ENDLESS MYTH第3話ー24
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【繭の盾】は室内に輪を描いて地べたへ腰掛けた。少し湿った床は、尻に冷たく触れてくる。
その中央に立体の映像が床に転げられた鉄の球体から投影され、直径2メートルほどの地球を中空に浮かべた。
そこを指差すニノラの意図通りに、ホログラムはある一点にズームされる。
「我々の知る地球はもはや皆無、存在していない。ここにあるのは遠い、果てしない時間の先に、いくつもの知的生命体が興亡したあとの、枯れ葉のような地球だ。いつ宇宙の塵になろうと不思議ではない」
ニノラ・ペンダースの言葉は的を射ていた。確かにそこに示された地球の地図は、メシアを含めその場にいる全員が知る地球の姿とは、どれだけ似せようとしても似ることのない、まったく別の惑星と言っても過言ではなかった。
大陸は形を変え、辛うじて己の知る大陸の断片はわかるものの、水没した地域や自然とは思えない、おそらく埋め立てられたであろう、直線的な海岸線の続くところもある。
その一部をズームしたニノラは、全員の前に立ち、ズームされた一部を指差す。
「ここはユーラシア大陸の北部だった地域だ。本来ならばロシア連邦が存在していたはずの場所だが、今は遺跡群の集合体と化している。イデトゥデーションの調査隊の記録では、文明の中心地があった痕跡がある。つまりこの地域を中心に、地球の文明が栄えた時代があったと言うことになる。奴らは潜伏している」
敵の所在を断言する黒人青年の言葉と同時に、さらにホログラムは地上へとズーム。1つの建造物を映し出した。
外観は風化して錆びついた鉄のような素材で構築されているが、建物自体は未だ風化することのない、幾何学模様の塔として凛然とそびえていた。
それがどんな目的、どんな文明の塔なのかは、外観からは判断できない。
「全長5キロ。内部が稼働しているかは分からないが、確実に奴らはここにいる」
と、黒人青年は、力強く断言した。
しかし青年にもどこに敵が潜んでいるかは、分からなかった。けれども彼は不安げな顔は見せない。自分が進むべき道を示さなければ、この場にいる全員の道が迷走する。そうした責任感が彼の不安を胸に押し込めた。
と、地球のホログラムの真横に無数の光の文書が上から下へ流れていく。
それが敵がこの建物に潜伏している根拠となるイデトゥデーションの調査結果であった。
それが流れすぎてから、少し吐息を漏らしてから、ニノラは現状を整理して述べた。
「援軍はもういない。ここにいる面子だけで、救世主を守らなければならない。デヴィルの飼い犬もこの時代に放たれている。デヴィルズチルドレンもいつ地球を喰らうかも分からない。劣勢は日を見るより明らかだ」
言葉が進むに連れ、ニノラの顔には、黒雲が広がる。こればかりは不安を隠すことはできなかった。
不安をそれでも心に押し込めるべく、沈黙を唇に乗せて、少し静まってから、ニノラはその唇を開く。
「戦力を2つに分ける。半分は奴らに先制攻撃を仕掛ける。半分はメシアを守り、預言者のもとへ向かう」
と、眼を細めてメシアをみやった。
「預言者は地球から40光年離れた《惑星ゲート》にいる。そこまで彼を送り届けてくれ。屍を例え盾にしたとしても」
メシアから今度は、厳しい視線を運命を背負った仲間たちに向けた。
「護れるの、半分の5人で。まだ彼は人間よ」
危惧の言葉を漏らしたのは、甲高い声色のジェイミーだ。彼女もまた、運命の戦士としてメシアを守護する義務があるのだが、ニノラの作戦に不安を覚え、同時に救世主を守護できるかという不安に押しつぶされていた。
「護れるもなにも、護らないと終わっちまうだろうが」
鼻をすすってイラートが腕組みしてジェイミーをみやる。
これに賛同したのはミサイルラン人の大男である。彼の4つの瞳がイラートを一瞥してから、ジェイミーとニノラをそれぞれの瞳で見た。
「小僧の言うとおり。護らねば未来などない。物語はそこで完結だ」
腹に響く異星人の声。
しかしここまでむっつりと黙り込んでいた人影が直立に立ち上がると、メシアを警戒心のある雌猫のような視線でキッと睨みつけた。
「こんな奴が救世主の訳がない! なんであたしたちがこんな男を護らなきゃならないの!」
そう室内で叫んだのは、マキナだ。
マリアに特別に信頼感を抱いていたマキナである。メシアとマリアの関係をよく思っていなかった。だからこそメシアを認めず、守護する運命の戦士でありながら、自らの役割を放棄しようとしていた。
「いいのよ! あたしたちが命を懸ける価値なんてないのよ!」
金切り声で叫び、丸顔の彼女は、メシアを睨みつけたのだった。
けれどもこれに落ち着いた様子でイ・ヴェンスが大柄の身体を揺さぶって言った。
「感情論で物を言っているときではない。すべてが無になるのは解っているだろう、君も」
諭すようにアジア人が言った。
するとムッとした顔をした彼女は、その場から立ち去ろうと脚を踏み出すと、ニノラが感情を廃した声で彼女の背中に言い放った。
「君はメシアを護ってもらう。必ず救世主を惑星ゲートへ届けろ」
それを聞いたか聞かないかの内に建物の内部へ逃げるように出ていった。
それを追う者もおらずただ、自らに全員が運命に身を委ねるのだった。
ENDLESS MYTH第3話ー25へ続く
ENDLESS MYTH第3話ー24