きんようびの夜は、ゾンビ

「虫歯になるから、ケーキはたべない」
と言って、コイビト、とやらがつくったカップケーキをみずうみにしずめる、きみ。
「ぼくはたべないけれど、魚たちがたべるかもしれないから」
なんて、きみはまるで、なにかを諦めたひとのような微笑みを、浮かべる。
 きんようびの夜。
 きんようびの夜は、ながい。
 夜はついさっき、きたばかりである。
 あと十六時間は、ある。
 魚ではなくて、熊とか、鹿とか、鰐とか、狐が、たべるかもしれないよ。
 ぼくは言った。
 きみは、
「なにかしらのいきもののエネルギーになるなら、なんでもいいよ」
と言って、笑った。
 笑いながら、たばこに火をつけた。
 意味がわかるようで、わからないことを言うな、と思った。
 みずうみは、いきものたちのにおいが、たちこめている。
 土のなかからもこもこと、ゾンビがでてくる時間である。
 もこもこでてきたゾンビたちは、街に行く。
 お酒をのむ。
 やきとりをたべる。
 やきとりを、串からはずしてたべるか、串に刺したままたべるかで、もめる。
 ゾンビはにんげんたちに、わるいことはしない。
 にんげんたちはいたずらにゾンビを、きずつけることがある。
 はがれかけの皮膚を、ひっぱりはがしてみたり、する。
「ゾンビはともかく、鰐がでてくるとやばいから、はやく帰ろう」
 たばこを携帯灰皿のなかに捨てる、きみのゆびに光るのは、赤い石のついたゆびわ。
 コイビトとおそろいの、ゆびわ。
 ぼくは街に、行かなくてはいけない。
 きんようびの夜は、ながいし、ゾンビもぞろぞろ、街にくりだすものだから、アルバイトしているカフェバーも繁盛する、ってもんだ。
 鰐はケーキを、たべると思う。
 ぼくは言う。
 きみは笑う。
 そうだね、と笑う。
「たべてくれたらいいね」
と、みずうみの底にとどきそうなほど低い声で、言う。
 ぼくたちがみずうみの水面に残った、カップケーキのかすをみているあいだにも、ゾンビたちは、もこもこと土のなかからあらわれ、街を目指す。
 ゆっくりと、のそのそと、ずるずると、歩いてゆく。
 みずうみのみずは、黒い。
 夜だからだ。

きんようびの夜は、ゾンビ

きんようびの夜は、ゾンビ

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2017-04-29

CC BY-NC-ND
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