色彩の石屋
第1話 「私はただの石屋です。」
朝7時。太陽の光がカーテンの隙間から差し込んでくる。
自ら布団を蹴飛ばすようにして剥ぎ取り、ベッドのスプリングの反動の力を借りて勢いよく上体を起こす。昨晩、眠剤をいつもより遅い時間に飲んだためであろう。私の頭はいまだ睡眠モードであり、フラフラと彷徨うようにして洗面台へと向かった。
適当に洗顔を済ませると、気だるい身体を引きずるようにして階段を下る。そして毎朝決まったように母が朝食を作る匂いに誘われるように食卓へ向かう。
「・・おはよぉ」
「はいはいおはよ」
母といつも通りの挨拶を済ませ、続けて起きて来た父と共にぼーっとテレビを眺めながら朝食が出てくるのをひたすらに待っている。
母は元公務員。父は元上場企業の管理職。既に65を過ぎ、家でのびのびと老後を過ごす身だ。
そのような家庭の中で働き盛りであるはずの30歳一人息子。出来上がった朝食を急ぐ様子もなくゆっくりとしたペースで父母と食す。
ここまでの過程を見る限り、この息子、明らかにニートと言われる部類に入りそうなものだが・・・一応職は持っている。
—— 石屋 ——
世の中の人々は私のような存在をどのように受け止めるのであろうか。
東北地方のとある田舎町。首都圏のそこそこ名の知れた大学を卒業し、地元で安定の職を得た。
・・・そんな私の今の職業は「石屋」である。
石屋といっても、一般に広く認知されている「墓石屋」ではない。
店内には、海外の洞窟から発掘された際の形状をそのまま残した結晶状のものからアクセサリー用に加工を施したビーズ状のものまで大小様々、且つ実に色とりどりの天然石が並んでいる。
多くの石達に囲まれた空間で、訪れた客との会話を楽しみながらアクセサリーを作り上げる。もはや売り上げなど見込めない、商売と呼べるのかさえ怪しげな日々だ。
人々は、個性豊かな美しい光を放つ石達を「パワーストーン」などと呼び、その大自然が何千何万何億年とかけて創り出した色彩、輝きから科学を超越した何らかのパワーを得ようとする。
石で願いを叶えようと試みるのである。
私は、占い師でもなければ呪い師でもない。ましてや宗教家などといったものでもない。ただの石屋だ。石に願いを叶える魔法のような力があるだとか科学を超越したパワーがあるだとかそういった考えは一切持ち得ていない。
ただ、その自然界が創造した美しい色彩、触れた時の天然石独特のひんやりとした感覚に癒しの効果はあると思う。カラーセラピーのようなものであろうか。
客との会話の中で色合いを決めていく。好みの色。今の気分。そして使用する天然石が古くからどのような場面で使われてきたか(この点では少々呪い的な意味合いもでてくるかもしれないが)。そういったことを話し合いつつアクセサリーを作り上げる日々。
私の店の石達や作るアクセサリーには摩訶不思議なパワーは一切込められていない。しかし、何らかの事情を抱え、わざわざこの田舎町の石屋を訪ねてくる人々が前向きに生きられるよう導くためのパートナーであってほしいと私は思っている。
今日も店内には外から心地よい光が、風が、川のせせらぎが、鳥の声が入ってくる。
—— 色彩の石屋、今日も開店です ——
第2話 愛の卵
今日の石屋は暇である。
まぁ、どうせいつも繁盛しているわけではないし、暇なのが普通といっても過言ではない。
「色彩の石屋」ではインターネットでの相談・販売・来店予約も受け付けている。今日はネットの来店予約は入っていない。
「ちょっと草取りさいってくっからーーー」
地元の農協からもらったお気に入り。農薬会社のロゴの入った帽子を被り、父が店を通って外へ出ていく。自宅と店は直結しているため玄関からでも店からでも都合のいい方から外へ出られるようになっているのだ。
「お前も少しは外に出て草取りでもした方がいいんでないか?」
「お客、来るかもしれないから。」
