幻の楽園 Paradise of the illusion(二)
幻の楽園 Paradise of the illusion
(二) 三人の関係
黄昏の時間。僕は、深いブルーのステーションワゴンを運転していた。
今は、五月に入って最初の週末だ。
海沿いの幹線道路は、かなり渋滞していた。
ステーションワゴンは、さっきから三メートルほどしか進んでいない。
遥向こう側まで、自動車のテールランプが点滅している。
僕は溜め息をつくと、ステアリングに右手を乗せてシートに深く身を任せた。
このステーションワゴンを、午前中の早い時間にレンタルした。
それから、南沢遥と神田隆一を誘って、三人で海辺にドライブに行った帰り道だった。
車内のスピーカーからは、ラジオの音楽番組が流れている。
「あぁ......。また渋滞か」
後部座席の神田隆一が、溜息混じりに言った。
「仕方ないさ」
僕は、独り言のように答えた。
「まあ、仕方ないけどさ。川崎だって、うんざりしてるような顔をしてるじゃないか」
「まあな」
僕は、素っ気なく答えた。
「ゴールデンウィークだから、今の時間は何処も渋滞してるのよ」
助手席に居る南沢遥が、二人を諭すように言った。
三人は、今年の春に大学のゼミで出逢い知り合った。それから、その日のうちに意気投合して仲良くなった。
三人で遊ぶのは、今日が始めてだった。
*
今日は、初夏に相応しい天気だった。僕は、このステーションワゴンで二人を迎えに行った。
南沢遥は、白い半袖のブラウスに色の褪せたデニムのショートパンツを身につけいる。
彼女の小さな足元は、華奢なベージュのサンダルを履いていた。
小さいシルバーのネックレスが、
彼女の雰囲気に、とても似合っていた。
僕と神田隆一は、いつものようにくたびれたTシャツにスウェットパーカーを羽織って、色の褪せたブールジーンズを履いていた。
何故か仲良く同じ白いスニーカーを履いている。
午前中の遅い時間に、三人が揃うと初夏の海辺へと車を走らせた。
ステーションワゴンの窓を開けると、何処までも続く群青色の海の水平線が彼方に見える。
海の潮の香りが、風と共に車内に入ってくる。
僕達は、海辺の幹線道路をひたすら走り続けドライブを楽しんだ。
午後が始まる頃の時間に、
海に面したログハウスの喫茶店を見つけて昼食にした。
三人は、海に面した外のテラスを選んだ。それから、ゆっくりと時間をかけて食事を楽しんだ。
料理は、シーフードを中心にしたイタリア料理だった。美味しく、僕達は大変満足して気に入った。
三人は、食事の後にコーヒーを飲んだ。
遥は、さっきから海ばかり見ている。
「 気持ちいい天気ね」
「ああ、そうだな。気持ちいい」
「いかにも初夏らしい日だね」
「うん、そうだな」
「綺麗」
「何が」
「海」
遥は、僕達二人に振り返り少しあどけない可愛い表情で微笑した。
「あ、ああ。そ、そうだな。なぁ隆一」
「えっ。ああぁ。そうさ。料理も最高に美味しかったね」
「水平線の彼方まで綺麗なブルーが続くわ」
遥が余りにも魅力的な表情をするからさ。
一瞬、見惚れてしまってたんだ。
僕と隆一は目を合わせて慌てたように取り繕った。
「あ、あぁ。綺麗だな。なぁ隆一」
「えっ。あ、ああ。そうだね」
二人は、一瞬のうちに彼女の微笑の虜になっていたんだ。
僕は、不覚にも彼女に恋をしてしまったんだ。
そう、その時から、もう何かが始まっていたんだと思う。
あの時の、あの甘い痺れたような感じを......。今でも想い出す。
多分、僕の記憶の引き出しが重要事項として記録してしまったんだ。
*
僕達は、店を出ると近くの海岸にステーションワゴンを駐車して、波打ち際で遊んだ。
遥が、波が満ちては引いていく波打ち際を濡れないようにうまく歩いた。
南から心地よい潮風が吹いてくる。
彼女が、はしゃぎながら歩く。潮風で彼女の髪が柔らかく靡く。彼女の眩しい白いブラウスも風に揺れる。
