同調率99%の少女(15) - 鎮守府Aの物語
=== 15 川内型の訓練2 ===
川内と神通の基本訓練、艤装の概要説明、そして砲撃訓練。二人は異なる反応を示しながら学習と訓練を続ける。
夏休みの艦娘たち
日曜日、那美恵たちは鎮守府には行かずにそれぞれ思い思いの過ごし方をした。それは艦娘の世界とは何ら関係のない、今までどおりの生活である。
艦娘の生活も普段の生活も大事にする那美恵、学校外なので普段の生活を満喫できる流留、そして先週から本格的に艦娘の生活に足を踏み入れ始めたために今までの普段の生活に退屈を感じ始めていた幸。三人とも過ごし方はバラバラではあったが、普段の生活に新たな息吹が通るのを感じていた。
日曜の夜、那美恵は居間でテレビを見ていたところ携帯電話の通知が入った。誰かと思って見るとそこには西脇提督からのメールの通知が表示されている。
「夜分遅く申し訳ない。突然だけど、明日月曜日から数日は1階女性用トイレは使えません。実はトイレの隣部屋を改装してシャワー等の入浴設備を作ることが決まったのです。俺は本業の都合上、今週前半は鎮守府に行けませんので、明石さんに現場の人との折衝を任せました。ですので君たちは気にしないでください。早く君たちに安心して訓練後にサッパリしていただきたく。これを念頭に置いて今週の訓練を進めて下さい。」
見終わった頃に、今度はメッセンジャーの方の通知が入った。五月雨からだ。
「那珂さん!シャワー室がついにできるそうですよ!!楽しみですね~」
「おぉ?五月雨ちゃんの方にも連絡行ったの?」
「はい!那珂さんのほうもですか?もしかして、私達一人ひとりに知らせようとしてるんですかね~。どんだけ嬉しいでしょうか。提督ったら子どもみたい!」
那美恵は五月雨の口ぶりに合わせて適当に相槌を打ったり言葉を返しておいてその日のやりとりは終えた。
女性が多い現場、なおかつ汗をかくことが多い仕事なのでないほうがおかしい大事な設備、求められる設備。それがついに設置される。那美恵は普通に喜びを感じる部分と、これであの鎮守府もやっといっぱしの基地だと、失笑してしまう部分があった。
ともあれこれで流留と幸に訓練後に人前に出しても恥ずかしくなく帰宅させることができる。那美恵は後輩の心配もしていた。
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日が明けて月曜日。那美恵と凛花は先週と同様に鎮守府に出勤した。すると、やはり先週と同様に幸がグラウンドを走っている光景を目の当たりにした。走っている幸が裏口から出てきた那美恵たちに気づくと、その周をやめずにそのまま走り続け、本館裏口の手前あたりで走りをやめ、ハァハァと激しい呼吸をしながら那美恵たちに近づいてくる。
「お、おはようございます。なみえさん。凛花さん。」
「うん。おはよーさっちゃん。」
「おはよう、神先さん。今日も早くから来たの?」
「……はい。私、一度習慣になればいくらでも続けられるので。」
幸の頑張りに那美恵たちは感心しつつ、3人で本館に入った。廊下をテクテク歩きながら、先日提督が伝えてきたことを思い出してなんとなしにつぶやく。
「そーいえばさ、今日から工事だって言うけど、何時からなんだろ?」
「まだ大工さんたち来てないのを見ると、きっとこれからなんでしょうね。」
「明石さん、このあと忙しくないといいけどなぁ~。」
那美恵が希望的観測を口にすると凜花と幸も相槌を打つ。更衣室、そして執務室までの道のりの途中、次に那美恵は先週うっすらと危惧していた事態に気づいてぼやく。
「さてと。一人足りないと思いますがね~、凛花ちゃんや、あの人どうしますかねぇ~~?」
わざとらしく名前を伏せて、話題の人物の処遇をどうするか尋ねる那美恵。
「どうもしないわ。さっさと連絡しなさいよ。」
「ん~~~あたしたち先週から同じ時間に来てるんだから、いいかげん流留ちゃんも時間の感覚覚えてほしいんだよなぁ~~。」
ブチブチ文句を言いつつも、那美恵は幸に流留へと連絡をさせた。時間にしてまだ9時になっていない。
「内田さん。おはようございます。今どちらですか?」
今回は早く返信が来たので幸はやや驚いてメッセージを開いた。
「おはー。今日は頑張って早く起きたよ。今○○駅のところ。なんかね、今ちょうど夕立ちゃんと会ったよ。だから一緒にこれからバス乗ってすぐ行くよ。」
流留からのメッセージの文面には、珍しく自分たち以外のメンバーが登場していたことに幸は更に驚いた。幸は早速那美恵たちに伝える。
「え?夕立ちゃんと一緒に?」
「はい。」
「なんだか珍しいわねこの時間に。あの子も任務なんかないでしょうし。」
凛花の言葉に何か思い出した那美恵はすぐに触れた。
「あ、そういえば土曜日に五月雨ちゃんが帰ってきたときに、お土産あげることを夕立ちゃんたちにも話しておくって言ってたから、だから早く来たのかも。」
「だからって……。だいたいあの娘たち同じ地元なんだからそこで集まって渡し合えばいいのに。何も鎮守府に来なくたって。」
「まぁまぁ。彼女たちなりの事情があるんだよぉ~。」
凛花が夕立たちの態度を気にかける理由の一端、それは真面目な彼女は鎮守府をあくまでも仕事場と捉えているがためのことだった。一方で那美恵はもちろんのこと、夕立たち中学生組の鎮守府の捉え方は異なっていた。
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十数分ほどして流留は鎮守府に到着した。流留は今度こそ怒られないようにまず更衣室に入り、着替えを済ませて川内になった。夕立はせっかく一緒に来たということで更衣室にそのまま付き合い、流留の着替えをぼーっと眺めている。
「よっし。川内参上!」
「わぁ~~~! 川内さんかっこいいっぽい!決めポーズ決めよ!」
「決めポーズ?」
「うん。テレビアニメのヒロインとかって必ずあるでしょ?川内さんなら似合いそう!」
妙に同じ匂いを感じた川内は年下から褒められて若干照れつつも、夕立に合わせてノる。
「いいねぇ~!もしかして夕立ちゃんもアニメとかゲーム好き?」
「うん!よくね、月刊○○とか少女○○とか読むよ!アニメも。」
夕立が打ち明けたその作品は、いわゆる少女漫画やアニメが掲載された雑誌だった。川内はそれを聞いて自分とはその好きの度合いが違うことを察した。察したし配慮もするが、遠慮はしない。
その思いを作り出すのは、明石の時と同じく自分の趣味と合いそうな同志を見つけた時の喜びそのものだ。
「よーっし。それじゃあ夕立ちゃん。あたしについてこーい!」
「アハハーはーーい!」
お互い初対面ではないがそれほど面識があるとはいえない間柄ではある。しかしながらお互いピンとクる感覚があったのか、片方のノリに乗るのは容易かった。つまり似た者同士だった。
更衣室から出て階段を上がって上の階に来た二人。夕立が待機室に入ろうとしたのを川内が止める。
「ちょっと待った。那珂さんたち執務室にいるよ。ここには誰も居ないと思う。」
「え?那珂さんたち、てーとくさんがいないのに執務室使ってるの?いーの?」
「さぁ~……。本人いないんだからいいんじゃない?」
川内の曖昧な回答を受けた夕立はそれ以上気にすることなく、開けようとした待機室のドアのノブから手を離して川内の方を向いた。そして川内は夕立を引き連れて執務室へと駆けていった。
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執務室では那珂・五十鈴・神通が訓練の打合せも早々に終わり、それぞれ別のことをしていた。そこに川内と夕立が勢い良くドアを開けて入ってきた。
「おっはようございます!川内参上!」
「おはよーございます!夕立も参上!」
川内が適当なポーズを取ると、夕立がそれを真似してポーズを取り、二人揃って妙なポーズで那珂たちの前に現れた。
ポカーンと見つめる那珂たち。そんな那珂たちをよそに川内は喋り始めた。
「那珂さん!今日はあたし早かったでしょ?」
「う、うん……そーだね。」
「あたしだってやればできるんだから。それに今日は夕立ちゃんっていうおまけ付きで2度美味しいですよ?さあ!!」
「あぁ、うん。うん。わかったヨ。せ、川内ちゃんもやれば早起きできるね~。うんうん。よかった。よくできました!」
「いや~それほどでも。」
先輩から褒められて照れくさそうにエヘヘと笑う川内。
「そういえば夕立ちゃんはどうしてこんなに早く来たの?」
那珂の問いかけに顎に人差し指を当てて唸りながら答えた。
「んーとね。さみがお土産持ってくるっていうから、先に来ちゃったっぽい。」
「にしたって、9時近くって早すぎじゃないの?」
さきほど気にかけていたことを改めて本人に向けて五十鈴は言った。しかし言われた当の夕立本人はまったく意に介さない様子で説明を続ける。
「だってぇ~さみが来たらお土産すぐにもらえるようにしたいんだも~ん。」
その行動理論がわからないが必要以上に気にすることもないだろうとし、五十鈴はもちろんのこと那珂も神通も苦笑いをして夕立を見るだけにした。
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「さて、あたしたちは訓練始めるよ。」
「「はい。」」
笑顔から一転して真面目モードになる那珂。その先輩を見て川内と神通も表情を切り替えた。いよいよ武器、その他艤装のパーツの説明と訓練に入るということで、川内はもちろんのこと、神通も新しい知識の入手に、心の中では沸き立つものを隠すのに必死であった。
「今日からはあたしたち艦娘が戦うのに大事な艤装の部位の説明に入ります。いくつか説明したあと、二人にはまず基本的な使い方を実際にいじって覚えてもらうよ。いい?」
「はい!待ってました!」
「……はい。」
那珂の説明にさらに沸き立つ二人。川内は那珂に手招きをする仕草で早く工廠に行こうと急かす。
「ねぇねぇ!早く工廠行きましょうよ~!」
「まぁまぁ。そんなに慌てないでも艤装は逃げないから。」
那珂はそわそわしだす川内と神通をなだめながら執務室を出て行く。3人に続いて五十鈴も出ようとしたその時、一人取り残される形となった夕立が五十鈴に声をかけた。
「4人とも行っちゃうの?」
「えぇそうよ。」と五十鈴。
「うーー。一人でいるのはやだなぁ~~。」
夕立は急に寂しくなるのが嫌でたまらない様子をみせ、五十鈴に提案をする。
「ねぇねぇ!あたしもついてっていーい?」
「何言ってるのよ? いい、夕立。これは遊びじゃないのよ?川内たちのための訓練なんだから。」
「う~~でもぉ!! 一人じゃ退屈っぽいぃ!見るだけ!見るだけだからいいでしょぉ?」
完全に駄々っ子が母親にねだる構図になっていた。五十鈴も夕立の扱いに困ってる人の一人だったので、こうも駄々をこねられてしまうと頭を悩ませてしまう。大きなため息をつき、仕方なく五十鈴は夕立の同行を許した。
「はぁ……わかったわ。けどこれだけは約束よ。絶対に川内と神通の邪魔はしないこと。いいわね?」
「うん!川内さんと神通さんの邪魔はしませーん!!」
夕立からの天真爛漫さ抜群の返事を聞いた五十鈴は眉間を抑えつつ、再びため息を付いた。
先に出て行った那珂たちを追いかけるように小走りで進む五十鈴と夕立。やがて本館の正面玄関を出た少し先で追いついた二人は説明をして那珂たちを納得させた。
説明で触れられた夕立は無邪気にキャッキャと笑ってはしゃいで那珂たち4人のあとについていくのだった。
基本訓練(艤装説明・概要~腕部操作)
工廠に来た5人。那珂は早速明石を呼びに工廠の奥へと入っていった。明石は事務所内にいた。
「明石さん。」
「あ、那珂ちゃん。はい、なんでしょう?」
「これから訓練始めますので、よろしくお願いします。」
「わかりました。じゃあいつものように○○さんに艤装を出してもらってくださいね。」
「はい。……それと、お願いがあるんですけれど。」
「ん?なにかな?」
