太平洋、血に染めて 「死闘! 海上決戦!!」
最終回の数日前の話です!!
*オープニング
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https://www.youtube.com/watch?v=GLWlidTM2s4(予備)
「コーンスープにコッペパンひとつ、か。まるで囚人の朝メシだぜ」
赤いモヒカンあたまに丸い黒縁メガネ。不満そうにグチを言ったのはコバヤシである。
「しかたないさ。食糧は限られているんだ。オレの気に入っているホットドッグも、きのうで品切れになっちまった。まったく、泣けるぜ」
コバヤシのとなりの席で、ハリーも不機嫌そうにコッペパンをかじった。
朝は大抵、コーンスープにコッペパンだ。昼は、これに野菜サラダがつくこともある。そして夜は、ちょっとした肉料理やトマトスープなどがでるのだ。
大五郎はテーブルをはさんでハリーの向かい側に座っていた。
大五郎から見てハリーの左にコバヤシ、右の席に長老が座っている。
「けさのスープは、ちょっとすくないね」
コーンスープの量がいつもより少ない気がする。大五郎はそう感じた。
「どうやら、飲料水も不足しているようだな」
大五郎のとなりでヨシオが言った。彼はいつもカタパルトオフィサーのヘルメットを被り、おなじくカタパルトオフィサーのイエロージャケットを羽織っていた。ヨシオの向かい側で長老もおとなしくコーンスープをすすっている。長老は、けっして食事のことで不平不満を言ったりはしないのだ。
「このまま野垂れ死になんてのはごめんだぜ。ちくしょう。だれも助けに来ねーのかよ」
しかめっ面でパンをかじりながらコバヤシがぼやいた。
「核爆発の影響で無線の調子がわるいんだ。従って、救助を呼ぶことはできない。運がよければ、ほかの船に発見してもらえるだろう」
淡々とした口調で、まるで他人事のようにヨシオは言うのであった。
食事を終えると、ハリーは葉巻をふかしはじめた。
「無事に、陸地にたどり着けるといいんだが……」
「みんなぶっ飛んじまって、大陸にはなんにも残っちゃいませんぜ、ダンナ」
投げやりな口調でコバヤシがスープの器を呷った。
陸地には、本当になにも残っていないのだろうか。もう、だれも生きてはいないのだろうか。父さんや母さんも死んでしまったのだろうか。大五郎は両手で包んだコップの中にそっと目を落とした。
「……」
コップの水に両親の笑顔が浮かぶ。涙をこらえながら、大五郎はコップの水を一息に飲み干した。
甲板の下の階は航空機の格納庫になっている。まるで広い立体駐車場のようだ、と大五郎は思った。
「ここにあるのはフォークリフト、それにトーイングカーが十数台。飛行機は一機もありやせんね」
両手をズボンのポケットにつっこんで歩きながらコバヤシが言った。
「カタパルトは修理して使えるようになったってのにな。皮肉な話だぜ」
ハリーは葉巻に火を点けると、ため息混じりに紫煙を吐きだした。大五郎はふたりの間を歩きながら話を聞いていた。
「やれやれ。空母が聞いて呆れまさァ」
コバヤシがぼやくと、ハリーは肩をすくめて鼻を鳴らした。
「飛行機さえあれば、助けを呼びに行けるのにな」
「そういや、ブリッジんとこに飛べるやつが一機ありやしたね?」
まっ赤に燃え上がる炎のような鬣をもつ白い一角獣が尾翼に描かれたF/A-18戦闘機。
「あれは〝おしゃか〟になっちまったよ」
飲んだくれのトーマスじいさんが、酔ってスイッチ類をいじってる内に、誤って射出座席のレバーを作動させてしまったのだ。
口と鼻から紫煙を吐きだしながらハリーがつづける。
「いずれカタパルトが直ったら、あの飛行機で助けを呼びに行くつもりだったんだ。それを、あのじいさんがぶっ壊しちまったんだよ」