僕は、彼女の一挙一動に視線は釘付けだった。
「ねぇ。夏休みに、何処かいかない」
遥が二人に言った。
「えっ。夏休み?」
「何処に行くんだ」
「海。泳げる所がいい」
「海水浴か」
「小さな島がいい。泊まりがけで行こうよ」
「えっ。泊まり」
「急だなぁ。何処に泊まるんだょ。キャンプ場あるの」
「別にいいじゃない。大抵、大部屋の旅館があったりするのよ」
「マジかょ」
「俺たち男だよ」
「雑魚寝でいいの、考えといて」
遥が、僕に言った。
「えっ。あぁ」
彼女の大胆な提案に、二人は少し驚いた。
「ほら、見て夕陽......。綺麗」
遥は、立ち止まるとそのまま砂浜に座って夕陽を眺めた。
僕達二人は、遥につられたように並んで座った。
真っ赤な太陽が、ゆっくりと水平線の彼方に沈んで行く。全てがオレンジ色に染まっていく。
「綺麗ね......」
遥は、夕陽に染まる綺麗な表情で僕を見た。
「うん。綺麗だね」
僕も彼女を見つめた。
隆一は、黙ったまま水平線を見ている。
太陽が沈むと、赤く夕焼けに染まる空は、知らない間に、深いブルーへ変化していった。
太陽が沈んだ後も、僕達はしばらく水平線を眺め続けた。
辺りが薄暗くなってくる。
「そろそろ帰ろうか」
長い沈黙の後に、僕は二人を見て言った。
「そうね」
「帰ろう」
三人は立ち上がると、ステーションワゴンまで歩いた。
「ねぇ。川崎くん」
「えっ。何」
「夏休みに、泊まりがけで行く島」
「あぁ。探してみる」
「きっとよ」
三人は、ステーションワゴンに乗ると海岸を後にした。
海沿いの幹線道路は、相変わらず自動車の赤いテールランプが長く続いている。道路の照明灯が、点灯を始めた。
慶は、車のFMラジオをつけた。
*
Welcome to the night lounge. Ocean Bay FM.
もう夕暮れの時間を通り過ぎて、夜の時間に変化していきます。
こんばんは、七海 理央奈です。
そろそろ、私の担当時間は終わりに近くなってきました。それでは、最後の曲。
Just the Way You Are Billy Joel
ラジオから、AORの曲が流れてきた。バラッドの曲調で、メローな雰囲気のある曲だ。
*
"I said I love you and that’s forever
And this I promise from the heart
I could not love you any better
I love you just the way you are"
君を愛している、永遠に
心から誓うよ
これ以上、愛せやしないくらい
ありのままの君を愛しているんだ
*
「この曲、好きよ。優しい感じが好き」
と、遥が言った。
「これ、いいよなぁ。昔ヒットした曲だよね。時々、CMで流れてるね」
隆一も共感した。
「そうだね」
僕は、当たり前のように素っ気なく答えた。
「男性が、女性を想う。素敵な曲よ」
「ラブソングだな」
「川崎君は、そんな気持ちになったことあるの?」
「......」
僕は、彼女の問いかけに何も応えなかった。と、言うより応えれなかった。
今、遥にそんな気持ちになっている。なんて言えるわけないさ。
それに、彼女に胸の内の高鳴りを悟られたくなかったからだ。だから、応えれなかった。
「あるだろな」
と、隆一が空かさず意味深げに割って入った。
慌てた素振りを上手く誤魔化したつもりで、彼に返した。
「隆一はあるの?」
そう切り返すと、隆一も口籠るように曖昧な返事をした。
「ああ。まあ、な。今度な」
それから後は、話す事もなく僕達は長い間
沈黙した......。
*
Just the way you are Billy Joel
Songwriting Billy Joel
幻の楽園 Paradise of the illusion(二)