底
底
南の海に、天を目指して海から上がってきた珊瑚たちが干あがり、寄りそうように死んで出来た小さな島がある。周囲の穏やかな海面の真下に、獰猛な潮の流れと暗礁を忍ばせ、近隣の島々からぽつんと孤立した状態のその島は、南海特有の色彩豊かな動植物を囲って楽園のような体裁を放ちつつ、その見た目の眩さとは裏腹に、実際に島の人たちが島から得る恩恵は貧しく、生きていくのに最低限な収穫を皆で分け合って慎ましい暮らしを続けていた。時に非情な大嵐が島の暮らしをかき混ぜていく事もあるが、長い年月を自然と共存して生き続けて来た彼らの根底には、どれほどの災いもどこかあっけらかんとした様子で見守り、黙って耐え続けるような気概があった。それは島が自然の姿を残し続ける限り、自分たちの暮らしもそこに約束されるという強い信仰の表れでもあり、 日々淡々とした暮らしの継続こそがこの島の最大幸福と言えるからだ。
そんな島にまた豊年を願う暗い時期が来た。王国に献上するザンノイオを求め、島が叫ぶ。
「ニーレスクより来たるマレピトよ。島の願い聞き届け、ザン連れて来りよ」広場の篝火が爆ぜて、静かに闇が降りる。来訪神の登場を待ち、ナミダと呼ばれる警備の若者たちが俄かに殺気立った。祭りはこの島だけの秘め事。他言は無用、島以外の者たちには神の姿はもちろんの事、名前すら知られてはいけない。たとえ島の者であっても秘密を洩らせば容赦のない制裁が待っている。これまで秘密保持のために命を落とした者も少なくはない。
島の高台にいるナミダが外界から船で島に侵入しようとする者を監視し、祭りの舞台となる社の広場には、槍やら手斧を持ったナミダが大勢張り付いて一人の不審者も見逃さない厳重な態勢が敷かれ、祭りの本舞台にただならぬ緊張感が孕む。島の古参の者たちより甕から柄杓で廻されるニガヨモギの酒が強烈な酔いを誘って、時折集まった者たちの発狂しかけた高笑いが広場に起こり、耐え難い緊張を濁す。 島に齎されるのが幸か災いかは全て来訪神のご機嫌次第で決まり、騒ぎ過ぎてもしめやか過ぎてもこの祭りは成立しない。
社の裏手にある大きな洞穴に続く草むらの道がふいにざわついた。来訪神の気配を受けた囃子のナミダが太鼓の音を轟かせ、警護のナミダも手にした得物を地面に叩きつけ、その音頭に合わせた。 集まった島民の神経が一斉に尖る。
そしてアダンの刺の葉を掻き分けて、異形の仮面を着けた二柱の来訪神がひょっこりと広場に飛び出した。神というよりかは魔物と呼ぶ方が相応しい姿のニーレスクからの来訪者。 その木彫りの仮面に生気はなく、縦長の鼻の両側にぽっかりと穿たれた丸い目は、島の洞穴の底のように暗く、ギザギザに彫って剥き出しにされた歯は喜怒哀楽の感情のいずれも欠いた虚ろさを見る者に植えつけた。頭部にはクロツグの葉を立てて、全身はブドウの葉を編んだ物で蔽われている。
棒を乱雑に振り回し、縦横無尽に広場を飛び跳ねる。囃子のナミダが打ち鳴らす太鼓の音に合わせて、二体のマレピトがこの島特有の奇妙な舞いを披露した。
母と子。二体の仮面が織り成す祭りの舞いは、遠い昔に悲しい再会を果たした親子の物語が起源だ。
ある満月の夜。大潮で引いた海にシャコ貝を採りに出かけた子供が、そのまま戻って来なかった。子供が社の森の奥に入っていくところを見た者がいたので、島の者たちは子供がニーレスクに呼ばれて行ったと噂した。
ニーレスクは島民たちが信じる、地の底にある理想郷だ。社の裏の森から辿る海岸の大洞穴の遥か地下に、この世と同じように海が広がっていて、自分たちが住む島と姿形がよく似た島が存在し、家も人もこの世の島と全く変わらずあるという。ニーレスクがこの世の島と違うのは、そこで暮らす島民全てが、永遠に幸せでいられる事。老いも若きも病とは無縁で、天災も争い事もない。漁師が海に出れば魚でも貝でも欲しいだけ採れ、作物を育てる家があれば、その作物はどれも見事に実る。この世の島民たちの心配事や不安はニーレスクには一切無いのだった。