「しかし、ダンナ。キャノピーと座席だけなら、なんとか修理できるんじゃないんスかね?」
「複座型のキャノピーはいくつかあるが、単座のキャノピーは、もう残ってないんだよ。それに、射出座席が飛び上がったときの衝撃で、あちこち細かいところがイカレちまったらしい。あの一角獣は、乗り手を選ぶって話だからな。ヤツのせいで、完全に機嫌を損ねちまったのさ」
ハリーはそう言って紫煙を吐きだし、「泣けるぜ」と肩をすくめた。
三人で格納庫のはしを歩いていると、艦首側の奥にある動物用の檻のまえにブラックジョークの姿が見えた。世界的に有名なヤブ医者・羽佐間九郎である。
一辺が二メートルほどの四角い鉄の檻。その中にいるのは、小さな子ブタが一匹だけだ。こちらに背を向ける格好で、九郎はじっと檻の中の子ブタをにらみつけている。
「よう、先生。なにしてなさるんで?」
コバヤシが声をかけると、九郎がジロリとふり向いた。右のマユから左の頬にかけて流れる三日月形の大きな傷跡。そして、感情が凪いだような冷たい眼。医者より葬儀屋のほうが似合っている。大五郎は、そう思うのであった。
「もうすぐ食料が底をつく」
九郎の言葉に檻の中の子ブタがビクリと反応した。まだ成犬の柴犬ほどの大きさで、鼻の頭から頭頂部にかけてカットしたピザのような逆三角形型の白い模様のある黒い子ブタだ。
「それで、こいつを食おうってわけか」
ハリーが呆れた顔で鼻を鳴らした。
「しかし、こいつはまだ子ブタだ。ミートボールにしたって、とても全員にはいきわたりやせんぜ?」
そう言って肩をすくめたモヒカン頭に、九郎は「ミートボールどころか、全員にステーキを食わせてやる」と、冷たい瞳でニヤリと笑った。
「ポーキーをたべちゃうの?」
じつは、大五郎は子ブタにポーキーという名前をつけて秘かにかわいがっていたのだ。
「なあ、ぼうず」
感情のない九郎の瞳が大五郎の眼をのぞき込んできた。
「ブタ肉の入ってるカレーと、入ってないカレー。どっちを食べたい?」
大五郎は悩んだ。豚肉は食べたいが、ポーキーは食べたくない。でも、豚肉の入っているカレーは食べたい。
「はいってるほう!」
大五郎は笑顔で決断した。
「それを聞きたかった」
九郎も冷たい瞳でほほ笑みました。
高さ、そして横幅も二メートルの四角い檻。その中にいるのは一匹の黒い子ブタ、ポーキーだけだ。
九郎が檻の扉を開け、中に入った。ポーキーは檻の奥で怯えたようにふるえている。
「では、はじめよう」
九郎はポーキーの首のうしろを消毒すると、マントの下から注射器をとりだした。いったい、九郎はなにをしようとしているのか。
「いたい!」
ポーキーが注射をうたれるのを見て大五郎は飛び上がった。
「さがってろ」
すばやく檻から出てくると、九郎は扉を閉め、錠をおろした。
「いったい、なにがはじまるっていうんだ? ドクター・羽佐間」
檻の中のポーキーを不安そうに見ながらハリーがたずねる。
「なあに、ちょっとばかり成長を早めてやっただけさ」
顔を伏せながら九郎が不敵に笑った。
「あっ、ふくらんできた!」
ポーキーを指差しながら大五郎は叫んだ。少しずつ、ゆっくりとポーキーがふくらんでいく。
「これで豚肉入りのカレーが食える」
九郎が喉の奥でククク、と不気味に笑った。
「お、檻がこわれそうですぜ、先生」
コバヤシは檻と九郎の顔を交互に見ながらうろたえている。
檻いっぱいにふくらんだポーキーは、背中を丸めて窮屈そうにしている。格子の間からは、黒い肉がはみ出していた。
―― ブッ、プギーッ!! ――
「ポーキーが、ないている!」
大五郎にはポーキーが泣いているように見えたのだ。