「和夫ちゃんとこの雄介くんは嫁さんと孫連れて実家さ戻ってきたっていうしなぁ・・・お前もそろそろ・・な??」
「父ちゃん、俺みたいな変人に嫁来ると思う?」
「まぁだまぁだ。諦めんの早えから。父ちゃんも母ちゃんも早く孫の顏見てぇんだよぉ・・・。」
そう言うと父は足早に庭へと出かけていく。よくある父と独身息子の日常の会話の一つといったところである。
手のひらにのせて紫水晶の群晶を愛でる。人口的に整えられていない自然のまま切り取られたその姿。結晶部を触るとひんやり冷たい。上部に行くに従って濃く、輝きを放つ紫色を見ていると不思議と心が洗われるような気持ちになる。
「あっ、あのぉ〜・・・」
店の入り口に目を向ける。来客だ。
「いらっしゃいませ。どうぞゆっくりご覧になってください。」
このような場合、客は天然石が物珍しくて「見学に来てみただけ」というパターンも考えられるため、積極的な接客はしない。私としては何も買わなくても見た人が石達に癒されてくれるだけでもいいというスタンスであるからだ。(だから儲からないのだろう)
一人で訪れた若い女性客が自由に店を見て回る中、特に声をかけることはせず私は石を一つ一つクリーニングしていく。
「きっ、、綺麗な石ですね」
女性が目をキラキラ輝かせながら丸く加工された一つの石を見つめている。
「紅水晶って言うんですよ。ピンク色が可愛いって女性の方に人気ありますね〜。」
するとすかさず女性が言葉を絞り出すようにして語り出した。
「あのっ・・・このお店のこと、ネットで知ったんですけど・・・お話しながら天然石の綺麗なアクセサリー作ってくれるって・・・」
「ええ、ゆっくりとお話をさせていただきながら一緒に石を選んで作らせていただいてます」
店を始めてからすぐ雰囲気で気づくようになった。この若い女性客は何か問題を抱えた人物でありそうだ。
「私のアクセサリー、作ってもらいたいんです!!」
その瞬間、それまでおどおどとしていた女性から何か強い意志を感じた。
私は軽く頷き、接客用のテーブルへと彼女を案内する。
「母ちゃん、お客様〜」
「はいよぉ〜」
母が奥から顔を出す。
「あっらぁ〜〜素敵なお客様っ!今お茶の準備いたしまっす♪」
田舎のおばちゃんというのは多くが突然の来客であろうと客が来たことを喜び、今準備出来る限りの中で最高のおもてなしをしようとする。私の仕事の場合、長く話しを聞きながらの接客となるので、母の「田舎のおばちゃん無差別おもてなしテロ」にはかなり助けられている。
————————
「どうぞごゆっくりねぇ」
母は茶と数々の菓子類、そして自家製の煮物や漬物をテーブルに並べるとそのまま若干急ぎ足で戻っていった。大方これから世界びっくり大賞の再放送でも観るのであろう。
「どうぞ、食べながらお話していきましょう」
とりあえず取り箸で女性の分も盛り付けて渡す。
「ありがとうございますっ」
彼女が漬物を口へと運ぶ。
「おっ、おいしい!とってもおいしいですっ!!」
田舎には似合わないような清潔感のあるルックスの彼女はなかなか田舎料理を口にする機会などないのであろう。都会から来た人は大抵喜んでくれる。母に感謝だ。
「・・・何でも、お話ししてもいいんですよね?」
「個人情報はもちろん外部に漏らすことはありません。もともとお堅い職場にいたのでその点はご安心ください。」
すると彼女はゆっくりと語り出した。
彼女の名前は「紅谷詩織」県庁所在都市に住む28歳OL。実家住みで両親、祖父母、大学生の弟と同居している。
一見普通の可愛らしい印象のOLといった彼女だか、実は誰にも言えない秘密を隠していた。
「・・私、お腹に赤ちゃんがいるんです・・・」
「そうなんですか!おめでとうございますっ」
おめでたと聞いて私がとっさに発した言葉。
それを聞いた途端、何故か彼女の目からは大粒の涙がこぼれ落ちる。まずいことを言ってしまったのであろうか。
「えっ、あっ、大丈夫ですか!」