いなくなった子供は母親と二人で暮らしていた。ニーレスクに行けば母親と二人でずっと幸せに暮らせる。そんな願いが子供をニーレスクに呼んだのかもしれない。一年が過ぎ、二年が過ぎても子供は帰らなかった。島民たちがすっかり子供の事を忘れても、母親だけは毎日ずっと社で子供の帰りを待った。
幾年を過ぎたある日の晩。子供がいなくなった時の姿のままひょっこりと母親のところに帰って来た。面影は確かにその子供だが、顔に生気はなく、元気の良い褐色の肌が透けるように白く変わっていた。物言わず母親の前に立つその子供は亡霊で、一晩母親と過ごしたきり、翌朝にはまたいなくなった。母親は夢かと思ったが、 子供が寝ていたはずの枕元には山ほどの魚や貝の海の幸、それに畑の作物が置かれていた。
子供の亡霊が置いていったニーレスクからの土産物。母親はそれから毎年、子供がいなくなった晩と同じ夜に社へ子供を迎えに行った。子供が帰って来た時は島で魚が大漁に採れ、作物もよく実り、帰って来ない時は魚もわずかばかりしか取れず、作物の実りも悪かった。
いつしか子を待ち続ける母親も老いてこの世を去り、子供の帰りを待つ母親の行為が、島民たちの間で豊年を願う儀式になった。親子に見立てた二体の仮面を、ニーレスクから稀にやって来る客として神格化し、毎年その登場を待ちわびた。
無数の暗礁に守られる形で外界との接触をほとんど持たずに孤立してきた島に、突如王国が介入してきた時から、儀式は島にとってより切実なものになり、来訪神の舞いは必ず成立させなければならないものになった。
熱気を帯びた広場の輪に二体の仮面が組んず解れつ激しい舞いを繰り広げる。一方がもう一方を地面に押し倒し、馬乗りになって上下に揺れ動く奇態な振り付けがあったかと思えば、四つん這いになった一方にもう一方が背後から腰を当てる仕草など、舞いが次第に男女の淫らな行為を連想させるものへと変わっていった。儀式を見守る島民たちの息は荒く、ニガヨモギの酒を喰らったツンとする臭気が舞いと共に広場に渦巻いた。
胃が焼け、脳が痺れるほどの強烈な酩酊を約束するニガヨモギの酒は、大嵐によってこの島に難破した異国の船がもたらした。船底に身を寄せ合って、なす術なく朽ち果てた船員たちの側にひっそりと芽吹き、船員たちの無念を吸い取って力強く自生した南蛮の植物を、発酵したヤシの実の汁に漬け込み大甕の中で寝かせたのが、一年に一度、来訪神の祭りの時にだけ島民の前で開封される。ニガヨモギの酒は耐えがたきを耐え、忍びがたきを忍ぶ島民の麻酔薬として、儀式の場に絶対欠かせない物となった。島民の中にニガヨモギの酒だけを作る役目を担った家があり、難破船から摘んできた南蛮の植物をその家の敷地に植えかえて、儀式の時期までに大甕いっぱいの酒を貯えていた。ザンノイオがまだ一匹も獲れていない今年の儀式は麻酔が切れるのを怖れ、島民たちは皆競うようにして酒を煽った。
目つきの危うい見物の座を割って、物忌みを済ませた少年が二人、赤い鉢巻きに褌姿で舞いを絡める二体の仮面の前に跪く。神託により仮面の来訪神からニーレスクの土産物を受け取る役を担った、ジタラとイザカイだ。島特有の褐色の肌に黒真珠を嵌め込んだような大きな瞳を持つ二人は、兄弟ではないが顔も背格好も良く似ている。
