休みの日は何してるんですか?
四十歳間近の女の所に舞い込む見合い話は、訳有り物件でまず間違い無い。容姿に難がある、或いは性格に難がある。バツイチなんてまだ良い方で、バツニ、バツ三の強者もいるから驚きを隠せない。四十歳間近のおばさんと見合いしても良いと思ってくれるのだから、有り難く思わなくてはいけないのかもしれないが…
「朝子ちゃんに紹介したい人がいるの。その人もうすぐ五十歳なんだけど、すごく良い人なのよ。お母さんの介護で婚期を逃してしまって…お見合いとかそう言う堅苦しい感じじゃなくて知り合いのおばさんの紹介、くらいの気軽な感じで駅前の喫茶店でお茶するだけで良いから一度会ってあげて」
母の学生時代からの親友で美容院を経営している美帆子おばさんからそう頼まれたけれど、私は直ぐに断わるつもりだった。すごく良い人が五十歳間近まで独身でいる筈もなく、親の介護のせいで結婚出来なかったと言う理由付けも私を苛つかせた。苛立つ私に母は嘆いた。
「勿体無い。四十になったらお見合い話しなんてピタッとなくなるから」
三十代崖っ淵の私はそれでも構わないと思っていた。今迄独身の自分自身に何かの不具合がある事は承知しているし、今更焦って結婚してもその見合い話しの相手だって、親の介護を私に押し付けるに決まっている。ゆくゆくは自分の介護さえも…他人の親や夫の介護をするなんて真っ平御免だ。自分の親の介護さえもまだ実感が湧かないでいるのに。私の両親は今は二人とも病気もせずに元気に過ごしてくれているけれど、介護が必要になった時…どうすれば良いのだろうか?
その見合い話を私は断るつもりでいたのに、母が「一度くらい会ってみれば良いのに、美帆子にも世話になっているし、どうせあなた暇なんだし、断るなんて人としてどうなのか」とネチネチと攻め立てられて強引に会う日取りを決められてしまっていた。
見合い話当日の日曜日、美帆子おばさんが言っていた通りに駅前の喫茶店が待ち合わせ場所となった。美帆子おばさんは私とその見合い相手の本田さんを引き合わせると後は若い二人で、とは言わなかったけれど直ぐに退場した。
気まずい…気まず過ぎる。初対面の二人を直ぐに二人きりにするのは如何なものかと私は焦った。初めましての挨拶をした後は、美味しそうなケーキを目の前にして私も本田さんも沈黙していた。本田さんは五十歳間近の割には若く見えた。服装も清潔感があり、性格の悪い人相もしていない。良い人そうだけれど良い人止まりの人の典型的な良い人の雰囲気を醸し出している。
「お母さんの介護をされているんですよね?」
「介護と言う程のものではないです。寝たきりではないし、トイレくらいは歩いていけるので」
「平日はどうされてるんですか?お仕事に行っている間はお母さん一人きりなんですよね?」
私は将来の自分の親の介護の為に本田さんに色々と聞いてみたくなった。
「平日はヘルパーさんとか訪問看護師さんとかが来てくれています。本当に助かっていますよ。休みの日は体調が良ければ私と車椅子で買い物に行ったり散歩したり…朝子さんは休みの日は何してるんですか?」
なんて有意義な休日の過ごし方なんだろうと私は思った。私はと言えば休日は家でゴロゴロしてばかり。平日も母が作ったお弁当を持って仕事に出掛け、仕事から帰ると母が作った夕食を食べ掃除や洗濯も母がしてくれている。四十歳間近だと言うのにこの体たらく…
「…休みの日は家でゴロゴロしています」
「お仕事で疲れていますからね。休みの日は家でゆっくりするのが一番ですよね」
そう言ってくれた本田さんに後光が差している様に見えた。
小一時間程介護保険の事など教えて貰い、連絡先を交換して私と本田さんは別れた。家に帰って母が作った夕食を食べながら、本田さんに介護の事色々と教えて貰ったと父と母に話すと、良かったねと二人は笑った。
本当に介護の事なんて知らない事だらけだった。介護保険の認定、ケアマネージャーさんの選定、訪問看護の申請…やらなければならない事が沢山で、将来自分の親の介護をする時に私に出来るのかなとぼんやりしながらお風呂に入って、お風呂から上がって髪を乾かしていると本田さんから電話がかかってきた。
「朝子さん今日はありがとうございました…本当に楽しかったです」
「私の方こそ色々と教えて頂いて、すごく勉強になりました」
「それは良かったです」
本田さんの優しい笑い声が聞こえてきた。この人の声はとても安心する。
「あの…本田さんにお時間があれば、今度の休みの日に…」
私は緊張でモゴモゴしてしまった。四十歳間近なのに情けない。
「…今度の休みの日に、一緒に映画でも行きませんか?」
五十歳間近の本田さんが男らしくそう言ってくれて私は心の底から安堵した。
休みの日は何してるんですか?