おもてなし

 呼び出されて渇いた喉に、水のペットボトルを傾けた。目線の先には、青空を背景に浮かぶ物体が見える。アキシノタウ星人と名乗る宇宙人が乗る船だ。

「まるでパチンコ玉」

 誰もが口を揃える外見。実物を間近にして、納得だな、って握ったペットボトルに力が入る。

「ちきゅうのみなさんとなかよくしたいです」

 宇宙人は日本語で、日本政府に交渉の意思を伝えてきた。

「たまたま飛来した上空が日本だったので、日本政府に交渉の窓口を求めたそうです」

 隣に立つ見知った審議官から状況説明を聞かされたが、私が耳を疑ったのは最後の部分だ。

「副大臣には、これより宇宙人と会っていただきます」

 政府代表として宇宙人と会う?そんな役目まさに天からふりかかる災難でしかない。

「他に私と情報官が同席します」

 審議官が伸ばした右手を前方に向け、会談場所はあちらです、と言った。
 広い場所という事情で選ばれた空港の滑走路に、何やら敷かれている。絨毯にしては厚いと、よくよく確認したら畳だ。

「畳を敷いたのは宇宙人の要望です」

 もう1人の情報官が教える。
 そう言われて、今さらに畳という選択のおかしさに気付かされた。情報官は察したように続けた。

「宇宙人は交渉の窓口にした日本の、文化や歴史に興味を持ったみたいです。」

「なら日本茶でおもてなしするか?」

 冗談のつもりなのに誰も笑わないのが寂しかったが、私は宇宙人の適応力の高さに笑いたい気分だ。

「宇宙船に動きがあります」

 1人の政府職員が叫ぶと、騒がしかったこの現場が一斉に静まりかえる。かえって、宇宙船の滑らかで静かな着地が、より強調されたのだった。

「おあいできてうれしいです」

 出てきた宇宙人は抑揚はないが、はっきり理解できる口調で喋る。
 最近話題になった、あの地方都市の着ぐるみキャラクターかっ!そう言いたいのは私だけではないと思う、宇宙人の姿。
 シルエットだけ写せば巨大なキノコだろうが。

「なかよくなるにはあいてをしることです」

 発したに言葉から侵略より、友好が目的であるのは間違いないと思う。

「畳はいかがですか?」

 なかなか気の利いた事を言う情報官だ。もっとも、互いに畳に立っているだけだが。

「いいですね。にほんらしさが」

 宇宙人のこの一言に、私は閃いた。もっと日本を知ってもらおう!と。それがこの会談を成功に導くと。

「日本茶と言う、飲みものを知ってますか?」

 審議官が輪を作った右手の下に、左手を添えた格好で、口元に運ぶ動作をして見せる。
 お茶の話題は私が言い出しなんだが、一本取られた気分だ。

「おちゃわかります。のんでみたいですが・・」

 どうやら日本茶についても調べて、成分分析で宇宙人も飲めると言う。
 確かに防護服無しで地球の空気に触れている。案外地球人に近いのか?と思ってしまう。
 宇宙人は、

「よかったらわれわれの"おちゃ"のみませんか」

 と提案すると、日本の"おもてなし"という言葉を知り、ぜひ我々にご馳走をさせてほしい、こう付け加えた。
 審議官と情報官と互いに顔を見合わせる。

「もちろんちきゅうじんもくちにはできます」

 二人は私を見ているので、同意を得たもと、交互に頷いてみせて、答えた。

「ぜひ頂きます」

 ビーカーに似た透明な器で出てきた、彼らの"お茶"は紫色の液体だった。
 宇宙人は"お茶"の用意の間、日本茶について語った。嬉しいという感情があるのか口調からは分からないが、よほど日本を気に入ったと感じる。

「にほんちゃはむかしくすりでした」

 嗜好品ではなく薬として飲んでたなんて現代の日本人でもあまり知らない知識まで、さすがと言うより呆れてしまう。

「われわれのおちゃもくすりです」

 その言葉で締めくくって、宇宙人は勧めてくれた。
 情報官が右手で器を持ち、飲み口に近づけた左手を鼻へ掻き寄せるように、匂いを嗅いでいる。
 実際匂いは感じられない。私は思いきって一口飲んでみた。
 どうですか?二人の視線が私に向いている。

「甘い!あっ、後から酸味・・・?」

 声が出ない。

ーバタッー

 持っていた器が手からすり抜け、体は畳に崩れ落ちる。・・・喉が焼ける、熱い!

「どうしました!副大臣!」

「まさか毒が!?」

 彼らの叫ぶ声が聞こえる。必死に宇宙人へ声を吐き出す。

「い、息ができな・・・」

 宇宙人が満足そうに言う。

「まさに、りょうやくくちに"くるし"、ですね」

 違うっ!?それは違う!良薬口に苦しだー!にがし、って読むんだー!遠のく意識のなか叫ぶが、目の前が暗くなっていく・・・。

おもてなし

おもてなし

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2017-04-25

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