女の涙に焦って挙動不審になったってしまった。私は母が置いていった箱の形ががボコボコになっているBOXティッシュをすかさず渡す。しかし彼女は気丈に話しを続けた。
お腹の子の父親。彼女の元交際相手は同い年。大学時代からの付き合いで結婚の約束まで交わしていたほどであった。
しかし、適齢期を迎えた彼女が結婚について積極的な態度をとるようになったため、それが煩わしくなった元交際相手から別れを告げられたのだという。
28歳、若い青年はまだ家庭というものに縛られることなく自由気ままに生きていたかったのだろうか。
子供ができたとわかったのは別れた後。既に元交際相手には新たな交際女性がいると風の噂で聞いた・・・
「彼には伝えなくていいんですか?」
「彼のそばにはもう別の女の人がいるんです。だから、もういいんです!!」
可愛らしいルックスとは裏腹にしっかりと心を決めたように彼女は言い放った。そして少し涙が残るが母としての強さを秘めた瞳で言う。
「今日は気分を切り替えてお腹の子と二人一緒に生きていくための道標になってくれるようなアクセサリーを作っていただきたいんです」
彼女の前向きな言葉は、私の心を奮い立たせるには十分すぎるものであった。
「わかりました。素敵なアクセサリー、作りましょう」
早速、準備にとりかかる
「アクセサリーですと、定番の丸玉ブレスレット・ネックレス、金属パーツ使用ブレスレット・ネックレス・リング、ペンダントトップに金属・布製のいずれかお好きな紐をお付けする・・・といったものがございますが、いかがいたしましょうか?」
「じゃあ、私ペンダントトップがいい!」
即決だ。
「では、使用する石の方はいかがいたしましょう?店内をご覧になって何か気になられた石はございましたか」
—— あの・・ピンクの可愛い石 ——
彼女は店に入ってきた時からその一つの石の輝きに完全に心を奪われてしまっていたようだ。
紅水晶は、色の濃いものから薄いものまで様々あれど、全てにおいて「やさしいピンク色が穏やかに心を癒す」色彩の輝きを放っている。
「紅水晶ですね!ではこちらでペンダントトップの素材となる石を選びましょう。」
涙のような形、ハート形、卵型、カットが施されて宝石のような光を放つものまで店には
実に多様なカットを施したペンダントトップが並ぶ。
「ふあああ・・・どれも可愛いっっ」
数多くの紅水晶のペンダントトップを前に興奮した様子の彼女。
「今のご自分のお気持ちに近いものや何か頭に浮かんだイメージに近いものをお選びになと長くパートナーとして石と寄り添えると思いますよ」
彼女はすっと卵型に成形された紅水晶に手を伸ばす。
「これ、この卵みたいな形のにします!」
—— 石が選ばれた ——
話し合いの末、石に金属アレルギーの起こりにくい素材であるステンレス製金具で天使の羽の装飾を施し、完成次第お渡しということで話がまとまった。
「完成したら宅配便でお送りすることも、直接取りに来ていただくこともできますがいかがいたしますか?」
「・・1週間後・・・迎えに来ます。」
そう言って彼女は卵型の紅水晶を見つめ、まるで愛しい我が子をあやすかのように微笑んだ。
—————
今日は小雨が降っている。若干の肌寒さもあり、私は店の椅子に掛けていたカーディガンをさっと羽織る。
「今日は畑出らんないなぁ」
母が店の方に出てきて外の様子を伺う。
今日は紅谷様が完成したペンダントを受け取りに来る日だ。
「(雨で足元も悪い状況だ。妊婦さんがこんな日に外出して大丈夫なのか?もし転んだりしたら・・・)」
そんなことを気にしてしまえば妊婦達は外出もろくにできないであろう。しかし、私としては、危険だらけの雨の日に妊婦が外出することが非常に恐ろしいことのように感じた。このように感じてしまうのも決して妊婦になり得ない「男」という生き物ゆえだろうか。
「石屋さぁん、こんにちは!」
聞き覚えのある声。店の入り口にはあの可愛らしい女性、「紅谷様」が手を振る姿があった。