孤立した小さな島ゆえに血縁は自ずと濃いものになり、島の者たちは皆どことなく親兄弟のように似た面影があった。この島の神話に大海嘯を逃れてこの島に辿り着いた男女の物語があるが、それが事実として島民の起源だとしたら、この島の者たちは全て同じ血を引いていることになり、その繰り返される近親婚によって続いてきた血の系譜の末端にジタラとイザカイがいる。普段は気の向くままに島中を所狭しと遊び回っている活発な二人だけに、似たような動作と調子で延々と繰り広げられる舞の前にただ畏まっているのは苦痛以外の何物でもなかった。性行為を知らない無垢な少年には、舞いの儀式がいかに島にとって重要で神聖なものであっても、醜悪な怪物たちが滑稽な戯れ合いをしているようにしか見えなかった。当然自分たちが神託によってこの場にいる事の意味も分からず、 殺気立っては発狂寸前の様子を見せる周囲の空気に、一種異様な恐怖を感じながらただ強張っているしかなかった。
王国がこの島に課した税は、年二頭のザンノイオ。ザンノイオは神が最も愛でる神聖な魚ゆえ、年中海に出る猟師でさえその姿には滅多にお目にかかれない。ザンは人に似て、その肉を食べた者は不老不死の力を得るという。またその骨を粉末にして飲み下せば万病を完治させる妙薬になるという。天寿を全うし、浜にその亡骸を打ち上げた時だけ、島民はそれを神の贈り物として受け取り、密かに食べたが、決してザンノイオに釣り針を落としたり、網を投げたりはしなかった。
南蛮諸国との貿易で莫大な富を得て、さらにその栄華と覇権を南の海域の島々に伸ばしてきた王国が、不老不死を授けるザンノイオの噂を聞いて目をつけない理由はなく、威圧的な外交でこの島を支配下に置いては、年に一度必ずザンノイオ二頭分の肉と骨を要求した。要求に応じなかった場合は、島の何人かが未開の巨大島に連れて行かれ、欝蒼とした密林を切り拓いて広大な耕地に変える、過酷な労働に従事させられた。島を一度離れた者たちが再び故郷の砂地を踏むことはなく、その生死さえも残された島民たちには知らされなかった。
神の許しがなければザンノイオを獲ることは出来ない。しかし王国の脅威にさらされている現状を考えると、禁忌を破ってでも島民たちはザンノイオを欲しなければならなかった。仮面の儀式が以前よりずっと厳格で緊迫した様相を見せたのもそんな事情があったからで、それまでは一年の豊漁を祝うだけの陽気で健全な祭りだった。
「アコォとクロォ、どっちの面が男か女か、イザカイは知っとうかぁ?」
長い時間畏まったまま居ずまいを正す事に痺れを切らしたジタラがイザカイにこっそり話しかけた。巫女のお婆が二人の様子をどこかでしっかりと見張っているような気がしたのでジタラは顔を正面の舞からは決して逸らさなかった。普段はよく可愛がってくれる年上の温厚な青年たちも、ナミダを担った今夜に限り、隙あらばと人喰い鮫にでもなったように鋭い監視の目を二人に突きつけてくる。ヘタに動くとどんな仕打ちに遭うか分からない。来訪神の前であからさまに姿勢を崩す行為だけは避けなければならなかった。
「アコォが男さぁ。だってよぉ、苛めてる方が男じゃないとおかしいさぁね」
イザカイが周囲を気にしながら声を潜めてそう言った。目の前の二体の仮面の虚ろな眼球が篝火に照らされると夜光貝のように怪しく光った。その光を受けたイザカイがジタラとの私語を見透かされたと思い、くの字になった背筋を改めて直立させ、気を引き締めた。
無限に続くように感じられる得体の知れない儀式に、イザカイほどは恐縮していないジタラが舞の隙を窺って再び口を開く。
「社の裏にある大洞穴の底によ、ニーレスクがあるの知っとうか? こことそっくり同じ島で、こことそっくり同じ顔の人が住んでるばよ」
