散歩


炭酸水が飲みたくなった。
小銭を漁った。
60円しか無かった。
お札なんて高尚なものは生まれてこの方見たことがなかった。
言いすぎた。

諦めて散歩に出ることにした。
本当にお金がないすっからかんの状態が何だか可笑しくて、ひとしきり笑いながら準備をした後、いつもの様に腰の左側に付けた革製のキーホルダーをガチャガチャ言わせ、右ポケットに入れた泣けなしの60円をシャラシャラ言わせ、ドアに張り付く様に鍵を閉めると、僕は体を外にほっぽり投げた。


とぐろを巻いた蛇の様な、そんな長い階段を駆け下りると、外の匂いがぐわっと覆いかぶさってくる。
葉の香りや木の香り、どこかの猫の糞や住宅街から隙間を抜けて届くシャンプーや洗剤の生活香、そんなものを嗅ぎながら、遠くで聞こえる車の音なんかを聴きながら、冷たい風に冷える足の温度を、心地よく感じながら歩くのだった。

どこか物思いに更けながら、潮の香りのする方へ、足を進めるのだった。

散歩

散歩

  • 随筆・エッセイ
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2017-05-03

Copyrighted
著作権法内での利用のみを許可します。

Copyrighted