隣には、彼女を気遣うように寄り添う一人の若い青年が立っていた。
「こんにちは」
爽やかな笑顔だ。
「あ〜らぁ〜!この前のお客さんねぇこんにちはぁ!」
母がささっと家へと入っていく。「おもてなし」の準備である。
「では、こちらへどうぞ」
二人を接客用のテーブルへと案内する。
—————
「ごゆっくりぃ」
母はいつものようにテーブルに「田舎の最上級おもてなしセットか」を並べ早足で居間へと戻って行く。日々の楽しみ、サスペンス劇場の再放送の時間である。
「石屋さんのお母様のごちそう、すっごく美味しいんだよ!」
彼女は瞳を輝かせながら寄り添う青年に話しかける。
「あっ、すみません。一口いただきますね」
「遠慮しないでください。沢山食べていただけると母も喜ぶので。」
とても大人しめの誠実そうな青年である。
美味しそうに、幸せそうに、おもてなし料理を食べる二人の姿はまるで新婚夫婦の食事風景を見ているかのようだ。
「ペンダントの方、お渡しいたしますね」
私は店の奥の棚から一つの白い箱を取り出す。紅谷様から依頼されていた紅水晶のペンダントである。
「こちらになります」
手渡された箱の蓋を開けた彼女の瞳はさらに輝きを増す。
「すっ、素敵!綺麗!可愛いっ!」
卵型のシルエットに天使の羽が飾られた薄いピンク色の輝く石。見ているだけで心が癒される。
「本当に、すごく素敵なペンダントだね」
喜ぶ彼女の顔を眺めながら青年は微笑む。
「(ところでこの二人、関係は?紅谷様の新しい交際相手かな?それとも復縁?)」
私の頭の中を様々な疑問が駆け巡る。
—————
「本当に、こんなに素敵なペンダントを作っていただいてありがとうございました!お母様のごちそうもすっごく美味しくて・・ごちそうさまでした!」
石のお渡しも無事に済み、帰る二人を外まで見送る。
「本日は雨天で足元も悪い中お越しいただきありがとうございました。お気をつけてお帰りくださいね。」
私が声をかけると、彼女はにっこり微笑む。
「今日は弟が一緒についてきて来てくれたので雨の日でもへっちゃらです!」
そうか、この隣に寄り添う青年は彼女の弟であったのか。事実を知った瞬間、新しい交際相手だの復縁だのと考えていた自分の思考力の足りなさに若干恥ずかしさを覚えた。
姉を気遣いながら車へとエスコートする弟。
血でつながった姉弟愛というものは、恋人や夫婦間の愛とは何か違う。何が違うのか、具体的に述べよと言われても私にはよくわからないが・・・。
車の窓を開け、手を振る紅谷様に手を振り返す。
どうか元気な赤ちゃんが生まれますように。
彼女と赤ちゃんが幸せな人生を送れますように。
私は、ひとり親として子供を育てて行く決意を固めた一人の母親と、新しく生まれる命が沢山の愛に囲まれて歩んでいけるようにと「愛の卵」に祈りを託した。
第3話 金色の笑顔
窓から差し込む光に照らされ、石達は色とりどりの輝きを放つ。
私は作業着姿で庭にしゃがみ込み、無心で草をむしる。頭には父から借りたアトランタ五輪の記念キャップを被り、首には地元商工会の記念品タオルを巻いている。何ともおかしな格好だ。
普段は石屋を営む私だが、さすがに儲けの期待できない石屋の店番だけをして気ままに過ごしているわけではない。
——— 働かざるもの食うべからず ———
庭や畑、田んぼに出て両親の作業を手伝う。石屋の店に立っていられるよりも作業をしてもらったほうが両親は当然喜ぶ。大喜びである。
ここで、おそらく多くの人が抱くであろう疑問にお答えしておく。
この間、店は閉めてきているのか?(防犯的な意味で)
不在の時に来客があった場合気づかないのではないだろうか?(せっかくのお客様が・・・)
心配することなど何もない。私はもくもくと草をむしる。
なぜこんなにこの石屋は安心しきってひたすら草をむしっているのか。そんなにゆるい経営形態の石屋なのか?やる気がないのか?
