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くらげみんさん【@K1noco]】の絵を拝借させていただきました。
絶世の美女
鏡の前でしばらくぼーっと立っていた。鏡の中にはおしゃれな服に身を包んだ私がいる。とても似合っている。びっくりするほど似合っている。どんな服を着ても、私にはどうしようもなく似合ってしまう。今日初めて着たボーダー柄の服もよく似合っていた。
似合った服を着て、それに見合ったメイクをして、1人で優雅に歩く。
誰にも邪魔されないし、邪魔はさせない。私だけの時間を編んでいく。
決まった時間にカフェに足を運び、イケメンのボーイを軽くあしらい、甘めのコーヒーを飲みながら、サンドイッチを頬張った。
「やぁ。今日も朝から綺麗だ」
この店の常連なのか私の常連なのか分からないが、私より少し年上の男が、毎日話しかけてくる。いうなれば、唯一の邪魔者だ。
「綺麗なのは知っています」
「そうだね。もう何回も同じ会話をしてる」
「いい加減ストーカー被害で訴えますよ」
「それは…困るね」
「何が目的なんですか?私ですか?」
「そうだね。君だ」
「素直ですね。一緒に警察に行きましょうよ」
「デートかい?いいねぇ。そこ以外ならどこへでも」
あーもう。調子狂うなぁ。
「なんで私があなたとデートしなくてはいけないんですか!」
少し大きめの声が出てしまったようで、店の中の数人がこちらを見た。
その様子に、男はフッと笑った。
「す、すいません…」
「いいんだ。こちらこそすまなかったね」
そう言うと男は去って行った。
せっかくの服もメイクも私も、台無しだ。
このことをきっかけに、私はあのカフェには行かなくなった。
完璧なはずなのに調子を狂わされるのは、余裕がないからだと思った私は、ある程度の余裕を身につけた。
数ヶ月が経った頃、私は別なカフェへと足を運ぶようになっていた。
しかしながら、絶世の美女の定評を持つ私は、必ず男が付いて回った。
今回の男は前回の男とは違った。決して声はかけてこない。しかしながらじっと私を見つめていた。見つめて見つめて見つめて。そこまではギリギリ許せるが、家までついてくるようになってからは気味が悪くてしょうがなかった。
ある日の帰り道、私はその男に向けて声を発した。
「分かってるのよ!!どうして付いてくるの!何が目的なの!」
その声に体を震わせた男は、一瞬たじろいだが、何かが吹っ切れたかのように走ってきた。咄嗟の行動に身動きの取れなかった私は、あっさり押し倒され、カバンから取り出された包丁が、私の胸に向けて振り下ろされた。あーもうだめだと、諦めた瞬間、バキッという音が響き、体が軽くなった。
「何やってんだよ!」
ゆっくりと目を開けると、目の前には高校生ぐらいの若い青年が立っていた。
「立てますか?」
私を見ながらそういって、手を差し出してきた。その手を震える手で掴み、立ち上がって走り出した。
どれくらい走ったかは分からない。気がつくと景色が少しだけ変わっていた。
「はぁ…はぁ…大丈夫ですか…」
息を切らせながら青年が言った。
「えぇ…ふぅー…ありがとう」
私も息を切らせながらこたえた。
お互いに息を整え、怪我がないか確かめると、肘が擦り切れていたが、青年には黙っておいた。
「気をつけてくださいね。ストーカー被害はすぐに通報したほうがいいですよ」
青年は笑顔で言って去っていった。
私は確かにその通りだと思い、深く反省した。
ただ一つ、気になったことがある。
私が叫んだ時、辺りには誰もいなかった。叫んだと言っても、ストーカー男に聞こえる程度にしか叫んでいない。
つまり青年は、“私がストーカーに付けられている”と知っていたんだ。
一体いつから知っていたんだろう。
考えれば考えるほど怖くなった。知らない風景で何も言えない私は、住み慣れた街に戻り、数週間後に町を出た。
私のいない部屋の郵便ポストには、いろんな言葉が書かれた紙が投函されていた。
その文の末尾には「あなたは罪な人だ」と、必ず書かれていた。
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