不運な少年と不思議な画家
朝日が美しく輝く頃ーー
俺は窓枠に腰掛けながら、ソファーに座りながら本を読んでいる俺の買主ーー未来様を見つめていた。
雪のように白い肌、押し倒せば折れてしまうのではないかと思うくらい華奢な腕。美しく整った顔立ち。彼女の黒い髪が月明かりに照らされ煌めいている。
まるで、雪の精霊のように美しかった。
そんな俺の視線に気づいたのか未来様はふと顔をあげた。
「どうしたの?」
「いえ、なんでもありません」
っと言うと、彼女はそう、と呟きまた視線を本に戻した。
本当に彼女は不思議な人物である。
そう言えば、あん時もそうだったな……。
今から2、3年前ーー
俺はいつもどおり、ホストのバイトから家に帰る途中だった。
一人で歩いていると、いきなり背後から、口と鼻を布で塞がれ、驚いた俺は、慌てて抵抗したが、いつの間にか俺の目にいたやつに鳩尾を蹴られ、意識を失った。
次に意識を取り戻したのは何処かのホテルの一室だった。
『可哀想だな坊や』
っと声がして、反射的にそちらを向くと、俺を誘拐したであろう男たちがニヤニヤしながらこちらを見ていた。
「お前ら誰だよ……、家に帰してよ……」
『そいつは無理だな』
「なんでだよ!」
『なんでかって?わかんないのかな、坊や』
っと言いながら、俺に近づき、強い力で、俺の顎を掴んだ。その痛みに思わず表情を歪めた。
「いった!」
『いいか、坊や。君は、親に捨てられたんだ』
「……は?」
一瞬頭が真っ白になった。親が俺を捨てた?
いや、確かに暴力とか振るわれていたけどここまで育ててくれた人達が俺を捨てた?
「そんなわけ……」
『本当のことだよ?』
と男はにやりと怪しく笑った。その笑みがこれが真実だ受け容れろっと言っていた。
そして、その瞬間、俺の中の何かが音を立てて崩れ去った。
『で、そんな可哀想な君を拾ってあげたわけ。ま、今日、売り物として売られちゃうけどねぇ』
っと言って笑う声すら俺には届かなかった。ただただ、ここまで育ててくれた人達に裏切られたと言う事実に絶望していた。
ふと、一人の男が腕時計を見ながら、
『時間だぞ。連れて行こう』っと言った。
『お?もうそんな時間か。おい、坊や立ちな』
そう言って無理やり立たされ、隣の部屋に連れて行かれた。
その部屋には、豪華な服を着た人達がいた。
『さて、皆さん。彼が巷に噂の祐也です』
っと男が紹介するとどよめきが広がった。
”彼が噂の祐也か”
”美しい。美しいが気が強そうだな”
など好き勝手呟いていた。
『皆さん、静粛に。それでは落札に移りたいと思います。彼を購入したい方は挙手をお願いいたします』
っと男が言うと、辺りはシーンと静まり返り、誰も手を挙げなかった。
そりゃそうだ、と心の中で呟いた。
親にすら捨てられたやつなんか誰もいらないだろっと思った、次の瞬間、
「あら、誰もいないの?なら、私が買わせてもらうわ」
って言って、一人の女が手を挙げた。
紅い胸の開いたドレスを見にまとった黒くて長い髪が特徴的な女だった。
『み、未来様が?』
「あら?何か不満でも?」
『い、いえ……』
「なら結構」
『で、ではこちらへ』
と、男はうろたえた様子でも女を別室に連れて行った。
俺はポカーンと、していると、誘拐犯の一人が俺の肩を押し、さっき女が向かった部屋へ連れて行かれた。
男はドアを軽くノックし
『失礼いたします』
そう言って扉を開け、俺を中に押し込んだ。
『これで、よろしいのですね?』
「えぇ」
『わかりました。では、こちらにサインをお願い致します』
と言って書類を女に差し出した。
女はスラスラとサインを書くと立ち上がり、俺に近づいて、こう言った。
「初めまして、祐也」
これが俺と彼女の出会いである。
あの当時、俺は酷い目にあうのでは?と思っていたが、彼女は俺に普通の暮らしを与えた。強いて言えば、よく、絵のモデルになってくれと頼まれるくらいだ。何故?っとは思ったらが、普通の暮らしを与えられている以上、そして、俺の恩人である以上、口答えは出来なかったしするつもりもなかった。
ふと、彼女は本を閉じ、立ち上がって俺のそばにきて、肩に頭を乗せた。
「どうかしました?」
「ん、別に……」
そうですか、と俺が呟くと、沈黙が流れた。俺はその沈黙に耐えかねて、口を開いた。
「あの……」
「何かしら」
「何故、あの時俺を選んだんですか?」
っと前から疑問に思っていたことを口にした。
「何故って、何故?」
っと彼女は不思議そうに聞き返した。
「あ、いや、俺なんかよりも、もっといいやつがいたんじゃないかなぁっと思いまして」
としどろもどろに答えると、彼女はクスリと笑った。
「まだ気づかないのね」
「え?」
鈍感ねぇ、と彼女は笑った。
「私が貴方を買った理由は、貴方の瞳の奥に揺れる強い意志の炎に心惹かれ、好きになってしまったからよ」
「え?」
「ただそれだけよ」
そう言って目を伏せ離れようとした。俺はそんな彼女の腕を引っ張り、抱きしめた。
「ゆ、祐也……?」
「それは、期待してよろしいのですか?」
「え?」
「俺も未来様のことが好きです。だから、貴女を愛し続け、そばにいてもいいですか?」
と言い放つと未来様は顔を赤らめた。
「えぇ、ずっと、そばにいて。私を離さないで、愛し続けて……」
「かしこまりました」
「それと、敬語と様をつけるのはもうやめて」
「わかったよ、未来」
ーーそして、不運な少年と不思議な画家は赤い糸で結ばれたーー
不運な少年と不思議な画家