珂先輩綺麗なドレスだね。本当に告春のデザイン?」
「そうだよ。結構上手でしょ」
「うん。本当は那珂先輩が作ったんじゃないかと思ってたけど。さすが告春くんだね」
3人とも口々にドレスの感想を述べた。高校の頃からから自分のデザインしたドレスを花嫁に着せるといっていが、あの約束から5年。唯月が大学を卒業して晴れて結婚することとなった。
「告春ー!」
「タァーキシードォー!」
「はしゃぐな馬鹿!」
その頃隣の告春の控え室には騒がしい軍団。圭吾を先頭にその後ろに虎太郎、久間、さらにその後ろから翠と持田が顔を見せた。
「すげー!花婿だ!」
「さすが社長令嬢の婿。似合ってるな」
「馬子にも衣装だな」
「馬子って」
同級生の虎太郎と持田はいい具合に褒めてくれたが、圭吾は相変わらずの毒舌ぶり。久間も思わずツボに入った。
「馬子はないでしよ馬子は!それ言ったら圭ちゃん先輩も結構馬子に衣装だからね」
「これは衣装じゃねえ。就活で着てたリクルートスーツだ」
「えー!後輩と同級生の結婚式に普段着ってどうなの?」
「普段着じゃねえスーツだよ」
「じゃあ衣装じゃん!」
「あーもう分かったから!続きはあとあと」
圭吾と告春の終わらないコントに久間が終止符を打った。
「女子は?唯月ちゃん先輩とこ行ってるの?」
「うん。写メ撮るって張り切ってた」
翠が告春の質問に答えた時、扉がノックされた。
「お、時間みたいだな。じゃあ告春、後でな!」
「うん!ありがと」
5人がぞろぞろと控え室を出て行った後、入れ替わるようにして唯月が入って来た。
「ずいぶん楽しそうだね」
「聞こえてた?そっちも女子が張り切ってたって行ってたよ」
「うん。いっぱい写真撮ったよ」
お互いに先ほどまでの控え室の様子を言い合った。何年たっても同級生との再会は嬉しいものだ。唯月は高校を卒業して4年、告春は3年。高校の頃はあんなに一緒にいたのにお互いに進学、就職してこの4年は離れて暮らしていたが、ついに一緒になれる日が来る。
「ねえ告春、覚えてる?私が高2の時ウエディングドレスのデザインしててさ、告春が手伝ってくれたよね」
「覚えてるよ。最優秀賞とってさ。表彰式行ったよね」
「あの時ね、本物の結婚式はもっと静かなところであげたいなって思った。でもまさか本番も隣が告春だとは思ってなかったな」
「俺は思ってたよ。もっと前からずっと好きだったし」
もう5年も前のことなのに記憶は鮮やかに呼び起こされる。あの日から全ては始まった。ウエディングドレスの表彰式。告春の告白、プロポーズ。CenterOfficeの就職試験に際しては一緒に勉強し、就職が決まったら正式に唯月の家に挨拶に行った。まだ法的に結婚が許されていない17歳の高校生が何を言うかと1度は言われたが、それでも唯月が最もらしい理由をつけて説得した。それからは1年間は試用期間として仕事ぶりを見るだの、家に呼んで話す機会を持つだのいって唯月のいない那珂家に告春が呼ばれるということが多くなった。次第に父とは意気投合したようで婚約の許可も出たのだが。
「背伸びたね、告春」
「そう?」
「そうかも。あの頃はちょっとした変わらなかったのに」
会わない間に告春はぐんと背が伸びて唯月のよりずっと高くなっていた。これなら隣に立っても格好がつく。
「俺ね、ほんとに結婚できると思ってなかったんだ」
「え?なんで」
「唯月ちゃん先輩は社長令嬢だけど俺高卒の事務職だし。なんか住む世界が違いすぎて昔はこう言う人とはどうあがいても一緒にはなれないんだろうなって思ってた。だから社長が1年だけ様子を見るっていった時すごい嬉しかった。先輩と一緒になれるかもしれないってちょっとびっくりした」
確かに社長令嬢という立場にいて高校時代から成績も良く一流大学に進学した唯月と成績はいつも底辺で高卒で就職した告春は同じ美術部にいたといえどまさに月とすっぽん。まさか結婚できることになろうとはあの頃は考えていなかった。
「私はね、小さい頃から社長になるんだよって育てられてて結婚も大学卒業したらお見合いって言われてたの。でもその前に告春が好きって言ってくれた時からこうなることを望んでたの。お見合いなんて嫌。ちゃんと恋愛結婚がしたかった。だから告春には感謝してるよ。ありがと」
「そっか。お見合いか…そうなるよね」
「うん。でもよく知らない人と会って好きでもないのに結婚するって嫌じゃない。その相手もきっと会社を継ぐために用意された人で私が社長令嬢じゃなかったら出会ってない人だよ。告春は肩書きじゃなくて私を見てくれたもんね」
「まあね。ていっても、知らなかっただけだけど」
企業の跡を継ぐお嬢様といえばその肩書きを目的にお見合いをする人が出てくるのは致し方ない。でも唯月も普通の女の子。今時そんな結婚はしたくない。だから告春のプロポーズは本当に驚いたし嬉しかった。
「お時間です」
感傷に浸っているとドアがノックされ、スタッフの女性が入って来た。
「じゃあ行きますか」
「はい」
「お手をどうぞ、花嫁」
「お言葉に甘えて」
告春に手を引かれて唯月は立ち上がり、唯月の父が待つ場所へ2人で歩いた。

「かんぱーい!」
「「かんぱーい!」」
結婚式の夜、美術部のメンバーで集まって二次会をした。襖で仕切られた和室を貸し切り行われた。当日ぐらい新郎新婦はゆっくりさせてやれと圭吾は言ったらしいが、今日やらないでいつやると虎太郎や久間が主張したことでみんな集まった。絆や持田は明日も学校。中には明日も朝から仕事という人もいる。圭吾と翠、唯月は4年制大学を卒業したばかりなので卒業祝いも含まれているのかもしれない。
「那珂ちゃんは卒業と結婚とダブルでおめでとうだね」
「ありがとう。久間も仕事頑張ってる?」
「うん。誰かさんと一緒で高卒の事務なんだけどこの差はなんだろう…」
久間は告春と同じで高校を卒業してからすぐ就職した。職種も同じ事務職だが告春は21で結婚、久間は22になっても彼女1人いないままだ。
「まあまあ、結婚だけが人生じゃないよ。久間先輩、ビール」
「おう、ありがとう鞠奈」
久間はビールを飲みながらみんなの近況を1人ひとり聞いて言った。学生の2人以外はもう就職していたり、4月からの職場が決まっている。鞠奈は短大を卒業して病院の受付嬢をしている。咲乃は大阪の専門学校を出て美容師になった。圭吾は有名IT企業の広報部に配属が決まっている。翠は大学院へ進んだ。
「お待たせしましたー!生ビールとチューハイ追加」
「おー、悪いね虎太郎くん!」
「久間先輩俺使い荒いし。もう酔ってない?」
虎太郎は高卒で飲食店に勤務している。今日も仕事が入っていたため初めは不参加の予定だったが、それではかわいそうなので虎太郎の勤務先で飲むことにした。これで終わったらすぐに合流できそうだ。
「告春はもう那珂ちゃんとこの会社で働いてるんだろ?」
「うん。CenterOfficeの事務にいる」
唯月の父親が祖父から引き継いで社長を務めるデザイン会社のCenterOffice。高2の秋に唯月に進められて就職を考え始めた。高校に入って美術を始めてデザインに興味を持ったこともあり、デザイン会社への就職には積極的だった。とはいえ、評定も知識もない告春にとって就職は決して簡単なことではない。先生たちと練習を重ね、唯月の助言を受け入れて、デザイン課と経理事務の面接を受けた。結果事務に内定をもらって今に至っている。
「じゃあ来月那珂ちゃんが入ったら告春那珂ちゃんの先輩じゃん」
「本当だ!俺唯月ちゃん先輩の先輩!」
「紛らわしいな」
唯月もCenterOfficeのデザイン課への就職が決まっている。そしてもう1つ、今年の春から始まるものがあるのだ。
「そういえば新居は?」
「そうだ!結婚するなら今から新居じゃない?」
久間に乗っかるようにして咲乃も告春に押しかかった
「今はまだ!来週くらいに引っ越す!」
攻め立てる酔っ払い2人から逃れるように告春は声を張った。新居は会社の近くの2LDKマンションを借りた。と言っても、仕事や大学で忙しい2人に変わって探してくれたのは唯月の父だ。過保護な父に与えられた条件は多いものの、晴れて2人の新生活が始まる場所が確保できた。
「お待たせ!仕事上がったよ…あれ?」
やっと仕事を終えた虎太郎が駆けつけた時にはもはや酔っ払いが新婚に絡む修羅場と化していた。恐ろしくて踏み込む場もなく虎太郎は持田の隣に座ってその様子をしばらく傍観した。
「てゆか俺らばっかじゃなくて!みんなもなんか近況とかないの?」
次々と唯月とのプライベートを晒される現状に流石に恥ずかしくなった告春は話題転換を試みた。
「馬鹿野郎。お前の結婚式の後にお前の話しないでどうすんだよ」
今日ばかりはしっかり者の圭吾でさえ酒がまわって告春に突っかかっていく。
「咲!咲は彼氏できたって言ってたよね。今どうしてる?」
「別に進展はないかなあ。仲良くやってる。まだ半年くらいだし」
「鞠奈は?誰かいい人いないの?」
「今はいないな。仕事始めたばっかだし」
慌てて唯月は他に話を振ったが大して膨らまなかった。まだ社会人1年目が終えたばかり。仕事に一生懸命な時期だ。学生の絆と持田は就活、卒論、試験に追われて恋愛どころではないだろう。卒業したての圭吾と翠もまた然り。
「恋に学歴は関係ないんだ!高卒の告春がこんなに早く結婚してんだから。それなのに同じ条件の俺たちに回ってこないのはなぜだ!虎太郎!」
「えっ、俺!?」
せっかく仕事を終えて腰を下ろしたのに先輩から指名をくらってゆっくり落ち着くこともできない。
「だって高卒の告春が社長令嬢と結婚できるんだぞ。俺らだって」
「いや、俺は…」
そこまで言ったところで襖が開き、美人店員が顔を出した。その端正な顔立ちに誰もが目を奪われた。
「虎太郎くん、ビール」
「あ、ありがと」
虎太郎は少し気まずそうにジョッキを受け取った。
「今日は先に帰ってるね。お疲れ様」
にこっと虎太郎に笑顔を向けた彼女のひと言にみんなが反応した。
「今日は?」
「今日は…ってことは」
「いつもは…」
まずい、と慌てた虎太郎はお疲れ、と彼女に声をかけて襖を閉めた。
「虎太郎、説明あるよな?」
「あ、いや、えっと…」
この飲食店に勤めて3年になる虎太郎は同期でここに勤め始めた女の子と1年ほど前から交際していた。もちろんそれを言ったら久間が荒れると思ったから黙っていたわけだけれど、むしろバレたことで久間はさらに荒れて告春に続くターゲットになってしまった。
「いでででで!許して、許してぇ!」
「問答無用だあ!」
結局時間の許す限り騒ぎたてた。最終的に持田は大学の課題を始め、圭吾は酔いつぶれて寝落ちたものの、久間は最後まで元気だった。
「もっちー真面目か!ほらPC片付けて」
「咲先輩飲み過ぎ…酒強ぇ」
「圭ちゃん起きて。いつまで寝てんの」」
二件目だなんだと騒ぎ出す久間を無理やりなだめてそれぞれ家路に着いた。
「告春と那珂先輩はまだ新居じゃないの?」
帰り際に鞠奈がにこにこしながら聞いてきた。
「うん。また何もないから。しばらくは実家」
「そっか。引っ越したら遊びに行きたいな。あ、でも新婚か。ダメだよね」
「いいよ。遊びにおいで」
結婚式の二次会は無事お開きとなった。