「もしお時間あるならぁ、艤装の説明で協力していただきたいんですけど。よろしいですか?」
技術的な説明をするのが大好きな明石は那珂の依頼に身を乗り出さんばかりの勢いで二つ返事で快く承諾した。
「えぇ、いいですよ。ただ午後は提督からちょっと別件でお願いされてることがありますので、あくまでも午前だけですけど。」
「あ、はい。午前だけでも全然問題なっしです。」
「それでは、艤装のことならこの明石にどーんとお任せあれ、です!」
「さっすが頼もしい~!」
那珂はパチパチを拍手を明石に送る。明石の強力なサポートを受けられることになった那珂はその場でガッツポーズをし、明石の手を引いて事務室を出た。事務所を出た那珂と明石は技師のもとに行き艤装を運び出してもらい、外にいた川内たちと顔を合わせる。
明石の姿を見た川内や五十鈴はすぐに会釈をして挨拶をする。神通は隠れながらそっと頭を下げ、夕立にいたっては片手を前に出して友人と接するかのようなラフな挨拶で済ました。
「おはようございます、皆さん。那珂ちゃんからのお願いを受けて、今日は私もお二人の訓練にちょっとだけお付き合いします。皆さんよろしくお願いしますね!」
「はい!明石さんもいるなんて今日は頼もしいですよ~」
川内の感想に隣りにいた神通はコクコクと頷いて同意を示す。
「それじゃあ皆、行こー!」
那珂は全員を引き連れて工廠と演習用プールの間にあるスペースへと行った。そこはちょうどプール施設の高めの壁により、日陰ができている場所だった。そして5~6人ならばバラけて座り込んでも十分余る場所だ。全員その場に適当に座り、那珂の説明開始を待った。
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「さて、今日まず説明したいのは、これです。」
そう言って那珂は自身の着ている制服を指差した。一箇所だけでなく、様々な箇所を次々に指差していく。
「それって……今あたしたちが着てる制服ですか?」
川内は那珂が指で掴んで指し示した部位を見て言った。神通も首を傾げて那珂を見る。
「うん。これも川内型にとっては立派な艤装なんだよ?特にあたしが説明したいのはぁーこれ。グローブ。」
那珂は自身の左腕を真横に上げ、右手でもって左手の手のひらから二の腕にかかるグローブの口までをすぅっと撫でて示した。那珂は目を細めて艶やかを出していたが、あえて五十鈴は無視した。川内と神通はそもそも那珂の腕に注目していた。
外したとすぐに察した那珂は聞こえないように小さくため息をつき、次は足元に置いていた部品を掲げる。
「で、これがグローブの上につけるカバー。これに主砲・副砲や艦載機を発着艦させるレーンがついたこれらのパーツをつけます。」
「こんな……小さい部分にですか?本当に、付けられるのですか?」
「うん。この後付けてみせるね。それからえーっと……五十鈴ちゃん!主砲とかって五十鈴ちゃんのも取り付けられるんだっけ?」
軽快に返事し、そのままの勢いでパーツについてのおまけ知識を言おうとしてみたがわからないところがあり、とりあえず五十鈴に尋ねる那珂。しかし尋ねられた当の五十鈴自身も、質問にはっきり答えられるわけではなく、戸惑いを隠せないでいたためにスッと受け流すことにした。
「あんたにわからないこと私にわかるわけないじゃない。艤装のことならやっぱり明石さんに聞かないと。」
「そーだね。それじゃあ明石さん!お聞きしてもよろしーですか?」
「はい、できますよ。一般的に言うと互換性があるといいますね。五十鈴ちゃん、ちょっとライフルのパーツを貸してくださいね。」
明石は一行の一番後ろに一人だけ立っていた。那珂から質問されて夕立や川内たちが座っている間をすり抜けて五十鈴のところに行き、そしてパーツを受け取る。五十鈴は明石が何をするのかわからないためとりあえず頷き、流れを任せることにした。
明石は五十鈴からライフルの艤装のパーツを受け取ると、銃口の場所に相当するプレートに付いていた単装砲をカチリと回してから取り外した。
「お次は……そうですね~。川内ちゃん、グローブカバーを借りますよ。」
そう言って川内の近くにあったグローブのカバーを手に取り、先に五十鈴のライフルから外しておいた単装砲を、川内のグローブカバーにあった4つの端子のうち手の甲に一番近い位置のコネクタに置き、カチリと深く回して取り付けた。
「はい。五十鈴ちゃんから川内ちゃんの艤装へ単装砲を付け替えました。端子が共通していますので、軽巡洋艦同士なら問題ありません。あとは一部の駆逐艦と重巡洋艦の艤装とですね。」
「おぉ~~!!」
川内は素直に感心の声を上げ、近くにいた神通も声こそ出さないが、生で見る艦娘の艤装の取り扱いの様子に興味津々といった色の目をしている。
「はい!ほら二人とも。明石さんに拍手!」
那珂の合図でなんとなしにパチパチと緩い拍手をする川内と神通。それを受けて明石は
「いやいや!これくらいで拍手なんてやめてください恥ずかしい! も~、ほら那珂ちゃん、バトンタッチです。続きの説明してください。」
と言い、頬を僅かに朱に染めながら照れてはいたがほのかにドヤ顔気味だった。
明石と川内たちがそんなやり取りをしていると、一人だけ駆逐艦の夕立が質疑応答に加わりだした。
「へぇ~そんなことできるっぽい? ねぇねぇ明石さん、あたしの艤装の単装砲も川内さんたちに貸して合体させることできるの?」
その質問にも明石は落ち着いて答える。
「残念ながら、そういう単装砲・連装砲という主砲はいわゆる一体型というもので今のようなことはできないの。ですけどそのまま渡して使ってもらうことならできますよ。そこはほら。普通の銃と同じ要領です。ですから2~3回練習すれば大抵の人は問題なく使えるようになるかと。」
「あ、なるほど~。それは艦娘の艤装として共通ってことなんですね。ていうかあたしたち川内型の仕組みが特殊なのかな?」
夕立の代わりに相槌を打ち理解を示す那珂。明石はニコリと笑って頷いた。
「それじゃあ、あたしと夕立ちゃんが例えば出撃して、夕立ちゃんがやられてピンチになった時は、夕立ちゃんに近寄って彼女の主砲を借りてその場であたしが敵を華麗に撃破!!することもできるってことかぁ~~」
「もー、川内ちゃんったらぁ、それって漫画ネタぁ?」
「アハハ、どーでしょう?ね、夕立ちゃん!!」
川内は那珂の軽い問いかけを適当に流し、立ち上がってその場でポーズを取りながら想像を語り、ゲームやアニメのキャラのごとくアクションをした。すると夕立もノリ出し立ち上がってキャッキャと騒ぎ始める。
二人とも那珂が進行のためにやんわりと口を挟んでいることを完全に無視してノリ合う。
「アハハハー!川内さんヒーロー!あたしはヒロインでお姫様っぽい~~」
「それで、あのね二人とも…」
「おぅ!あたしに任せてよ!」
「それで……ね?」
単装砲を取りつけたグローブカバーを手に持ち射撃する真似をして遊び出した川内と夕立を見て、那珂は大きめにコホンとわざとらしい咳払いをして注意を引き冷たい視線を送る。
「コホン!!! 川内ちゃん……夕立ちゃん。あたし、説明続けていい、かな?」
「うっ……!は、はい。」
「ほら夕立、こっち来て座ってなさい。」
「っぽ~い……」
那珂の冷やかな表情を見てさすがに五十鈴も焦ったのか、中腰で立ち上がって夕立を元いた場所へと肩を抱いて連れ戻した。
普段ちゃらけているが、真面目モードの時に邪魔されると怒る。怒らせると怖い・ヤバイと五十鈴は直感した。人は見かけによらない、五十鈴だけでなくその場にいた面々はそう感じるのはあまりにも容易かった。
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「それでは続けるね。今さっき明石さんがしてくれたとおり、主砲や副砲など武器には互換性があります。つまり貸し借りして臨機応変に戦いに臨むことが可能なのですよ。んで、あたしたち川内型ではそれら装備するのはこのグローブカバー。ここに片方につき4つまで取り付けられるの。何をつけるかは自由。全部つければ無敵なんだけど……扱いなれるまでは片方に1つずつにしたほうがいいかもね。」
なるほどと頷いてさきほど明石が取り付けた自身のグローブカバーの単装砲を眺める川内。神通はというと、ノートを持ってきておりそれにメモ書きをしている。メモ書きを終えた神通が手を挙げて質問をした。
「あの……主砲はなんとなくわかったのですが、引き金はどうやって引くのですか?」
「待ってました!次その説明しようと思ってたの。神通ちゃんタイミングいいね~。実はカバーの手の平に当たる部分にね、こういった細い部品が付いてます。」
そう言って那珂が大げさにその部位を掴んで川内達の前にグッと突き出して見せたのは、4つの隣接したボタンと少し離れた位置にある大きなボタンのあるバンド状のような部位だった。
「これらのボタンは、それぞれ端子につけた主砲・副砲や艦載機の射出機に連動してます。こうやって手につけて、押しながらこうやって動かすと、その部位の装備を動かすことができるの。」
那珂は右腕にグローブカバーを取り付け、親指の付け根付近に位置している4つのボタンのうち一つを押して、まだ主砲などがが取り付けられていない端子部分の内部の管だけを回してみせる。
「那珂ちゃん。せっかくなので単装砲でも取り付けてみましょう。」
傍から見ると説明と実演がわかりづらいことを察したのか、明石はそう提案して脇に置いてあった別の単装砲を那珂に手渡す。那珂はそれを受け取り、さきほどの明石と同様に単装砲をカバーの端子に取り付け、改めてスイッチ部を人差し指で抑えて手首を動かし始めた。すると取り付けたグローブの単装砲の砲塔は彼女の手首の角度分回転し、砲身も角度を変えて動く。それを見てようやく川内と神通はスイッチの意味を理解した。
「人差し指から小指にかけて4本の指の付け根あたりにスイッチが来るように装備することになります。各端子に付けたパーツを動かすアクションスイッチというボタン4つで、それから人差し指の付け根の脇のあたりに来る大きめのスイッチがトリガースイッチって言って、いわゆる引き金なの。ただこれだけ押しても発射とかしないよ。4つのボタンのうち発射したいパーツに対応するボタンも合わせて押さないといけません。」
那珂は弾薬のエネルギーが入っていない単装砲を誰もいない方向に向けて、説明どおりにスイッチを押して擬似的に発射した。
ポゥン!!
空砲の甲高い音があたりに響いた。もちろん砲弾やエネルギー弾なぞは一切発射されていない。しかし那珂が振り向いて二人を見ると、川内と神通は鳩が豆鉄砲を食らったような顔をして呆けている。
「ちょーっとふたりとも。こんなんで驚いてたら戦いなんて勤まらないよ?」
「い、いやぁ、だって結構すごい音だったし……。」
二人の様子を見かねた明石が二人に向かって補足を挟む。
「出撃中は耳に通信用と超至近距離の余計な雑音を防ぐための耳栓をするから、実際にはそんなに大きな音は聞こえないはずですよ。これも同調して感覚が研ぎ澄まされてるから聞こえ具合は人によるけどね。」
那珂は明石の説明にウンウンと頷く。そしてグローブカバーの残り2つの端子に連装砲と艦載機の発射出機のパーツをはめ込んだ。
「んで、これが複数あるとします。この場合の操作は混乱しがちだからよーく練習しないといけません。あたしは……ほらこういうふうにもう使えるんだよぉ~。」
得意げな表情を浮かべて那珂は右腕を真正面に差し出し、人差し指~小指の4本の指を曲げてスイッチを押し分け、手首のスナップを聞かせてそれぞれの主砲の砲身と発艦レーンを少しずつ回転させた。手の甲に近い単装砲は指先の方向に、2・3つめの端子につけた連装砲は真横に、4つ目の端子に取り付けた発艦レーンは目の前を横切る向きに方向が定まる。その仕草をゴクリと固唾を呑んで見守っている他の面々。
その直後那珂は右手でゲンコツを握った。その瞬間……
ポゥン!
ポンポン!!