「な、なあ、先生よぉ。こいつぁ、いったいどれぐらいの大きさになるんで?」
引きつった表情でコバヤシがうろたえている。
しかし、九郎は満足そうに冷笑を浮かべている。
「まあ、だいたいゴジラぐらいかな」
まるで日常的な会話でも楽しんでいるかのような口調で九郎が言った。
「じょうだんじゃない! そんなバケモノが暴走でもしたら、空母が沈められちまう!」
ハリーが慌ててトーイングカーに飛び乗った。
「檻を海に落とすんだ」
「海に落とすって、ダンナ。いったいどうやって?」
赤いモヒカンあたまは状況がのみ込めない。
「エレベーターから落とすんだ」
「ポーキーを、すてないで!」
大五郎がハリーに叫ぶと、コバヤシが肩に手をまわしながら「安心しなせえ、坊ちゃん。ブタは泳ぎが上手なんでさァ」と、丸い黒縁メガネの奥で目を細くしやがった。
それにしても、まさかブタが泳げるとは知らなかった。というより、むしろそれをこのモヒカンあたまが知っていたということのほうが大五郎にはおどろきだった。
「ぐっどらっく! ポーキー!」
大五郎はポーキーに向かって笑顔で親指を立てた。
これでポーキーは食べられずに済んだ。無事に海を渡ったら、しあわせに暮らせるのだ。しかし、このあたりの海には獰猛な人喰いザメが潜んでいる。はたして、ポーキーは無事に太平洋を渡ることができるのだろうか。
「おまえ一匹のために数百人の乗員を死なせるわけにはいかないんだ。わるく思わんでくれ」
いよいよハリーがトーイングカーで檻を押しはじめた。
トーイングカーはティッシュペーパーの箱のような形をした平べったい車で、ドアやフロントガラスもなく、運転席はむき出しになっている。この作業車両は航空機を駐機場まで運ぶための乗り物で、最大速度は三十キロ程度である。しかし、馬力はそこそこあるようだ。
「ハンバーグにソーセージ。それに豚汁……」
九郎はひとりで妄想しながらブツブツつぶやいている。
「あっ!」
大五郎はコバヤシと一緒に叫んだ。檻の格子が二、三本、弾けるように吹きとんだのだ。
「くそったれめ!」
それでもハリーは押しつづける。エレベーターまでは、あと数十メートル。ポーキーの体は、まだふくらみつづけていた。
「カツカレーもわるくない」
冷たい瞳を檻に向けながら、九郎は静かに喉の奥で笑っているのでした。
ポーキーの頭にある三角形の白い模様が、とつぜん赤く変わりはじめた。
「あっ」
大五郎は思いだした。奥羽山脈に生息すると言われる巨大人食い熊の伝説を――。
「あかかぶとだ!」
黒い体に赤い頭。伝説の人食い熊、奥羽山脈の魔王は実在したのだ。大五郎は恐怖のあまり、パンツの中に少しちびってしまった。
檻の格子が、さらに三、四本吹きとび、ポーキーの赤い頭が檻の中から突きだした。
「まに合ってくれ!」
ハリーが吼える。左舷側のエレベーターまで、あと二メートル。檻の格子が一本、また一本と吹きとんでゆく。
「あっ!」
大五郎は指差しながら叫んだ。エレベーターに乗ると同時に、ポーキーが檻を突き破ったのだ。
「あぶねえ、ダンナ!! 逃げろ!!」
コバヤシが叫ぶ。ポーキーがトーイングカーを踏みつぶす。ハリーがトーイングカーから飛び降り、床を転がった。
「エレベーターのスイッチを入れろ、コバヤシ!」
ハリーがカウボーイハットを押さえながらポーキーから逃げてくる。
「はやくしろ!」
ハリーが急かす。
「ちくしょう」
コバヤシが慌てて掌をボタンに叩きつける。そして上がりはじめたエレベーターから、ハリーが飛び降りてきた。
「やれやれ。なんとか間に合ったようだな」
ふーっと長い吐息をつくと、ハリーは新しい葉巻に火を点けた。コバヤシはホッとした表情で甲板へ上がってゆくエレベータを見上げながら、手の甲で額に浮かぶ汗をぬぐっていた。