KeigoTAKAMIZAWA〈運命の霧薔薇色〉---1

「もう圭くんとは付き合えないよ、ごめんね」
「そっか…わかった」
それしか言えなかった。彼女がこんなことを言い出した原因は自分にあるとわかっていた。仕事ばかりで彼女との時間が避けなかったのはたしかだけれど、まだまだ若手の圭吾に彼女と遊んでいる時間はない。寂しい思いをさせてしまった。でも申し訳ないと思うと同時にもう彼女に縛られることもないという安心感があった。だから後悔はなかった。
「高見沢!CenterOfficeに頼んでた広告の件どうなってる?」
「あ、はい!今日行ってきます」
圭吾が働いている東邦ジャパンは名前を言えば大概の人には通じる大手IT企業。配属は広報部なので圭吾自身は会社の成長に貢献するような大きなこともできないが、広報も大事な仕事。会社のイメージや認知度を上げるため今日も身を粉にして働いている。
「デザイン課の那珂唯月さんお願いします」
「かしこまりました。少々お待ちください」
今日の商談はCenterOffice。以前にも何度か来たことがあるしここでの商談はもうお手の物だ。いつも通りに受付に自分の名前を告げるとエレベーターで上に上がった。
「あ、圭ちゃん先輩!」
エレベーターを降りると目に入ったのは目的の唯月ではなく、告春だった。会うのは結婚式以来だが、思ったよりずっとちゃんと社会人しているらしい。一時は赤点のせいで部活を出禁になりかけた人間が今では立派に働いているなんて、人生どう転ぶかわからないものだ。
「今から商談?」
「ああ。お前もか?」
「俺は今から銀行まわり」
「そっか。せいぜい大金落とさないように気をつけてな」
「えっ、俺そこまでばかじゃねーし!」
久しぶりの告春にも当然のように毒を吐き捨てると手を振って去って言った。
「相変わらずだな、圭ちゃん先輩…」
告春も笑いながらエレベーターに乗り込んだ。
「はい、これで書類は全部です」
「よし。ありがとう。助かったよ」
「お茶入れてくるね。待ってて」
手続きが終わると唯月は立ち上がって給湯室に向かった。しばらくするとお盆にティーカップを2つ並べて戻ってきた。
「ここね、紅茶の種類がすごく豊富なんだ。お母さんが好きだから給湯室にいっぱい置いてて」
「へえ。綺麗な色だな」
「でしょ。今度来た時はもっと珍しいの見せてあげるね」
目の前に置かれた紅茶からはふわりと甘い香りが立ち上り、リラックスを誘った。
「圭ちゃんさ、最近なんかあった?」
紅茶を1口含んだところで唯月に問いかけられた。その声色はあまり楽しそうなものではない。何か悪い噂でも聞きつけたのだろうか。
「なんかって?」
「なんか、悪いこと。今日ずっと元気ないから。久間も気になること言ってたし」
久間とは割と最近一緒に飲みにいった。その時にちらっと話したことをあのお喋りは唯月に話していた。多分今頃翠や咲乃にも伝わっているのではなかろうか。
「久間なんて言ってた?」
「美乃梨さんとうまくいってないみたいって…」
「ペラペラ喋りやがって。別れたんだよ。でも仕事は順調だし別に問題ない」
美乃梨は圭吾が付き合っていた会社の先輩。年下ながら仕事をテキパキとこなし非の打ち所がない圭吾が気に入られ交際を持ちかけられた。断る理由もなく圭吾が受け入れたのが1年ほど前。だが仕事ばかりと向き合い自分を優先してくれない圭吾に嫌気がさしたらしい。
「付き合ってても楽しそうじゃなかったのに別れても落ち込むんだね」
「あの人自分勝手なとこあったけどなんだかんだでいい人だったし。美人だしすぐまた男見つけるんだろうけど」
「合わなかったんだよ。年上だからって気を使うことも多かったんでしょ?もっと圭ちゃんに会う人いるよ。紹介しようか?」
「いいや。しばらくはそういうのいい。仕事に集中したいし」
「彼女作ってても仕事には集中するくせに」
「うっせ」
笑って返すけれど、否定はしない。昔から責任感だけは人一倍あった。任せられた仕事はきちんとこなす。やらなければならないことの優先順位は決して崩さなかった。大事なことを大事と優先できるのはいいことだけれどそれによって悲しむ人がいたこと、それを無視し続けたことも事実だ。
「那珂ちゃんのほうは?暖陽だっけ。大きくなったんじゃない?」
「うん。だいぶ歩き回るようになった」
暖陽は告春と唯月の第一子。一昨年生まれた男の子。冬生まれだが暖冬で暖かい日に生まれたので暖陽と名付けられた。子ども好きの鞠奈を始め美術部の面々は会うたびかわいがってくれる
「那珂ちゃんの子だしきっと賢いだろうな。あ、でも告春の子か」
「そうなんだよね」
笑いながら話す圭吾の目の奥はどこか暗くて楽しそうなのは表面だけに見えた。幸せになりたい。その願望は誰もが持っているもの。恋愛はしばらくいいといいながら圭吾も幸せな家庭を築きたい気持ちはあるのだろう。
「圭ちゃんの今日のラッキーカラーはミスティローズだよ」
「何それ?強そうな名前」
「こんな色」
唯月は色見本をぱらぱらとめくって暖色系のページの中から1つを指差した。白に近い霧がかかったような淡い薔薇色。かわいらしい色だ。
「見つけたらいいことある、かも」
「かも?」
「かも」
「じゃあ探しながら帰るわ。ありがとな」
「うん。気をつけて」
唯月と別れてエレベーターに向かった。ボタンを押すと1階からすぐに上がってきた。ドアが開いたエレベーターには誰か乗っている。告春が戻ってきたかな、と一瞬思ったが、出てきたのは小柄な女性だった。全体的に春を匂わせるふんわりとした印象。さすがデザイン会社の女性社員はおしゃれだな、と思わされた。軽い色の髪はゆるい内巻き。花柄の刺繍が入った白いブラウスの下に流行りのプリーツスカート。その姿をみて唯月の言葉を思い出した。
『そんな圭ちゃんの今日のラッキーカラーはミスティローズだよ』
そこで見せられた色と彼女のスカートの色は同じ。ミスティローズ。彼女はエレベーターを降りるときぺこりと圭吾に頭を下げた。圭吾も慌てて頭を下げてエレベーターに乗り、ボタンを押した。
『見つけたらいいことある、かも』
いいことがあればいいな。あまり期待はできないけれど、少しだけ期待してみたい気もした。
「愛理ちゃん。おかえりなさい」
唯月が声をかけたのは営業から戻ってきた武崎愛理。告春と同じ事務の仕事をしている後輩で、告春の1つ年下。勤めていた他企業を退社してからの再就職のため告春より2年後輩となる。入社してから1年間告春が教育係を務めていたことがあって、今でも告春に信頼を置いている。
「ただいま帰りました」
「スカートかわいいね。ミスティローズ」
「ありがとうございます。好きなブランドの新作なんです。真宮さん戻られてますか?」
真宮さん、と未だに告春のことを旧姓で呼ぶ人は少なくない。単純に今までが真宮だったからそのままで、という人もいるがただでさえ那珂姓が親子で3人もいるのにこれ以上増えられたら紛らわしいと公的な書類以外は真宮のままなのだ。愛理は資料のチェックを頼もうとしていたようだが、まだ告春は戻っていない。そこで唯月がランチに誘うと愛理は迷いなく是非と答えた。持ち帰った荷物を机に戻して2人で外に出た。
「今度の商談は事務の人と一緒に行くことになってるんだけも、愛理ちゃん一緒に来てくれない?」
「え、わたしでいいんですか?真宮さんとかじゃなくて」
「いいのいいの。相手方は知り合いだし、告春と行くと公私を混同するなって怒られちゃうから。あ、でも告春には内緒ね」
社内でも声を掛け合うことはあるが、あまり話しているところを両親に見られるのは気まずいし、いちゃつくのは家だけにしろと釘を刺される。でもあまり告春を避け続けると拗ねてしまうのでそこの加減も難しい。
「どんな人ですか?商談相手の人」
「高校の同級生なんだけどね。男の人で、初めはちょっと人見知りするけど、しっかりしてて仕事はできるし優秀だよ」
翌週の商談は圭吾の勤務する会社の一室で行われた。圭吾もそれなりに忙しくしている様子が見て取れた。2年も務めているとそれなりに仕事にもなれ、いろいろと回って来るようになるらしい。
「今日は1人じゃないんだ」
「そう。事務の愛理ちゃんです」
「武崎です。初めまして」
初めまして、と愛理は言ったが圭吾は愛理に見覚えがあった。どこであったんだろう。そうだ、前の商談な帰りにエレベーターですれ違ったミスティローズの…
「圭ちゃん?」
「あ、ごめん。広報部の高見沢です。よろしく」
愛理の方から差し出された手を圭吾は少し躊躇いながらも軽く握り、名刺を差し出した。
「あれ、今日はラッキーカラーないの?」
商談を終えてそのまま帰ろうとする唯月に問いかけた。当たるか当たらないかもわからない、前回当たったかさえも疑わしい占いなのに、なぜか期待してしまった。
「うん。今日は圭ちゃん元気そうだし。それに、自分でわかってるかなあって」
唯月はそういってにこっと笑うと愛理と一緒に部屋を後にした。今日の愛理のスカートはオフホワイト。
「いい人ですね。高見沢さん」
「でしょ。有名企業広報部配属25才フリー。いい条件でしょ?」
「本当にフリーなんですか?」
「うん。本人は仕事に集中したいって言ってるけど、集中させてたら多分いつまでも恋なんてしないよ。それに…」
「…なんですか?」
「いいや。会社戻ろう」
「はい」
それに、今の圭吾の仕事に集中したいは恋なんてしたくないにも聞こえる。振られたばかりの圭吾に恋愛を進めるのも酷だとは思うが、いつまで恋をしないつもりなのだろうと心配してしまう。久間は圭吾を合コンに誘っているらしいが、そんな時間はないと断られているらしい。その割に翠が飲みに誘うと一緒に行っているらしいと久間が嘆いていた。
「あ、帰って来た!」
会社に戻るとすぐエレベーターホールで告春が待ち構えていた。
「待ってたの?」
「愛理ちゃん待ってた!机の上の資料大丈夫だからあれで出しといて。報告書もお疲れ様」
「あ、ありがとうございます!すいませんお待たせして」
「商談?いいな。俺も行きたかった」
愛理は告春と話しながらオフィスに戻っていった。
「どことの商談行ってたの?」
「東邦ジャパンです。唯月さんの同級生がいるっていう」
「ああ、圭ちゃん先輩のとこか…」
「真宮さんもお知り合いなんですか?」
「うん。高校の時部活が一緒で。あの人慣れてくると毒舌だしすぐ手が出るし乱暴だし…」
あんまりいったら怒られるけど、と言いながら告春は思いつく限りの圭吾の印象を並べていった。
「でもいい人そうでしたよ。優しそうで」
「いい人はいい人だよ。真面目だしなんだかんだで世話好きで。でもなんか遊び心がないっていうか、きちんとしすぎてるとこあるよね。自分にも他人にも厳しい感じ」
「へえ」
「あ、でもお酒が入るとすぐ酔って寝るんだ。結構弱くてさ」
「あら。意外です」
今日の商談で見せられた姿とは違う圭吾の顔。まだ恋愛には発展していかないけれど、他の顔も見てみたいなと愛理は思った。