先程川内たちが聞いたことが連続。那珂が取り付けた単装砲と連装砲から空砲から発射されて響き渡る音だ。残りの発艦レーンは艦載機たるドローンナイズドマシンを設置していないため、無反応である。
「こんなふうに、攻撃する方向をバラバラにして撃って攻撃することもできるの。これがもう一本の腕にあるんだから、まさに死角なしの無敵ヒーロー!になれるんだよ。あたしたち女だからヒロインかぁ。」
那珂の至極簡単そうに振る舞った動きを見て、川内と神通はこんな特殊な装備を本当に使いこなせるのかと、不安と期待・高揚感がないまぜになっていた。
そんな二人をよそに、明石が詳細に補足する。
「川内型の艦娘の艤装はね、もともとは150年前に存在した軍艦の川内型が水雷戦隊の旗艦として活躍した歴史と実績を考慮した設計思想の下、開発されたの。砲撃よし、雷撃よし、海域の立ち回りよし、艦載機の扱いよしと、川内型の担当になる人も万能選手になれるようなね。そのために艤装は他の軽巡洋艦や駆逐艦のそれよりも少々特殊な仕様と性能を持っているんです。他所の鎮守府に着任した川内型艦娘の子たちも、この艤装を使って活躍してるそうなんですよ。とはいえ本当に使いこなしてそうなのは、うちの那珂、つまり那美恵ちゃんだけだと思いますよ。」
「やだな~明石さん。照れるじゃないですか~!」
明らかに照れていない様子でわざとらしく身体をクネクネさせる那珂。五十鈴も明石の言に乗ってきた。
「使いこなしてそうというのは確かにそう思います。だって那珂ったら、2度も魚雷を手に掴んでぶん投げているんですもの。そんな使い方艦娘の艤装の教科書に書いてなかったからびっくりしたわ。」
五十鈴がそう呟くと明石は那珂にその行動の真偽を確認した。
「あ~そういえばそのこと、提督も驚いたそうですよ。さすが那珂ちゃん、川内型のグローブの特殊加工をちゃんと理解して使いこなしてるですね~。」
「とくしゅかこー?」
明石が感心混じりに言及した特殊加工、那珂はそのことを頭の片隅から呼び出そうとやや上の虚空に視線を送って思案する仕草をする。が、正直明石が期待しているような理解度ではないだろうと思い、しったかしても仕方ないので、明石に説明を求めた。
「ええとですね、川内型の教科書には特殊加工としか明言されていないんですけど、実は艦娘の武器を直接手で触っていじることができるんです。例えば、那美恵ちゃんのように魚雷を手づかみにしたりね。」
「魚雷を掴む?ここにはまってるコレですか?別に普通に掴んだっていいと思いますけど?」
川内は不思議がって問いかける。
「いえいえ。艦娘の使う魚雷は普通の艦船が使うものとは違うんです。それじゃあお次は魚雷の説明を……」
「はい!はい!あたしに説明させてください!」
「あぁはい、了解です。」
両手を挙げて勢い良く身を乗り出す那珂を見て、明石は説明をバトンタッチした。
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「艦娘が使う魚雷は、実際の軍艦が使う魚雷とは違います。」
そう言って那珂は自身の魚雷発射管から一本魚雷を抜き取って手に取りながら説明を再開した。
「コレ見て。魚の骨だけになったような形してるでしょ?魚雷は発射して海水に触れるとね、この頭の後ろの……魚で言うとエラにあたるくぼみのところからエネルギーの光みたいなのが噴射されるの。海中に落ちたあとは基本的には一方向に進むんだけど、撃つ前にある程度方向や途中の速度を調整することができるんだよ。そしてこの先端部分が衝撃を受けたりすることで爆発を起こすんだけど、ただ衝撃与えただけじゃ爆発しないんだ。海水に触れることで爆発する要素が発生するの。それが青白いというか青緑のエネルギー光なんだよ。そうですよね?明石さん。」
ここまでの説明の可不可を確認するために明石に尋ねる。それを受けて明石は那珂に向かって頷いてから説明をひきつけた。
「そうですね。那珂ちゃんよく勉強しましたね~。それじゃあ私からいくつか補足させていただきますね。いいかな、那珂ちゃん?」
那珂はお願いしますとばかりに頷き返した。
「先端の突起部分の裏側から放出されるエネルギー光は、わかりやすく言うとロケットなどでいうところの噴射です。これが何を示すのかというと、海水に含まれる成分と化学反応を起こした結果なんですね。そして深海棲艦で現在わかっている生体上、やつらをひき寄せる成分を薬品の中に混ぜているので、それらが燃焼された結果でもあります。先端だけでなく、そのエネルギー光に触れても誘爆します。」
「へぇ~。すっごい。」と川内。
「ただ当てに行くだけでなく、ひき寄せて命中率を高めることができる、という仕様です。それから魚雷の注意点です。基本的には深海棲艦に効果があるように厳密に調整された破壊力を持っていますが、人体に当たっても危険です。素手や素肌でそのエネルギー光を浴びてしまうと火傷、最悪その部分が吹き飛んでしまいます。」
「えっ、吹き飛ぶんですか!? 怖い……。」
神通が心底不安そうな声を出す。その反応をわかっているのか明石は平然と説明を続ける。
「えぇ言葉通り、えぐられたかのように肉が消えます。だから普通の艦娘の艤装は魚雷発射管から発射することしかしませんしさせません。制服が支給される艦娘の制服については万が一魚雷のエネルギーが当たっても最悪の事態にならないような加工がされています。」
「制服がない艦娘は?」川内が疑問を投げかける。
「あたしとか時雨とかますみんとかぬいぬいのことぉ?」
夕立も素直に疑問を持ったために川内の言葉に上乗せして尋ねる。それに対して明石は素早く答えた。
「そういう子の場合は魚雷発射管装置と素肌との間に少し隙間ができるよう装備されるか、そもそも触れないような部位の装着で考慮されています。艤装の設計時に数百数千人ものパターンで事前に計算されてるので、体型的によほど太ってる人じゃなければ当たらないと思います。そのあたりはみなさん、艦娘の採用試験のときに体型維持を注意されてると思いますけど。」
「え、あたしたちそんなこと言われてないですよ。ね、神通?」
川内がそう言い返すと神通も頷いた。その二人の反応を見て察した那珂はぺろりと舌を出して言った。
「あ、ゴメン。そのあたりのこと二人には説明してなかったよ。てかあたしも体型のことなんて単に勤務上の健康のためだけかと思ってたけど、そういう大事な意味もあったんだねぇ~」
那珂たちのやりとりを見て明石はにこやかに笑い、そして説明を再開した。
「体型も意外と大事なんですよ、艦娘って。そしてここからが本題です。特殊加工が制服だけでなくグローブや手袋などにもかけられているのが川内型なんです。手に掴んで魚雷のエネルギーの光と熱を浴びてもまったく感じない・火傷もしない、普通の投げる道具のように持つことができるようになっているんです。他の艦種では不知火ちゃんを始めとして陽炎型の一部の艦娘のグローブ、それからあとは五月雨ちゃんと涼風という艦娘のグローブは川内型と同じく二の腕近くまでカバーできるのがポイントですね。これらの艦娘の艤装は、その活動として魚雷のような危険物を取り扱う自由な作業が行えるような設計に長けていて、そういう使い方が認められているんです。ただ、これをちゃんとわかってフルに活用してくれてる人はどうやらいないみたいなんです。みんな普通の使い方以外のことは怖くてしたがらないってことなんですかね。」
明石の説明が一区切りすると、それぞれ感想を述べだした。
「へ~!さみとぬいぬいって那珂さんみたいなことできるんだぁ~。後で教えてあげよ!」と夕立。
続いて五十鈴は再び那珂に絡めて感想を口にする。
「なるほどね。みんなやらない理由がなんとなくわかってきたわ。危険物取り扱い……ね。魚雷を掴んで投げたりとかキックして踏み台にしたりとか、普通に武器の扱い方を学んでいたらする発想がない、そんな変わった使い方なんて怖いもの。そういう奇抜な考えを実行しちゃうのはうちの那珂だけだったと。みんながしないことを平然とする、つまり変人ね。」
「エヘヘ~あんまり褒めすぎるなよ~惚れるやろ~。」
「褒めてない褒めてない。呆れてるのよ。」
五十鈴が示したのは呆れだったが、実際は感心も混じっていた。五十鈴の言葉をツッコミとして受け取った那珂はおどけてエヘラエヘラと笑い、五十鈴にさらにつっこまれた。
「生で魚雷手づかみを見た五十鈴ちゃんも相当驚いたでしょうけど、後で話を聞いた私や技師のみんなはもっと驚きましたよ。まさか本当にそこまで使いこなす人がいるなんて!とね。本当、那美恵ちゃんがうちの那珂をやってくださって技術者としても最高の研究材料になってるので助かってます。感謝ですよ。」
明石と五十鈴、そして夕立は那珂こと那美恵の鎮守府Aでの活動っぷりを知っているので、那珂の話題をネタに話に花を咲かせた。一方で学校でもまだそれほど交流の日が深くない川内と神通の二人は那珂のすごさが実感できずイマイチ話題に乗れないでいたが、那珂こと那美恵は学外でもすごい人だというのは、五十鈴たちの姿を見てなんとなく把握した気分になった。
ただ、二人にとってすごすぎる先輩那珂はまだまだ未知の要素が多い。
「魚雷はさすがにこの場では発射のデモはできませんので、訓練の実技の時に確認してくださいね。」
「「「はい。」」」
返事を聞いた明石は那珂へと説明の続きを促した。那珂は自分の艤装の魚雷発射管装置を両手で持ち、自分の手前に装置のお尻、つまりは発射管とは真逆の面を向けた。川内と神通は魚雷発射管装置を重そうに回転させて同じ面を探してそこに注目した。
「それでは続いて魚雷の撃ち方、魚雷発射管と装置の使い方するよ。魚雷を打つ時はね、この魚雷発射管のおしりにある3つまたは4つのボタンを押すの。もちろん同調してない状態で押しても発射した魚雷からはエネルギーは出てこないから、ドボンと落ちてそのまま海底へ……って感じ。この装置にも脳波制御装置がついているらしくて、発射する前に魚雷の進む方向や速度をある程度決めることができるの。提督の本業のほうでの言い方を借りるとプログラミングって言って、魚雷に動き方を覚えさせて発射して自動的に進ませるんだって。」
川内は那珂の説明を言葉の一部で復唱するが、その口調の軽さは理解できてないという様子を見せていた。一方で神通は自分の魚雷発射管ジッと眺めている。そんな二人の反応を見て那珂は続けた。
「あとホントなら深海棲艦の生体反応を検知して自動追尾してくれるらしいんだけど、深海棲艦の生体はわからない点が多くて、自動追尾は失敗することが多いの。だからあたしたちの考えた通りの動きで制御して当てる必要があるんだよ。使い慣れれば手動でやったほうが命中率はよくなるし。」
那珂の説明の後、やはりここでも明石が補足する。
「今、那珂ちゃんが説明したのが、艦娘にとって基本的な魚雷です。私達の業界での名称は"脳波制御式超小型水雷"といいます。最新のタイプでは進行方向や速度だけでなく、任意のタイミングで起爆させることができます。あと戦況によっては音響を出して跳ね返ってきた障害物との距離と位置を自動計算して追尾する従来型の誘導魚雷などもあります。ただ深海棲艦の中には音を跳ね返さなかったり雑音をやたらめったら撒き散らす個体もいるので、従来の兵器はやはり通用しないことが多いですね。それから~……」
その後もノってきた明石からは様々な専門用語が混じる講釈が飛び出す。ほどなくして全員理解が追いつかなくなり、唖然とした表情を浮かべた。夕立に至っては目を点にして口を半開きにして呆けている。
危険な流れを感じた那珂は制止すべく慌てて声をかける。
「あ、明石さん明石さん!そのくらいで結構です。そんなに言われてもわかんないですよ!」
那珂の珍しく素に近い焦りを含んだツッコミを受けて明石は我に返り弁解した。
「あら……私またやっちゃってましたか?」
もう余計なツッコミはするまいと明石以外の全員は言葉なくコクコクと頷いて済ませた。
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「それじゃあ、川内ちゃん、神通ちゃん。グローブカバーと主砲と魚雷、実際にとりつけたり触ってみていいよ。教科書読みながらでもいいからね。」
気を取り直した那珂がそう言うと、二人は早速これまで説明を受けた内容を試すべく行動し始めた。
川内はグローブカバーを手に取り、先ほど明石が試しにはめ込んだ主砲を触ったり回そうと力を入れて触っている。川内は、ゲームやプラモ作りなど、そういった局面でも何よりもまず開封したり電源をつけ、実物を手に取ってみるタイプだった。
