へそを取られたカミナリ様

「創作のきっかけ」

単純に、へそを取ってばかりのカミナリ様が、へそを取られてしまったら、
どう思うだろうかと言うのがきっかけです。

「執筆のねらい」

作品の最後で、カミナリ様はへそを取られた人の気持ちが分かるようになります。
「同苦」したカミナリ様はすぐに、へそを返す旅に出かけます。
人の痛みが分かる人が増えれば、犯罪も減ると思います。
そういう思いで書きました。

 ある冬の寒い日、カミナリ様の乗った、とても大きな雲が村の上を通り過ぎようとしていました。
「うう、寒いのう、わしは寒いのが苦手じゃ」
 でっぷり太ったカミナリ様は、雲の上でブルブル震えていました。
 カミナリ様が震えると雲も震え、雲が千切れて雪になり、地上に落ちて行きました。
「早く夏にならんかのう」
 ブツブツぼやきながら雲の家の中に入っていきました。
「さすがにこの中はあったかいわい」
 白い雲で出来た家は、まるで綿のようにふかふかしていて、あまりの気持ちよさに、いつの間にか寝てしまいました。
 雲は風に吹かれて高い山の方に流れて行き、ぶつかってしまいました。
 「ドシーン」という音と共に、雲の中から抜け落ちたカミナリ様は、山の斜面をごろごろ転げ落ちました。ふもとまで転がり落ちたカミナリ様は体をさすりながら、
「いたた、山にぶつかってしもうたか」
 そういって高い山を見上げました。
 カミナリ様は空に浮かんでいる雲を呼ぼうと、腰に付けている小さな太鼓を手に取りました。
「ありゃりゃ、太鼓が破れておるわい」
 これでは、太鼓を叩いて雲を呼び寄せることが出来ません。
「どうしたものかのう」
 困ってしまいました。
 カミナリ様は腰に三つの太鼓をぶら下げていました。ひとつは、雷(いかずち)を落とす太鼓。もう一つは雲を呼ぶ太鼓。三つ目はへそを取る太鼓でした。
 よく見ると、へそを取る太鼓も破れていました。
 破れていないのは、いかずちを落とす太鼓だけでした。
「ハックション!」
 寒さのあまりクシャミをしてしまいました。
「これはいかん、風邪をひいてしまうわい」
 カミナリ様がいかずちを落とす太鼓をポンポンと叩くと、空がピカッと光り、近くの大きな木にカミナリが落ちて木が燃え始めました。
 カミナリ様は燃える木に手をかざしました。
「これで少しは体があったまるわい」
 しばらく体を暖めていたカミナリ様は、いかずちを落とす太鼓の裏をポンポンと叩いて、燃えている木の周りに雨を降らし、火を消しました。
 そして里におりて、太鼓を直せる人を探すことしました。
 カミナリ様が雲から落ちるのを見ていた村人の一人は一目散に村に戻ると、大声で叫びました。
「カミナリ様が村に来るぞ、へそを隠せ!」
 知らせを受けた村人は急いで家に戻り、戸締りをして息をひそめました。
 ほどなくしてカミナリ様が村にやってきました。
「おかしいのう、この村には誰もおらんのかのう」
 ひっそりと静まりかえった村を見てがっかりしました。
 カミナリ様は石の上に座ると思案に暮れました。
 その姿を家の中から見ていた村人はヒソヒソと話しだしました。
「なんだかカミナリ様は元気が無いのう」
「何か困ったことがあるんじゃないのか」
「声をかけてみるか」
「そうじゃのう」
 村人はおそるおそる戸を開けると、声をかけました。
「あのう……」
 家の中から出てきた村人を見て、カミナリ様はたいへん喜びました。
「おお、人がおるではないか」
「カミナリ様、何か困ったことがあるんですか」
 村人が尋ねると、
「太鼓が破れて雲を呼ぶことができんのじゃ、だれか太鼓を直してくれる者はおらんか」
 腰にぶら下げている破れた太鼓を見せました。
「それなら、作兵衛に頼めばいい。作兵衛は器用な男だから、太鼓を直せるかもしれん」
「そうか、直せるか」