KeigoTAKAMIZAWA〈運命の霧薔薇色〉---2

「真宮さん、資料チェックお願いします」
「はい。後で見とくね」
告春は手元の付箋を1枚取り、「資料チェック 愛理ちゃん」と書いてパソコンの横に貼り付けた。他にもいくつも付箋が貼られている。
「いっぱいありますね。全部やること書いてるんですか?」
「うん。俺バカだからちゃんと書いてないと忘れちゃうし」
学生時代の弱い脳はいまだ健在。ちょっと手を抜けばたちまち大問題を引き起こしかねない。事務は地味でいて縁の下の力持ち。重要な役割を担っている。失態は許されない。
「真宮ぁ!さっき出してた表途中からずれてる!」
「ええ!すいません!」
告春の出した資料をチェックしていた上司の佐藤優里が狭いオフィスで声を荒げた。
「真宮最近調子乗ってんじゃない?奥さんとも子どもとも順調だから」
隣の机から振り返ってにやつきながら口を挟んだのは入江隆文。わざわざ奥さんと子どものところだけ声を大きくしたように聞こえたのは気のせいではないだろう。こちらも告春の上司だが、優里から見ると部下に当たる。
「隆文さん!余計なこと言わないで恥ずかしい!」
「そっかそっか。もうすぐ1才半だもんね。そろそろ喋るんじゃない?」
先ほどまで怖い顔をしていた優里も途端に優しい顔つきに変わる。優里は子どもが好きで生まれたばかりの頃病院にも会いに来てくれた。
「喋ってます。ママーって」
「良いじゃない。かわいい年頃ね」
さっきまでの鬼の形相は何処へやら。隆文のおかげで優里は上機嫌だ。あれは余計なことではなくて助け舟だったらしい。
「とにかく表直しておいてね。銀行は代わりに誰か行かせるから」
「あ、わたし行ってきます」
「ごめんね愛理ちゃん。よろしく」
愛理は告春の代わりに通帳を受け取るとダークブルーのワンピースの裾を翻してオフィスを出て行った。エレベーターはまだ下にいる。ボタンを押して待っているとすぐに上がってきて、見覚えのあるサラリーマンが姿を見せた。
「あ…」
エレベーターから出てきたのは商談のために再びCenterOfficeを訪れていた圭吾。
「こんにちは」
愛理はそう言って頭を下げた。前にもあっているがまだ緊張した様子の圭吾は控えめに会釈だけしてその場を後にした。仕事はできるし優秀だけど、ちょっとだけ人見知り。唯月が言っていた通り。心を開くにはもう少し時間がかかりそうだ。
「あれ、圭ちゃん早かったね」
「那珂ちゃんこそ。もうお茶入れてるんだ」
「うん。告春忙しそうだったし、愛理ちゃんも外でてるらしくて。今日はハーブティー。ちょっと待ってね」
「さっきエレベーターで会ったよ。武崎さん」
「そうなんだ。銀行かな」
花が入れられた透明なカップにティーポットでお湯を注ぐと綺麗な青色になった。
「珍しいね、青って」
「でしょ。見ててね」
「まだなんかあるの?」
唯月がはお茶に浮かんだ花びらを取り除くとその上にレモンを搾った。すると青かった紅茶はたちまち綺麗なピンク色へと変わった。
「すげー!色変わった!」
「マロウブルーっていってね。レモンに反応して色変わる紅茶なの。綺麗でしょ」
「綺麗。本当にいろんな紅茶置いてるんだね」
圭吾は少し興奮した様子でピンク色に変わったカップを眺めた。
「楽しそうだね、圭ちゃん」
「面白いもの見せてもらったからな」
「いいことあったね。ラッキーカラーはもう見てきた?」
唯月は紅茶を飲みながら尋ねた。唯月が言うラッキーカラーは愛理の服の色なんだろうと圭吾は早い段階で気がついていた。ここに来るたびいつも目にする。今日はダークブルー。
「見てきた。それでいいことあったのかな」
「ラッキーカラーはわかってるみたいね。いい子でしょ、愛理ちゃん」
「俺とくっつけようとしてるの?」
「無理にとは思ってないけど、愛理ちゃんって圭ちゃんの好きそうなタイプの子だから。愛理ちゃんも真面目な人が好きだし。絶対うまく行く気がして」
唯月はいい意味でお節介。いつも自分のことより周りが見えていて優先したがる。役割とか立場とかより本人の気持ちが大事という考えは大切だけれど今は仕事の間柄。手は出せない。商談を終えてCenterOfficeをでると久間から電話がかかってきていた。
「もしもし?」
「あ、圭ちゃん?今日何時に上がる?」
「5時…6時までには」
「じゃあサシで飲まねえ?」
久間とサシでと誘われて無事に家にたどり着いたことはない。いつも家で飲み直した挙句気づいたら朝になっていたり、終電の時間になっても引きとめられたりしている。翌日も仕事がある場合はあまり行きたくはない。
「俺明日も仕事だし…」
「俺だって明日も仕事だよ!美乃梨さんにフラれた圭ちゃんの傷心を癒してあげようと思ってんのに」
「余計なお世話だよ。もうえぐるなって」
「じゃあ6時な。いつもの駅にいるから」
「おい!久間!」
相変わらず人の話を聞かないやつだ。結局仕事を終えた後その足で久間の待つ駅へ向かった。今夜は家に帰れないだろう。
「圭ちゃんほら飲んで飲んで!」
「もう十分飲んだよ」
「まだ!圭ちゃん起きてるもん!」
「お前は俺をどこまで酔わせたいんだ!」
「ベロベロに酔って思ってること全部喋るまで!」
久間と飲むとペースに呑まれてしまう。ついつい飲みすぎて次の日の朝起きられないなんてこともよくある。
「取引先にいい人とかいないの?那珂ちゃんとこ商談行ってるらしいじゃん」
「行ってるけど別に女探しに行ってるわけじゃないし。那珂ちゃんは勧めてくれてるけど」
「かわいい子?」
予想以上に久間が食いついてきた。自分もろくに女と付き合ったことがないくせに人の恋愛には随分と積極的だ。
「顔はかわいいよ。真面目そうだし。まだちゃんと話したことないけど」
「圭ちゃんのことだからすれ違っても会釈とかだけで済ましてんだろ。シャイなんだから」