一方で神通は実物を手に取るよりも先にテキストを手に取り、那珂と明石が説明した部分のページを探して読み始めた。彼女の視線はテキストとグローブカバー・主砲・魚雷発射管などのパーツを交互に行ったり来たりし始めた。
((うん。やっぱ想像したとおり。きれーにそれぞれ違うやり方し始めたなぁ~))
二人の艤装のいじり方・実践の仕方は、那珂がこれまで想定していたようなパターンだった。ある意味安心し、ある意味で那珂は少しがっかりした。しかしながらきっと二人は学び続けたら、そのうち自身の想像から外れたことをしてくれるに違いない。那珂はそう期待を込めて見守っていた。
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川内と神通が艤装の武器パーツをいじっている間、那珂・五十鈴・夕立はその様子をじっと見ているのももったいないと思い、なんとなしに経験者組として集まりお互いをネタに話し始めた。
「そういえばさ、夕立ちゃんは時雨ちゃんたちとは本当に同じ地元なの?」
「うん、そーだよ。時雨はご近所さんでぇ、さみとますみんはちょっと離れてるけど同じ街に住んでるよ。」
そう言って話を続ける夕立の口からは時雨たちの昔話や笑い話などが発せられ、那珂たちに時雨たちへの認識を深めるのに役に立った。すでに数ヶ月を鎮守府で共にしているとはいえ、学年も学校もそして住む場所も異なる。那珂は夕立たちについて未だに知らぬところがあるため、もっとガッツリと話して親交を深めたいと感じていた。そしてその思いは、夕立たちよりもはるかに面識がない不知火に対してもそう感じていた。
だが、ただ仲良くおしゃべりや外出を共に楽しむのではそれではただの女子、そんな面白みのないことはしたくない。那珂は艦娘らしい仲良しを企画したかった。那珂は艦娘同士での演習を思い出す。以前見学の際にした五月雨・村雨ら、そして着任当時に五十鈴など、片方の手で数えられるほどしかしたことないのに気づいた。
この夏休み、後輩の川内と神通の教育をしつつ、機会があればまた五月雨らと演習試合をしたいと頭の中で考えが芽生え始めた。
「ねぇねぇ夕立ちゃん、夏休みはどこか出かける予定とかはあるのかな?」
夕立は那珂からの質問にんーと思い出す仕草をして数秒経って答えた。
「多分遠くは行かないと思う。特に予定ないよ?」
「そっか。それじゃあさ、川内ちゃんと神通ちゃんがそれなりに戦えるようになったらさ、みんなで演習試合やらない?」
「えっ!?那珂さんたちと!?」
「そ。あたしたち、あまりお互いに演習しあった事ないと思うの。せっかく時間がたっぷりある夏休みなんだもの。艦娘らしいことを何かして一緒に過ごしたいな~ってさ。どうかな?」
那珂の考えを聞いた夕立と五十鈴はやや呆けた顔をしながら相槌を打ったが、すぐにその表情を同意を表す笑顔に変えた。
「へぇ~いいじゃない。これから人も増えるでしょうし、私達は恥ずかしくないように強くなってないといけないわ。」
「うん!あたしもいーと思うよ。というかね、あたしは川内さんたちと一緒に那珂さんの訓練受けたいっぽい!!」
「おぉ~?夕立ちゃん、ものすごくやる気?」
夕立の一言は那珂を喜ばせ、照れさせるのに十分だった。照れを隠しつつ確認する那珂。夕立はエヘヘと笑って言葉なく肯定を示した。
「そっかそっか~。でもあたし白露型の艤装のこと知らないからなぁ~。だったら雷撃訓練とかは一緒にやってみる?」
「うん!!それなら一緒にやりたいっぽいーー!」
元気よく手を挙げてその意志をさらに強く示すのだった。
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那珂たちが会話している間、川内と神通はひたすら自身の艤装の武器パーツを触ったりテキストを読んで熱心に勉強していた。正式に艤装をいじり回せるということで二人とも張り切りの度合いは大きいものだった。
川内は主砲パーツをグローブカバーに取り付けては外しを繰り返し、そして手のひらのスイッチと手首のスナップで細かく動かし、おおぉ!だの、うはぁ!だのといちいち感動の声をあげている。その次に川内の興味は魚雷発射管に移った。自身の魚雷発射管装置から魚雷を抜き取り、マジマジと眺めたり、那珂がしたと想像する投げ方を再現するなど、積極的に手を使って実際の感覚を覚えようとしている。
神通はというとまだ本格的にいじることはしなかった。主砲パーツのみを手にとって360度回転させ、テキストと目を行ったり来たりさせて観察している。ある程度テキストを読み進めた彼女は、そこで初めて主砲パーツをグローブカバーに取り付けては外し、また取り付けた。川内とは異なり、神通は主砲パーツしか注目しなかった。興味を四方八方に散らすのではなく、一つ一つその構造や感触を確認している。
ひとしきり驚きと感心を終えた川内が先に声を上げた。
「ねぇねぇ那珂さん!あたしこれ撃ってみたいんだけど。いいですかぁ!?」
那珂は夕立たちとの会話を中断し、川内たちに面を向けた。
「ん~。それじゃあ午後は砲撃訓練にしよっか。それまではパーツの仕組みをしっかりおべんきょーしてね?」
軽やかな口調だがピシャリとした言い方で川内に言い聞かせた。川内は先輩の指示に素直に従うことにし再び座る。怒られたり優しく叱られる引き金がまだよくわからないが、とにかく変に先輩の考えの邪魔をするのだけはやめようと頭に刻み込む川内であった。
時間にしてまだ10時前後。昼食までにはまだまだたっぷり時間はある。次のパーツの説明のため、川内と神通の様子を見計らい、声をかけた。
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「二人とも。それじゃあ次の説明行くよ。」
「「はい。」」
「次はね~、これ。」
那珂は自分の艤装の置いてある場所に戻り、手にとったのは細長い鉄板、艦載機の発艦レーン(カタパルト)だった。
「これはね、小型の飛行機、ドローンナイズドマシンっていう言ってみればラジコン飛行機を飛ばすためのパーツだよ。」
「「ドローンナイズドマシン?」」川内と神通はハモって聞き返した。
「そ。」
那珂は艦娘が使う艦載機、ドローナイズドマシンの説明をし始めた。決して自信を持って知ってるとは言えないパーツのため、時折明石に目配せをして自身の説明の箔を求めつつ続けた。
「あたしたち艦娘が使うのはね、そんじょそこらのドローンとは違うんだって。あたしが使ったことあるのは都の職員さんから借りた調査用の偵察機で、5~6kmくらいしか飛ばないやつらしかったんだけど、本来艦載機を使える艦娘に配備されるちゃんとしたやつは、15~20kmほど飛ぶものなの。」
那珂の説明に川内は自身の持っていた知識で確認を求める。
「え、そんなに長い距離飛ばせるんですか!?ラジコン飛行機はもっと短いですよ。」
「そーそー。艦娘が使うのは業務用のちゃんとしたものだからね。」
那珂は一言説明を終えると明石に視線を送る。それを受けて明石は説明を引き継いだ。
「コホン。補足説明させていただきますね。艦娘の使うドローンナイズドマシンは、艦種によって扱える種類が異なります。那珂ちゃんやお二人が使えるのは偵察機と分類されるものです。艦載機にはドローンナイズドチップと呼ばれる心臓みたいなものがありまして、高精度のカメラなど様々なユニットを接続することができます。」
「あの……操作はどうやって……?」
抱いていた疑問を神通が口にした。明石は専門分野ということで引き続き軽やかに答え始める。
「はいはい。それも説明いたしますよ。艦娘の使うドローンナイズドマシンにも脳波制御装置がついています。これは艤装のコアユニットでもおなじみですね。つまりは考えたことを機械が理解して自動で動いてくれるんです。那珂ちゃんは現場で一度使ったことあるからなんとなくわかってると思いますけど、右へとか左へとか、旋回とかそういう方向転換する考えだけを検知してくれる機能が偵察機のドローンナイズドチップに備わっています。目的のために放っておおまかに方向転換のイメージをして、撮影をさせて戻すのが基本的な使い方なんですけど、細かい調査をしたい場合はあらかじめ偵察機と通信を認証しておいたスクリーン機器に映像を映しだして、見ながら動かすこともできます。前回那珂ちゃんがしたのは後者のほうで、こちらのほうがより安全に確実に操作できます。」
「考えただけで……。艤装の本体だけじゃないんですね。」
神通の口調は静かなものだが驚きを持っていた。
「那珂さん、そんなの使ったんだ。すっごーい。」
川内はその仕組がわからんという雰囲気を出していながらも、とにかく驚きを示していた。
「ちなみに那珂ちゃんたち軽巡洋艦が一度に操作できる艦載機は1機まで。重巡洋艦は2~3機。空母の艦娘は一度に4機を扱えます。那珂ちゃんたちは扱えないので詳しい説明は省きますが、空母の艦娘が使う艦載機は攻撃能力を持つことを許された種類です。方向転換のイメージをしつつ、攻撃のイメージもしなければいけないので、扱いが難しいんですよ。ちなみに彼女たちにはメガネなどの装着型のスクリーンの着用が推奨されています。そうしないと複数機の艦載機を扱うのは果てしなく難しいですからね。」
「ほぇ~……。空母の艦娘ってあたしたちよりすごいんだぁ~。てか難しいんだ。あたし軽巡でよかったかも?」
「ウフフ。那珂ちゃんならもしかすると案外空母としてもやれちゃったりするかもですね。」
「いやいや!買いかぶりすぎですよ!」
那珂が感心していると明石はヨイショ気味の茶化しをした。リアクションする那珂には半分本気の照れが交じっていた。
「それでは那珂ちゃん、説明バトンタッチです。レーンの存在意義と使い方はわかってますよね?」
「はい。お任せ~!」
那珂は明石から説明のバトンを譲り受けて説明を再開した。
「あたしたちが艦載機を使う場合はね、このレーンから発射させます。このレーンは、あたしたちの艤装と艦載機の通信を認証するための装置も付いてます。だからこれなしで単に艦載機をぶ~~んと投げて飛ばしたって、それはあたしたちとはなんの関係のもない、ただのドローンになります。んで、ほどなくして墜落します。だって操作する人がいないだもん、当たり前だよね?」
ペロッと舌を出してウインクをしておどける那珂。那珂の説明にピンと来たのか、川内が用語を発した。
「あ~、なんかわかってきましたよ。それカタパルトっすね?いわゆる射出機。」
「そうですそうです!川内ちゃん詳しいですねぇ。」明石が素直に感心する。
「アハハ。あたしプレイしたゲームでそういうの出てきたことあるので知ってるんです。」
「お~さすが川内ちゃん。ゲームがからむと物知り~!」
川内が件の機器を知る原因を語ると、那珂も納得の表情を浮かべる。ゲームや漫画に絡めると途端に理解力が高まる、理由はどうあれいいことだ。那珂はそう感じて川内の評価を大幅上方修正し、そして続けた。
「実際に使うとね、頭の片隅に"あ、今この偵察機こうやって動いてるな~"って感覚があります。慣れてないと自分の頭の中に誰か別人の考えが混じってくるような違和感がすごくあると思うけど、まあこのあたりもやり始めれば問題ないと思う。あたしはいきなり実戦で本格的に使って内心ちょっとびっくりしたから、二人には実戦前に何度も練習してしっかり慣れてほしいな。」
那珂の説明が一区切りした。川内も神通も主砲パーツとは違う未知の操作をすることになる機器の概説を受けて頭の中が整理できていないという様を見せている。しかしなんとか理解をしようと二人とも発艦レーンとサンプルの艦載機を交互に眺め続けている。
「これも実際に試すのは後日ってことでね。それまではちゃーーんとテキストも読んでお勉強してね」
「「はい。」」
その後、またしばらく艦載機とレーンをいじらせた那珂は時間を見計らい、次のパーツの説明に移ることにした。詰め込み過ぎるのも二人のためにならないと判断した那珂は、簡単そうなところでスマートウェアの操作の使い方を中心に教えた。先ほどの主砲パーツを絡めて弾薬エネルギーや艤装の燃料エネルギーの確認の仕方を二人に説明し、午前中は終わりを迎えた。
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昼食のため本館に戻る那珂たちとは別に、明石は自社の社員と昼休憩を取るため工廠内に戻っていった。那珂たちはお昼は先週と同様に4人揃って行こうとしたが、今回は夕立がいる。そしていずれ五月雨と村雨も来る。那珂は本館に戻る途中で全員にお昼をどうするか尋ねた。
「ねぇみんな。お昼どーする?」
「またあのファミレスでいいんじゃないですか?」川内がまっさきに反応した。