「安心するのはまだ早いぜ、コバヤシ」
きびしい表情で目を細めながらハリーが紫煙を吐きだした。
「もし、あいつが暴れだしたら、もうオレたちだけのちからじゃあどうにもならん」
「で、でも、そんときゃあ、またヨシオのアニキがなんとかしてくれまさァ」
「そういや、大将はどこだ? まさか……」
ハリーが天井をチラリと見上げてゴクリとつばを飲み込んだ。
「ああ、彼なら、さっき甲板で見かけたよ。じいさんとふたりで舳先に立って、なかよく海を眺めていなすった」
やけに落ち着いた口ぶりで九郎が言った。
どうやら九郎は事の重大さを理解していないらしい。
「しまった」
ハリーが「はっ」としたように後部左舷のエレベーターをふり向いた。およそ十秒で昇降できるエレベーターは、すでに甲板に到着していた。
「ふたりが危ない。急ごう」
ハリーは後部右舷側のエレベーターに向かって駆けだした。コバヤシもハリーにつづく。大五郎も、ふたりのあとを駆け足で追いかけた。
エレベーターが動きだした。左舷側のエレベーターは、すでに甲板に到着している。
「はやくしろ……はやく!」
焦るハリー。
甲板までは、あと三、四メートル。右側にブリッジが見えてきた。上半分が大破し、まるで王冠のようにギザギザになっている。潜水艦のミサイル攻撃でやられたのだ。その王冠の上には、太陽が白く輝いていた。
エレベーターが止まった。
「ああっ!」
甲板を見ながら三人で声を上げた。
「でっ、でけぇ。ホントにゴジラだぜ、こりゃあ」
コバヤシが引きつった笑みを浮かべた。
甲板のまん中にそびえる黒い巨体は空母のブリッジよりも大きく、乗り物で例えるならマンモスダンプ、いや、ジオン軍の試作型モビルアーマー〝アッザム〟ほどはあるだろうか。とはいえ、巨大化したといっても所詮はブタ。まるい体に短い脚、そしてまるまった短いシッポ。ゴジラというよりミニラにちかい感じだ。
「これで当分、ホットドッグの心配はしなくて済みそうだ」
ハリーも皮肉な笑みを浮かべながら肩をすくめた。
「ポーキー!」
大五郎はポーキーに向かって叫んだ。しかし、ポーキーは反応を示さない。あたまの白い模様は赤く変色し、眼も鋭くまっ赤に光っている。もう、あの無邪気な子ブタの面影はどこにもない。ポーキーは、本当にアカカブトになってしまったのだろうか。もう、二度と子ブタには戻れないのだろうか。もう、自分のことは覚えていないのだろうか。大五郎は、変わり果てたポーキーの姿に恐怖よりも悲しみを覚えていた。
「ポーキー、おすわり!!」
大五郎は試しに叫んでみた。しかし、やはりなんの反応も示さない。ポーキーは狂ったようにまっ赤に燃える鋭い眼であたりを見回している。
「あっ、アニキたちは無事ですぜ、ダンナ」
コバヤシが舳先を指差した。
ヨシオと長老は、舳先のほうからこちらをうかがっている。やはり、彼らはただ者ではないようだ。この巨大化したポーキーを目の当たりにしても、まったくうろたえた様子は見せなかった。
―― ブイ……? ――
ポーキーが低く唸った。どうやらヨシオたちに気がついたようだ。
「まずい! 逃げろ、はやく逃げるんだ!」
ヨシオと長老に向かってハリーが叫ぶ。そして、ポーキーがゆっくりと歩きだす。その鋭く光った赤い眼は、ヨシオたちのいる舳先のほうをにらんでいた。
「図体がデカい分、動きはにぶそうだ。よし、アッシらで注意をひきつけやしょう!」
コバヤシがちかくに転がっていた長い鉄パイプをひろい上げた。長さ百五十センチほどの鉄パイプだ。
「やれやれ。怪獣映画は好きじゃないんだがな」
ベルトを外して構えると、ハリーはぎこちなく笑った。