にやにやしながら適当なこと言っているようだけれど当たっているからなんとも言い返せない。せっかく唯月が勧めてくれてるし、久間も応援してくれてるわけだし、仲良くなりたい気持ちがないわけではない。けれど会釈しかできない自分に何ができるだろうか。きっかけがあっても掴める気がしない。チャンスの女神に後ろ髪はない。結局今夜はそんな話を延々と続け、終電を逃して久間の家に泊まった。明日も商談があるのに、と思いながらも帰れないのだから仕方ないと狭い部屋で久間と並んで眠った。
翌朝、久間が起きると圭吾はすでに支度を終えて会社に行く準備を済ませていた。
「もう行くの?早いね」
「仕方ないだろ。お前の家からだと遠いんだから」
圭吾がいつも乗る駅からは駅3つ離れているためそのぶん早く起きなければならない。
「起こしてくれればコーヒーくらい淹れたのに。朝飯は?」
「途中で買ってく」
「なんか作ろうか?」
「時間ないからいい。いってきます」
「いってらっしゃい」
まるで同棲を始めたばかりのカップルのような会話を済ませると圭吾は久間の部屋を出た。昨日から1日着っぱなしでそのまま寝てしまったシャツはしわだらけでクタクタになっているが、こればかりは仕方ないかとこのまま電車に乗った。もう1本早い電車に乗れば急げば1度家に帰れたかもしれないが、あれだけ飲んだ次の日にこれ以上早く起きることはできなかった。二日酔いでなんなとなくだるい体を引きずって出勤した。
CenterOfficeについたところでたまたま告春と居合わせた。そこで声をかけられて話しながらエレベーターに乗りこんだ。
「圭ちゃん先輩また久間先輩に誘われて飲んでたの?」
「なんで分かんだよ」
「服が昨日と一緒。前もこんなことあったね」
確かに以前にも久間に無理やり誘われて家に泊まってそのまま出勤したことがある。久間とのサシに限らず誰かの家で飲んでしまうと電車に乗って帰るのが億劫になりそのまま泊めてもらうことは多々ある。
「あ!ねえ、今度ご飯行こうって唯月ちゃんが」
「ご飯?」
「うん。今やってる仕事が大体片付いたら。唯月ちゃんと愛理ちゃんと」
「両手に花だな」
「女の子に囲まれて祝杯なんて贅沢だね。先輩も愛理ちゃんと1回ちゃんと会ったら慣れるでしょ」
「まあそうたな。仕事でも長い付き合いになりそうだし」
告春も来るのかと思ったら今回は留守番らしい。子どもがいるから夜はどちらか家にいないといけないという幸せそうな理由だ。
「まあ何にせよ仕事が片付いてからだな」
「まだしばらくうちに通い詰めるの?」
「不満か?」
「いえ全然」
告春が大袈裟に首を振って見せた。圭吾も焦る告春の様子を見て楽しそうに笑いながら続けた。
「残念だがここに来るのはもうすぐ終わりだ。とりあえずこの件ではな」
「また別の件では来るってこと?」
「依頼を受け入れてもらえれば」
「またのご利用お待ちしてますってことだね」
告春は事務のオフィスの前に着くと足早に去って行った。応接室にまだ唯月は来ていないようだった。仕方なくドアの前で立ち尽くして待っていた。
「高見沢さん!」
急に名前を呼ばれた聞き覚えのある声に顔を上げると愛理がこちらに向いて歩いて来ていた。
「あ、こんにちは…」
緊張しながら挨拶をすると愛理が唯月さんですか?とドアを開けてくれた。
「すぐ来ると思うので、中でお待ちください。お茶淹れて来ます」
「お構いなく」
愛理は慌ただしくドアを閉めて部屋を出て行くと給湯室に向かった。そこに入れ替わるようにして唯月が入って来た。
「ごめんね、電話かかって来て」
「大丈夫だよ」
慌てて入って来た唯月は
「あ、告春から何か聞いた?」
「ご飯行こうって話?」
「そう。商談が終わったらね」
「武崎さんはなんて言ってるの?」
「行きたいって。取引先の相手と話すことは大事だからね」
あくまで仕事上の関係。業務提携。この仕事が片付けばしばらくはCenterOfficeに足を運ぶこともなくなる。この機会を逃せば食事も当分先になりそうだ。
「来週にもう1回来るからその後がいいよね。金曜日がいい?」
「いつでもいいよ。久間に比べたらありがたい誘いだ」
数日後、圭吾は唯月と愛理に連れられてCenterOfficeの近くのレストランに来た。商談の終わりとこれからのCenterOffice、東邦ジャパンの発展を祈って祝杯を交わした。
「なんか那珂ちゃんと告春が一緒にいないってしっくりこないな」
「そう?いつでも一緒じゃないよ」
「俺が会うときはいつも一緒だったから。部活も仕事も」
「まあそうだね」
高校の頃から変わらない。いつと告春と唯月はふたりで1つのセット扱い。あの頃こそクラスが違うは一緒にいる姿は部活くらいでしか見なかったが、今は部署も違うし一緒にいることの方が少ない。会社の行き帰りと家くらいのものだ。
食事を終えて店の外に出ると重く湿った空気が漂っていた。
「降ってる?まだ大丈夫?」
「降ってないですけど、いつ降り出すか分かんないですね」
星は見えず、今にも雨が降り出しそうだ。黒く塗れている道路や濡れた傘を持っている通行人からさっきまで降っていたことがうかがえる。
「圭ちゃん駅だよね」
「うん。電車で帰る」
「愛理ちゃん駅の方だから途中まで送ってあげてくれない?私が行ってもいいんだけど雨降りそうだし」
振り返ると、唯月の後ろに隠れるようのして立っている愛理と目があった。これはいつものお節介とか余計なお世話というよりは単純に愛理を心配してのことだろう。いつ雨が降りだすかもわからないこの状況で幼児が待っている唯月をこれ以上引き止めるわけにはいかなあ。
「いいよ。暖陽待ってるもんな。武崎さんは送ってく」
「ありがとう。じゃあ愛理ちゃんまた明日ね」
「はい。お疲れ様です」
圭吾と愛理は唯月と反対側に向かって歩き始めた。