それは違う。なぜなら私には頼れる味方「お花ちゃん」がいるからだ。
お花ちゃんは母が嫁入りの時に我が家に連れて来たというお気に入りのこけし人形である。全長は週刊少年●●2冊分・・そこそこでかい(笑) にっこり微笑む笑顔が可愛い美少女だ。
そんなお花ちゃんの秘密・・・
私は彼女に店番を頼んでいるのである。
「何を馬鹿なことを言っているんだこいつは」と思う人もいるだろう。しかし、事実、お花ちゃんはしっかりと私が留守にしている間店を守ってくれているのである。
お花ちゃんは実はただの可愛いこけし人形ではない。看板娘ロボットなのだ。
私の友人に「浅野」というコンピューターオタクがいる。彼はお花ちゃんを高感度センサーを搭載した看板娘ロボへと生まれ変わらせた。
店に客が入ってくると即座に高感度センサーを働かせる。
「いらっしゃいませ。只今店長が参りますのでお待ちくださいませ。」
客に挨拶するお花ちゃん。彼女が発する言葉はその1種類のみである。何も知らない客がこけし人形が喋るという恐怖体験に腰を抜かし逃げてしまうかもしれないというリスクを抱えたとんでもない接客方法だ。
お花ちゃんからの来客情報はすぐに私の携帯電話に入ってくるようになっている。併せて店内の防犯カメラの映像も手元で確認できるようにしてくれた浅野には感謝の気持ちが大きすぎてもはや言葉がみつからない。
足元をアリの隊列が通り過ぎていく。木の実のかけらであろうか、あるいは人間の食べかすの一部であろうか、それとも他の生き物の体の一部であろうか・・・何かはわからないが、とにかく小さな白い塊を必死に運んでいく。
巣穴に吸い込まれていくアリの隊列を横に、私は空を見上げる。今日はやけに暑い日だ。
—— !!!!! ——
携帯が鳴っている。お花ちゃんセンサーが反応している。全くセンスのない記念タオルで汗を拭い、私は店の方へと向かった。
「いらっしゃいませ〜」
店の中には高校生くらい少年が立っていた。どこかで見覚えがあるような、でも思い出せない。
「こんにちは、会うの久しぶりだね。」
クールな雰囲気の少年が、少し口角を上げて微笑んだ。
「・・海斗くん・・か?」
「はい」
最初に目に入って来た冷めた感じの少年。かすかに笑顔が見えた瞬間、すぐに思い出した。齋藤さんちの海斗くんである。
「こんなに大きくなって・・・最後に会ったのは海斗くんがまだ中学入る前だったからなぁ」
「本当、昔はお兄ちゃんにはよく遊んでもらってたからね」
懐かしい。小さくていつも私にちょこちょこくっついてきた男の子はたくましく成長していた。
「ちょっと休んで行けよ!母ちゃんも喜ぶし」
「いや、あの、お構いなくっ」
遠慮気味の海斗くんを接客用テーブルに誘う。
「母ちゃんお客さんだよぉ」
いつも通り母を呼ぶ。
「はいはぁ〜い」
奥から母が登場。
「あっらぁぁぁ〜!海斗くんじゃないのぉ!こんなに大きくなって」
「お久しぶりです」
「ちょっと待っててねぇ〜おばちゃん準備してくっから」
母は海斗くんと久々に会えて相当嬉しいのか、興奮した様子で奥へ下がっていく。「おもてなしテロ」の準備である。
「おばちゃん、相変わらず元気だね」
「すっげぇパワーだよな・・田舎のおばちゃんパワーってやつか?」
長年会っていなかったのだから当然といえば当然だが・・・話がなかなか進まない。お互いにぎこちない会話のやり取りを続ける。
「海斗く〜ん、お待たせぇ」
母がおもてなしセットを運んでくる。今日は煮物漬物は一切なし。お茶菓子入れに大量に放り込まれたクッキーやチョコレート、揚げ煎餅にオレンジジュースが添えられる。
「ゆっくりしてってねぇ」
母が立ち去ろうとする。
「えっ、母ちゃん行っちゃうのか?」
「二人でゆっくり話しでもしてなぁ」
