デ部
その一
昼休み、学食から戻って席に座りまどろんでいると、黒板側のドアが勢い良く開け放たれた。みなの目の集まる扉の向こうには、山のように泰然と突っ立つ、鏡餅のような巨漢が一人。
「石原、居るか」
教室の外を見つめたまま、男は唸った。暫くして、ストーブの前にたむろしていた群れの中から、石原が出てきて、笑い混じりの声で訊ねた。
「なんすか」
「貴様、うちの部の小山をデブだとからかって遊んでいるらしいな」
ストーブ前の連中から笑い声が上がった。石原は、困ったなという顔を作りつつ、皆をちらと見まわしてから、
「先輩には関係ないっすよね」と茶化した。
「いま謝るか、俺にぶちのめされてから謝るか、えらべ」
男の目は相変わらず何処か遠くを視据えている。ストーブ前の連中がぞろぞやって来て、石原のうしろに付き、やっちまえと小さい声でけしかけている。
「先輩、カッコつけすぎっすよ」
群れの後ろ盾に励まされた石原は威勢の良い啖呵を切ってしまった。石原と其の取り巻きの嘲笑をよそに、男は腰を下ろして、取組み前の力士のような姿に成った。応じて、石原が両の手を前に構えた其の時、男は目にも留まらぬ踏み込みで懐に入り、彼のみぞおちをぶちかました。石原はパチンコ玉みたいに吹っ飛び、後ろの連中に衝突して諸共に倒れた。
息を思い切り吸い込む音が聞こえる。みぞおちを打たれたせいで、うまく呼吸ができないのだろう。男はいつの間にか居なくなっていた。クラスは暗い沈黙に包まれている。誰一人何も言わない。暫くして、石原の呼吸が戻ってきた頃、男も戻ってきた。後ろにはハムスターのような小男が付いている。
「小山に謝りたくなったか」
男の手からは、なぜか炊飯器がぶら下がっている。石原は黙っていたが、少ししてから絞り出すように、すいませんしたと呟いた。
「貴様に謝り方を教えてやる。小山、これもってろ」
炊飯器を小山に渡すと、男は連中から石原を引っ剥し頭を地へ押し込んで土下座をさせ、
「再び俺たちをコケにしたら、どうなっても知らんぞ」後頭部に強く語りかけた。
「武田さん、僕は本当に気にしてないんです」
小山の弱気の声を聞くやいなや、男は石原から手を離し、小山の顔に張り手をかました。
「小山、それでも大食い部の一員か。デブとからかわれて黙っていれば、太っているのは悪だと認めたことになる。貴様ひとりの話ではないんだぞ」
男は、すみませんでしたと頭を下げる小山から炊飯器を取って教室を去り、小山も間もなくその後を追った。ドアの前には独り、石原が伏したままに残された。
窓の外には初雪が降っていて、石原は泣きべそをかいていた。彼も悪いやつではないのだ。優しいやつなのだが、お調子者だから取り巻きに器の大きさを見せようと悪さをしてしまうことが偶にあった。今回のことに懲りて悪さを止してくれればと思う。
デ部