「ねぇ夕立。五月雨たちはいつごろ来るの?」
五十鈴が夕立の方を見て尋ねた。すると夕立は両腕をぐるぐると回して大きめの背伸びをして答える。
「わかんなーい。でもそろそろ来るっぽい?」
「あなたね……。友達ならせめて二人の予定くらい確認しておきなさいよ。」
五十鈴の小言は夕立の左耳から右耳へと通り抜けていくだけだった。彼女の反応を見て五十鈴は注意するだけ無駄だと悟り、はぁ……と一つため息をついた。
「よっし。じゃああたしが連絡するよ。」
執務室に戻ったあと、那珂は宣言通り早速五月雨にメッセンジャーで連絡を取った。
「こんちは五月雨ちゃん。今どこ?鎮守府にはいつごろ来る~?」
ほどなくして返事が来た。
「こんにちは!ええとですね、今ますみちゃんと一緒に地元の駅にいます。」
「ほう。それじゃあお昼は一緒に行けるかな?」
「今からですと午後1時過ぎちゃいますけどいいですか?」
「問題なっし。あたしたちもこれから着替えて駅に向かうから、待ち合わせしよ。」
「はい。了解です!」
五月雨と話をすりあわせた那珂は川内たちと一緒に外に出る準備をし、五月雨たちとの待ち合わせに待ち合うよう時間を調整して鎮守府を出発した。鎮守府前のショッピングセンターからバスに乗った那珂たちは数分後駅前についた。
まだ五月雨たちは来ていなかった。
「あっついなぁ~ねぇ那珂さん。さきにファミレス入っておこーよ。」
「まぁまぁ。もう少し待ってあげよ。」
川内が愚痴と提案を口にするが、那珂は一行がいる改札前から動かないことを決めているのかやんわりと拒否した。二人の間では神通がその様子を受けてじっとしている。
「ねぇねぇ五十鈴さぁん。あたし買い物してきていーい?」と夕立。
「なに買うの?」
「飲み物!」
「はぁ。行って来なさい。」
「はーい!」
そう返事をして夕立は近くにあるコンビニへと走っていく。その姿を見て川内も名乗りを挙げて夕立についていく形で駆け出していった。
「あ!あたしもちょっと買ってくる。夕立ちゃーん、ちょっと待って~」
「あの二人は……なんと言えばいいのか、欲望の赴くままに行動してるって感じね。」
「アハハ。それはいえてるかもね~。」
コンビニへと駆け込んでいった夕立と川内を横目で見て五十鈴はぼそっとつぶやいた。そのつぶやきにケラケラと笑って那珂は相槌を打ち、神通は笑いを隠すように僅かに顔を下向きにして苦笑いをした。
しばらく経って夕立と川内がコンビニから戻ってきたのと同時に天井のその上から電車の音がゴウンゴウンとした。改札口に一同が視線を送っていると、ほどなくして見知った顔が姿を表した。
五月雨と村雨である。
「おーーーい!!五月雨ちゃーん!村雨ちゃーん!」
「さみー!ますみんー!」
まっさきに声をかけたのは那珂であった。次に夕立が親しい間柄で使われるあだ名で二人に呼びかけた。他の面々は声を出さずに軽く手を振って合図を送るのみである。
改札を通って小走りで駆け寄る五月雨と歩幅広い歩みで近寄ってくる村雨。
「あー、さみ多分つっこけるっぽい。」
夕立の何気ない一言に那珂を始めとして高校生組はなにもないところでそんなまさかと鼻で笑うが、次の瞬間可愛い悲鳴が響いた。
「きゃっ!?」
五月雨は那珂たちにかなり近寄ってきたところで夕立の言葉どおりに足をつっかけて転びそうになる。さすがに完全に転ぶところまではいかずに済んで胸を撫でおろしつつ那珂たちの目の前で歩みを止めた。その後ろからはのんびりマイペースに村雨が程よい距離で立ち止まる。二人が側に来ると夕立は隠してない聞こえやすい独り言を言った。
「さみってば期待を裏切らない良いキャラっぽいー」
「えっ?」
「ううん、なんでもないよ。こっちの話ー。」
夕立の言葉の意味がわからずポカンとした顔をする五月雨だった。
メンバーが全員揃ったことで那珂が全員に向かって声をかけた。
「あとは時雨ちゃんだけど、どうしよっか?」
「あ、あの。時雨ちゃんはお家の用事でまだ帰ってこないみたいです。だから気にしないでいいと思います。」
五月雨が説明をすると、すぐに思考を切り替えて那珂は全員に向けて言った。
「そっか。それじゃあお昼食べて鎮守府いこっか。」
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その後おなじみのファミリーレストランに行き、思い思いの食事と会話を楽しんだ那珂たちはレストランを後にし、徒歩で海岸沿いまで進み、そのまま沿って鎮守府のある海岸沿いまで歩みを進めた。
「そういえば、那珂さん。川内さんたちの訓練を監督してるってこの前メッセージにありましたけど、いかがですか?」
五月雨が質問すると那珂は一瞬川内たちを見た後、振り向きの勢いの反動でもって五月雨の方に向きなおしてニコッと笑って答えた。
「今のところじゅんちょーかな。そうそう。夕立ちゃんにも話したんだけどさ、五月雨ちゃんと村雨ちゃんにも今後訓練手伝ってもらいたいんだ。時間があるときでいいからさ。どーかな?」
那珂のお願いに五月雨も村雨も一切の溜めをせずに快く返事をして那珂の気持ちを満足させた。
「なんか……あたしたちこのあと大変な訓練になったりしませんよね~?」
わずかにおののく川内と、その隣でさらにうつむく神通。二人の反応を見た那珂は二人に茶化しを入れた。
「それは川内ちゃんと神通ちゃん次第かなぁ~? それにしても下の学年の先輩が大勢出来てよかったねぇ~~~」
「うっ、それはそれで気まずいなぁ。」
「は……恥ずかしくないように頑張り……ます。」
二人の反応に那珂以外の少女たちはアハハと笑い合うが、それは暖かく見守るという意味での微笑みだった。
その後鎮守府に着いた一行は五月雨たち中学生組は待機室に、那珂たちは一旦更衣室に行った後再び工廠脇へと行った。夕立は五月雨たちと一緒に向かったため、午後の訓練はいつもの4人となった。
砲撃訓練
この日は曇り気味で日差しが弱く、耐えられない暑さと日差しではなかった。この天候を理由に川内は午後はいつもより早く訓練を再開したいと願い出ていた。那珂は五十鈴と顔を見合わせ、どうするか話し合う。
「どうしよっか、五十鈴ちゃん?」
「どうしようって言われても……。いつもより日差しが弱いとはいえどんな気候でも熱中症になるときはなるわよ。私は提督の指示を守りたいわ。彼に余計な心配をさせたくないもの。」
「うーん、私はどっちかっていうと今回は川内ちゃんの味方かなぁ。」
「だったらあなたの思うままにしたらいいじゃない。」
「まぁ五十鈴ちゃんの意見もわかるけどね。工廠内に屋内訓練場みたいなのがあれば一番いいんだけどなぁ~。」
「だったら行って明石さんに聞きましょうよ。」
五十鈴の意見ももっともだと判断し、那珂はひとまず工廠に向かうことにした。もし自身のあてが外れて屋内訓練場がなければ、工廠の一角を借りて引き続き艤装の各パーツの説明と触ってもらう程度には進めようと考えていた。
工廠についたが明石がいない。
そうか。本館に行って提督の代わりに建設会社の社員や大工と話をしているのか。
そう気づいた那珂は事務室に行って明石の同僚の女性技師に尋ねることにした。
「ゴメンなさいね。そういう施設は工廠の中にはないの。」
「そうなんですかぁ~。あたしたちが座って午前中みたいなこと出来るスペースがあればいいんですけれど、残念です。ところで工廠ってこれだけ広いけど、艦娘以外には何に使われてるんですか?」
那珂がさらに質問すると女性技師はそれに軽やかに答え始める。
「艦娘以外はね、一般船舶の修理とかも一応請け負っています。その関連の設備があるからそれが結構スペース取ってるの。どうしてもっていうなら、屋内の出撃用水路の側ならいいですよ。あそこは艦娘専用のスペースだから。ただ床はちょっと汚れてるので、シートかパイプ椅子でいいなら貸すけどどうする?」
「あたしはどこでもいいですよ。」
川内が答えると神通も頷く。後輩二人が従う意を示した為、那珂は皆の健康と訓練の早急な再開の意欲を満足にさせるためにもこの日の午後の訓練はまずは工廠内で行うことを決定した。
とはいえ工廠内ではさすがに訓練用の弾を使ったとしても派手に行うことはできない。那珂たちが指定されたのは出撃用水路がある、艦娘専用の区画だった。水路の周りには那珂たちはまったくわからないが大事そうな機材がある。
結局那珂と五十鈴は各装砲の具体的な紹介、水路に向けて空撃ちさせるなどの控えめな訓練とさせた。
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その後川内と神通は那珂から休憩の指示を受け、砲撃訓練を再開した。1時間ほど続けると、二人の構え方や主砲パーツの扱い方は様になり始める。その様子に那珂は満足気な視線を送った。
ふと那珂が時計を見ると、時間は4時近くになっていた。頃合いもよいと判断し、川内たちに声をかける。
「よっし。それじゃあ今度はプールでするよ。実際に的に当ててやろーね。」
「的ですか?テレビとかの射撃でよく見るアレですか?」
川内が素早く反応した。
「そーだよ。ちょっと待っててね。出してきてもらうから。」
そう言って那珂は出撃用水路の区画から離れ、一人で事務室のある区画まで戻ってきた。近くにいた技師に事を伝えると仕舞ってある場所を教えてくれたので早速運び出す。
「へぇ~こういう的なんですか。」
「うん。そーだよ。あたしも訓練してた時はこれ使ってたよ。これ面白いブロックになっててね。訓練用の弾薬エネルギーや魚雷が当たるとその爆発で砕け散ることは砕け散るんだけど、組み立てればまた元通りに戻るの。つまり再利用可能な道具ってことだね。」
「へぇ~。」
さきほどと全く同じ呆けた声をあげる川内。
那珂が指し示した的、それは複数あったがそのいずれも形が若干異なる、所々が白黒になった金属体だ。色違いの部分がブロックになっており、面と面を別の面に触れさせることで付着し、全体としての形を変えることができるものだった。
訓練用の弾薬エネルギーおよび魚雷に反応し、実際の効果よろしく、角度、エネルギー量等を瞬時に計算して破壊された形を取る。つまり自己分解し、個々の小さなブロックの集合体になる。実際の出撃で使われる本番用の弾薬エネルギーでも似た効果は臨めるが、的(ブロックの集合体)の耐久度の限界を超えてしまうため、破損してしまう。
「訓練用の弾薬エネルギーを入れてもらうから、今度こそ思いっきり撃ちまくっていいよ。」
那珂の開放的な指示に川内はもちろん、神通も安心感と高揚感を抱く。そして4人は自身の艤装を一旦技師たちに預けて訓練用の弾薬エネルギーを注ぎ込んでもらい、的を持って演習用水路から飛び出していった。
水路を伝ってプールに進入した那珂は的をプールの端に投げ置いて自身らは向かいになる逆の端に移動して川内と神通に指示を出した。
「さて、改めまして。今回はあの的を撃ってもらいます。砲撃があたしたち艦娘の最も基本の攻撃方法だから、しっかりと感覚を掴んでね。今日に限らず今後も自主練必須だヨ。撃ち方はついさっき空砲で感覚を掴んだと思うけど、実際に的を狙うのはまた感覚が違うと思うからまずは10mくらいの距離から撃ってみて。使うパーツは自由、とにかく的に当てることだけを考えて自分で撃ち方とか立ち位置とか工夫してみてね。ある程度的が砕けてきたとあたしか五十鈴ちゃんが判断したら、距離を変えてもらいます。いいかな?」
「「はい。」」
那珂の指示に返事をする二人。川内は来る前に両腕にはめていた単装砲・連装砲をマジマジと見つめてすでに撃つ気マンマンでいる。深呼吸を終えた神通は左手につけた連装砲を川内と同じように眺め、僅かに高ぶる気持ちを落ち着けるべくもう一度深呼吸をした。
那珂の指示後、川内と神通は自身の狙うべき的と直線上の10m手前に立った。二組の間は5~6mほど離れている。そんな二組に、川内には那珂が、神通には五十鈴が監督役として後ろから見る立ち位置になっている。
「それじゃあ始め!」
那珂が合図をすると、早速とばかりに川内は右腕を前にスッと伸ばし、手の甲に位置する単装砲を操作し始めた。
「えーっと、たしかこうやってこうして……と。よし、砲身が降りてきたぞっと。そんでこうして……もう片方も。」
川内は各部位のスイッチを押して手首をクイクイッと動かし、砲架と砲身を指先に向かせる。続いてもう片方の手のグローブに取り付けた連装砲も向きを調整する。そして左腕も前に出し右腕よりやや低くして並べ、川内は腕と腕の隙間から10m先の的を睨みつけた。両親指は人差し指の付け根の脇に軽く添えて位置を微調整する。
そして……
カチリ
ドゥ!
ドドゥ!!
