透明世界

「う・・・ずっ・・・・ひっ・・・ふぅ」
ああ今日も彼女が泣いてる。
僕は同じベッドに入っているけれど背中を向けてただ彼女の漏らす嗚咽にそっと耳をすませていた。
そしてしばらくして泣きつかれて眠ってしまった彼女の方を向き、柔らかく長い黒髪をそっと撫でた。赤く腫れた目。ぐずっている鼻。ゴミ箱に積まれたティッシュの山。
本来であれば抱きしめて、慰めてあげるのが筋なんだろうけど、ここまでわかっているくせにいざ振り向くことすらできなかった。
泣きつかれた彼女の髪を撫でてやるのが精一杯だ。
たとえ彼女が悲しんでいたとしても僕にとってはあくまで彼女の心情であって、僕が理解してあげられるわけじゃない。寄り添うことができない僕は心が冷たいのかもしれない。僕の世界は薄いベールをまとったまま。彼女と一線を画している。
白くおぼろげに。

ふわり
あれ?じゃあ僕はなんで彼女の髪を撫でないといけないと思ったんだろう?


今日も彼と一言も話せないまま1日が終わる。
意識がぼんやりした頃に、彼の骨ばった手が私の髪を撫でるのを遠くに感じて、なんて不器用な人なんだろうと思ってまた涙が出そうになった。
一見冷たいように見えて、実は一番感じやすいことを私は知ってる。
もう外は白んでいて、朝の柔らかい光が彼の色素の薄い髪と一緒に溶けていきそうで、不安になる。今何もかもが不安なの。
彼の懐にそっと近づいた。彼は一瞬びくりと体を震わせて後ろにのけぞったけど、その後ぎこちなく背中に手を回して母親が子供をあやすようにとんとんとリズムを刻んでくれた。
それが心地よくて眠りの淵に追いやられた。

ふわり
もうそろそろ2人の生活も終わりね。




「い゛う゛あああ・・・イタ・・・ぅぅぅ」
今彼女が泣いている
でも今日は僕は彼女に腕を掴まれていて、彼女の細腕の一体どこにこんな力があったんだろうと困惑していた。ぎりぎりと絞られた僕の腕が悲鳴を通り越して青白くなり始めた頃。
「おめでとうございます。女の子ですよ」
大きな産声とともに小さな赤ん坊が僕の手に差し出された。
僕はすぐに彼女のそばにかけよった。彼女は相変わらず泣いていた。

ふわり
そして僕も泣いていた。
世界が急にはっきり見えた気がした。




「ふぎゃあふぎゃあ」
ああ今日も彼女が泣いている。
そろそろミルクの時間だろうか?
午後の優しい風がそっと頬を撫でた。

ふわり

透明世界

透明感のある美しい世界を目指しました。

透明世界

こんにちは。ようこそこの世界へ

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更新日
登録日
2017-05-02

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