割引き
そこは雲の大地にそびえ立つ光輝く神殿の一室。白亜の重厚なテーブルとコの字に置かれた背もたれの長い椅子が天井の高い空間と調和がとれている。
7人の神が腰かけて何やら会話に興じている。実に賑やかである。
「諸君、よろしいか?これより会議を始める」
少し顎を上げた視線の議長の神が、左右に並ぶ神へ高らかに言う。
早速立ち上がったのは、議長の神から見てすぐ左横に座る娯楽の女神だ。
「最近天使たちが休みがないと不満の声をあげてますわ」
娯楽の女神だけにメリーゴーランドのような形の冠がよく似合っている。
「確かに領域の開拓や買収に星々を行ったり来たりですな」
娯楽の女神の真向かいに座る、あご髭が見事な勤労の神が腕を組んで頷く。
「その件は承知済み。獲得した星から新たな天使を求めておる」
議長の神が続けて、何より我々天界の領域を拡げるのが使命である、立ち上がり右手を勢いよく前に突き出した。
「あっ、よろしいでしょうか?」
間が抜けたように、肩までの高さまでしか挙げない左手が、今思い出した事を言おうとする遊戯の神だ。
「領域拡大の件ですが、実は知り合いの悪魔から地球という星を買わないか、と話を持ちかけられまして」
「地球とは太陽系に所属する星ですな」
割り込んできたのは博識の神だ。
「されど太陽系とはまた辺境な場所を、ンフ、フッ」
最後の口元に右拳を当てて笑う姿からは、博識を1人楽しんでいるだけの神に見える。
「価格は?」
全身輝くまさに金色の神、財務の神が問う。一瞬間をおいて、遊戯の神が答える。
「えー、30万ゴッドルです」
「高いっ!」
一同、声を上げると、
「面白い星だし、悪魔からは今なら月という衛星も一緒に付けるからお買い得だって話です」
そう言うと、なぜか背中を丸める遊戯の神。
「如何かな?」
議長の神は見渡しながら促すと、神々は何やらヒソヒソと話し合う。
「よろしいでしょうか?わたくしに考えが」
そう言って立ったのは災いの女神だ。胸に両手を当てた姿で目を瞑ると、
「これは?・・・地球の行き先に災いが見えます。・・・その状況を待ってからでも購入は遅くないかと?」
災いを見るのは慣れているのか、淡々と語った。
「確かに災いが起きたのなら、価格の割引きも要求できるでしょう」
災いの女神の提案に、財務の神が賛同を求めた。
「辺境の星にしては価格が高すぎる。我輩も今少し購入を待つほうがよろしい、と結論に至るが、一同の意見は?」
いつもより長引いてるのか、議長の神が議題の終結を願っているようだ。
すぐさまに、意義なし!との掛け声で話し合いは閉幕した。
それから暫くたったある日の会議で、
「災いの女神よ、以前の地球の件はどうなったでしょうか?」
遊戯の神の問いかけに災いの神は、これをご覧ください、そう言って右手を宙にかざすと、何やら映像を投影させた。映る映像は現在の地球の様子だろう。
「このように地球には、人という生き物が現れ、順調に地球の環境を破壊してます」
「うーむ、これなら悪魔に価格を割り引いてくれと強く言えます」
財務の神の呼び掛けに、議長の神が出席の神の面々に採決を促す。
「諸君、割引き後に地球購入でよろしいな?もちろん月も一緒に」
そんな中、1人肩を震わせ下を向く神がいた。気付いた議長の神が声をかける。
「如何した、遊戯の神?」
地球を欲しがっていた遊戯の神が顔を上げた。青ざめた表情に口をパクパクするだけで、声がでないようだ。やがて、
「い、い、今の地球には恐竜がいないじゃないですかー?絶滅したんですかっ?」
どうやら、遊戯の神は恐竜のいる地球が欲しかったようです。
・・・えっ?私ですか?私は語りの神。皆さんに天の声を伝えています。
割引き