「まるでインディ・ジョーンズみたいですぜ、ダンナ」
「あの映画には、エキストラで出たことがある」
「ホントですかい、ダンナ?」
コバヤシがおどろいた表情でハリーの顔を見た。
「全然気がつきやせんでしたねえ。いったい、どのシーンに出てやしたんスか?」
「オレのシーンは、全部カットされたのさ」
そう言って肩をすくめると、ハリーは皮肉な笑みを口もとに浮かべた。大五郎も、コバヤシと一緒に肩をすくめて笑った。
「そんじゃ、ぼちぼち撮影といきやすか」
鉄パイプを肩にかつぐと、コバヤシはポーキーをチラリとにらんだ。
「いきなりNGは出すんじゃないぜ?」
カウボーイハットの鍔をつかみながらハリーもポーキーをにらみつけた。
「よっしゃあ! いくぞオラァ!!」
鉄パイプをふり上げながらコバヤシが駆けだした。
巨大化したポーキーは、ゆっくりとした足取りでヨシオたちのほうへ向かっている。
「こんなことになるんだったら、ツムラヤプロと契約しとくんだったぜ」
ハリーがポーキーのまえに回り込んだ。ベルトを鞭のようにつかって甲板を叩き、ポーキーの注意を引きつけている。その隙にコバヤシが背後に回り込んだ。まるで像の足もとをうろつくネズミのように、コバヤシが小さく見える。
「成敗っ!!」
ポーキーの右のうしろ足めがけてコバヤシが鉄パイプをふり下ろした。しかし、ポーキーはまるでダメージを受けていない。
―― ブイッ!! ――
天に轟くポーキーの咆哮。巨大化したポーキーの目が、怒りでまっ赤に光った。
―― ブイィ~…… ――
怒ったように呻ると、ポーキーはプルプルと体をふるわせながら踏ん張りはじめた。いったい、ポーキーはなにをしようとしているのか。
だが、これしきのことで怯むコバヤシではない。彼は、もういちど鉄パイプをふり上げてポーキーに躍りかかった。
「隙ありゃアー!!」
そのときである。とつぜんポーキーの尻の穴がピカッと強く光り、落雷のような轟音が空にとどろいた。
「――あ?」
コバヤシがポーキーの尻を見上げたときには、すでに茶色い弾丸は発射されていた。ポーキーの尻が射撃の反動で大きく跳ね上がる。まるで戦車の砲撃のようだ、と大五郎は思った。
「――イオッ!!」
コバヤシの顔面に茶色い弾丸が命中した。直撃である。茶色い弾丸は細かく砕け散り、まるでクラスター爆弾のごとく甲板の上にびちゃびちゃと降り注ぐのであった。
鉄パイプをふり上げた格好で赤いモヒカンあたまが大きくのけ反っている。
「……ナ……」
コバヤシの手から静かに鉄パイプがすべり落ちる。激しくエビ反ったその姿は、斬られ役で有名な某時代劇俳優を彷彿とさせるものがあった。
「……ズン」
まるで爆破解体された高層ビルのように、ゆっくりと肥溜めの中へと沈んでゆくコバヤシなのであった。
「いきなりNG、か。泣けるぜ」
ハリーが顔のまえで手をパタパタさせた。
「ばっちい!」
大五郎も、顔のまえで両手をパタパタさせた。
甲板のまん中で巨大化したポーキーが雄たけびを上げている。ヨシオと長老が、ゆっくりとした足取りでブリッジのほうへ向かってくる。大五郎たちもブリッジのところまで移動した。
「ふむ。はじめて見るタイプのUMAじゃ」
白いあごヒゲを撫でながら、長老は興味深そうにポーキーを眺めている。
「ゆーまじゃない! あかかぶと!」
ポーキーを指差しながら大五郎は叫んだ。
「アカカブト?」
なるほど、と長老がうなずいた。
「東洋のUMA、か」
長老はブツブツひとりごとを言いながら、じっとポーキーを観察していた。
「どこから来たんだ? あのバケモノは」
ポーキーに目を向けながらヨシオが言った。腕組みをして、あいかわらず他人事のように落ち着いている。
「じつは……」
ハリーが説明する。