KeigoTAKAMIZAWA〈運命の霧薔薇色〉---3

「高見沢さんは彼女作らないんですか?」
告春と唯月が帰ってしまっても会話を絶やさぬようにと愛理が話題を振った。
「作らないわけじゃないよ。最近別れたばっか」
「え!すいません…」
「大丈夫だよ。あいつら言ってなかったんだね」
普段はなんでもペラペラと人のことを喋る奴らなのにどうしてこういうことはちゃんと気を使って黙っているのだろう。美術部には本当に面倒な奴らばかりだ。
「じゃあ、しばらく恋愛はしたくないって感じですか」
「そうだな。まあ別れたからってわけじゃないけど。もともとそんなに恋愛得意じゃないのかも」
「わたしは早く彼氏欲しいです。22の女がフリーってちょっと悲しいですし」
「そう?武崎さん仕事できるしそれはそれで充実してるじゃん」
「そうですけど、プライベートは全然。趣味とかもあんまりなくて」
確かに仕事はできるけれど彼氏なんてここ数年いないし、充実というにはもう一声、という感じだ。そういう意味では圭吾と少し似ている。
「俺は別に困ってないかな。彼女も今は欲しくない。那珂ちゃんは俺は早く結婚したほうがいいっていうけど相手がいるわけじゃないし」
一生独身を望んでいるわけではないし、22で結婚した唯月が早いほうがいいというのだから間違いない気もする。今そんなこと言われても結婚してくれる人はいない。
「わたしは…高見沢さんが好きですけど」
突然の告白に思わず足が止まった。確かに気に入っているみたいとは言っていたけれどそんなに軽々しく好きなんて口にしていいのか。それとも女性にとって気に入っていると好きは同義なのだろうか。
「本当に?」
確認の意味も込めて問いかけてみる。まっすぐ目はみられなかった。
「はい。はじめに会った時から素敵な人だなって。一緒にディナーして思いました。やっぱり思ってた通りの方です」
「そうか…」
緊張で声が震える。頬が紅潮していくのがわかった。これは告白なのか。だとしたら受けてもいいのだろうか。でもついこの間1人の女性も幸せにできずに捨てられた自分がこんなに早く次の女性と出会ってしまっていいのだろうか。例えば付き合ったとして、幸せにできるのだろうか。自分はあの日から何も変わっていない。それなのに彼女を作ることは正解なのか。せめて時間を開けるべきなのでは。考えれば考えるほど答えはNOに近づいていく。
「あ、すいません。変なこと言っちゃって。気にしないでください」
圭吾の戸惑いを察した愛理が気を利かせて重い空気を取り払った。
「うん…武崎さんには悪いけど、俺まだ前の人引きずってるみたいだから」
「はい…」
明るかった愛理の笑顔に暗いものが広がった。圭吾自身も胸が締め付けられるのを感じた。年下の女性相手に気を使わせてしまって、こんな顔をさせてしまうなんて。最低だ。
「正直俺に武崎さんはもったいないと思う。武崎さんにはもっといい人いるよ」
「そうでしょうか」
「勝手でごめん。ここで大丈夫?」
「はい。ありがとうございました」
愛理は頭を下げると走って帰っていった。圭吾はそれを見送ってから駅のホームに向かって歩き出した。
「フラれちゃったの?」
「フラれちゃいました。最近別れたばっかりらしくて。ちょっと焦りすぎましたね」
「そっか。意外と引きずるタイプなんだ」
フラれたと言う割に愛理はさっぱりしていて、仕事もいつもと変わらずテキパキとこなした。切り替えも早いしプライベートが仕事に影響しないのはいいことだ。でも告春は少しだけ寂しい気もした。
「うまく行くと思ったんだけどな」
「私も」
お昼、お弁当を食べながら告春と唯月は話し合った。愛理は彼氏が欲しいと言っていたし圭吾のことを気に入っていた。圭吾も愛理のようなタイプは好きだから会って間もなくてもうまく行くと思っていた。けれど現実はそんなにうまくできていないらしい。けっきょく何も進展しないままだった。
「でも圭ちゃん美乃梨さんのこと何もいってなかったのに。今更どうして」
「多分不安なんだよ。美乃梨さんを幸せにできなかったのにすぐ愛理ちゃんに乗り換えていいのか」
2人が話しながら食べているとそこに電話がかかってきた。
「ケータイ鳴ってる。告春?」
「あ、うん」
告春は箸を置くとお茶を飲んで電話に出た。
「あ、圭ちゃん先輩!」
告春は人混みの向こう側からやってくる圭吾に気づき大きく手を振った。仕事が終わる時間、圭吾から受けた電話はデザインの依頼ではなく、飲みの誘いだった。圭吾から誘われるなんて珍しいな、と思ったけど久間を誘えば家には帰れないし他のみんなは夜も仕事がある。消去法でたどり着いたのが告春だったのだろう。だったら会社の人でも誘えばいいのにと告春は思ったが、自分が聞くべき話があるのかもしれないと思って承諾した。
「最低だよな。美乃梨さんのことなんか全然引きずってないのに」
やはり愛理に言ったことを後悔しているようだった。酒が入ると普段は喋らないこともよく喋る。もしかしたら確信犯なのかもしれない。酒のせいにして喋りたい時もあるのだろう。
「じゃあなんてそんなこと言ったの?」
「怖いじゃん。最近振られたばっかなんだぜ?武崎さんも同じ目に合わせるかもしれない。仕事ばっかになって大事にできなくてまた逃げられたら今度こそ怖くて一生恋愛なんて出来ないよ」
意外とデリケートなんだね、と告春はワインを口に含んだ。いつも唯月と飲む白ワインではなく今日は赤ワイン。口の中に残る渋みが告春はあまり好きではなかった。
「愛理ちゃんってね、ちょっと圭ちゃん先輩と似てるんだ。仕事に一生懸命で、恋愛に不器用なとことか。だからいい距離感でやれると思ってたんだけどな」
「本当余計なお世話」
「ごめんって。でも本当に良かったの?今逃したら本当にお先真っ暗かもよ」
「今攻めて失敗する方がお先真っ暗だよ」
完全に距離を置くつもりらしい。そしてきっと1度置いた距離はもう戻らない。そうなれば圭吾と愛理はもう近づけない。
「ねえ、もう1回愛理ちゃんと話してあげてよ。結構本気だと思うから」
「これ以上期待させる方が悪いって」
「嘘ついて離れるなんて圭ちゃん先輩らしくないよ。愛理ちゃんのこと好きなら、せめて本当のことだけ話してあげてくれないかな」
愛理本人が何を望んでいるかはわからないが、このまま離れられることだけはきっと望んでいない。もうそういう関係にならないにしてももう1度ちゃんと話しておかなければ次の会社であっても顔を合わせづらい。気まずくなることだけはは圭吾も避けたかった。
「ちゃんと話さずになんとなくバラバラになるのって1番辛いじゃん」
「よく言うよ。自分は付き合い始めてからずっと安泰のくせに」
圭吾がグラスに残ったワインをぐっと飲み干した。本格的に酔ってきたようで、頬がほんのり赤くなる。
「そんなことないよ!唯月ちゃんが大学行ったときは離れてたし。今も結構ひやひやなんだからね」
「大学っていっても4年だろ?たまには帰ってきてたし」
「そうだけど!」
「はいはい。どうせこれからはずっと一緒じゃん」
「うーん、そうでもないみたい」
告春も最近聞いた話だが、ニューヨークにCenterOfficeの支社を作る話がある。初めての試みなのでどうなるかわからないことも多いが、そうなればこちらからデザイナーを数人向こうに送ることになるらしい。ニューヨークに送るのだがそれなりに優秀で経験があるデザイナー。そして会社が安定するまではいなくてはいけないから若くて経営力がある人。そしてもちろん英語ができる人。社内でそれに当てはまる人は何人かいるが唯月もその1人だ。
「ニューヨークか。また遠いな」
「事務は向こうで揃えるらしいし、そうなったら土地も時間も全然違うとこだし」
「でもお前ら子どもいるじゃん。簡単に母親引き抜けないだろ」
「わかんない。先の話だから暖陽が大きくなってからかも」
子どもがいるからといって優秀なデザイナーを送らないなんてもったいないことをするとは思えない。もしかしたら暖陽が成長するまで待ってから唯月を送ると言うことも考えられる。今回の件で子どもはネックにならないのだ。
「まあ那珂ちゃんならニューヨークもあるかもな。お前はいってほしくないわけ?」
「唯月ちゃんが行きたいなら止めないけどできればいてほしいな。俺は事務だからついていけないし。暖陽も母さんがいた方がいいに決まってる」
子どもの頃に母親と離れたからこそ言えることだった。いくつになっても家族とは離れたくないもの。暖陽は1歳半。それなりの年齢になるのにもまだ時間がかかる。
「それならもう那珂ちゃんをニューヨークに送らないかだな。家族がバラバラになりたくないならそれが1番いい」
「唯月ちゃんはそれでいいのかな」
「それは那珂ちゃんが決めることだろ。家族と離れてでもニューヨークに行きたいって言われたらそれまでだろ」
まだ話は上がったばかりだからいつ会社ができるのかも何人のデザイナーが送られるかもわからない。でももしすぐに唯月がいなくなったらと思うと不安になる。
「俺には選択権ないのか…」
「いやなら新しく選択権を提案すればいいだろ。デザイナーは案出すのが仕事じゃないのか」
「俺事務だし」
「まあどうでもいいけど。終電くるから帰るわ」
「え、もうそんな時間?やば」
色々と話し込んでいたら夜中になってしまったこれ以上ゆっくりしていたら終電を逃してしまう。荷物を持って立ち上がると素早く勘定を済ませた。
「悪かったな。こんな時間まで捕まえて。子どもも奥さんも待ってるだろうに」
「暖陽もう寝たなあ。唯月ちゃん起きてるかな」
店を出て夜空を見上げながら息を吐いた。今日は星が綺麗だ。
「告春。連絡先教えて」
告春の隣で空を見上げながら圭吾が呟いた。
「え、俺の?じゃないよね」
「ばか。お前のは知ってるよ。…武崎さんの」
少し照れた様子で愛理の名前を言った。それを聞いて告春は嬉しそうに圭吾の顔を覗き込んだ。
「連絡してくれるの?」
「このままっていうのも後味悪いし。俺がちゃんと整理ついたら連絡してみる」
これでとりあえず今より進展だ。嘘をついたままは圭吾らしくない。
「そっか。わかった。あとで送るね」
「頼んだ。じゃあな」
「うん。おやすみ」

