誰かの理想郷~一日目 全力疾走~


「…はぁ…はぁ…」
深夜11時、コートを来た少女は自宅に向かって自転車を飛ばす
なぜこうなったかというと彼女の所属している部活が、何故かこんな時間まで延びてしまったから

彼女の名前を、結城涼香(ゆうき すずか)という

「…ったく…なんでこんな時間まで…」

息を切らしながら、自転車のスピードをそのままに彼女は呟く
普段なら帰り道の同じ友人が居るが、今日は用事で先に帰られてしまった
そのまま、部活についてのたくさん独り言を呟き続けて自転車をこいでいる

その帰り道を半分も行っていない場所にある郵便局、そのあたりで前方になにか黒い影が見えた
遠くからでははっきりとはわからなかったが、赤く光る目だけは確認できた
徐々に近づいていき、その輪郭がはっきりとわかると結城は動物を見る

(…野良犬?)


影は、真っ黒な体毛をもった、犬というよりは狼のような獣であった
そんな自転車を停めてこのあたりにこんな動物がいるだろうかとも考えたが、今は構う余裕もないことを思い出す
再びペダルをこいでその動物を刺激しないように走り出す

結城が通り過ぎると、獣はその背中を見つめると目を赤く光らせた



自宅まで、あと四分の一といったところだろうか
信号が青になるのを退屈そうに、結城は待っていた

…すると、後ろからなにか犬が全力で走った後のハッハッというような声が聞こえる

(…これって…犬の息…?でも、なんで?)

彼女は嫌な予感を漢字ながらゆっくり振り返ると…そこには何故か先ほどの獣
後ろには…5匹仲間を引き連れて目を不気味に赤く光らせてうなり声をあげている

「な、なんでこんなところに!?というか、なんで怒ってるの…?
 し、しかも目赤いし…」

結城が思わず声を上げるが、獣は今すぐにでも飛び掛ってきそうだった
信号は未だ赤であったが、彼女は構わずにそのまま自転車を全力でこぎだした
曲がり角をわざと多く使って追っ手を撒く、その思惑は当たっていたようだった

夢中で走り抜け、自宅のあるマンションの駐輪場前の広場にたどり着く
体はへとへとの上、周りに先ほどまでの気配はない

…助かった…

大きく息を吐いて安心し、立ち上がろうとする

「…っ…!!」

しかし、無理をして全力で自転車を走らせたのだろうか
中学時代、突然外れた膝が治りかけていた筈であったが、その痛みが蘇った

立ち上がるのを諦めてしばらく呼吸を整えていると、明らかに自分のものとは違う呼吸を感じてあたりを見渡す

すると…植え込みの陰に、たくさんの赤い瞳が見えた

「…う…そ…!?」

もう、逃げられない、隠れることもできない
獣はゆっくり歩み寄る、当然だ、あわてる必要などない

獣は、相手が逃げられないとわかっているようだった
結城は獣と睨み合う、だが彼女は諦めていた…もう、自分は終わりなのだろうと

(こんな、わけわかんない状況で死ぬの…というか…これ…ほんとうに…現実…?)

襲われる、と思って目をギュッと閉じた彼女が耳にしたのは
…彼女の肉を裂きにかかる獣の声ではなく、犬のような情けない悲鳴

(え?なにこのご都合主義展開)

余りに都合の良すぎる展開に、彼女はゆっくりと目を開くと目の前に人が立っているのに気づく


「大丈夫…?今度は結城さんか…」
「今度って…私以外にもいるの?…宮内」

笑いながら近づく相手を見つめて、苦笑いで結城は返す
相手は宮内舞(みやうち まい)、中学時代からの同級生、今は結城と同じ部活ともう一つを兼部している
その宮内が結城を庇うように立って獣達に向かう

「あのさ…大丈夫?」

結城は目の前に立つ宮内に言うと相手は軽い調子で右手に握っているものを見せて答える

「大丈夫大丈夫、私武器あるし」
「は?武器?」

宮内が見せたのは皮でできたらしいムチ

“一体あれ、何処で手に入れたんだか…”

その疑問を結城が相手にぶつける前に、宮内はさっさと手馴れた様子で獣を追い払っていた
ふぅ…と息をついて宮内は結城の前に立つ

「あのさ…とりあえず聞きたいことは沢山あるんだけど」

目の前の状況が何一つ整理し切れていない彼女はまず目の前の友人のことからつっこんでいくことにした

「そのムチ…どこから…まさかコスプレ用品?」
「さぁ?そこらへんに落ちてたし、結城も何か拾えるんじゃない?」

およそ現代では手にすることなどないであろう物を持っている宮内に、
彼女がそれらのアイテムを集めている可能性を否定できない点を踏まえて結城は尋ねるが
相手は軽い調子でそう言うだけ

「そこらへんって…落ちてるようなもんじゃないでしょ?それ」
「う~ん…まぁ多分これ夢だし」
「…ふ~んそっか…て夢?」

相手があっさり言ってしまうのでうっかり聞き流すところであったがもう一度結城は相手に問いかける

「そう、夢、じゃないとこんな展開ありえないでしょ?」
「じゃあなんで助けたの?」

結城の問いに、う~んと迷うが宮内の答えはあまりに抽象的で

「それはなんとなく?」

とだけ言った

「ていうか誰の夢なの?」
「起きてからのお楽しみ♪」

結城の疑問に、あえて本当のことを言っていないように感じる相手に
これ以上何を質問しても無駄なのではないか?という考えさえ浮かんでくる

「まぁいいけど…で、これから私はどうすればいいの?私膝抜けて動けないし」
「う~ん…そろそろ目覚めるんじゃない?時間的にも」
「え、ちょ、まっ」

結城が追求する前に、彼女の目の前の景色は消えていってしまった


「…」

ぼやけた視界で2段ベットの下である木の板をぼーっと見つめて、ハッキリしない意識で携帯で時間をかくにんする

(…6時…50分…)

いつもより早い起床のためか、少し鈍い動きでベットに座り先ほどのことに意識を回す
彼女自身、夢を記憶することは珍しい上、ここまで変な夢を見ても大して深くは考えない彼女はただ

(…変な夢…)

とだけ思い、立ち上がろうとする
が、そのとき膝に強い痛みを感じる

「…っ!?」

まさか、夢じゃなかったのか?と錯覚に陥るが
立ち上がれないほど酷い痛みでもないことから、寝ている間になにかしらあったのだろうと解釈する

そして、そのままどうにか歩いてリビングに向かっていった

誰かの理想郷~一日目 全力疾走~

誰かの理想郷~一日目 全力疾走~

とある高校に通う2年生の結城涼香がある日突然見た夢から事件に巻き込まれていく…というお話です、ギャグとシリアスの差が激しいです、別サイトにも同名義で掲載しています

  • 小説
  • 掌編
  • 青春
  • 冒険
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2012-08-05

Copyrighted
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