魔性のパスタモンスター

とっ散らかった部屋の、

入って右側にある、花柄のベッドからむくりと起き上がると、キッチンに向かい、灰皿がわりに上を切り取った空き缶から、シケモクを探した。
もう吸えるシケモクは残ってなかった。どいつもこいつも、フィルターの先にちびりとした黒い焦げが残っているだけだった。
タバコは諦める事にし、何か腹に入れる事にした。
今朝は実家からの電話を無視しふて寝を決め込んでいたのだが、昼過ぎに目が覚めてもぼんやりとした憂鬱な気分が続いていた。そんな投げやりの気分のままフライパンにお湯を張ると、残り三束になったパスタを放り込むのだった。

金がない、ああ金がない。
どうせ家の中で午後まで眠り、空想めいた物語を書き、夜になるとふらふらと散歩に出るような日々だったが、金がここまでないと何だかその日々も色褪せて見えるような気すらしてくる。
今は、連休中だった。
勤め先の工場は、来週の月曜日まで休みだ。
今は金曜日で、残った時間はまあ2日半と言った所だった。

金を作ろうにも、そもそも売るものなんてない。
実家からの電話も、大方借金の催促の電話でもかかって来たのだろう。うんざりしてしまう。
どうして僕は金に関してこんなにだらしないのだろう。
金、使ったら使うぶんだけ、減っていくという、あの、金。
水だって蛇口をひねりゃ出てくるんだから、金も出てくりゃいいんだ。
しかし、その水だって金を払わなけりゃ出てこない事も、流石にこの歳まで生きていれば、分かるような話だった。

勇気を出して実家に電話をかけるとなんてことはない、この週末は帰ってくるのかという祖母からの確認だった。
この前も帰ったばかりだったのだが、この週末はスピーカーとアンプを取りに帰る予定だった。
そして、帰りに父親が、青梅の家からこの横須賀市追浜町まで送ってくれる予定。というわけだった。

なんとなしにほっとし、安らいだ気持ちになり、祖母と会話をした。


はっと気づく。
パスタ。
パスタを忘れていた。焦りの滲み出る足取りでキッチンに向かうと、パスタは僅かな汁気だけを残して、奇妙な模様を描いていた。パスタ山の大冒険、主人公は生きて出る事が出来るのか?そんな言葉が頭の中から湧いてくる。ゴミ箱にポイ。そんな事を考えて、しかもこの茹ですぎた不味そうなパスタの山を眺めていたら、何だか食欲がなくなって来た。
けれどここまで作っておいて、何だか食事に申し訳ない気持ちになりオリーブオイルと塩をかけて食べはじめる。
ここまで作っておいて、と言ったけれど、お湯にぶち込んだだけじゃないか。と思いながら。

掃除夫のベッポ爺さんに憧れていた。あの、ミヒャエルエンデのモモに出てくるお爺さんだ。あの黙々と一歩一歩進み続ける堅実さに、あの深い茶色の様な渋を重ねて出来た心の色合いに。

けれど僕は陽気な観光ガイドのジジみたいだ。
思いつくままに薄い絹の様な時を重ね合わせ、物語を重ねていくうちに本当に物語の世界に入り込んだ様な気持ちになって。やがて言葉を話す僕と、話される僕の境も無くなって、素晴らしい世界、怖い世界、不思議な世界、驚きに満ち溢れた世界に僕を誘うのだった。

やっぱり食欲がなくて床に置いていた気味の悪いパスタをもう一口すすってみる。おいしくない。じっと眺めてると、パスタの迷宮が見えて来た。この世界は、上下左右も重力もなく、パスタの中を歩き回って、黄色いパスタの世界を彷徨う。そして、その何もないただただ気味の悪い世界を歩くうちに彼は気づくのだ。これがパスタモンスターの頭の中である事に、、、。

ふう。
余計に食欲がなくなって来たのでパスタは捨てた。
いっそ窓からぶちまけてやろうか。
空飛ぶパスタ。窓からほっぽり出されるパスタモンスターの脳みそ。
解れながら飛び散って、杉の木やらサッカー帰りの小学生の顔にびちゃりびとゃりと張り付くパスタモンスターの脳みそ。

普通にゴミ箱に捨てた。さいならだ。グッバイでんぷん質。

さて、多少部屋はすっきりした。
というより、心は。
魔性のパスタモンスターをやっつけたら、少し軽くなったようだ。
見上げると空に白っぽい月が見える。月は人を狂わせる、なんていうが、昼間の月も人を狂わせるのだろうか。
それとも、僕が狂っちまってるんだろうか。

多少まあ、どちらでも良い。同じ事だ。
そしてまた、気狂いの様な世界に飛び込み、ガラス越しの風景を眺めるのであった。

魔性のパスタモンスター

魔性のパスタモンスター

  • 小説
  • 掌編
  • ファンタジー
  • 青春
  • サスペンス
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2017-05-05

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