KeigoTAKAMIZAWA〈運命の霧薔薇色〉---4

「唯月」
仕事中の唯月に声をかけたのは社長。つまり父親だった。家にいた頃は仲の良い父娘だったが、今この場では社長と一社員。会社では特別扱いはされない。
「ニューヨーク支社の話は知っているな」
「はい」
「行く気はあるか?」
正直唯月も迷っていた。行きたい気持ちはある。ニューヨークに行けば新しい環境でデザイナーとして、人として更にスキルアップできるはずだ。でもそんなに簡単には決められない。自分には家庭がある。子どもも幼いし、まだ離れたくない。けれど連れて行くとなると告春が困るだろう。告春は英語が話せないし今の仕事以外に向いた仕事もない。
「すぐにとは言わない。でも今年中には責任者を決めて準備を始める。来年には向こうで事業の準備を始めてもらう」
「いつまでに返事をすれば」
「唯月が行くようになればそれなりに重要なポストに入るだろうから返事はできるだけ早い方がいい」
「…考えておくきます」
YESとは言えなかった。かと言ってNOとも言えなかった。まさにフィフティフィフティ。行きたいけれど不安が大きすぎて踏み切れないというのが素直な気持ちだ。
「唯月ちゃん」
夕食後、暖陽を寝かせてからお茶を入れた。給湯室にいい紅茶を置いているからか、告春も紅茶を淹れる腕がここ数年で上がってきていた。
「ニューヨーク行くの?」
唯月は黙って紅茶に口をつけた。行きたいと言えば告春はきっと素直にいいというだろう。でもそんなに簡単に家を出る覚悟はできない。来年から事業に入るということは暖陽がまだ2才のうちに家を出ることになる。連れて行けたら1番いいけれど、そうなると告春はどうなるのだろう。英語ができないのに英語圏に放り込まれて無事に仕事ができるだろうか。おそらく無理だ。
「私が行きたいって言ったら、行かせてくれるの?」
「行きたいなら行っていいよ。行きたくないなら無理にとは言わないし。ただ、俺が唯月ちゃんの足枷にだけはなりたくないなって」
「足枷じゃないよ。私も離れたくないもん。私たちまだ結婚して2年だよ。はるくんだってまだ小さいし」
幼い暖陽を置いて渡米はできない。自分で成長を見届けたいし、暖陽だってまだまだ母親が必要な年頃だろう。
「暖陽のことなら大丈夫。連れてってもいいし、置いていくなら俺がちゃんと育てる」
「告春は私が行っても平気なの?」
「平気じゃないけど、俺が行かないでって言うのは違うと思って。唯月ちゃんが行きたいなら止めないし、迷ってるなら何も言わない。だから、したいようにしていいよ」
告春は一切関与しない気だった。自分が手を貸してはいけない。決めるのは唯月だから。けれどそういう気でいると自分に嘘をついているような罪悪感にも包まれた。
「行ってもいい?」
告春は自分の左手を唯月の左手に重ねた。薬指のマリッジリングがかつんとぶつかる。結婚して変わったことがたくさんある。一緒に住むようになった。このリングをはめるようになった。苗字が変わった。暖陽が生まれた。日常で見られる数々の変化の中で1つや2つ欠けてしまってもきっと大丈夫。だから唯月には自由にしていてほしかった。
「いいよ」
翌日の夕方、告春は仕事を終えたところで圭吾を誘って居酒屋に向かった。
「会社って何年くらいで波にのるのかな。暖陽が大きくなる前に帰ってこれるのかな。さすがに死ぬまで行きっぱなしじゃないよね…」
告春は日本酒片手に喋りながら溶けていく氷を眺めていた。
「うるせーよさっきから。お前はブツブツ独り言聞かせるために俺を呼び出したのか」
圭吾は突然呼び出されたからか告春が愚痴ってばかりいるからかさっきから機嫌が悪い。
「違うよ。愛理ちゃんとは進捗どうかなあって思って」
もっともらしい理由をつけて呼び出したけれど、実際は告春が相談に乗って欲しいことくらい圭吾には分かっている。
「そんなに離れたくないなら行かないでっていえばいいだろ。那珂ちゃんも迷ってんならなおさらだ」
「行ってもいい?って聞いたんだよ。行きたいってことでしょ。なら行かせてあげたいじゃん」
「でも離れたくないって言ったんだろ。子どももいるんだし、お前が行くなって言ったら行かねえよ」
「でもなあ…」
「あーもう!お前はどうしたいんだよ!行かせたいのか、行かせたくないのか」
いつまでたってもはっきりせずに言葉を濁している告春に圭吾は痺れを切らした。酒が入ると人格が変わる人はよくいるが、圭吾はその典型だ。
「俺は一緒にいたいです!でももし俺と結婚してなかったら行くのかなって…」
「そりゃ行くだろ。社長の娘なら誰も文句は言わねえし那珂ちゃんは実力あるしまだ若い。独り身だったら相談なしに送り出されるだろうな」
「そっか…そうだよな」
「でもお前らは結婚してんだから。その上で考えろよ。最終的に決めるのは那珂ちゃんだけど止められるのも行かせられるのもお前だけなんだぞ」
「えー、責任重大」
「当たり前だろが。結婚も子どもも自分たちで決めたんだろ。全部踏まえてお前はどうしたいかだな」
「わかんない…俺どうしたいのかな」
結婚した時にはニューヨークの話なんてもちろんまだなかった。でも唯月は腕もいいし就職した頃から出張や研修の話もあった。入社してすぐに妊娠が発覚して半年もしたら産休に入ったからあの頃はほとんど行かなかったけれど、育休から復帰してからは泊まりとまでは行かないけれど日帰りの研修にはよく出ている。本当は遠征もしたいのだろうけれど、子どもがいるからセーブをかけているのだ。今回も例外でなければ、唯月はニューヨークもセーブしてしまう。
「そういえば本当に愛理ちゃんにまだなにも返事してないの?」
そろそろ何か進展したかと思って愛理に聞いてみたが、特に何の連絡も受けていないらしい。圭吾の方から愛理の連絡先を聞いてきたから安心していたのだが、当の本人は連絡先を手に入れただけで踏みとどまっているのだ。
「まあ…なんて言ったら良いかわからなくて」
「そんな待たせないであげてよ。期待させるだけとか、可哀想じゃん」
「んな急かすなって」
ちゃんと連絡する、と言っておきながらいつまでも足踏みしている。せっかく女の子と知り合えて仲良くなって、相手が好意を抱いてくれているのに放ったままなんて愛理がかわいそうだ。もし告春がそんなことしていたら唯月は自分で決めてニューヨークに行ってしまうだろう。なんでこんなに悠長にしていられるのか。選択を迫られている告春だからこそ、今はそれが許せなかった。
「なんでそんなに放置できるんだよ!いつまでもいるとは限らないだろ!愛理ちゃんの気持ちも考えてみろよ!」
「放置じゃない。ちゃんとした答えが出したいだけだ。俺だって考えてんだよ!」
「答えなんて決まってるくせに!好きって言えばいいだけなのに!なんで早くそうしないんだよ!」
「急かすなって言ってんだろ!お前と俺は違うんだよ!」
2人がカウンターでヒートアップしている様子を店のみんなが驚いた様子で見ている。若い店員も混乱してしまい、奥に人を呼びに行った。圭吾は大きくため息をつくと財布から数枚千円札を抜き取り机の上に叩きつけて店を後にした。
「あ、おかえり」
「ただいま。暖陽は?」
「寝ちゃった」
圭吾との飲みはあまり長くはなかったがもう9時前。幼い子どもが起きている時間ではない。最近いつも夜帰ると暖陽は寝ている。自分の方が仕事は早く終わるのに迎えも世話も唯月に任せてしまっている。告春が暖陽と顔を合わせるのは朝だけ。
「ごめんね、全部任せっきりで」
「大丈夫だよ。私も食事行ったりとかするし」
「それは仕事だけど、俺のは圭ちゃん先輩と…」
「付き合いも大事よ」
唯月はいつも優しい。疲れていても子どものことは全て請け負ってくれる。もし唯月がいなくなってしまったらそれを告春がやることになる。唯月のように器用になんでもこなせないけれど、やらないといけない。そう思うとますます唯月には家を離れてほしくないという気持ちが膨らむ。
「告春?どうかした?」
浮かない顔でソファに座り込む告春の隣に唯月も腰掛けた。
「なんでもないよ」
「なんでもないことないでしょ。告春はすぐ溜め込むんだから。何かあるなら言って」
「でも…」
「でもじゃない」
こういう時はやっぱり唯月が年上。告春は逆らえない、と諦めて唯月に従うのだ。
「…唯月ちゃん、アメリカ行きたい?」
「ニューヨーク支社の話?」
「そう」
行ってほしくない。日本に、自分の近くにいてほしい。そう言えたらどんなにいいかと告春は何度も考えた。でも自分のわがままで唯月の夢や将来の可能性を消してしまってはいけない。だから自分の気持ちは言わなかった。でもそれが苦しくて結局圭吾にも当たってしまった。せめて行くのか行かないのか、はっきりした答えを聞かせてほしい。そしたらきっと今から心の準備ができる。
「私もまだ考えてるんだ。行ったほうがいいとは思うけど、まだキャリアも浅いし実績もそんなにないでしょ。私よりふさわしい人がいると思う」
「じゃあ、行かない?」
「告春は行ってほしくないの?」
前にも似たような会話をした。自分の気持ちを素直に言えなかった。でもそれでは唯月も決めかねてしまう。告春の気持ちも聞いた上での決断と唯月1人での決断では同じ答えだったとしてもきっと心持ちが変わってくる。だったら告春は自分の気持ちをぶつけたほうがいいに決まっている。
「行ってほしくないよ。ニューヨークに行ったほうが唯月ちゃんにとっていいのはわかってる。でも離れたくない。唯月ちゃんに近くにいてほしい…」
告春は気持ちをまっすぐに唯月に伝えた。いつも強がって入るけれど、告春もいろいろ考えて迷っている。唯月は告春の髪を優しく撫でた。
「そうだよね。じゃあ私行かない。ずっとこっちにいるよ」
「いいの?だって唯月ちゃん行きたいって」
自分で言ってほしくないとは行ったもののやはりその一言で唯月がいくのをやめてしまうとなるとなんとなく責任感を感じる。でもいくと言われたら全力で引き止めたいのも事実だ。
「私の代わりはいくらでもいるんだから。それに私だって告春やはるくんと一緒にいたいの」
「うん…うん、そうして。ずっと近くにいて」
「うん」
やっと素直な気持ちが言えた。唯月がどこにも行かないことに安心して体の力が抜ける。結局その日はそのままソファで寝てしまった。