川内が単装砲と連装砲から放った弾はまっすぐ、しかしやや角度をつけて飛んでいき、的に当たる頃には交差するように右の単装砲の砲撃は的の右側に、左の連装砲のは的の左側に当たり的の左右の一部をバァンと砕いた。
「よっし。まずは側面に命中か。やっぱ実際に撃てるとわかりやすくて楽しいわ~。」
自身の砲撃が当たったことを目の当たりにした川内はガッツポーズをして鼻歌交じりに次の砲撃をすべく両腕を構えて的を狙い始めた。
--
神通が何度も深呼吸をする隣、5mほどの距離があるが隣では川内がいち早く砲撃を始めていた。神通は自分も早くせねばとやや焦り始める。
左腕をゆっくりと上げて目線に対して水平になるように動かす。神通は連装砲を左腕のグローブカバーの手首の少し手前にある2番目の端子に取り付けていた。神通は一通りの端子の試行で、手の甲にあたる1番目よりも2番目のほうが扱いやすいかもとコツを掴み始めていた。1番目の端子に取り付けては、砲架や砲身を調整する際に同時に手首が動く。そんなの欠陥ではないかと思える状態になることを神通は気にかけていた。瑣末な物事が気になる質の神通は違和感を持ったことはなるべく避ける。
左腕を前方やや右、1時の方向にまっすぐ向けて中指を曲げて2番めの端子のスイッチを押し、手首をクイクイっと動かす。腕自体は目線を横切るように位置しているが、2番めの端子に取り付けた連装砲の砲架と砲身は的めがけて0時の方向を向いていた。
再び息を吸って吐く。鼓動がトクントクンと感じられる。初めて実際に敵たる的を狙う行為。意識してしまい、どうしても緊張が取れない。
神通が再び深呼吸すると、後方にいた五十鈴が神通に声をかけた。
「どうしたの?」
「いえ。どうしても……気持ちが高ぶって落ち着けないので。」
「気持ちはわかるわ。私だって訓練当時はものすごくドキドキしたもの。でも一度撃ってしまえば気持ちも落ち着くというか慣れるわ。さ、やってごらんなさい。」
「はい。」
背中を押された感もあり神通は最後の深呼吸をした後、改めて的を凝視し、左腕を構えた。
カチリ
ドドゥ!!!
神通の砲撃は的の右側頭部に相当する部分をかすめた。
「へぇ、初めてにしては良い位置ね。今の感覚を忘れないでもう一度やってご覧なさい。」
五十鈴がストレートに褒めてきたために顔を俯かせる神通。やや頬が赤らむ。僅かに熱を帯びたためにそれに気づく。しかし照れはすぐに収まる。先輩の言うとおり忘れないうちに今さっきの感覚で撃ちたかったからだ。
再び構える。的をまっすぐ見据えると、先程砲撃が掠めたと思われる側頭部付近から僅かに煙が立ち上がっているのに気がついた。神通は思案する。さっきの角度よりもほんの少し右下。そう確認した神通は左手のトリガースイッチを押した。
ドゥ!ドゥ!
バッシャーン!
今度の神通の砲撃は的の左下半身を数cm離れて流れていき、プールの水面にあたって水しぶきを巻き起こした。狙いがというよりも前に伸ばした左腕の方向がほんのわずか1時の方角に寄りすぎていたためだった。しかし自分の問題に気づかない神通は五十鈴の方に振り向いて尋ねた。
「五十鈴さん、当て方とか調整の仕方で何かポイントとか……ありますか?」
「うーん。そうねぇ……。」
五十鈴は神通の腕の角度のズレに気づいていた。他にも撃つ時の体勢を工夫してみることを提案し、包み隠さず伝えることにした。
五十鈴からアドバイスを受けた神通はややうつむいて目を細める。その仕草はしょげたわけではなく、純粋にアドバイスを頭の中でとき解いて理解しようとしているためであった。そんな神通を黙って見守る五十鈴。
ほどなくして顔を上げた神通は的の方を向き、再び構えて狙いを定め始めた。
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那珂は川内が砲撃する様をじっと見ていた。川内の砲撃は彼女が水上移動練習をしていたときのように大雑把なように見えた。しかし回数を重ねるとその大雑把さは大胆さに変化し、精度はゆるやかに上がってきていた。
((さすが川内ちゃんはゲームやってるだけあるなぁ。もう完全にコツを掴んだみたい。・・・命中した分と同じくらい外しまくってる感じだけど。))
川内は最初はまっすぐ棒立ちで砲撃していたが、そのうち工夫をし始めしゃがみ撃ち、左右に立ち位置を変えて撃つなど様々な撃ち方を試していた。その分だけ外す回数も多かったが、いずれの撃ち方も最終的には命中した回数が外した回数を上回った。那珂は目に見えて成長していく川内の姿を大満足に感じていた。
((川内ちゃんの物怖じしなさと大胆さと成長度、これは絶対うちの鎮守府の強い艦娘になれるかも。あたしもうかうかしてられないや。))
しばらく川内の砲撃を見ていた那珂は、一度だけチラリと川内の隣の水域で練習している神通を見た。神通の後ろでは五十鈴が那珂と同じように立って神通の砲撃する様を観察していた。ちょうどその時は神通が後ろを向いて五十鈴に話しかけて何かを相談している時だった。それを目の当たりにして那珂はわずかにコクリと頷いて納得した表情になり自身の視線を再び川内へと向けた。
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その後的を半分以上破壊した川内は那珂の指示でもう10m後退して20m距離で砲撃訓練を続けることにした。川内の目の前には下半身に相当する部分しか残っていない的がぷかぷかと浮いていた。それを見て気づいた川内は那珂が立っている背後へ振り向き言った。
「あのー。的あんだけ壊しましたけどどうすればいいですか?」
「おぉ!?そーそー。破壊し終わったらちゃーんと元通りに組み立てなおさなきゃいけないんだよねぇ。神通ちゃんのほうが落ち着いたら探してみよっか。」
「えー、めんどい。」
「コラ!文句垂れない。」
本気で面倒くさそうに気だるく愚痴をこぼす川内であった。
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一方の神通は的を半分どころか前面をわずかに破壊することしかできずにいた。
その様子を後ろから見守る五十鈴。神通の進みの遅さに気づいた那珂は五十鈴の側に移動し、状況を確認した。
「ねぇ五十鈴ちゃん。神通ちゃんの様子だけど……どう?」
「ものすごく時間をかけてるわ。そのせいでなかなか的の破壊が進まないでいるの。動きをつけてみたらとは提案したけど、それも実践できていないようだし。」
五十鈴は額を僅かに抑えながら神通の背を見て語る。那珂もその視線に釣られ、しばらく神通の様子を見ていることにした。
神通は左腕2番めの端子に付けた連装砲の二本の砲身の隙間から的を狙い見るようにしていた。腕の角度はこれまで数回の砲撃で感覚を掴みかけていた。そのため初めて的に当てられたときの腕の位置を必死に思い出しては固定する。それで砲撃をするが、なぜか当たらない回もあった。神通はそれが納得できず、わからないでいた。しかしそれを五十鈴に毎回尋ねるほど厚顔ではないしそんな度胸はない。それゆえ神通は最初に掴んだ感覚が復活するまで毎回集中してから撃つことにした。
ドドゥ!!
この回は的の右半身中央付近をかすめた。脇腹に相当する部分がわずかに砕け落ちる。近い。近いが感覚が違う。神通は腕はそのままながらうつむいて目を細めて自身のいる水面をしばらく見つめていた。
やがて自分の身体がかすかに揺れていることに気がついた。波の立たないはずのプールで揺れるのはおかしい。神通の視線は水面から自分の艤装の足のパーツに移っていた。そこで初めて足のパーツから出る波動に気がついた。
浮力制御が相当効いているとはいえ、波の強弱に合わせ装着者の体重や立ち方、重心のかけ方を緻密に検知して浮力を調整するのが足のパーツ、艦娘の主機なのだ。
もしかしてと思い神通は顔を上げて目を細めて的を見る。10m先の的もかすかに浮き沈みをしているのに気がつく。なるほどと、頭の中にかかっていたもやが急に開けた感覚を覚えた。深く吸い込んで吐いた呼吸が非常に気持よく感じる。
一度左腕を下ろし、もう一度深呼吸をした。そして左腕をまた上げて再び2本の砲身の間から的を見据えて狙いを定める。視界が開けると同じ物を見てもこうも違うものなのかとわずかに口の両端が釣り上がりにやける。
次の砲撃の際、神通は的が自身から見て右に僅かに傾いたのを確認すると、左腕の角度を右にごくわずかに傾けてからトリガースイッチを押した。
ドドゥ!!
ズガァ!
神通の連装砲から放たれた2つのエネルギー弾は2つとも的に命中し、前面を破壊した。
再び的の浮き沈みをじっくり観察し、再び引き金を引いて撃ちこむ。
ドドゥ!!
ズガァ!
連続で命中した。前2回と同じくらいの時間をかけた後三度撃つ。それも命中する。
後ろで神通を注視していた那珂と五十鈴は、急に神通の砲撃の命中率が高まったことに驚愕した。那珂は神通が完全にコツを掴んだことを察し、五十鈴の肩に手を置いてつぶやいて去った。
「もう大丈夫そうだね。神通ちゃんってば驚異的な観察力だよ。」
「そうね。砲撃の合間の観察がまだ長いけど、すごいわこの子。」
素直に感心する二人をよそに、神通は後ろの二人がなぜ自分を生暖かい目で見ているのかよくわからずに背中がムズムズするような感覚を得て気恥ずかしさを増した。
そして川内に遅れること十数分後、半分以上破壊して五十鈴から認められた神通はようやく那珂たちの次の話題に加わることができた。
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「それじゃー二人とも。壊した的をなおそっか。」
「「はい。」」
那珂と五十鈴が率先して的のあるポイントまで移動し、川内と神通が後ろをついていく。4人は的のあったポイントの周囲を行ったり来たりし、爆散した的のかけらたるブロック体をひたすら拾い集めた。的のかけらはそれぞれを手や足などでグッと抑えて固定すると、すぐにドンドンくっついて戻っていくが、当初那珂たちが持ってきた形に戻らない。
厳密には戻すことはできるが、的の修復をすべく触っている人物の感性に寄ってしまう。白黒の小さなブロック体は、わずかな接面であってもまるで半田ごてで接合したかのごとくくっつく。それゆえ、その形をいくらでも変えられる。
那珂たちが運びだした当初の形は、前回別の艦娘が使った時に組み立てた形なのだった。
「那珂さん……これ、前のような形に戻らないんですけど。まずくないっすか?」
「ん?別にいいのいいの。これ決まった形を持ってないから。前誰使ったかわからないけど、その人が組み立てなおしたときの形だもの。まー、好きな形を作って的にしてねってことで。」
「へぇ~!そうなんですか。」
「……便利にできてますね……でもなんだかアバウトな感じも。」
「アハハ。神通ちゃんツッコミありがと~! あたし造形には詳しくないから、二人で適当な形に作り変えちゃっていいよ。」
「って言われてもなぁ。図画工作みたいで興味あるっちゃあるけど。」
「……狙いやすい形とか……いけませんか?」
「あらなんだか珍しいわね。神通がそんな要望言うなんて。」
五十鈴が軽く突っ込むと神通は顔をうつむかせてしまう。もちろん五十鈴は本気で冷やかし目的で突っ込んだわけではないので素早くフォローの言葉をかけて気分を戻させた。
「冗談よ。そんなに気にしないでちょうだい。」
「アハハ、神通ちゃんの気持ちもわからないでもないかな。まー、どんな形にするかはお任せするよ。」
那珂が再び促すと、最初はしぶしぶといった様子で的の破片を戻し始めた川内と神通だったが、やがてノリだしたのか二人ともほぼ無言で工作に没頭し始めた。。
やがて工作に満足した二人が的から離れると、そこには破壊する前とは別の形になった的が浮かんでいた。
「「……。」」
無言で的を見つめる那珂と五十鈴。那珂はそうっと呟いた。
「まぁセンスは人それぞれだよね。うん。」
そんな反応をする那珂に川内は説明する。
「本格的に作るならもーちょっと落ち着いた場所でやりたいですし、早く砲撃訓練再開したいのでてきとーにしました。」
川内が素直に述べると神通もコクリと頷いて右手でサッと自分の組み立てた的を指し示した。
「うんうん。二人とも優先順位わかってるよーでなによりです。それじゃー再開しよっか。」