ニーレスクの話ならイザカイも自分のお婆によく聞かされて知っていた。お婆が「死ぬまでに一度は行ってみたい」と、笑顔を浮かべて話していた夢のような島。お婆だけでなく、島の年寄りたちは皆ニーレスクに憧れを抱いていた。
「この仮面のマレピトも、ニーレスクから来るんよね? 大洞穴の下の、もっと下から来るんよね?」
「それは島の大人たちがそう信じているだけで、本当は違うばよ。この仮面のマレピトはニーレスクから来た神サマなんかじゃないば、ボク、今日社の中でこっそり見てしまったんだけどよぉ、この仮面の二人はなぁ、ケンタツ兄々とネザマの姉々よ。二人が仮面被って神サマのフリしてるだけさぁ」
「ジタラ……それ本当かぁ?」
「うん、間違いない。ボク社ではっきり二人の顔見たさ」
二人の会話を察知し、それを遮るように仮面の虚ろな眼球が光る。仮面にどのような細工がしてあって光るのかは分からないが、マレピトが持つ神秘性をこの光が全て担っていると言えるくらい周囲を圧倒する力を発揮していた。来訪神の前ではいかなる粗相があってもいけないと巫女のお婆も何度も忠告していた。島民全員が一丸となって丁重に来訪神を扱わないと、来訪神の機嫌はすぐに曇る。
「マレピトの土産も兄様たちが掟を破ってこっそり獲ったことにすれば罰被らんで済むだろ?」ジタラの退屈と鬱積が来訪神への畏怖の念を忘れさせ、気付くと人目を憚らずしゃべり続けていた。
「ニーレスクもマレピトも嘘。巫女のお婆が怖くて、みんな仕方なくこんな変な祭りをやってるだけよ」
背後に控えているナミダたちが聞いたらとんでもない仕打ちを喰らうような事をジタラは平気で言い放った。 イザカイはただ戸惑いながら、ジタラの独り言として黙っていた。クロの仮面に圧し掛かったアカの仮面が全身を激しく震わせて、精も魂も尽きたようにピタリと動きを止めた。島民たちが歓喜の声を張り上げて、長きにわたって繰り広げられた舞が幕を閉じる。
「それでは皆の者、マレピトがニーレスクに帰られる。別れの用意はいいか? ナミダらはマレピトを先導して、共に洞穴へ向かえ。ジタラとイザカイはマレピトの後ろに続いて洞穴でザンノイオを頂戴してまいれ」
祭りを取り仕切る役のカマンガと呼ばれる最長老のお爺が号令をかけ、輪になった島民たちがマレピトに別れを惜しむ歌を歌った。島民の年寄りたちの中には声を震わせ、目から大粒の涙を流して歌う者もいた。母と子が束の間再会して別れる祭りの終焉。それは死別した血縁の者への悲しみを表現しているようにも聞こえ、新たにこの世に生を受けた者への喜びのようにも聞こえた。そして島民たちの声が嗄れる頃には、マレピトの姿は森の奥へと消えていた。
ナミダの青年三人を先頭に、男女のマレピト、ジタラ、イザカイと続く一行が大洞穴までの細く荒れた道を整然と歩く。全身を葉で覆ったマレピトの大きな背中を追うジタラとイザカイの目には、前方のマレピトが森そのものがずるずると移動しているように見えた。
足取りの重い少年たちの足跡を鈍足のセマルハコガメとヤシガニがのそりと追う。雑食性の小さな彼らでさえ島の陰気な事情を知っていた。彼らが這いずって群がった後には何も残らない。
夜空には幾つも星が瞬いていたが、一行の足下は暗く、ゴツゴツした石や地中にビッシリと根を下ろしたつる草が幼い二人の足取りを時折掬った。
躓いて転んだら森にとり殺される、ジタラとイザカイはそんな気がして慎重に歩を進めたが、先頭のナミダたちが足音だけを派手に鳴らして森の奥に姿を消すと、遅れまいと、多少躍起になってついて行った。