KeigoTAKAMIZAWA〈運命の霧薔薇色〉---5

告春と話した翌日、唯月は出社してすぐ社長室に向かった。
「ニューヨーク支社の件だな。どうする?」
「行きません。私は日本に残ります」
「どうして?向こうに行ったほうが間違いなくキャリアアップに繋がるのに」
目の前で話す社長は父親の顔をしていた。多分唯月が行かないと言うのをわかっていてこの質問を用意していたのだろう。
「私には家族がいるから。家族が私を止めるなら私は行かない。離れてもきっとすぐ戻ってきたくなっちゃうだろうし」
「それはお前の意思か?」
「はい。私はまだまだ未熟なので。ここでキャリアを積みます」
社長の一人娘だとしても、美術の有名な大学を出ていても、唯月はまだ3年目の24歳若手社員。ニューヨーク支社の統括に加わるにはキャリアが浅すぎる。他の人が行ったほうが会社のためにも唯月のためにもなるのだ。
「お前ならそう言うだろうと思ったよ。行きたいと言ってもきっと告春くんが止めるだろうしな。もう行かない予定で準備を進めてある」
「それなのに聞いたんですか?」
「一応だ。最初に行くと即答したら行く手筈で進めようと思って」
実父ながらも娘が絡むと急に適当になる、と唯月は呆れた。簡単に言うけれど、唯月は会社の後継者。支社から是非こちらへとの声も大きかったはずだ。娘を日本に残すためにかなりの時間を費やしたのかもしれない。でもこれでもう悩むことはない。唯月は日本に残る。そして暖陽の成長を見守りながら告春と一緒にこのCenterOfficeに通うのだ。
「真宮、東邦ジャパンの依頼出来上がってるから持って行っておいて。道覚えないといけないし、武崎も行きなさい」
「はい!」
「東邦ジャパンかあ…」
突然の使命に威勢良く返事をした愛理と対照的に大きくため息をついた告春。昨日の今日で圭吾と顔を合わせるのは正直気まずい。通常運転でさえ怖いのに、今日ほど会いたくない日はない。
「CenterOfficeの那珂と武崎です。東邦ジャパン広報部の高見沢さんお願いします」
「かしこまりました。少々お待ちください」
東邦ジャパンはオフィスビルの一角にある。1階の受付で会社と名前と要件を言って、本人に確認が取れれば通してもらえるという厳重なシステムだ。そういところはさすが大企業。CenterOfficeは小さな企業だから中まで簡単に入ることができる。変質者が現れたら一発で全員人質だ。
「申し訳ありません。高見沢は本日退勤しておりますので、別のものが対応いたします」
「え、退勤?まだ昼前なのに?」
「申し訳ありません」
受付嬢が重ねて謝る。でも仕事熱心でいつも遅くまで会社に残っている圭吾がまだ午前中にもかかわらず退勤とは珍しいこともあるものだ。しばらく受付前で待っていると、圭吾と同じ歳くらいの若い男性がエレベーターから降りてきた。
「CenterOfficeの方ですよね。高見沢の同僚です。彼、朝から体調が悪くて急ぎの仕事だけ済ませて帰ったんです。」
男性は名刺を渡しながら丁寧に話してくれた。そこには確かに『東邦ジャパン 広報部』と記されている。
「えっと、じゃあこれを渡しておいてもらえますか」
告春は戸惑いながらも紙袋に入れられた広告の束を渡してビルを出た。
「どうしたんですか。浮かない顔して」
帰り道、ずっと喋らないでいる告春を不思議に思って愛理が口を開いた。
「いや、圭ちゃん先輩が帰るって珍しいなって。あの人メンタル強いから熱があるくらいじゃ学校も部活も休まなかったんだ。でもまあ急ぎの仕事だけ済ませてってとこが先輩らしいね」
ちょっとだけ心配、と告春は笑った。昨日呼び出したせいかなとか、そんなに遅くまでは飲まなかったけれど大丈夫だったかなとか、考えることはいろいろあるけれど圭吾に自分から連絡する勇気はなかった。
「ただいま」
「あ、暖陽、ママ帰って来たよ」
「ままー!」
「はるくんただいま」
1人で歩くようになった暖陽は唯月が帰ってくると迎えに出てくる。にこにこと笑いながら歩いて来て抱っこしてと言わんばかりに両手を伸ばしてくる姿は本当に愛らしい。
「今日愛理ちゃんと圭ちゃんとこ行ってきたんだよね。どうだった?」
「圭ちゃん先輩今日早退してたんだって。広告は同僚の人に預けた」
「早退?なんで」
「体調悪いから急ぎの仕事だけ済ませて帰ったって。珍しいよね」
「告春昨日圭ちゃんと飲んでたんだよね。その時は普通だったの?」
「うん。いつも通りだと思ったんだけど…」
無理をしているようには見えなかった。いつもと同じように誘ったら来てくれたし、お酒も飲んでいた。夜から体調が悪かったとは考えにくい。
「もしもし、圭ちゃん?私。唯月」
「那珂ちゃん。あ、会社にできたの持って来てくれたんだってな。電話もらった。ありがと」
「ああ、それ告春だよ。告春と愛理ちゃん」
「え?あ、そっか。あいつも那珂なんだ」
「うん。圭ちゃん大丈夫?」
「大丈夫って何が?」
「早退したって聞いたから。告春に」
「ああ、それか。全然大丈夫だよ。俺は平気って言ったんだけど周りが帰れってうるさいから」
圭吾は25歳という若さで大きな仕事も任せられる将来有望な社員。同僚や上司たちからしても突然倒れられたりしたら困るのだろう。過労のせい熱があってかしばらくは怠かったものの昼前から家に帰って休んだら身体は全快。明日には仕事に復帰できそうだ。
「そっか。圭ちゃんが帰るってよっぽどなのかなって心配したよ。昨日も告春と飲んでたんだよね」
「飲んだよ。まあ具合悪くなったのは今朝だし多分関係ないけどな。そういえばニューヨークの話があるんだって?」
やっぱり告春は圭吾に相談していたんだ、と唯月は悟った。いつも会えば言い合いしているし、噛み合わないところも多いけれどなんだかんだで2人は仲が良い。久間はよく圭吾にフラれたと言っているが告春はフラれたことがない。口は悪いけれど圭吾も後輩が可愛いのかもしれない。
「行かないことにしたの。告春やはるくんとまだいたくて」
「やっばり。那珂ちゃんならそうするんじゃないかって思ってた。昔から告春の片思いなようでちゃんと恋愛してんだよな」
「してるよ。じゃなきゃ結婚なんてしてないでしょ」
圭吾のからかうような言い方に唯月も笑いながら返した。
「でもすごいよな。初めは好きでもなかったのに6年も付き合って結婚か」
「羨ましい?」
「別に。俺はそういうの興味ないし」
「そう?私は圭ちゃんにも早く結婚して子ども作ってほしいけどな」
「なんでだよ。暖陽の遊び相手が欲しい?」
「それもだけど、圭ちゃんはすぐ無理するから。家族がいたらそれもできなくなるかなって」
仕事に熱心なのは良いことだけれど、何事にも真面目すぎるのが圭吾の悪いところ。責任感ゆえに1つのことに集中しすぎる。高校時代から変わっていない。
「もうちょっと肩の力抜いても良いんじゃないかな。その点は告春の方が優秀だね」
「告春?あいつに負ける日が来るなんてな」
「息抜きに関しては昔から告春の方が上手よ。あと自分の好きなことにだけやたら熱心なとことか」
実際唯月と一緒になりたい一心で突っ走った告春はCenterOfficeに就職して唯月と結婚した。対して圭吾は部長やクラス委員の仕事に必死になりすぎて第一志望の大学には入れなかった。有名IT企業という今の状況に不満はないが1番やりたかったことは結局掴めなかった。
「まあ、たまには休憩しなよ。倒れたりしたら大変だし」
「うん。わざわざありがとな」
圭吾に早く結婚して子どもを作ってほしいという思いは嘘ではないがなんとなく後ろめたい気持ちになるのは少なからずお節介の気持ちが入っているからだろう。可愛い後輩と大切な友人がうまく結ばれてほしい。本人たちもそれを望んでいるのがわかるし、少し背中を押してあげれば手を取り合えるところまで来ている。あと少しなのだ。もうゴールの目の前まで来ている。
「あと1歩だよ、圭ちゃん」
翌日出勤した圭吾は同僚から紙袋を受け取った。中身が間違っていないか確認しようと取り出すと、1枚小さな紙が入っていることに気がついた。
〈お仕事お疲れ様です。今後もよろしくお願いします!〉
内容は仕事上の簡単なもの。女性特有の小さくて丁寧な文字。告春や唯月の字ではない。となると、自分宛の書類にメッセージを入れる社員は限られてくる。
その頃CenterOfficeでは東邦ジャパンの仕事を終えて、次の仕事の商談が行われていた。
「それではこの内容で製作させていただきます」
「よろしくお願いします」
今回はホームページの依頼。ネット社会になった今、魅力的なホームページは必須。企業からの依頼は多い。相手方を見送ったところに愛理が顔を見せた
「唯月さん、ちょっといいですか?」
「何かあった?」
「いえ、大したことじゃないんですけど。東邦ジャパンからお礼のメールがあったので転送しておきました」
「そっか。ありがとう」
愛理は仕事がまめで、細かいことでも随時報告してくれる。お礼のメールは毎回送るものなので定型文であることが多く報告も転送もしない人もいるが、告春に教わったことだからと教えた本人も覚えていないようなことまで完璧にこなす。
「あの、高見沢さんと最近お話しました?」
「圭ちゃん?昨日電話したよ。会えなかったんだってね。ちょっと心配だったからかけてみたの。圭ちゃんがどうかした?」
「いえ、大丈夫かなって思っただけです。真宮さんも心配してたし」
「まあたまに無理するけど、自分の限界わかってるからね。結構賢いの。そういえば告春が愛理ちゃんの連絡先圭ちゃんに教えたって言ってたけど、なんか来た?」
「本当ですか?何も来てません。やっぱりこれっきりなんですかね」
「そんなことないよ。圭ちゃんってああ見えて結構失敗してきてるからいろいろ慎重になってるだけ」
「どういうことですか?」
「圭ちゃんね、本当は先生になりたかったんだよ」
まだ同じ教室で絵筆を握っていたころ。あまり自分の話をしたがらない圭吾だったが1度だけ大きな夢を語ったことがあった。教職に就きたい。高校で美術を教えたいというものだった。圭吾は器用で絵画も造形もデザインも器用にこなす。教えるのもうまい。みんなが向いていると評価した。けれど高校3年生の冬、第1志望だった美大にも第2志望だった大学の美術学部にも受からず、結局滑り止めで受けた私大の経済学部に進んだ。もちろん教免は取れず、現在の仕事についている。大学のレベルがあっていなかったのではないか、高望みしすぎたのではないかと担任からも両親からも言われたらしい。確かにレベルの高い大学ではあったが、圭吾もそれなりの準備をして臨んだ。それでも結果は否だった。今回のこともそれと同じ。愛理は仕事ができて、気遣いもできて、性格もいい。自分にはもったいない、これもまた『高望み』なのだと諦めてしまう。少し前ならそれとこれとは別だと割り切れたかもしれないが、1人の女性を幸せにできなかったことで同じことなんだと気づかされた。
「圭ちゃん案外臆病だから怖いと思ったら進まないの。だから愛理ちゃんから近づいてみたら?」
「でも、変じゃないですか?わたしフラれたんですよ」
「じゃあ圭ちゃんの友達として愛理ちゃんにお願い。息抜きにディナー付き合ってあげて。たまには誰かと食事するのもいいでしょ?」
「それなら、まあ…」
なんとなく無理やり感がなくもないが、このままでは前に進めない。唯月に騙されたと思って自分から攻めてみるのも手だ。愛理は唯月から連絡先を受け取って圭吾にメールを送った。