 勢いよく身を乗り出しました。
「いたた」
 ホッとしたとたん、体中が痛み出しました。
「あれまあ、カミナリ様の体は傷だらけではねえか。この村には傷に効く、ええ湯があるから、太鼓が直るまでゆっくりしていくがええ」
 村の長老が労わるように声をかけました。
「それがいい、太鼓はわしらが作兵衛に渡しておきますから、カミナリ様は湯に入ってくだせえ」
「そうか、すまんな」
 カミナリ様は破れた二つの太鼓を腰から外して村人に渡すと、長老に案内されて湯に入りに行きました。
「ああ、いい湯じゃ。体があったまるわい」
 あまりの心地よさに、傷の痛みも忘れてしまいました。
 カミナリ様が村に来てから五日が経ちました。
 いつものように湯に入っていると、空がピカッと光りました。
「やや、だれかへそを取る太鼓を叩きおったな」
 カミナリ様には光の加減でどの太鼓を叩いたのかが分かるのでした。
「どうやら、太鼓の修理が終わったようじゃ」
 湯から上がり、着替えをしている時、自分のへそが無いのに気付きました。
「ない、わしのへそがない」
 あわてて作兵衛の家に走って行くと、家の中にはびっくりして腰を抜かしている作兵衛がいました。
「作兵衛、太鼓を叩いたであろう」
「へい、修理した太鼓の音を確かめるためにポンポンと叩きました。そうしたら奇妙な物が手の平から現れたのでびっくりして腰を抜かしてしまいました」
 座り込んだまま答えました。
 作兵衛の足元にはカミナリ様のへそが落ちていました。
「はは、それはわしのへそじゃ」
 安心してへそを取ろうとした時、家の中にカラスが入って来て、へそを咥えて飛び去ってしまいました。
「まて、わしのへそをどこに持って行くのじゃ」
 カラスはへそを咥えたまま近くの高い木にとまりました。
「よしよし、そこにじっとしておれよ。雲を呼んで取り戻してくれる」
 カミナリ様は修理が終わったばかりの雲を呼ぶ太鼓を手に持つと、ポンポンと叩きました。
 しかし、いつものように力強く叩けません。
「いかん、へそが無いと力が出んわい」
 腹が減って動けない時と同じような感覚になりました。
「カミナリ様、おいらにまかせて」
 そういうと、一人の子どもがカラスめがけてビュッと何かを投げました。
 それは、へそよりも大きな、まんじゅうでした。
 カラスがまんじゅうをくわえようと口を開けたとたん、へそがポロリと落ちました。
 カミナリ様は落ちてくるへそを地面すれすれでつかむと、大事そうに手に持って「ふう」と、ため息をつきました。
 カラスは、まんじゅうをくわえて、どこかに飛んで行ってしまいました。
「やれやれ、無事にもどってよかったわい」
 カミナリ様は作兵衛の所に行くと、へそ取りの太鼓の裏側を叩くよう頼みました。
 いわれるままに太鼓を叩くと、手に持っていたへそが消えて行きました。
 カミナリ様が自分のおなかを見るとちゃんとへそが戻っていました。
 そして、体中に力がみなぎるのを感じました。
 でも、カミナリ様の表情が冴えません。
 下を向いたまま何か考え事をしてるように見えました。
「カミナリ様、どうかしたんですかい」
 作兵衛が心配そうに聞くと、
「わしはずいぶんと人間のへそを取って来たが、へそを取られるとこんなに力が抜けるとは思わなんだ」
 下を向いたまま答えました。
「へそを取られた者は難儀をしているであろうなあ」
 カミナリ様は初めて、へそを取られた人の気持ちが分かったのでした。
「わしは今からへそを返しに行くとしよう。じゃがその前に村の衆に礼がしたい」
 そう言って、腰に差している横笛を作兵衛に渡しました。
「この笛は日照りの時に吹くと雨を降らし、大雨の時には少雨とし、嵐をそよ風にする笛じゃ。村の役に立ててくれ」
 それだけ言うと雲を呼び、あっという間に飛び去ってしまいました。
 