「……と、いうわけさ」
「あのヤブ医者め」
ポーキーをにらみながらヨシオが舌打ちをした。
「ダ、ダンナ。ど、どうか、アッシの仇を……。アニキ、あ、アッシの仇を……」
コバヤシは全身にフンを浴び、まるで泥人形のような姿でハリーの足元に転がっていた。丸い黒縁メガネは、フンの直撃でレンズが割れたらしい。フレームの部分も干乾びたミミズのように歪んでいるのであった。
「わしにまかせろ」
自信ありげな口調で長老が一歩まえにでた。
「まさか、あの技をつかう日が来ようとはな」
肩まで伸びる白髪が潮風でなびいている。そして、ハゲた頭頂部は陽の光を受けて輝いていた。
長老はヨシオになにかを準備するように指示をだした。ハリーはポーキーの注意を引いている。カタパルトライン上に、やつをおびき寄せろ。長老は、ハリーにそう指示を出したのだ。
ヨシオが甲板の端に転がる残骸の中から台車を見つけてきた。百センチ四方の四角い板で、四隅にキャスターがついているものだ。彼は台車後部の取っ手をはずすと、そこにロープを通して結び、輪っかをつくった。
「これでいいだろう」
ヨシオがカタパルトのシャトルと呼ばれる部分に台車の輪っかを接続した。シャトルの大きさは駐車場にあるパーキングブロックほどで、よこから見ると、口を大きく開けた魚のような形をしていた。
「ぼうず」
台車の上から長老が見下ろしてきた。
「ボタンを頼む」
そう言ってカタパルトステーションを指差した。大人のヒザほどの高さで、およそ二メートル四方の半地下になっている構造物だ。甲板上に並ぶ二本のカタパルトラインの間にあるカタパルトステーション。航空機をカタパルトから打ち出すための操作をする部屋だ。
「じいちゃん」
大五郎は長老を見上げて右腕を突き出し、親指を立てた。
「ぐっどらっく!!」
そして手首を回し、親指を下に向けた。
「うむ。グッドラック」
ニコリと笑って長老も親指を立てた。
左舷側のカタパルトに接続された台車の上で、長老が腰を低くかがめた。まるでスキーのジャンプをする選手のようだ、と大五郎は思った。
左舷のタラップを降りると、大五郎は艦内の通路を走り抜けてカタパルトステーションに向かった。三百六十度ガラス張りの小さなせまい部屋。中に入ると、青みがかったガラスの向こうに長老の姿が見えた。ヨシオは長老の右側に立ち、舳先のほうを向いている。ヨシオが見つめる先には、巨大化したポーキーを引きつけるハリーの姿があった。ちょうど左舷側のカタパルトライン上だ。
ヨシオが周囲を指差しながら安全の確認をはじめた。それから左手をうしろに回し、左足をよこに伸ばす格好で腰を落とした。右手は甲板に下ろしている。長老も台車の上で腰を落とし、前傾姿勢で待機していた。いったい、これからなにがはじまろうとしているのか。
ヨシオの右手が上がり、まっすぐに舳先を示した。発進の合図である。
「ポチッとな!」
大五郎が掌でボタンを叩くと、台車に乗った長老が、すさまじいスピードで目のまえを滑っていった。前傾姿勢で、ヒラヒラと白髪をなびかせながら。大五郎は以前、これとまったくおなじ光景を見たことがあった。タイトルは忘れたが、宇宙で戦うロボットのアニメだ。
「さがるのじゃ、ハリー!!」
長老が叫ぶと、ハリーはよこに飛んで転がった。
巨大化したポーキーが長老をふり向き、立ち上がった。
「やっぱり、あかかぶとだ!」
大五郎は戦慄した。うしろ足で立ち上がり、二本のまえ足を頭上で高く構える巨大化したポーキー。それは、まぎれもなく伝説の人食い熊・アカカブトの構えであった。
「ああっ!」
大五郎は叫んだ。台車の勢いを利用して、長老がジャンプしたのだ。
長老は握りこぶしをつくった腕を胸のところで〝×の字〟に重ねると、まるでドリルのように体を激しく回転させた。