KeigoTAKAMIZAWA〈運命の霧薔薇色〉---6

後日、2人で会うことになった圭吾と愛理は唯月に教えてもらったレストランで待ち合わせた。
「こんなおしゃれなお店あるんですね。始めて来ました」
「那珂ちゃんああ見えてお嬢様だから。いろんなお店知ってますよ」
「さすがですね」
「今日は那珂ちゃんに何か言われたんですか?」
「はい。息抜きに付き合ってあげて、と」
圭吾は本当におせっかいなんだから、と言いながらも嬉しそうだった。
「あ、それから唯月さんにお酒は飲ませないようにって言われてます」
「そうですか。今日は飲まないつもりなんで大丈夫です」
人が変わってしまうことは自分でも自覚しているので、慣れた人と飲むとき以外はできるだけ控えるようにしている。お酒がなくても料理は進んだ。実家暮らしの愛理と違って、大学時代から1人暮らしをしている圭吾は誰かと食事をすることが楽しかったらしく、終始笑顔でいろいろな話を愛理に聞かせてくれた。初めの頃、人見知りをして目があっても黙ってすれ違っていたころが嘘のように会話は弾んだ。
勘定を終えて外に出るころあたりはすでに暗く、星が出ていた。
「家、駅のほうでしたよね。途中まで送ります」
「ありがとうございます」
「…告春から何か聞きました?」
「真宮さんからは何も。唯月さんから真宮さんが高見沢さんにわたしの連絡先教えたらしいって聞きました」
「黙って人の連絡先教えたんですね。告春らしいな」
今日はお酒を飲んでいないはずなのに圭吾は以前とは別人のようは表情を見せる。やっと心を開いてくれたのかな、と愛理も嬉しくなった。このまま友達として付き合っていくのが安泰なのかもしれない。でも人間というのは欲深い生き物で何か1つ手に入れるとその先を求めてしまう。愛理もまたその先を求めて手を伸ばした。駅に着く前に1つだけ確かめておきたい。
「高見沢さん」
「はい?」
「何か御用でしたか」
圭吾は一瞬にして表情を変えた。愛理が質問していることの意味を悟ったのだ。
「連絡先、真宮さんから聞いたんですよね。何か御用がありましたか?」
今までの明るい空気は真剣なものとなり、圭吾は大きく深呼吸をした。
「誤解を解いておきたくて。前に武崎さんと帰った時、まだ前の彼女のこと引きずってるって言ったけどほんとは全然そんなことないんです。ただ、幸せにする自信がなくて。今まで付き合ってた人を幸せにできなくてフラれたばっかの自分がこんなに早く次の人と会って幸せにできるわけないって思ってました。俺らはもう子どもじゃないから付き合ってみて合わないから別れてとか遠回りしてる時間もないじゃないですか。俺のせいで武崎さんの時間奪っちゃうくらいなら最初から付き合わないほうがいいと思って…すいません、うまく言えないけど武崎さんの気持ちは…嬉しかったんです」
「本当ですか」
「本当に。だからもう逃げません。武崎さんの気持ちちゃんと受け止めます」
「じゃあ…結婚を前提にお付き合いしていただけますか?」
「こちらこそ、お願いします」
愛理は目を合わせていられなくなって俯いた。お互いの指先が不意に触れ合う。ぎこちなく戸惑っている圭吾の手に愛理は自分の手を滑り込ませた。
「家まで送ってください」
「はい」
翌日の昼休み、愛理は唯月に誘われてランチに出た。
「よかったね。思ったより時間かかったけどうまくいったみたいで」
「おかげさまで」
「圭ちゃんなら真面目だし絶対幸せにしてくれるよ」
唯月と告春の後押しもあって無事に交際を始めた後、2人は順調に距離を縮めているらしい。愛理も圭吾が忙しいのは十分理解しているので会えない日が続いてもわがままは言わない。圭吾は圭吾で忙しくてもたまには会う時間を作るように努力している。
「いい感じ。会いたい時間と会える時間がうまく釣り合ってるみたいだね」
「そうですね。会いたいなって思う頃に誘ってくれるんです」
「通じ合ってますね。羨ましい」
「唯月さんだって真宮さんと通じ合ってるじゃないですか。真宮さんよく唯月さんとこ行こうとしたら向こうから来てくれるって言ってますよ」
まだあって間もない2人だが、長年一緒にいる唯月たちと同じように息がぴったりなのはそれだけ2人の感覚が似ているということなのだろう。お互いに求めすぎない、離れすぎない、程よい距離感を掴んでいるらしい。
「よかったね、愛理ちゃん」
「唯月さんたちのおかげです。ありがとうございます」
「圭ちゃんのことよろしくね。あんまり仕事ばっかりになりすぎないように、ちゃんと見張っといて」
「はい」
その日の夕方。告春は久間に呼び出されて居酒屋に来ていた。
「圭ちゃんが若い女の子と付き合ったんだろ?お前がやったのか?」
「そんな悪いことしたみたいに言わないでよ。たまたまお互いいい感じだった、みたいな」
「なにがみたいな、だよ。どうせお前らが根回ししたんだろ」
「それはしたけどさ」
万年フリーの久間は圭吾が前の彼女と別れて時間がたたないうちに次の彼女を捕まえたのか気にくわない。
「でもよかったよ。圭ちゃんあのまま一生結婚しないんじゃないかと思ってたから」
「まだ結婚じゃないけどね。でも愛理ちゃんとなら大丈夫だよ」
「真面目でかわいい子なんだろ。いいなあ。俺の前にもそんないい子現れねぇかな」
久間がビールをぐいっと飲み干す。もうほとんどやけ酒だ。
「圭ちゃんも付き合い悪くなるな」
「そだね。俺もそろそろ帰る」
「お前もかよ!なあいいだろ。家には泊めてやるから朝まで付き合えよ」
「やだよ帰るから!」
これ以上いたら本当に朝まで付き合わされてしまう。告春は今までの圭吾の苦労がわかったような気がした。
「ただいまー」
「ぱぱ!」
「ただいま暖陽!いい子してた?」
「早かったね。圭ちゃん?」
「今日は久間先輩。朝まで付き合わされたくないから帰って来た」
「それがいいね。久間は飲みだすと離してくれないから」
夕食を済ませてお風呂から上がるとソファの前のテーブルに2人分の紅茶が並べてあった。母親に似て唯月もかなりの紅茶好きだ。
「久間先輩も彼女作ればいいのに。そしたら僻まないし夜付き合わされなくなるよね」
「それができたらとっくにしてると思うけどね」
「そっか。そうだよね」
久間に付き合わされなくなるのはいつになるかわからない。圭吾が暇じゃなくなったぶん告春が付き合わされることも増えそうだ。翠は最近新しい研究始めて付き合い悪いらしい。夏になったら持田も夏期講習が入り忙しくなる。こうなればもう虎太郎の店に入り浸ってもらうしかない。虎太郎も儲かるし、悪いことはないだろう。
「そういえば咲先輩結婚するらしいね。久間先輩言ってた」
「そうなの。私にもさっき連絡きて。なんかやっぱり女の子の方が早く結婚するのかもね」
「そうだね。鞠奈ちゃんときーちゃんももうすぐかなあ」
この歳になると知り合いが次々と結婚し、家族を作っていく。これから結婚式の招待状が届くことも増えていくのだろう。
「咲のことだから賑やかなのやりそうだね」
「うん。楽しみだなあ」
唯月の腕の中で規則正しい寝息を立てる暖陽。きっとこの子も遊び相手ができて喜ぶだろう。そんな未来を想像しながら告春も眠りについた。

未来の美術部

未来の美術部

美術部の僕等(那珂唯月編)の未来編です。8年後の未来を描いています。

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更新日
登録日
2017-05-21

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  1. 5年後の約束
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