パノラマ大聖堂

薄暗い部屋、


外が晴れていれば、窓からさす光で割合居心地の良さそうな部屋だったが、この豪雨では雨漏りとギシギシと歪んで軋む家鳴りで、陰鬱な気の滅入る部屋としか言いようがなかった。
老人は紅い茶葉と、黄色だったり緑だったりする木の実のような物を数種類入れたポットにお湯を注ぐと、カップに注ぎ僕に手渡した。
一口飲むと甘酸っぱくピリッと辛い味で、とても美味しい。びしょぬれで冷え切った体に熱が点り体を温めていく。

僕が人心地ついた事を確認すると、老人はようやく口を開いた。

「パノラマ大聖堂へ行くには、非常に険しい道を行かなくてはならない。そして、行った後も非常に危険だ。だから、行き方を教えよう。」

そうして老人は語り始めた。


「パンジャオの村から車で南に六十キロほど進むと、長いトンネルがある。ここから先は車は使えない。トンネル脇にでも止めておく事だ。そうしてそのトンネルを三十分ほど歩くとそこは深い森だ。しかも光を放っている。
しばらく眺めていると、目に残像が残ってしまうほどだった。この山に生える木々ももちろん全て光っているし、鹿や熊などの動物たちも全て同様だ。そして、この光る木々の枝になる黄金色の木の実は、この世のものとは思えないほど美味しい。

2日ほどかけて、その名もない神秘の森を抜けると1万メートルを超す高さの尖った雪山が見える。アクパの山だ。雪山と言ったが雪に温度はなく、雪は素足で踏んでもしゃくしゃくと音を立てるのみで、温度は何も感じない。

とにかく山全体が光を放っていて、眩しさは森どころの話ではない。足を踏み入れると雪が光を照り返し、上下左右全てを光に囲まれる、圧倒的瞬間だ。
そんな険しく、そしてあまりに眩しい雪山を3日がかりで登り切ると真っ平らな頂上は大理石が敷き詰められており、世界の全ての出来事が発光しながら文字や、絵や、色や、音が、そして想いや、記憶や、妄想や、思考として描かれ続けている。光は何よりも早い。だから全ての物を見ている。けれどそれを留めておくことは出来ない。それは闇の役割なのだから。この星のこの場所の反対側にあるゴドゥラの穴は、きっと全てを覚えているのだろう。暗い岩肌の奥まで染み込んで行き、溺れてしまいそうになるほどの黒。

そんな事を考えていながら大理石を眺めていると、徐々に辺りの光が強く点滅し始めた。百の光に万の光を、と言った感じで。
タイミングが良かった様だ。調度始まった所だった。今日はこの山の頂上に建つパノラマ大聖堂の発光する日。五十年に一度の日だ。村の掟では決して行ってはいけない。行く事は禁忌とされているが、私は我慢できなかった。幼少の頃から側にあり、その美しさに見惚れ続けた光る山。その山が一段と美しく輝く瞬間を、どうして間近で見る事を我慢出来るのだろうか。

光源を探し見上げると、聖堂の一番上に、小さな炎が揺れている。炎の大きさは変わらないにも関わらず、光は強さを増し続ける。
これ以上ないほど強い光を放つと、ふと暗くなりまた徐々に光り始めた。そのスピードは徐々に上がり、しまいにはもう頭がクラクラしてしまいそうなスピードで点滅を始めた。
何も見えない、何も聞こえない、何も思えない。私はそこで意識を失った。一週間後、早朝に故郷であるパンジャオの村の入り口に倒れている所を発見されたが、何を聞かれても意識を失った後のことは覚えていなかった。
禁忌を破った事による村人からの制裁は無かったが、強すぎた光は私の目を潰した。

これがパノラマ大聖堂の話だ。」



旅先で突如豪雨に襲われ、雨宿りのため軒先を借りていると、その家の盲の老人が話しかけてきた。
「パノラマ大聖堂にいくのか」と。
「そうだ」と答えると彼は
「ではお若いの、雨は止みそうもない。茶でも飲みながら老いぼれの昔話でも聞いて行ってくれ」と言った。
そして彼が語ってくれた話がこの物語だ。
「辞めろとは言わん。だが、こうなる事になると教えておきたくてな」
彼は見えてないにも関わらず、しっかりと僕の目を見つめそう言った。

間も無く雨は止み、僕たちは別れた。
静かなパンジャオの村を、夕暮れの中歩きながら上を見上げると、南の空だけがまるでダイヤモンドのように輝いている。
今は五十年に一度のパノラマ大聖堂の大発光の年だ。そして、明日僕はこの村を離れ、パノラマ大聖堂へと向かうつもりだ。

パノラマ大聖堂

そんな事あったらいいな、俺の部屋で。

パノラマ大聖堂

本当に本当に途方もなく遠い場所での話です。 旅人が出会った老人が語ったパノラマ大聖堂のお話。 その聖堂は、建っている山ごと光を放ち続ける、この世の光を司る太陽だった。

  • 自由詩
  • 掌編
  • ファンタジー
  • 冒険
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2017-05-09

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