母はにこやかに手を振りながら居間へと戻っていく。ぶれない女だ。おそらく今の時間は父とお菓子片手にプロ野球のデイゲーム観戦中である。
気まずい空気が流れる。
このままではまずい。何か話題を・・・。必死で私が頭を働かせていると、
「今日さぁ、最初こけしがしゃべったからびっくりしたよ」
海斗くんの方が先に口を開いた。
「可愛いだろ。お花ちゃんていう看板娘ロボットなんだよ。」
すると、海斗くんは瞳を輝かせる。
「ロボット?!すっげえ!!このお花ちゃんって他に何かできるの?」
興味津々といった様子で嬉しそうに尋ねてくる。
「ふふっ・・・あの言葉しか言わないよ。」
「何それ全然すごくねーじゃん(笑)」
やっと会話の中で笑いが生まれた。間違いなく、今日1番の輝くような笑顔である。会えなかった長い年月にできてしまった距離をお花ちゃんが縮めてくれたようだ。
「なんかこのお店ってさぁ、綺麗な石がいっぱい並んでておもしろいね〜」
「人口じゃない、自然が創り出したものだからなぁ・・・本当すげえよな。」
私は棚から針入水晶の単結晶を取り、布で優しくクリーニングする。水晶の中で自然に形成された金色の美しい針。優しく、独特の輝きを放っている。
「こーゆー石ってどこで買ってくんの?」
「んーー俺は海外から直輸入してるけど」
「うっそ!業者とか通して買うんじゃないの?!」
「まぁ、ネット通してだけど・・Skypeとかメールとかで直接交渉しながら買い付けてるよ」
「まじかよ!やっぱアフリカとか、あの辺の国だよね」
もう海斗くんは異国との直接交渉という壮大なキーワードに興奮を隠せない。
「アフリカもだけど、ブラジルとか中国、ロシア、ネパールとか・・・色々だな」
「すっげえなぁ、お兄ちゃんどんだけ外国語できんだよ」
「算数と理科は嫌いだったけど、外国語はなんか得意だったんだよなぁ」
私は、子供の頃から世界のあらゆる国々の文化・民族・建築物・食べ物・・・異国のものへの興味関心が人一倍強かった。まだ小学校に上がる前、父にせがんで買ってもらった英語のドリル。高校へ進学する頃には既に英語、中国語、ロシア語は独学で習得してしまっていた。
高校では選択科目でフランス語を学び、並行して独学でスペイン語の勉強をした。語学の勉強は全く苦にはならない。新たな言葉を覚えるたび、なにものにも代えがたい達成感を得られる。何より、当時の私は自分の言葉で、文章で、いつの日か異国の人々と交流したいという夢を抱いていた。
大学では得意の英語を専攻しつつ、ポルトガル語、ネパール語を学んだ。英語は得意分野のため、出席日数さえ足りていれば少々のことで単位を落とす心配はない。アメリカへの1年間の留学、そしてコンビニ弁当盛り付け工場で働きながら少しずつ金を蓄え、中国への1ヶ月ほどの気ままな一人旅も果たすことができた。
大学時代は自分にとってはまさに夢のような4年間であったのである。
長年培ってきた語学力は確かに、今、石屋を営む私にとって大きな武器になっている。
儲けはほぼ無いが(笑)
「お兄ちゃんと久しぶりに会って楽しかった」
海斗くんは椅子を引き、腰を上げる。
「そりゃあよかった!またいつでも来いよ」
「うん、なんかよくわかんないけど・・ここでお兄ちゃんときれいな石見ながら話してたらすっきりしたかも」
海斗くんはにこやかに笑う。私はそんな彼を見て、少し無理をして笑顔をつくっているような印象を受けた。
「ごちそうさまでした!」
店の入り口で海斗くんを見送る。
彼は確実に心に何か抱えている。しかし私にはそれを知る術はない。
針入水晶の針の色。この金色のようにきらきら輝く彼の笑顔をまた見せにきてほしい。
私の心は彼の背中に語りかけるのであった。
色彩の石屋