砂漠と街

谷を下った
生きることは谷を下ることだった

谷底には血糊があった

谷底を下った
行き止まりかと思った

絶壁に挟まれたけど
さらに進めた
景色が晴れた

小さく見える海と砂漠があった
それと古い街があった
雲が影を落としていた


その日は
随分陽射しが強く
一段と雲の濃淡がくっきりして
ごうごうと熱風 吹きすさぶんだ

あの人は あいつは
どこに行ったのだろう

砂の嵐が痛くて 痛くて

テントを何度 張り直したろう

沢山の人が訪れたはずなのに
小さく微笑みさえ浮かべて
決まってテントを不思議がったのに

あの人は あいつは
どこに行ったのだろう



その夜は
風なんか全く無かった
さざなみの音がただ響き
叫び声は波に溶けて
ただ月が浮かんでた

あの人は あいつは
どこに行ったのだろう

その無音が優しくて 哀しくて

煙草に何度 火をつけたろう

誰もいないや
小さく微笑みさえ浮かべて
いつものように小さく咳ばらい

あの人は あいつは
どこに行ったのだろう


あの人を探している街がある

あいつを探している広さがある



絹の服をまとった
あの人がいないや

喋った事などないけれど
砂漠の空気によく映えていた

そっけない化粧
伏せがちの瞳

きれいな絹
つい触れたくなる絹

触れたくてたまらないあの人に
ちょいと触れたりでもしたら
はたはた飛んで行ってしまうような
そんな、急な風が吹くものだから
もう心は追いつきたくて



紺の服をまとった
あいつがいないや

喋った事など無いけれど
砂漠の空気によく映えていた

金色の腕輪に
切り取るような横顔

紺の七分袖
つい目に映したくなる紺

遠くに見えるあいつに
おーいと声をかけでもしたら

さらさら去ってしまうような
確かに地下には水脈が
とっくに心に追いつけない


あの人と喋った事などないけれど
喋る時の仕草が好きだった
はっきりしないで何気なかった
それを見るのが好きだった

あいつと喋った事など無いけれど
喋る時の表情が好きだった
ぼんやりたのしく笑ってた
それを見るのが好きだった



続く小さな日々を願うから

昼はたまに散歩をする
冴えわたる緑の中を
たまに少しの水を飲む、木の実を拾う
茂みから聞こえる
鳥の声を軽く聞きたい

夜はたまに焚き火をする
淡く光る星々の下で
たまに少しの木の実をつまむ、水を汲む
街の端から聞こえる
人の声を遠く聞きたい

甘く裂ける不安と共に

鮮、とした自由と共に

僕は確かに柔らかい糸で水筒の紐を編んでいる
虚空に対しながら
変わらぬ堅さで

砂漠と街

砂漠と街

  • 自由詩
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2017-05-09

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