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新たな距離でも川内は一切気にすることなく、最初に直立、しゃがみ、左右移動しての砲撃を一通り試しながら感覚を掴んでいく。一方の神通は撃つ直前に腕をかすかに動かしはするが、身体全体は直立した状態で砲撃を続けていた。艤装の補正で視力も高まるとはいえ、成人男性の腰ほどの大きさしかない的を肉眼で的を狙って確実に当てることに二人共難儀な様子を見せていた。
「う~~的が大きいから当てられるといえば当てられるし結構普通に見えるけど、それでも当てるのきびしくなったなぁ~。ねぇ那珂さん。那珂さんたちはこの距離でも全部当てられるんですかぁ?」
川内は振り向いて那珂を見て言った。
「まさかぁ。普通に数発は外すよ。艦娘の視力による狙える距離はね、もともと目が良い人もだけど艤装との同調で高まる能力で、肉眼で乳幼児サイズの敵を認識して安定して狙える距離が100m前後までらしいの。だからその限界の距離で全弾でなくても命中率を上げることはポイントなんだよ。ちなみに艤装の自動照準調整機能を使うと、もっと距離が開いても命中できるようになるよ。まぁそれも同調で視力が良くなっていることが大前提らしいんだけどね。」
「あ~。同調したら異常に目が良くなるのは最初はビビりましたよ。てか那珂さんは元の視力いくつですか?」
「ちなみにあたしは元の視力どっちも1.5だよ。ちなみに今この那珂の状態であの的はこの距離でも普通に当てられるよ。」
そう言って那珂は自身と的の間に誰も居ないことを確認したうえで右腕を上げ1番目の端子につけた単装砲から砲撃した。その位置は川内の位置からは1.5mほど後ろであるが、腕を水平に上げて3秒もしないうちに砲撃して的の中心よりやや斜め右下に命中させた。那珂のその様を目の当たりにした川内は羨ましがって愚痴をこぼす。
「うわぁ……那珂さん構えてから狙うまでみっじかぁ!いいなぁ~あたしも視力大体同じくらいなはずなんですけどねぇ。那珂さんくらい普通に素早く当ててみたいなぁ。」
「アハハ。それは経験の差ということで。あとは視力良くなるやつグッズとかテキトーに試せば~?」
「う……那珂さんすっげぇ他人事みたいに。」
「だってぇ~他人事だも~ん。」
那珂は右手と人差し指をクルクル回して川内を茶化しわざとらしく突き放す仕草をした。
「それじゃあ神通みたいにメガネかけよっかなぁ~。てかメガネかけるって艦娘はどうなるですか?」
「どうなるって……。別にそのまんまメガネの度分見えるようになるだけだと思うけど。でも視力自体は元のより良くなってるから外しても支障ないかな。あとは本人次第だけどね。」
「ふ~ん。でも今の神通はメガネかけてる分、あたしより有利ってことだよねぇ。なんかずるいなぁ。」
「ホラホラ。視力悪い人のことそんな風に言ったらいけないよ。割りとマジで死活問題なはずだし。」
「はいはい。わかってますって。」
川内から話しかけられてつい那珂はそのままおしゃべりを続けていたことに気づき、川内に発破をかけて訓練に戻させた。その後10分ほどの砲撃訓練の後、川内と神通に指示を出して中断させた。
「はーい!二人とも。やめ!」
「「はい。」」
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那珂の合図に川内と神通、そして五十鈴が振り向きそして近寄っていった。
「お疲れ様でしたー。今日はこの辺でおしまいにしておこっか。どう?疲れたでしょ?」
那珂が3人が近くに来たのを待ってからそう尋ねると、川内と神通はすぐさま愚痴をこぼし始める。
「はい。めちゃ身体を動かしたわけでもないのに、なんか疲れたっていうか。なにこれ?」
「私も……この疲れ変な感じです。」
川内が手足をわざとらしくプラプラさせると、神通も肩をすくめて首を左右に傾けてコリをほぐすような仕草をする。
那珂と五十鈴は顔を見合わせ、苦笑しながら答えた。
「それはまだ馴染みきってない証拠かな。同調してないと撃てない武器だから、使うときは精神的にも肉体的にも二重に疲れるの。これはひたすら訓練して慣れの感覚を艤装に覚えこませることで解消されるよ。同じことを同じ時間やって、疲れが目に見えて起きなくなれば、艤装が自分をわかってくれたってことかなぁ。」
那珂に続いて五十鈴が説明を加えた。
「それが、人の心や精神状態を検知する機械・艦娘の艤装よ。私達の精神状態を覚えるらしくて、使えば使うほど艤装は馴染んでくるのよ、私たち自身が想像する以上にね。それに提督や明石さんが言ってたけど、うちに配備される艤装は精神が高揚していると普段よりも高出力の砲雷撃ができるそうなの。ゲームや漫画が好きな川内、あなたならこの意味わかるかしら?」
五十鈴は言葉の最後に川内に確認を求めた。川内は一瞬呆けたが、顎に指を当てて数秒思案するとすぐに顔を上げて合点がいったという表情を見せる。
「あぁ~。よくありますよそういう設定の漫画とか。いわゆる真の力とかそんなやつですよね? それが現実にあるのがこの艤装なんですか!?」
川内は具体的に漫画やアニメの作品例を挙げ、わざとらしく両腕や腰まわりの艤装のパーツに視線を向けて語った。それに那珂はコクコクと頷くが彼女が口に出した作品は川内以外誰もわからなかったので、その部分は無視してサクッと答えた。
「そ~そ~。だから常にポジティブに、前向きに振る舞うべきなんだとあたしは思います!まあでも常に張り切ってたら疲れちゃうから、毎日そう振る舞う必要はないかな。自分に嘘ついてまで艤装に勝手なあたしたち像を教えこむべきでもないしね。あたしたちがスムーズに活動するためにも、なるべく普段どーりの自分で艤装と付き合っていこうね。その上でたまには普段の自分の殻を破るくらいしてもいいと思うんだ。そうして艤装に覚えてもらえれば、少ない疲れで今までと同じかそれ以上に活動できるようになるはずだよ。」
「あるはずって……なんか肝心なところ曖昧じゃないっすか。」
川内がツッコミをする。それに頷く神通。後輩からツッコまれて軽くおどけて那珂は答えた。
「おぅ!川内ちゃんいいツッコミ! ぶっちゃけあたしや五十鈴ちゃんも、まだまだ完全に慣れてるわけじゃないしね~。それに意図的に艤装の本当の力を使えたことないし。」
「いや……あんたは何回か発揮してたじゃないの。」すかさず五十鈴も突っ込んだ。
「……とまぁこんな感じで、いっつも他の人に言われて気づく感じ?」
「なんだか不安になる機能だなぁ。でもそういうの、バトル漫画のパワーアップ展開みたいで好きですよ。ある日覚醒するんだけど、最初はいつまたスーパーパワーを発揮できるかわからないっていう展開。いいなぁ~!いつか那珂さんにつづいて二人目の真の力発揮する艦娘になりたいですよ。」
将来の展望を口にする川内。すると那珂は説明を付け足した。
「あ、ちなみにあたしはこの鎮守府で二人目だよ。うちで最初に艤装の真の力を発揮したのは五月雨ちゃん。そこんとこよろしく!」
「え!?マジ?本当なんですか、五十鈴さん?」
那珂の白状を受けて川内は五十鈴に確認する。五十鈴は肩をすくめた後コクリと頷き、那珂の言葉に箔をつける。
「えぇそうらしいわ。私も提督や時雨たちから聞いただけだけどね。最初は信じられなかったけど、私は那珂との演習や合同任務のときのこいつのとんでもない動きや艤装の様子を目の当たりにしてそういうのが本当にあるんだって信じるに至ったわ。」
そう静かに語る五十鈴の言葉に川内は頭をゆっくりと縦に大振りしながら感想を口にした。
「へぇ~~。人は見かけによらないなぁ。あのおっとりした感じの五月雨ちゃんがねぇ。ということは、あたしじゃなくてもしかしたらこの神通が、ふとしたきっかけで艤装の真の力を発揮できることがあると。」
「そーそー。そーいうこと。だからぁ、神通ちゃんがあたしや川内ちゃんをあっという間に追い抜いてうちのトップに立てる可能性も十分あるってこと。まぁ真の力は抜きにしても普通に強くなれば万々歳ですよってこと~。」
那珂はその場でリズムをつけて跳ねたり指を振ったりして語る。言及されていた神通は恥ずかしげにぼそっと今の気持ちを口にするだけだった。
「わ、私は普通に強くなれればそれで……いいです。」
「あたしは真の力まで求めたいけど、まぁ今は早く訓練終わらせられればいいや。神通、一緒にがんばろーね。」
川内はカラッとした意気込みを口にし、神通はそれにコクリと頷いた。
--
那珂たちは使用した的を掴み、演習用水路を辿って工廠へと戻った。工廠に入り女性技師を呼ぶと、明石も工廠に戻ってきているのに気づいた。二人をを呼び寄せ艤装一式を外して受け渡す。
「はい、お疲れ様でした。今日一日でいろいろ説明しちゃいましたけど、わからないことがあったらいつでも聞きに来てくれていいですよ。」
「はーい。頼りにしてますよ、明石さん!」
「ご迷惑をおかけするかもしれませんが……ありがとうございます。」
川内と神通が二者二様の返事を返す。那珂と五十鈴も軽い笑みで返した。
その後艤装一式を仕舞って戻ってきた明石は歩みを緩やかに止めつつ思い出したように言った。
「そうそう。さっき五月雨ちゃんからお土産もらったんですよ。」
「え?五月雨ちゃん工廠に来たんですか?」と那珂。
「えぇ。戻ったら美味しく頂いてますって伝えておいてくださいね。」
「どーせ来たならプールに来て見ていってくれればよかったのに……。」
「きっと2人の訓練を邪魔したくなかったんでしょう。あの娘、ああ見えて結構気を使う娘ですから。」
「まーいいや。戻ったらナデナデプニプニして疲れを癒やしてもらおっと。」
那珂の不穏な発言を聞いた那珂以外の4人は呆れながら突っ込んだ。
「ほ、ほどほどにね、そういうことは。」苦笑する明石。
「あんたは……あの娘に変なことしないで頂戴よ。」こめかみを抑えながら諌める五十鈴。
「動いてない那珂さんがなんで疲れるんすかー!」
川内は別の点でツッコみ、神通は何かを妄想したために俯いて赤面していた。
幕間:艦娘たちの休憩
夕方4時を半分回った頃、那珂たちは工廠を後にし、本館へと向かっていた。本館に入るとひんやりとした風が那珂たちの顔を撫でる。訓練前にはロビーのエアコンはつけていなかったのにと那珂は不思議がるが、すぐにエアコンをつけてくれた人物が頭に浮かんだので納得の笑みを浮かべてその涼しさを堪能してロビーを後にした。
待機室に直接向かう前に更衣室に足を運ぶことにした那珂たちは、工事が行われている1階東側の区画をロビーから遠巻きに見る。十数m離れている那珂たちのところからでも、ガガガガという壁か何かを削る作業音が聞こえてきて頭に響く。
「なんか……邪魔したらいけないね。」
「当たり前よ。別の階段から上りましょ。」
五十鈴の言うことは尤もだとし、那珂たちはロビー中ほどの階段から上り、更衣室へと向かった。
そして更衣室で着替え始める4人。本館へ来る前に濡れた制服を工廠でざっと乾かしていた川内と神通は、汗特有のやや不快な感覚をわずかに残していたので首周りや二の腕、脇など気になる箇所を拭いてから私服に着替える。それほど汗をかいていない那珂や五十鈴も同じようにざっと拭き、私服に着替える。
「さて、五月雨ちゃんたちはどこにいるのかなぁ~?」
那珂が誰へともなしに問いかける。川内と神通は教わった通りの情報を口にした。
「きっと待機室ですよ。まさかお土産3人じめしてすでにお土産食べ終わってたり!?」
「……さすがにそんなことしないと…思いますけれど。」
そんなことしそうなのはあなたと夕立さんだけですと神通は口に出しかけるが、あくまで思うに留めることにする。
川内と神通が反応を見せる中、那珂は五十鈴が無反応なのに気づいた。
「五十鈴ちゃん?どーしたの?」
そう那珂が語りかけると、五十鈴は自分の携帯電話をじっと見ているが、ほどなくして慌てて顔を向けた。
「えっ?な、なに?」
「いや……五十鈴ちゃんの反応がなくて寂しくなっちゃってさ~。」
「寂しいってあんた……。ところでちょっと私、用事を思い出したからこのまま帰るわ。」
五十鈴はやや急く様子を見せて那珂たちに伝える。
「え?待機室寄って行かないの?お土産あるんだよ?」
「私の分は結構よ。あなたたちで分けちゃっていいわよ。ホント急ぐからゴメンなさいね。お先に失礼するわ。」
五十鈴の反応が本気のものだとわかり、那珂は真面目に返事をして五十鈴が帰るのを見送った。