島で一番神聖な場所。ニーレスクへ続くと言われる大洞穴が夜の波を抱きかかえる音が聞こえ、先頭のナミダたちがジタラとイザカイ、そしてマレピトを待っている姿が見えた。神を見送る大役を果たすため酩酊を湛えた無表情で道の両脇に佇んでいる。巫女のお婆が言っていた、「魂を七つ落とした者は生気が抜けた顔付きになる」というのは、こんな顔の事だろうか? と、ジタラは思った。ナミダだけでなく、祭りの日は島の大人たち皆の人が変わる。我を忘れて、マレピト、マレピトと怪物じみた奇怪な神様に縋る気持ちがジタラには理解できなかった。
大洞穴に辿り着いたマレピトがゆっくりと振り返り、ジタラとイザカイに向き合った。
ニーレスクに帰るマレピトからザンノイオを受け取るためにジタラとイザカイはここまで付いて来た。たった二匹のザンノイオを受け取るのにどうしてこんなに仰々しい儀式が必要なのか? 目の前に立っているのは、ケンタツとネザマの二人だ。二人が帰る場所はこの島にあり、ニーレスクではない。マレピトのフリをしている理由はジタラとイザカイだけに知らされていない秘密のような気が、その時二人の少年にはした。
ジタラは巫女のお婆に決してマレピトに声をかけてはいけないと言われていたが、目の前にいる相手が自分たちが良く知る人間だという事に確信を持っていた。
神でも魔物でもない二人の男と女に声をかけてはいけない理由なんてあるものかっ。
「ケンタツ兄々とネザマの姉々よ、早うザンノイオくれ。なぜボクらはこんな所に連れて来られたば? さぁ、早くっ。ザンノイオはどこにあるかぁっ」
全てお見通しだとジタラは悪びれずに言った。目の前のマレピトたちは何も答えず、微動だにしないまま、ジッとジタラたちを見下ろした。
「なんで黙っとるかぁ? ボク、社でこっそり兄様たちがマレピトになるとこ見たばよ。マレピトもニーレスクもホントは嘘さね? 兄様たちの誰かが内緒でザンノイオを獲りよっとるんさね?」
「黙らんかジタラっ」
ナミダの一人が怒気を孕んでジタラを制す。マレピトへの無礼は絶対にあってはならない事。血相を変えたナミダたちがジタラとイザカイを取り囲んだ。
「ジタラっ、お前は自分が何を言ってるか分かってるかぁ。マレピトの機嫌損ねたら島の暮らしは終わりぞっ」
「ボクには全然意味が分からんば。なんで兄様たちがマレピトのフリをして、あんな変な踊りを踊らんといけんば? ボクには島の祭りの日の島のみんなが全然分からんのよ」誰憚ることなく、ジタラは正直に胸の内を吐いた。
自分たちが何故ここに連れて来られたのか? 静まり返って波の音も遠くなった夜の大洞穴で、はっきりとした返答がないままナミダの一人がジタラを羽交い絞めにした。
「お前らが本当の事を知る必要はない。マレピトを畏れ敬い、ニーレスクからの恩恵をただひたすら願えっ」
ジタラと同様にイザカイもナミダたちに押さえ込まれた。イザカイはずっと大人しく、ナミダたちに全く抵抗の意志を見せなかった。
マレピトが捕らえられたジタラとイザカイの前にゆっくりと近づく。ニーレスクに続く大洞穴がぽっかりと暗い口を開け、その背後の闇を従えてマレピトが黙ったままジタラとイザカイに深々と別れのお辞儀をした。
大嵐が過ぎるのを待って、島の沖に王国の船団が姿を見せた。栄華を反映するように海竜を模した煌びやかな装飾の巨体を沖に停泊させ、荷積みの爬龍船が塩漬けにしたザンノイオの肉と骨の粉末を持ち帰ると、満足気に帆を上げてその日のうちにその姿を島の沖から消した。
島に豊年が約束されても、王国がそれを掠め取る運命にある限り、この島に彌勒世が訪れるのは途方もなく先のことだ。でも島の姿がある限り、島民は淡々とその暮らしを続けて行くだろう。
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