「天に滅っせい!! アカカブトーッ!!」
カタパルトのパワーを利用した強力なスピンキックである。
「烈・滅流豚!!」
空母全体が激しく震えている。稲光を発しながら巨大な竜巻と化した長老は、巨大化したポーキーめがけてまっすぐに飛んでいく。すさまじいスピード。すさまじいパワー。まるで戦艦の主砲から撃ちだされた砲弾のように、風を切り裂きながら飛んでゆく。
「伏せろ!!」
甲板に伏せながらヨシオが叫ぶ。カウボーイハットを押さえながら、ハリーも伏せる。
迸る閃光。
爆発音。
―― ピギーッ!! ――
そしてポーキーの断末魔。
「ポーキーがとんだ!!」
大五郎は叫んだ。ポーキーが、遠く空の彼方へと飛んでいく。
「ポーキー……」
ひとすじの流れ星になって、ポーキーが落ちていく。はるか水平線の向こうへと、流れ星になって落ちていく。さよなら、ポーキー。さらば、アカカブト。ひとすじの熱い雫が、大五郎の頬を流れているのであった。
大五郎が甲板に戻ると、カタパルトステーションのそばでヨシオが腕組みをしていた。
「やったね、おじさん!」
大五郎は笑顔で親指を立てた。ヨシオも親指を立てながら、口もとでかすかに笑っていた。
「怪獣映画も、わるくないな」
葉巻をくゆらせながらハリーがやってきた。疲れ切った顔で、ハリーは笑っていた。
「やっぱ、カレーは牛肉にかぎりやすね」
強烈な臭いを放ちながら赤いモヒカン頭が近づいてきた。
長老は舳先のほうで仰向けに倒れている。おそらく着地に失敗して後頭部を強打したのであろう。口から白い泡をふきながら、長老はピクピクと痙攣していた。
「余計なことを」
いつの間にきたのだろうか。大五郎のうしろに九郎が立っていた。黒いマントに身を包み、氷のような冷たい瞳で舳先に倒れる長老をにらみつけていた。
「きさまら、カツ丼を食いそこなったな」
そう吐き捨てると、九郎はマントをなびかせながら左舷のタラップを降りていった。
「コーンスープとコッペパン。それでじゅうぶんだ」
ハリーはそうつぶやくと、唇にはさんだ葉巻から紫煙を立ちのぼらせながらタラップを降りていった。
「なけるぜ」
そう言って、大五郎はコバヤシと顔を見合わせて肩をすくめた。
ヨシオは腕組みをしながら蒼い空を見上げていた。
※イオナズン・・・某ロールプレイングゲームに登場する爆発系の魔法。
※メルトン(滅流豚)・・・・・某ロールプレイングゲームに登場する
魔法(敵・味方すべてに大ダメージを
与える)。
エピソード「死闘! 海上決戦!!」
おわり
太平洋、血に染めて 「死闘! 海上決戦!!」
次回 「最終回スペシャル」
ご期待ください!!
*エンディング
https://www.youtube.com/watch?v=7prhp48Vy4U
https://www.youtube.com/watch?v=DI3Dz1YWW7c(予備)
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【映像特典】
https://www.youtube.com/watch?v=16THTSnc8ek
https://www.youtube.com/watch?v=B9a6OlrWgHo
https://www.youtube.com/watch?v=tqvQCZy9IcY
・戦士の魂(アカカブトに立ち向かった戦士たちの歌)
https://www.youtube.com/watch?v=_iPzeLM0K7g
・BGM「決戦! アカカブト!」
https://www.youtube.com/watch?v=xnb6N9W_yOM