先に帰宅した五十鈴に続いて更衣室から出た3人は普通の女子高生に戻っていた。更衣室から出たその足で3人は3階にある待機室へと向かった。
--
待機室には予想通り五月雨・夕立・村雨がいた。
「あ!那珂さん、川内さん、神通さん!お疲れ様でしたー!」
「うぅ~ん!ありがとー五月雨ちゃーん!」
ガバッ襲いかかるかのごとく那珂は五月雨に素早く駆け寄っていって五月雨を抱きしめ、彼女の頭を撫でる。
「うひゃぁ!ちょ、ちょっと那珂さ~ん。恥ずかしいですよ~。」
本気ではないややノった遠慮がちなリアクションを取る五月雨。那珂と五月雨の様子を見た川内は当然のツッコミをした。
「ハハ……那珂さんさっそくやってらぁ。」
「ゆ、有言実行すぎます……。」先程と同じく顔を赤らめる神通もさり気なくツッコミを入れた。
「あれ?そーいえば五十鈴さんは?」夕立が首を傾げながら尋ねる。
「うん。ちょっと用事があるとかで先に帰っちゃった。だから五十鈴ちゃんの分のお土産、取っておいてあげてね?」
「あ、わかりました。そういうことでしたら、はい。」
那珂の説明を素直に受け取って五月雨はお土産を取り分けた。
--
五月雨たち中学生3人に那珂たち高校生3人で、しばらく歓談が続いた。話は川内たちの訓練の様子から各々の夏休みの予定など、多岐にわたる。
「砲撃はわかりやすくて楽しいけどみょーに疲れるよね。みんなもそうだった?」
川内は五月雨たちに質問をする。それに真っ先に答えたのは村雨だった。
「えぇ。私たちも最初やったときは訓練終わりでバテバテでしたよぉ。」
「うんうん。運動してるんだけど、なんだかめちゃくちゃ勉強したあとの疲れっぽかった。だからあたしどっちかっていうと砲撃苦手。魚雷撃って派手にボカーン!ってやるほうがワクワクするっぽいし好き!」
明るくケラケラと笑いながら言う夕立。それに五月雨も続く。
「私は初期艦研修でみんなとは別だったんですけど、同じ五月雨担当の人たちの中で私が一番ダメダメのバテバテで、みんなの足引っ張っちゃって。もっと体力つけなきゃなーってその時思いました。」
「まぁすぐに対策できるのが体力づくりだからねぇ。精神力とかそのあたりは艤装と数多く同調して慣れないとね~。それこそお・と・も・だ・ちになる感じで。」
「おともだちって……まぁおっしゃりたいことなんとなくわかりますけどぉ。」
苦笑いしながら村雨が突っ込んだ。那珂のへんてこな例え発言と村雨の弱々しいツッコミに他のメンツはアハハと乾いた笑いを部屋に響かせた。
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女子6人集まり、夕方数十分経っても話されるのは他愛もない話題。この日も提督は結局鎮守府には出勤せずにいたため、少女たちの歯止めはそもそも存在しない。
しばらく会話が続く中、神通は夕立がじっとこちらを見ていることに気がついた。神通は恐る恐る尋ねてみた。
「……え、えと。あの……夕立さん? な、何か……?」
「んーーーとさ。神通さんさ、前髪うっとおしくなぁいっぽい?」
「……えっ!?」
自身の容姿のことに触れられた神通は思い切り驚いてのけぞった。夕立の言葉に戸惑い、反論せずに黙りこくってしまう。そんな後輩を見かねた那珂は助け舟を出す。
「髪で思い出した!そーいやあたしも夕立ちゃんに着任当時に髪型のこと言われたっけ。ねぇねぇ3人とも。艦娘と普段の髪型って意識して変えたりしてる?」
「えぇと~、私は……やろうとするとと誰かさんに怒られちゃうので、ちょっと…。」
「私もさみと一緒。怒られちゃう。けど、いつか変えてやろって思ってる。」
五月雨と夕立はそれぞれの意見を口にする。五月雨と夕立が発言すると、なぜか村雨はギロリと鋭い視線を送った。那珂は一瞬気になったが気にせず話を進めた。
「そっかそっか。変えたいって気持ちはあるんだね。あたしも一緒。前に言われてさ、あたしもそろそろ艦娘としての自分の姿を決めてみたいんだよねぇ。だからヘアスタイル!あたしに似合うの何か考えてよ。あとこっちの川内ちゃんと神通ちゃんにも。ね?」
突然の話の展開にあっけにとられる那珂以外の少女は数秒して反応を示した。真っ先に反応したのは夕立と川内だった。
「うんうん。前にあたしが那珂さんとちょっと話したことだよね。さっき神通さんのだら~っと垂らした前髪見てて思い出したの。」
「いいですね~。あたしは別にいいけど、この神通には可愛い髪型させてあげたいよ!ね、神通。みんなに考えてもらおうよ?」
グイグイ来る夕立と川内に押される神通は戸惑いを隠し切れない。那珂の助け舟は結局はこの二人によって神通の一番苦手な空気の方向性に戻っていた。しかし彼女の心の中では、普段と違う自分という存在になんとも言えぬ高揚感が湧き上がり始めていたのを感じていた。しかし神通はそれを自分から口に出して言える性格ではない。
皆から反応を黙って求められた数秒の後、神通はゆっくりと頭を縦にゆらし了解の意を示した。
「よっし、それじゃああたしと神通ちゃんの髪型、みんな考えて~。」
「「「「は~い。」」」」
那珂の掛け声と共に、五月雨たちと川内はあれやこれやぺちゃくちゃ話し始めた。その光景はさきほどまでとまったく変わらないものようだが、今回は目的がしっかり決まっていたのでダラダラとした会話ではなく、中身のある割としっかりした話し合いだ。
女性の最新ヘアスタイルの知識や流行があまりわからない川内はとりあえず音頭を取ってみたがすぐに五月雨たちが口に出す内容についていけなくなり、目をキラキラさせてじっと3人を見るだけになっていた。結局髪型の話題のアイデアを出して練るのは五月雨たち中学生組だった。
「やっぱ、那珂さんは今のストレートがいいと私は思うな~。」
「いーえ、さみ。それじゃあ変化がなくて面白く無いわよ。後ろはウェーブにして、前髪はふわっとした横分けの大人っぽい感じが那珂さんには似合うと思うわぁ。」
「あたしはね、もじゃもじゃっとした横髪に後ろはお団子ヘアがいいと思うよ。前も那珂さんあたしの意見にノリノリだったもん!」
「それじゃあ神通さんは?神通さんの髪型は二人は何がいいと思う?」村雨は対象を変えてアイデア出しを続ける。
「うーーーん。神通さんこそ前髪横分けでふわっとした後ろ髪が似合いそう。そのほうがその……絶対印象良くなると思うなぁ。」
一瞬ちらっと神通の方に視線を送って五月雨は想像の評価を口にする。
「てか神通さんは前髪思いきって切ったらどーかな?後ろも別に今のようなロングじゃなくてもいいっぽい?」
大胆なアイデアを出した夕立は同意を求めて神通を見る。天真爛漫で素直すぎる言葉しか出さない夕立の言葉に神通はまたしても戸惑いを示すも、なんとか自分の意見を口からひねり出した。
「え……と、あの。さすがに切るのはちょっと。」
「えーー。それだと前髪絶対邪魔っぽい。」
「ちょっとゆうちゃん!失礼だよ。」
普段夕立を的確に制御する時雨がいないため、代わりに五月雨が弱々しいながらも制御するためにツッコミを入れる。が、基本的には誰のツッコミも気にしない夕立は五月雨の制御を振りきってアイデアを口にする。
「それじゃーさ、パーマは?」
「パーマか……それもいいわね。」
夕立のアイデアに何かピンと来るものがあったのか、村雨は少しうつむいて考えた後、神通をじっと見て髪型を想像する。
「あと例えば……部分的にカーラー使って形付けるのもいいわね。でもそれだと後ろ髪が……なにか印象を変えるポイントがほしいわ。」
中学生組のかなりの真剣かつ親身な議論を一歩距離を置いて見ていた那珂たちは、思いの外の取り組み姿勢だったことに驚きつつもその様子をあたたかく見守ることにした。
「うーん。なんか思った以上にすげーいい娘たちだわ。めちゃ真剣に考えてくれてるんですけど。」
「いや……那珂さんが依頼したんじゃないっすか。那珂さんがきちんと収めてくださいよ。ほら、神通もあっけにとられてないで。」
那珂の言葉に川内はツッコんでその言葉の終わりで、隣にいた神通に軽く肘打して触れる。
「はい。でもあの……すごく感謝です。こんな私のために……。」
神通の言葉の弾み具合が明らかに嬉しそうな反応だったので、川内はそれ以上言わないでおいた。
--
「あの~那珂さん。」
「はーい?」
話し合いが終わったのか、五月雨が那珂に伝えてきた。
「アイデアなんですけど~。今日はもう遅いので、明日いろいろ試させていただけませんか?必要な道具も足りないので。」
「道具?」
「はぁい。私たちいろいろ持ってきます。」村雨がウィンクをして補足する。
大掛かりなことにならなければよいがと内心ドキドキしつつ、那珂は落ち着いた返しをした。
「それじゃあ明日、期待してるよ。あたしと神通ちゃんの新しい艦娘っぷりをたっぷり演出させてよね。」
「「「はい。期待してください!」」」
五月雨たちが考える新しい自身と神通、それがどんなものか、心の底から楽しみで仕方がない那珂であった。
その日は6人で揃って本館を出て帰ることとなった。全員で戸締まりを確認してまわり本館を戸締まりした後、工廠へ顔を出し、明石たち技師に挨拶をして鎮守府を後にした。
--
その夜、那美恵は一足先に帰ってしまった凜花に電話で連絡を入れた。
「おこんばんはー凜花ちゃん。」
「はいはい。」
「今日はなんで先に帰っちゃったのさー!いちおー凜花ちゃんの分のお土産、取っておいてもらったよ。」
「……ごめんなさいね。ホントにちょっと用事があったものだから。」
「そっか。そうそう!五月雨ちゃんたちがね、あたしとさっちゃんの新しい髪型考えてくれてるんだよ。明日その発表をしまーす。だから、凜花ちゃんもいつもどおりの時間にね。」
「ちょっと悪いんだけど、明日は訓練に付き合えそうにないわ。」
「え?どーして?」
「ちょっとね。でも鎮守府には行くわよ。」
「そっか。来てくれるんならお話できるからいいや。」
「それと一緒にも行けないわ。お昼前には鎮守府に着くと思うけれど。」
「えっ、そーなの?なんで?どーして?」
「……ゴメン。今は言えない。」
「うー。じゃあ聞かないでおく。」
「そうしてもらえると助かるわ。そうそう、提督が来るのは明日からだそうよ。五月雨から連絡もらったわ。」
「えっ?あたし具体的な日付けまで聞いてないけど!」
「提督と五月雨の気まぐれでしょ。」
「うーなんか悔しいぞ。」
「なんでくやしがるのよ……。」
「まぁいいや。彼も~来るんならぁ~、あたしと神通ちゃんの華麗なる変身、見てもらおっかなぁ?」
「はぁ……どうぞご勝手に。」
「いやいや、五十鈴ちゃんも見てよね?」
「わかったわかった。時間が空いたらね。」
その後しばらくはとりとめのない話題を2~3やりとりし、那美恵と凜花の電話ごしのおしゃべりは寝落ちしかけた凜花の懇願によって終わった。
同調率99%の少女(15) - 鎮守府Aの物語
なお、本作にはオリジナルの挿絵がついています。
小説ということで普段の私の絵とは描き方を変えているため、見づらいかもしれませんがご了承ください。
ここまでの世界観・人物紹介、一括して読みたい方はぜひ 下記のサイトもご参照いただけると幸いです。
世界観・要素の設定は下記にて整理中です。
https://docs.google.com/document/d/1t1XwCFn2ZtX866QEkNf8pnGUv3mikq3lZUEuursWya8/edit?usp=sharing
人物・関係設定はこちらです。
https://docs.google.com/document/d/1xKAM1XekY5DYSROdNw8yD9n45aUuvTgFZ2x-hV_n4bo/edit?usp=sharing
挿絵原画。
https://www.pixiv.net/member_illust.php?mode=medium&illust_id=62530088
鎮守府Aの舞台設定図はこちら。
http://www.pixiv.net/member_illust.php?mode=medium&illust_id=53702745
Googleドキュメント版はこちら。
https://docs.google.com/document/d/1IRzMcjzR8AMlWV3zxSwQg9kQui1z4jrBR9OPWg4nc94/edit?usp=sharing