                  白老(ハクロウ)

 カミナリ様は雲の家に入ると、白くて大きな袋を手に持ち、紐をほどいてひっくり返しました。
 袋の中からは、たくさんのへそが転がり出ました。
「う~ん、こんなにあったのか」
 しばらく眺めていると、ひとつ、又ひとつと消えて行くへそがありました。
 それは寿命を終えて死んだ人のへそでした。人が死ぬとへそも消えてしまいます。
「そうじゃのう、老い先短い人間のへそから返すとするか、死んだらへそは返せんからのう」
 カミナリ様はひとつひとつ、へそを握り締めました。へそを握ると、持ち主の事が頭の中に浮かぶのでした。
 握り締めたへそは年齢別に分けて置きました。
 小さなへそを見つけたとき、
「おかしいな、こんなへそを取った覚えはないが」
 首をかしげながら握り締めると、頭の中に白い猫の顔が浮かび上がりました。
「思い出したぞ、このへそは百年前に取ったハクロウのへそじゃ。まだ生きておったのか。これは別の所に置いておこう」
 へそは全部で二千個ほどありました。
「まず、ハクロウのへそから返すとするか。百年もへその無い生活をしているなら、もう、懲りておるであろう」
 ハクロウのへそを握り締めると、居場所が頭の中に浮かんできました。
九九竜山(くくりゅうざん)の森の中か。待っておれハクロウ」
 雲を飛ばすと、あっという間にハクロウのいる場所に着きました。
 鬱蒼とした森の中の小さな穴に、薄汚れて痩せた猫が丸くなって、うずくまっていました。
「ハクロウよ、ひさしぶりじゃな」
 声を掛けると、しょぼしょぼした目で顔を上げました。声の主がカミナリ様だとわかると、しょぼしょぼした目は急に怯えた目に変わりました。
「そんなに怖がらんでもいいぞ、お前にとっていい話を持ってきたんじゃ」
 それでもハクロウの体はブルブルと小刻みに震えっぱなしでした。
「どうじゃ、少しは反省したか」
 ハクロウは怯えた目でコクリと頷きました。
「そうか、それではお前のへそを返してやろう」
 カミナリ様はハクロウのへそを握りしめると、腰にぶら下げているへそ取りの太鼓の裏側をポンポンと叩きました。
次の瞬間、ハクロウの目が輝き出し、すっくと起き上がりました。
「うん、元のハクロウにもどったようじゃ」
 ハクロウは体の中に言いようのない力が蘇えってくるのを感じました。
 「カミナリ様、これは一体どうゆうことですか」
すっかり若々しい姿に戻ったハクロウは張りのある声で聞きました。
「なあに、お前のへそを戻してやっただけじゃ、もう悪さをするでないぞ」
 そう言って立ち去ろうとするカミナリ様の後ろ姿に向かって、ハクロウは慌てて声をかけました。
「ちょっと待ってください。是非、理由を聞かせてください。カミナリ様は一度取ったへそは、絶対返さないと風の便りに聞きました。どうして私だけにへそを返して下さったのですか」
カミナリ様は背を向けたまま立ち止まりました。まさか、自分のへそを取られた事がきっかけで、返す気になったとは恥ずかしくてとても言えません。
「ハクロウよ」
 威厳のある声を発すると、振り向いて睨みました。
「わしのした事に文句があるのか」
 睨まれたハクロウは、
「とんでもありません、今言った事は取り消します。お許し下さい」
 機嫌を損ねて又、へそを取られてはたまらないと、ビクビクしました。
「まあ良い、わしは悔い改めた者だけにへそを返そうと決めたんじゃ。何も、おまえの為だけに来たわけではない。返すへそはいっぱいあるでな。先を急ぐから、もう行くぞ」
 ハクロウはこの言葉に何かしら引っかかる物を感じました。
(何か、裏がありそうだな。原因を突き止めないと又、へそを取られかねんぞ)
 元気を取り戻したハクロウの心に悪だくみが頭をもたげ始めました。
「カミナリ様、いえ、雷鳴天様、私も供として一緒に連れていって下さい。きっとお役に立って見せます」
「ほう、お前はわしの天名を知っておるのか」
「はい、これでも八百年近く生きてきました。この世の中で知らない事はありません」
「そうか……、よし分かった。供をするがいい。一緒に居れば、本当に改心したかどうかも分かるというもんじゃ」
 ニヤリと笑うと、意味ありげにハクロウを見ました。その瞬間、ハクロウの背筋にゾクッと寒気が走りました。
(おれのたくらみに感づいたのか? おれは八百年生きてきたが、雷鳴天はいつ、この世に出て来たか分からないからな)
 カミナリ様が空を見上げて「雲を呼ぶ太鼓」をポンポンと叩くと、白い雲が降りてきました。
「さあ、次の場所に行くぞ」
 さっさと雲の上に乗りました。
 しかし、ハクロウはそう簡単に行きません。いくら雲の上に乗ろうとしても、霧の中に入っている様な感じしか無く、足は地面に着いたままでした。
「何をしておる」
 カミナリ様が声をかけると、
「雷鳴天様、どうしたら雲に乗る事が出来るのでしょうか」
 自信なさそうに答えました。
「なんじゃ、おまえは雲にも乗れんのか。八百年も生きていると言うから、雲に乗る術くらい知っておると思ったに」
「申し訳ありません」
 自信を失ってしまいました。
(これはいかん、雷鳴天の事がさっぱりわからん、当分の間、おとなしく供をしたほうがよさそうだ)
 ハクロウの悪だくみは引っ込み始めました。
 カミナリ様は笑いをこらえて雲の家に入ると、小さな腹巻を持って出てきました。
「ワッハッハ!、冗談が過ぎたかの。ほれ、これを腹に巻け」
「これは何ですか?」
空竜(くうりゅう)のヒゲで作った腹巻じゃ、これを身に付けておれば雲の上に乗れるぞ」
 言われるままに腹に巻くと、簡単に雲に乗れました。
(こりゃいいや)
 ハクロウは、広い雲の上を駆け回りました。
 一周りして戻ってくると、うれしそうに、
「こんな便利な物があるとは知りませんでした」
 息を切らしながら目を輝かせました。
(ハクロウの悪い心は引っ込んだようじゃな、だが、油断していると直ぐ又、顔を出す)
「わしの着ている物も、竜のヒゲで作ったものじゃ。だからこうして雲に乗ることが出来るんじゃ」
「えっ? カミナリ様のは、虎の皮で作った物ではないのですか」
「虎の皮? 誰がそんな事を言うたんじゃ」
「いえ、何でもありません。聞き流して下さい」
「おかしな事を言う奴じゃ、さあ行くぞ。次の場所は封堂村(ふうどうむら)じゃ」
 カミナリ様とハクロウを乗せた雲は封堂村目指して飛んで行きました。

へそを取られたカミナリ様

へそを取られたカミナリ様

  • 小説
  • 短編
  • ファンタジー
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2012-08-05

Copyrighted
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