空色のバレッタ

空色のバレッタ

  第一章
「ねぇ、“トキバス”って知ってる?」
「知ってる!未来へ行けるって噂の!!」
「でも、一回未来へ行ったら戻ってこれないらしいよ。」
 教室のあちこちで話題になっている、この噂を聞くのはこれで何度目だろう。甲高い女子の声がやたらと耳につく。噂話なんて、なにが楽しいのだろうか。まったく理解できない。
「ちょっと麗華(れいか)!聞いてるの?!」
 そんなことを考えていると、美月(みつき)が少し怒った様子で私に言う。
「ちゃんと聞いてよ。“トキバス”の話!K町で男の子が行方不明になっているあの事件も、トキバスにのったからだよ絶対。そうおもわない?」
 またこの話題だ…。私は溜息交じりに答えた。
「そんなのあるわけないじゃない。ただの噂。」
 冷めきった私の言葉に、美月は頬を膨らませる。
「…つまんないの。麗華って感じ悪い。」
 ボソボソと呟いて私から離れていった美月の背中が、やけに遠く感じた。
「早く席につけー。みんな座ったな。明日から夏休みに入るが、おまえらは受験生なんだ。遊んでいる暇はないぞ。しっかり勉強しておくように。以上。」
「きりーつ。礼。」
 みんな浮かれた様子で教室を出て行くなか、私だけがぽつんと独りで家路についた。
最近、なにをやってもうまくいかない。一生懸命に勉強して受けた模試の結果はボロボロ、精一杯練習している部活でさえ先生や先輩に怒鳴られてばかりだ。それに、親友の愛花とも部活の練習中に、くだらないことで仲違いしてしまった。
毎日毎日、本当に嫌気がさす。
「あっ…。」
 そばを通ったバスが、おろしたての靴下に泥をかけていった。真っ白だった靴下に黒いシミが浮かぶ。
「はぁ…。」
 私は大きな溜息をついた。どうしてこんなにもついていないんだろうか。きっと、不幸はみんな私の上に降ってくるのだ。
「バスかぁ…。」
そういえば、学校で今、奇妙な噂が話題の中心となっている。時の中を進むバス、通称“トキバス”というバスの話だ。簡単に言うと、タイムトラベルができるバスらしい。そんなことに考えを巡らせているうちに、なぜか“バスに乗って未来へ行ってみたい”という気持ちが芽生えた。これでは、あることないこと騒ぎ立てることが好きな彼女たちと似たようなものではないか。
ぶんぶんと頭をふったとき、額に冷たい雫が当たった。
「雨だ。」
次々と落ちてくる雨粒が、アスファルトを黒く濡らす。
冷たくて悲しいにおいがした。
私は小走りで家の前の階段を駆け上がり、息をきらせながら重い玄関の扉を押した。

空色のバレッタ

空色のバレッタ

何もかもうまくいかなくて、すべてを投げ出しそうになっていた麗華。 そこへバスがやってきてー。

  • 小説
  • 掌編
  • ファンタジー
  • 冒険
  • SF
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2012-08-09

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